1部分:01.幻想入り



──あの日、俺の常識は砕け散った
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空には黒画用紙にきらきら光る砂を散りばめたように所狭しと星空が広がっていて、その中央には青い月が我が物顔で空にかかっていた。 

地面はねずみ色で、大きな岩や小さな岩が無造作に置かれていたかと思うと、そこより少しばかり左に進むと大きなビルや住宅が建ち並んでいたりする。 なんともごちゃごちゃで、散らかっている子供部屋のような印象を受ける。 もしくは、幻想と現実が互いの場所に干渉しあっているようにも取れるかもしれない。

そんな場所の中央、具体的にいうならビルと岩の境目で二人の少年がいた。 より正確にいうならば、一人の少年のほうが血を流しながら地に伏しており、体全体にも及ぶ傷を負っていた。 そしてもう一人の少年、黒髪に赤い髪がところどころ混じっている少年……いや、青年は無傷の状態で地に伏している少年に冷たい視線を向ける。

「『もう終わりか?』」

青年が少年に声をかける。 その声はどこかつまらなそうな印象を受ける。

そう言われた少年は必死に顔を上げようとするが、その頑張りも虚しく顔はまったく上がらずにやがて力が尽きたように、また地面と濃厚なキスを交わす。

ああ……、この人には敵わなかったなぁ。

少年はそんなことを考えた。 いま目の前にいる存在は、自分よりも断然弱かった。 力もスピードも体力も反射神経さえも、全てにおいて自分がうわまっていた。

なのに、勝てない

かすり傷一つ負わすことができないでいた

ああ……、情けないなぁ。

人間まで捨てたというのに、なんて無様な姿を晒しているんだ。

ああ……、情けないなぁ。

こんなことなら告白しておけばよかった。

自分の頭の中で、ぐるぐると今までに出会った者たちの顔が消えては浮かび、浮かんでは消えていく。

結局、自分がしたことといえば自己満足をして、自分で狂って、悲劇の主人公を気取っていただけなんだよな……。

いったい、俺は何処から間違ったんだろうか?

俺があそこに行き着いたこと自体が間違っていたのか?

……なんて、いまさら考えても遅いか。

視界が霞み、音が聞こえなくなってきた。

どうやら俺の死も近いらしい。

どうせ、死ぬのならばいままでの人生を振りかってみるのもいいかもしれない。

どうか此処にいる皆さん、少しだけ見てくれないか?

妄想と現実の区別もつかない、そんな男の物語をさ──────



           ☆



「確かに、夜に森に入っちゃいけないという約束を破った俺も悪かったけど……。これはないんじゃない?」

俺の目の前に佇むのはアニメや漫画などでしかお目にかかれないような異形の存在

そんな常識外れの存在が、いま目の前に佇んでおり俺という食糧を見つめている

いまにも崩れ落ちそうになる俺にできることといえば、足に力を入れ膝から落ちないようにすることと、できるだけ気楽な声を上げることくらいだった。

「§×〒○!!」

しかし、あちら側からしたらそんなことは関係ないらしく理解不能な咆哮を上げた後、口を開き俺という食糧を捕食しようとする。

そんな光景をどこか他人事に見つめながら、俺は諦めて目を閉じた。

「……あれ?」

目を閉じて数分、いつまでたっても来ない痛みにいぶかしみ恐る恐る目を開けた。

「あんた大丈夫?」

そこに広がった光景を、俺は生涯忘れることはないだろう。

異形の存在すらも後ろを振り返ることなく逃げるように去っていく光景を

鮮血のような紅と真っ白なキャンパスとかわらないほどの白で形成されている巫女服の少女の姿を



           ☆



人里からの依頼で妖怪退治を任された私は、今日一日その対応に追われていた。

別に相手が強かった訳ではないけど、ただひたすら逃げ回る相手というのもめんどくさいものだ。

なんとか見つけて退治して気がつけばこの時間。

慧音への報告は明日にして早々に家である博麗神社へと帰ることにした。

その時だ。声が聞こえてきたのは。

声は丁度真下から聞こえてきて、下を向けば少年が一人妖怪にいまにも食べられる寸前だった。

この時間にうろついていて、人里では見かけない衣服。

間違いなく外の人間だ。外の人間が幻想入りしてくる大半の理由は妖怪の食糧とするためである。そして今、外の人間が食べられようとしている。

別におかしいことじゃないし、むしろ幻想郷では当たり前のことなのだけれども、なんとなく、本当になんとなく、あの少年を助けてみようと思った。

ただの気まぐれか、それとも巫女のカンか。それは私にも分からなかった。

助けると決めた私は、いまにも頭を食いちぎらんとする妖怪の後ろに回り込み札に霊力を注ぎ、妖怪の背中に当てるとゆっくりと告げた。

「その自慢の牙を折られたくなかったら、このままここから消えてもらおうかしら」

口を大きく開けていた妖怪は、言葉は理解できなくとも札に注ぎこまれた霊力はわかったのだろう。 思わず天狗と間違うほどのスピードでこの場を後にした。



           ☆



「ちょっと、せっかく助けてあげたのにだんまりはないんじゃない?」

「……え?あ、ああ……悪い」

あまりの光景に黙っていると少女が、少しキツイ口調でいってくる

先ほどの異形の存在がいまは豆粒ほどの大きさしか見えない。 しかしなんで俺は助かったんだろう? もしやこの女の子が?

一体、この少女は何者なんだろう?それ以前にここはどこなんだろう?

先程までは死への恐怖、そして諦めしかなかったのに、今はそんな疑問がふつふつと沸いて来る。

「しっかりしてよね。これじゃぁ、助けた意味ないじゃない」

やれやれ、といった具合に頭を振る少女

そんな彼女に俺は素直に湧いてきた疑問をぶつけた

「なぁ、ここは一体どこなんだ?それに……それ、動物……じゃないよな?」

指を指すのは先程までこの空間の支配者だったもの。改めてみると、どう見ても動物には見えない。

「あぁ、あれ。そうね?……。まず、ここじゃなんだから私の家に来ない?早く帰りたいし……」

最後のほうは小声で聞きとることはできなかったが、取りあえず家に連れてってくれるらしい。

「えっと……それじゃ、お願いします」

「ん」

短く返事をした少女は、俺の後ろに回り込んだ。

「なにしてんだ?」

「なにって───」

飛ぶために決まってるでしょう?───

「……え?」

ふわりと地面に浮く身体

「はぁっ!?」

一瞬でパニックになる脳内

「暴れないでちょうだい。あんた結構重いんだから」

そこに届く少女の言葉

「あ、あぁ……」

自分と変わらないくらいの年の子が冷静なのに対して男の自分がパニックになったのが少し恥ずかしい。

それから、どのくらい経ったのだろうか?

「ほら、もうすぐ着くわよ」

少女の言葉で顔を上げる

自分の前方に映るは、周囲が森で囲まれひっそりと佇む神社

(神社って……やっぱりみんな違うんだな)

少女に降ろされて改めて神社を見る。そして自分が唯一知っている神社と取らし合わせてみる。

(あっちのほうが……凄いような気がする)

「いま失礼なこと考えなかった?」

「い、いえっ!?」

隣に移動していた少女が、ジト目でこっちを見てくる

「そう?なら、いいけど。取りあえず上がって」

そう言って玄関の戸を開ける少女

(女の子の家って……あの子以外でこれが初めてかも)

キョロキョロしながら家を見ている少年に少女は上半身だけだして

「ちょっと、お風呂入ってくるからここで待っててくれない?」

それだけ言うと、少女は衣服のことをぼやきながら風呂場があるであろう所に歩いて行った。

一人残された少年は

「そういえば……女の子の風呂って長いんだよな」

一人呟きながら、少女の帰りを待つことにしたのである



           ☆



「お茶飲む?」

「頂きます」

少女がお茶を汲み、少年が礼を述べながら飲む

少しの間、室内には二つのお茶を飲む音だけが響いていた。

コト……。そう音を鳴らして湯呑を置いた少女は少年に話しかけた

「質問があるんでしょう?」

ピクリッ。少女の言葉に思わず少年の身体が動いた。

「え?と……単刀直入に言うけど、ここどこ?」

少年の質問に少女は答えず、湯呑を傾ける

少年はというと、別にそれを咎める訳でもなく黙って少女の答えを待った

一分か二分か。

もう一度、湯呑を置いた少女が静かに話しはじめた

「ここは幻想郷。妖怪と人間が入り混じった場所。妖怪の楽園であり、ここの多くが妖怪や妖精で人間なんてほんの一握りよ。そして、外の常識が一切通用しないところ」

少女は言い終えると、目線で確認してくる。

「なら……俺を襲ったのも妖怪……なのか?」

「えぇそうよ。貴方のように外から連れてこられる人達を、私達は外来人と呼んでいるわ。そして、その外来人の多くは妖怪の食糧となる。」

──食糧──

自分もこの少女が助けに来てくれなければ、今頃あの妖怪の胃袋の中。

そう思った瞬間、全身に寒気が走った

そんな少年の反応をみて少女は続けた

「ま、それが正しい反応よね。そういえば、あんた名前は?」

お茶を飲むことでなんとか落ち着いた少年は、まだ自分が名乗ってないことに気がついた。

「不知火彼方(しらぬい かなた)。えっと……」

「博麗霊夢(はくれい れいむ)よ」

「うん。よろしく霊夢。それで、一ついいか?」

彼方は握手をした手をそのまま霊夢の眼前に持っていき、1を作る

「ええどうぞ」

「それじゃぁ……ここの人って空を飛べるが普通なの?」

真剣な表情で聞く彼方。それはそうだろう。彼方の常識の中には生身で空を飛ぶというのは無いのだから。

「普通じゃないわよ。それが私の能力」

「能力……?」

思わず首を傾けてしまった彼方。

「そ、『空を飛ぶ程度の能力』」

能力。彼方はこの言葉に聞きおぼえがある。

たしか……自分の幼馴染で一番身近にいた───

「他に質問は?」

そこまで、考えた彼方の頭の中に霊夢の声が入ってくる

彼方は霊夢の言葉で、一旦考えることを後にする

「(といっても……他ねぇ……)」

顎に手を当てて考える彼方。霊夢はその間もおかわりしたお茶を一人味わっている

「(まぁ、だめでもともと。聞いてみるか)なぁ、俺にもその能力ってあるの?」

「さぁ?私には分からないわ。けど……能力を持っているなら自力で見つけれるはずよ」

「持っていなかったら?」

「それまでってことね。」

その言葉を聞いてガックリと肩を落とす

自力で見つけるといわれても、どうすればいいのか分からないし。それ以前にあるのかどうかすら不明である。

「……」

思わず黙る彼方

「まぁ、普通能力は持たないから気に病むことじゃないわよ。」

お盆を持った霊夢が去り際に肩を叩いて来る。多分台所に行ったのだろう。その証拠に奥から水の音がしてきた。

「はぁ……。まあ、しょうがないか」

少年は頭を掻きながら呟く

右も左も分からない場所で、こうして拾ってもらったことをありがたいと思うことにした。

こうして、少年の幻想郷での初めての夜は過ぎていくのであった。




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