A's34.一家崩壊5秒前
「なのはさん、明日一日デートしてください」
「はぇ?なんで?」
デスクで書類整理をしながらポッキー食べていたなのはに、ティアナは体をくねらせながら恥ずかしそうに顔を赤らめて、
「だってぇ、友達になのはさんと肉体関係をもったって話したんですもの」
なのはの拳がティアナの顔面にめり込んだ。
「落ち着いてなのは!?まずいって!教導以外で部下を殴るのはまずいって!?」
「離してフェイトちゃん!あと99発!あと99発でいいから!」
「それもう死んじゃうよ!?」
なのはを羽交い絞めにして動きを止めるフェイト。なのははそんなフェイトから抜け出そうともがきながらティアナに手を伸ばす。
フェイトはなのはをぎゅっと抱きしめると自分の胸に顔を埋めさせる。頭を撫でながら、
「よしよしなのは、いい子だから。いい子だからそんなことしちゃダメだよー?」
そう優しく諭した。なのははふにゃっとした表情にかわり、すぐに落ち着きを取り戻した。
『流石なのはマイスターのフェイト。あの猫を一発で落ち着かせるなんて』
『ヴィータさん、書類の山で姿が視認できないけどいたんですね』
『のんびりしてないで誰か手伝えよ』
「はい、いい子いい子。それでティア、いきなりなんでそんな話になったの?」
「ふーッ!!」
「なのはもそんなに威嚇しないの。ほらポッキーあげるから。あーん」
「あーん」
もぐもぐとポッキーを食べるなのはの姿はその場にいたティアナとスバル、そしてフェイトをキュン死させたのはいうまでもない。
ティアナが頭を撫でようとして迎撃されたのもいうまでもない。
「で、ティア。いったい何があったの?いきなりなのはをデートに誘うなんて」
「私ってこんなになのはさんと仲がいいのに一度もデートしたことなんですよ?これっておかしくありませんか?」
「まぁ仲がいいならそもそも殴られてなんだけどね」
「照れ隠しです」
「最近ティアのその精神力は尋常じゃないなと思ってきたよ。まぁ……でもなのはも忙しいよ?教導もあるし、明日ヴィヴィオの学校の手続きと説明で有休使い切る予定だし」
「あ、ヴィヴィオちゃんもうそんな時期ですか。早いですねー」
「うちに来てから半年過ぎたもんね」
しみじみとするフェイト。思えばフェイトも色々と複雑だった。いきなり金髪の幼女を幼馴染が拉致監禁したのかと疑い、それからママと呼ばれるようになりでも可愛くて萌え死にしそうになって……。
「家に帰ればヴィヴィオがお迎えで玄関まで来てくれるんだけど、それが凄く可愛くて」
「あーわかります。小さい子どもの抱きつき方とかあるんですよね。あれほんとかわいいですよね」
いつの間にかヴィヴィオトークへと話題はシフトチェンジし、なのははフェイトからこそこそと離れていく。
「なのは、どこにいくの?」
「ほぇ?あ、なんかいま俊くんの気配を感じて」
「あいついまヴィヴィオと家で待機中なんじゃないのか」
「待機中というとカッコイイですけど、実質はただのニートですからね」
「「否定はできない」」
否定する気もさらさらないなのはとフェイトであったが。二人からしてみれば、仕事をしないことで自分が家に帰ったときに俊がいるというメリットが大きいし、余計な女関係もないしで嬉しいことばかりなのである。
「でもあいつ家事は万能なんだよな。メイドにでも転職する気か?」
「「……」」
つーっと鼻血が出るなのは。よだれが出るフェイト。
「落ち着けそこの固定砲弾とレースクイーン。その反応は明らかにおかしいぞ」
ヴィータの冷静な突っ込みに正気に戻る二人。二人とも変則ツインテールで家事をしている姿を思い浮かべてしまったみたいだ。
「まぁでも……そういうプレイもあり……かな?」
「あり……だね」
二人して首をうんうんと頷く様をみて、ヴィータは心の中で、
「(どうでもいいけど仕事しろよ)」
そう突っ込んだ。
──その頃のひょっとこ──
「いでよ天剣!この障壁をブチ破れ!!」
そう言いながら、ひょっとこはスカリエッティが作ったビームサーベルを障壁に突き立てる。障壁とビームサーベルは互いに互いの魔力を削り合い、火花を散らしていたがやがてビームサーベルのほうが空中で霧散して消えていった。
「……やっぱりまだダメみたいだな。スカさん」
「みたいだね。ふむ……これは面白い。ロストロギアを護る障壁とはかくも固いものなのか……。障壁というより結界か」
そばで空中分解したビームサーベルをみていたスカリエッティは科学者としての本能が騒いでいるのだろうか、いつも以上に真剣な表情で結界と結界の中に鎮座してあるロストロギア──ジュエルシードを眺めていた。
「この結界は一つ一つ、構成が違うのかもしれない。ということはそれに対応して作ったものを一個一個ぶつけて中和していく方向にもっていったほうが……」
結界をマジマジと見ながら、専用の機械をだして調べ始めるスカリエッティ。最高の科学者の異名は伊達ではない。後ろ姿をみてひょっとこはそう改めて思った。
ひょっとこは後ろで控えていた人物に話しかける。
「なぁラルゴ翁。これって本当に壊せるものなのか?嘘ついてたら鎖骨折るぞ」
「もっと年寄りを労わった発言をしてはどうかな。……質問の返答ならイエスだよ。キミたちが壊せるかどうかは別問題じゃがな」
「くそ、こんなに凄い結界だとは思ってなかったぞ」
「ほっほ」
愉快そうに笑うラルゴの脳天に霧散して取っ手だけとなったビームサーベルの成れの果てを突き刺す。ビクンビクンッ!と痙攣しながら倒れるラルゴ。
「結界を解くまで契約書にいれるとサインは絶対しなかったにしても……もう少しなんとかすればよかったな」
うんざりした様子でジュエルシードを眺めるひょっとこ。かれこれ何回目になるだろうか。これと対峙し、さきほどのように自分が負けた回数は。
☆
新暦75年9月26日
俺の目の前には複雑そうな表情で一枚の紙をみているラルゴ翁、ミゼットさん、レオーネさん。その後ろで頭を抱えている秘書官と思われる女性三名。翁、秘書官いたんだな。この性欲じじい。
「もちろん、契約書にはサインしてくれますよね?お三方とも」
できるだけ笑顔を向ける。後ろで秘書官の女性がにらみつけているが、シグシグミシルに比べたら怖くもなんともない。むしろそのまま投げキッスしちゃう。
チュッ
「ガハッ……!」
……投げキッスで吐血されるとこっちも悲しくなってくる。
「……ひょっとこ君。その……キミはこの契約書の内容はしっかりと理解した上で私達を呼び寄せ、この契約書にサインさせようとしているんだね?」
「もちろんですよ。しっかりと理解した上で契約書にサインをお願いしてるんです」
「では見間違いではないということだね。この──ジュエルシードを一個盗むが見逃せというのは」
「ええ」
満面の笑みをもって返す。ラルゴ翁とレオーネさんは頭をため息を吐き、ミゼットさんは俺同様ににこにことした笑みを浮かべるだけだ。……流石の俺もこの人が何を考えているのかよくわからない。だからこそ注意が必要なんだがな。
秘書官は顔色が真っ青になってる。唇は紫色で膝ががくがく震えている。ゴキブリを見つけた時の小学生低学年のなのはの反応そっくりだ。
「恐ろしい提案をしてきたね、キミって子は。最高評議会を救った影の立役者であるキミに私達は恩義がある。だからこそキミの申し出を無下にすることなど不可能。そのタイミングでこの契約書にサインを申し出てくるとは……。キミは間違いなく上矢一の息子だよ。私の執務室に火炎瓶を投げ込んだね」
「さらっと俺に憎しみをぶつけるのやめてください。で、さっさとサインしてくださいよ。俺この後なのは達と買い物行くんですから」
「私達がこの契約書にサインしないと断ったらどうする?」
「それは考えていませんね。貴方がさきほど言ったように、この契約書を断ることなんてできない。そうせざるおえないようにこっちはコトを進めてきたんですよ。まぁ……偶然が重なった結果なだけなんですけどね」
「しかし私達にも立場が──」
「やだなぁラルゴ様。簡単なことですよ。──もみ消せって言ってんだよ。記録からも記憶からも抹消し、ジュエルシードは元々20個だったという歴史を作ればいいだけの話じゃないですか。簡単なことですよ?」
「しかし──」
いまだ何かを言いかけるラルゴ翁。俺はその肩にそっと触れて、
「なーに、いまさら罪が一つ増えたところで変わりませんよ」
口から出まかせ……というわけでもないがかなりあてずっぽうだったが、かなり堪えたようで翁はだんまりとしてしまった。いくらなのは達の世代が平和だといっても、翁たちが全盛期の頃は少しくらい不祥事があっただろう、なんて考えで言ってみたが意外とそうなのか?……なんか古傷を抉ったみたいで申し訳ないな。声にだして謝ったら計画台無しだから謝らないけど。
「ところでひょっとこ君。貴方はいつからジュエルシードに興味があったの?」
翁の代わりにミゼットさんが話し相手になってくれる。
「そうですね、ジュエルシード自体は小学生の、なのはと俺が事件に巻き込まれてからですね。まぁそのときは単純に綺麗だから、なのはに似合うよなー程度でした。本格的に手に入れようとしたのは高校生になってからでした。ただ本局に行っても、なのはかフェイトがいないと行動できなくてジュエルシードの保管庫も見当がつかない。そんな状態でしたね。そんなときこの騒動が起こったんです。それからはやてから貰ったパスで本局の隅々まで探してようやく保管庫を見つけて、ただ障壁が張ってあったのでスカさんに取り除くのを手伝ってもらおうと思いたちました」
後は勝手にそっちが恩義を感じてるだろうと予測して、本日こうやって足を運んだ次第なんですよ。
しかしほんと探すの苦労したなぁ……。本局で何回もなのはに会うし、はやてにも会うし。バレないようにするの大変だったぜ。
「でもひょっとこ君。たしかに私達は恩義を感じてるし、個人的にはその契約書にサインしてもいいと考えてる。だけど……それはあなたのジュエルシードの使い方次第。貴方は──なんのためにこのような大がかりな計画を?最高評議会という大きな問題に隠れてこんな計画を進めていたのかしら?」
使い方、つまり目的はなんだってことか……。
それはジュエルシードっていったらこれしかないだろ。
「ジュエルシードに秘められてるエネルギーを枯渇させて、結婚指輪を作るんです。プロポーズしたい人達がいるので」
「「「……は?」」」
おいなんだよその間抜け面は。なんか悪いこと言ったか?
「え?なに?なんか悪いこといった?」
「いえ、ちょっと驚いて……。その、なんでジュエルシードで結婚指輪を?」
「俺達三人が出会ったきっかけをくれた品物だからです。それがあったから俺達は出会って、今日までの関係を築けた。もちろん、これを取り合って色々あったし悲しい出来事も起こった。でも、ジュエルシードがなかったら俺らは出会わなかった。あの二人は出会わなかった。はやてとも出会わず、ヴォルケンとも出会わず、新人とも出会わず、ヴィヴィオとも出会わなかった。そう考えると、やっぱジュエルシードで作った結婚指輪を渡したいと思って。始まりの物語を作ってくれジュエルシードで、また新しい一歩を、って」
きっとあの出会いは運命のいたずらと神様のきまぐれが起こしてくれたものに違いない。だけどそれが俺達の未来を大きく変えた。無論、いい方向にだ。
だから、また新しい道を歩んでいくならば絶対にジュエルシードを使うんだって高校生のときに決めたんだ。
ふと秘書官に目を向けると、優しい視線を俺に向けていた。まるで姉が弟に向ける視線みたいだ。いや、秘書官だけじゃない。三提督とも孫をみる年寄りのような視線を俺にむけていた。
な、なんなんだ……?
「じつにキミらしい。最高評議会がキミを認めて託していったのも理解できる」
「ええ、そうですね」
さきほどまであんなに難色を示していたハゲ翁とレオーネさんがさらさらと書面にサインした。どんな心境の変化があったんだ?
「無知は罪といいますが、知らないのですから罪になりませんよ」
ミゼットさん、段々とはやてに毒されていないか?とんでもない屁理屈をこねてるぞ。
しかししっかりとサインをしてくれた。これで三人とも契約書にサインしたな。そろそろなのはとフェイトから鬼電がくるから退散するか。
「それじゃ、もう用はありませんので退散しますわ。後のことはこっちでうまくやりますので。ジュエルシードを盗んだ後は頼みますね」
それだけ言うと、俺は返事を待たずに退出する。その直後になのはからコールがそれに慌てながらも対応することになった。
……それにああいった場ではしっかりとした口調で会話するんだな、ミゼットさんもラルゴ翁も。
☆
そんな契約を交わしてからいままで一度も進展らしい進展はない。いや今日がその進展した日だろうか。なんにせよジュエルシードを守る結界が固すぎてエネルギーを枯渇させるどころの話じゃない。
「結界はスカさんに任せるとして、俺はどうエネルギーを枯渇させるかって問題あがあるんだよな」
願いを叶えるドラゴンボール、このエネルギーを枯渇させる方法を考えないとな。いっそのこと願いとしてただの石になれってしてみるか?
「エネルギー枯渇させる問題として、放出するエネルギーをどこに持っていくかが問題になるかもしれんの」
「放出するエネルギーをどこに持っていくか……。例えば、無人で生物がいない惑星に行ってそこで放出するってのは?」
「そんなことしたらまずキミの命がどうなるかわからないし、管理局も捜査に乗り出すだろうね」
「おいおい、そこはそっちでなんとかしてくれよ」
「えーだってー、あの契約書には盗んだことを見逃すことしか書いてないしー」
体をくねくねさせやがって死にたいらしいなこのじじい。
「ユーノに相談してみるか、無限書庫にヒントあるかもしれないし。クロノは……立場的に相談したら職が危ぶまれるな」
「まあ頑張りたまえ」
それだけいってラルゴ翁は帰っていった。さて、俺達も帰るとするか。
☆
夕食後、ヴィヴィオを膝にのせてのんびりしているとなのはがげんなりした面持ちで隣に座ってきた。顔を覆い、悲壮感たっぷりのオーラを体から撒き散らしながら。後ろではフェイトが困った様子で苦笑いを浮かべている。
「どうした?便秘?」
「有休を使い切ってた……。今日ね、はやてちゃんに明日ヴィヴィオの小学校の手続きとか説明とか聞いてくるから有休取るって伝えたら、首をひねりながら『でもなのはちゃん有給休暇なら全部使いきっとるよ』って」
「うわ、それじゃ明日俺とフェイトだけで行くことになるのか?ちょっと緊張するな……」
「いや……わたしもいけることになったよ。自分の体を犠牲にしてね……」
苦々しく呟くなのは。先の言葉が出てこないため、その後を代弁する形でフェイトが答えた。
「ティアが自分の有給休暇をくれたの。ヴィヴィオが悲しむといけないからって。でも条件があって、それが──」
「わたしと一日デートすることだったの……」
なのはの処女が危ない……!
「大変だぞ、それは変態だぞ!なのはの貞操が……!」
それも分かっているからか、なのははがっくりと項垂れて俺のほうに体を預けてきた。
「うー……こんなことなら有休を使い切らなければよかった。というか確認しながら使えばよかった」
「なのはママだいじょうぶ?」
「大丈夫……じゃないかもしれない」
「ッ!?パパ!なのはママがあぶない!なのはママがあぶないよ!」
何が危ないのかさっぱりわかってないヴィヴィオがとりあえず危ないを連呼する。なのははそれがかわいいのか顔を上げてヴィヴィオを抱き寄せながらよしよしと頭を撫でる。
「……一応、上司と部下が遊ぶだけの図なのになんで一家崩壊みたいなノリになってるの……」
フェイトの冷静な突っ込みはこの際スルーしておこう。
その後フェイトに確認してみたところ、フェイトはヴィヴィオのことを予想して自分だけ有休を調整していたらしい。たしかに思い返してみればフェイトだけ仕事していたときが多かったな。
まぁ……なのはの自業自得か?