A's43.取材



 六課の朝は遅い。日が昇り、学校へ向かうため子どもたちが通った道をてくてくと歩いてくる女性が一人。彼女の名前は高町なのは。才色兼備の管理局が誇るエースオブエースだ。
栗色の髪を一つ結びにして、局の制服に身を包み歩く姿は百合の花である。

「あ、おはようございます。今日はよろしくお願いします」

 人懐っこい笑みを浮かべる高町さんは取材陣に挨拶をし、出勤のための道を歩く。

 普段からこの時間なのですか?

「いえ、今日は休みと勘違いしていましたので。普段はいつもどおりの時間帯に出勤しています。今日はたまたまです」

 なるほど。普段も出勤の足は徒歩ですか?

「まちまちですね。時間をかけて歩いてきたり、フェイトちゃんの車に乗せてもらったり。本当はわたしも免許がほしいお年頃ですけど、周りからとめられているんですよ」

 そうなんですか?

「『こいつは人をひき殺す恐れがある』そう幼馴染に言われて、なぜかみんな納得してしまったんです。まったく失礼な話ですよね」

 それはたしかに失礼ですね。

「まったくです。マリオカートで予行練習しているので問題ないのに」

 ……たしかにこれは問題ありそうですね。

「ん?なにかいいました?」

 いえ、なんでもありません。

 そうこうしているうちに高町さんの仕事場、六課へと到着する。

「まあ六課の敷地内を歩いてるだけでしたし──あっ、い、いまのオフレコで!ご、ごめんなさい!あーどうしよう、どうしようフェイトちゃん!?」

『なのはがんばってー!』

 あ、大丈夫ですよ高町さん!こちらのほうでカットしておきますので!

「ほ、ほんとですか?ふぅ……。あ、それじゃこちらから受付をお願いします」

 そうして通されたのは外部の者が名前や目的を提出し訪問カードをもらう受付所。六課はその役割上、綺麗どころが集められている場所のため、外部の者はここでしっかりと記録をとることになっている。

 では、失礼して代表の私が記録を──おや、すでに名前が書かれていますね。いったいどんな方が六課に来ているのでしょうか?

 名前・スカハッティ
 目的・女子更衣室見学(小学生です、社会科見学のため仕方なくきました)

 名前・ひょっとこ
 目的・女子トイレ見学(小学生です、社会科見学のため仕方なくきました)

 ……なるほど、小学生ですか。

「その子たちはいま社会科の先生と一緒に見学の最中ですね」

『あ、ヴィータさん!庭で焚き火ですか?あれ?それにしてはへんな道具使ってますね』

『おうティアか。これはファラリスの雄牛といってな、レクレーションに使う楽しい遊び道具だ。こいつらがどうしても社会科見学していって駄々をこねるからな。仕方なくうちにあったものを持ってきてやったんだ。耳を澄ましてみろ。楽しそうな声が聞こえてくるぞ』

『誰か助けて!こいつマジで殺す気だッ!おい取材陣!六課のメス豚共がこんなに鬼畜だってことを世界に知らせるチャンスだぞ!』

『そのとおり!容姿に恵まれているにもかかわらず、それらを一切男に還元しない畜生で陰湿で腐った女性の姿をカメラで捉えて──ひょっとこ君、熱湯投入してきた!?中と外で私達を殺す気だ!』

『中にはお湯を投入』

『外にはそっと薪の追加を』

『死因は酸素不足』

『ボラ〇ノールのCMにのせるとは、こいつらまだ余裕あるな』

 六課の庭から楽しそうな声が聞こえてくる。カメラマン、庭のほうもとっておこう。

 カメラマンに指示を出す。すると高町さんが私の肩にそっと手を置いて、一ミリたりとも笑っていない笑顔で言い切った。

「ここのくだり、カットでいいですよね?」

 あまりの怖さに首を縦に振ることしかできなかった。

 高町さんの視線から逃れるべく、手元に目を向ける。どうやらさきほどの小学生のほかにもまだ来訪者がいるみたいだ。

 名前・ボビー・オロゴン
 目的・おひるたべるお!

 名前・ハクイノダテンシ
 目的・クジャクニナル!

 私達取材陣は考えることを放棄した。

    ☆
 お客様カードを首にぶら下げて私達取材陣が案内された場所は彼女たちの職場であった。高町なのはさんを中心とした花形六課の面々は一箇所に集まって仕事をしているらしい。それはつまるところ、女の園ともいうべき場所である。

 本当に取材陣が入っていい場所なのでしょうか?

「あはは、そんなにかしこまることないですよ。本当に局の皆さんと同じような職場ですから」

 あんまり期待しないでくださいね?高町さんはそう私達に釘を刺しながらそっと部屋をあけた。

「ヴィータちゃん!コピー機が壊れてしまいました!?」

「なに?まったく、なにしてんだよ」

「リインなにもしていません。ぺろぺろさんの顔面をコピーして指名手配犯にしようとしただけです」

「コピー機だって心をもってるんだ。こいつをコピーしたいわけないだろ?」

「お前、俺だって心をもっていること忘れてないか?」

「なるほど。つまりコピー機のせいいっぱいの抵抗ということですか」

「ティアみてみて!メタビーだよ!いま私メタビーを動かしてるよ!」

 そっと廊下と部屋との境界線を閉じる高町さん。私達取材陣にニコニコと笑顔を浮かべながら、コンコンと扉をノックする。

 そのノックはまるで、アイシテルのサインならぬシニタイカのサインに聞こえてしまったのは私だけだろうか。コホンと可愛らしく咳払いをする高町さん。先ほどよりも声を大きな声で私達に話しかける。

「さて、ではわたしたちが普段使うお部屋を紹介します。ここではいつも書類仕事や、教導の資料、座学や雑務などを行っています。ではご案内します」

 編集点すらも理解している高町さん、先ほどの光景はなかったことにしたいのか初めて入りますという体で話を進める。

 高町さんのあとから部屋の中へ入った私達が目に飛び込んできたのは、部屋の隅に二つ置いてあるゴミ箱にすっぽりと収まる二人の男性の姿だった。

「「にゃ〜ん」」

「貴様ら空気が汚れるから無呼吸を維持しろと命令したはずだが」

 ゴミ箱を蹴りながら男性二人を脅すのは騎士道を体現していることで有名なシグナムさんだ。

「ん?なんだこのテレビカメラは?」

 私達の様子に気がついたのか、シグナムさんがこちらに近づいてくる。いまにも吸い込まれそうなほど力強いその瞳、長髪をポニーテールに結んだその髪からはシャンプーのいい香りが鼻腔をくすぐってくる。

 はじめましてシグナムさん。テレビミッドの取材班です。本日は皆のアイドルである六課の面々を取材に来ました。

「ふむ、取材か。あまりそういうのは好きではないが……頑張ってほしいな」

 先ほどまでの表情とは一点、やわらかい笑みで私達取材陣をねぎらってくれるシグナムさん。彼女のこのギャップに弱いという男性職員・女性職員は多いだろう。

『あのメス豚、朝から香水つけたりチュールスカートはこうとしたり一番浮かれてたよな、スカさん』

『うむ。デリヘルかと勘違いした』

 ゴミ箱が壊れるかと心配になる勢いで蹴りだしたシグナムさん。男性二人の顔が真っ青まである。

「あ、気にしないでください。近くにいると穢れが移りますのでさっさと場所を移動しましょう。さ、こっちが六課の代表者八神はやてのデスクになります」

 男性二人の関節があらぬ方向に曲がっていることなどお構いなしに、私達取材陣の案内を続ける高町さん。

 あ、あの高町さん?そちらの男性二人は……

「え?なんのことですか?」

 いえ、先ほどからヘルプを出してきているあちらの男性二人について……

「テレビ関係者の方々もお仕事大変ですよね。きっと疲れて幻覚でもみえているんですよ」

「いや六課には昔から自縛霊の噂もあるし、もしかしたらその霊をみている可能性もあるで」

 うわぁッ!?ビ、ビックリしました。もう驚かさないでください八神さん!

「あはは、ごめんな。みながちょっと六課の空気に慣れてないかなおもて」

 そういって笑うのは六課の代表者、八神はやてさんである。

「けどなぁ六課の様子なんてテレビにおさめても面白くないとおもうんやけど」

 いえいえ、六課のアイドルである皆さんが働いている姿をみるだけで嬉しいというのが総意ですから。

「まあわたしやなのはちゃんにフェイトちゃんは9歳のころから働いとるし、そうした感情をもつ人がおってもおかしないか。……いや管理局の上層部って大半がそんな人やっけ」

 なぜかげんなりとした表情を浮かべている八神さん。なにか悪いことでも考えてしまったのでしょうか。

 それでは八神さん、さっそくお仕事の紹介をよろしくお願いします。

「ええよー。みなの働きぶり、ちゃんと撮っておいてな?」

 こうして私達テレビミッドは八神はやてさんの先導の下、六課の仕事をカメラに収めることとなった。

『最近寒くなってきたな。こたつだすか。よいしょっと』

『まてひょっとこ。寒く感じるのはお前がパンツ一枚だからだ。そしてパンツの中からこたつを平然と出すのはやめろ。理が乱れる』

『ロヴィータたんみかん食うか?』

『お前通信簿に人の話をきかない類人猿って書いてあっただろ』

 だから後ろにいる男性はいったいだれなんだ?

           ☆

 なぞの男性二人がいる部屋の紹介を終えて、私達取材陣が連れてこられたのは『イベント準備中』と名札が書いてある部屋の前であった。

 あの、八神さん。ここは?

 私の質問に八神さんは満足そうに微笑みながら、

「ここは今月末に控えるイベントの準備室や。ほんとは公開しちゃいかんけど……今日は特別にちょっとだけ案内してあげるで」

 そういって口元に指をもっていき、私達に静かにするように合図を送る。そしてそっと開かれる扉、そこを通り抜けた室内には様々なコスプレ衣装ともいうべき衣類と、衣装の一つを身にまとった金髪の女性が立っていた。

「うーん、あんまり魔女っ娘ぽくないな。やっぱりとんがり帽子とかぼちゃのアクセサリーは必要だよね」

「ガークンハカボチャノイヤリングガイイトオモウナー」

 アヒルと会話をしながら立っていた。

 ん?あれ?おかしいな?アヒルってしゃべるんだっけ?

 思わず後ろにいたスタッフに確認を取るもスタッフも絶賛混乱中のようだ。混乱中の私達にいち早く気づいたのはまさかのアヒル側だった。

「ロウカデシラナイナイケハイヲカンジタケド、コノヒトタチダーレ?」

「んー?この人達はテレビマンっていうて、今日は六課を取材にきたんよ」

「ヘー。ジャアガークンアッチデミカンタベテクル」

「ガーくんまったく興味なさそうやな」

「ガーくんはテレビよりあの子と一緒にいる時間のほうが大事だしね。こんにちは、テレビミッドの皆さん。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンです。こんな格好ですいません」

 魔女っ娘衣装に身を包んだハラオウンさんがくるりと回りながら照れたようにポーズを決める。六課一といわれるボディにもかかわらず、黒ニーソにガーターベルト、そしてミニスカートととてもきわどい格好をしている。私達取材陣はテスタロッサさんをみて思わず前かがみになる。

「あ、あれ?どうされました?」

「あーフェイトちゃん。いますぐいつもの制服に戻ってくれるか?ちょっと刺激が強すぎたみたいや」

 取材陣のこの状態を察してくれたのか、八神さんがそっとフォローをいれてくれる。なにもわかってなさそうなテスタロッサさん。頭にクエッションマークを浮かべながら着替えのために室内へと引き返す。一緒にいる女性のスタッフから冷たい視線が突き刺さる。

 そんな私達に八神さんはそっと耳打ちする。

「いいもんみれたやろ?その代わりといってはなんやけど、キミらがみた男二人のことは他言無用の放送禁止にしてほしいんよ」

 そ、それはなぜですか?ま、まさかどこかの国の王子とかでしょうか?だからこそ、放送できないように──

 くすりと含み笑いを浮かべる八神さん。私達取材陣はそれだけでなんとなく察してしまう。この業界にいれば、いやでも一度は耳にしてしまう、目にしてしまうこと。

 この世には決してカメラにおさめてはいけない存在がある。あの男性二人がその世界の住人ということなのか。

 わ、わかりました。

「うん、ありがとな。(存在が猥褻物陳列罪やから、決してカメラにおさめてはいけない存在なんよね、二人とも)」

 ちょうどそのとき、扉が開く音と同時に制服に着替えたテスタロッサさんが顔を出した。

「おまたせはやて。皆さんもすみません。お時間いただいて」

 い、いえ!そんなことはありません!

「そうですか?それならよかったです。ではここからは私が皆さんを案内しますね」

 あれ?八神さんは案内されないのですか?

「わたしはちょっとやることがあってな。これから上の人らと話し合いや」

「というわけで、皆さんわたしについてきてくださいね」

 バスガイドのように旗をもったテスタロッサさんに連れられる取材陣一同。金髪の髪が揺れるたびに、男性陣の体が前のめりになる。

『あ、ティアーユ先生だ』

『今日はこけないみたいだね』

 無言で男性二人に魔力弾をぶつけるテスタロッサさんに、取材陣は彼女に対する考え方を改める必要がありそうだ。

               ☆
 同時刻、訓練室にて

「いい?みんな?今日はものすーっごくやさしい難易度にするから、全員倒れないでね」

「ふむ。普段の教導ではダメなのか?」

「普段の教導なんて公開したら誰もわたしの教導を受けたいなんて思わないですよ、シグナムさん」

「まー目標がAランク以上だからな。こいつらの能力的に地獄の拷問になるのはしょうがない。目標下げればなのはもそれにあわせて下げてくれるが……」

「「快感を捨てるなんてとんでもないッ!!」」

 ヴィータの言葉に声を大にして力説するスバルとティアナ。そんな二人に呆れた様子でジト目を向けるヴィータ。

「でも初期に比べたら動けてるし問題はないかな。むしろみんな成長速度が速くて驚いてるよ」

「なのはさんの胸の成長速度も早いですよ」

「え!?それほんと!?」

「ええ。上にまたがって上下していたときに母乳が顔にかかりましたから」

「『一番絞り生』ができるくらいには成長しているかと」

「からかってるよね!?二人とも直属の上司をからかっているよね!?」

 自分の胸を抱きながら涙目で怒るなのは。まだだもん……まだなのはでないもん……。と小声でつぶやくその姿はあまりにも愛くるしく、男性がみたら一瞬のうちに虜になること間違いなしだ。

 そんな光景をみているヴィータの携帯にフェイトから取材陣がもうすぐ来ることを知らせるメールが入ってきた。

「おーい、そろそろくるぞー。配置につけー」

『はーい!』

 ヴィータの言葉に全員がいっせいに配置につく。今日のなのはたちに課せられた使命──それは教導に対して悪い印象をもたれないことだ。

「わたしたち管理局員は常に危険と隣り合わせな職業です。常日頃から自分たちに訓練を課して昨日より一歩でも強くなることを心がけています。その中でもわたしは戦技教導官として、各地を飛び回り局員の技能向上のため教導をしてまわっています。いまは六課に所属しこの子たちの教導を一年間担当しています」

 横に体をずらしながら新人四人を紹介するなのは。さきほどは案内役としてカメラに出演したはずだが、本業の教導している姿をカメラに収められると思うと、さきほどまでとは違ったプレッシャーが襲い掛かる。もちろん、案内役なんかとは比べ物にならないほどの重圧だ。

 自分が管理局にいる理由、それが問われるわけなのだから。

『いやなのははただのオカズだろ』

 男性の断末魔が訓練室に響いたことはいうまでもない。

         ☆

 普段よりもやさしい内容の訓練を視界に映しながら、自身は黒ひげ危機一髪の黒ひげ役になっているひょっとこ。タルにいれられ、シグナムの武器レヴァンティンで体を刺されながらなのはの表情を観察する。

「なんかやりにくそうだな、なのは」

「そりゃ普段の訓練とは違うからな。カメラの前だと緊張もするだろ。あたしとしてはなのはがヘマしないか気が気じゃない。あたしがヘルプに入れればいいんだけど……」

「テレビが撮りたいのは高町なのはであって、八神ヴィータじゃないからな」

 その事実にため息を吐くヴィータ。今回の取材、テレビミッドの目的は大人気の管理局員、八神はやて、高町なのは、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンの映像であって六課の映像ではない。だからこそ、高町なのはが案内役となり、八神はやてが橋渡しをし、フェイト・テスタロッサ・ハラオウンがイベントのPRを行ったのだ。

 ぼんやりとなのはをみる、ひょっとこはつぶやく。

「ニートの俺にはよくわからんが、あいつもあいつで大変そうだな」

 その言葉にヴィータが鼻で笑う。

「そりゃ大変に決まってるだろ。なのはの地位は特殊で、本来ならお前という存在がいることがバレたら炎上どころの騒ぎじゃないからな」

「なのは達、俺のことを周囲に人間に突然変異した犬って説明してるみたいだから大丈夫。その証拠にいまでも近所の子どもに骨っこもらうから」

「レヴァンティンで何度刺しても死なないところをみるに、生物兵器が妥当かもしれんな」

「いや、痛みで感覚マヒしてるだけだから」

 不思議そうに眺めるシグナムに、タルが真っ赤に染まっている箇所を示すひょっとこ。嬉々としてそこを集中的に刺していくシグナム。

「俺もう八神家と縁切るわ。竿役のワンチャンしか信じられない」

 そのザフィーラはというと、都合によりテレビに映すことができないヴィヴィオのお守りを買って出ている最中である。さきほどフェイトからアヒルと狼に囲まれてプリンを食べているヴィヴィオの写真が送られてきたばっかりだ。

 教導中のなのは達を眺めながら、またもやひょっとこが口を開く。

「なのはってさ、天使じゃん?」

「はいはい」

 また面倒な幼馴染自慢が始まったよ。ヴィータがシグナムが顔を見合わせてめんどくさそうな表情をする。その後に続く言葉はきっと『やっぱ俺の幼馴染ってかわいい、俺って勝ち組だな』こうだろう。そう予想していたのだが──

「どうして自分からその翼を捨ててしまうのかな」

 その後に続く言葉は予想外なものだった。

 呆然とした表情をみせる二人を横目にひょっとこは言葉を続ける。

「あいつ、料理は下手だけどお菓子つくりがうまくて、しかも幸せそうな顔して作るんだよ。空を飛ぶときも同じ表情をするんだよ。自分では気づいてないかもしれないけど。だからもったいないなと思う。せっかく空に愛されてるのに」

 さびそうにつぶやくその表情は真剣そのもので、ついシグナムはレヴァンティンをひょっとこの尻から引き抜くことを忘れてしまう。

 ひょっとこの言葉に様々な感情が混ざり合っている。自分にはなかった力に対する憧れ、そしてそれを捨てることを決断したなのはに対する想い。それらをしっかりと読み取り、嚥下して、ヴィータは答えた。

「あいつが空を飛ぶことが好きなのはあたしらもよく知ってる。空に愛されてることも知っている。ただ、それ以上に愛したい子にできたってことなんだろ」

「ひょっとこ、お前はこれからが大変だぞ。空に浮気されないように、なのはをしっかりとつなぎとめておかないといけないからな。テスタロッサにしてもだ。お前はテスタロッサの運命を変えた。男ならばその責任をしっかりと果たすことだ」

 そして主はやてのこともな。その言葉は口の中に飲み込んだ。いまいうべきことではないし、主の考えを聞かずして自分達だけで判断するのはマズイ。二人ともそう考えた。

 高町なのはの心が変化したのは、とある少女と出会ってからだ。そして考えに考えた末、出した結論をひょっとこは尊重することにした。しかし、自分の中の整理をつけたくて、自分の中の考えを誰かに聞いてほしくてヴィータとシグナムに話した。それは間違ってなかったと思う。

「さすがは俺の肉便器共。いいこというな。あ、ちょっとまってシグナムさん!それ以上したら漏れちゃう!大腸の中の排泄物が漏れちゃうのぉおおお!んほぉおおおおおおおおおおおッ!」

 汚い男のアクメを真正面でみたヴィータは盛大に吐いた。

            ☆

 高町テスタロッサ家のリビングにて、高町なのはは盛大に打ちひしがれていた。

「なんで……後半ばっさりカットされてるの……」

 それもそのはず、なんせ自分の教導シーンの後半が丸々バッサリカットされておりその代わりに八神はやてのお料理コーナーが追加されていたのだ。あんなに効果があるかわからないぬるい教導をやった意味がまるでない、といわんばかりになのはは右隣にいるその元凶に肩パンを喰らわせる。

「しょうがないだろ。アクメした俺が悪いんじゃない。あそこでレヴァンティンを引き抜いたシグシグが悪いのだ。たしかにアクメして遊んだのは悪かったが、俺なんてロヴィータの吐しゃ物を顔面に浴びたんだぞ?」

「でも俊からしたらご褒美でしょ?」

 なのはとは反対側でヴィヴィオを膝にのせながらテレビをみていたフェイトが話しかける。

「当たり前だろ。キレイになめとっておかわりを所望したわ。絶縁宣言されたけど。『お前の顔が頭から離れない。頼むから死んでくれ』という熱いラブコールつきで」

「まーたわたしとフェイトちゃんが謝りにいくのかー……」

「いや俺だって被害者じゃね?」

「そもそも俊くんが取材日に遊ぶのが悪いんでしょ」

「だって暇だったもん。スカさんも最後はハロウィンの打ち合わせではやてのところにいったし」

 子どものように頬を膨らませるひょっとこにかわいくないと一蹴するなのは。

「パパよしよし。いいこいいこ」

 大人の会話を聞いていたヴィヴィオはとくになにも理解していなかったが、とりあえずひょっとこの頭をなでた。理由はもちろん、パパが一番いいこいいこしないといけなそうだったからだ。そんなヴィヴィオの考えに気がつくこともなく、ひょっとこは得意気に二人に顔を向ける。

「ありがとうヴィヴィオ。やっぱりヴィヴィオだけがパパの味方だな。それにこの家族の中で誰が一番いい子なのか理解している」

 カチンとくるのはなのはとフェイトである。

「ないいってるの俊くん。この中で一番いい子なのはわたしだよ?ヴィヴィオは一番わたしにいいこいいこするに決まってるじゃん」

「違うよなのは。なのはは学生時代も俊とは別ベクトルで問題児だったでしょ?この家で一番のいい子は私だよ」

「いや、なにいってるのフェイトちゃん──」

「まあまあ、二人とも嫉妬はよくない──」

「そもそも、いつだって被害を被るのは──」

 段々とヒートアップしていく口論の中、ヴィヴィオはガーくんを抱きかかえながらフェイトの膝から飛び降りた。そして三人に向かって怒ったように口を開いた。

「こらー!けんかはだめ!ヴィヴィオおこるよ!」

 いまにもガーくんを投擲しそうなヴィヴィオに三人はピタリと口論をやめて、ヴィヴィオのほうに向き直った。

 腰に手を当てて、いかにも怒っていますとアピールするヴィヴィオ。そんなヴィヴィオを前にして三人は無言で床に正座する。

「いい?これからヴィヴィオがいいこいいこするから、それでフェイトママもなのはママもパパもがまんすること!けんかしちゃだめ!」

『はい……ごめんなさい』

 娘に叱られた三人はそれから一時間、なのは・ひょっとこ・フェイトの順番にいいこいいこされ続けた。

 その光景を家にやってきたリンディにムービーで録画され、親の間で笑いの種になったことはまた別のお話である。




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