A's42.健康診断、午後の部



 六課の健康診断。ナース姿のはやてやヴィータが検査する中、男が一人検尿コップを片手に立っていた。

「検尿の募尿にご協力くださーい!あなたの一滴が男性の性を開放しまーす!」

 男の周囲にはぽっかりと空間に穴が開いていた。

 男が立ち向かう世界は男のすべてを否定する。常識外を常識だと疑わず、道を貫くものをあざ笑う。どんなに声を大にしても世界はそっぽを向いて男を拒絶する。

 それが世界の選択であり、それが男の生きる世界である。

「すいません、邪魔ですのでどいてくださいゴミ」

「失せてくださいゴミ」

 打ちひしがれる男に情け容赦のない言葉をかける女が二人。その名は高町なのはとフェイト・テスタロッサ。健康診断の検査表を手に持っている彼女たちは男の腹を蹴りながら、壁のほうへ寄っていく。

「いた!お前らエースオブエースや優秀な執務官が人の出入りが激しい往来でそんなことしていいと思ってるのか!」

「大丈夫、魔法で俊くんのことは空き缶だとみんな思ってるから」

「どうりで俺の呼びかけに誰も応えてくれないはずだ」

「わたしの魔法をあのキモい呼びかけの失敗に利用するのはやめて」

 つばをはき捨てるなのは。フェイトはつばが付着した俊の顔を拭う。

「手首のスナップが!手首のスナップが完全に首の骨を折りにいってるから!」

 真剣白羽止めで受け止めるひょっとこにフェイトは舌打ちする。

 通路の壁に移動したひょっとこは正座しながら二人に見下ろされていた。

「というか俊くん、なんでここにいるの?バレないように来たはずだけど……」

「天の導きだ」

「救いようがない神様だこと」

 呆れた様子のフェイト。ひょっとこはその手にもっている診断書の中身を読む。

「おー、まだ胸が成長するか」

「はぇッ!?な、なんでわかるの!?」

「去年と比べて胸囲が大きくなったからな」

「へー……フェイトちゃんさっき胸は去年とかわらないって言ってたのに……。あれは嘘だったんだ……」

「あぁちがうの、ちがうのなのは!ほら俊のせいでなのはが闇堕ちしたじゃん!」

 そもそも比べる相手が悪いだろ。とは言い切れないひょっとこ。なのはの瞳孔がガンぎまりのため、それも仕方がない。

「相手が牛ならなのはが負けるのも仕方がない」

「人間です!ミルタンクじゃないです!」

「人間です(たっぷん)!ミルタンクじゃ(たっぷん)ないです(たっぷん)!」

「遊ばないで!」

 顔を真っ赤にするフェイトの拳をさらりと避ける。なお鳩尾にかかとが綺麗にはいり悶絶。

 悶絶し床を転げまわるひょっとこの顔を踏みながらフェイトは心底困った顔を浮かべる。

「それにしてもどうしよう……。コレが健康診断にくると困るからなにも伝えずに出てきたのに」

「甘いぞフェイト。あと非常に悲しいぞ。一つ屋根の下に暮らすペットと下僕の関係なのに」

「気づいて、その二つの関連性はともに主人がいることだから。私たち奴隷になってるから」

「それはつまりわたしがご主人……?」

「キミはぽんこつメイド」

 何かに気づくなのはにやさしいまなざしを向ける二人。自分がいかに有能であるかを一生懸命説明しはじめるなのはを無視してひょっとこはフェイトに泣き真似をす
る。

「悲しいなぁ……。俺ってそんなに信用されてないんだ……。ただちょっと幼馴染の検尿を採取しようとしただけなのに、それだけで健康診断があることを知らされな
いなんて」

「普通は幼馴染の検尿を採取しようとしないから」

「俺がやったゲームでは──」

「俊。ちゃんと現実っていうゲームもプレイしないとダメだよ?」

「データが読み込めないからなー」

 棒読みで虚空をみつめるひょっとこにそっと目元を拭うフェイト。

 そんな現場にやってきたのはスバルとティア。二人とも自分の健康診断表を手にもちながら、なのはたちに気づいて近寄ってくる。

「あれ?なのはさんにフェイトさん、なにしてるんですか?」

「あ、ティア。いま生ゴミの処理をしようと思って」

「あー、ひょっとこさん。乙女の健康診断に男が立ち入るのはダメですよ」

「黙れメスゴリラ」

 隣からなのはのビンタが炸裂する。

「ゴリラに謝って」

「なのはさん逆ぅッ!」

「すまん、スバル。申し訳なかった」

「あれ?いまゴリラ認定されました?スバル=ゴリラみたいな図式が成り立ちましたよね?」

「二人とも大人気ないなぁ」

 後輩をからかう二人をみて、嘆息するフェイト。

「はいはい、あんまりいじめないの。二人ともいまどこまでいったの?よかったら一緒に回らない?」

「え?いいんですか?次視力にいこうかなって話してまして……」

「なのはも私も視力まだだから一緒に受けようか」

『やった!』

 フェイトの言葉に本当に嬉しそうに喜ぶ二人。ふとフェイトが意識をスバルとティアに向けている間にひょっとこが姿を消していた。

「あれ?なのは、俊はどこにいったの?」

「俊くんなら予定があるっていってどっかに消えたよ?それよりヴィータちゃんのとこにヴィヴィオがいるみたい。後でヴィヴィオのところにもいこうね」

「うん。まぁ俊がいないのはいいことだし、いまのうちに視力測ろうか」

 フェイトの提案に異を唱える者はおらず、一向はそのまま視力検査の場所へと足を運ぶ。

「えっと、視力検査の担当は後方事務の人みたいだね」

 検査場所までついた一行は、検査の担当について話題にする。普段はあまり接点がない事務方だが、いったいどんな人なのだろうか?

「あ、ごめんなさーい!まったぁ?」

 仲良くしたいねー。なんてことを言い合う一行の前に現れた一人の人物。セミロングの髪の毛を茶髪に染めたその髪の毛はいかにも安っぽく、子供用のナース服を着ているからか異様にピチピチ、ムチムチとしたその姿を嘔吐を誘発させる。サイズが合わないためかナース服からは下着が丸見えであり、目の前のフェイトたちを誘っているのかガーターベルトにTバックで腰をくねらせるナース。よくよくみると乳首の露出はNGなのかニップレスを装着している。

『チェンジで』

 有無を言わさぬその言葉にナースは体をくねらせながら唇に指をあてる。

「あは!もしかして、わたしのかわいさに怖気ついたのかな?あ、やべ。チンコでた」

 腰を左右に動かしていたからか、その反動で密封から空気に触れたそのイチモツ。バレないようにポジションセットを行うが、四人ともガン見である。

「てへぺろ」

「ひょっとこさん。頭やばいっすよ。いや下半身のほうがもっとヤバいですけど」

「すげぇ……これが猥褻物陳列罪の具現化ってやつか……!」

 本気でひょっとこの頭を心配するティアと、猥褻物陳列罪の具現化に感動するスバル。そして──

「お願いだから……その姿はやめて……悲しくなってくるから……!もっと家で構ってあげるから……」

「あ、ヴィヴィオ?パパにヴィヴィオの声をきかせてくれる?パパね、お仕事してないはずなのに頭が壊れたみたいなの」

 ひょっとこに抱きつきながら涙を流すフェイトと、ヴィヴィオの声で正気に戻そうとがんばるなのは。

「まてまて、人を変態みたいな扱いしないでくれ。失礼な奴らだな。警察呼ぶぞ」

「つかまるのはあなたですが」

「管理局員目の前によくここまでやるな」

「とりあえず、視力検査がいま手一杯で忙しいから俺が急遽ヘルプに入ることになった。これから一人ずつ棒で指していくから、その指された文字を思いっきり叫ぶように」

「なんか説明しはじめたんだけど」

「フェイトさん涙が乾いて瞳からハイライト消えてるけど」

「美人で優秀でみんなの憧れのフェイトさん。しかしその幼馴染が猥褻物陳列罪なんて汚点だね」

 フェイトに同情しながらも、二人は付き合わないと面倒そうなのでひょっとこの戯れに付き合うことにした。

       ☆
「本来なら専用の機械を使うが、その機械がいまあいてないから昔ながらのやり方でいくぞ。まずはスバル。右目から」

 スバルは渡された黒い目隠し棒で左目を隠す。決められた線から先へは出ないように注意しながら、ひょっとこが指示する場所の文字をいっていく。

「まずはここ」股間に指示棒を当てながら

「ん〜……股間……いやペニスですかね」

「正解だ。次はここ」股間に指示棒を当てながら

「ん〜……股間……いやあそこですかね」

「グッド。次はここ」股間に指示棒を当てながら

「ん〜……股間……いやちんこですかね」

「エクセレント。判定はH。度し難いほどの変態だ。次、譲ちゃん」

「え!?終わりですか!?いまので本当に終わりですか!?理不尽すぎません!?」

 ひょっとこは文句を言うスバルを無視してティアの検査に移る。

「まずはここ」

「ん」

「次」

「ぎ」

「次」

「も」

「次」

「ぢ」

「次」

「ぃ」

「次」

「い」

「はい、続けて」

「んぎもぢぃいいいいいッ!」

「はい、判定はA。アヘ顔。次、フェイトいってみよう」

「え!?それだけ!?いまので視力検査終わりですか!?なにほんとに書いてるんですか!?まってください、これ怒られるの私ですから!」

 二人の抗議を無視してひょっとこはフェイトの検査に移る。ものすごくいやそうな顔のフェイト。未使用の目隠し棒をなのはに渡すと、なのはは無言でフェイトに送り返す。

「いっそのこと魔力弾で俊をぼっこぼこにしようかなぁ」

「でも俊くん、十年間魔力弾浴びてきたからタフさだけは成長してきたよ」

「頭の中身は9歳のころが一番キレてたんだけどなぁ」

「あーわかる」

 しみじみとつぶやくなのはとフェイト。視線はもちろんムチムチナースに注がれる。

「とりあえずこれから──」

 ガタンッ!!

「よーし全員そこから動くな。というかそこの猥褻物陳列罪お前が動くな。股間のイチモツを上下に動かすな殺すぞ」

「あ、ヴィータちゃん!」

「よーなのは。電話サンキュー。やっぱりこいつ手伝いすっぽかしてお前らと遊んでやがったか。ひょっとこ、お前は男性職員のヘルプを頼んだはずだが?」

「あんなオスくさいところいたら俺の貞操が危ないだろ」

「心配すんな。いかにも危険人物ですってオーラを放つお前を放り込むことで、ユーノに性欲をぶつけないようにするのが狙いだから。ちなみにお前の貞操なんて全人類が興味ない」

「カエルに人気なんだけどなぁ」

「お前はカエルと交尾でもすんのか。ほら、さっさと持ち場に戻れ!」

 アイゼンでひょっとこの腹を叩きながらひょっとこを室外に連れ出すヴィータ。ヴィータは呆然とする四人に向き直り、

「悪いな。あいつにヘルプを頼んだはいいものの、なのはとフェイトがきた瞬間いなくなりやがった」

 ヴィータの言葉にまんざらでもなさそうな顔のフェイトとなのは。この場にいた三人は心の中でちょろいとつぶやいた。

「……あッ!そうだヴィータさん、ひょっとこさんに視力検査させられたんですけど、これどうすればいいですか!?」

「ん?ああ、もういっかいやり直しだな。あたしがやってやるからちゃんとした検査場所にいくか。おいそこの脳みそところてんでできてる二人もいくぞ。ったく、あの猥褻物陳列罪のどこがいーんだか」

 一人つぶやきながら本来の場所へ四人を誘導するヴィータ。その顔はうんざりしていた。

        ☆

 そのころのヴィヴィオとリイン。

 ひょっとこが遊んでいるさなか、ヴィヴィオはリインと一緒に問診をしていた。隣にはしっかりとシャマルがついており、こちらのほうで正式な問診は行っている。つまり、ヴィヴィオとリインの問診は形だけの行為となる。しかしながらのこの問診が非常にかわいく、癒しとなっていることは間違いなかった。

「おからだはどうですか!」

「そうですねぇ、ちょっとだけ頭が痛いですね」

「あたまがいたいの?じゃあヴィヴィオがいたいのいたいのとんどけーしてあがる。なのはママとフェイトママがしてくれるとね、すぐにいたいのがとんでくよ」

「本当ですか?それだけお願いします」

「はい!いたいのいたいの……とんでけー!」

 女性の頭に手を置いたヴィヴィオは盛大な身振りで手を後ろに動かした。ヴィヴィオは一生懸命であるが、はたからみたらただのかわいいお遊戯である。

「はい、これでなおりました!」

「あ、本当です。ありがとうございます」

「はい!どういたしまして!」

 にこにこ笑顔のヴィヴィオ、そのヴィヴィオの頭をなでるリイン。

「はー、本当にヴィヴィオちゃんはかわいいです。これがぺろぺろさんが産んだとは驚きです」

「リイン。ひょっとこさんは男で産めないわよ」

 リインの発言を訂正しつつも、シャマルもヴィヴィオの頭をなでる。されるがままになるヴィヴィオは目を細めて幸せそうな表情を浮かべる。床にはガーくんが正座で
待機しており、守りは万全である。

「それにしてもパパおそいね。パパもあたまがいたいのかな?」

「ぺろぺろさんは単純に頭が悪いだけですから心配いりませんよ」

 説得力を伴うその言葉にシャマルは大きくうなづいた。ちなみにガーくんも床でうんうんと頷いており、ヴィヴィオだけは頭にクエッションマークを浮かべていた。

「パパはやくかえってこないかなー。なのはママとフェイトママといっしょにあそびたいのに」

「そうですねー。もう少しリインたちと遊びましょう。あと一時間もしたらすべて終わりますので」

「ほんと?じゃあヴィヴィオがんばる!」

 両拳をぐっと握り締めるヴィヴィオに、たまらず頬をすりすりと寄せるリイン。リィンにとってヴィヴィオは妹みたいな存在だ。

「はー。どうすればぺろぺろさんの魔の手からヴィヴィオちゃんを救いだせるのでしょうか」

 いまだにひょっとこからヴィヴィオを救いだそうとするリイン。どうやらまだ近いうちにリインとひょっとこのファイトが勃発しそうである。

           ☆
 その後のひょっとこ

 あたりに人影はない。既に健康診断はすべて終わっており、後は帰るのみとなっている。ひょっとこの携帯電話には着信が100件以上たまっている。相手は六課の面々だ。

「あのー……ユーノさん?そろそろ帰らない?」

「ううん……もうちょっとしてからにしよう?」

「30分前にも聞いたけどなぁ。ほら、ユーノも明日は仕事だろう?」

「じゃあ朝帰りする?」

 うるんだ瞳でひょっとこを見つめるユーノ。綺麗に着飾ったユーノは美少女と呼んでも差し支えないほどだった。もともと線が細い上に化粧もしているため、なみの女よりもかわいいユーノがひょっとこに抱きつきながら甘えている。

「俊、たまにしか会えないんだからもっと一緒にいようよ……。僕は毎日でも会いたいのに、我慢してるんだよ?」

「いやまあそうだけどさ。俺はともかくユーノは忙しいだろ?」

「俊のためならスケジュールだってあけるよ?」

「(……いかん。マジで襲いたくなる。ここは穏便に退散しよう)。あーそれは嬉しいけど、そういった話はまた今度にしよう」

 しなだれかかるユーノの体をそっとどけながら、椅子から腰を浮かすひょっとこに、ユーノはぽつりともらす。

「古代ベルカについて……神夜がどれくらいかかわったのか知りたくない?」

 その言葉にひょっとこの動きが止まった。

「僕なら俊が知りたい情報を教えることができるけど。ふふ、知ってるよ?そのために聖王協会にバイトしにいったことも」

「まいったな。……相変わらず情報通だな」

「ねえどうする?俊次第だよ?」

 俊の頬に触りながら、そっと抱きしめるユーノ。そのユーノの甘い罠にかかりたい自分がいることをひょっとこはしっかりと理解したうえで、なおユーノをそっと体から離した。

「俺が十年間探してもみつからなかったことだ。お前がもっているとは思わない。それに、俺はそんな情報交換でユーノを抱くほど腐ってない。お互い、翌日に仕事がない日に、蕩けるように貪りあおう」

 その言葉にユーノは肩をすくめる。どうやらカマかけは失敗したようだ。

「そうだね。そのほうがいい。でも、言質はとったよ?ほら」

『俺はユーノを抱く』

 にこにこ笑顔でボイスレコーダーを見せびらかすユーノ。

「ちょ、ちょちょちょってまて!それはなのはやフェイトに見せることは絶対にやめてくれよ!?頼むからな!」

「えー……どうしようかなー?」

「なんでもするから!なんでもするから!」

 土下座するひょっとこに考え込むユーノ。その姿はまるで小悪魔のようだった。




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