74.甘くはない
「あの……なのはさん……? ちょっと近いというかなんというか。 それじゃかえって料理ができなくなる──」
「だ、大丈夫! こ、これくらいで丁度いいから!」
俊が隣にいるなのはに言うと、なのははソーセージを切りながら答えた。
腋をしっかりとしめて猫の手にしたなのはは包丁とソーセージをじっと見つめたまま、不規則なリズムでありながら、しかししっかりと切り終えた。
それを見て、心の底から安堵する俊。 どうやらこの男、なのはが包丁で怪我をしないかヒヤヒヤさせていたらしい。
俊となのはの間──0mm。
だからこそ、なのはと俊が同時に振り向けば──
「「あっ……」」
二人の顔の距離も自然と近くなってしまうのが道理である。
「つ、次はなにをするのかな?」
「そ、そうだな。 材料を切り終えたし、さっそくナポリタンを作ってみようか。 それじゃ──」
「俊、今度はチョコケーキ作ってみたんだけど、どうかな?」
俊がなのはに教えようとした矢先、俊の隣にいたフェイトが不恰好なチョコケーキを差し出しながら聞いてくる。 チョコケーキはたったいま急いで作りましたよ、というのが目に見えるほど荒い作りになっていた。
「…………」
その歪な形に言葉を失う俊。 そう──チョコケーキはドクロの形をしていたのだ。
「な、なかなか斬新じゃないかな? お店には出せそうにないけど……」
苦笑いを浮かべる俊の反応をみて、フェイトは顔を俯かせる。
「ご、ごめんね俊……。 材料を無駄にしちゃって……」
「そ、そんなことないぞフェイト! このチョコケーキもらっていいかな!? 俺いま甘い食べ物を食べたい気分なんだ!」
「う、うん! そ、それじゃぁ……、あ〜ん」
チョコケーキのチョコの部分を指ですくい、俊の口へと運ぶ。
「え、あ、あの……」
いきなりのフェイトの急接近にたじろく俊。 先ほどまで距離感が掴めなかった女の子が、いきなりこちらの領域に踏み込んできたのだ。 いくら俊でもたじろいてしまう。 否、俊だからこそたじろいてしまう。
それでもフェイトは俊の口に指をもっていく。 その距離わずか5cm。
生唾一つ、ごくんと呑み込んだ俊は──
「あーん。 う〜ん……ちょっと甘いと思うよフェイトちゃん。 うん、──甘いよ」
俊はまな板と熱い接吻を交わすこととなった。
俊を押しのけたのはなのはは、そのまま俊の口に入るはずだったフェイトの指をくわえ舌で舐めとった後、そう評価を下した。 腐っても翠屋の看板娘、その舌はこの中で誰よりも確かなのである。
そんななのはに下された評価を、
「う〜ん、やっぱり甘いんだ。 それじゃ、もう少し苦くしたほうがいいかな?」
そう頭を掻きながら逆に質問した。
「うん、そうだね。 苦いほうがいいかな」
そう首を捻らせながら答えた。
「うん、それじゃ頑張ってみるね!」
「頑張ってねフェイトちゃん!」
「なのはもナポリタン作り頑張ってね!」
二人とも拳を握りしめながら互いの健闘を祈る。
二人の絆は、ちょっとやそっとじゃ崩れることはないみたいだ。
フェイトがケーキ作りに専念するのをみて、なのははホッと胸を撫で下ろす。
「危ない危ない……。 さて──俊くん、はじめよう……か?」
なのはが俊のほうをみて固まる。
そこには──
「一度口移しをやってみたかったんや。 俊、ドキドキするな……」
「ちょっとまって!? 俺とお前とじゃ絶対どきどきの感覚が違うって!? どこの世界に包丁を相手に突き付けたまま口移ししようとする女がいるんだ!?」
「ほら、いま流行のヤンデレってやつやな」
「お前がいうと洒落にならねぇ!?」
なのはがみた先には、親友のはやてが包丁片手に俊に口移しを迫っていた。 目がマジである。 そして俊は既に軽く泣いていた。
「ダメーー!!」
それをみて、なのはは俊を突き飛ばす。 隅に頭をぶつける俊。
「え!? なんで俺突き飛ばされたの!? 絶対に違うよね!?」
「はやてちゃん! そ、そういうのはダメだと思うよ!」
「えー、なんで? いいやん、口移しくらい」
「だ、ダメなものはダメなの!」
「聞いてる!? 二人とも俺の話を聞こうよ!? まず選択肢が絶対に間違って──」
「えーやん、えーやん。 変態の俊はそういうの喜ぶで?」
「しゅ、俊くんの好みならわたしだって知ってるよ! 確かに俊くんのゲームの中にはヤンデレものもあるけど」
「ちょっとまてお前ら。 俺の秘密を知りすぎじゃないのか? こうなったら、お前ら二人を孕ませて──」
「とりあえず包丁は捨てて、いますぐに!」
「ははっ、そんなに怒らんでもちゃんと捨てるよ。 わたしだって管理局の人間やで? こんな危ない凶器で人が傷つくのはみたないよ」
そういってはやては包丁を柱に刺す──俊のいる柱に刺す。
「…………!?」
そして俊は厨房から逃げ出した。
「あ、おいひょっとこ。 オーダーがたまって──」
「うわーーーーん!! ロヴィータちゃん、もう俺にはロヴィータちゃんしか頼れる人がいないんだーーー!」
「ちょっ、いきなり抱きつくな気持ち悪い!!」
俊が厨房から飛び出したところ、ヴィータが丁度俊を呼ぼうとしてたのかすぐ近くにいたので思わず抱きつく俊。
「ロヴィータちゃん、このさいロヴィータちゃんでもいい! 結婚しよう! 俺を守ってくれ! 大丈夫、ロヴィータちゃんのつるぺたボディも小さい女性器も俺は問題ないから! 俺の男性器なしでは生きていけない体にするから! もう一日中ベットの上で腰振っておこう!」
「えらく斬新なプロポーズだな、おい」
「久々にひょっとこさんが気持ち悪い」
「いや、いつものひょっとこさんじゃない?」
『それもそうだね』
「というか──気持ち悪いから離れろ!!」
抱きつくひょっとこを、本気で不快そうにヴィータは殴って離れさせる。
「そんな……ロヴィータちゃんまで俺を見捨てるのかよ……」
「へ? お、おいひょっとこ……?」
顔を俯かせ軽く鼻をすする俊。
これにはヴィータも驚きいつもとは違う、優しさと焦りがブレンドさせれ声色でひょっとこに話しかける。
「だ、大丈夫か? そ、そこまで怖かったのか?」
「だ、だっておま……、甘い展開の所でさ、なのはといい雰囲気の所で、フェイトといい雰囲気の所で、いきなりはやてに包丁向けられて……しかも助けてくれると思ったなのはに突き飛ばされて……挙句の果てにははやてが俺の顔数ミリのところに包丁立てて……フェイトはフェイトでガン無視だったし……」
「これ絶対にひょっとこさんのソウルジェム黒くなってるよ。 ひょっとこさんも私と同じように魔女化するよ」
「いつの間にアンタは魔女化してたの」
いまにも死にそうな顔をしてる俊に、ヴィータはどう声をかけようか思っていると──
俊の肩をとんとんとヴィヴィオが叩いた。 それにのろのろと顔を上げる俊。
そこには──アメの包装用紙を外して俊の口にアメを待機しているヴィヴィオの笑顔があった。
「パパー、だいじょうぶー? ヴィヴィオのアメさんあげるからげんきだして?」
「ガークンモアゲル!」
「ヴィヴィオ……ガーくん……、お前ら……!」
俊はヴィヴィオを強く抱きしめる。 離さないように離れないように強く強く抱きしめる。
「ヴィヴィオー! やっぱりヴィヴィオだけだよ、俺の味方は!」
「えへへ、ヴィヴィオはパパのことだいすきだからずっとみかただよ?」
「うっ……ありがとうな、ありがとうな、ヴィヴィオ……! 決めた! 俺はヴィヴィオと結婚する!」
「ほんと!? わーい、ヴィヴィオもパパとけっこんするー!」
「ああ! そしてガーくんが俺とヴィヴィオの子どもだ!」
『ヴィータさん、ひょっとこさん止めなくていいんですか? あの人頭おかしいですよ』
『いつものことだろ。 ほっとけ。 心配した私がバカだった』
外野からそんな声が聞こえてくるが、既に俊の耳には聞こえない。
「ヴィヴィオのあらゆる穴はパパのものだ! うへへへへへ! ヴィヴィオを対面座位でガンガン突きながら舌をいれてのキスをして、『パパのお○んちんなしではヴィヴィオ生活できない!』と言わせるまで調教してやるぜ!! うっひょおおおおおおおおお! ヴィヴィオ! いまから婚姻届をもらいにいくぞ!!」
「わーい!」
『ヴィータさん、なのはさんとフェイトさんが魔女化しました』
『そんなことより注文取れ』
『tantanmenonegaishimasu!!!』
『ヴィータさん、担担麺の人が魔女化しそうです』
『顔面に担担麺ぶつけとけ』
「よーし、行くぞ!!」
ヴィヴィオをだっこし、ガーくんを頭にのせて俊は翠屋を飛び出した。
それと入れ違いで翠屋へ入ってくるもの数名。
シグナム・ザフィーラ・シャマル・ウーノの買い出し四人組みである。
シグナムは外を指さしながらヴィータに問う。
「いまバカがマジ走りをしてたんだが、なにかあったのか?」
「いいや。 それよりなのはとフェイトと代わってくれ。 あいつら魔女化してるから使い物にならない」
「うむ、わかった」
ヴィータの要請を快諾し、シグナムたちは店の仕事をはじめた。
──1時間後
チリリリリッと大きな声を上げて翠屋の受話器が鳴る。
「ん? はいもしもし。 喫茶店翠屋ですが」
それを一番近くにいたヴィータが取り、電話の要件を聞く。
既にピークは過ぎ去り、俊もいないので客もあまり店内にいない時間帯になってきた。
「ああ、はい。 わかりました。 それじゃ、誰か迎えを寄越すと伝えてください、それでは」
電話越しだというのに律儀に頭を下げてヴィータは受話器を置く。
「ヴィータさん、なんでした?」
スバルの問いに、ヴィータは溜息を吐きながら答えた。
「アイツが警察に捕まったから引き取りにこいだってさ」
『なにがしたいんだアイツは!?』