A's28.キミの想い、魔力にのせて



 性器のアヒル顔射事件によりリンディと桃子の玩具になっていた俊がついに反論を言い始めた。

「そもそも、なのはやフェイトといった可愛い女の子と一つ屋根の下で生活してるんですよ?普通なんかハプニングとかえっちなイベントとかあるはずじゃないですか。もう19歳だし。なのに俺はそんなハプニングとか起きないんですよ!二人とも起こしてくれないんですよ!?そりゃアヒルで性欲処理しようとも思いますよ!!」

「普通思わないわよ、俊ちゃん」

「……はい」

 反論終了!

 間髪入れずに答えた桃子に俊は一度頷いてからそっと目元を拭った。

「いや、でもですね桃子さん。もう10月ですよ10月。俺が性欲お化けで変態の鬼畜野郎なら今頃第一子が誕生している頃ですよ」

「そうねぇ……なのはがいなくなってもうそんなに経つのね。早いものね」

「まぁ会おうと思えばすぐに会えますから、あんまり実感とか沸かないですよね」

 俊の言葉に桃子はうんうんと頷く。しかしその横では、

「フェイトがいない夜があんなにも寂しいなんて……。フェイトを抱きながら寝たり、フェイトにちょっかいだして可愛い声で鳴かせたり、大人の準備練習したり……。フェイトが高校生までは幸せだったのに……」

 リンディは一人泣き崩れていた。

「まぁまぁリンディさん。婿養子の俺が慰めてあげますから」

「そしてフェイトの本命が無職のクズなんて……!」

「リンディさーん、本人が目の前にいますからもう少しオブラートに包んでくださいねー」

 流石の俊も獣を思わせるリンディの眼光に冷や汗を掻く。

「というか俊ちゃん、そろそろ料理再開したほうがいいと思うわよ」

「そうですね。んじゃちょっと失礼して」

 そう言って席を立ちキッチンという自分の持ち場へと戻る俊。桃子はその後を追うように俊にくっつき隣に立った。リンディはひとしきり呻いた後、フェイトを襲いに行く。

『お母さん、俊の手伝いしてきて。わたしは急遽入った仕事するから』

『……手伝いしたら襲っていい?』

『やめて』

 リンディの口から鮮血が踊り舞う。

「リンディさんは下手したらフェイトにヤンデレになりそうですよね」

「リンディさんフェイトちゃんのこと物凄く可愛がっていたものね。ふふ……可愛い娘がやってきたって嬉しそうに抱きしめてたのをいまでも思いだすわ」

 串カツの準備として玉ねぎと豚肉を串にさす桃子は思いだし笑いをしながらそう言った。一方の俊は市販のタレに独自のアレンジを施しながら、続けて話しかける。

「愛し方が尋常じゃなかったですものね。まぁいまもなんですけど」

 定期的に聞こえてくるフェイトの冷たい口調とリンディの呻きを肴に昔話で盛り上がる。

「そういえば俊ちゃん、今日の試験はいつ終わるのかしら?」

「そうですねぇ……多分あと3時間くらいだと思うんですけど……」

「多分後4時間はかかると思うわよ。例年昇進試験は時間通りには終わらないのが恒例なのよ」

「あ、リンディさん」

 口元の血を拭いながら俊の隣、桃子とは反対方向に陣取ったリンディ。コップに水道水を注ぎ口を漱ぎながら俊と桃子に説明する。

「昇進試験、あの子たちは確かAランクよね?Aランクはエースの仲間入りだから管理局側も慎重になるのよ。実力はあっても経験不足の局員もいれば、経験だけは一人前だけど実力が伴っていない子もいるからね。まぁその点あの子達は問題ないんじゃないかしら?」

「どうしてですか?」

「だってはやてちゃんの部隊に教導官がなのはちゃんでしょ?それにあの子達は六課でちゃんと経験を積んで──」

「ないっすよ。俺の知る限りでは現地で経験したのは一方的に犯罪者をボコってたはやてを見て、はやてには逆らわないことを肝に命じたくらいだと思います」

「……え?経験とか積んでないの?ほら、犯罪者を確保とか、ロストロギアの確保とか」

「ゲームしたり教導したりレクレーションしたりケーキ食べたり教導したりお喋りしたりですけど」

「……そう」

 悟りを開いたかのごとく優しい笑みを浮かべるリンディだった。

 ちなみにその頃士郎は──

『これがなのはママでこっちがフェイトママ!』

『コレハガークン!……ソレトパパ』

『うちの娘はいつの間に地球外生命体になったんだ……。そして何故ガーくんは俊君で頬を赤らめたのか』

 ヴィヴィオを膝にのせたまま、ヴィヴィオの前衛的な家族スケッチに困惑していた。

         ☆

 俊と桃子とリンディはキッチンに三人並んで料理を作っていた。

「大体の下準備は終わりましたかね」

「ええそうね。後はその時々で大丈夫だと思うわ。お疲れ様俊ちゃん」

「いえ、これが俺の仕事ですから」

 時刻は既に4:30を回っていた。壁時計でその時刻を俊が確認すると同時にキッチンに一人の来客が。金髪をツーサイドアップにしているフェイトが私服姿にオレンジフレームの伊達メガネをかけて訪れてきた。

「ふぅ……ようやく仕事終わったよぉ。急に入ってくるんだから参っちゃう。ごめんね俊、折角の二人っきりでの料理だったのに……」

「いやそれは問題ないよフェイト。ただ横で俺にボディーブローいれてるフェイトの母親をどうにかしてほしいんだけど」

 メコォッ!メコォッ!

 尋常じゃない音が、決して人体から発せられてはいけない音が俊の人体から現在聞こえてくる。

「お母さんおいで」

「きゃうんきゃうんっ!」

 40代熟女の常軌を逸した行動を垣間見た瞬間である。

 犬耳と尻尾でもついているのかと疑いたくなるほどのリンディの愛情表現に、流石のフェイトも苦笑する。

「お、お母さん俊が見てるってば」

「……リンディ×フェイト。まぁこれもありっちゃありだな」

「俊戻ってきて!?」

 頬を摺り寄せてくるリンディを強引に剥がしながらフェイトはキッチンに綺麗整頓されて並べられている料理の下準備の数々に目を奪われた。

「うわー!これすごい!これ全部俊が作ったの!?」

「いや、午後からは桃子さんとリンディさんにも手伝ってもらったよ。流石桃子さんとリンディさんだよ。二人とも俺より手際いいし勉強になった」

「ふふ、俊ちゃんに料理を教えたのは誰だか忘れたのかしら?」

「ははっほんとありがとうございます」

「俊ちゃんにはなのはのお嫁さんになってもらう必要があるんだからね」

「またまた桃子さん。それをいうなら婿さんですよ」

「え?」

「え?」

 顔を見合わせる桃子と俊。どちらもおかしいなと首を傾げる。

「まぁいいや。それより紅茶飲みます?フェイトも丁度仕事が終わったみたいですし、こっちも下準備は大体終わりましたから、なのは達の連絡がくるまでゆっくりしておきましょうよ」

 そう言って茶葉とポットを戸棚から取り出す俊。それに合わせる形でフェイトは違う場所にいる士郎・ヴィヴィオ・シャマル・ガーくんにも紅茶を飲むか聞きにいく。

『紅茶飲む人―?』

『ヴィヴィオあまいのがいい!』

『ガークンモ!』

『それじゃヴィヴィオとガーくんはミルクティーにしようねー』

 フェイトの声と共にヴィヴィオとガーくんの元気のよい返事が俊達がいるキッチンにも聞こえてくる。とっとっと、と可愛らしい足音を奏でながらフェイトは俊の元へと戻ってきた。

「俊、ヴィヴィオとガーくんの分はミルクティーでお願い。士郎さんとシャマルは私達のと一緒で」

「はいよー」

 フェイトのオーダーを受けてさっそく取り掛かる俊。そんな俊とフェイトを桃子は優しい目で、リンディは暗殺者の目で見守っていた。

              ☆

 周囲の騒々しさとは裏腹にスバルとティアナがいる空間は無音が支配していた。正確にいうのならばスバルとティアナには周囲の雑音など耳に入っていなかった。なんせ自分達の手元は──Aランク昇任を証拠づける一枚の紙を掴んでいたのだから。

「ほんとこれで落ちてたらどうしようかと思っていましたよ……」

「いやーほんとこの子達をどうするかで揉めたのよー!経験はないくせに実力は他を圧倒するほどの力を見せたんだから。普通、実力と経験どっちも兼ね備えてないと昇任は認めないんだけど……この子達の場合エースになる素質は十分にあったのでそれを考慮した結果こういう判定を下したわけ。渋る重役を黙らせるの大変だったんだかねー!」

「いえもうなんとお礼をしたらいいのでしょうか……」

「まぁ色んな局員を直で見て指導している教導官の意見だったからね。きっとなのはがあそこで発言したら二つ言葉で承認は決まってたわよ。あ、そうそう。なのはの指導に半年間ついてくれたって実績も考慮されてたわよ」

「え、なんですかその考慮のされかた。まるでわたしの教導がきついみたいな──」

「え……自覚なしとか流石『血飛沫祭りのなのはちゃん』って呼ばれるだけあるわ」

「まってください!?なんなんですかその二つ名!?誰が付けたんですかその二つ名!?」

 バットでどすどすなのはちゃん。憤慨するの巻。

「あ、でもティアナちゃんのほうは筆記満点だったよ。ティアナちゃんえらいね、ちゃんと勉強してたんだ」

「えへへ……私執務官になるのが夢なのでそのために毎日勉強だけはしてきましたので。11月にある執務官試験も受けるつもりです!」

「へー執務官か。頑張ってね」

「はい!」

 大きく頷くティアに笑顔を見せながら、滅びの爆裂疾風弾はなのはの服の裾を掴み自分の元に引き寄せる。

 そしてなのはにだけ聞こえる小さな声で、

「いまのままじゃ落ちるよ。しっかり執務官用のプログラム組んでやらせること。それと勉強のほうも力入れたほうがいいわよ。一度模擬試験やらせてみるといいかも。あの子の弱点が見えてくると思うから」

「そ、そんなに危ないですか?」

「内側からは近すぎて見えないかもしれないけど、外側からははっきりと分かるわよ」

「……わかりました。ヴィータちゃんとはやてちゃんとフェイトちゃんに相談して対策を練ってみます」

 なのははしっかりと頷く。自分にとっても一番長く付き合ってきた部下だ。可愛くないわけがない。なのはとてそんな可愛い部下の涙なんて見たくない。滅びの爆裂疾風弾を見つめるなのはの目は真剣そのものだった。

「ま、それはそれとして今日はゆっくり休みなさい。なのは今日一日此処にきてからずっと肩に力がはいったままの状態だったわよ」

「えっ?」

 そう言われてようやくなのはも気づいた。自分の両肩に力がこもっていたことを。

 何度も言うが、高町なのはにとってスバルとティアナは初めて長期期間受け持った教え子だ。教導官というのは色んなところを飛び回り、技能を教えていく存在。そこに情を生み出すまでの時間は与えられないことがほとんどである。そんな中、友人である八神はやてからの招待で配属することになったこの六課で受け持った新人達との共有時間はおよそ半年間だ。半年間もの間、自分が一から教え育てていったのがこのスバルとティアナだ。

 可愛くないわけがない。

 心配にならないわけがない。

 なのはは知らず知らずのうちに緊張していままでずっと肩に力がはいっていたのだ。

 なのはの緊張の糸が切れた瞬間だった。

 腰が砕けるようにすとんと女の子座りをするなのはに、ティアナとスバルはなのはのほうを向きながら喜びの声をあげた。

「やりましたよなのはさん!私Aランクです!エースの仲間入りですよ!」

「ほんとやりましたよなのはさん!なのはさんがずっと面倒みてくれたおかげです!」

 喜びの舞を踊りながら嬉しい報告をする二人に、なのはは女の子座りで下を向き俯いたまま声をあげようとしない。

「「なのはさん……?」」

 そんななのはに不安を覚えたのか、二人は喜びの舞を踊るのを止めなのはの目線に合わせようとしゃがみこむ。

 しゃがみこんでようやくなのはのいまの状態を理解した。

 しゃがみこんで目線を合わせて、ようやくわかるなのはの表情。

 しゃがみこんで目線を合わせて、ようやくわかるなのはの気持ち。

「み、みるのきんしぃ……!じょうかん、めいれい、なんだからぁ……!」

 ぽろぽろと零れ落ちる涙を拭いながら、なのはそう二人に命じた。

 自分のハンカチは既に涙で濡れて使い物にならなくなっていた。そんななのはにそっと滅びの爆裂疾風弾はハンカチを差し出す。なのはの頭を撫でながら、優しい声色でなのはを労わった。

「よく頑張ったね、なのは。お疲れ様」

「うわぁああああああああん!」

 教導官だって人間で、好きで厳しい指導なんてしてるわけじゃない。いつもいつも教導する側というのは憎まれ口を叩かれるのが世の常である。そんな世界の中で管理局でも笑顔で酷い教導をすると恐れられているなのはの教導を半年間ずっと頑張ってきてくれたのだ。ずっと信じてついてきてくれたのだ。

 スバルとティアナが感じている嬉しさは、なのはだって感じているのだ。

 そっと、なのはの体を抱きしめる二人の人物がいた。

「いままでありがとうございます。私、なのはさんの教導だからこそ至近距離からの魔力弾でも耐えることができましたし、あのおかげで咄嗟の判断能力と思考処理が早くなりました」

「私も、なのはさんの防壁の中での無尽蔵ピンボールのおかげで周囲を見渡す目とどんな時でもバランス崩さない体幹を身につけることができました」

「ありがとうございました」

 一度立ってから深く深く最敬礼をするスバルとティアナ。いつもはふざけてばっかの二人がこんなことをするものだから、ようやく止まりかけていたなのはの涙のダムがまたもや決壊する。

 言葉さえも発することができないほど感極まっている状況に、はやてへの報告をして帰ってきたヴィータが自身の携帯を差し出した。

 それにクエッションマークを浮かべながら受け取り耳を当てるなのは。

 その声はいつもより穏やかになのはの耳へと伝わった。

『よおなのは。ロヴィータから聞いたよ。スバティア受かったんだって?よく頑張ったな、なのは』

「俊くん……」

『あーあんまり喋んないほうがいいと思うぞ。お前の場合、一回泣き出したら止まんないことが多いからさ。それにしてもなのは、半年間よく頑張ってきたな』

「うん……。なのはね、よくがんばったとおもう……」

『あぁよくがんばったさ。これ以上ないほどよく頑張った。毎回飽きられないように、単調にならないように、色んな状態から学んで考えが凝り固まらないように、柔軟な発想ができるようにパターンを定着化させないように教導プログラム組むの大変だったよな。ほんと、よくがんばったよ』

 電話越しに優しい優しい声が聞こえてくる。全てお見通しかのごとく、まるで自分の心を見透かされているかのごとく語られてくる内容に、なのはは黙って頷きながら聞いていた。

『嫌われるのが怖かっただろ?自分の教導の真意がちゃんと理解できているか、ちゃんと伝わっているか不安だっただろ?こういうのは言葉で言ったところで本当に理解しないと意味がないからな。上辺だけ理解されても困るし。でも、ちゃんと伝わってるよ、なのはの想い。ちゃんと聞こえてるよ、なのはの心の声』

『なのはが放つ魔法にのって、ちゃんと新人達に届いてるよ』

「へー、いい男じゃん。キザったらしくて多少キモいけど、ちゃんとなのはのこと想ってくれてるいい子なのね。ふむ……合格」

 隣でずっと俊の話しを聞いていた滅びの爆裂疾風弾は満足したように頷いてみせた。

「うん……うん……!ありがとう俊くん……。あのね俊くん、なのはもいいたいことがあるの……」

 ぽそぽそと電話口に向かって喋るなのは。かと思うと、携帯の通話ボタンを切って携帯をヴィータに手渡しした。

「いいのかなのは?もうちょっと話してもいいんだぞ?」

「ん、いいの。いつまでもここにいるわけにはいかないし、それに言いたいことは言えたから」

 なのははその言葉通り、目元に泣き痕を見せながらも晴れ晴れとした笑顔を早くも見せていた。切り替えは重要であることをちゃんと理解している。

「それじゃ帰るか。いまはやてに連絡したら迎えに来るってさ。フェイトも来てくれるってさ。家ではあいつがご馳走を作ってるみたいだぞ」

「「まじですか!?」」

「まじだ」

 ご馳走というキーワードに敏感に反応するスバルとティアナは浮かれてはしゃぎまくる。ヴィータをもちあげ高い高いをし、ヴィータの踵落としによって撃沈される。

「それじゃこっちも帰りますかね。丁度旦那も迎えにきてくれたし。じゃあねなのは、今日は愛しの俊君に甘えなさいよ」

「べ、べつに俊くんのことなんてなんともおもってません!でもまぁ……俊くんがわたしに甘えたいっていうのなら考えてあげてもいいかな……」

 頬を赤くしながら体をくねくねさせてそういうなのはに滅びの爆裂疾風弾は豪快に笑い声をあげながら迎えにきていた旦那の元へと駆けて行った。

 丁度それと入れ替わる形でなのは達の元へと駆け寄ってくる人物が三人。

 フェイトとはやてとシグナムだ。

「「二人ともおめでとー!」」

 はやてとフェイトの喜び爆発で、場は一層賑やかになったという。

       ☆

 フェイトがなのは達の迎えにいったのと入れ替えに、俊達の元にもはやてのお願いで先に高町ハラオウン家に到着している者がいた。

 人間よりも小さく、まるでお人形のような出で立ちの女の子。今日はちょっとおめかしをしているのかロリータファッション風のドレスを着ている。

 その女の子はいま現在、5歳の女児の好奇な瞳に晒されながら困惑を極めていた。

「パパ!ようせいさんがいる!ヴィヴィオのめのまえにようせいさんがいるよ!?」

「で、ですからリィンは妖精さんじゃないですってば〜!」

 俊に会いたくないあまり、玄関からではなく窓からの不法侵入を試みたのが仇となった。




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