A's11.ショックだったリンディさんと秘密のレイハさん
「なのはママー、カルピスつくって!」
「いいよー、ちょっとまっててねー」
風呂上りのなのはとヴィヴィオがカルピスを作るためにキッチンへと向かっていく。 俺もそろそろ夕食の準備をしようかな。 とろろも大体スリ終わったし、ヅケもいい感じに染みてる。 鶏肉も甘辛に炒めてある。 その他にも大根ときゅうりと梅のとろろ和えや自然薯をスリスリすることなくそのまま焼いた自然薯焼きも用意してある。
「はいはいみんなトランプ片付けろー。 あ、ヴィータちゃんとシャマル先生は追加のテーブルもってきて」
「ひょっとこ、お前の犬小屋直しておこうか?」
「食い終わったら頼む」
「了解した」
シグシグの何気ない優しさについお願いしたけど、別に俺は犬小屋で生活してるわけじゃないんだけど。 なんでこいつは俺がいまだに犬小屋で生活してると思ってんだよ。 少しの間だけだよ犬小屋生活してたの。
「さて今日の夕食だが、なんと──とろろご飯一択だッ!」
『えぇ〜っ!?』
「の予定だったが可愛い可愛いヴィヴィオが、とろろご飯だけじゃ無理ということがわかったので──」
『童貞のくせに生意気だっ!』
『短小包茎っ!』
「お前ら二人はとろろご飯な」
『ひょっとこさん素敵! イケメン抱いて!』
「お前らは汁の代わりに溶解液が出てきそうだから止めとく。 とまぁ、二人以外はとろろを使った料理に変更ということで」
「ひょっとこ君、君は知ってるかね? とろろを食べていたと思ったら痰(たん)を食べていたという昔話があってだね──」
『動くなッ!』
流石にこの人数差では離脱することが出来なかった。 しかしいいことを聞いた。 今度なのはとフェイトで試してみよう。 いや、むしろなのはとフェイトの痰を俺が食べるという行為のほうが興奮。
「俊、それを実行したらどうなるかわかってるよね?」
嫌だなそんなフェイトさん。 そんなにマジな目で威嚇するの止めてくださいってば。 ほらちょっとした冗談ですから。
「じゃぁ物々交換にしよう。 フェイトの痰と3万円でどうだろう?」
無言で腹パンされた。
もうこれ以上この話題には触れないでおこう。
☆
「ひょっとこ、下に敷くものはレシートがいいか? それともビニール袋がいいか?」
「もっとマシな敷物の2択にしてくれ」
「ではローションにしよう。 案ずるな、フローラルな香りを選んでやろう」
「お前ただ嫌がらせしたいだけだろ!?」
なんなんだいったい。 生理か? 生理なのか?
生理といえば高校時代は、美少女5人組に『生理中はお願い、うるさいから喋らないで』って言われてたな。 ずっと喋れない時期もあったっけ。
「あれ? そういえばシャマル先生、ヴォルケンって生理とかあるんですか?」
「妊娠もできますよ」
「えっ!? それほんとですかっ!?」
「嘘です」
「よかった、ザッフィーのボテ腹の絵図をみなくて本当によかった」
「ちょっとまってください。 なんでそこで私達より先にその名前が出てくるんですか」
「そういえばザッフィーって犬の姿でするんですかね?」
「さ、さぁ……。 本人に聞いてみたらどうでしょうか?」
「それもそうですね。 おーいザッフィー──」
ザッフィーの姿を探し視線をあっちこっちに移動させる。 あ、いたいた。 犬の姿をしたザッフィー、そしてその正面にヴィヴィオもいた。 んー? なにしてるんだろ?
気になって二人に近づく。
「ザッフィーにはねー、このほねっこあげるー」
「うっ……」
「ちがうでしょー。 わんわんだよー?」
「わ、わんわん……」
……ごめんねザッフィー。 ヴィヴィオに合わせてくれてありがとう。 俺も後でビーフジャーキーあげるよ。
一生懸命ザッフィーにほねっこをあげてるヴィヴィオ。 虚ろな目でほねっこを咥えるザッフィー。
いつもヴィヴィオのそばにいるガーくんの姿が見当たらないので探してみると、スカさん一家に捕まっていた。
「へー、ほんとにアヒルだねー」
「喋るアヒル……。 ふふっ、また新たな開拓の始まりね……」
「ふむ……どうにかしてこの生態について調べ上げたいところだ」
「ワーハナセー! ガークンハヴィヴィオノトナリニイクノー!」
「ほら皆、ガーくんを離しなさい。 ドクターも離してください。 ごめんなさいね、ガーくん」
「ウーノハヤサシイネ! ウーノスキ! デモヴィヴィオガイチバンスキッ!」
「本当にヴィヴィオちゃんのことが好きなんですね」
「ズーットイッショダッタカラネ!」
ウーノさんに頭をよしよしされて目を細めるガーくん。 いいなぁガーくん。 俺もアヒルになったらあんな美人に優しく頭を撫でてもらえるんだろうか。
「シャマル先生、アヒルになる魔法ってないですか?」
「うーん……そういう魔法はちょっと……。 自分で見た目を変える魔法ってのは存在するんですけどねえ……」
「へー、それちょっと教えてくださいよ」
「ひょっとこさんは魔法の才能ないですし魔力もレシートの切れ端並ですから意味ないと思いますよ?」
流石にちょっとだけ魔導師に嫉妬した。 魔導師っていいよな、やっぱり。 なんというか格差を感じるわ。
そんな俺の心を察してくれたのか、シャマル先生は俺の両手を自身の両手で包み込み、
「でも、私は魔導師でもなんでもないひょっとこさんのほうが好きですよ?」
ふんわりと笑うシャマル先生。
「それに、ひょっとこさんが魔導師になっちゃったら誰がなのはちゃんやフェイトちゃん、そしてヴィヴィオちゃんを優しく迎えるんですか? ご飯を作ったり洗濯したり愚痴を聞いたり。 それにいいんですかー? ヴィヴィオちゃんと遊ぶ時間も減るし、ヴィヴィオちゃんひょっとこさんに懐かなかったかもしれないですよー?」
「そ、それはダメですよっ! 大問題です! 大事件です!」
「ですよね? だからそんなに怖い顔しちゃメっですよ」
両手から顔へと移行したシャマル先生の両手は、俺の顔をゆっくりと優しく撫でてくれた。 ……俺が二人に恋をしてなかったら確実に持っていかれてた。 そう思えるほど、いまのシャマル先生の笑顔は反則で、両手は優しく温かった。 俺は幸せ者なんだと改めて確認させられた瞬間だった。 だから今度は俺から手を握った。 なんとなく、この温もりをもうちょっと感じたかったのかしれない。 シャマル先生ってフェイトみたいに母性の塊って感じだし。
『じっ〜』
背後から視線を感じ、いますぐ言い訳をしたい衝動に駆られる。
「シャマル先生……」
「はい?」
「俺の後ろに誰かいます……?」
「みんなにカルピスを配りながらも目線を私達に固定させているなのはちゃんがいますね」
「……どうすればいいんでしょうか?」
「それは……手を離してなのはちゃんに謝るとかでしょうか?」
ですよねー。 それしかありませよね。 でも──
「いまこの一瞬はシャマル先生の温もりだけを感じたいときはどうすればいいですか?」
本当にこれは困った。 別にシャマル先生に対してフラグとか攻略とかそういった類のものを抜きにして、いまはこうやってシャマル先生の手を握っておきたい。
……姉ってこんな感じなのかな?
でもそういった意味では意外とリンディさんも姉っていうか……まぁ年がめっちゃ離れてるけど。
思わずシャマル先生に助けを求めた俺だったが、シャマル先生は苦笑しながら言ってきた。
「ひょっとこさんは知人男性の中では無職で性格・行動に難がありってことを除いたら頭一つ分以上抜き出てますし──」
逆に収入と性格と行動を除いたら後何が残っているのか聞きたい。
「私もひょっとこさんのことは好きですが、流石に恋人関係にはなりたくないといいますか……そもそも私達は人間とは異なりますのでちょっとそういう関係は遠慮しておきます。 あと純粋に怖いので、はやてちゃんとかなのはちゃんフェイトちゃんとか」
少しだけ赤くなった顔でそう言ってくるシャマル先生。 あれ? いま俺あっさり振られなかった?
「シャマル先生、俺いま──」
「はーいシャマルさんカルピスもってきましたよっ!」
なのはの声と共にシャマル先生と繋いでいた手が解ける。 なのはが丁度引き千切る形で俺の正面に、シャマル先生の正面に立ったのだ。
そこまでしてカルピスを届けるというなのはのプロ意識に尊敬した。 きっと俺の分であろうカルピスはおぼんの中で盛大に零れているけど。
なのはの出現と同時にシャマル先生は、「あ、もう行きますね!」とそそくさと去ってしまった。 あぁ……あと数秒でいいから感じていたかった。
なんてことを考えているとなのはが振り向く。 俺の両手を自分の両手で包み込み、じっとこちらを見つめてきた。
「俊くん、これがわたしの温もりだよ」
「う、うん。 えっと……なのは?」
俺の返事に頷き、今度はぎゅっと抱きついてきた。 なのはは今度は何も言ってくれなかった。 ただただじっと抱きついてくれるだけだった。
なのはの吐息が聞こえてくる。 自分の心臓がなのはに聞こえないか心配になってきた。 それくらい心臓の鼓動は早く大きく脈を打っている。
自分の足は本当に地に着き2本の足でしっかりと立っているのかの感覚さえあやふやになってきた頃、なのはの体がすっと離れていった。 先ほどまで顔すら見れなかったので、改めてみようとなのはに視線を向け──ようとした瞬間、ばっと何かが正面に覆いかぶさり眼前の光景を見えなくしてしまった。
「な、なのは?」
「い、いまはダメ……。 あぅ……今頃になってこんな大勢の前でしちゃったことが恥ずかしくなってきたよ……」
「なの──」
「い、いまはダメっ! ほんとうにダメっ! しゅ、俊くん! これからは二人っきりのときにしようこういうのは! ねっ!? ねっ!?」
「ち、違うってそうじゃなくて──」
せめてカルピスいりのおぼんは下に置いてからしてほしかったんだ……。 なんか白いものが股間にほどよくかかったし。 股間のミルクかけが完成しちゃってるし。
『おえッ──』
『大変だシャマル君っ!? うちの娘たちが口から砂糖をっ!?』
『えー、いまのでなのはを抱きしめることが出来なかったひょっとこは童貞の鏡であると同時にへたれポンコツということが証明されてしまい──スバルとティアは涙目になりながら丸めたティッシュを投げるな。 悔しいのはわかるけど』
丸めたテッシュと、スカさんの娘たちの砂糖を吐く音を聞きながらなのはに視線を向ける。顔を真っ赤にしながらもヴィヴィオを抱いて満足そうな笑顔を見せこちらに手を振ってくれるなのは。 それに俺も笑って振り返す。
今度はへたれポンコツと呼ばれないように、なのはに抱きしめ返そうと決意した。
勿論、二人っきりのときに。
☆
「へー、これが噂のレイジングハートかー」
スカさんの娘さんの一人がなのはのレイハさんをしげしげと観察しながらそう呟く。 確かこの子はなのはの無差別笑顔攻撃で撃沈した子だと記憶している。
「でもレイジングハートって完全にアナルビーズだよな。 案外どっかの変態がアナルビーズの一つをもぎ取って出来たのがレイジングハートかもしれないぞ」
「どんな仮説っ!? 違うよ全然違うよ! わたしのレイジングハートはそんなんじゃないもん!」
『もーあっちいって! うー! バカバカ!』とハリセンで執拗に頭を叩かれながら強制退去を余儀なくされた。 いやでも完全にアナルビーズだよな。 一回なのはにアナルビーズ見せたとき、自分で首にかけてるレイハさんの形状確かめてたし。
「つまりレイジングハートはまだ6つほど残っておりその全て集まった時に真の姿を見せるということか」
「見せてどうするん……あほ」
強制退去させられたのでキッチンに戻りながらレイハさんのことについて考えていると、目の前にエプロン姿のはやてがバカを見る目でこちらを見つめていた。
自分の家から持ってきていたのだろうか、純白にふりふりのエプロンはウエディングドレスを彷彿とさせた。
「デバイスには無限の可能性が秘められているからな。 ほら夜天の書だってまだまだ隠された機能とかあるんだろ?」
「俊が落書きしようとしたら赤い文字で『やめてください』って浮かび上がってきたんやから、なんかまだ機能があるかもしれんな」
「皆してその場から一瞬で逃げたよな」
「なのはちゃん泣いてたしフェイトちゃん固まってたし、アリサちゃんとすずかちゃんは腰抜かして大変やったな」
「はやては平気そうな顔してたよな」
「俊に抱きつけてむしろ嬉しかったで」
……どうして六課の部隊長はこうもストレートな物言いが出来るんだろうか。
「ふっふー、それにしてもわたしがこっちを手伝っている間になんか色々とピンクにしてくれたみたいやなぁ」
はやてが頬をぷくっと膨らませ前傾姿勢でジト目する。
「い、いや……そういうわけじゃなくて……」
「えいっ」
そんな掛け声とともに自分の唇に誰かの唇が重なった。
ちょっとの時間、一瞬で刹那的な重なりだったが、重なった瞬間とてつもない甘い何かが体を駆け抜けた。
小悪魔モードっていうのかな、そんな表情で俺に笑いかけてくるはやて。
舌で唇をちろりと舐めるはやて。
「なぁはやて、なんか体が熱いんだけど……」
「それはきっと恋の魔法やな。 抑えられへんならここでしてええよ……? わたしはいつでもokやし」
美少女三人組の中でも一番背が低いはやては、上目使いで俺の顔を見てきた。 瞳にはうっすらと涙をためている。
堪えろ俊、堪えるんだ……。 いま変なことをしたら怒られるというか殺される。 いまは俺のとろろを作っている場合ではないんだ……! でもこんな表情をしてるはやては可愛いし……いったいどうすれば──どうするのが正しいんだッ!?
ぎゅっと抱きついてくるはやて。 落ち着け、俺……! こんな流されながら行為に及ぶ若者が増えるからダメなんだ、気をしっかり持つんだ、ながらで雰囲気でしちゃダメだ……っ!
「あ、あのさはやて!」
「ん?」
「やっぱダメだ、そういった行為はもっとこう……付き合いっていうのが」
「10年間の付き合いやろ?」
「言われてみればそうだ。 あ、いや違う俺が言いたいのは友達付き合いじゃなくて──」
「わたしってそんなに魅力ないんかなぁ……」
「そんなことあるわけないだろ!」
しゅんとした顔と声で自分の体を眺めるはやてに思わず俺はそう力説し抱きしめてしまう。
「むしろ魅力しかない、出会ったときからはやては魅力たっぷりの女だったよ! 魅力がない女に命張るほど、俺は優しい男じゃない!」
つい強く抱きしめてしまう、力が入る。 と、痛かったのかはやてが思いっきり俺を突き飛ばし後ろを振り向いてしまう。 顔が見えないがもしかしなくても怒ってる?
「あ、ありがとな……」
「お、おう」
声から察するに怒ってないみたいだけど、もしかして照れてるのか? こっちをチラチラと見ながら指をもじもじさせてどんだけ可愛いんだよ。 また抱きしめたくなるじゃんか。 さっきバカにされたからな、今度は強気に行くぞ、俺だって男なんだからな。
一歩、また一歩とはやてに歩きだす。 と、視界の端に虚ろな目をした様子でとろろを生産しているリンディさんを捉える。
『フェイトと一緒にお風呂入りたかったのに……フェイトと一緒にお風呂入りたかったのに……フェイトと一緒にお風呂入りたかったのに……フェイトと一緒にお風呂入りたかったのに……』
……なにこの人怖い。
ま、まぁでも声をかけておこうかな。 放置しておくとこっちに帰ってきそうにないし。 リビングでフェイトが名前呼んでるし。
「リンディさん──」
「キエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
いきなりとろろぶっかけるのは反則だと思った。