姫海棠はたてが家で携帯を弄っていると、玄関のほうからガタガタと大きな音が聞こえてきた。 次いでドンドンとはたてのほうに向かって聞こえてくる足音。 それに溜息を吐きながら、はたては足音を鳴らしながら入ってきた青年に声をかける。

「おかえり、どうしたの? バイトでなんかあったの?」

「納得いかない! 霊夢さんなんて大嫌いだ!」

「ちょっ、ほんとにどうしたのよ? アンタ達仲良かったんじゃないの?」

 ぶすっとむくれている青年ははたての前に正座しながら、先程あったことを話しはじめる。

「バイトで接客してるときにね、霊夢さんが来たんだよ。 あの人、妖怪退治で生活してるけどほとんどお金もってないじゃん? それなのにケーキ買いにきたから、こんな珍しいこともあるんだなー、とか思いながら霊夢さんの注文を聞いたんだよ。 なんでも今日の霊夢さんの家には友人が泊まりに来るみたいだから、三人分で少し安くしてくれないか? みたいなことを言ってきたんだ」

「アンタにそんな権限ないでしょ? バイトなんだし」

「うん、だから店長に聞いたら『うーん、まぁ……妖怪退治もしてくれるしいっか』て言ってさ、まぁ個人的にもありがたかったし、少しだけ霊夢さんのケーキをまけたんだよ。 そしたら霊夢さんがニコニコ笑顔で僕に耳打ちしてきたんだ。 『オマケしてくれたら、いいことしてあげる』 て! だから僕もバレないように少しだけオマケしたんだよ。 それで霊夢さんが帰るときに、ほっぺにキスでもしてくれるんかなーとか思ってたら、霊夢さん素知らぬ顔で帰ったんだ! 勿論、僕は店長に怒られた」

「……バカね、ほんと。 文とあそこの巫女がアンタにちゃんとお礼とかするわけないでしょ?」

「でも巫女さんだよ?」

「巫女は関係ないわよ」

 携帯を開いていたはたては、指で軽く押しながら携帯を閉じるととても可哀相な目で青年のほうをみた。

「まったく……、そんなことより今日の夕食はなに?」

「……バイト行く前にカレー作ってるっていったじゃん」

「……あ! そういえば、そんなこといってたわね」

 基本的に青年の話を5割ほどしか聞かないはたては、バイト前に青年が時間をかけて作っていたカレーのことなどすっかり忘れていた。 普通ならば、匂いの時点で気付きそうではあるのだが。

「まぁいいじゃない。 それよりお腹すいたから夕食にしましょうよ」

「相変わらずはたてはフリーダムだね。 僕のことを慰めてくれてもいいのに」

「騙されたアンタが悪いわよ。 そんなことだから文にカモ扱いされるんでしょ」

 青年は立ち上がり台所へ向かうと、深めの皿を取り出し、ご飯をのせそこにカレーを注ぎ込む。 福神漬けを端にちょこんと乗せることも忘れない。

 居間でテレビをみながら、夕食が運ばれるまでぼーっとしているはたてに声をかける。

「はたてー、卵はどうするー?」

「んー、いらない」

「はいはい。 ……はたてが卵ってなんかえっちぃね。 こう……産み出しそう──」

「泣かされたいの?」

「ごめん、いまのは僕が悪かったよ」

 はたての鋭い眼光に気圧されながら、自分の非を認め頭を下げる青年。 はたては溜息を吐く。

 ふたり分のカレーを持って食卓につく青年。 それに合わせる形ではたてもお茶をふたり分注ぎ、湯呑みの一つを青年に渡す。

 「ありがとう」 そう言いながらお茶を受け取った青年はふと疑問を覚えてはたてに問いかけた。

「そういえばはたて。 このお茶っていつ作ってるの?」

「えーっと……アンタがバイトにいってからだから……。 今日は昼辺りかしら?」

「なるほど。 だからおいしくないのか」

「ナチュラルに喧嘩売るの止めてくれる?」

 素直な青年の評価にはたては少しげんなりすると同時に、器用に座りながら青年の足を蹴る。 一瞬、苦悶の顔を浮かべる青年。 抗議の視線をはたてに向けるものの、はたてはそんな視線になど気付かないかのごとくテレビのほうへと意識を集中させていた。

 それにつられる形で青年もテレビをみる。

 画面内には、温泉が映し出されており赤髪の三つ編み女の子が一生懸命その場所の良さと、行く上での注意点を話してくれている。 その説明を聞く限りだと、人里の人間には少しばかり厳しそうな気がして青年は心の中で『……これはどの層に向けて発信してるんだろう……』 などと思っていたわけだがはたてをみると合点がいったように頷いた。 青年が見つめる先──姫海棠はたての瞳はキラキラと輝いていたのだ。

 はたては青年のほうに振り返り、そっけない形で喋る

「あんた、この頃バイトばっかりで疲れてるんじゃない?」

「いや、とくに疲れてないよ」

「あんた、この頃バイトばっかりで疲れてるでしょ?」

「いや、とくに疲れは感じてないよ。 バイト仲間とマッサージやりあったりしてるし」

「……私はこの頃疲れてるのよね」

「外に出たら治るんじゃないかな?」

 会話は終了した。

「そんなに温泉に行きたいならはたてだけでもいってきたら? 文さんとか椛さんとか誘ってさ。 はたて一人分のお金くらいあるし」

「うーん……、なんかそれは申し訳ないような気がするわ。 だって、あんたが働いて得たお金でしょ? それを使うのは……あまり抵抗ないわね」

「嘘でも抵抗があると言ってほしかったかな。 それで? どうするの?」

「あー、今回はパス。 適当に人里の雑貨屋で温泉の元でも買ってきて頂戴」

「あくまで僕が行くこと前提なんだね。 流石はたて」

 青年ははたてに感心しながらカレーを食べる。 時間をかけて煮込んだからだろうか。 味はよくでていて、思わず顔がほころんだ。

「そういえば、今日がカレーってことは明日からカレー一色になるわけ?」

「そうしたいんだけどさ、元々そんなに作らなかったから明日の昼までしかないんだ。 明日の昼は何にする?」

「カレーうどんがいいわね」

「あー、それいいね。 それじゃ明日の昼はカレーうどんで決定だね。 ところではたて。 はたてはお肉で鶏肉が使われると怒るタイプ?」

「そりゃこうみえても私は鴉天狗だしね。 怒る……というより嫌な気はするわね」

「鴉で天狗なのに飛んでるところを数回しか見てないんだけど……」

「鴉は利口なのよ」

 ふふんっと鼻を鳴らしてなぜか誇らしそうにするはたて。

「それじゃぁ、CDで太陽の光照らしちゃうと──ごめんはたて。 はたては太陽の光なんて見てなかったね……。 ごめんね?」

「人をひきこもりみたいにいうな! 私だってちゃんと陽の光を浴びながらお昼寝とかしてるわよ!」

「ひきこもりであることにはかわりないと思うけどね。 それにしてもお昼寝かー。 やっぱり、そのきわどいスカートから下着が見えちゃったりするの?」

「いや、聞かれても困るんだけど。 というか、なんでCDの話なんかしてきたの?」

「はたてを追い出そう──あ、なんでもない」

「全部言ってるわよ。 包み隠さず話してるわよ」

「いつもの冗談だけどね。 驚いた?」

「気持ち悪すぎて吐き気がしてきたは」

 いつもの表情でそうカレーを食べるはたて。 それを見ながら青年は思った。

「(はたてが変なこというから……はたてが食べてるカレーが汚物に見えてきたじゃないか……)」

 大分げんなりした顔になりながら、青年は最後のカレーを食べきる。 そしてお茶でほっと一息つくことに。

「霊夢さんってさ……なんであんなに可愛いのにモテないんだろ……。 東風谷さんはファンクラブまであるのに」

「そりゃ……、食い意地がはってるからじゃない? あと意外に冷たいとか」

「うーん、霊夢さんも話してみるとユーモアのある人なんだけどなー。 それにハンカチ貸してくれたりするし」

「まぁ、守矢神社が来てからは大分アレな感じになってるわね。 あんたは参拝とか行ってるんじゃないの?」

「極稀に行くくらいかな。 はぁ……もう少し霊夢さんがお金に余裕もてれば僕からタカることも止めてくれるんだろうになぁ……」

「(それはないと思うわよ)」

 はたては言葉を強引に呑み込んだ。

 二人は手を合わせ同時に『ごちそうさま』 と言葉を発する。 はたての分の皿を自分の皿に重ね台所にもっていく。 そして訪れるかちゃかちゃという音。 はたてはそれを聞きながら、テレビをぼーっと見ることにした。

 青年が皿洗いを終え、はたての所に戻る──よころで外のほうから青年の名を呼ぶ声が聞こえてきた。 それは二人がよく知る人物の声であり、青年は急いで玄関へと向かった。

『あ、霊夢さん! よくも騙して──え? この饅頭くれるんですか? ど、どうして!? あの霊夢さんが──ケーキのお返し? ありがとうございます! あ、上がっていきます? 遠慮しますか。 それじゃ、また明日―!』

 玄関で嬉しそうな青年の声が聞こえてきたかと思うと、スキップしそうな勢いではたての所に戻ってきた。

「いやー、やっぱり霊夢さんはモテるよ。 だってこんなのくれたんだよ? これ買ったら1000円以上は絶対にするもん。 はたて、一緒に食べよう!」

 包装紙を破きながらはたてに食べようと促す青年。 そんな青年の嬉しそうな顔をみながら、はたては無表情で箱を指さしながらいった。

「それ、賞味期限過ぎてるわよ」

 その夜、青年は不貞寝した。




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