A's25.ご褒美試験
俊とフェイトが家で騒動を起こしている頃、なのははスバルとティアナを連れて試験会場にきていた。
「うおおおおおおおおお!ついにきたよ!試験会場着いたよ!」
「わかったから、わかったから少し落ち着けよ。引率の先生が大声出しながらなにしてんだよ」
「え?先生?どっちかというと女子高生みたいじゃない?」
「なのは……お前の高校生時代は終わったんだ。いくら呼んでも帰っては来ないんだ。もうあの時間は終わって、お前も前を向いて歩く時間なんだ」
「でもまだ卒業して一年だから問題ないよね?」
「まぁコスプレなら問題ないだろうな」
「一生ロリでいられるヴィータちゃんが羨ましい……。わたしもロリならもっと……」
「でも近づいてくるのはロリコンだけだからな。あいつら基本鼻息荒くしてくるからキモイぞ」
「うっ……やっぱりやめた」
ヴィータはうんうんと頷き、なのはは自分がロリコンに質問攻めにされる場面を想像したのか顔色を悪くした。
「ところでスバルとティアはどこいった?」
「あぁそれならあっちにいるよ。ほら、あそこで受け付けしてる」
なのはが指さす方向をヴィータも見る。スバルとティアは受付の人物らしき人から番号カードを受け取り説明を受けている最中だった。いつもの成りは潜めており、うんうんとしっかりと頷いていた。ちゃんと説明を聞いているようだ。
「……普段からあんな感じなら可愛いんだけどなぁ」
「えー、普段も可愛いじゃん。ちょっとお茶目だけど」
「お、お前は聖人君子か……!?」
普段からスバルとティアからセクハラ行為を受けているというのにそれをお茶目で済ますなのは。なのはをヴィータは震えながら見つめる。
そんななのは達の元に一人の女性が手を振りながら向かってきた。
「おーいなのは。久しぶりー、どうそっちのほうは?」
「あ、お久しぶりです。六課楽しいですよー、お菓子食べれますし」
「いやいやいや、六課じゃなくてなのはが好き好き言ってた男の子との関係のこと。どう?少しは進歩した?」
「ありょりょりょりょりょりょりょりょりょ!」
「痛い痛い!?上司にビンタ止めて!?一応教導隊の上官なんだからビンタやめて!?」
「わ、わたしがいつ俊くんのこと好きとか言ったんですか!?わたしはただ人間社会に溶け込めない野良犬のお世話が大変だって愚痴をこぼしただけで──」
「へー、俊って名前なんだ。その子かわいい?」
「……まぁたまに」
「愛しくてたまらないんでしょ?」
「それは俊くんがわたしに抱いてる感情です!」
「うぉ……この子言い切ったよ……」
なのはの教導隊の上官だという女性はなのはの剣幕と、その言い切り方におもわず後ずさりする。
「わかってる、わかってるってば。ちょっとからかっただけだから。もー、べつにいいじゃない好きな人が出来るくらい普通のことなんだから」
「もー……すぐわたしのことからかって」
頬を膨らませそっぽを向くなのは。そんななのはにごめんごめんと謝りながら、唖然としながら二人のやり取りをみていたヴィータとエリオとキャロに女性は挨拶をする。
「どもーこんにちは。なのはが教導官になった時から桃子さんよりお世話とサポートをお願いされてましたカナコと言います」
「「こ、こんにちは」」
「うんうん!ショタとロリか、いいペアだね!」
エリオとキャロと握手をするカミコ。
「あ、あなたが噂のろりっ娘ヴィータちゃん?略してロヴィータちゃん?うわぁー、ほんとにろりろりしてる!かわいー!ロリなのにツンデレっぽい目つきしてるところがなおよし!」
「やめろー!抱きつくなー!はーなーせー!」
エリオとキャロに続き握手しようとしたヴィータにカナコは思いっきり抱きついた。アホ毛を甘噛みし制服から胸を揉みしだき、骨がバキバキ折れる音がするほど強く強く抱きしめる。
その猛攻から必死に逃れようと体をねじるヴィータだが流石教導官とでもいうべきか、しっかりとヴィータの動きに合わせて腕を離さない。
「おいなのは!こいつはなんなんだよ!?」
必死に逃れようと頑張るヴィータは、わたし知りませんよ的な顔で作り笑いを浮かべていたなのはに声をかける。
「えーっと……なんていえばいいんだろう。分かりやすくいえば女版俊くんかな。三十路で強引に既成事実作って結婚した女局員として一部では有名だよ」
「三十路じゃない!29歳11か月で結婚式挙げたから三十路じゃない!あー、ロヴィータちゃんのほっぺ柔らかい!ほっぺたべたい!」
「おいこれ性別が女のせいかひょっとこよりひどくないか!?あいつだって節度を守って──ない!」
「ヴィータちゃん落ち着いて!?」
クワッと顔を目を見開くヴィータをカナコの手から急いで回収するなのは。ヴィータの頬は唾液にまみれていた。べとべとする頬をハンカチで拭きながら、なのははヴィータに注意する。
「気を付けてヴィータちゃん。あの人、どっちでもイケる人だから」
「くそっ!やっぱり教導隊は変態しかいねえのかよ!」
「まってヴィータちゃん。それじゃわたしも変態になっちゃうから。訂正しなきゃね」
「」
「あれ!?なんでそんな唖然とした目でわたしのこと見るの!?」
驚きのあまり声が出ないヴィータをなのはが揺さぶりながら問い詰める。
「というかカナコさん、この場所にいるってことはもしかして今日の審査員ですか?」
「もしかしなくても今日の審査員だよー」
その言葉を聞いて項垂れ頭を抱えるなのは。尋常じゃない項垂れ方を見たヴィータがひそひそ声でなのはに話しかける。
「おい、そんなにまずいのかよ?」
「まずいよ、めっちゃまずい。あの人妥協しない人で自分の基準点超えないと死ぬ寸前まで教導する人だったから。この試験だってきっとそう。局側から基準ライン聞いてると思うけど、現場と教導で培ってきた目で採点すると思う。早い話が局が決めてるラインなんて場合によっては無視する人なんだ」
「おいおいいいのかよそれ……」
「それが許されるのがカナコさんなんだ……」
まずいよー……まずいことになっちゃったよー……。そうヴィータを抱きしめながらなのはは呟く。カナコはなのは達からエリオとキャロに視線を向け、なのはに気づかれないように手で壁を作りながら二人に質問する。
「ところでエリオ君にキャロちゃん。俊くんってどんな人かな?写真とかある?」
「「あ、写真ならここに」」
「見せなくていいよー、二人とも」
写真をカナコに差し出そうとするエリオとキャロ。その姿をめざとく発見し二人の手を掴むなのは。にっこりと微笑んでいるのに二人の手はピクリとも動かなくなった。
「もーなのは、ちょっと見るだけだって」
「ダメです。俊くんに何か吹き込むつもりですよね、完全に。いったいあなたのせいでどれほどのカップルが泡と消えたと思ってるんですか。カナコさん裏で噂されてたほどなんですよ。カナコさんに目をつけられたカップルは必ず別れるって」
「いやいや当時は自分より幸せな人が許せなかったけど、いまは自分も結婚して子どもできて幸せだから、もう人様を別れさせて遊ぶのは止めたよ。まぁいい男だったらちょっとつまもうとは考えていたけど」
「残念ながら俊くんはわたし以外の女性には興味がないので」
「あれあれー?クロノに聞いた話だと、クロノの妹さんと大将中将にいたく気に入られている八神はやてちゃんも狙ってるみたいだけどねー」
ひらひらと手を振りながらカナコに背を向けていたなのはだが、フェイトとはやての名前が出された瞬間、なのはの体がビクリと脈打った。
「確かクロノの妹のほうはナイスバディーに加えて性格も優しいし器量好し。なんでもしてくれそうってことで結婚したい管理局員1位だったような気がするなー。それに八神はやてちゃんも出世頭で、料理上手。器量も好し。エロそうなのに昔から好きな男の人のために初めてをずっと守っている純情さ。うーん──勝てそうにないね」
「だ、だからなんだっていうんですか。別にわたしは俊くんのこと好きじゃないですし、俊くんが誰と結ばれようとわたしには関係ないことなので。でも俊くんにはわたしがいないとダメだとは思います」
「うんうんそうだねー。なのはがいないとダメだよねー。ところでなのは、妹ちゃんとはやてちゃんに差をつける方法知ってるんだけど聞きたい?」
なのはの話しを頷きながら優しく聞いていたカナコは、人差し指を立てながら怪しく口角を釣り上げる。
「カナコさんの意見は参考になりません」
「でもそれで旦那を堕としたよ?」
「うっ……。ま、まぁ俊くんはわたしにメロメロなので必要ないことですが、ここで聞かないと先輩に恥をかかせることになりますからね。き、聞いておいてあげましょう」
指をもじもじ、ツインテールにしたリボンがピコピコと揺れ動く。なのはは周囲の人間のことを気にしながらも耳だけカナコに向けて聞く準備にはいった。
「しょうがないなぁ。えーっとね──」
両手で小さな筒を作り、なのはの耳元で話しかける。
なのははそれをふんふんと首を縦に動かしながら聞き──ボンと効果音が聞こえてきそうなほど顔を真っ赤にして大きく飛びのいた。
ヴィータを抱き寄せ真っ赤な顔でカナコを指差す。
「ヴィ、ヴィータちゃん変態がいるよ!?」
「知ってるよ」
なんと無慈悲な答えなんだろうか。
変態の烙印を押されたカナコはなのはの反応に首を傾げる。どうやら自分が予想していた反応とは違っていたらしく、
「あれー?なのはにはちょっと早かったかな?」
「まぁなのはは純情なんで。というか、そろそろうちの部下達が帰ってくるのでいいですか?あいつらもこんなところで審査員に会うと変に緊張しちゃうんで」
「あ、それもそうだね。それじゃあたしも審査員の説明とか受けてこよっかなー。それじゃまたねなのはー!」
「絶対に俊くんに近づかないでくださいね!」
手を振りながらお別れするカナコに、なのははそう釘をさした。カナコが去った後、残されたのはヴィータを抱きしめたままのなのはとポカーンとしているエリオとキャロ。
ヴィータはなのはに問う。
「なのはにしては厳しいあたりだったな。苦手なのか?」
「いや苦手じゃないし、実際わたしの面倒ずっと見てくれてすごく感謝してる。わたしはカナコさんのこと大好きだよ。でもね、こと男が絡む出来事においてはカナコさんは絶対にダメ。近づけることはおろか関わりを持たれることすら厄介なの。無類の力を発揮するの」
「そんなになのか?」
「本人の前では言えなかったけど、カナコさん破局させたカップルが多すぎてある一つの呼び名が使われるようになったの」
「なんだそれ。疫病神とか?」
「滅びの爆裂疾風弾」
☆
「や、やばいですなのはさん。めっちゃ緊張してきたんですけど……どうしたらいいでしょうか?」
「大丈夫だよティア。自信もっていこう。審査員がいるから緊張しちゃうだけで、やってることはわたしのときと一緒だよ」
「ヤってるだなんてそんな!もうこんなに人が多い中でそんなことを!確かに可愛い声でなのはさん鳴いてくれますけど!」
「あ、すいません。この子ちょっと教導の時に頭をやられまして」
頬を赤らめくねくねするティア、周囲にいた人間に笑顔を向けながら説明するなのは。
「でも本当に大丈夫でしょうか。AランクですよAランク。エース級ですよ」
不安そうな瞳でなのはを見つめるスバル。ふとなのははスバルが手を振るわせていることに気づいた。自分もよくわかる。どんなに練習を積んでも、どんなに大丈夫だと心の中で思っても、自分の体は震える気持ち。失敗が頭の中を埋め尽くす。どんなに成功をイメージしても隣にいる失敗がそれを嘲り笑いながら指をさす。
目の前にいる自分の教え子は、いまそのまっただ中にいるんだ。
なのはは強く思う。
そんな教え子に自分が出来ることはなんだろう。一生懸命考える。震える彼女達に何をすればいいだろうか。
なのはは自然と体が動いた。二人に笑顔を向けるとそっと二人を抱き寄せ、背中を叩き赤ちゃんをあやすように優しく言葉をかける。
「大丈夫、怖くないよ。失敗したっていいじゃない。一生懸命全力全開でやり遂げて、二人が悔いを残さなければそれでいい。受からなかったらまたわたしが一から教えてあげるから」
ね? そう二人に微笑むなのは。
対する二人は恋した乙女のような瞳でなのはのことを見つめる。そっと、ぎゅっと、激しく強くなのはが引き剥がそうとしても剥がれないほど強く強くなのはを抱きしめる。
「なのはさん結婚してください!いますぐ結婚してください!一生なのはさんを飼いたいです!お願いします!」
「私も!私も結婚してください!」
「やめて二人とも骨が折れる、骨が折れるから!!ヴィータちゃんヘルプ!」
「あ、ちょっと待ってくれ。はやてと電話してるから。はいはい、こっちはいまから試験開始だから。そっちはどんな感じ?うんうん」
「エリオにキャロ──」
「「あ、フェイトさんですか?いま丁度始まるところで──」」
無慈悲な通話。なのははこのときほど携帯電話というものをこの世から根絶したいと思ったことはなかっただろう。
ピンポンパンポーン
『これよりAランク昇進試験を開始いたします。登録されている方は試験会場へ、その他の方は別室にて待機をお願いします。なお、午前中に実技試験。午後に筆記試験となっております』
「ほらもう時間だから!早く行かないとね!」
「「嫌です!結婚してくれるまで離しません!」」
頑としてなのはを離さない二人。しかし時間は刻一刻と過ぎ去り、試験を受けるであろう人達もどんどん試験会場内へと歩を進めていく。
この時、なのはは焦っていた。自分の教え子たちが試験の結果ではなく自分のせいで落ちることになったら、他の皆にどう説明したらよいのか。
だからしょうがなかったのだ。こういうより他なかったのだ。
「わかったわかった!二人が頑張ってたらちゃんとご褒美あげるから!」
「「いえーーーーーーーいッ!!」」
ご褒美と聞いた瞬間、即座になのはから離れハイタッチを交わす両名。
「ほら、いつまでいるんだよ。さっさと試験受けてこい。あたし達は上で見ておくから。心配すんな、あたしもなのはも二人が受かると確信してるから今回受けさせてんだ。何も臆することはない。会場の雰囲気にのまれるな、会場全体を自分のペースにもっていけ」
ひらひらと手を振りながらそうアドバイスするヴィータに頭を下げて笑顔で返事する二人。ヴィータに続き、エリオとキャロも二人に声をかけてスバルとティアもそれに笑顔で答える。そしてそのまま二人はこの場を去り、会場へと足早に駆けていった。
そんな二人を見送りながらなのははとある人物に電話をかける。ワンコールのうちに電話に出た人物になのはは泣き目で訴えた。
「俊くん……なんでもするから家に帰ったらわたしのそばにずっといて」
『なに!?高速回転三所攻めをしてくれるだと!?』
「ごめん、やっぱ半径5m以内に近づいてこないでね」
通話終了ボタンを即押し、大きく大きくため息を吐くなのは。
「ヴィータちゃん、やっぱわたしが俊くんに惚れるとかありえないわ」
「あいつは人間の皮を被ったゴミだからな。明日辺りにゴミ収集車が迎えにきてくれるだろ。さ、あたし達も上に行くか。ほら、エリオにキャロ。迷わないように手つなぐぞ」
そういってエリオとキャロの手を繋ぎ、見学席へと向かうヴィータ。
その周りでは幸せそうな顔を浮かべている男性局員女性局員が多数いたらしい。