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21.初恋語



これは──恋に魅入られた物語だ

 『白黒の世界でも、彼女だけは変わらずに俺の前で笑っていた』

 祝賀会も時間が経つにつれ、終わりムードに達してきた。 というか、一部の者から眠たいという意見が出たのでなし崩し的に終わりをむかえた。 まだ眠らない者たちはゲームをしたりトランプをしたり好き勝手にしている。 俺はそれを背中で感じながら食べ終わった食器を回収し、片付けることに。

 今日はなんだか一人芝居をするのも面倒なので、ちょっとだけ昔のことを思い出してみよう。 べつに誰に話すことでもないので、どこかにいる宇宙人に怪電波でも飛ばしながら。



           ☆



 突然だが魔法使いって信じるか? 少なくても俺は信じるね。

 俺の両親は魔法使いだった。 正確にいうと父親が。 “魔法使い”、そう言ってもなのはやフェイト、はやてのようにデバイスで魔法を使えるわけでもなく、かといって漫画のような不思議な超常現象を起こせるわけでもない。 誰もが持っている、誰もが出すこのできる魔法──ありたいていにいえば笑顔なんだ。

 父さんは色んな国や色んな世界の人達を笑顔にしていった。 紛争地帯でもパンツ一つで突っこんでみんなを爆笑の海に巻き込んでくだらない争いを止めさせてきた。 いつも豪快に笑って失敗したときだって手を叩いて笑っているひとだった。 そんな父さんが俺も母さんも大好きだった。

 当然、父さんは世界中のスターであったのでその分嫌われてもいた。 戦争が起こることで儲けが出る者や、戦争を引き起こした連中からみれば当然のことだろう。 父さんは目の上のたんこぶなわけなんだからな。

 父さんはそんなことを気にするほどの心を持ち合わせていないので、“好き勝手にやらせればいい”。 そう言っていた。

 そんな時らしかった、士郎さんと出会ったのは。 父さんも母さんも士郎さんも桃子さんも詳しく話してくれなかったからわからないけど……結果的に士郎さんの説得もあって俺たち家族は海鳴に引っ越すことになったんだ。 はじめてきたときは驚いたのを覚えている。 ほどほどに自然があって空気がうまくて人柄の良い人たちが集まっていたのだから。

 引っ越ししてからすぐ、俺たち家族は高町家族に挨拶にいった。 その時、なのはと出会ったんだ。



           ☆



「こ、こんにちは……たまかちなのは……です」

「え? なに? きこえないんだけど?」

「ひゃうっ……」

「怯えさせてどうすんだよ、バカ」

 父さんが俺の頭を叩いてくる。 いやいや、まじで声が小さくて聞こえないんだって。

「ごめんなー、なのはちゃん。 ビックリさせちゃったよな。 こいつは俺の息子で俊っていうんだ。 なのはちゃんと同じ3歳だから仲良くしてくれるかな?」

「う、うん……」

 父さんは、腰を下ろしてなのはと呼ばれた女の子と目線を合わせた後、頭をなでながらゆっくりと話す。 なのはと呼ばれた女の子のほうも小さく頷いていた。

「え〜、おれおとこのとあそびたいよ。 ここらへんにもおとこのこいるんでしょう?」

「男ってのはそこらへんにでも転がってるもんだが、女の子ってのは手を伸ばさないと届かないものなのさ。 いいからお前も大事にしとけ」

 ニヒルな笑顔で俺の頭をぐしゃぐしゃ撫でる。 この大きな手が俺は大好きなんだ。

「はっはっ、まあ俊君も遊びたい盛りなんだろうな。 俊君、うちの恭也と遊んできたらどうだい?」

 向かい側にいた静観な顔つきのカッコイイ人が後ろに立っていた兄ちゃんを前に出しながら問う。

「恭也、俊君と遊んでくれるかい? 私たちはちょっと話し合いをしてくるから」

「はい、わかりました」

「あー、だったら私もなのはと一緒に遊ぼう。 ねえねえ、みんなで遊ばない?」

 恭也と呼ばれた兄ちゃんの隣でニコニコと見守っていた女の人が、あの小さい女の子の肩を抱きながら話しかけてきた。

「ん? まあ、べつにいいが。 俊君もそれでいいかい?」

「うーん、まあいいよ」

 正直なところ、俺は恭也さんと男だけで遊びたかったけどここで俺だけが反対しても空気が悪くなるだけなので止めておいた。 そして俺たちは何やら真剣に話す親たちを横目に公園に行って遊ぶことにしたんだ。



           ☆



「もーいーかい?」

『まーだだよ!』

 公園に遊びに来た俺たちはなのはのお姉ちゃんだという美由紀さん提案の元、かくれんぼをすることになった。

「もーいーかい?」

 恭也兄さんの声が響いてくる。 早く隠れ場所を見つけないと……!

 そう思いながら辺りを見回すと、中が空洞になっている可愛らしい猫の遊具を見つけたので急いで入ることにした。 絶好の隠れ場所だ。

「……あ?」

「あーっと……ごめんなさい、たまかち。 すぐでます」

「あ、いいよ。 もうおにいちゃんさがしはじめてるし。 いまでたらつかまっちゃうよ?」

 どうやら、美由紀さんがサインを出したのだろう。 きょろきょろとしながら恭也さんが公園内を散策していた。 俺はそれに目を離さないように注意してゆっくりと遊具の中にはいった。

「おじゃまします……たかまち」

「あ、うん……」

 高町が座っていたところに座る俺。 二人とも何も喋らず、喋ろうともしない。

 どれくらいの時間が過ぎただろうか。 ふいに横からか細い声が聞こえてきた。

「ねぇ……なのはってよんで?」

「え?」

「おなまえで……よんでほしいの」

 ……ああ、苗字じゃなくて下の名前で呼べということか。 確かに考えてみたらそうだよな、今後とも家族ぐるみでのお付き合いをしそうだし、それなのに高町なんて呼んでたら誰がだれだかわかんなくなっちゃうもんな。

「ああ、ごめん。 その……きづかなくて」

「う、ううん。 べつにいいよ。 その……こんどからきをつけてくれるんなら……」

「お、おう」

 会話終了

 この町にくるまでは全くといっていいほど女友達がいなかったのが祟ったのかまったくこの子との会話ができない。

 焦る俺。 なんとなくこの空気が嫌で状況を打破しようとなのはのほうを見る。 なのはは胸の前で大事そうに猫のぬいぐるみを抱えていた。 耳は茶色で全身の色は白と黒で統一されている、可愛いけどちょっと配色がおかしくないか? そう言いたくなるような猫だった。

「あのさ……ねこ、すきなの?」

 勇気を出して聞いてみる。 もしかしたらここから会話が広がるかもしれない。

 俺の願いが叶ったかのようになのはは大きく頷いた。

「うん。 このねこちゃんはね、ママとパパがなのはのたんじょうびプレゼントにかってくれたの。 かわいいでしょ?」

 猫のぬいぐるみを俺のほうに持っていき手を足をふりふり揺するなのは。 ぬいぐるみはふわふわの毛並をしていてこれを抱いて寝たらさぞ気持ちよく寝れるんだろうなー、というのが率直な感想。

「うん、かわいいね。 なんかふかふかもふもふしていてきもちよさそう」

「でしょ! なのはもいつもこれだいてねてるんだ」

「へ〜、そうなんだ。 なまえとかあるの?」

「しろちゃん!」

「……どこらへんが?」

 俺の疑問を無視してなのはは口を軽快に饒舌に動かす。

「あのねー、このしろのところが、ふかふかっとして、もふもふっとしてるからしろちゃんなの。 かわいいでしょ?」

「……せやな」

 それからもなのはのしろちゃん談義は続いた。 やれ、どこらへんが可愛いだの、ここが気に入ってるだの。 正直、同じことの繰り返しだったけど、嬉しそうにはしゃぎながら、楽しそうに笑いながら喋る姿をみているのはとても心地よかった。

 それと同時にこの子といると自分の心が温まるような、そんな……不思議な感覚にも陥った。

 やがてなのはの談義が一段落すると、砂ジャリを踏みしめる音が聞こえてきた。 見つかった……! そう思ったときには時既に遅し。 美由紀さんと恭也さんが優しい眼差しで俺たちを見つけていた。

「みつけたぞ、二人とも。 これでかくれんぼもお終いだ」

「あう……みつかっちゃった」

「まあ……しょうがないよ」

 あれだけはしゃいでいたんだし。 見つかるのもしょうがないような気がする。 もしかしたら恭也さんは俺たちの話をずっと傍で聞いていて頃合いをみて出てきたのかもしれない。 そう子ども心に思ってしまった。

 それから俺たちは4人で手をつなぎながら帰った。 恭也さんと美由紀さんを端に置きなのはと二人で仲良く手をつないだ。

 公園での一件いらい、俺は高町家族が好きになった。 父さんの友達である士郎さんは剣道? 剣術? をやっているらしく、恭也さんと美由紀さんもそれを習っていた。 何度も何度も、俺となのはは通い詰めた。 というか、なのはの場合は俺が引っ張りだしたんだ。

 木刀を振り交差に交わる姿は素直に恰好よかった。 憧れてもいた。 士郎さんはそんな俺の心境に気付いたのか、よく誘ってくれた。 自分にはそんなことできないよ。 そういう俺に士郎さんは笑いながら『できないのは当たり前だ。 練習しなければ、握ってみなければできるかどうかなんてわからないからね』そう言って背中を押してくれた。

 恭也さんと美由紀さんが模擬戦をしている横で一生懸命見よう見まねで木刀を振ったことを覚えている。 はじめは振り方すら満足にできず木刀を落としたことも覚えている。 それでもなんどもなんどもなんどもなんどもなんども挑戦して、ようやく振れたのを覚えている。 振れた瞬間に士郎さんの拍手、恭也さんと美由紀さんからの言葉。

 なのはのはしゃぎ方、そして少し前から観戦していた父さんと母さんの笑顔を覚えている。

 いつまでも、こんな日が続くと思っていた。

 家では父さんと母さんと遊んで笑っておしゃべりして、朝になって家にまで迎えに来たなのはと公園で遊んで家で遊んで、士郎さんや恭也さん、美由紀さんと一緒に稽古して夜には両家族一緒で夕食を食べる。

 そんな幸せがいつまでも続くと思っていた。

 ただ、運命は残酷で小さい子どもの些細な幸せもいとも簡単に奪ってしまった。



           ☆



 それは唐突に呆気なくなんの連絡も知らせもなく合図もなく準備もなくやってきた。

 遠い国で飛行落下事故、乗客全員行方不明

 そんな文字に起こすと19文字程度の文で、幸せは音を立てて音もなく見る隙も与えず見せびらかしながら崩れ去った。

 5歳の誕生日を迎えるときだった。

 この瞬間、俺は孤独になったのだ。

 なにもが茫然と佇んでいる間に終わった。 遺体なんて見つかるはずもなく、葬儀は形だけ執り行われた。 それでも、葬儀にはいろんな人が駆けつけてくれた……みたいだ。 ありえないほど多くの信頼関係と交友関係をもっていた父さんは色んな人に悔やまれながらお墓が建てられた。

 そして問題は俺をどうするか、という議題になった。

 正直どうでもよかった。 父さんと母さんがいない世界なんていてもいなくても同じだった。 その証拠に俺の世界は白と黒で染まっていた。 モノトーン越しから色々な人が俺に言葉を投げかけてくれた。

 そのどれもが醜悪で醜くて見境なくて穢れていて俺は首を黙って横に振るだけだった。 子どもはビンカンに何かを感じれるときがあると聞く。 まさに俺はそのときその状態だったんだと思う。

 そんな俺の肩を強く離さないように抱いてくれた人がいた。 全てを取り仕切ってくれた士郎さんだ。

 士郎さんは一言

『くるか?』

 そう言ってくれた。 それに黙って頷いたのを覚えている。



           ☆



「やだよ、士郎さん。 家に残りたいよ!」

 士郎は困惑しながらも冷静に俊に悟らせる。

「俊君、君の気持は痛いほどわかる。 けどね、君が高町家にくるということはあの家には住めないということなんだ」

「なんで? ねえ、なんで? 俺があの家に残っていないと父さんと母さんが困っちゃうよ?」

 小さい子どもは一つ一つのことを理解しても前後の繋がりを理解していない場合が多い。 まさに俊がその状態である。

 自分が高町家に行くことはわかっている。 しかしそれが家にいられなくなる。 ということにつなげられないのだ。 お泊り会のときと同じように思っているのだ。 2・3日行けば家に帰る。 そう頭の中で作られているのかもしれない。

 士郎はゆっくりと優しく俊の目線に合わせてしゃべる。

「いいかい、俊君。 君のお父さんとお母さんはもういないんだ。 この世にはいないんだ。 世界中どこをさがしたってもういない。 君もみただろ? 葬式を」

「けど父さんも母さんもお墓の中にはいなかったよ……? それに約束したもん、父さんも母さんも必ず帰ってくるって。 ほら、このひょっとこのお面をもって待ってれば帰ってくるって」

 士郎は思わず目をそらす。 非常な現実に耐えられない子供に自分はどう説き伏せればいいのか。 このギリギリのところで正気を保とうとしている子供になんといえばいいのか。

『俊を頼むわ。 俺はちょっくら笑わしてくるからさ』

 そう言って出て行った友人。 自分だって友人を失ってしまったんだ。 だが、この子の場合は家族を失ってしまったんだ。 一人で独りになってしまった子どもに自分はなんと声をかければいいんだろ? なんと声をかけることが正解なんだろう。

「……そうだね、そう……しようか。 お父さんが帰ってくるまでしばらくは高町家にいよう」

「うん!」

 答えなんて出せるはずがなかった。 こうして騙すことしかできなかった。 大人は騙す生き物だ。 昔TVで言われた言葉だったが、今日ほどこの言葉がしみ込んでくることはなかった。



           ☆



 父さんと母さんがいなくなってから世界がおかしくなった。 机もテレビも電柱も車も食器も床もガラスも色画用紙も本棚もミカンもゲームもなにもかも、白黒の世界になってしまった。 会う人会う人、白と黒でできていてまるで化け物と会話しているような気分になった。 士郎さんも桃子さんも恭也さんも美由紀さんも──全て平等に均等に化け物だった。

 やはり自分は守られていたのだ。 偉大な父さんと母さんに。 だからその二人がいなくなって守ってくれる人がいなくなって、世界は弱い自分に牙を剥いてきた。

 子どもながらにそう考えていたのを覚えている。

 なにもかも嫌になった。 いっそ死にたいと思った。 自分には辛すぎる。 独りで生きていくのは辛すぎる。

 だからひょっとこのお面片手に部屋の中でうずくまってた。 こうしていれば、父さんと母さんが来てくれるかもしれない。 優しい目で俺のことを抱きしめてくれるかもしれない。

 士郎さんは喫茶店を作ると言っていた。 桃子さんたちが喜んでいたのを覚えている。 自分には関係ないことだ。

 コンコンと誰かが自分の部屋をノックする。 返事は返さない。 正確にはいうならば返事を返せない。 ここのところ喋ってなかったので、すっかり声の出し方を忘れてしまった。

どうやったら声を発することができるのか? どうやったら横隔膜を震わせることができるのか? 今の自分には全くわからなかった。 そして興味もほとんどなかった。

 人間と人形の違いは“形”か“心”の違いだけと聞いたことがある。 もしそうならば、いまの自分はまさに人形だろう。

 ゆっくりと瞼をおろす。 今日もまた眠ってしまおう。 そうすれば夢の中で二人に会えるかもしれないから。

 そのとき、下を向いていた俺の前に白と黒で体を統一された、茶色の耳の猫が現れた。

「にゃーにゃー、こんなところでねているとかぜをひくにゃ?」

「……」

「どうしたにゃ? だいじょうぶかにゃ?」

それは調子はずれの声だった。

 その娘は、白黒の世界にいてもなお──あのときの姿のまま、俺に笑顔を向けていた。

 変わらない笑顔で不変の笑顔で、どんな闇も明るく照らすようにどんな氷も溶かしてしまうように、笑顔で俺の正面に座っていた。

「……あ……」

「どうしたにゃ?」

「なんで……」

「ん?」

「……なんでかわらないの? なんでなのはだけは……かわらないの……?」

 死んでいた声が驚きによって戻ってきた。 もう発することができないと思っていた声が戻ってきた。

 なのはは首をかしげる。

「かわらない……? しゅんくんなにいってるの?」

「だって……だって……」

 この世界はモノクロで、全てが化け物になっていて生きる希望なんてなくて──

 震える手が、なのはへと近づく。 その存在を確かめたく、その存在に触れたくて震える手でなのはへと近づく。 そんな俺の手をなのははゆっくりと抱きしめてくれた。 離さないように、守るように、強く強く握ってくれた。

「どうしたの? なんでないてるの? どこかいたいの?」

「うぅん……だいじょうぶ……だいじょうぶだから……もう少しだけこのままに……」

 なのはに|触《ふ》れるたびに|触《さわ》るたびに、暖かいものが体に浸透していく。

 世界に色が満ちていく

 世界が鮮やかに染められる

 なのはを強く抱くたびに、握るたびに、感じるたびに、世界に色が戻っていく。

 零れ落ちる涙のしずく

 溢れ出る想いの結晶

 もう届かぬ親へと愛情

 その全てがぐちゃくちゃになり泣くという行為に終着される。

 それでも、なのははずっと抱きしめた。 泣き叫んでも喚いても黙って相槌を打ちながら聞く。

 どれほど泣いただろうか、目は赤く腫れ声はかすれ鼻水で汚れている。 やがてどちらからでもなく、そっと体を離す。

「おちついた?」

「……うん」

 今更ながら恥ずかしくなって顔が赤くなるが、それを悟られたくない一心で顔を下に下げる。

「そのひょっとこ……」

 なのはが指を指す先には父さんからもらったひょっとこのお面。 いまならすんなり受け入れることができる。 ──父さんと母さんは行方不明になったんだと。

 決して死んだわけじゃない。 だから、いつか会えると待っている。

「そのひょっとこ、おもしろいよね。 なのははすきだよ、そのひょっとこ」

「そうなんだ。 でも、おかしくない? 例えば……おれがおめんつけたりしても?」

「ううん、まったくおかしくないよ。 だって、そのおめんだけでわらえるひとがいるんだもん。 それって、とってもすごいことだとなのはおもうの。 わらえるっていうこういはかんたんなようでとってもむずかしいの。 そのむずかしいことをこんなにかんたんにできるんだもん。 それっていっしゅのまほうみたいだよね」

「まほう……」

『いいか、俊。 俺たちはな、魔法使いだ。 人が幸せになったとき、そこには笑顔が発生する。 だが、笑顔ってのは存外難しいものなんだ。 自分では笑顔を出すことは難しいんだ。 だからこそ、俺みたいなやつが必要なんだよ。 シリアスだってコメディーに変えて悲劇だって喜劇にかえる。 そんな奴が世界には必要なんだ』

 昔、父さんが言っていた言葉を思い出す。

 いまならわかる。 父さんの言いたかったことが。

 いまの俺にはそこまでの技量なんてないけども──

「まほうつかい……なってみようかな」

「うん! なのはもねこちゃんといっしょにおうえんするよ! がんばれー! しゅんくん!」

 ──せめて目の前にいる、初恋の相手くらいは笑顔にしようと思った



           ☆



 と、まあこれが俺の思い出であり、高町なのはという女の子を好きになった瞬間なんだよな。 なのはは覚えていないかもしれないけど、俺の中では大切な思い出の一つでもある。

 君の中の正義のヒーローはだれか?

 そう聞かれたら俺は迷わず、『高町なのは』そう答えることができる。 それくらいのことをしてくれたんだ。 例え気まぐれだとしても、彼女が俺を救ってくれた事実はかわらない。

「あれ、俊くん。 まだ洗い物してるの?」

「結構な量をみんな食べたしな〜。 もうしばらくはかかるかもしれない」

「ふ〜ん……手伝おっか?」

「まじで? それなら頼む」

 ゲームをしている連中から抜け出してくれたなのはがありがたい申し出をしてくる。 ちょっと洗い物が多いのでこれは素直に嬉しい。

 カチャカチャと食器を洗う音だけが二人を支配する。

「なぁ、なのは?」

「ん?」

「昔持ってた、猫のぬいぐるみってまだ持ってる?」

 あのときから、猫のぬいぐるみを見る頻度が少なくなり、ついには見なくなってしまったからな。 いまなにしてるんだろうか?

「ちゃんと実家のほうに飾ってあるよ。 誰かさんの涙と鼻水でべとべとになってるけどね」

 振り向き笑顔を浮かべるなのは。

「しろちゃんも大変だな」

「まったくだよね」

 お互い顔を見合わせながら、どちらからともなく肩をすくめる。

 やっぱり、この思い出はスカさんに話すのは勿体ない思い出だな。

 ──いまはまだ二人で肩を並べているけども、いつの日かその真ん中に一人増えてくれればいいな。 無邪気で明るい──なのはみたいな女の子がさ




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