A's13.あなたはあなたのままだから
「ったく、もう19歳で子持ちなんだからこんなバカなことしてんじゃねえよ。 あたしの胸に触ろうとすんなカス」
「すまん。 洗濯板でどこに膨らみがあるのかわからんかった。 でもこのほうがロリ成分が増して俺的にはグッドだ」
「誰もお前のロリに対する気持ちなんか聞いてねえよ」
ひょっとこの両目を握りつぶすヴィータ。
「誰がお前の目ん玉の中から気持ち悪いもん拭き取ってあげてると思ってんのか?」
「誰が家の風呂ぶっ壊してくれたと思ってんの?」
「……それに関しては本当に悪かったと思ってるよ……」
ちらりとヴィータはアイゼンが仁王立ちでそびえ立つ風呂場を覗く。
「罰としていまから俺のことは『ダーリン』って呼んでもらうからな?」
「あたしの貯金を全部風呂場の工事費用に回してくれ。 なんならいまからあたしが働く分の金も全部お前にくれてやる」
「あれ!? そこまでして俺のことをダーリンって呼びたくないの!? ちょっと傷つくんだけど!」
「お前のことが大嫌いだからな」
「ロヴィータちゃん、俺はロヴィータちゃんのことを愛してるよ?」
「前世に戻れ。 腐った玉子」
「ロヴィータちゃん、それ10年間付き合いのある友人に向けて発する言葉じゃないよね」
ひょっとこのジュニアのジュニアを目から取り除き終えたヴィータは立ち上がりながら、抗議の言葉を発言するひょっとこに、
「一度たりとも友人と思ったことはないがな。 ほらいくぞ、馬糞」
「ロヴィータちゃん、それ人に向けて言っていい言葉じゃないよね」
とても的確な言葉を用いて皆がいる部屋へと入っていった。
☆
全員が食事をしている──というわけではなかった。
食が細い者や食べ終わった者達はそれぞれ好き勝手にゲームや漫画で思い思いの時間を過ごしていた。
スカさんファミリーとかその典型だろうな。
それでも、こちらから見る限り新人達とは打ち解けているみたいだしよきかなよきかな。
『みんなー! ひょっとこさんの秘蔵のエロ本見るー?』
嬢ちゃん、キミがその手にもってる9歳のツインテールで縞パンニーソの女の子がランドセルをしょいながらビッチっぽく誘ってる表紙のエロ本を先生に返しなさい。 さもないと先生が痛い目にあいますよ?
「俊くん……?」
ほらっ!? もう先生の足首が折れる寸前だよ! いいからそれ返せ!
「まぁまぁ俊くん、ここに座って少しお話しようか?」
なのはさん、足首折ってからのその提案は止めてください。
崩れ落ちるようになのはの横に座り込む俺。 というか比喩でもなんでもなく崩れ落ちた。 シャマル先生がいるかいって、彼女たちは人の骨を折りすぎではなかろうか?
心の中で魔法少女を畏怖の対象として祭り上げていたところ、なのはが咳払いを一つして俺に向かって説教をしはじめてた。
「いい俊くん? 俊くんがえっちな本を所持していることにはもう諦めの境地に達しているから文句はつけないけど、内容によってはこちらも取るべき手段をとるってことは前々から言ってるよね?」
「母乳でも飛ばすの?」
「キミの歯が一本一本飛んでいくんだよ」
なんて怖い女なんだ。 歯を一本一本毟り取っていくなんて人間には到底無理な行いだ。 流石はモ・モモコから生み出されし殺戮兵器といったところか。
「でも母乳をマッハ3で飛ばしたほうが確実に仕留めることが出来ると思うんだ」
「だからなんでさっきからわたしが母乳飛ばせること前提で話を進めようとしてるのっ!?」
なのはなら出来ると踏んでるんだけどなぁ……。
「まぁなのはがマッハ3の母乳飛ばしが出来ないとわかったんで俺はヴィヴィオのところにでも──」
ガシっ
「おっと俊くん逃がさないよ」
くそっ! 逃げ切れると思ったのに!
「俊くん? わたしは別に俊くんが嫌いだからこんなことするわけじゃないからね? むしろ俊くんのことが心配だからこんなことをしてるの」
「まぁでもなのは、俺だって二次元と三次元の区別くらいはついてるし性犯罪なんてバカなことしないよ」
「ほんとうかなぁ……? じゃあちょっと質問。 わたしがあの表紙みたいにランドセル背負ってあのポーズで下着とか色々見せつけながら俊くんのベッドにいたらどうする?」
「病院に連れてく」
……いたっ!? なのはさ、なんで無言でそんな殴って……っ!?
「じゃぁ質問その二。 ヴィータちゃんがあの表紙みたいにランドセル背負ってあのポーズで下着とか色々見せつけながら俊くんのベッドにいたらどうする?」
「犯す」
いたっ!? 女性の皆さん……ッ!? ちょっと一列に並んで腹パンは勘弁してくださッ!?
「キャロ、エリオ、今後10年間はあの性犯罪者に近づいちゃダメだからね? 大丈夫、いざとなったら私が二人と引き換えに体を捧げるから」
「ちょっとそこのフェイトさんっ!? 冗談だよ冗談ッ! なんでマジな顔して教え込んでるの!? ほら、俺が一歩踏み出すたびにエリオとキャロが一歩後ずさりしてるじゃんッ!?」
折角育て上げてきた大切な関係が砂のように脆く崩れ去っていった音が聞こえる。
順々に腹パンをくらいながらも、なんとかエリオとキャロに誤解を解かせようと近づくがついにはフェイトに結界を張られる始末にまで発展した。 ちょっとしたジョークがこんなことになるとは。
しかしながら既に腹パンは佳境にまで達しており、俺はいまだにピンピンしている。 まだまだ腹パンには耐えられる。 これでも鍛えているんだ。 魔力付加なしの成人女性の腹パンなんて大した脅威──
「じゃぁ2順目はみんな魔力付加ありでいこっか」
──あ、俺はここで死ぬんだな。
桃色の魔力を拳に纏わせながら笑顔でこちらに向かってくるなのは。 せめて死ぬならなのはの蒸れた下着の下で死にたかった。
撲殺天使も逃げ出す笑顔のなのはに、俺も笑顔で応える。 あ、ダメだ。 これうまく笑えてない。
せめて一回で死にますように……。
「なぁ……いつから此処は殺戮場と化したん?」
──そんな(俺にとっての)地獄絵図を消してくれたのは紛れもないはやての声だった。
「あ、はやてちゃん。 ちょっとまってね、いま乙女のパンチを繰り出すから」
「なのはちゃんなのはちゃん、乙女のパンチは風が鳴るほど早くないで」
「もうなにしとるん皆。 折角の席を台無しにする気なんか?」
流石は部隊長。 そしてこの場においての一番の良識人。 頬を膨らませ腰に手を当て皆を怒るはやてに、全員ともしゅんとした顔で頭を下げる。
皆への説教を終えたはやては、ため息を吐きながらこちらにやってくる。
「ごめんなぁ俊、折角呼んでくれたのにこんなことになってもうて」
「あー……まぁ俺も悪ふざけが過ぎたしな」
ふふと笑うはやて。
「こちらこそありがとな。 来てくれたのに仕事してもらって。 おかげでこっちは楽が出来たけど、はやては結構疲れたろ? 大丈夫か?」
「これくらいなら問題ないで。 これでも魔導師として訓練も行ってきとるから体力もあるし、元々料理は好きだから苦でもなんでもなかったで」
それに、そう続けてはやては笑顔を向ける。
「誰かのために料理を作れるって、とても幸せなことやとおもうし」
……この笑顔は卑怯すぎる。
幼い頃に両親を失ったはやてはずっと一人で生活をしてきた。 何をするにも一人でずっとしてきたんだ。
今の俺のように料理を誰かと作ったりすることもなく、誰かと会話をしながら食事を摂ることもなく、のんびり誰かと漫画やゲームをすることもできず、同じベッドで狭さを感じながら寝ることもなく、何気ない呟きも受けられずに霧散するだけ。
俺が出会うまでずっとずっと、彼女はその生活を続けてきたんだ。
思い出す。 彼女と会った日のことを。
思い出す。 大きな家で彼女と過ごした二人だけの時間を。
「そうだな。 誰かのために料理を作れることって、とても幸せなことだよな」
「せや」
『あ、桃子さん。 ワインでもどうです?』
『いいですねー。 それじゃ軽く飲みましょうか』
『まってお母さん。 普通は一本のワインを二人で飲むものだよね? なんで一人一本なの?』
『あ、フェイトもどう? あなたももうすぐ20歳なんだからちょっとは飲んでおきない』
『まだ未成年だから飲まないよ。 それにヴィヴィオもエリオやキャロ達がいるんだから』
『大丈夫よフェイト。 酔ったら私が介抱してあげるから』
『大丈夫だよ。 あ、私はヴィヴィオの様子でもみてこよ──』
『逃がさないわよ、子猫ちゃん。 初めては私のものなんだから』
『誰か助けてッ!? 此処に危ない人がいる! 娘に手を出す気満々の危ない母親がいる!?』
あの時は二人っきりで、はやては俺のために料理を作ってくれたけど、今ははやてだけの家族がいる。 いつもはやてのことを考えてくれる優しい保健室勤務の先生に、はやての約束は必ず守り通し、立ち塞がる障害を壊してくれる腹下しの剣士に、ちっこいくせに誰よりも頼れるロリっ娘。 寡黙だがいぶし銀で見せ場を作る犬。 ひまわりのように明るい、俺を心底嫌ってる妖精ちゃん。
ほんと、あいつらが来てくれてよかった。
でも──
「もし俺とはやてがあのまま一緒に二人だけの生活を送っていたら、10年後はどうなっていたのかな」
「ほぇ?」
きょとんとした表情でこちらを見るはやて。 い、いやいやいや俺も何を言ってるんだろうか。 おかしい、ちょっと落ち着け上矢俊。 はやてがあまりにも可愛いからって混乱するんじゃない。
咳払いを一つ行い、平静を装って話しかける。
「あー、はやて? いまのはだな──」
「な、なぁ俊? い、いまから新婚さんごっこでもせえへんか? べつに他意はないんやけどな?」
「あかんねん。 そんなことしたらウチ死んで舞う」
「しゅ、しゅん!? いきなり口調が変わったで!?」
べ、べつに慌てているわけではない! ただ、エプロン着ながら、胸を押し付けながら、上目使いでそんな可愛いことを言われると男は誰でもこういった反応になってしまうんだよ!
「ま、まぁ口調はおいといて……とりあえずここに座ってからやな」
すとんと下半身の感覚がなくなり膝から崩れ落ちる。 はやてはそれを予期していたかのように受け止めてくれたが──いま何が起こったの?
「あかん、こっちもてんぱって思わず魔法使ってもうた。 ほんとはワインで酔わせて介抱する振りしてベッドで押し倒す予定やったのに……。 あんな態度取られてもついついしてしまうやんか……」
小声ではやてが何かをつぶやいている。 俺の脚力の弱さに驚いたのか?
『まってお母さん!? バインドまで駆使して娘を無理矢理酔わせようなんて母親のすることじゃないんだけど!? なのは助けて!』
『ヴィヴィオー、ちょっとお外にでよっかー。 少し夜風に当たろうねー』
『はーい! なのはママだっこ!』
『もうしょうがないなー、甘えん坊さんなんだから』
『まってなのは!? 私もなのはに甘えたい! いますぐ抱っこしてほしいよ!』
床にぺたんと二人で座る。 はやてとの距離は肩が互いに触れ合う距離だ。 色情を高めるフェロモンがはやての体から漂ってくる。 思わず視界がぐらりと揺れる感覚に陥る。 自分の体が自分以外の誰かに操られているような、そんな不思議な感覚が自分の体を支配する。
「な、なぁ俊? 俊も夕食たべてへんやろ? えっと……俊のために特製のとろろご飯を作ったんやけど……」
そういうとはやては立ち上がり、一旦奥へと引っ込み、手に器を持って帰ってきた。
「俺のために? え? マジで?」
「うん。 新妻はやてちゃんは旦那以外には料理を作らないタイプやから」
いつの間にかはやてが新妻になっていた。 でもどうしてだろう、妙にはやてには新妻という単語が似合っている。
「料理上手で可愛くて勉強が出来て家事万能。 なるほど、そりゃ新妻って単語がよく似合うはずだな……」
「おまけに夫婦の営みにも積極的やで?」
笑顔でそんなことを言いながら、俺の口にとろろご飯を持ってくる。 折角なので食べさせてもらうことにして、口の中でゆっくりととろろご飯を咀嚼する。
「……どうなん?」
「…………うまい」
「よしっ」
小さくガッツポーズするはやてをよそに、俺はそのままはやてから器を受け取りもぐもぐと食べ始める。 いや、やばいよこれ! めっちゃうまい!
なにも食べてなく空腹だったのも重なり、器になみなみ盛られていたとろろご飯をものの数分で食べ終わる。
「あ、俊。 ほっぺにまでとろろご飯を食べさせんでもええんやで?」
「──!?」
「いや、ただ舌でなめただけなんやからそんな驚かんでも……。 ──それとも、興奮したん?」
俺の肩に体を預けながら笑うはやてに、思わずこくんと頷きそうになる。 い、いかん、ここで下手に頷いたらシグシグに殺されかねない……!
ここは平静を装って──
「い、いや、まぁ俺くらい女性経験がある奴だといまの行為なんて何も感じないというか当たり前というか──」
じーっ(テントをじっとみつめるはやて)
ピクンっ(挨拶するテント)
「──興奮するっていうか」
こんなとき、正直すぎる俺の体が憎らしい。 俺はまだヴォルケンに殺されたくないんだ。 せめてヴィヴィオの入学式を見るまでは死ねない。
「ふふ、かわいいんやから。 ……薬の効果が効きはじめるまでに30分ってとこやろか」
「え? 薬って?」
「ううん、なんでもあらへんよ。 ほら、これも俊のために作ったんたで? あーん」
「い、いや自分で食べれるってば。 シグシグあたりにでもそういうことはしたほうがいいんじゃないか?」
「シグナムは胸ばっかり見るからダメや」
「あいつはエロ親父のコアでも蒐集してたのか」
なんつー変態剣士だ。
「はい、ダーリン」
甘ったるい声でそんな言葉を言われると変な気分になってくる。 きっと雰囲気にあてられたのだろう。 俺ははやてのあーんに応える形で口を開いた。 うん、うまい。 やっぱりはやての料理は最高だ。
「でも結婚したら、はやての料理を毎日食べるわけだから太るだろうなー」
旦那さんダイエットが大変そう。
「大丈夫やで俊。 運動なら毎日するしな」
何故だろう、はやての運動という単語に変な想像をしてしまった。
うっ、しかも頭までくらくらしてきた……。
「(効いてきたみたいやな……)」
『ヴィータさん、ひょっとこさんどうしたんですか? なんか目が虚ろになっていきますよ?』
『んー? まぁ発作か何かじゃ──』
「ダーリン? あー、皆、俊はもう寝たいみたいやからわたしがベッドまで運んでくるな」
『は、はやてっ!? ちょっとまて! いや、「ありがとう」じゃねえよ、一言も祝の言葉なんて送ってないから!?』
☆
室内の喧騒に耳を傾けながら、私は一人縁側で夜風に身を預ける。 室内で火照った体を冷ますこの風がいまは何よりも気持ちいい。
皆楽しそうだな。 シグナムさんやシャマルさんやヴィータさん達は2階に上がっていったし、ティアはナンバーズと楽しそうにお喋りしてるし。
ナンバーズ……か。 私はどう接したらいいんだろう? 私と同じ存在の彼女達と。 友達? 姉妹?
「そもそもいきなり自分たちも戦闘機人なんですって言われても困るよぉ……」
ただでさえ自分が戦闘機人だってなのはさんに打ち明けるのに四苦八苦してるのに……。
それにスカさん達もスカさん達だし。 なんでいきなり私と同じ存在だって打ち明けて……全員にやにや笑ってたし。
「はぁ……きっとこんな問題で悩むなんてバカらしいって思ってるのかなぁ。 でもでも、なのはさんに打ち明けていまの関係が壊れたりしてら困るし──」
「呼んだ? スバル?」
「ひゃぁっ!? な、なのはさんっ!?」
「ん?」
い、いつの間来てたのか、なのはさんがヴィヴィオちゃんを抱っこして私の隣に立っていた。
……それにしても妙に子どもを抱く姿が様になってる。 お風呂上りだから色気が増してるのかな?
「隣いいかな?」
「あ、は、はい!」
私の隣に座るなのはさん。 あ、ヤバイ、いい匂いが……私を誘う匂いが……っ!
座るなのはさんに抱っこされていたヴィヴィオちゃんが、ガーくんと一緒にぴょんと庭に飛び出る。 月明かりに照らされながら、ガーくんと遊び始めるヴィヴィオちゃんはとても可愛くて思わず顔が綻ぶを肌で感じた。 隣をチラリと横目で見るとなのはさんを同じなようで、ヴィヴィオちゃんの方をみてニコニコと笑っていた。
本当になのはさんは笑うと可愛い。
ガーくんと追いかけっこをしているヴィヴィオちゃんは私達の視線を感じ取ったのか、こちらを振り返ってぶんぶんと勢いよく手を振った。 私もなのはさんもそれに振り返す。
「ところでなのはさん、ヴィヴィオちゃんとガーくんは何をしてるんですか?」
「う〜ん、追いかけっこかな? それか鬼ごっこ」
どうやらなのはさんも分からないみたいだった。 でも子どもの遊びって大人には分からない場合も多いからなぁ。
しばし二人でヴィヴィオちゃんの動向を見守る。 ヴィヴィオちゃんもなのはさんのようによく笑う子だ。 なんか本当の親子みたい。
……いや、なのはさんは本当の親のように接してるんだろうなぁ。 毎日見ているとそう思う。 優しく抱っこするなのはさん、屈託なく笑うヴィヴィオちゃん。 血は繋がってなくても二人は本当の親子なんだろうなぁ。
「なんか悩みがあるんじゃにゃいかにゃ?」
「へ?」
「顔に悩み中って書いてあるよ」
視線はヴィヴィオちゃんのほうを向いたまま、なのはさんは私に話しかける。
「ここのとこずっと悩んでたみたいだから、ちょっと気になってたんだ。 ほら、日記にも何か書いてたみたいだし、笑顔がぎこちなかったしね」
「わ、私の笑顔ぎこちなかったですか……?」
「うん。 いつもの可愛い笑顔じゃなかったよ。 不細工な笑顔だったもん」
この教導官の辞書には躊躇いという単語が登録されていないのだろうか。
たしか夏場にも可愛くないと言われた気がするけど。
「ま、まぁ悩みといえば悩みなんですけど……」
「それは尊敬するなのはさんにも言えない悩みかな?」
「えっと……」
つい口ごもる。 本当はなのはさんに言いたい悩みなんだけど、何故か言いだせない自分がいる。
それを察してくれたのか、なのはさんはそれ以上深く追求することなく違う話題を振ってくれた。
「そうだ、折角二人っきりになれたんだから昔話でもしようか。 わたしとスバルが初めて会ったあの時のこと」
あの時と濁したのは出会いが火災の場面だったからかな? こういう時のなのはさんの細かい気配りは嬉しい。
「初めて出会った時ですか、あの時は本当にもう死を覚悟してましたよ。 でもどこかで誰かに助けてもらいたくて、咄嗟に出た言葉になのはさんが返答してくれて」
いまでも覚えている。 颯爽と私を助け出してくれたあの純白の天使を。
「そうそう。 もう視界に入れた瞬間に絶対に助けるって決めてたからねー。 わたし不思議とそういう時のポテンシャルって通常の3倍くらいの力が出るんだよ」
「あぁそれひょっとこさんの同じようなこと言ってましたよ。 『なのはは誰かのためならどこまでも強くなれる。 だからエースオブエースなんだ』って」
「……なんでそれを本人に言ってくれないの?」
たぶんひょっとこさんは言ってると思う。 通じているかは別問題として。
頬を膨らませて怒るなのはさんが可愛すぎて辛い。
本当にあの人がうらやましい。 私はなのはさんのことが一人の女性として大好きだけど、なのはさんは私のことを一人の女性として大好きってわけじゃないし。 ……それに女性限定でも私は一番じゃないもの。 女性部門で一番はぶっちぎりでフェイトさんだろうし。 なんだかんだで、ひょっとこさんいなかったら二人が結婚しそうだし。 もう既に一緒に寝てるし子どもいるし、結婚してるようなものだし。
「女性同士でも子どもは出来る……」
「あの……スバル? 頭大丈夫……?」
はっ!? いけないいけない、折角なのはさんと会話してるんだからそっちに集中しないと。
「あ、ごめんなさい。 でも、あのときなのはさんに抱かれて助けられた際にみた景色はいまの色あせずにしっかりと記憶にあります。 なのはさんの表情も。 だから私は魔導師になるって決めたんです。 なのはさんみたいな人になりたいって」
本当にカッコよかった。 誰よりも、何よりも。
「でも助け出した後はわたしも色々と慌ただしくって中々会話できなかったよね」
「そうですね、あのときはぽつんと私一人になっちゃって……。 私ちょっと泣きそうになっちゃって、知らない誰かの服を掴んで離さなかったんですよね。 でもその時は怖くて、その人を顔を見れなかったんです」
「へー。 じゃぁその人がわたしが来るまでスバルの面倒をみてくれたんだ」
「といっても会話らしい会話はしなかったです。 ただじっと私の後ろに立ってくれて、頭を撫でてくれました。 でも、それがなんだか心地よくって」
「ふふっ、その人がスバルに欲情しない人でよかったね」
「えへへっ、本当にそうですね。 あんな人だったらお兄ちゃんに欲しかったかもしれません」
ちょっとだけ可愛らしく夢見る少女のように語ってみる。
「あげないよ?」
返ってきたのはドスのきいた上司の言葉だった。
「あの……なのはさん?」
「ただでさえ最近ロリコン化が著しいんだから、妹キャラのスバルがきたらダメダメ。 スバルはわたしだけを愛してればいいの」
なんて殺し文句を使ってくるんだ、この人は。
「は、はぁ……。 べつにその人がいま何処にいるのか知りませんし、なのはさん以外に愛してる人もいませんけど……」
なんだろう、このなのはさんの反応。
「……よく考えればスバルは敵じゃないから問題ないか」
なんて酷いことを言うんだ、この人は。
なのはさんは自分で何かを納得したのか、うんうんと頷くと笑顔で私に話を振ってくる。
「で、それからわたしとスバルがちゃんと会話したんだよね」
「はい。 あのときはとっても緊張しました。 でも、なのはさんは優しく私を……抱きしめてくれて……」
誰かが私を抱きしめてくれる。 離さないように、ぎゅっと力強く、だけど柔らかく。 私を安心させるかのように抱きしめてくれた。
「こんな風に……?」
抱きしめたなのはさんが優しく語りかけてくる。
「……はい」
なんとかその一言だけを返す私。
「大丈夫、大丈夫。 なにも怖くないよ」
子どもをあやすようにぽんぽんと背中を叩くなのはさんの行動に、思わず涙が一筋流れる。
そこからは怒涛のような勢いだった。 いままで我慢していた分、決壊したダムのように溢れ出る涙。 なのはさんはその間ずっと私を抱きしめてくれた。
声を殺して、息をひそめて、なのはさんの腕の中で静かに泣く私。
そんな私を心配したのか、遊んでいたヴィヴィオちゃんが自分のハンカチを差し出してきた。
「スバルンどこかいたいの? ヴィヴィオもあたまぶつけたときに、なのはママにだっこしてもらったよ?」
「うっ……ヴィヴィオちゃん……ありがとね……」
「ヴィヴィオー、スカさんのところでちょっと遊んできてねー。 スカさんがゴメットちゃんごっこしたいんだって」
「えっ!? ほんと!? それはいそいでいかないと! いこガーくん!」
「オウトモサッ!」
なのはさんからの情報を聞いて急いでスカさんの元へ駆け出すヴィヴィオちゃん。 ガーくんは後ろからヴィヴィオちゃんが転ばないか様子を見ながら一緒についていった。
『やぁヴィヴィオ君。 どうしたふぐぅ!? わ、私になんの恨みが……!』
『ヴィヴィオがゴメットちゃんやる! スカさんはー……モンダミンのやくね!』
『お口をくちゅくちゅし続ければいいのだろうか……』
「どう? 少しは落ち着いたかな?」
「はい……」
ヴィヴィオちゃん達の声をBGMに私となのはさんは正面から向かい合う。
「私……ずっとなのはさんに言えない悩みがあったんです……」
「うん」
「きっとなのはさんにとっては取るに足らない悩みかもしれませんが……それでも私は悩みを打ち明けてなのはさんから違う接し方をされるのが怖くって……。 でも、なのはさんはずっとずっと私のことを心配してくれて……」
出尽くしたはずの涙がまた流れてくる。
あぁ……もう何が言いたいのかわからなくなってぐちゃぐちゃになってきた……。
「でも、そんななのはさんに打ち明けられない自分も情けなくて……でもやっぱり怖くって……」
なのはさんの指がそっと瞼を撫でる。
「そっか。 ごめんね? 二度もスバルに怖い思いをさせちゃって」
なのはさんの言葉が心にすっと浸透していく。
別になのはさんは何も悪くないのに。 私が勝手に思い込んでるだけなのに、それでもなのはさんは優しく謝ってきた。
ふるふると首を振る私。
「そんな、なのはさんは悪くないんです……。 ただ私に勇気がなかっただけで……」
私はあの時の臆病な自分のままなんだ。 あの時から何も変わらない。 泣きながら、泣きじゃくりながら、ずっとずっとその場に立ちつくすあの頃と変わらない。
そんな私の手をなのはさんは強く握ってくれた。 決して離すことない、そう思えるほどの強い力で握ってくれた。
「勇気がないならわたしが分けてあげるから。 スバルの勇気が育つまでずっとずっとこのまま手を握ってあげるから。 だからゆっくりでいいんだよ?」
優しく笑いかけてくれるなのはさん。
あぁ……だから私はこの人のことが大好きなんだ。 私が惚れたのは可愛らしい容姿じゃなくて、この優しく照らしてくれる光に惚れたんだ……。
大丈夫、なのはさんなら受け止めてくれる。
確固たる根拠があったわけでもないのになぜかそう感じた。 気づいたら口が動いていた。
「私は戦闘機人なんです。 スカさんの娘たちと同じ存在なんです。 だから──」
もっと他にも言おうと思ったが、なのはさんは人差し指を私の唇にそっと当てた。
「そっか。 よく話してくれたね。 いいこいいこ」
なのはさんはあの時と同じように優しく頭を撫でてくれた。
頭を撫でながらなのはさんが話し始める。
「そっかぁ、スバルは戦闘機人なのかぁ。 ふむふむ、それは一ついいことを聞いたなぁ」
「……へ?」
思わずなのはさんの顔を凝視する。
「だって戦闘機人ってことは他の人には出来ないことがいっぱいあるでしょ? そうなると色々な場面で活躍できるしなんでもチャレンジできるよ。 あー、そうなると教導内容を変更しようかなぁ。 ヴィータちゃんと相談して──」
「あの……なのはさん?」
「ん? どうしたの?」
「えっとその……それだけですか?」
「ふぇ? それだけって?」
「だからその……反応というかなんというか……」
なんかここまで悩んでいた私がバカみたいだ。 なのはさんは、あーって感じで頷いた後
「別にスバルはスバルでしょ? 戦闘機人だとしてもわたしの可愛い部下だってことには変わりないし。 それにほら、わたしの周りって変人しかいなしそこに機人が加わるだけのことだしね」
だからほら──
そういってなのはさんは、両手を広げてこういった。
「おいで。 スバル」
「…………はいっ!」
あぁ、やっぱりこの人は私の憧れであり、私が尊敬する人であり、私の初恋の人なんだ。
月明かりに照らせれ、温かい両手に抱かれながら、私は思った。
今夜はゆっくり眠れそうだ、と。
☆
「……あの、どういうこと……?」
隣には下着姿で手を握っているはやて、そして目の前には頭に手を置きつつため息を吐くシャマル先生とロヴィータちゃん。 後ろにはレバ剣を投擲しようとするシグシグにそれを止めるザフィーラの姿があった。
この状況から考えられる結果は一つ。
「……bokuhananiwositandesuka?」
「落ち着けひょっとこ。 未遂で済んだ」
「はやてちゃん疲れてたんでしょうね。 ベッドに入ってから3秒で眠りましたよ」
「……じゃぁなんで下着姿なの?」
「シグナムが脱がせた」
「あいつのプログラムの中には変態親父が混じってるぞ、100%」
『離せザフィーラッ! 何故あいつがよくて私が主はやてに近づけないのだ!』
『息を荒げながら主の服を脱がすお前を近づけさせるわけにはいかんだろ!』
「……まぁでもよかったような惜しいことをしたような」
「なのはとフェイト対はやてというバトルが勃発するけどな」
「童貞万歳!!」
「(一生童貞という図式がもう成り立っているわけなんですけど……ひょっとこさんは気づいてないみたいですね)」
「(まぁバカだからな。 それよりも、なのはのほうはうまく問題を片付けたみたいでよかったよ)」
「(えぇ本当にそうですね。 流石はなのはちゃんです。 はやてちゃんも寝ちゃってますし、お開きに──)」
『だれかー、お母さんが吐いたから片付け手伝ってー』
「「……」」
リンディは娘から飲酒禁止令が通達された。