A's32.ツーカーの仲



「ただいまー!」

 ガチャリと開けられた玄関から元気な声が聞こえてくる。どたどたと玄関から部屋に向けて廊下を走ってくる女の子の名前はヴィヴィオ。5歳の女の子で将来の夢は喫茶翠屋のウェイトレス。その後ろには付き従うようにアヒルのガーくん。

『ヴィヴィオー!たまごが入った袋もってるんだから走っちゃダメよー!』

「はーい!」

 右手にはおかし袋。左手にたまごパックの入った袋をもつヴィヴィオは玄関で靴を脱いでいるフェイトにそう返事をした。今日はヴィヴィオとフェイトと俊でお買い物。スーパーで食材や日用品を買ってからの帰宅である。

 上限100円という規則の中で一生懸命考えて買ったおかしを早く食べたいヴィヴィオはいち早く部屋に戻ってきたわけだが──

「ティアを撲滅させる方法を考えないと……!ティアを撲滅させる方法を考えないと……!」

 魔方陣の中心でミサの恰好で踊り狂うママの鬼のような形相に思わずたまごのパックを落としてしまう。

 ガタガタとその場で震えるヴィヴィオ。無意識にガーくんをぎゅっと抱きしめてなのはから視線を逸らそうとする。丁度そのときフェイトがやってきた。

 それと同時にヴィヴィオはフェイトに抱きつき、

「なのはママがあくまになっちゃった……」

 そう震える声を出す。そっと抱きしめヴィヴィオの目を隠すフェイト。

「な、なのは……?なにしてるの?」

「はっ!?フェイトちゃんいつからそこに!?」

「いまちょうど帰ってきたところだけど……。俊は回覧板をお隣に渡しに行ってる。それでなのは、いったいなにしてるの?」

「ティアを撲殺する方法を考えてたの。この恰好みたらわかるでしょ?」

「(わからない、さっぱりわからないよ)」

 くるくると踊ってみせるなのはだが、フェイトの目には肉屋の解体ショー実演にしかみえなかった。

 そもそも何故なのはがこんなことをしているのかは、昨日の一件が尾を引いているのが明らかである。

 プロポーズの朝ということで気分よく1階にやってきたなのはにおめでとうの祝福の声。てっきりなのはは自分と俊のことなのかと思い込み気持ちよく返事をしていた。

 ──が、蓋を開けてみればなのはとティアの結婚報告(仮)への祝福の声。それも当の本人がどんな形であれ肯定してしまったので、嘘は事実へと変わってしまった。

「どうせ女の子との結婚報告が流れるんだったらフェイトちゃんとの結婚報告のほうがよかった!」

「あ、わたしは結構です。普通に俊と結婚するから」

 打ちひしがれながら泣くなのはに追い打ちをかけるフェイト。捨てられた子犬のような瞳をむけるなのは。

 フェイトはにっこりと笑ってみせた。

「そういえば……フェイトちゃん。なんであのとき否定してくれなかったの?」

「え゛っ」

 キラリとなのはの瞳が光る。幽鬼のように立ち上がり、ヴィヴィオを抱きしめてじわじわと後退するフェイトを壁際に追い込む。

「そうだよ。よくよく考えてみればフェイトちゃんがあのとき否定してくれればよかったんだよね……。フェイトちゃん面白そうに笑ってたし……」

「そ、そうだったかなー?お、おぼえてないなー」

 けっしてなのはのほうはみないフェイト。視線を明後日の方向に動かし棒読みでなのはの言葉をかわしていく。ガーくんはその隙にヴィヴィオを避難させようと手を掴んでフェイトとなのは間からするりとヴィヴィオを抱いて抜けて出て行った。

 フェイトの顔が苦虫をかみつぶしたような表情を作る。ヴィヴィオというセーフティネット、そして心の安定剤が消えたことでなのはとフェイトの間にあった隔絶した境界線が消えてしまったのだ。

「あはは……」

「えへへ……」

 二人して笑い合う。可愛らしく笑いあう。

 次の瞬間、フェイトは反復横跳びからの空中ジャンプ急降下、右と左に2回のフェイントをいれて左からなのはを抜き去ろうとした──が、そこは管理局のエースオブエース。冷静にすべての行動を見切り、フェイトが抜き去る寸前でがっちりと捕らえた。

 後ろから抱きつく形で止めたなのははフェイトの耳元で、

「フェイトちゃんにも同じ苦しみを味あわせてあげる……。フェイトちゃんもまだほとんどの人に結婚報告してないもんね?大丈夫だよ、いまなら修正きくから」

「い、いやちょっとまって!?そもそも私はティアやスバルみたいな変態にアタックされてないし──」

「母親と娘の禁断の愛って、わたしとティアよりも衝撃的な出来事だよねー」

「まってなのはそれはやめて!?それだけはお願い!ほんとに婚姻届もってくるから!私の実印が押された状態で婚姻届を渡されるから!というかなのはその隙に俊と──」

「なんのことかわかんないなー。届けを出すときだけティアをバインドで縛ろうなんて全然これっぽっちも考えてないよー」

「この悪魔!」

「そういえば高校生の頃、俊くんに手作りパンあげようと思って作ってたらオーブンの中からルシファーでてきたことあったよ」

「あー、あったねそんなこと。桃子さんのケーキ食べて魔界に帰っていったね」

「魔界に帰るルートがオーブンの中しかなかったから帰り際がシュールだったよね」

 なのはの唐突な話題変更に対応できるフェイトは尋常じゃない。

「……久しぶりにパン作ろうかな」

「ケーキじゃなくて?」

「パンのほうが女子力高そうだし」

「戦闘力なら高いのにね」

「でもわたしってほとんど出動したことないんだよね。教導ばっかりで。でもいつもいつも戦場だと家族が心配するしね……」

 フェイトを解放してとてとてとキッチンへと向かうなのは。フェイトもそれに同行する。

「女の子は心配されるよね。私も小さい頃はお兄ちゃんによく心配されてた。怪我や虐められていないかって。お母さんは男性が私の半径5m以内に近づいてきたかって」

「後者の心配は絶対におかしいと思うんだけど」

「あの頃の私は純粋でそんなお母さんのことが大好きだったんだよね。……いまでも十分好きだけど」

 なのはは強力粉やバターを取りだしながら、フェイトはたまごを割りながら会話する。

「おかあさんは流石に最初の頃は心配してたけど、実家通いだったし局が学業優先にしてくれたしリンディさんが面倒みてくれたりだったからそんなことはなかったかなぁ」

 局が学業優先させるということは、Aランク以上のなのは達がでる幕がないということ。それはつまり世界が平和である証なのでそれはそれでいいのだが──

「ここまで平和だとなにか裏で進行してそうで怖いよね」

 フェイトの一言になのはは作業の手をとめて考え込む。自分達がいま置かれている状況と担っている立場。六課が出張るほどの重大な案件が裏で進んでいる可能性、全てを頭の中で計算する。

 そして出た結論はこうだ。

「そうなったらレベルを上げて物理で殴ろう」

「せめて魔法でお願い」

 高町なのは。ゲームはキャラを高レベルまで育ててボスの絶望した表情をみるのが大好きな女の子である。

 強力粉とココアパウダーを混ぜ合わせ、ふるいかける作業をするフェイトの横で、なのははドライイースト、強力粉、砂糖、塩をはかりで計算してから泡だて器で混ぜていく。

「そういえばヴィヴィオはどこいったのかな?」

「あれ?そういえばどこだろう?」

 すっかりトークとパン作りに夢中になっていたなのはとフェイト。いつもこういうときに自分達の隣でにこにこと作業をするヴィヴィオがいないことにようやく気付く。

 と、作業を止めた二人の耳に廊下からヴィヴィオの楽しそうな声が聞こえてきた。

『パパはやくかえってきてねー!お?なのはママとフェイトママはねー、ぱんつくってるよ!』

 会話の内容から察するにパパである俊と電話をしているらしい。一旦作業を中止して二人はヴィヴィオの元へと向かう。

 受話器を無線のように両手でもってパパと会話していたヴィヴィオは、なのはとフェイトの存在にきづき、

「これパパ!これパパだよ!」

 と受話器をぶんぶんと振り回した。

「あ、だめだよヴィヴィオ。受話器をぶんぶんと振り回したら危ないから。頭ごつんってしちゃうよ?」

 頭ごつんの言葉をきいてヴィヴィオはピタリと動きをとめる。頭ごつんは嫌なのだろう。瞳をうるうるさせながら、

「なのはママ……はやくヴィヴィオたすけて……」

 そう懇願してきた。

 くすりと苦笑するなのは。なんだか極端な子だなぁと心から思った。いったい誰に似たのやら。

「はいはい。なのはママはいつでもどんなときでもヴィヴィオを助けますよーっと。はいフェイトちゃん」

「任された」

 受話器をヴィヴィオからもらったなのははそのままヴィヴィオを抱き上げてフェイトに託す。フェイトはヴィヴィオをあやしながら頭をなでなで落ち着かせる。

 なのはが手に持った受話器からは俊の声が。なのははちょっと怒りながら俊に返事を返す。

「もしもしー?俊くんちょっと遅くない?いったいどこまでいってるの?」

『それよりフェイトと二人でパンツ食ってるってマジか!?あれはやめとけ!食あたり起こすぞ!』

「いやパンを作ってるだけで──」

『へんたいへんたいっ!!』

「キミにだけは言われたくない」

 まったくもってその通りである。

 なのはの肩をとんとんとするフェイト。指で先程まで作業していたキッチンのほうを指差し、口をぱくぱくする。さきに行ってるという合図だろう。なのはも親指と人差し指でokの輪っかを作ってみせる。

 ヴィヴィオを抱っこしたまま去るフェイト。それを見送ったなのはは改めて受話器越しの俊に向き直った。

『──ってことだからほんと偶然が重なってさ。ほんとに今回はなにもしてないんだ。だからいつものように頼めるか?』

「へ?あ、うん。まかせて。(……話全然聞いてなかったけど大丈夫だよね。だってもうわたしと俊くんは夫婦なんだから。それに10年以上の付き合いだしツーカーの仲だもん)」

『頼んだぞ!俺も急いで準備しとくから』

「オッケー!」

 そういって受話器をおくなのは。いったいなにに対しての頼みこみだったのか。なのはは受話器の前でしばし考え込む。

「……いつものように頼めるか。いつものこと……いつものこと……」

 必死になっていつものことを考える。自分がいつもしていること。俊が頼み込むほどのこと。となると──

「こすぷれ……かな?バリアジャケットのことをコスプレ衣装だって言ってるもんね。俊くん目線でいくと教導してるときはコスプレ中だから、一応いつものことにはなるよね」

 でもコスプレかー……。ほんとにこういうの好きだよね。そう思いながらなのははレイジングハートで実家である翠屋の制服に衣装チェンジする。

「うん、こんなところかな。……まぁコスプレと問われたら微妙だけど、これはこれで……。意外とよく似合ってるし」

 くるりとターンを決めるなのは。その姿ににやにやとした笑みが止まらない。

「「(*゚∀゚*)」」

「Σ(・ω・)」

 そしてそんななのはを影からみていたヴィヴィオとフェイトもまたほんわかした気持ちになっていた。

 それに気づいてなんとか平静を装おうとするなのはだったが、顔が真っ赤なせいもあり装う姿がまたなんとも言い表せない萌えをさそう。

「み、見るの禁止!」

 フェイトとヴィヴィオの目を塞ごうとするなのはだったが、フェイトはそれをひらりとかわし──なのはにこんな提案をしてきた。

「ねぇなのは?その服にねこ耳つけて語尾ににゃんをつけるともっと可愛くなると思うよ?」

「フェイトちゃんわたしのことバカだと思ってるでしょ。……フェイトちゃんもしてくれるならいいよ」

「えっ」

 自分も振られることになるとは思わなかったフェイト。しばし思案するが、

「……にゃのはのためならしょうがないよね」

 そういって自分もなのはの魔法で服をかえる。ついでにねこ耳もつけられた。

 ヴィヴィオはそんな二人をみて羨ましいのか、自分も自分もとなのはにせがみ晴れてここにねこドリームが誕生することとなった。

「俊くん以外に見られませんように。俊くん以外に見られませんように」

「(いまのうちに写真撮っておこう)」

 なのはに気づかれないように写真を撮るフェイト。撮った写真を確認し恍惚の表情を浮かべる。

「ガーくんこれかわいいでしょー。ヴィヴィオのせいふくだよー」

「ワー、スゴクカワイイ!」

 手を叩いて喜ぶガーくんにヴィヴィオはよしよしと頭を撫でる。

 ひとしきり撮り終えたフェイトはさきほどから気になっていたことをなのはに質問する。

「そういえばなのは。俊はなんて言ってたの?もうすぐ帰ってくるって?」

「あー、えっとね……。コスプレして待っててだってにゃん。(きっとたぶん)」

「ふーんなるほどね。それじゃパン作りながら待っていようか」

「そうしよーにゃん」

「そうしよー!」

「オー!」

 意気揚々と三人と一匹はキッチンへと戻り、中断していた作業を開始する。

 たぶんもうすぐ帰ってくるだろう。そう思いながら楽しそうにパンを作るのであった。

「あ、ところでなのは。さっきの話だけど、またいつもの冗談なんでしょ?」

「……はーいヴィヴィオはなのはママと一緒にこれをやろうねー」

「はーい!」

「ねぇなのは視線をこっちに向けてよ。お願いだから視線をこっちに!?」

          ☆

「回覧板渡しに行っただけで通報とか頭おかしいんじゃね?」

「お前が回覧板と一緒に奥さんの下着を渡したからだろ」

「風で家の前まで飛ばされていたんだから俺は悪くないだろ。というか俺はお礼を言われるほどの功績をしたんだぞ」

「お前が一言、『奥さん、ちょっと染みがついてますよ』と言わなかったらこんなことになってないんだけどな」

 交番内にて俊とおっさんの声だけが響く。お互いに麦茶で咽喉を潤しながら、卓上にはオセロ板を、その横には携帯を置きながら会話する。

「それにしても遅いなぁ、なのは。いつもなら急いでここに駆けつけてくれるんだどなぁ」

「そうだったか……?お前意外と優先順位低かったと思うぞ」

「え?マジで?」

「結構マジで」

 おっさんが置いた黒が俊の白を挟み込み、盤上は一気に黒側有利へと移行する。

「でも流石にくるだろうな。身内の恥だろうし」

「人をなのはの恥部みたいにいうなよ」

「いってねえよ、顔面男性器」

「黙れ顔面アナル」

 俊は白を盤上に置いた瞬間、人差し指で強く弾く。白のオセロは寸分の狂いもなくおっさんの顔面めがけて飛翔するが、顔を傾けるだけでおっさんは回避に成功する。

「うるせえぞヒモ」

 黒オセロを置こうとしたおっさんは誤ってオセロを俊に投げてしまう。俊はそれを自分がてにもっていたオセロで防御する。

「うらやましいんだろゴミ虫。管理局の美少女二人と一つ屋根の下で暮らせる俺が。たまに庭にある犬小屋で寝てるけど。おっと手がすべった!」

「いやいや人としてそんな生き方は見苦しくてできないから、俺にはむかない職業だなヒモなんて。おっと手がすべってしまった!」

 バチーンッ!

 互いに投げたオセロが額に命中する。防御と回避を捨てて互いに一撃必殺を選択したのが仇となったようだ。

 ぽとりと落ちる白黒オセロ。それが二人のファイトの合図だった。

「最近俺と会えなかったからって寂しいアピールしなくていいんだぞおっさん」

「いやいや俺は平和な交番勤務が出来てたから幸せだったんだけどな」

「「あはははは」」

 互いにボディーブローやラリアット、前蹴りからのサマーソルトなどの応酬をしつつもけっして笑顔は崩さない。既にオセロは全壊。机も無残な形へと変貌していた。

「「ちょっとお前表でろ」」

 いい年した大人たちが何をやってるんだ。




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