33.食べる前にスパイスを
台所にはやてと二人、材料の確認をしながら世間話をする。 ちなみにヴィヴィオはなのはとフェイトの元へと一直線に走り、そのまま帰ってこない。 大方、二人の間に挟まれながらパソコンでもしてるんだろうな。
「さて……作るものも決まったな。 手打ち蕎麦だから蕎麦以外の料理ははやてに任せるけど、よろしくな」
「誰に言ってんねん。 わたしかて腕は落ちてへんよ」
腕まくりしながら力強く答えるはやて。 はやてがここまで言うのだから実際に落ちてないんだろうな。 むしろ上がってたりして。
はやてが準備する横で俺も蕎麦の準備をすることに。
買ってきた材料を台所にのせ、大きな大きな鉢をもってくる。
昔から蕎麦の基本は、一鉢、二延し、三包丁と呼ばれているそうで、その名前からもわかるとおり蕎麦の手順は大きく分けると3つからなる。
1つ目が鉢にそば粉と水をいれ、こねまくって玉にすることだ。 なんでも、このはじめの作業で蕎麦の良し悪しは決まってくるそうなので俺も一番気合がはいるところだ。 ヴィヴィオとなのはとフェイトの喜ぶ顔がみたいしな。
次に延しだが、延しは鉢で玉にしたものを麺棒を使って延ばしていく作業にあたる。 このときに出来るだけ細くしておくといいみたいだ。 しかしここで問題になってくるのが、玉のほうである。 玉が均等に綺麗に丸くなってないと延しの作業でうまく延ばすことができないみたいだ。 やはりそういった意味でも、1の工程である鉢の作業はかなり重要なものだといえる。
そして最後にまっているのが包丁でのカットである。 これは一定の長さと太さになるように計算して切らなければいけない。
総合的にいうと、どれもこれもなかなか難しいわけで、それに加えて20人分をいっぺんに作るわけになるのだから──
「こねるのが果てしなく難しい……!」
職人でもなんでもない俺は苦戦するわけですよ。 いやはや、ちょっと分量が多すぎたかな……やはり四人分のほうがよかったかも……。
「わたしには視えるでー。 みんなが誰かさんの作った蕎麦をおいしそうに食べる姿がなー」
「うっ、うるさいな。 ちゃんとやりますよ! いまのでコツ掴んだから!」
くそっ……今度もう一回習いに行こう。
水を足しながらこねていく。
はやては横で買ってきた魚の身を蒸らしたり、刺身、茶わん蒸し、ナスの山椒焼きに簡単浅漬け、冷奴、なんてものを作ってる最中である。 たぶんかき揚げとか天ぷらとかの揚げ物系は食べる寸前で揚げるんだろうな。 出来立てが一番うまいし。
それにしても……あいかわらず料理の腕前やべぇ……。
はやてを横目に必死にこねて玉にしていく。 ここを失敗したら後の作業が全てダメになってしまうので流石の俺も真剣にならざるおえない。
「なー、ひょっとこ?」
「後にしてくれ。 お兄さん真剣中なんだから」
「真剣に玉なんか転がして……」
やめろ、その表現
「なーなー、暇やから話でもしようや」
足で俺をつついてくる。 こいつ……! 余裕があるからって好き勝手してくれるな。 いや、余裕がなくても好き勝手するけどさ。
あくまで目線と意識は玉に集中したままはやてとお喋りすることに。
「なんだよ。 片手間で話せるような話題にしろよ?」
「え〜……。 それじゃ、最近どうなん? なのはちゃんとフェイトちゃんとは」
「子どもも出来て順風満帆な生活を送っております」
「という夢を見たひょっとこであった」
否定できないのが悲しいところだ。
「まぁ、ぶっちゃけ進展ないな〜……。 いつも通りにヴィヴィオが加わっただけだよ」
「ふ〜ん……それにしてもよくもつな〜。 なのはちゃんとフェイトちゃんへの愛情」
「残念ながら、この想いだけは偽りたくないのでね」
「それで進展は?」
「……ないです」
「どんだけヘタレなんや」
はやてが溜息を吐く。
「俺だって困ってるよ、俺の未来予想図では今頃ギャルゲー主人公のようにモテモテで家族公認で周囲公認のカップルになってるはずなんだからさ」
「現状をみると可哀相すぎて涙が出てくるで」
「けど、俺だって告白してるぜ?」
「TPOって知っとるか?」
「それくらい知ってるよ」
はやてが恐怖するように俺のことをみてくる。 いや、TPOくらい知ってるから
「知っててそれなら真正のバカやで。 まったく……そんなことじゃ乙女心もわかってないやろ?」
「ぷっ……はやてが乙女心とかいいと思いますから、その手に持っている包丁をどうかしまってください」
ついつい笑った瞬間はやてが無表情で包丁を俺に向かって投擲しようとした。 なにこの人。 なのはより危ないぞ。
はやてはバカを見るような目で可哀相な目でイケメンの俺に説教でもするかのように指を突き付けて言ってきた。
「ええか? 女の子ってのはとっても繊細なんやで。アンタみたいなバカとは違うんや。 もっと女の子の気持ちとかも汲み取らなあかんねん」
「たとえば?」
「え? え〜っと……そうやなぁ……例えば、なのはちゃんとフェイトちゃんVS次元世界の全員とかになるとするやろ? それならどっちの味方をする?」
「勿論、なのはとフェイト」
「そういうことや」
どういうことだよ。
すいません。 乙女心のわからない俺に誰かはやての言いたいことを理論的に説明してください。
「そういったことに乙女は弱いんやで。 よく覚えておき」
ふむ……ようはアレか。 味方がいないときに助けたら好感度が上がるぞ! ってことでいいのか? なるほど、乙女心ってちょろいな。 そんなんで落とせるなんて随分と股がゆるい女みたいだな。
「キャー! この人私を助けてくれた! 抱いて!」ってことだろ? だとしたら乙女心なんてわからなくていいや。 まぁ、俺自身は当てはまってるかもしれないけどさ。
「けど、自分で考えてなんやけど……次元世界丸々相手取るとなるとかなり大変なことになるなー。 これを自分に置き換えるとかなり苦しくなるで」
ふむ……確かにそうだよなー。 いくらはやてが強くても流石に次元世界相手はキツイだろ。 けど、
「そのときは俺呼べよ」
「……は?」
「いや、だからさ。 次元世界相手取るときは俺呼べよ。 戦闘なんざできないけど、お前の隣で飯食うくらいはできるだろ?」
ハトが豆鉄砲喰らったような顔でこちらをみてくる。
「……なんで?」
「『……なんで?』ってことはないだろ。 なにその反応。 ちょっとショックなんですけど」
「いや、だって。 次元世界やで、次元世界。 恐ろしいで?」
「ようはアレだろ? 喧嘩相手が犬とか猫から次元世界にシフトチェンジしただけだろ? 言っとくがな、はやて。 俺はお前と、相手が変わったからといって手のひら返すような……そんな薄っぺらい関係を築いたなんて思ってないぞ」
「……へ、へ〜。 そうなんか……。 ふ〜ん……次元世界を相手取るんかー! それは大変やな〜!」
挙動不審でワタワタしてるところ悪いが、戦うのお前だからな? 俺は後方で洗濯物でも干しとくから。
「そ、それは嬉しいな〜! ということはアレやろ? 相手になのはちゃんとフェイトちゃんがおってもこっち側にいてくれるわけやろ?」
はやてが前かがみになりながら、下から見上げる形で聞いてくる。
……あ、そういえばそうだよな。 そんなことしたらなのはとフェイトと敵になるんじゃん。
「あ、やっぱいまの話なしの方向で」
「ぺらっぺらの関係やんかっ!!」
「ほぐぅっ!?」
はやてのラリアットで俺の頭がカチ割れそうになる。 流石管理局員……生身でも十分強い。
だってしょうがないじゃん。 なのはとフェイトがあっち側にいるんだもん。
打ちつけた頭をさすりながら、はやてに文句言うことに。
「いってえーな! バカ女!」
「バカはそっちやで! いまの行いは最低や! 脳みそ引きずり出すぞ!」
怒気のこもった声ではやてが俺を睨みつけてくる。
え? ちょ、え? そこまで怒ることなの? いつもこんな感じのやり取りしてるじゃん!?
怒りが収まらない様子のはやて。 このまま魔力弾でも撃つのか──と思いきや、一度冷静になるためなのかコップに水を汲んで一息で飲みほし、さっきまでの玄関でみたときの表情を浮かべながら近づいてきた。
「まぁ……わたしがアンタに乙女心を期待したほうがバカやったで。 うんうん、人間モドキに人間のことを教えるのはとても難しいことやからね。 けどな? このままじゃ、いかんと思うで。 幼馴染からのありがたい忠告やで?」
「ちょっとまって、人間モドキってどういうことだよ。 ちゃんとした人間だよ、俺は」
「そうやな、うんうん。 ちゃんとした人間やもんな。 でもな? 乙女心は理解できてへんやろ?」
「甘く見るなよ。 ギャルゲーで鍛えたこの力があれば──」
座ったまま、左手をグッと握りしめ自分の胸にもっていく。
その拳をはやてがそっと包み込むように握りしめた。
「ゲームだけじゃわからないことがあるんやで……? たとえば──この心臓の鼓動の高鳴りとか」
「……え?」
はやての心臓に俺の手が触れる。 ドクンッドクンッと脈打つ音が否応なしに聞こえてくる。 心臓の高鳴りが届いてくる。
「はや……て? ちょっ、おまっ、それは洒落にならないって!? 俺にはなのはとフェイトという心に決めた人がいて──」
「ブー。 女の子の前で他の女の名前を出すのも|禁止《タブー》の一つやで?」
はやての腕が俺の首に絡まる。 離そうとしても引き離せない。
そのままはやてはゆっくりと俺に覆いかぶさる。 手は俺の指を恋人のように一本一本絡ませた状態になっている。
「いやっ!? ちょっ、まじでダメだってば!?」
「そんなに嫌なら引きはがせばええよ。 わたしは魔法なんて使わずにただ乗ってるだけやし」
「いやでも……女性を引きはがすのは紳士じゃないというか……」
「ほんと、都合のいい脳みそやな。 いつもは紳士とは逆ベクトルに位置するくせに」
クスクスと蠱惑的に笑うはやて。
「でも、これはわたしを引きはがさないっていう証拠として見てもええんやな?」
「いや……だから! そもそも、お前のなんかじゃ力不足というやつでな──」
「でも──ここはしっかり大きくしとるで?」
恋人絡みの左手を離し、俺の下腹部をなぞり、ふくらんでいる部分を触る。
「ふ〜ん……力不足でも大きくなるんや? 随分と分別のない子やな〜」
ゆっくりと指を這わせるはやて。 それが気持ちよくて、ちょっとだけムラムラしてくる。
おちつけっ! 俺の息子! そして俺! お前には好きな人がいるだろっ!
「なぁ、俊? キス──してみようか」
「……え?」
はやての顔がゆっくりと俺の顔におりていく。 潤んだ瞳にわずかに震える唇。 軽く朱がさしたその顔はいつもより数段可愛くみえて──
「へー……はやてちゃんとキスするんだ。 へー……。 ヴィヴィオのことで相談しようと思ったんだけど。 へー……キスするんだ。 へー……」
「おかしいなー。 俊って、はやてと夕食作ってるはずだよね。 それがなんで二人して床に倒れ込んで、そんな指の絡め方までしてるんだろう。 おかしいね、なのは」
「うん。 おかしいよね〜。 わ た し は べ つ に 俊 く ん が だ れ と キ ス し て も 構 わ な い け ど さ 」
二人の登場に体が強張るのがわかる。
「や、やぁ……なのはにフェイト。 いつからそこに……?」
「さぁ? べつにいつからでもいいんじゃない?」
なのはよりも優しいフェイトから、心なしか冷めた声が発せられる。
「いや、二人ともこれは誤解なんだよっ!? 俺はべつにやましい気持ちなんかまったくなくて──」
「なんでそんなに慌ててるの? べつにわたしもフェイトちゃんも俊くんが誰となにしようが構わないよ? むしろ祝辞を贈っちゃう」
「いや、だから聞いてくれ──」
「だけどさ、此処にはヴィヴィオがいること忘れてない? 小さい女の子がいるのにそういったことをするのはよくないと思うんだよね。 わたしはべつに構わないけど、あくまでヴィヴィオの教育上問題がでてくるよね?」
「いや──」
「ヴィヴィオが悪い子になったら俊は責任取ってくれるの? とれないよね? ただでさえ人間的にダメな俊がヴィヴィオの責任なんて取れるわけないよね? べつに俊がそういうことするのはいいよ? 私 も な の は も 俊 の こ と な ん か ど う で も い い か ら 」
あくまで機械的になのはとフェイトは淡々と告げる。 俺のことなど、どうでもいいということを強調して。
「あの──二人とも俺の話を聞いてくださ──」
「話を聞く? 誰の?」
「いや、だから俺の話を──」
「それが話を聞いてほしい人の体勢なのかな?」
そこで気付く。 いまの俺の状態を。 端的かつ客観的にまとめると
はやてに馬乗りの体勢で乗っかられている
「いや、ち、違うんだっ!? これは──その──」
スルリと抜けてなのはとフェイトの前に立つ。
そんな俺になのはとフェイトは優しくほほ笑み
「「どうぞご勝手に。 私達はヴィヴィオと一緒にお風呂に入ってきますから」」
バシンッ!と平手一発。
それを置き土産に二人はその場を後にした。
二人が去った空間には、ぶたれたところをさすりながら去ったであろう方向を見る俺と──
「ふむ……なんか大変なことになったな〜」
呑気にそんなことを言うはやてだけがいた。
はやての方に歩き、胸倉を掴む。
「どうしてくれんだよッ!? お前のせいで振り向くどころかそっぽ向いたじゃねえか!?」
「いや……わたしも二人があそこまで怒るとは思ってなくて……。 やっぱあれやな。 ヴィヴィオちゃんの教育上よくなかったみたいやで」
「知ってるよ! そんなこと! どうすんだよ、下手したら家を追い出されるかもしれないんだぞッ!?」
「まぁ……ご愁傷様やな。 でも、それはわたしを断ればよかったわけやしなー。 それができんかったアンタが悪いとちゃうか?」
「うぐ……ッ!?」
確かに俺があっさりはやてをどかせることができればよかったのは確かだけど……。
はやての言葉にそれ以上反論できずに俺はただただ手をプルプルと震わすばかりである。
そんな俺をみてはやては小悪魔のように意地悪い笑みを浮かべてニヤニヤしていたのだった。