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A's24.ヴィヴィオ、初敗北



 10月某日、時刻は既に夜の3時を回っていた。 そんな時間帯の中、高町ハラオウン家の一室にはいまだ電気がしっかりと点いていた。 夜風は素肌に優しくなくなった季節だが、部屋の主はタンクトップ一枚で細かい作業に没頭していた。

「何が悲しくてあいつらのために飾り付けなんて用意しなくちゃならないんだか。 これは後で体で支払ってもらいましょうかな。 あー……でもあいつら羊水の代わりに溶解液入ってそうな奴らだからな、口で我慢しよう」

 タンクトップ一枚で作業をしていた部屋の主は彼女二人のご奉仕を想像し下半身が躍動したことについての論文を脳内学会にて発表した後、あぐらをかいた状態のまま伸びをする。

「う〜ん! あぁ、背中からバキバキと嫌な音が聞こえてくる。 はぁ……なんで俺がこんなことを。 普段ならヴィヴィオを抱き枕にして寝てる時間だというのに……」

 自身の愛娘を想像しながらため息を吐く主。 その愛娘は現在隣の部屋で絶世の美女二人に囲まれてすやすやと寝息を立てている最中であろう。

「あーやめよ、もうめんどくせ。 あいつらの昇進試験なんて知ったことか」

 床一面に広がっている折り紙で作った鎖状の輪っか飾り。 それを見つめながら、ふと主の頭に二人の少女の姿が映し出された。 幼馴染の鬼教導官の鬼畜弾除けでフルボッコにされている姿、涙目で助けを求めてくる姿、鬼教導官の体に触れたい一心で策をめぐらす姿。

「ま、好感度上げといても損はねえな」

 一人そう口に出すと、主は再び作業を再開し始めた。

「そろそろパンツはくか。 掃除してるとはいえ、床に直置きは心配になる」

 正真正銘タンプトップ一枚だけの姿だったこの男はいそいそと下着をはいてから作業に戻る。

 主の部屋の明かりはなのは達が目を覚ますまで変わらなかった。

               ☆

「おはよー俊くん。 目の下に隈ができてるよ?」

「おはようなのは、目の下に隈ができてんぞ」

「にゃはは……だって今日はあの子たちの昇進試験なんだもん。 心配で心配で……。 俊くんもでしょ?」

「いや、俺はまったく。 あいつらが昇進試験受かってもなんの得もないしな〜。 俺的にはどうでもいいや」

「(1階に降りる前に俊くんの部屋に行ったことは内緒にしとこ)」

 日が昇り、短針は7時を指していた。 高町なのはは寝間着姿で、キッチンの弁当に視線を落として一心不乱に作っている俊と話していた。 俊の手元には大きな重箱が4つと弁当箱が3つ、そしてウサギがデフォルメされた小さな弁当箱が用意されていた。 コンロの上には寸胴が2つ並べられており、匂いから察するにビーフシチューと豚の角煮だろう。 なのはは何故こんな朝っぱらからそんな重たい食べ物を作っているのかは問わない。 ただただ、弁当を作る幼馴染を見て微笑むだけであった。

 なのはの視線に気づいたのか、俊がだれにともなく言い訳を始める。

「急に食べたくなったから作ってるだけだからな。 別にあいつらのためじゃないから」

「そうだねー、あの子たちのためじゃないもんねー」

「……やめろよその笑顔」

「えへー」

 子どもが拗ねるように頬を膨らませる俊に、なのははあえてほっぺを膨らませ左右の指でつつく。 愛くるしい笑顔を見せてくるなのはに、俊もたちまち頬を戻した。

「ていうかさ俊くん」

「んー?」

 欠伸をかみ殺した声で応答する俊に、なのはは真顔でこう言った。

「ぶっちゃけ気を緩めるとベッドに戻りそうなんだけど。 昨日球技大会の思い出なんて語らないほうがよかったんじゃない?」

「同感だ。 あれのせいで俺も作業始めたの深夜になってからだったぞ」

「「誰だよ昔話しようって提案したの」」

 お互いに相手を指差す。 なんて不毛な行為なのだろうか。

 しかし、なのはとこんな会話をしている間にも俊の手が止まることはない。

「あ、俊くん! それタコさんウインナーにして! タコさんウインナー!」

 ソーセージに切り込みを入れようとした俊の横からなのはが要望する。 はいはいと一つ返事で答えた俊は、単純な切り込みから焼いたときに足が丸まってくる切り方へと変更。 そのままウインナーを焼きはじめる。

「試験受けるあいつらにはあまり油っこいものを食べると胃にくるかもしれないから、あいつらの分はボイルにするわ」

「はいはーい」

 足が丸まりタコの形になっていく様を見ながら返事をするなのは。 俊は大きい幼女みたいだ、という感想を抱きながら料理を進めていく。

 しばしなのはが見守りながらの調理が続く。

 たんたんたん

 ふとなのはと俊の耳に軽やかなリズムで2階から1階へ階段を降りる音が聞こえてきた。

『フェイトママはおっぱいもふもふだねー?』

『えー? そう?』

『うん! もふもふしてる! はー……おとなってすごいね!』

『あはは……ありがと。 でもヴィヴィオ、このことパパに話しちゃダメだよ? パパは──』

「すんません僕ももふもふフェスティバルに参加してよろしいでしょうか!?」

「救いようのない変態さんなんだから」

 諦め半分呆れ半分で階下で土下座している俊を指差すフェイト。 その胸には5歳のヴィヴィオを抱っこしていた。

「パパだー! パパおはよー!」

「ヴィヴィオ! 今日のフェイトママのパンツの色は!?」

「くろー!」

「なのはママは!?」

「ピンクー!」

「二人とも勝負パンツであることを確認! 朝の洗濯が楽しみです!」

 スパーン!

 階下に降りると同時にフェイトの前蹴りが正確に俊の顎を捉える。 後ろに吹っ飛ぶ俊。 そこに待ち構えるなのは。 つまり──死

「キョウノアニメハナンダロナー」

「なんだろなー」

 ちなみに愛娘のヴィヴィオはペットのガーくんの粋な計らいで、アニメ鑑賞に全神経を注いでいた。

           ☆

「弁当つくってる俺がいうのもなんだけどさ、昇進試験って一日フルに使ってやんの?」

 ヴィヴィオが差し出してきた焼き魚の骨を綺麗に取り出しながら俊が聞く。

「そうなるね。 たしか午前中に実技で午後は筆記かな。 そして採点して試験官が合格だと判断すれば晴れてAランクってところかな」

 同じくなのはが差し出してきた焼き魚の骨を綺麗に取り出しながらフェイトが答える。

「ふーん……なんか大変そうだな」

「そりゃね。 ランクが上がるってことは局にとっても重要なことだからね。 それ相応の覚悟をもってくれないと逆に困るよ。 たしか試験官ってそういう部分も見るんだよねなのは?」

「そうだよー。 成績がよかっただけじゃ意外と受からないこともあるね。 言ってみれば即席内申書みたいなもんかな。 数値に現れない部分も含めての昇進試験だからね」

 うわぁ……管理局員って大変そうだなぁ……。 思わず同情する俊。 なんせこっちは悠々自適なヒモ生活。 それも美少女と幼女と一緒の。

「でもあの二人なら受かると思うよ。 本来のコンディションで受ければね」

 味噌汁をすすりながらなのはは緩みきった顔を見せた。 うん、こいつがそういってるなら間違いないだろうな。 なんせ最強の教導官からのお墨付きなんだから。 俊はそう思いながらもずくを口に運ぶ。 もぐもぐと咀嚼するその横で、ヴィヴィオが拙い箸さばきであるものを取った。

「ヴィヴィオー、それちょっと辛いから止めたほうがいいとおもうぞー」

 ヴィヴィオがご飯茶碗の中に落とした明太子(まるまる一本)を見ながら声をかける。

 しかし当のヴィヴィオは俊のほうを振り向いて自信満々にこう答えた。

「だいじょうぶっ! ヴィヴィオむてきだから!」

「いやいや、無敵でも内部攻撃には案外脆くてだな」

 両手をぐっと握りしめて無敵を強調するヴィヴィオ。 そこになのはとフェイトも笑顔で加わる。

「ヴィヴィオー、なのはママもパパに賛成かなー? それちょっとからいよー?」

「ううん、そんなことないよ?」

「いや食べたことないでしょ……」

「ねぇヴィヴィオ? それ全部は多いと思うから、フェイトママにも分けてくれないかなー?」

「うーん……いいよ」

 フェイトママのお願いに、ヴィヴィオは箸で明太子を半分に切ってあげることでこたえる。

 これでヴィヴィオが保持している明太子は半分になった。 しかしこれでもヴィヴィオには多すぎる。 ということで、俊となのはは目配せした後、フェイトと同じ行動をとることに──した瞬間にヴィヴィオは小さな口で明太子にぱくりとくらいついた。

「「「あっ」」」

 思わず声を上げる保護者。 ヴィヴィオはおいしそうにもぐもぐと噛んだ後、口を半開きにしぶるぶると震えながら箸を落とした。 首をゆっくりと動かして俊の方向に固定すると、俊が何かを言う前にわんわんと目に大粒の涙を流して泣きだした。

 健やかな朝の日常は、一転して慌ただしい朝の日常へと変化した。

            ☆

 ピンポーン

「俊ー! なのはちゃん迎えにきたでー!」

『はいよー! ちょっとまってなー!』

 高町ハラオウン家の呼び鈴を、はやてが押しながら俊の名前を呼ぶ。 俊はそれに玄関越しに答えた。

 数分して玄関が開く。 そこには制服姿のなのはと私服のフェイト。 そして俊に抱っこされているヴィヴィオ。

「おはよー俊。 って、ヴィヴィオちゃんどうしたん?」

 涙の後が見えるヴィヴィオの顔を覗き込みながらはやては俊に聞く。 ヴィヴィオははやての視線から逃れるように俊の胸に顔を埋めた。

「あー……明太子を食べて撃沈した」

「5歳で明太子は無理やろ……。 梅干しだって目の敵にするみたいやし」

 俊にあやされるヴィヴィオを見ながらはやては困ったように笑った。 俊に頭を撫でられるヴィヴィオ。 ヴィヴィオは小さな声で呟く。

「ヴィヴィオはしょうがくせいになるからむてきだもん……」

「そうだなー、ゴメスちゃんと一緒だもんなー小学生って」

「うん……」

「あーゴメスちゃんね。 ようやく理解したわ。 たしかヴィータもわたしと一緒にみとったよ? なーヴィータ?」

 はやてはガーくんの咽喉を触っていたヴィータに話しかける。

「べ、べつに好きでみてねえけどな! ただの暇つぶしだよ!」

「ヴィータちゃんゴメスちゃんきらい……?」

「いや、べ、べつに嫌いじゃないけど……。 や、やめろお前らのその温かい眼差し!」

 手で払いのける仕草をするヴィータ。 思わず俊は頭を撫でようとする。 指が粉砕骨折した。

「うごぉ……ッ!?」

「まぁロリの頭を撫でようとする俊くんが悪いよ、それは」

「まてなのは。 ロリを自称するのはいいけど、他人にロリ扱いされるとなんかムカつく」

「まぁまぁ。 ほら、早く行かないとスバルもティアも待ってるよ?」

 携帯に記された時間をヴィータに見せるなのは。

「あ、なのは弁当──」

「フェイトちゃんからもらったよー」

「えー!? なのはちゃんええなー……」

 なのはが掲げている重箱をはやてが羨ましそうに見つめる。 これくらい家事スキルもトップランクであるはやてだって作ることは出来る。 しかし、しかしながらこの場合、料理の出来栄えなど関係ないのだ。 はやてにとって作ってくれた人物こそが最大の重要項目であるのだ。

 そんなはやての心情を知ってか知らずか、俊はふっふっふと笑いながら自身の後ろに隠してあったものを取り出した。

 それは重箱ではなく弁当箱。 それも一つではなく三つも。

「ほい、これははやてとシグシグとシャマル先生の弁当」

 渡されたはやては弁当と俊の顔を行き来させる。 何順かした後、ようやく普段より小さな声で俊に問う。

「ほ、ほんとにええの……? わたしのために無理せんでも──」

「無理じゃないよ。 そのはやての弁当箱に詰めてるのは、はやてのためだけに詰めたものなんだからさ。 だから遠慮しないで食べてくれ」

 そう言われたはやてはきょとんとする。 自分がいま何を言われたのか脳が処理していく。 そして──

「えへへ……愛妻弁当や」

 幸せそうに弁当箱を持って小躍りする。 漢字がどう考えても間違っているがそんなことをはやてには些細なことである。 既にはやての頭の中には幸せな家庭生活のビジョンまで浮かんでいる。

「子どもは二人で二階建ての家にお庭付き。 大きな犬がいるとええなぁ。 なぁあなた? って、あなたはまだやなぁ。 ちょっと早とちりしすぎやろか!」

 いやんいやんと頬に手を当てて首を振るはやて。 既に彼女の視界からは俊意外の存在は消えていた。 そこになのはが一言添えた。 なのはは幸せそうにしているはやての池の中に大きな大きな石を投げ込む。

「まぁはやてちゃんのその妄想を現実にしてるのがわたしなんだけどね」

 ピシリッと固まるはやて。 ヴィヴィオを抱っこして避難するヴィータとシャマルとフェイト。 なのはに捕まり逃げ遅れた俊。

 空気が一気に重くなる。 はやてからは黒いオーラがどろどろとあふれ出し、なのはの周りを侵食する。

「そうやなー……なのはちゃんはええよなぁー……。 一緒にお風呂はいったり一緒にベッドで寝たり。 朝はおはようのキスしながら起こしたり……」

「(どうしよう……何一つやったことがない……)」

 暗い雰囲気で話すはやて、自分の家での行動を鑑みて沈んだ気持ちになるなのは。

 その空気を吹き飛ばしたのはやはりヴィータの一声であった。

「おーい、二人とも落ち込むのはいいけどマジで時間なくなってきたぞー。 なのはもはやても今日はやること沢山あるだろ」

 ヴィータの言葉にはっとする二人。 慌てて携帯で時間を確認し、

「やばいやばい! これ以上は本当に二人が遅刻しちゃう! ヴィータちゃんシャマルさん早く行かないと!」

「もたもたしてたのお前だろー。 まぁいいまから行けば間に合うだろ」

「はやくみんな乗り! それじゃ俊、また後で──」

 連絡いれるで! そう言おうとしたはやてはふと気づく。 私服姿の俊、俊に抱きついて甘えんぼモードのヴィヴィオ、手を振って見送るガーくん。 そしてちゃっかり俊の隣で笑顔を浮かべているフェイト。 あまりにも自然な光景のため見落としそうになったが、はやては去る直前に気が付いてしまったのだ。

「なぁ俊? 今日はもしかしてフェイトちゃんって休みやったっけ?」

「おうそうだけど? 昨日言ってただろ? なのはは付き添い、フェイトは待機。 はやてだってそれを了承して、昨日は車取らないといけないからって言って帰ったじゃん」

「シャマル! 俊の自宅で待機や!」

 いままさに車に乗り込む寸前だったシャマルに別指令を下すはやて。 まるでそれを予想していたかのごとく、シャマルははやてに気づかれないようにそっと苦笑した。

「あのーはやてちゃん? 冗談ですよね?」

「いいや、これは冗談やない!」

『はいはい! わたしもはやてちゃんに賛成!』

 間髪入れずに車内に乗り込んでいたなのはが同意を示す。

「あはは……困りましたね。 えっと……私ははやてちゃんのお願いなら喜んで待機しますけど、ひょっとこさん的には大丈夫ですか?」

「キッチンにさえ近づかないでいてくれたら問題ないですよ」

「待ってください、それはどういうことですか?」

「問題ないで俊。 わたしも俊の仕事を増やしたくないし、シャマルは台所進入禁止にするから」

「待ってください、それはどう言葉を変えても戦力外通告を出していますよね?」

「とまぁ俺は問題ないけど、フェイトは?」

「うん、私も問題ないよ」

 にっこりと笑うフェイト。 この笑顔を見て、誰が俊の後ろで直前まで唇を噛んでいたと予想できるだろうか。

「んじゃそういうことで決まりだな。 ほんじゃ皆気を付けていってらっしゃーい」

「皆頑張ってねー!」

「なのはママがんばってねー!」

「イッテラッシャーイ!」

 俊をはじめ、家に残るメンバーが手を振って見送る。 なのは達も車内から手を振り返しつつこの場を去っていった。

 後に残ったメンバーは俊とフェイトとヴィヴィオとガーくん。 そして直前に待機を命じられたシャマルである。

 ヴィヴィオを抱っこしたままの俊は、フェイトにヴィヴィオを預けて伸びをする。 背骨がボキボキと鳴り、腕がパキパキと音をたてる。 夜からずっと作業をしていたため、骨が凝り固まっていたようだ。

「っし、じゃあ俺らは作業しますかね。 あ、フェイトとシャマル先生はヴィヴィオとアニメでも見といて。 俺はキッチンで仕込みしてるから」

「あ、私手伝おうか?」

「マジで? 手伝ってくれるならお願い。 今日は仕込みでかなり時間かかるから、フェイトがいてくれると助かるよ」

「ヴィヴィオも! ヴィヴィオもおてつだいする!」

 フェイトに抱っこされたままのヴィヴィオが右手を挙げて主張する。 ついでにフェイトの足元にいるガーくんも手をあげた。 ヴィヴィオがいるところに自分もいると主張するかのように。

「でもそうするとシャマル先生が一人寂しくアニメ観ることに……」

「いやいやひょっとこさん、流石に私だってピーラーで野菜の皮を剥くくらいなら──」

「シャマル先生には一歩も動かないでもらおう」

「そうだね、それがいいと思う」

「ちょっとまってください!? 私に対する警戒度高すぎませんかっ!?」

 普段はとても優しく精神安定剤と呼ばれるシャマル。 料理が絡むと精神安定剤は大麻へと進化を遂げる。

 シャマルが一人、抗議の声を上げる中フェイト達は家の中へと戻っていった。

            ☆

 キッチンからは相も変わらずいい匂いが立ち込めている。 豚の角煮の様子を見ながら俊はヴィヴィオとガーくんにそれぞれエプロンをつけた。 両手をばんざいの体勢で待機するヴィヴィオとガーくん。 そこに俊はエプロンを通す。

 ヴィヴィオのエプロンはデフォルメしろくまがプリントされたエプロン、ガーくんは黒色のエプロン。 本人の希望により三角巾もつけてあげる。

「んーっと、ヴィヴィオとガーくんには何をやってもらうかな。 あ、酢飯作ったからそれを冷ます仕事を与えようか」

 顎に手を置きしばし逡巡した俊は、自身が先程作った酢飯を思い出す。 これはちらし寿司用に作った酢飯だ。

「ヴィヴィオー、この酢飯をガーくんと一緒に冷めしてくれるか?」

 昔ながらの寿司桶で作った酢飯をヴィヴィオとガーくんに見せながら説明する俊に、ヴィヴィオは眉をハの字にして困ったように言った。

「パパ……ごはんしっぱいしちゃったの?」

「ヴィヴィオこれは酢飯といって、ちゃんとした食べ物なんだよ? だからそんなに同情したような目でパパのことを見ないで?」

 何故かいいこいいこと頭を撫でられる俊。 役得だから別にいいかと彼はすぐに考えを改め直した。

「それじゃヴィヴィオとガーくんは酢飯をお願いね。 パパはちょっと知り合いの魚屋に電話して、お願いしてたものが手に入ったか確認するから」

「「はーいっ(ハーイッ)!!」」

 右手をあげ答えるヴィヴィオとガーくん。 よいしょよいしょと言いながら、俊が出した小さい机の上に鎮座した寿司桶にうちわで風を送る。 シャマルは黙ったままヴィヴィオ達の背後で待機していた。 死んだ魚の目をしている。

 近くにあげられた魚には目もくれず、俊は魚屋に電話をかける。 普段より1オクターブ高い声で話す俊に一生懸命うちわを振るヴィヴィオとガーくん、そして死んだ魚の目でヴィヴィオの行動を見守るシャマル。 俊が携帯電話をポケットにしまったときに、事件は起こった、

「おまたせー! ごめんね、ちょっとエプロンがどこにあるかわかんなくて……。 もう、なんで俊ってばコスプレ部屋にエプロン置いてるの!?」

 キッチンに広がるフェイトの声。 フェイトは元気な声でわびを入れながら入ってくる。

「って、皆どうしたの? 固まったりして?」

 首を傾げるフェイト。 しかし、この場にいる者が石化するのは当たり前のことであった。

「ふぇ、フェイト……」

「ん? どうしたの?」

「か、かわいすぎる……」

「ふぇ……?」

 私服は先程と何も変わっていない。 髪型は先程までとは違い、いつもツインテールにしてる髪を今日は上ではなく下に、つまりおさげに結ってある。 結った髪は前に垂らしてる。 しかし、そこは問題ではない。 一番の破壊力を演じているのはエプロンなのだ。 一見普通のエプロンと変わりないが、たった一つ、唯一にして無二の存在感を放っている場所があった。

「おっぱいが俺をお出迎えしてくれている……」

 そう、フェイトが着ていたエプロンは胸の部分が強調されるような作りになっているのだ。 いわゆるちょっとエッチなエプロン。 主にそういう用途の時に着用するエプロンなのだ。

 俊の視線に気づいたフェイトは慌てて胸を隠す。 しかし芳醇で豊満な胸は隠しきることなど出来るはずもなく、逆に寄せ上げ自らの存在を主張する。

「むしゃぶりつくしたい……はぁはぁ……」

「ちょっ!? 俊おちついて! 意識をしっかりと保って!?」

 既にヴィヴィオはガーくんが避難させていた。 二人仲良く酢飯を冷ましている。 いや、場所がキッチンから違う場所に移ったからか、シャマルの制限も解かれ今度は2人と1匹で仲良く冷ましの最中である。

「お、おちついて俊! 深呼吸、深呼吸だよ! はい、すってー」

「乳首を吸ってぇぇええええええええッ!!!!」

「はいてー」

「僕の子種を吐き出してぇええええええええええええッ!!!!」

 人の形をしたコミュニケーション不能な存在を前にして流石のフェイトも脳の処理が追い付かなくなる。

「はぁはぁ……これは第二形態でお出迎えしなければ……」

「ちょっとまって俊!? 第二形態ってなに!? 頭大丈夫!?」

 フェイトの言葉など既に聞こえていなかった。 でんぐり返しをしそのままブリッジに移行。 その後、ブリッジ状態から上半身だけを浮かせ両腕をだらんと垂らす。

「キモイ! 第二形態思った以上にキモイよ!? というかこれ絶対にS子に憑りつかれたよね!?」

「おっぱい……」

「それ以外に喋ることがあるでしょうが!」

 フェイトの問いかけにおっぱいで答えた俊にフェイトは蹴りをかます。

 フェイトは自分の幼馴染の身体能力を見誤った。

 彼の両親は世界が震える魔導師、そしてその彼を育てた親は高町家。 恵まれた身体能力に恵まれた環境。 そこで彼が手にした力はとてつもないものであった。 普段、彼は理性というリミッターを、いや彼だけではない。 人間は誰しもリミッターを知らず知らずのうちにかけているのだ。 しかし、いまの彼は第二形態。 人間という枠を逸脱した存在。 いまこの瞬間──彼の100%が顔を出す。

「おっぱいぃいいいいいいいいいッ!!!」

「きゃぁあああああああああああああああッ!!!?」

 バーストをかけた異形のダッシュ。 ゴキブリが空を飛行するように文字通り飛んできた。 あまりに一瞬の出来事と、第二形態からそんなダッシュをやられたものだからすっかり女の子モードでビビるフェイト。 客観的に見ればとても萌え萌えするフェイトなのだが、本人は恐ろしいピンチを目の前で体験している。

 異形の者がフェイトの胸に手を当てる──その間際バインドが異形の者の足を絡め捕った。

「○▽☆●ッ!?」

 既に言語が失われていた。

 いきなり出てきたバインドに一瞬気を取られる異形の者。 その間フェイトは何者かに後方へと引っ張られた。 そしてそれと同時に何者かが自身より前に出て──

「フェイトのおっぱいは私のものなのよぉおおおおおおッ!!」

 なんかきた。

 素直にフェイトはそう思った。 自分の家のキッチンで異形の者が異形の者を殴りつけたように見えた。

「って、お母さん!?」

「フェイト、きちゃったわ。 なのはちゃんに今日のことで連絡したら、今日一日フェイトとゴミが二人だけで過ごすって聞いたから急いできたわよ」

「まってお母さん!? 私と話すかその自動撲殺機と化してる右手を振り降ろすのを止めるかどっちかにして!?」

「じゃあ撲殺した後に親子水入らずで話しましょ」

「ストップストップ、お母さんストップ!?」

 1秒間に60発もの拳を浴びせるリンディ。 既に異形の者は虫の息だ。

 慌ててその拳を止めに入るフェイト。 その時、胸がリンディの右手にばっちりと当たっていたためリンディはニヤけた面を浮かべながら拳を止める。

「俊大丈夫!? 私のことわかる!?」

「おぉ……おっぱいよ……」

「……これは分かってないってことでいいんだよね?」

 自分がおっぱいだと認めたくないフェイト。

 しかし奇しくもリンディの撲殺により、俊は正気を取り戻した。 命は取りこぼしそうになっていたが。

 慌てて救急箱を取りに行き戻ってくるフェイト。

「はい俊、ちょっと染みるけど我慢してね?」

「フェイトぉ〜、私も右手が──」

「お母さんは自分でして!」

 クワッとリンディに怖い顔を向けるフェイト。 リンディは呼吸困難に陥った。

「あぁお母さん大丈夫!? ていうかさっきからお母さんに何しに来たの!?」

 衣服を緩めて空気を取り込みやすくして背中を擦るフェイト。

「はぁはぁ……ダメよフェイト……。 あっちにまだヴィヴィオちゃんがいるでしょ? もうえっちな娘になっちゃって……」

「大丈夫みたいだね。 じゃぁ私俊の手当に戻るから」

 息を切らせつつ甘く猫撫で声で、谷間を強調しつつフェイトに擦り寄るリンディ。 そんな母親に対してフェイトはそっけなく返す。

「……」

「はい俊。 んー、腫れは皆が帰る頃には引くと思うけど。 一応シャマルに見てもらおうか」

 先程からヴィヴィオと酢飯を冷ましていたシャマルに声をかける。 キッチンにはフェイトの代わりにシャマルが。 そしてフェイトはリンディを引きずってヴィヴィオ達のほうへ行く。

「あ! リンディメッシュさんだー!」

「リンディダリンディダ!」

「はーいおはよー、ヴィヴィオちゃん。 バカアヒル」

「ムスメニハツジョウスルクセニ」

「娘に発情しちゃいけない法律なんてミッドには存在しないのよ!」

「お母さんちょっと黙ってて、ヴィヴィオの心の教育に悪いから」

 娘から刺さる氷の氷柱がリンディの胸を深く抉る。

 愕然としつつ娘のニーソを撫でまわすリンディ。 フェイトはそんな母親を見ながらヴィヴィオをぬいぐるみのように抱っこする。

「もう……新婚さんごっこ出来ると思ってたのに……」

 可愛らしく頬を膨らませて漏らすフェイトの言葉は、小さな音量だったのが幸いしたのか誰にも聞こえることはなかった。




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