A's1. 逃げられない



 あれから4年の月日が経った……。 最高評議会という大きな柱から自ら進んで歩み始めた管理局だが、その後は順調にいっているらしく、毎日毎日嬢ちゃんやスバルから連絡が来る。 どうやら二人とも、ワーカーホリックにならずに済んでいるようだ。 というか遊びに来るくらいなのでこいつらちゃんと仕事をしているのか疑いたくなってくる。 4年も月日が経つと色々と変わってくるらしく、フェイトのおっぱいがまだ成長しているとか、なのはがシュークリームを作れるようになったとか、俺が理想の仕事を手に入れたとか、自分たちの環境と事情だって変わってくる。 そうそう、はやて達も管理局を止めたんだよな。 う〜ん、管理局の層が一気に薄くなったけど大丈夫だろうか? ……まぁ俺には関係ないからいいんだけどさ。 あ、これを忘れるところだった。 なんと、5歳児のヴィヴィオが小学生になったんだ。 それももう小学4年生だ。 年をとっても天使なことは変わらないし、相も変わらず『パパ』と呼んで慕ってくれる。 ……そろそろ一緒に寝るのを止めないとなのは達から本当に逮捕されかねないけど……。 でもヴィヴィオと一緒に寝ると落ち着くんだよな、ヴィヴィオも俺と考えていることが同じなようである。 この頃は俺よりもヴィヴィオのほうが早く起きるようになってきた。 そしていつも上に乗って起こしてくれる。 嬉しいことであるが、そろそろ自分が小学4年生で、パパが小学4年生なら十分守備範囲だということを理解してほしいこの頃である。

 ……そろそろ現実逃避から卒業するか。

「なぁ俊。 いつまで固まってるつもりなん? そろそろハンコ押してくれへんやろか? 私たちの新婚生活のために」

「ははっ、はやて……。 なんで此処に俺のハンコと99%出来上がってる婚姻届があるんだろうか……」

「え? それは私と俊が結婚するからなんやけど……もしかしてちょっと疲れてるんかな?」

 それは3時間も椅子に座ってたら疲れるよ。 ……いや、違うな。 いきなりのことで頭がオーバーヒートを起こしたんだろうな。

 始まりは一通のメールだった。 はやてから大事な話があると伝えられたメールに、六課でヴィヴィオとふよふよしていた俺は急いで私室まで駆けてきたのだが……そこで待っていたのは99%出来上がっていた婚姻届と各種揃えてある結婚式場だった。 部屋に入った俺を出迎えてくれたはやては幸せそうな顔で言ってのけた。

『これでやっと結婚できるんやな! 私のこと幸せにしてくれへんと怒るで?』

 惚れるような笑顔で言われた俺は反射的に頷きそうになった所でなんとかこらえた。 そして疑問をぶつける。

『えっと……なんで婚姻届とかあるの? まだプロポーズとかもしてないんだけど……』

『プロポーズならしてくれたやん。 ほら、最高評議会の手伝いのときに』

『え?』

『え?』

 記憶を辿ってもそれらしいことは言ってないと思う。 ……いや、あの時の俺は最高評議会のことで頭がいっぱいだったから気づいてないだけかもしれない。 もっと記憶を辿ってみることにしよう。 とにかく、ちょっとしたすれ違いがこんな大きなことに発展してしまったのだ。 とにかく俺がいま出来ることははやてに事情とか色々話して説得することだ。 勇気を振り絞ってこんなことをしてくれたはやてには申し訳ないけど……。

「なぁはやて。 確かにはやては美少女だし、料理や家事も出来る。 きっと俺の変態的要望にも全部答えてくれて、お前となら幸せな生活が待ってることもわかってる。 けどさ、はやて。 俺はお前が思ってるほどいい人間じゃないんだよ。 きっとお前を不幸にしてしまうかもしれないんだ」

 胸の辺りが締め付けられる。 はやてにこんなせこい手段を使う自分に嫌気がさす。 けど──はやては誤解してるだろうし、きっと皆だって俺がどうしようもないクズ人間だってことを忘れている。

「なぁはやて。 もうちょっと考えてからにしようぜ?」

 鼓動が早く息が詰まるほどの圧迫感に押される。 俺の言葉を黙って聞いていたはやてに若干ながらビビってしまう。

 すると、俺の心を読んだのか、はやては優しく笑いながら口を開いた。

「私たちのラブラブ生活なんやけど、まず朝は俊が私の耳元で優しく愛を囁きながら起こすんや。 勿論ベッドはダブルベッドで一緒に手を繋いで寝るのが決まりやで? 手錠で拘束してもええねんけど……それは夜中唐突にしたくなったときに邪魔になるからないほうがええよね? そんでもって、私と俊の間には二人の子供がおって、ちゃんと俊と私の間ですやすや寝てるんよ。 私達はその子を起こさないように愛を囁きながら二人して起きて、そうして起きた私たちは二人で肩を並べて朝食を作っていくんよ。 朝食はごく一般的なもので、こんがり焼いたベーコンとお砂糖を使って甘く仕上げたスクランブルエッグ、トースターで焼いたマーガリンたっぷりの食パンにミルクを少しだけおとしたコーヒー。 二人で愛情を注ぎながら作った朝食やから、あ〜んとか言ってラブラブをエンジョイしちゃって、けどそれで私たちの子供がちょっと嫉妬しちゃったりなんかして…。 でもな仕事へ行く時間になってしまうの。 本当は行きたくないんやけど、そうせんと生活できへんしそこは諦めるんやけど……。 でも、出勤する寸前で俯く私に俊はキスしてくれるんよ。 とびきり甘いキスを。 ああ、30分に一回のメールと電話は欠かさへんで。 そうして俊がいない時間を頑張って乗り越えて仕事から帰宅すると、玄関で子供と一緒に俊がお出迎え。 そこからまた幸せな時間を満喫して、やがて子供が寝る時間になって俊と私の二人で寝かしつけると、今度は私たちの番とばかりにベッドでいちゃいちゃするんよ。 なぁ今日はどんなプレイでするん? 女子高生・ナース・メイド・巫女・婦人警官・女教師・魔女っ娘・裸ワイシャツ・裸エプロン・テニスウェア・レオタード・チャイナ服・スチュワーデス・チアガール・ドレス・バニーガール・サンタコス・体操服&ブルマ・ゴスロリ・甘ロリ・スクール水着 衣装部屋には多種多様なジャンルのものがあるからどんなことにでも対応できるから色々と飽きへんで。 ──楽しみやなぁ俊。 いまからこんな毎日を過ごすなんて」

 数滴パンツにシミを作った俺を許してほしい。 はやてちゃん、絶対に俺の話聞いてなかったよね? ガン無視してたよね?

「あ〜……えっと……、そのラブラブ生活は俺も楽しみではあるけどほら、俺達まだそういう行為とかしてないじゃん? それにやっぱはやてにはグレアムさんがいるし、結婚するならグレアムさんの所にもいかないといけないし、もし行くんだったら俺も職を持ってからのほうがいいというかなんというか……」

 張り付く笑み。 乾いた笑い声。 決してはやてとの結婚が嫌とかではないが、いまの俺には不安定であっちにふらふら、こっちにふらふらしている状態で──誰かを選んで結婚してはいけないんだと思う。 もっと自分の中の何かが固まるまで。 なんか刺されそうな気がするし。

 俺の不安を感じ取ったのか、はやてが詰め寄りそっと頬を撫でてくる。 少しばかりくすぐったいが、温かい。 知らず知らずのうちにはやての瞳に吸い寄せられる。 まるで蟻地獄に捕まった蟻のように、段々とはやての顔が近くなるような──

「──!?」

 近くなるような、ではなく近くなっていた。 口元に触れるはやての柔らかい唇。 下唇を甘噛みするはやて、それに反射的に口を開けた。

「んっ……はむ……んぁっ……」

 八神はやては開いた口に舌を強引に滑り込ませ、俊の口腔内を自分の唾液でべたべたにしその舌で蹂躙する。 無造作になりながらも、綺麗に歯一本一本見逃すことなく舐めるその姿に俊は動きを止めるしかなかった。 足をかけドアにほど近い壁に体ごとぶつけにいくはやて。 二人の位置関係上、壁にぶつかったのは俊のほうで、俊は苦悶に顔を歪ませたが足をかけられてからの壁打ちのせいで地面に座る形になってしまった。 そこにはやてが俊の片腿に全体重を乗せて座り込む。 六課の制服はタイトスカートになっており、はやてが俊の片腿に全体重をかけるような座り方をすると必然的に俊の視線からは下着が見えてしまうのだが、むしろはやてはそれを楽しんでいるのか、俊の視線の先を辿った後、くすりと笑った。 いまだに唇を離さないはやては、そこからさきに求めてくる。 若干息が荒れ、頬が朱に染まり制服のボタンを外し真っ白なブラウスを露わにする。 たわわに実った胸を俊に押しつけながら股を腿に擦りつけるはやて。 口元が唾液でべたべたになった頃、はやてはようやく唇を離し俊に告げる。

「俊……、私はな10年前にとある男の子に人生を台無しにされたんよ……。 私の目にはその男の子しかみえへんねん……。 なぁ俊? 私の人生を台無しにしてくれた男の子は……責任を取るべきやとおもわへん? 責任とって結婚してくれるべきやとおもうんよ……」

「はやて……」

 俊の肩に手を置き上目使いで話しかける。

「私は……10年前からずっとまってるんやで?」

 室内は無音に支配される。 正確にいえばはやてと俊の息遣いして聞こえない。 二人だけの世界であった。 どちらかが生唾を呑み込む音が聞こえ、俊のほうが口を開こうとした矢先──

「おーいひょっとこ。 ヴィヴィオが『パパがヴィヴィオおいてどっかいった〜!』 と言いながら泣いてたぞ。 いまは訓練終わらせたなのはとフェイトがあやしてるから大丈夫だけどよ。 お前もうちょっとヴィヴィオの教育考えろよな、このままじゃ近い将来なのはとフェイトを巻き込んだとんでもない事態にまで発展するぞ。 あと電話で言ってたミロカロスの交換早くしよう──ぜ……?」

 外から入ってきたヴィータの瞳に映るもの、それは第三者からしたらもう絶対に危ない関係なりそうな状態のはやてと俊の光景であった。 二人ともドアにほど近い位置にいたせいか、すぐにヴィータの入室に気づき、というか俊のほうは固まり、はやてはヴィータを確認し、またそのまま俊に抱きつき始めた。

「い、いやロヴィータちゃん違うんだ!? お前はちょっと誤解してると思うけど、べつにはやてとどうこうあったわけではなくて……!」

「ふ〜ん……──ほんとか?」

「……いや、ちょっとはあったけど……」

 あっさり折れる俊。 勇気を出して自分に言ってくれたはやてに申し訳ないと思ったのだろうか。 自分はヘタレすぎてそんなことできないもんな。

 ヴィータは冷めた目で俊は見る。

「ま、べつにあたしには関係ないけどよ。 ただ……お前ちょっとむかつくから一回死ねよ」

「……え?」

「お前みたいな人間のゴミのどこかいーんだかな。 なのはもフェイトもよ。 あー、ムカついてくる」

「……もしかしてロヴィータちゃん嫉妬?」

「なわけあるかっ!」

 ヴィータの大声は予想以上の声量を伴っており、その声が引き金となり遠くのほうから俊がよく聞く人物達の声が聞こえてきた。 その中には娘の涙声も混じっていた。

「は、はやて!? 一旦離れよう! な!? な!? そのほうがお互いのためにもいいってば!?」

「やー……。 私は俊をはなさへんときめてんねん。 死ぬまでそのままこうしとくで」

「ロ、ロヴィータちゃんも手伝ってくれない……?」

「あ? べつにそのままでもいいだろ。 お前だって嬉しがってるし」

「え?」

「鏡で一回見ておけ。 おっ! なのは達が来たぞ」

 ヴィータはドアから外へと身を翻した。 それと入れ替わるようにして室内に入ってきたのはヴィヴィオをだっこした状態のなのはとガーくんを肩に乗せながらヴィヴィオのためにウサギのぬいぐるみを持っているフェイトであった。 二人とも最初の入室こそ笑顔だったものの直ぐに無表情に変貌する。 ついでに泣き止む寸前だったヴィヴィオもなのはの怖さを直感で感じ取ったのかまた泣き出した。 それを見かねたシャマルが一時自分の所げ避難させることに。

 なんともいえない空気が部屋を支配する中、なのはとフェイトがつかつかと俊に歩み寄る。 目線を合わせるためにしゃがみ込み、二人して俊の手を取る。

「えっとえっと! これはその……、いや、はやては決して悪いことをしていたとかじゃなくて……! だからはやてと絶交とかそういうのは無しの方向でお願いしたいというか……」

 しどろもどろになりながらも自分の意見を主張しようとした俊に、なのはとフェイトは割り込みがちでこう言ってのけた。

「「うん、知ってるから大丈夫だよ。 俊(くん)は私以外にこんなことしないもんね! ──……しないよねぇ……?」」

 俊の血の気が一気に下がった瞬間であった。 後ろではシグナムがブチ切れ、パパラッチのごとく写メを撮るスバルとティア、うんざり気味でこちらをみるヴィータ、ヴィヴィオをあやしているシャマルとガーくん、おろおろするキャロとエリオ、いまだ抱きついているはやて、そして拘束のごとく手を握るなのはとフェイトを見ながら、上矢俊は乾いた笑みを浮かべることしか出来なかった。

『──俺が全ての責任を取る』

「……もしかしてあのことか……?」

 後の祭りとはこのことであった。



           ☆



 これは、管理局テロから1週間を過ぎた頃から俺こと上矢俊がお送りする、ちょっと性格が怖くなってきた彼女たちと織りなす物語。 その半年間を綴った物語。 人生という本の1ページである。




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