A's12.一撃必殺ホワイトブレイカー
「俺の入浴シーンとか嬉しいだろ?」
『俊くんの入浴シーンとかオレンジの皮の搾りかすと同程度くらいだよ。 着替えここに置いとくよ』
「サンキュー」
リンディさん主催の『ひょっとこ秋のぶっかけ祭り〜とろろでとろとろな瞳を君に〜』が終わった後、リンディさんはフェイトが回収し俺は風呂に入ることとなった。 リンディさん娘離れが出来てなさすぎるだろと思ったが、フェイトをヴィヴィオに置き換えると俺も人のことを言えないのでリンディさんの件では何も言わないことにした。
『俊くんもう皆食べ始めてるけどいいの?』
「いいんじゃない。 料理ははやてに任せてあるし、なのはも戻ったら?」
『お膝の上にヴィヴィオを乗せて、隣でおかあさんの過保護すぎる愛情行為にお腹いっぱいの高町なのはは逃亡したのであった。 ヴィヴィオはガーくんとウーノさんが面倒みてるから大丈夫だよ』
「桃子さんのなのはへの愛情は小中高の担任が家庭訪問に来るレベルだもんな。 毎年恒例の行事になってたよな」
『おかあさんがわたしのこと溺愛してくれてるのは知ってるけど、流石にこの年でお口あ〜んは恥ずかしいんだよね。 部下だっているんだし』
「心配すんな。 その部下からもお口あ〜んされることになるから」
『えっ!? わたしってどんな扱いなの!? 上司らしくしてるのに!』
「え? なんだって?」
『だから上司らしく──』
「え? なんだって?」
トントントントントントントントントントントントントントントントントントントントントン
「俺が悪かった。 俺が悪かったから無言でスリ硝子をトントンするのは止めてくれ」
怖いよ、超怖いよ。 目を瞑って頭からお湯流せねえよ。
なのはは俺のお願いを聞いてくれたようでスリ硝子を叩くのを止めた。 よかったスリ硝子は救われたのね。
さ〜て、丁度着替えも届いたし俺も上がりますかな。 はやてばかりに任せておくわけにはいかないし、俺もヴィヴィオを抱っこしてお口あ〜んしたい。
ということで、ドアを開ける前になのはに一声かけることに。
「なの──」
『ねぇ俊くん? 20歳になったら……わたしはもう魔法少女じゃいられないよね?』
「……驚いた。 なのはさんいまでも魔法少女のつもりだったみたいですよ。 19歳とかもうババア一歩手前──」
ダンッ!
「ごめんなさい冗談ですっ! 冗談ですからスリ硝子をひび割れまみれにするのだけは勘弁してくださいっ!? いま割れると俺のレイジングハートから赤色の魔力光が飛び出るから! いいの!?」
そんな幼馴染のみっともない姿を見るのが嫌なのか、なのはさんはスリ硝子を壊すことを諦めてくれた。
「んで、いったいどうしたの? なんか悩み事?」
『う〜ん……悩みってわけじゃないけど、このまま魔導師続けてもいいのかなーってね』
もう何年も一緒にいるのでなのはの冗談は声のトーンで分かる。 だからこそ分かる。 なのはのこの呟きが冗談じゃないということが。
『あ、べつにね? いまの現状に嫌気がさしたとかじゃないよ? 魔導師人生は順風満帆だし、収入も無職を抱えれるほどの額貰ってるし、可愛い部下も出来たしね。 ただ忘れがちになるけどさ魔導師の仕事って死の瀬戸際に立つときがあるでしょ? だからちょっと……ね』
含みのある言葉で締めるなのは。 そこまで聞いて俺もやっとなのはの言いたいことを理解した。 魔導師の仕事が死の瀬戸際を歩くことがあるのはなのはを含め全員が知っている。 とくになのはは9歳の頃に魔法と出会いなし崩し的に事件に巻き込まれ、自分の意思で事件を解決に導いた。 その時に痛いほど理解しているはずだから。 心でも、そして体でも。 魔導師になると決めたとき、桃子さんと士郎さん、そしてリンディさんを交えて一日話し合ったのだから。 俺もそのとき会話を盗み聞きしてたから覚えている。 魔導師という仕事の危険性をリンディさんは痛いほどなのはに話していた。
そしてなのははそれを承知した上で、自分の意思で魔導師になると決意した。 俺も桃子さんも士郎さんも止めなかったのはなのはが自分の意思で魔導師になると決意したから。 そんななのはがいま迷っている。
じゃぁなんで迷っているんだ?
そんなこと、あの時と今を比較してみると一目瞭然だ。
「ヴィヴィオか」
『うん……』
まぁ今と昔じゃ俺達の周りで変化したことなんてヴィヴィオ関連でしか思い浮かばないもんな。
しかしヴィヴィオのことでかぁ。 これはなのはにヴィヴィオが魔導師を好いてないってことは教えないでおいたほうがよさそうだな。 いま言うと、なのはは深く考えないで魔導師辞めるかもしれないし。
「なのははどうしようと思ってるんだ?」
『わかんない。 そこまで考えが固まってるわけじゃないし……。 でも、なんかいまのままってわけじゃダメだと思う』
「そんな状態のまま魔導師を続けると怪我するかもしれないしなぁ」
それで空を自由に動けない体になったら元も子もないし。 なのはみたいな天才だとそういうことがありそうだからちょっと怖い。 自信ゆえに過信する。 実力が高い奴ほど自分の限界を見極めきれない奴って意外といるもんだしな。
俺の怪我という単語に何か感じたのかなのははスリ硝子越しに唸っていた。
『う〜ん……怪我かー。 相手が怪我することは常に考えてるけど、自分が怪我するってことはあんまり考えたことなかったかも。 擦り傷とかなら別だけど、俊くんが思い浮かべているような怪我はね』
「お前は常に相手に怪我させようと考えて行動してたのか。 だからデストロイ高町って言われてたんだよ」
『えっ!? なにその通り名!? わたしのどこがデストロイなのっ!?』
「え? 違うの?」
『どっちかというと、エンジェル高町だとおもうの』
自分で言っておきながら恥ずかしがるなよ。 スリ硝子越しでも顔真っ赤にして俯いてるのが分かるぞ。
「ま、俺にとってはその通りだけどな」
…………ちょっとなのはさん、なんか反応してくださいよ。 こっちまで顔赤くなってきただろ。 いや、これは恥ずかしいとかじゃないぞ? 断じて違う。 のぼせただけだから!
『えへへ……そう言われると照れるかにゃーにゃんて』
「ネコなのは萌えッ!」
『ちょッ!? スリ硝子に突撃しないでよ!? 思わずレイジングハートで刺すところだったじゃん!?』
咄嗟の判断でレイハさんをレイピアにするのは魔導師として満点だけど女の子としては減点だろ。 見たことないぞ、デバイスで人を刺そうとする女の子。 あ、シグシグがいたわ。
額から少々紅玉の滴を流しながら、なのはに質問する。
「でもなのはは飛ぶことは好きなんだよな?」
『うん』
それにね、そうなのはは続ける。
『他の人が聞いたら嫌味に聞こえちゃうけど、高町なのはって人物は空に愛されてるんだ。 空がわたしを守ってくれるの。 空がわたしに力を貸してくれるの。 墜ちる気がしないの。 だからかな、わたし自身の怪我に対する意識が低かったのも。 高いけど低いみたいな感じ。 あ、皆には内緒だよ?』
別に嫌味でもなんでもないさ。 なのはが空に愛されてるのは皆が知ってることだから。 周りも、管理局も、次元世界も、だからこそお前はエースオブエースなんだと思うよ。 その不屈の心が空の心を奪ったんだ。 空はなのはを愛し、なのはも空を愛している。 俺のほうが空よりも先に好きになったのに。
「実際そうなんだから皆も気にしないさ。 でもまぁ──」
スリ硝子の取っ手に手をかけ思いっきり開ける。
いきなり開け放たれたスリ硝子と全裸の俺になのはは驚いたのか、目をパチクリさせて俺を凝視していた。
ちゃんと笑えているのかな? そう疑問を感じながらも、最高の笑顔でなのはの肩を叩き、しっかりと抱きしめる。 体を拭いていないため皮膚を流れる水滴はそのままなのはの服へと染み込んでいく。 それでもなのはは俺を突き飛ばしたりはしなかった。 きっと驚いて何も出来ないだけかもしれないが、それでも一向に構わない。 しっかりとなのはを抱きしめる。
「あ、あの……俊くん? パジャマが濡れて──」
「魔導師を辞めても構わない。 このまま続けても構わない。 ヴィヴィオのことは俺と他の皆がしっかりとフォローするし、ヴィヴィオもきっと魔導師のことを理解してくれるよ。 ヴィヴィオは賢い子だから。 最高評議会のときだってちゃんと頭を下げてお礼を言えるいい子だから。 だからなのは、お前は自分の思うがままに進んでくれ。 お前の全てを肯定する」
あぁ、風呂上りは素晴らしいなぁ。 火照った体を冷ましてくれる。 だからきっとこの顔の赤みもすぐに誤魔化してくれるだろう。
「ばーか」
抱かれた彼女はそう小さく呟くと、笑いながら俺の手を離れた。 これだよ、この笑顔だよ。 この笑顔だけは誰にも渡したくない。
「バカでもいいさ。 バカも悪くない、こうして抱き合えるのなら」
「抱き合ってないよ。 一方的に抱きついてきたんだからね。 しかも裸で。 心が広いわたしじゃなきゃ逮捕されるところだったんだから。 このおばかさん」
何故だろう、バカって単語は悪口に使うはずなのにいまの俺は笑えている。 これも彼女の魅力の一つなのかな?
彼女は笑いながらバスタオルでいまだ水滴に濡れている髪の毛を拭いてくれた。
「ほんとにしょうがないなー。 忘れてたよ、わたしにはヴィヴィオ同様に19歳児の子がいたんだった。 世話かかりっぱなしのね」
「その19歳児に怖いビデオ見たときに抱きつくのは誰だったかな?」
「さーて記憶にございませんので」
嘘つけ。 高町一家総出でなのはを寝かしつけたことはいまでも覚えてるぞ。 それから怖いビデオ禁止になったことも。
「ほらほら、そんな過去はどうでもいいでしょ。 はい、顔は拭いてあげたから後は自分でやって。 ……それと、その……ソレも早くなんとかして、ばか……」
視線を明後日の方向にやりながらなのはが指さしたものは、反り立つ延べ棒であった。 お前も興奮していたのか? わかるぞ、なのは可愛いもんな。 お前がなのはを愛したのはいつからか? 中学生くらいからか? 小学生からか?
俺の延べ棒が恥ずかしいのか、なのははわざとらしく咳払いをしつつ俺のほうをチラチラ盗み見る。 もっと視線下げて。
アイコンタクトを交わすが、なのはは一向に視線を下げてくれない。
しょうがない、俺のほうから攻めてみるか。
「レイジングハート! セットアーップ! 刮目せよ! これが俺の全力全開ッ!」
俺はなのはの目の前で摩擦熱を生み出すかのごとく擦る。 ひたすら擦る。 なのはがこちらを涙目で睨みつけるのさえもオカズにし、スナップをさらにきつくする。
延べ棒はまばゆいばかりの光を放ち、金の延べ棒へと進化する。
「なのはしゃがんでッ! 一撃必殺──」
出す寸前でなのはのサマーソルトが鳩尾にクリーンヒット
↓
後ろに吹き飛ぶ俺
↓
ピュッ(ホワイトブレイカーが目の中に飛び込んだ音)
「助けてぇええええッ!? なのはごめん! 俺が悪かったよ!? 謝るから! 謝るから、目ん玉の中で俺に挨拶してくる息子の息子を拭きとって!?」
キモイよ! これヤバイよ!? なにが『お父さん、先代の無念を晴らすチャンスです』だよ!
なのはがこの場から立ち去るのを気配で察知する。
聞こえてくる舌打ち、何故だろうものすごいチャンスを失った気がする。
それでも俺は叫び続ける。 なのはの名前をひたすら呼び続ける。
返ってきたのは黙れと叫びながら投擲されたロヴィータちゃんのアイゼンだった。