A's15.休日(前編)
「ごろごろー、ごろごろー」
「ごろごろー、ごろごろー!」
休日の昼下がり、居間でなのはとヴィヴィオが体を横に倒してごろごろと昼食までの時間を貪り、キッチンでは俊が昼食の準備のためにピーマンを取出し刻もうとしていた。
「はっ!? いまパパピーマンとったでしょ!」
ごろごろと遊んでいたヴィヴィオがピーマンの臭いを嗅ぎつけたのか、すぐさま起き上がり俊のいるキッチンへと走っていく。
『なんだよーヴィヴィオ。 ピーマンちょっとだけしか使わないから大丈夫だって』
『……ほんと?』
『ほんとほんと。 一個食べれば大丈夫だから』
『えー! ヴィヴィオそんなに食べれないのに……』
『ヴィヴィオが自分のお皿にあるピーマンを全部食べることが出来たらパパがご褒美あげちゃうぞー』
『え? ほんと!?』
『うんうん』
『じゃあねじゃあね! えーっと……んーっと……』
なのはの耳に聞こえてくるのはご褒美について一生懸命考えているヴィヴィオの可愛らしい声、そしてテレビから聞こえてくる女性向け男性特集のナレーターの声。 テレビに視線を移すと黒髪をツインテールに結んだスタイルのいい女性が指さし棒で画面を指しながら喋っていた。
『このように、世の男性はツンデレとツインテールに弱いということが判明しました。 それに萌え袖。 特に可愛らしいリボンで纏められたツインテールに弱いみたいですね。 ちなみに私も今日はツインテールです。 それにほら、萌え袖なんですよ?』
「……」
なのはの動きが止まる。
『ツインテールというとやはり金髪というイメージが強いようですが、アンケートを実施した結果、そこまで髪の色にこだわらないという方が多いようでした。 ただし、近くに金髪の可愛らしい女性がいる方は要注意です。 あなたがその方よりナイスバディでなかったら勝ち目がないと思ってください。 ちなみに私は昨晩彼氏に振られました。 あの野郎、私より若い女の子のほうがいいなんてぬかし──』
『はーい! ありがとうございましたー! お次は──』
無慈悲なナレーターの言葉を耳にしながら、背後に圧倒的な魔力量を察知し、俊とヴィヴィオがいるキッチンへと顔を向ける。 そこには金髪で可愛らしいピンク色のリボンでツインテールに纏めたナイスバディな女性が黒のミニスカに縞々ニース、黄色のセーターで萌え袖を作って俊と楽しそうに会話していた。
『昼食作るの手伝おうか?』
『んー、そうだな。 それじゃ手伝ってもらおうかな。 そのリボン可愛いな。 それに黒のミニスカ縞々ニーソで萌え袖なんて俺を殺しにきてるのか?』
『えへへ、俊のゲームや漫画とか読んで俊の好みを勉強したんだ。 もう10年も一緒にいるから全部わかってたつもりだったけど、もうちょっと勉強しなきゃと思ったかな。 でも人妻だけはやめてね? それに私も女の子だからやっぱりいつでも可愛くいたいし。 その……どうかな?』
萌え袖で口元を隠しつつ、上目づかいで俊を見るフェイト。 口元を隠していない手でちょっとだけスカートの端を摘まんで首を傾げるその仕草は、同性からみたなのはでも頭がくらくらするほどの可愛さをもっていた。 なのはでもくらくらするほどの可愛さだ、それが異性かつその子のことが好きな男ならば──
『ねぇフェイト。 俺がいまプロポーズしたらOKしてくれる?』
『ふぇ? う、うん。 もちろんOKするよ!』
このようなことになるのは非を見るより明らかだ。
なのはが見ている前で幸せ桃色空間が広がっていく。 その中心には二人の男女、そばではなんとかピーマンを昼食に出させないようにとアヒルに生ピーマンを食べさせる金髪幼女と、ピーマンをむしゃむしゃと食べる白き使い魔。
何かがそこで収束されていくのをなのはは肌で感じた。
なのはの中で警鐘が鳴る。 それに促されるようになのははキッチンに走り俊の背中に飛びつく勢いで抱きついた。
「うおッ!?」
予期しないなのはの抱きつきによろめく俊。 なのははそんな俊に構わずにそのままぶらぶらとぶら下がり続ける。
「あー……なのは?」
「可愛らしいリボンでツインテールに纏めてる金髪ナイスバディの女性は俊くんにはまだ早いからダメ」
「お前は何を言ってるんだ……」
呆れた表情を浮かべる俊と、困った表情で首を傾げながら苦笑を浮かべるフェイトをよそに、なのはは喋り続ける。
「さっきテレビであってたの。 男性はツインテールに弱いって。 それも金髪ツインテールがそばにいたら一発KOされるって。 俊くんはフェイトちゃんにプロポーズしようとしたでしょ?」
「いや……それはだってフェイトが可愛かったし……」
「フェイトちゃんが可愛いからってすぐさまプロポーズとか──」
ぶらさがりからおんぶの形に移行したなのはの視界にはフェイトの姿が飛び込み、思わず言葉を止まる。 美少女のなのはが思わず口を止めてしまうほどいまのフェイトの姿は可愛らしいということだ。
「フェイトちゃん……だいすき」
「なのはッ!? ちょっと最近のなのはおかしくないかな!? そっち系に片足突っ込んでないよね!?」
「い、いや、間近で見ると一層可愛かったからつい。 って、そうじゃなくて! フェイトちゃん、その服装、わたしの俊くんを誘ってるでしょ!」
「い、いや……私は別に……。 って、いつからなのはの所有物になったの。 なのはは俊の彼女でもないのに」
フェイトの言葉になのはが胸を抑えて後ずさる。
「そ、それは俊くんが奥手だからで……」
「なのはは待ってるだけなの? へー……」
「そ、そんなことにゃいもん! ねっ! 俊くん! 夏祭りにキスしたりとか──」
「……」(上矢俊、思い出を振り返る)
「……」(高町なのは、思い出が蘇える)
「「……」」(両者顔を伏せる)
二人とも顔を赤くして照れ笑いを浮かべる。 そんな二人の行動が面白くなかったのか、フェイトは俊の腕に自分の腕を組みこませ強引になのはを離脱させる。 そしてそのまま方が触れ合う距離まで近づきなのはに勝利宣言をする。
「私は俊に押し倒されて下着脱がされていくところまでいったよ。 ね? 俊?」
笑顔を俊に向けるフェイト。 俊の額には脂汗が滝のように流れていた。
俊の記憶の中にフェイトが話した内容の場面は一度も再現されなかったのである。 そんなことを通常時の俊がしようものなら未亡人に焼き討ちにされるという結果が目に見えているので当然といえば当然である。 フェイトとの関係を進めるうえで未亡人攻略は絶対に通過しなくちゃいけない問題なのだから。 しかし俊が脂汗を浮かべる理由はもう一つある。
なのはが先程まで自分が持っていた包丁片手に光のない瞳でこちらをじっと見つめているからである。 むしろ脂汗の原因は8割方こちらだといえよう。
「えへへ……俊くんはそんなことしないもんねー? なのはしってるよ? 俊くんはなのはことがいちばんすきなんだって」
満面の笑みでこちらにじりじりと詰め寄ってくるなのは。
俊の脳裏に浮かぶのは、『高町なのは襲撃事件』の思い出。 八神はやてと上矢俊が捕食対象の気分を味わうことになったあの凄惨な思い出。 それがいままさにフラッシュバックされていた。
なんとかしてこの状態のなのはを止めないと、そう思い体を動かそうとする俊だが抱きついたままのフェイトがそれを制した。
「うー! なのはのわがまま! 俊はなのはだけのものじゃないんだよ!」
流石最強の未亡人の娘。 泣いた八神はやてとは違っていた。 もっとも、現在の八神はやてならフェイト以上のことを仕出かしそうな気がするのはいうまでもない。
フェイトの言葉にピクリとしたなのは、その頃には既に瞳のハイライトは復活していた。
「だってだって! 俊くんがフェイトちゃんを押し倒すとか──」
「なのは包丁もったまま俺に詰め寄んな!? 刺さる! この距離は刺さる!」
包丁の直線上に位置する俊。 あと数cmで刺さる距離までなのはは体を詰めていた。
「俊くんは記憶にあるの! 押し倒した記憶が!」
「あるよね、俊!」
「いや……これがまったく記憶にないんだよな。 そんなことしてたなら絶対に忘れないだろうし」
「ほーら! フェイトちゃんがいつものように俊くんを押し倒したんでしょ! それなら納得できるもんね!」
「なっ!? ちょっ! はやてじゃあるまいしそんなことしないよ!」
「二人とも、はやてがその場にいたら喧嘩になるからな、いまの会話……」
ため息交じりに、自分の腕の中で泣きながら二人と口論になっているはやてを想像する俊。
「フェイトちゃんの意地悪! 可愛さで攻めるのやめてよ! あとその艶めかしい体を使って俊くん誘惑したりとか!」
「そ、そんなこといったらなのはだって可愛さを利用して、絶対領域見せたりパンチラとかしてあざといよ! 私服はいつもミニスカだしさ!」
「にゃ、にゃいをいってるのかぜんぜんわかんにゃいんだけど!」
「それに萌え萌えな二次元キャラみたいだし!」
「フェイトちゃんこそザ・金髪二次元キャラって感じじゃん! そっちこそ萌え萌えだよ!」
「「うー!」」
「ちょっとまってくれ二人とも。 なぜその情報を俺にリークしないんだ。 何故自分一人の中で自己完結しちゃったのさ! 俺まったくパンチラとか見てないんだけど!」
ちょっとしたキャットファイトが勃発しているせいで、俊の言葉が二人に届くことはなかった。 そんな中、俊の袖をくいくいと引っ張る幼女がいた。 くりくりお目めに幼女特有の萌え萌え雰囲気を纏った幼女は、自分のペットを指さしながら困った風を装って俊に話しかける。
「パパー、ガーくんがね? ガーくんがピーマンたべちゃった」
「……そっか。 ガーくんが食べちゃったのか……」
「うん」
あくまでガーくんが食べたことにして自分は関係ないことにしたいヴィヴィオ。 ガーくんも別段それに不満がないようで、何も言わない。
「だからね? もうピーマンはないよ?」
「いや心配するなヴィヴィオ。 まだ予備のピーマンがそこに──」
「パパだっこ!」
その場から一歩動こうとした瞬間、ヴィヴィオは必死になって俊に抱っこをせがみだした。
「えー、ピーマン取った後でもいいだろー?」
「やぁ! いまだっこして!」
小さな体躯をめいっぱい使って背伸びするヴィヴィオの姿があまりにも可愛かったのか、俊はデレデレした表情になり「しょうがないなー」なんて言いながらヴィヴィオを腋の下から抱っこする。 抱っこされたヴィヴィオはえへへと笑いながら子猫のように俊に頬を摺り寄せて甘える。
背後でキャットファイトが繰り広げているとは思えない光景である。
「パパー、なのはママとフェイトママなにしてるのー?」
「うーん……なのはがフェイトのスカートめくったり、なのはがフェイトの胸揉んだりしてるからなー。 なのはママが変態ってことしかわからん」
「ち、ちがうよ!? ライバルの下着とかチェックしてただけだから!」
「な、なのは……んっ……」
「フェイトちゃんも変な声だすのやめとよ!?」
慌ててその場から後ずさりするなのはに、フェイトはチロリと可愛らしく舌を出して再度俊に近づいた。
「えへへ、と〜った!」
ガッチリ腕組みホールドを決めるフェイト。 ヴィヴィオを抱っこした状態の俊はなのはににらみつける攻撃で防御を下げられながらも、フェイトを拒むことなどできようはずもなく、
「さっ、早く昼食つくろ?」
フェイトの笑顔にただただ頷くしかなかった。
──ピンポーン
そこに来客を知らせるベルが鳴った。
その瞬間、なのはは、
「俊くん! ほら、はやくいかないと!」
そしてフェイトは、
「俊はいま忙しいからなのはがいきなよ!」
ここでも睨みあいが勃発、それに耐えかねた俊がヴィヴィオを抱っこしながら、
「あーもう俺が行くから! はい! なのはもフェイトも一緒にくる!」
そう言い残して来客が待っているであろう玄関へと足を運んだ。
二人とも指でつつき合いをしながらも渋々といった感じで俊の後に続いた。
「はいはーい、どなたですかー?」
「どなたですかー?」
俊の後に続く形でヴィヴィオが問いかける。 俊は問いかけながらもドアを開き──
「おっほ!?」
目の前の光景に思わず声を上げた。
俊の目の前には9歳の頃の高町なのはがしていた変則ツインテールをし、ゆったりしたセーターで萌え袖を作り、ストレッチフレアースカートに縞々ニーソで合わせた八神はやてが笑って待っていた。
思わず声が漏れた俊にはやてはいやらしい笑みで近寄りながら、話しかける。
「なー俊? ちょっとイメチェンしてみたんやけど……どうやろか?」
くるりとその場で回り、身長差を活かして覗き込みながら聞く。 そのときに右手で萌え袖を作り照れ笑いの表情を作りながら、左手で心なしか胸を強調する。
「────素晴らしい」
ヴィヴィオをそっとおろし、はやてにゆっくり近づく。
「ど、どうしたんだはやて? なんつーか……いつもの数段可愛いんだけど……」
「そ、そんなにちがうん?」
自分の服装をマジマジと見るはやて。 ストレッチフレアースカートの端をつまみ、パンチラギリギリのラインまで自分で持っていくその仕草が、俊をより一層引き付ける。
スカートの端が上がるごとに、俊の体は地面に近づいていき、そして頭が地面の中に埋まった。
「パパっ!? なのはママフェイトママ!? パパがしんじゃうよ!?」
パパの頭によって陥没している地面を見ながら、その頭の上に足を置いている二人のママの名前を呼ぶ。
しかしママ二人はそんなことなどお構いなしなようで、こめかみをヒクヒクさせながらはやてと対面していた。
「はやてちゃ〜ん、今日はなんでここにきたのかな〜?」
「ん? リィンとザフィーラの散歩にヴィータが同行して、ヴィータが心配だからってシグナムがそれに同行してて、シャマルはスカさんと一緒に新薬の実験のために本局に朝から行っておらんのよ。 折角の休日なのに一人でいるのは寂しいなぁと思ってたら、いつの間にかここにきてて」
「……じゃあ遊びにきたわけ?」
「いや俊を迎えにきただけやな。 遊びはわたしの家で……なぁ?」
語尾を艶めかしい声で俊に向かって放つと、そのまま俊に胸を押し付けてくるはやて。 ただ地面に陥没している俊に胸を押し付けたところで、生死を彷徨っている俊はそれどころではないだろう。
なのはの額に怒りマークが何個も浮かび上がる。
「今日の俊くんの予定は家族と一緒に過ごすことで埋まってるから。 遊びに行くのはまた今度にしてくれるー? あとわたしも久々にはやてちゃんの家に行きたいから、俊くんが行くときはわたしもついていくね!」
そういいながらはやての手を取るなのは。 その笑顔だけは抜群に可愛いものだった。 あくまで笑顔だけであるが。 しかしはやても負けていなかった。
「いやいやなのはちゃんは仕事で疲れてるやろし、折角の夫婦二人っきりの時間なんやからなのはちゃんがいると邪魔なんよ」
こちらも笑顔でなのはの手を握りながら棘をばらまく。 棘が体中に突き刺さったなのははこめかみをヒクつかせながら握った手に力を込める。 それに反応するかのごとくはやての手にも力がはいる。
両者ともに笑顔だからこそ、その周りに放たれる黒い靄が一層の恐怖をかきたてる。
それを敏感に感じ取ったヴィヴィオは目に涙を溜めてフェイトのスカートを摘まみ、屍の手を握る。
「ん? どうしたのヴィヴィオ?」
「……なのはママとはやておねえちゃんこわい……」
スカートを摘ままれたフェイトははっとした表情になりすぐさまヴィヴィオに笑顔を見せた。
「大丈夫だよヴィヴィオ。 でもここは危ないからパパとフェイトママと一緒にお布団にいこっか」
「うん! えほんよんで?」
「うん、もちろん」
決壊寸前のヴィヴィオの頭を優しく撫でると、腋の下から手を入れゆっくりと抱っこし、屍の手をしっかりと繋ぐとピリピリする二人に笑顔を向ける。
「あ、私はヴィヴィオと俊と部屋にいるから。 二人でファイトっ!」
がっちりと掴んだ手は離さずに、泣き目のヴィヴィオを抱いたまま家に入っていくフェイト。 なのはとはやてが見守る中、玄関からはガチャリという音が鳴った。
「フェイトちゃんいま鍵閉めたよね!? 当たり前のように閉めたよね!?」
「ちょっ! それは卑怯な戦法やとおもうで!? フェイトちゃんちょっと話し合いの場くらい設けて!」
なのはとはやてが二人して玄関に向かって叫ぶ中、フェイトはヴィヴィオと屍と一緒の布団でほくほく笑顔であった。