60.おっさん久しぶり



「勘弁してくれよ、おっさん。 俺これからスカさんの家に行かないといけないんだってば」

「いいから席に座って反省文書け。 あのバイク壊すぞ」

「はいはい、わかりましたよーっと。 べつにいいじゃないか、たかだかバイクが背中に当たったくらいで大騒ぎしやがって」

「お前あのとき、『死ねおっさん!』と叫びながら俺を轢いたよな?」

「無傷で済んだからいいじゃん」

「お前いつか本気で殺すからな」

 六課に訪れ帰省の件を話した翌日、俺はスカさんの家に話も兼ねて遊びにいこうとしたところでおっさんに捕まってしまった。 こいつはどれだけ俺のことが好きなんだ。

「とりあえずバイクはかえってくんの?」

「お前が反省文書いたらな。 しかしいいバイク乗ってるじゃねえか」

「だろ? 高校時代に頑張ってバイトしてさ、その金で買った」

「お前高校時代まではまとな生活送ってたのか」

「まあそれなりに。 でもバイト代の3割はお世話になってる家に返してたよ」

 そうはいっても、あの二人は笑顔で断っていたけどさ。 だからこっそり恭也さんとか美由紀さんに渡して、そこからあの二人に渡るように計画したこともあったかな。

「しかしそれも過去のものであり、いま現在の彼は人生が詰んでいる哀れな男、っということか」

「しばくぞてめえ。 俺には天使の幼馴染たちがいるから大丈夫なんだよ。 そこで性奴隷として生きていくことに決めてるから。 永久就職が見つかってるから」

「お前そのうちどちらか一方から刺されるかもしれんな。 それか別の女から刺されたり」

「現実のヤンデレは結構リスク高いからな。 まあ、二人に限ってそんなことはないだろ。 ほい」

「ん。 ……お前、小学生じゃないんだから。 書き直せ」

 おっさんがひょっとこに紙を返す。 そこに書かれていることは大きな文字で

『先生、ごめんなさい』

「あー……たしかにこれじゃダメだよな。 うん、書き直す」

「わかればいいんだ。 まったく、お前の頭は3歳児か」

 溜息を吐くおっさん。 そこにひょっとこが紙を差し出してくる。 それを受けとり目を通すと──

『悪かったなおっさん、許せ』

「許すかボケ!!」

「きゃああああああああ! 密室をいいことにこの局員が私をレイプしようとしたわーー! 市民の皆さん助けてくださーーーい!!」

「あ、ちょっ!? いまどきそんな嘘に引っかかるやつなんてな──」

『だ、大丈夫ですか!? いま局員を呼んだので安心してください!』

『おまわりさーーん! こっちでーーーす!』

「なん……だと……!?」

 今日もミッドは平和である。



           ☆



「ということがさきほど起こってさ、おっさんが必死に弁明してる姿はかなり面白かったよ」

「ひょっとこくんの心臓は毛でも生えているのかね」

「俺とおっさんの信頼関係だな」

「あっさり崩れそうな信頼関係だよ」

 おっさんから逃れ、ついにスカさんの家にやってきた。 テーブルの上にはリンゴジュースとカルピス、それについ先ほど開けたばかりのポテチがある。

「ところでさ、スカさん。 来週から一週間俺たちが地球にいたころの家に戻るんだけど、一緒にこない?」

「ほぅ……それは興味深い。 ひょっとこくん、それはアレかね? 現地でパンツが落ちていたら拾っても大丈夫ということかね?」

「どこをどう深読みしたらその答えにたどり着けるんだ。 まあ……落ちてたら拾ってもいいんじゃない?」

「ふっ、ついに私が開発したこの『パンツ落としますよ!』が役に立つときがきたようだ!!」

 そういいながらテーブルに足を乗せ、声高らかに叫ぶスカさん。 いったいこの人はどれだけパンツが欲しいのだろうか。

 そんなことを思っていると、ウーノさんがスタスタと歩いてきて──済ました顔でスカさんの脇腹を拳がめり込むほどの強さで殴っていった。

 あまりにも鮮やかかつ流麗な動作だったので一瞬の反応することができなかった。 なんということだ、俺の身近にこんな凄い人がいたなんて。

「おぅ……!? ぐ、ごびゃうごふょつかっちょ……!」

 ビクンっ! ビクンっ! と痙攣しながらなんか変な汁を口から出すスカさん。 完全にエイリアンです、ありがとうございます。

「スカさん口から卵出せそうな勢いだよ」

「口から卵出すくらいなら……下半身から白濁液出したほうが幾分かましだよ」

 そりゃマシに決まってるだろ。 もとより人間は口から卵出せないよ。

「しかしながら……六課の面々も来ることになるのか……。 ふむ、そろそろ潮時かもしれないな」

「ん? どういうこと?」

「いやいや、こちらの話だよ。 ──なぁ、ひょっとこくん」

 スカさんは俺に笑いかけたあと、急に真面目な声色で話しかける。

「キミは……友達が犯罪者ならどうするかね?」

「あ? なんか随分前にもそんな話をした記憶があるぞ」

「まぁ、それでも一応聞いておこうと思ってね。 友達が犯罪者で、どうしようもない過ちを犯していて、それでもキミはその人物を友達と呼んでくれるのだろうか?」

 スカさんの声はいつものアホみたいな声じゃなく、おどけた調子でもなく、ただただ真剣に、俺のちゃんとした答えを聞きたそうにしていた。

「……そーだなー……。 よくわからん。 そもそも友達の定義からして結構あいまいなんだよな。 だから──そいつに決めてもらうかな」

 だから俺は、あえて誤魔化すことにした。



           ☆



 俺がお邪魔してから1時間が経ったころ、部屋にどやどやと女の子たちが侵入してきた。

 そのうちの一人が、スカさんに手を振りながら箱に入っているなにかを掲げる。

「ドクター! これで全部のレリックを集め終わりましたよー!」

「おぉ、すまないね、クイントくん。 わざわざ手伝わせてしまって」

「いえいえ、なかなか観光も楽しいものでしたよ」

 そうしている間にも、スカさんの周りにはプラグスーツみたいなボディを溢れんばかりに誇張しているムッチリピッチリスーツを着込んだ女の子たちが囲んでいた。

「もしもし、おっさん? ちょっといますぐスカさんの家にきて。 ちょっと目の前の男をぶっ殺してほしいんだけど」

「まつんだひょっとこくん!? 目が本気なんだけど!? なんかここまで歯ぎしりが聞こえてくるんだけど!?」

「ひょっとこ、あれか? 淫行の容疑で逮捕すればいいのか?」

「うん、よろしく」

「ぎゃああああああああああ!? いつの間にか後ろにいるうぅううぅぅううう!?」

 おっさんがスカさんの頸動脈を押さえながら俺に聞いてくる。 電話してから数秒で来るとは、こいつ絶対裏設定とかありそうだな。

「んあ? これレリックじゃねえか。 管理局も探しているロストロギアだぞ」

「あ、管理局仕事してたんだ」

「ちゃんとしてるところはしてるんだよ。 しかし……何故これを持っている?」

 おっさんがスカさんからレリックなるものを取り上げて、回転させながら問う。

 スカさんはその問いに答えない。 黙ったままである。

「……黙秘か。 それじゃ、あとの話は管理局で聞くことにするか」

「お、おいおいまてよおっさん。 いくらなんでもそれは少し早計すぎないか? ほら、スカさんだって何か考えがあるかもしれないわけだし……」

『そうだよ! ドクターをいじめるな!』

「いじめる? てめえら、このレリックがどれほど危ないものかわかってるのか? これがどれほどの災いをもたらすのか知ってていってるのか? 俺はミッドの市民を守るのが役目なんだよ。 そしてここにはロストロギアがある。 しかも第一級指定ロストロギアだ。 なぁ、ひょっとこ、お前ならわかるんじゃねえのか? ゲームが得意で大好きなお前ならわかるんじゃねえのか? たった一回の馴れ合いで、たった一回の見逃しで、罪のない人の命が失われるかもしれない。 この俺に、そんなことをしろというのか?」

 おっさんはいままでにないほどの声色で、いままでにないほどの眼光で、いままでにないほどの圧力で、そういってきた。

 ……正直なところ、キレたなのはでもここまでは怖くないと思うぞ。

「一つだけいっておくぞ、ジェイル・スカリエッティ。 余計なことはするな。 ──じゃないと、俺はお前を敵に回さなきゃならねえ。 これは俺が預かっておくぞ」

 おっさんがレリックをお手玉のように投げながら出口へと向かう。

 お前……この空気どうするんだよ。

「まてよ、女子高生大好き変態局員」

「なんだ、ゴミ虫。 お前に構ってる暇はねえんだよ」

 おっさんは俺のほうを振り返りながら、若干キレ気味で話す。

 ……短気な野郎だな、まったく。

「まあまあ、そういうなよ。 ところでおっさん。 来週一週間空いてるか? 来週、俺たちが住んでいた所に帰省するんだけど、おっさんもどうよ?」

 いつもの調子で、テーブルに置いてあるポテチを食べながら聞くと、

「……あ〜、来週か? なら、空いてるぞ」

 と、頭をガシガシと掻きながら答える。

「マジかよ?」

「……娘が──」

「いや、そこまででいいよ。 うん、来週は思いっきり遊ぼうな?」

「お前らが変なことしなければいいんだけどな。 まったく……ミッド市民が迷惑かけると俺が怒られるんだぜ」

 やれやれ……と肩をすくませながら、おっさんは部屋を出る。

 ……なんというか、お前のツンデレを理解できたの俺だけだと思うぞ、この皆の反応みる限り。

 振り向きながら、努めて明るく振る舞う。

「ま、まぁスカさん! あれだよ、ロストロギアをおっさんに預けることができたんだから、よしとしておこうぜ! 暴走しても困るしさ!」

「……ふむ、確かにそういった考え方もできるね。 いやはや、すまなかったねひょっとこくん。 私のせいで、嫌な役を押し付けてしまったね」

「嫌な役? なんのことを言ってるんだよ。 俺はただおっさんに自分の聞きたかったことを聞いただけだよ」

「ふっ、まぁそういうことにしとくよ」

 席に戻りながら、俺はスカさんと話し込む。 すると、そこに先ほクイントさんと呼ばれていた女性が男性を伴って入ってきた。

 てっきり、そのままスカさんと話すのかと思いきやまっすぐに俺の方に向かってくる。 いったいなんなんだ? そう思っていると、俺の前に立った二人のうちの一人、男性が俺に握手を求めながらにこやかな笑顔で言ってきた。

「キミの噂はかねがね聞いているよ。 こんにちは、ゲンヤ・ナカジマという者だ」

「俺ピッチャーな!」

 …………スバルン関係かな?



           ☆



「少し大人気なくなかったか?」

「……ゼストか。 お守りならしっかりしてくれないと困るぞ。 これがどれほど危ないものか、お前も知ってるだろ」

「だからこそ、回収を急いだのだがな。 あと、その危ない代物であるレリックを鷲掴みしてる貴様はどうなんだ」

「回収するのは管理局の仕事だ。 みたところ、回収に行ってたやつらはガキ共ばかり。 ガキってのは、未来を担う大切な宝なんだよ。 こんなつまらねえ石ころごときで壊されていいものじゃねえんだよ」

 そういいながら、男はレリックを掴む拳に力を込めバラバラに壊す。

「相変わらず異常だな」

「安心しろ、俺以上の異常者が部屋にはいるから。 まったく……ミッドの市民はキチガイばっかりで困る」

「して、その貴様のいう“市民”はあの中に何人が含まれているのだろうか」

 そう聞くゼストに、男は呆れたような顔で言う。

「あの場にいる全員に決まってるだろ」




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