A's7.犯人はヤス



 夢と現実の狭間を歩む朝の起床時間帯。 隣でわたしの名前を呼んでいる誰かに返事をしながらも意識は夢の方に傾いていた。 優秀……だと思いたい青髪の教え子がわたしの下着を奪って全速力で六課を駆け回る夢。 教導が終わりシャワーを浴びて、遊びにきてるヴィヴィオでもふもふしようと計画を立てていた矢先に起こった出来事。 バスタオルで体を拭きつつ下着を手に取った瞬間、猿のような速さで教え子が姿を現し下着を奪って逃走。 その代りに置いていった自分の下着をわたしに渡し全速力で駆けていった。

 その一瞬が命取りとなってしまった。 個室ガチャガチャまでされたわたしは油断していた。 あの子達からの奇行に慣れてしまっていたのだろう。 こんな初歩的な行動すら瞬時に対応できなかった。

 悔いたところで後の祭りである。 急いで下着以外を身に着けたわたしは教え子を確保するため六課内を全力で駆ける──が、タイトスカートの下がすーすーしすぎて思うような走行が出来ずちょっとだけ涙が出始めた。 それでも上司の意地に賭けて追い縋ろうとするわたし。 既に教え子は下着を顔面に押し当て、荒く激しくビートを刻んでいる。 一秒でも早く、このすーすーした感触を終わらせたくて、教え子の名前を叫びながら走る──直前でわたしの名前を可愛らしく呼びながら誰かが後ろから抱きついてきた。 腰に回る手、子ども特有の高い声、そしてわたしをママと呼ぶ唯一の存在、ヴィヴィオである。

 ヴィヴィオが後ろからわたしに抱きついてきたのだ。 見事にこけるわたし、無垢な笑顔で抱きつくヴィヴィオ。 そういえば、遊ぶ約束してたもんね。 きっと心配してわたしを探しにきてくれたんだよね。 スカートが捲れ上がっている状態であるが、幸いにも周りには誰もいなかったし、ほっと安心して可愛らしく叱ろうとヴィヴィオに顔を向けたその先に──

「──ッ!?」

「きゃっ!?」

 瞬時に覚醒したわたしは勢いよく起き上がった。 その拍子に隣にいた誰かが驚きの声を上げてベッドに倒れこんだのが視界の端に見えたので、慌ててその誰か──フェイトちゃんの体を揺らす。

「フェイトちゃんフェイトちゃんっ!?」

「お、おはようなのは……。 またうなされてたから起こそうとしてたんだけど……もしかして私のこと嫌いなの?」

「そ、そんなことないよ! わたしフェイトちゃんのこと愛してるよ! もうLOVEだよ!」

「あ、ありがとなのは。 それよりどうしたのなのは? また怖い夢でも見たの? 呪詛のように『下着……わたしの下着……』って呟いていたけど」

「そう! それ大事っ! いまとんでもない夢みたの! わたしがシャワー浴びて、そしたらスバルにパンツ取られて、ノーパンで追っかけてたらヴィヴィオが抱きついてきて、それでそれで……」

 そこまで言った途端、わたしは次の言葉を言えなくなった。 否、口を開けど音が空気を振動することがなくなった。

 目の前にいたフェイトちゃんが首を傾げる。

「なのは? それでその後どうなったの?」

「それでその……」

 頬がみるみる真っ赤になるのを自覚する。 体が熱く、極度の緊張状態なのか脳に酸素がうまく送れていない。 頭が真っ白になり、感覚がなくなっていく。 先ほどの映像が絶え間なくフラッシュバックし脳裏から離れない。 まるで先程の映像を一生涯残していくことを自分の脳が選んだかのように、鮮明に刷り込んでいく。

 忘れられるはずもない。 消せるわけもない。 彼のあんなに驚いた顔、彼のわたしをみる目。

「な、なのはっ!? ちょっと大丈夫!? 顔というか体全体が真っ赤になってるよ!? なにがあったの!? ノーパンの先に何があったの!?」

 心配してわたしを揺すりながら話しかけてくれるフェイトちゃん。 でもノーパンの先に何があったのってちょっと卑猥すぎるから止めようよ。 仮にもわたしたち一児のママだよ。 先に発言したのわたしなんだけどさ。

 でもこれだけフェイトちゃんが錯乱してるとかえってわたしが冷静になれてありがたい。 所詮夢は夢。 そう気にすることなんてなにもない。

「ねぇフェイトちゃん……。 ちょっとわたしのパンツ見てくれる……?」

「なのはぁああああっ!?」

 これは錯乱なんかでは断じてないはず。 ただの確認、とどのつまり確認。 それ以上でもそれ以下でもない。

「お願いフェイトちゃん……、わたしのパンツをいますぐみて……」

 両手で優しくフェイトちゃんの両手を包みながら、上目使いでお願いする。 するとフェイトちゃんは視線をあちこちに彷徨わせた後、戦火に単騎で突入する覚悟を決めた一人の戦士のような目で頷いた。

「じゃ、じゃぁ……入るよ?」

「う、うん……」

 布団をぺらっと捲り、潜ったフェイトちゃん。 数秒してからわたしは恐る恐る聞いた。

「フェイトちゃん……わたし下着はいてるよね……?」

「うん、大丈夫。 ちゃんとはいてるよ」

 よかった、本当によかった。 これで下着をはいてなかったらわたしは蒸発するところだったよ。 ほっと一息安堵したのもつかの間、もぞもぞと顔を出したフェイトちゃんの表情は不思議でいっぱいだと疑問を投げかけていた。

「ねぇなのは?」

「ん? どうしたの?」

「なのはってさ、夜寝る前に青の水玉模様だったよね?」

「うんそうだけど。 あれ可愛くって気に入ってるんだよねー」

「でもいま確認したらさ──ケミカルレースとメローフリルのピンクのショーツになってたんだけど……」

 わたしは全神経を遮断した。

          ☆

 一心不乱に右手を動かす。 一秒間に10往復、一流のテコキラーでもいまの俺には勝てないだろう。 遅漏野郎も瞬時にイかせてしまう俺の能力に乾杯。

 高町家で鍛えた集中力を十分に発揮させて俺はとろろをひたすら発生、粘らせていく。 高町家で鍛えた16年間の集大成をいま見せるときが来たようだ。 見ていてください士郎さん。 貴方が鍛えた上矢俊は──

「元気にとろろ作ってまぁああああす!!」

しゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこしゃこ

「しゃこしゃこがっ! 俺の中でしゃこしゃこがゲシュタルト崩壊するっ!?」

 なんなんだこの苦行。 とろろ作るってレベルじゃねーぞ!

 いや、そもそもおろし金でしゃこしゃこするのが間違っているのかもしれない。 時代はすり鉢に入れてごりごりだろ。 自分の手ですり鉢を使ってごりごりするほうがキメが細かくなりよりおいしいと桃子さんが言ってたし。

 傍に置いといたすり鉢を引き寄せ、右手に自然薯をしっかりと掴み一気にとろろを作っていく。

 ごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごりごり

「ごりごりがっ! 俺の中でごりごりがゲシュタルト崩壊するっ!?」

 侮っていたぞとろろ作り。 とんでもない化け物だよとろろ作り。

「朝の5時半から始めて既に1時間半も経過してるのか、そろそろなのはとフェイトを起こさないと遅刻しちゃうな」

 自然薯から手を離し、手をしっかりと洗ってからタオルで水気をとる。 それから朝のアニメをガーくんと隣で仲良く視聴しているヴィヴィオを確認してリビングを出ようとしたとき、階段のほうからどたどたとしたけたたましい足音が聞こえてきた。 次いでバンとスリ硝子扉が開く音とともに顔を真っ赤にしたなのはが、いきなり俺の両肩をがっしりと掴んできた。

 その後ろにはあたふたとした様子で見守るフェイトが。

「な、なのは……?」

「…………」

 いきなり掴まれた俺は少量のアンモニアを垂らした後、恐る恐る怖がりながら名前を呼ぶが、なのはは何も言わず俯きながらぷるぷると震えていた。

「ふぇ、フェイト? あの……これはどういう事態が起こってるの?」

「えっと……多分なのはの勘違いというか寝ぼけているというか……」

 歯切れの悪いフェイトの言葉。 なにがなんだかさっぱりわからない──そう思った矢先、なのはが小さく呟いた。

「……とって……」

「え?」

「……責任……とって……」

「……はい?」

「わ、わたしのノーパン姿見たんでしょっ!? 責任とってよっ!」

「んんっ!?」

 熟れたトマトを思わせる状態のなのはが涙目で俺に言い放つ。

「えっとえっと、んんっ!?」

 ヤバイ、何がなんだかサッパリわからない。 俺がいつなのはのノーパン姿を見たというのだ。 土下座してでも見たい代物だよ。

 ぷるぷるするなのはだが、そのまま俺にぎゅっと抱きついてきた。 それはもう密着レベルで。 なのはの香りがぷんぷんするレベルで。 顔を埋める姿勢で抱きついてきた。

「な、なのはっ!? だ、大丈夫かっ!? なのはっ!?」

 顔を埋めたままぶんぶんと顔を横に振るなのは。 そのたびに布越しに伝わるなのはの柔らかい肌に昇天寸前だ。

 こ、これは抱きしめたほうがいいのだろうかっ!? やっぱり抱きしめたほうがいいよねっ!? これもうOKのサインだよねっ!?

 だ、だきしめてみようかな……!

 生唾のみこみ震える指先に力を入れ、なのはの背中にそっと触れる寸前

「あひっ!?」

 誰かが俺を後ろからぎゅっと抱きしめてきた。 背中に当たる胸の弾力と全てを包むその包容力。 甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、視界からいつの間にか消えた人物の名前を口にする。

「あのー……フェイトさん? な、なにをしてるんでしょうか……?」

「やきもち」

 そう言って、抱きしめる力をより一層強くする。 なんでこの人は俺の耳のそばで、ちょっと拗ねた口調で『やきもち』なんて単語を使うのだろうか。 もう幸せ一杯でいまにも死にそう。

 なのはの背中に触れる直前で止まった手。 後ろからでも分かる、フェイトはじっとその手を見ているのだ。 あかん、なんか別の意味で震えてきた。

「ねぇ俊?」

「は、はい?」

「私は裸見られたこともあるし、責任取って結婚してよ」

「け、結婚ですか……?」

「うん、そう」

「で、でもそれにはリンディさんが……。 それに無職だし」

「…………働かせたら虫つきそうだし別にいいのに」

 何かを小さく呟いたフェイトが耳を噛んでくる。 痛い痛いやめてください死んでしまいます。

 ……でも、もしフェイトと結婚したらいまのこの関係はどうなるんだろうか? なのはとフェイトとの関係も、俺の友人関係も、何もかもが壊れそうで、傾きそうで、正直な所俺は怖い。 かなり前に、なのはが一緒に二人で翠屋をやろうと誘ってくれた時も……俺は怖くて話題を逸らした。 またレアスキル弱虫が発動した。 ミッドに来るとき、士郎さんに結婚したいと言ったけど……いざそういうことを視野に入れていくとどんどん現実が押し寄せてくる。 二人の世間体だってあるし、管理局にとっても二人は大切な存在だし。 ハッピーエンドなんて存在しないのかなぁ……。

 でもまぁリンディさんの説得とかは本気で怖いのもまた事実だ。 あの人に結婚報告なんてしたら顔面抉られそうで怖い。 リンディさん子どもの頃から大好きだけど、本能がたまに警戒レベルMAXになるのもまた事実。

 ぎゅっーーー! ぼきごきっ

「痛い痛いっ!? なのはさん骨がっ!? 骨がっ!?」

「……無視されてなのは傷ついた」

「あ、うん……。 ごめんなさい」

 骨がみしみしいと悲鳴を上げるが、素直に謝ることにする。 きっと俺が悪いんだろうし。 しかし俺がなのはのノーパン姿を見たかぁ……。 でもよくよく考えてみると、普通に裸とか見た気もするんだけど……。

「なのは、考えてみれば俺何回かなのはの裸見た記憶があるんだけどさ……」

「ノーパンのほうが貴重でしょっ!」

「言われてみれば確かに……!」

「二人ともいったいどこに向かおうとしてるのっ!? 戻ってきて!?」

 状況が中々カオスになってきた中、朝のアニメを観終わり、こちら側にすっとんできたヴィヴィオが俺の腰に抱きついてきた。 これで前になのはが、後ろにフェイトが、横にヴィヴィオがいる構図となった。

「ヴィヴィオー、もうアニメ終わったのかー?」

「うん、おわった! だからパパをぎゅーっってしにきたよ!」

 その直後、ヴィヴィオがぎゅっーとしてきたので可愛くなってつい頭をなでなですることに。

 ほんとヴィヴィオのぎゅっーはかわいいなぁ〜。 癒されるよ。 でも──

「なのはさんにフェイトさんっ!? 魔力付加でのぎゅっーは人命にかかわるので!? 人命にかかわるのでっ!?」

 30秒ほど言うのが遅ければ俺がとろろになるところだった。




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