A's14.カルピスの化け物



 残暑も既に過ぎ去ったこの季節、いつも通り俊はヴィヴィオに腕枕をしながら抱っこして寝ていた。 腕枕で寝ているヴィヴィオは俊の服の裾を掴みながらむにゃむにゃと寝ている。 ヴィヴィオの隣ではガーくんが足を折って寝ている。 ヴィヴィオが落ちないように配慮した寝方だ。

 短針は明朝4時を指していた。 あと1時間半もすれば二人とも起きてくる時間だ。 普段ならばの話であるが。

 俊の腕の中で寝ていたヴィヴィオががさごそと起きる。 眠り眼で寝ぼけてるヴィヴィオは隣で寝ている俊の頬をぺちんぺちんと叩き起こす。

「ぱぱ〜……」

「んっ……うぅん? どうしたヴィヴィオ……怖い夢でも見たのか……?」

 眠い目を擦りながらも、こちらはしっかりと意識を覚醒させながら愛娘の頭を撫でる。

 ヴィヴィオは俊の疑問に首を振り、下半身をもじもじさせながら答える。

「ヴィヴィオおしっこしたい……」

「そっか……おしっこか。 そりゃ大変だな……」

 うんうんと頷く俊。

「──大変だっ!」

 慌てふためく俊。

「ヴィヴィオまだ我慢できるか!?」

「もうちょっとだけならヴィヴィオがんばれる……」

「よし! すぐ連れていくからな!」

 両手を広げてまっているヴィヴィオを腋の下から抱っこして急いで階下のトイレへと走る。

「ふぁ……ねむねむ。 あれ? 俊くん。 奇遇だねぇトイレの前で会うなんて。 ……ちょっとなんでわたしがトイレ行くときに狙い打ちしたかのように来るの変態」

 俊がヴィヴィオを抱っこしてトイレに向かうと、そこには丁度ドアノブに手をかけた状態のピンク色のネグリジェ姿の高町なのはが立っていた。 なのはも口ぶりから察するにトイレのために起きたのだろう。

「なのはトイレ開けて! ヴィヴィオが催してる! もう決壊寸前!」

「へ!? いやでもわたしもトイレに──」

「漏らせ! 個人的にも漏らした姿を見たいから!」

「いやだよっ!? この年になって漏らすとか洒落にならないよ! あと将来が不安になることをサラっと言わないで! 絶対にそんなプレイしないからね!?」

「とりあえずヴィヴィオ! とりあえずヴィヴィオ!」

「あ、そうだ! ヴィヴィオの泣き顔見たくないしヴィヴィオを先にして──いやでもわたしも結構ギリギリなんだけど!?」

「じゃぁ一緒に入れば解決だ!」

「その手があった!」

 ヴィヴィオを俊から受け取ったなのはは、もう泣く寸前のヴィヴィオを連れてトイレに入る。

『はいヴィヴィオ、もうだしていいよー。 えらいえらい、よく我慢したねー』

『えへへー、ヴィヴィオがんばった!』

『もういいかな〜? ママもおといれしたいんだー』

『うーん、もうちょっとだけ』

『もうママ本当に危ないから!?』

 トイレの中からなのはの悲痛な叫びが聞こえてくる。

 トイレの中で内股全開でもじもじとする19歳魔法少女。 娘の手前、笑顔を保っているが心なしか頬がヒクついており一人の状態であったのなら完全に慌てふためいている状態だ。 現在トイレを占領中のヴィヴィオは大分我慢していたのか中々動く気配がない。

「(ちょっ……本当にどうしよう……! 小さいときに俊くんの前でやっちゃったけど、それはまだ小さいときだったからセーフなわけで……現在だともうお嫁にいけないレベルだよ……! ヴィヴィオをどかすわけにもいかないし……!)」

 ヴィヴィオと会話しながら笑顔を保ちつつ、なのはは一人頭を抱える。 この状況をどう脱すればいいのかを真剣に考える。

 その時だった。 トイレのドアをノックする音が聞こえてくる。

『なのは、大丈夫か? いま俺の部屋に戻って取ってきたもんなんだけど──』

 そういって俊くんは何かをドア越しに渡してくる。 流石俊くん、未来のわたしのお嫁さん頼りになる!

 すっ(おまる)

 ……これでわたしにどうしろと?

 俊くんはなんて体の張ったギャクをする人なんだろう。

『大丈夫だ! ここには俺とヴィヴィオだけだから問題ない! 俺も音姫によってそっちの音が聞こえないから!』

 ドアから少しだけ覗かせている小型カメラを徹底的に破壊する。

「(むしろ俊くんとヴィヴィオだからこそ問題なんだけど……)」

 1人は(わたしのことが)好きな人で、もう1人は愛娘。 この二人にだけは痴態は絶対に見せられない。 見せたらもうにゃんにゃんプレイでもなんでもしてあげる。

 と、そこでようやくヴィヴィオが終わったようで水の流れる音がする。 ほっと安心したような表情でヴィヴィオは水でしっかりと手を洗った後、パパのまつ外へと出て行った。 外ではヴィヴィオを待っていた俊がヴィヴィオに話しかける声が聞こえてくる。

 なのははこの段階になってようやくゆっくりと腰を下ろした。

「はぁ……よかった。 なんとか母親の威厳と未来は守ることができた」

 ほっと息を吐きながらなのはが安心していると、コンコンと控えめにノックをする音が聞こえてきた。

「ん? 俊くん?」

『まぁその……後片付けは俺がするから、落ち着いたら出てくれ。 19歳でってのは痛いかもしれないけど、別に俺は気にしないし、正直なのはの漏らしたものを一滴残さず飲み干したいと考えて──』

「俊くんキモイから消えて。 あとセーフだから。 誤解したままこの場を去らないで」

            ☆

「パパー、ヴィヴィオカルピスがいいー」

「だーめ。 お茶にしときなさい。 それか水」

「じゃあお茶にする!」

「ガーくんもお茶でいいか?」

「ウン!」

 のどが乾いたというヴィヴィオのためにキッチンへとやってきていた。 一番小さいコップにお茶をついでヴィヴィオとガーくんに差し出す。 ヴィヴィオは嬉しそうにそれを受け取ると口に含み飲み込んだ。 ガーくんもゆっくりと嚥下する。

「おいしい?」

「うん! ヴィヴィオいきかえった!」

「それじゃ寝ようか。 まだ起きる時間まで大分あるしな」

「はーい!」

 ヴィヴィオと手を繋いで部屋へと戻ろうとすると、丁度いいタイミングでなのはがやってきた。 なのはも咽喉が乾いたのかな?

「あ、俊くん達もう寝るの?」

「おう。 今日の弁当の注文とかあるか?」

「サンドウィッチがいい」

「オッケー」

「いつもありがと、俊くん」

「好きでやってることだから気にすんな」

 二人してえへへと笑いあう。 あぁ……やっぱりなのはは可愛いなぁ。
 
 なのはは鼻歌を歌いながら冷蔵庫の中からカルピスを取出し原液をコップに注いだ。

 とぽとぽとぽ(なのはが原液を注ぐ音)

 ドボドボド(俺がそのコップにお茶を注ぐ音)

 ドッドッドッドッ(ついでにカフェオレも注ぐ音)

「なにしてんの俊くん!? 流麗な動作でなにしてくれてんの!?」

 お茶とカルピスとカフェオレの奇跡のコラボレーションが実現したコップを持ちながら抗議の意を示すなのは。

「それはこっちのセリフだなのは! ほら、なのはがカルピス作ったからヴィヴィオが───」

「ヴィヴィオはおちゃでなのはママはカルピス……? なんで……?」

 小声でなのはに答えている最中、ヴィヴィオが寂しそうな声で俺の服を引っ張ってきた。 うぅ……やっちまったよ……。

「あー、あのなヴィヴィオ? これはカルピスじゃないんだよ。 な? なのは?」

「へっ!? あ、えっと、そうそう! カルピスじゃないんだよこれが!」

 急に話題を振られて焦ったが持ち前の笑顔で場を作る。 よし、ヴィヴィオが疑問符を浮かべながら首を傾げてるぞ!

「どうちがうの?」

「これはねー。お茶とカルピスとカフェオレが合体した──オレカルピスって飲み物なんだよ」

 カルピスは自己紹介しないだろ。

「「…………」」

 なのはと二人して、やっちゃった、そう感じながら顔を見合わせる。

 しかし以外なことにヴィヴィオはそのオレカルピスに食いついてきた。

「オレカルピス? それどーいうの?」

 説明を求められて笑顔が凍りつくなのは。 がんばれ、ママがんばれ。

「おいしい?」

「どうだろうねぇ。 ちょっと飲んでみるねー。 ……正直不気味すぎて飲みたくないけど──」

 娘が見ている手前、絶対に残せない。 例えそれが不気味な色を添えているとしても。

 覚悟を決めた表情でおカルピスを飲むなのは。

 くいっ(なのは口に含む)

 ふるふるふるっ(こちらに向かって涙目で首を振る)

 メキメキメキッ……(無理矢理飲ませようと強引に俺の口を開ける音)

 飲ませようと延髄に深刻なダメージを負わせるなのはに抵抗を続ける俺。 やがてなのはが耐えられなくなったのか、右手で口を抑える。

 あ、いまにも戻しそ──

 ぺッ

 ヴィヴィオが俺のほうに注目している瞬間に流し台に吐き出すなのは。

「なのは……」

「……ヴィヴィオ見てないから見逃して」

 そんなに不味かったのか……。

 だからといって俺に処理を任せるのは止めてくれ。 ひそかに魔力を付加しながら追い込むのもやめてくれ。 ええいッ! 自分で処理しろ!

 なのはに対抗して俺も負けじと押し込もうとする。

 ヴィヴィオが不思議そうに俺となのはを交互に見る。 ヴィヴィオの中では飲み物=おいしいという図式が成り立っているから、互いに飲み物を口に押し込もうしている親の光景が不思議でたまらないのだろう。

「ねぇガーくん、パパとなのはママは何をしてるの?」

「ンー、ワカンナイ」

 首をぶんぶん振るガーくん。 ……丁度いい、ガーくんにも飲んでもらって味を再確認しよう。 なのは一人の意見だと片寄りも出てくるしな。

 なのはも俺と同意見だったのか、視線を一瞬交わした後に笑顔でガーくんにコップを差し出した。

「ねぇガーくん? ちょっと飲んでみない?」

「エ? ナンデガークン?」

「まぁいいからいいから」

 なのはが差し出したコップを素直に受け取り傾ける。

「( ;´Д`)」

 ガーくんのこんな表情はじめてみた。

 心なしか痙攣までしてるし。 そんなに不味い代物なのか。

 ガーくんはそっとなのはにコップを返し、とことこと歩いて俺の足にしがみついてきた。

 ……ガーくんにそこまでのダメージを負わせるなんて……とんでもねえ代物だなオレカルピス……。

 俺に抱っこされながらガーくんの一連の行動を見ていたヴィヴィオは、こちらのほうを向きながら、

「ヴィヴィオやっぱりのまないでいいかも……。 パパー、もうねむいからねよー?」

 なんて賢明な判断を下せるんだ愛娘は! よし、そうだな! もう寝よ──

 がしッ

「俊く〜ん? まだこのオレカルピスの処理が残ってるでしょー? ダメだよー、キミも原因の発端を担ってるんだから」

 笑顔のなのはに首根っこを押さえられてしまった。

「ガーくん、ヴィヴィオと一緒にわたしとフェイトちゃんのお部屋で寝ていいよ。 ヴィヴォー、フェイトちゃんに抱っこされながら眠るとすっごい気持ちいいからオススメだよ」

「ほんとっ!? それはたいへん! いますぐフェイトママのところにいかないと!」

 本当に嬉しそうにバタバタと駆けだしたヴィヴィオ。 ガーくんにそれに追従する形でこの場を去っていった。

 ガーくんあれから一言も喋らなくなったな。

 しかしそれはそれとして──

「なのは、いつもフェイトとそうやって寝てるの?」

「いつもってわけじゃないけど。 結構な割合かな」

「そういえばお前ら修学旅行の時は手を繋いで眠ってたもんな」

「まって俊くん。 どうしてわたしとフェイトちゃんのその時の様子を知ってるのかな?」

「はやてがくれた。 ……一万で」

「俊くん気づいて!? それ買わせられてるから!?」

 でもとってもいい買い物だったといまでも思う。 手を繋ぎながら抱き合って寝てるJKなんてそうそういないしな。

「って、そんなことはいま問題じゃないよ。 いまの問題はこのオレカルピスをどうするかだよ」

「そうだな……。 じゃんけんで負けたほうが一口飲むって方法でいこうぜ」

「オッケー、それが公平だね」

 二人して頷きあう。

「俺はパーを出すからな」

「じゃあわたしは俊くんがパーを出してくれなかったら泣くからね」

「えッ!? ちょッ──」

「最初はぐー、じゃんけん、ぽん!」

 チョキ(なのは)

 パー(俺)

「やったー! わたしの勝ち! はい、俊くん口あけてー?」

「いやいやいやまってまって!?」

 コップを俺の口に近づけるなのはにストップをかける。 なのははさも不思議そうな表情でこちらを見る。

「いまのはおかしいと思わないか?」

「え? なんで?」

「いやだって……」

「あッ──」

 なのははぽんと手を叩いて何かを思い出したかのような素振りを見せる。 おっ、わかってくれたか。

 そう思った瞬間、なのはが俺に抱きついてきた。

「えへへ、ありがと俊くん! やっぱり俊くんは優しいね!」

 一瞬何が起きたのか分からなかったが、理解した瞬間俺はオレカルピスを飲み干していた。

          ☆

「フェイトママー! だきー!」

「うぐっ!? んっ、あふぁ……ヴィヴィオ……? なんでヴィヴィオがここにいるの……? 俊のお部屋で寝てたはずじゃ……」

 フェイトの胸めがけて駆けてきたヴィヴィオは、ダイブする形でフェイトに飛びついた。 ヴィヴィオの突進を胸で正面から受け止めたフェイトは肺から一気に空気を吐き出しながら、目をくしくししながらヴィヴィオに問いかける。

「あのねー? パパはなのはママとオレカルピスのんでるから、なのはママがフェイトママとおねんねしなさいって」

「へー……二人がカルピスをねー。 ──二人でカルピス!?」

 カルピスという単語でフェイトの頭に浮かんだのは決して娘には見せられないような光景であった。 妄想ともいうが。

「ヴィヴィオ、ちょっとここでまっててね!?」

「いいよー! ガーくんねよ?」

「ウン!」

 ヴィヴィオとガーくんが手を繋ぎながらベッドに横になったのを確認してフェイトは急いで階下に向かう。 ちなみにフェイトはピンクのネグリジェ姿のなのはとは色違いの黒のネグリジェを着ている。

『……しゅんくんッ……! しゅんくんッ……!』

 下からなのはが幼馴染を呼ぶ声が聞こえてくる。

「(う〜! 今朝ベッドに忍び込んでおけば──)」

 などと考えても後の祭りであるが、フェイトは自分で自分を責める。

 二人がいるキッチンへはもうすぐだ。

 フェイトはなのはの声を頼りにキッチンに歩を進める。 まずフェイトの視界に映ったのは仰向けになってる俊、そして俊に馬乗りになってるなのはだった。 その状態でなのはは俊の名前を呼ぶ。

「俊くんッ! 俊くん死なないで! あぁッ! 俊くんの魂が口から漏れ出ちゃう!?」

 名前を呼びながら俊の口から出る白い球を必死に口に押し込んでいた。

「……二人ともおやすみー」

「あぁまってフェイトちゃんっ!? お願いいかないで!」

 去っていこうとするフェイトの腰に必死にしがみつくなのはであった。




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