A's36.疑問多々



 なのはとフェイト、両者テーブルを挟んで席についていた。その隣には保護者の桃子さんとリンディさん。ヴィヴィオはガーくんと美由希さんと別室でおりがみ作りに夢中、俺はその両者の真ん中で正座していた。

「俊ちゃん……まさかとは思うけどほんとに三人で話し合いはしてなかったの?」

「……はい」

「一回も?」

「たぶん……」

 俺の記憶が正しければの話であるが。俺もなのはもフェイトもヴィヴィオが誰の姓を名乗るのかなんて相談してなかったような。そもそも俺の代までしか上矢姓を名乗ることがないから失念していた。俺が高町かハラオウンを名乗るように、ヴィヴィオもまた高町かハラオウンのどちらかを名乗らなければならなかった……。

「……どうしましょう」

「どうしましょうと言われても……色々とやり方はあるけども、それよりもなのはとフェイトちゃんがお互いに納得した形で了承しないことにはね。ほらなのは、ネコみたいにしゃーしゃー言わないの」

「ほらフェイトも犬みたいに唸らない」

 桃子さんの隣でなのはが、リンディさんの隣でフェイトがそれぞれ威嚇する。

 地獄絵図。まさに地獄絵図である。

 あの高町なのはとフェイト・テスタロッサ・ハラオウンがテーブルを挟んではいるもののいまにもやり合いそうな雰囲気を醸し出している。局員がみたら失神するぞ。

 俺だってさっきから冷や汗が止まらないんだから。滝のように流れる汗のせいで一張羅が台無しだ。

「まぁなのはとフェイトちゃんは、二人とも自分の姓をヴィヴィオちゃんに名乗らせたいのよね」

「「うん!」」

「でもヴィヴィオちゃんは一人だからねー。できないこともないけど……俊ちゃん的にはどっちだと思う?」

「え!?俺ですか?そうですねぇ……」

「適当な返しすると後で痛い目に合うから気を付けなさいよ」

 リンディさんの忠告ともとれる発言に、顔を上げて二人に視線を移す。二人とも片方で殺戮者の瞳、片方で萌え殺す気満々の瞳で俺を見つめていた。

 不用意な発言はアウトということか……。

「そうですね……俺は……。どうすべきなのかなぁ」

 高町を名乗っても、ハラオウンを名乗っても、結局のところヴィヴィオは幸せになるだろうしなのはとフェイトがそれで愛さなくなるということはないだろう。

「ヴィヴィオ・ハラオウンも、高町ヴィヴィオもどっちも似合うしな」

 呟く俺になのはとフェイトは既に興味をなくしたようで、二人で口論を開始した。

「なのはより絶対に私の姓を名乗ったほうがいいよ。だって髪色も一緒だし、そのほうが不自然に思われないし」

「髪色が違うだけで区別するような人とは付き合わないつもりですから、その点は心配しなくても結構ですー。それよりフェイトちゃんは六課解散したあとは各地を回っていくから忙しいでしょ?保護者面談なんかはわたしが受け持つから、やっぱり高町を名乗ったほうが自然だと思うんだ」

「私だって六課解散したあとはヴィヴィオや俊のそばにいるつもりだからご心配なく。なのはだって教導あるでしょ?そっちのほうが忙しいんじゃない?」

「だいじょうぶですー。六課解散したあとは管理局辞めて翠屋で働くつもりですから」

「……ずるい」

「ずるくないもん。元々わたしはお菓子作りの才能あるし」

『それはない』

「え!?なんで総ツッコミ!?」

 お前にお菓子作りの才能があったら人類パティシエ計画が発動されているぞ。断言しよう。オーブンと魔界を繋げる女はお菓子作りの才能ではなく、黒魔術の才能があるんだよ。

「って、ちょ、ちょっとまてよなのは!俺はなにも聞いてないぞ?お前が管理局辞めるなんて」

「だって言ってないもん」

「翠屋を潰す気か!」

「ウェイトレスとレジ打ちだから潰れないよ!ったくもー、俊くんってば。すぐになのはのことバカにして。……それに、わたしだって自分なりに一生懸命考えてみたの。管理局辞めることについては」

 頬を膨らますなのは。桃子さんはなのはの頭を撫でながら落ち着かせる。

「いやでも、お前が管理局辞めるってかなり人生が変わるような……」

「うん、それも知ってる。その上で結論をだしたの。……理由はまだきかないでくれるかな?その……決心がついたらちゃんと自分の口で説明するから」

 俺はただ漠然と頷くことしかできなかった。あのなのはが、管理局で絶対的な地位を確立しているなのはが出した結論だ。口を挟むことはできない。なのはの決心がつくときをひたすらまとう。

「しかしこうなると……どうするべきか」

 なのはもフェイトもヴィヴィオを譲るつもりはなし。もちろん俺の姓を使うのは論外。となると……

「「やっぱり、魔導師らしく模擬戦で勝負をつけようか」」

 せめて母親らしい仕事で対決してほしい。

「まあなのはがフェイトちゃんに母親らしい部分で勝つのは無理だもね。和洋中一通り作れるフェイトちゃんに、無間地獄を製造するなのは。隅々まで掃除をするフェイトちゃんに、いつの間にか本を読み始めるなのは。買い物メモを見ながら品質に注意しながら買いものするフェイトちゃんに、自分のお菓子を真っ先に買い物カゴにいれるなのは」

「母親対決ではフェイトちゃんとどっこいどっこいで勝負がつかないね」

『んんッ!?』

 なのはさんの自信まじ半端ねぇわ!完全に負けてるのにイーブンにもっていった!

「いたっ!お、おかあさんつねらないでよ……」

 桃子さん顔は笑ってるけど怒ってますわ。もしくは落胆してるか。

 一気に涙目になったなのは。小動物のような視線をこちらに向けてくるので、思わずなのはの頭を撫でそうになったが桃子さんによってそれは阻まれた。

「俊ちゃんもなのはを甘やかさないの」

「あっはい」

 思わず答えたけどなんかこれって違くないか?いや、あってるといえばあってるけどさ。

「なのはってもうちょっとしっかりしてそうな雰囲気をたまに醸し出すけど、実態はドジっ子魔法使いみたいな立ち位置だよね」

「いやいやフェイトちゃん。完璧魔法使いの間違いでしょ。それについつい掃除中に漫画読んじゃうのは俊くんのせいだし、料理できなくなったのも俊くんのせいだもん」

「俺に責任転嫁とはやるな」

「ちがうもん。だって俊くんがすぐになんでもしちゃうからこんなになったんだもん。俊くんに調教されたようなもんだもん」

『……』

「はッ!?」

 無自覚にきわどいセリフを吐くなのはに三人が冷たい視線で俺をみる。俺はそっぽを向いてそれを回避しようとするが、なのは自身が自爆したことに気づいて顔を真っ赤に染めて俯いてしまった。

「……とりあえず修正しましょうか」

 桃子さんの神の言葉によって全員とも何事もなかったかのようにその後は振る舞った。
       
       ☆

 議論は平行線をたどるのみだった。

 そもそもなのはもフェイトも一歩も譲る気はなく、かといって互いが納得いく結論がでるわけでもない。(魔導師対決は母親と関係なさすぎて却下した)

 そろそろ決めないと今日中に訪問できないんだよなぁ。

 正座がきつくなったなのはは女の子座り、あとは正座しながらずっと言い合っている。主になのはとフェイトが。桃子さんとリンディさんは諌めるぐらいのストッパーの役割にとどめている。親が口出しして納得することはないだろう。そう結論しているっぽいな、この人達。

 実際そのとおりなのだからやっぱり二人とも格が違うなぁ。

「こ、こうなったらかわいさアピール対決にしよう……」

「か、かわいさアピール対決……?」

 まーたなのはが訳の分からないことをいいだした。

「こう、どっちが萌え萌え度が高いかで競う」

「審査は誰がするの?」

「……俊くん」

 やめて、マジやめて。どうしてそう完璧なまでのタイミングで俺に話をふってくるかな。

 じーっと俺のことをみつめるなのはとフェイト。互いにウインクを飛ばしてくるが、どうすればいいのか判断に迷う。こんな形で決めていいのだろうか?

「い、いや……流石にそれはダメじゃないか。もっと違うことで決着つけたほうが」

「議論は尽くしたもん。俊くんだって別の案ないでしょ?」

 ……まぁ思い浮かばんな。

 萌え萌え勝負ならばたしかに不公平さはでないだろう。しかし、しかしだぞ、ヴィヴィオの名字を決める大事なイベントを萌え萌え勝負にしてしまっていいのか?色々と間違ってないか?養子縁組とか……いやそもそも母親をどっちがするかって問題だったな。色々と頭が混乱してきた。

「で、どっちからやるんだ。萌え萌え勝負」

「ふっふっふ、どうぞフェイトちゃん。そっちに譲ってあげる」

「む!なのは……なにその得意げな顔。私だって萌え萌えできるってところみせてあげる」

 毅然とした表情をみせるフェイト。しかし実際にやるのは萌えポーズだ。

 桃子さんもリンディさんも二人でため息をついている。

 咳払いするフェイト。きょろきょろと周りを確認し、この場に俺ら以外はいないことを確認したのち、深呼吸する。

 カッと目を見開いたフェイト。

「ふぇぇ……ふぇいともえってなんだかわかんないよー……。でもがんばる。もえもえきゅーん!」

『失礼します。母さん、管理局のほうからようやく書類が届いた──』

「「……」」

 フェイトは 窓から 飛び出した

 残念 リンディに つかまった

「殺して!もういっそ殺してッ!!」

「だ、大丈夫だよフェイトちゃん!?可愛かったから!ものすごく可愛かったから!ね!?」

「お、おう!そうだよ、めっちゃ可愛かったよ!」

 両手で顔を覆い、悶絶するフェイトに顔をかける俺となのは。フェイトは嫌々と顔を左右にふりながら全身をピクピクと震わせている。

 ちなみに押し倒して胸と下半身を揉みしだこうとしていたリンディさんはクロノによって羽交い絞めにされている。

「というかクロノ、なにしてんの?あれ?今日って普通に仕事じゃないの?」

「まあそうなんだが、色々と準備するものがあったもので。僕も仕事が詰まっているから失礼する。後のことは頼んだぞ俊」

「できればリンディさん引き取って」

「そうしたいのはやまやまなんだが……理由があってな」

 苦い顔をするクロノ。リンディさんを引き取るわけにはいかない事情でもあるのだろうか。介護のときは皆で平等に一日ごとに世話するって約束だからな、絶対に逃げるなよ。

 視線でそう訴える俺だが、クロノはそっと視線を逸らした。

「そういうわけなのでよろしく頼む。……その、強く生きてほしい俊」

 まて、なんだその意味ありげなセリフ。優しい笑みで退場するなアナル拡張するぞお前。

「な、なんなんだいきなり……?それに、クロノがもっていた資料って」

 いつの間にか隣でしくしくと泣くフェイトをあやしながら、リンディさんのほうを盗み見る。柄にもなく真剣な表情で資料を読み込んだリンディさんは、ばっと立ち上がった。

「悪いわね、ちょっと用事がはいったみたい」

「あー、管理局関係ですか?」

「クロノが資料を渡しに来た時点で頭を働かせなさい」

 相も変わらず厳しい人だ。

 キリっとした出来る女の雰囲気を醸し出しながら、自然な動作でフェイトの胸をまさぐりにいくリンディさん。直前でしくしくと泣くフェイトに腕をはらわれて俺の乳首にソフトタッチすることに。何故か全力で膝蹴りをいれられたが訴訟を起こす間もなくリンディさんはこの場を去っていった。

 暴君かよあの人。

 なのはと二人、顔を見合わせて首を傾げる。ちなみにフェイトは泣くのを止めたが真っ赤な鼻とうさぎの瞳で、なのはの萌えアピールをこの目でみようとしていた。

「えーっと、まぁわたしとしては観客が一人減ったからラッキーだったのかな?流石におかあさんはいいけど、桃子さんやおとうさんに見られるのはちょっと恥ずかしいし。おとうさんに見られたら憤死するかも」

 舌をみせながらてへへと笑うなのは。かわいい、なんてかわいいんだ。

 立ち上がったなのははフェイトと同じように俺らだけであることを確認して、

「なっのなっのぴょん!あなたの心になのぴょんぴょん!笑顔届ける高町なのはだよ!なのぴょんって覚えてほしいぴょん!」

『俊君達はそろそろいかないと時間がないんじゃないか?車で送っていこうか?』

「探さないでほしいぴょんッ!」

「落ち着けぴょん!大丈夫だぴょん!」

 普段なら絶対にだせないであろう速度で窓を開け放ち逃げようとするなのは。思考がフェイトとまったく一緒だ。

 神速で逃げ出す前のなのはをなんとか捕まえて頭を撫でて落ち着かせる。フェイト同様顔面真っ赤に染まっている。……父親にみられたのは辛いなぁ。

 ま、父親である士郎さんは色々と察してくれて車のカギを俺に見せつけながらそっと出て行ってくれたけど。

「もうダメだぴょん……なのははウサギの惑星に帰るぴょん……」

 頭が混乱しててなのはがおかしいことをいってるぴょん。

 轟沈寸前のなのはとフェイト。

「桃子さん、俺はどうすれば……」

「それはもう俊ちゃんが決定権をもってるんでしょ?」

 そうだった。よりにもよって今回のジャッジは俺に権限があるんだよなぁ。盛大に爆散した二人の萌え萌えアピール。でもなんだかんだで二人とも必死だったし、ドローだと納得いかないよな。でも甲乙つけがたいし……。

 なのはとフェイトが見つめる中、俺は頭を回転させて悩む。どっちだ?何回もリピートを繰り返すんだ。愛らしさと可愛らしさに点数をつけるんだ……!

「おーい三人ともー。もうヴィヴィオちゃんが待ちかねてるよ。いつまで学校行くの延期させればいいんだって」

 俺達が重大な案件を決めあぐねている中、ヴィヴィオが美由希さんに手を引かれてやってきた。別室でガーくんと美由紀さんと三人で遊んでいたヴィヴィオだが、その頬はぷっくりと膨れており怒っていることが手に取るようにわかった。

「おそーい!もうヴィヴィオおりがみあきた!……はっ!?なのはママとフェイトママがないてる!?」

 なのはとフェイトの轟沈状態に気づいたヴィヴィオは慌ててかけより、ぎゅーっとなのはとフェイトを抱きしめた。

「だいじょうぶ?なのはママもフェイトママもどこかいたいの?」

 それはヴィヴィオなりの心配と気遣いで、なんだか傍から見ればヴィヴィオのほうがなのはとフェイトの保護者にみえてついつい笑ってしまった。

「パパ!はやくヴィヴィオがないたときみたいにいいこいいこしないと!」

 ヴィヴィオにとってなのはとフェイトが泣いているのは大層ダメなようであり、一刻も早く泣き止まそうとしている。たしかにヴィヴィオが泣きそうなときは頭を撫でると自然と笑顔になっている。

「はいはい。ヴィヴィオのときと同じように優しく愛情こめてな」

 ヴィヴィオのいい子いい子はロヴィータちゃんやなのフェイのいい子いい子よりも少しばかり優しくソフトに意識している。なんせヴィヴィオは正真正銘の5歳児。なにが起こるかわからないしな。

 両手でなのはとフェイトの頭を撫でていると、ヴィヴィオは自分も構って欲しくなったのか俺の膝の上にちょこんと座りこちらを見上げる仕草をとっていた。

「ねぇヴィヴィオもしてー」

 幻覚というか錯覚だと理解しているが、いまのヴィヴィオには犬の尻尾がみえてしまう。

 ……そうだ、ヴィヴィオにも意見をきいてみよう。

 ヴィヴィオの頭を撫でながら俺はごく自然に話を切り出した。

「なぁヴィヴィオ。ヴィヴィオはさ、なのはママとフェイトママどっちも好きか?」

「うん!ヴィヴィオだいすき!」

「それじゃ……ヴィヴィオはなのはママとフェイトママの……そのなんだ」

 どう言えばいいのかわからない。

 お前はなのはママとフェイトママのどっちの名字を使いたいか?

 そんな切り出し方はないだろう。人の体をした悪魔じゃないか。しかし、しかしだぞ。ならどうやって切り出せば……。両隣にいる二人もどういえばいいのか、どう切り出せばいいのか戸惑っている。ヴィヴィオに喧嘩してる部分を見せたくないから別室に移したわけだし、二人ともヴィヴィオを目の前にして名字をどっちが使うかなんて話題を嬉々としてだせる性格じゃない。

「ねぇヴィヴィオちゃん?ヴィヴィオちゃんはとってもラッキーな子よ。いまね、なのはママとフェイトママとパパがね、ヴィヴィオちゃんのお名前を考えてたの。ヴィヴィオちゃんが小学校で使うためのお名前をね」

「おー!なにそれ!」

「ふふ、高町・ヴィヴィオ・ハラオウンよ」

『……え?』

 思わず三人とも声が漏れた。予想外な人物から頭の片隅にこびりついていた言葉が出てきたのだ。予期していなかったので間抜けな声がでるのも仕方がない。

 おいでヴィヴィオちゃん。そう桃子さんは自分の膝をぽんぽんと叩き、ヴィヴィオは嬉しそうに俺の膝を離れて桃子さんに座った。桃子さんを見上げて話に耳を傾けるヴィヴィオ。

「ヴィヴィオちゃんは幸せものよ。だってなのはママとフェイトママがヴィヴィオちゃんを右と左で守ってくれているんだもん。普通の子はパパやママのどちらか一方しか守れないのよ?」

「でも……パパがいないよ?」

「パパはヴィヴィオちゃんが呼べばすぐにくるから問題ないわ。それにパパは弱いから。なのはママとフェイトママのほうが頼りになるわ」

「たしかに……」

 いやな納得の仕方だな。否定できる材料がないから受け入れるけど。あと両隣の二人は憐みをもった瞳で俺の肩を叩くな、慰めるな。泣きたくなるだろ。

「たかまち・ヴィヴィオ・ハラオウン!これがヴィヴィオのなまえ!」

「そう。ヴィヴィオちゃんのお名前よ。これから先生にお名前はなんですか?って聞かれたらそう答えればいいのよ。ほら、もう学校に行く時間だからパパとママについて行こうね」

「うん!」

 大きく頷いてこちらに戻ってくるヴィヴィオ。俺達の手を取ってはしゃぎながら急かす。

「はやく!ヴィヴィオがっこうにいきたい!」

「ん、あ、あぁ。ちょっとまってな、パパは桃子さんに話があるから」

「はやくきてね!」

 ヴィヴィオはフェイトとガーくんと手を繋ぎながら走って玄関に向かった。美由希さんも面白そうなのかヴィヴィオの後についていってしまったので残っているのは俺となのはと桃子さんのみであった。

「……ありがとうございました」

「なのはもフェイトちゃんも俊ちゃんも、三人ともどっちつかずで決められない。そう思ってたわよ。リンディさんと士郎さんもね」

 仰る通りです。申し訳ありません。

 なのはと顔を見合わせてから二人同時に頭を下げる。顔は見えないが、桃子さんは笑っているだろうか?それとも呆れているだろうか?どちらにしろ、いつかこのご恩は返さなければならない。

「あなたたちはヴィヴィオちゃんを抜かして話しをしていたけど、本当はヴィヴィオちゃんこそこの場にいるべき存在なの。だってその名前を使うのはヴィヴィオちゃんなのだから」

「ご、ごめんなさい」

「それに俊ちゃんもなのはやフェイトちゃんより冷静に物事を考えることができる立場にいたのだから、あなたがそれに気づかないでどうするの」

「すいませんでした……」

 いつぶりだろう、なのはと二人で桃子さんに怒られたのは。

「もっといえばヴィヴィオちゃんならこの結末になるだろうことをちゃんと予測しておきなさい。あなた達よりよっぽどリンディさんのほうが頭働かせてたわよ」

 そういって桃子さんは席を立ち、引き出しの中から書類を取り出した。

「この書類があれば地球でもちゃんと三人で生活できるそうよ。私も中身を確認したし、今回は特例で管理局の偉い人、えーっとミゼットさんだったかしら。この方も随分と尽力されたみたい。ちゃんとお礼いっておきなさい」

 ぽんと渡された書類は、ものすごく重く感じた。まるで誰かの命をその背に背負ったような──そんな感覚に陥った。

「俺らじゃなんにもできないな……」

「違うわ俊ちゃん。私達ができることがここまでなのよ。これから先はあなた達が頑張るばんよ」

 その言葉に俺もなのはも首を縦に大きくふった。そうだ、これからは俺となのは、そしてフェイトで頑張らないといけないんだ。もう管理局の加護はない。支援はあてにしてはいけない。

 地球で過ごすのだ。なのはとフェイトは管理局員としてではなく、一児の母として、俺は父として。

「「はい、頑張ります」」

 気合を入れ直せ、浮かれるな。俺達がしっかりしないと、ヴィヴィオの親として背中と口で語らなければ。

            ☆

 士郎さんに車で送ってもらい、事務の対応係に話しをつけると何故か理事長室に案内された。

 道中、俺もなのはもフェイトも訳が分からず困惑状態。何故理事長に?俺達はただの一家族として見学にきたのに?資料だってミゼットさんとリンディさんが関わっているのだ。うまくやってくれているはず。だというのになぜこんなことに?

 ヴィヴィオとガーくんだけが嬉しそうに面白そうに興味深そうにきょろきょろとあたりを見回しているだけだった。俺らはアイコンタクトで事情を理解しそうと必死だっただけだ。

 しかし、それも理事長室に行けばすぐに理解した。

 理解せざるおえなかった。

 装飾が施された理事長室、その机の前でぎこちない笑みを浮かべる俺らと変わらない年齢の女性。そして初対面ですと言わんばかりに自己紹介をするマッパ。

「こ、こんにちは。来年度より理事長に就任しましたカリム・グラシアと申します」

「補佐のシャッハ・ヌエラと申します」

 カリムさん、既に俺の視線に耐え切れなくなったのかそっぽを向いて自己紹介はじめたぞ。マッパさん、鋼の精神と面の厚さで完全に俺を初対面扱いはじめたぞ。

「い、いやあのカリムさん?なに遊んでるんですか?しかも理事長って、小学校に理事長室なんて──」

「来年度から設立されます」

「ヌーブラヤッホーさんも何故補佐なんかを」

「今度その名前で呼んだら頭カチ割ります」

 カリムさんはぺこぺこと頭を下げるばかり、いったい全体なにがどうなっているんだ?

「俊くん、お知り合い?」

「ん、まぁ知り合いといえば知り合い……かな?たぶんはやてのほうがこの二人については詳しいと思うけど。とりあえずいえることは……管理局は関わらないようだが、聖王教会は思いっきり関わってくるということだけだな」

 いったいなにが目的で、どんな理由でこの場にいるのか。そしてどんな方法で俺らが此処に来ることを予期していたのか。色々と俺にはわらないことばかりだが……

「んー?なんかどこかでみたことあるようなきがするー」

「こ、こらヴィヴィオ!そんなに人のことをじろじろみちゃダメだよ」

「い、いえいえべつに問題ありません……」

「ジー」

「……なんなのです、この威圧感たっぷりなアヒルは」

 少なくとも、聖王教会が噛んできたいうことは──ヴィヴィオが絡んでいるのだろう。

「あの、ひょっとこさん?その……お気持ちはわかります。あなたが聖王教会から去ったのは、あの一件を聞かれて不審に思われたからですね。あなたが私達を信用しないのはいたいほど理解できます。ですが……どうか信じてください。私達が此処にきたのは危害を加えるためではありません」

 信じてくれないかとは思いますが。そう言葉の余韻を残すカリムさん。たしかに俺が聖王教会に不審を持ったことは本当だが……。

「まぁ事情があるんだろう。聖王教会のトップがわざわざ未開の地球に6年も在籍するほどの理由が。べつに詮索しようとも思わないし、個人的に恨みもない。べつに俺は構わないよ。俺らもちょっと特殊な形だから学校側から便宜を図ってもらうのはありがたい」

 逆に学校のトップが知り合いで話しの分かる人ならば色々と都合がつきやすい。あとはまぁ……関係を悟られないようにすればいいだけの話だ。

「ありがとうございます。ふふ、やっぱりひょっとこさんは優しい人なのですね」

 ふんわりと笑うカリムさん。こりゃその手の男性ならばすぐに堕ちるな。……教会に務めていながら罪深い人だな。

「いててっ!」

 ふいに耳を引っ張られてそのままねじ切られた。

 耳たぶが完全に千切れた音がする。これもう再生するの無理そうだぞ。

 そんな俺の耳たぶを千切った怪力、高町なのはは俺とカリムさんの直線状に立ちはだかり、すっとカリムさんに握手を求めた。お、流石はなのは。

「初めまして、俊くんの妻の高町なのはです。そしてヴィヴィオの母親です。あなた、俊くんの何なんですか?」

 なのはさん、狂気の笑みを含ませながらカリムさんに握手を求める。

「ひぃッ!?」

 カリムさん、恐怖のあまり逃げ出す。なのは、左右にフェイントを入れ込んだ後すぐさま確保。こいつアマゾネスの戦士かよ。

「お、落ち着けなのは!?カリムさんに手を出すのは色々とマズイってば!」

「大丈夫だよ俊くん。カリムさんとおはなししたあとは俊くんをたっぷりと撲殺、もとい撲滅してあげるから」

「撲殺も撲滅もかわんねえよ!?」

「撲殺天使なのはちゃんがいい?それとも撲滅戦鬼なのはちゃんがいい?」

 なんだその二択。後者は世紀末が舞台の物語か?

『ヴィヴィオねーまえにあのひとにあったことあるよー?』

『え?ほんと?』

『うん!どこだったかなー?』

『どこだろうねー?』

『ナニヲタクランデルノ?』

『とくに』

『キョウカイツブシチャウゾー』

 ああ……俺もフェイトと同じ安全地帯にいきたい。ヴィヴィオが必死にうんうんと唸っている様子をフェイト同様間近で観察したい。というかフェイト、さらりと魔法で俺らとそっちとの間に障壁張らないで。俺も殺戮現場から逃げ出したい。

 にこやかな笑顔で俺との関係を根掘り葉掘り聞こうとするなのは。こちらに縋るような視線を送るカリムさん。いや一応頑張ったよ?でもちょっと無理だったかなぁ……。ほら、補佐であるヌーブラはガーくんに捕まって身動きとれないし。

 これはもう人生諦めるしかないよ。あなたも俺も。

 全てを悟った俺は静かになのはからの尋問を待つことにした。この場にバグキャラでも現れないかぎりこの場をひっくり返すことはできないだろ。

 目を瞑ろうとする俺にコンコンと理事長室をノックする音が聞こえてきた。ついでガチャリとノブがまわり、スーツ姿の誰かが室内に入ってくる。

「カリム理事長。管理局からの書類はここに置いておきますよってあら、皆。先に理事長室にきてたのね。道理でいつまでたっても来ないはずだわ。そろそろクロノ呼び出して迎えにいかせようと思ってたところだったけど丁度いいわね」

 それは俺らがよく知る人物で、さっきまで俺らと一緒の部屋にいた人物で、俺の中で暴君として燦然と輝きを放つ、尊敬できる人。

 リンディ・ハラオウン──その人がスーツ姿で理事長室を訪れた。

 いたよバグキャラ




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