75.動き出す歯車


 『夢は醒めるためにある』

「監禁された。 ああ、それと先に言っておくべきことではあるが俺が警察に捕まってしまい誰が引き取ったのか、とかいうそこらへんの話は全てカットさせてもらう。 何故俺が監禁されているのかを考えればおのずとわかってくることではあるが。 しかしそもそもとして、主役たる俺が幼馴染相手に泣きながら土下座するのはいかがなものか、まあ若干快感ではあったのだがそれはそれとして別問題だと私はここに強く断固抗議をする。 まあ、抗議したところで意味はないわけだが。 しかしながら、これだけは読者の皆さんにはお伝えしたい。 あの時のなのははヴィヴィオが俺を必死に庇うほど恐ろしかったと。 さて、ここで本題に入ろう。 誰かさんが俺を引き取ったのが午後3時ごろ。 そしていまの時間帯が約10時。 人間というのはよっぽどの極限状態でなければ7時間もすれば排泄の一つや二つをしたくなるわけであって、そもそもとして俺がいきなりこんな喋りはじめたのはそこで俺のノートパソコンを勝手に弄ってる幼馴染に振り向いてほしいからである。 まぁ何が言いたいのかというと──なのは、おしっこしたい」

「そこにペットボトルがあるよ」

「放尿プレイだと……!?」

 なんという女だ。 平気で俺に放尿プレイを強制しやがるとは……!

 しかしながら、俺もただ放尿するのは嫌である。 やはり放尿プレイならば──

「なのは──俺の黄色いリポビタン、飲んでくれないかな?」

「消えろ変態」

 プロポーズ大作戦、失敗である。

「俺なら喜んでなのはの聖水飲むのに」

「まずそんなシチュがありえないよね」

「ですよね」

 数%くらい、見込みがあると信じたい……!

「しかしなのはさん、そろそろバインドで絞められた両手首が痛いのですが。 そして足のほうもそろそろキツイのですが。 それにマジで漏れる」

「いや、わたしだって俊くんとずっといるんだから我慢してるんだよ? そのくらい察してよ」

「……ペットボトル使う?」

「結構です。 いざとなったらお手洗いに行きますから」

「できればいま僕を連れていってくれると嬉しいな。 お前、大好きな幼馴染の前で漏らすんだぞ? それがどれだけのことかわかってんのか?」

「どれだけのことなの?」

「快感でテクノブレイクしちゃうかな」

「問題ないね」

 言われてみればとくに問題はなかった。

「そういえばなのは。 さっきから俺のパソコンでなにしてんの?」

「俊くんが前にインストールしてくれた魔法少女もののゲーム」

「魔法少女が魔法少女もののゲームをするってなんか微妙……。 あ、すまん。 お前もう少女って年じゃなかったな」

「張り倒すよ、ゴミ虫。 しょうがないじゃん、世界観がゆるふわなんだから。 わたしだって本当はスターライトブレイカーで頑張っちゃうんだからね」

「俺だってホワイトブレイカーで頑張っちゃうよ」

「どんな対抗の仕方なの。 ところで俊くん、この年上もののエッチなゲームは捨てておくよ?」

「え゛ッ!?」

「当たり前でしょ。 キミは幼馴染で魔法少女もののゲームしか買っちゃいけません。 ま、まぁ……変身したときに純白の衣装だったり……栗色でツインテールのヒロインとかなら……わたしが少しだけカンパしてあげようかな……?」

「なのはがいるからそれはいらない。 俺にとっては、変身したときに純白の衣装で栗色のツインテールのヒロインはお前しかいらないんだ。 だから絶対にそういった被り物は買いたくない」

「そ、そうなんだ……。 ふ、ふーん……」

「まあ、たまに衝動買いしそうになるけど。 ちょっとだけなら被ってもセーフということで」

「この浮気者!!」

 なのはが俺の顔面に蹴りを叩きこんでくる。 パンツが見えたのでよしとしよう。

「しかしまぁ、六課の面々も頑張ってくれたようで何よりである。 とくに守護騎士たちとエリオとキャロ。 お礼に今度コスプレを貸出ししよう」

「わたしなら拒否るかな」

「お前はバリアジャケットがコスプレだと何度言ったら──」

「でも俊くん好きなんでしょ?」

「大好きです」

「ならよし」

 何がよしなのかよくわからない。 女心っていうか、なのは心は複雑怪奇な代物である。 とんだプレパレードである。

 しかしまぁ……こうやってなのはと二人、部屋にいると落ち着くな。 つくづく俺ってなのは依存症だわ。

「ところで俊くん」

「ん?」

「──上矢のほうには帰らないの?」

「えー……それをいま聞いちゃうの?」
 
「うん、聞くよ。 だってあそこは大切な場所でしょ」

 ゲームを止めて、なのはが俺の方をみながら答える。

「一度でいいから、帰ったほうがいいんじゃない? 色々なもの、あそこに仕舞ってるんでしょ」

「行くよ。 ただ──今回の帰省では帰らないって決めてるんだ。 あそこに行くと、苦い思い出まで蘇える」

「……そっか。 それじゃ仕方ないね」

「ああ、仕方ないな」

 仕方ない──か。

 なのはは既にその話はおしまいという風にゲームに熱中する。

「なぁなのは。 お前はどうだった、この10年間」

「もー、いきなりなんなの? シリアスモードにでも突入しちゃうわけ?」

「いやいや、そんなことないさ。 ただ──なんとなく思っただけだよ」

 本当に、ちょっと思っただけである。

 なのはは俺のほうを見て、不思議そうな顔をしながらも天井を見上げ唸る

「うーん、幸せだったかな。 そりゃ、確かに取りこぼしたものもあるし、悲しくて辛いこともあった。 闇の書事件のときなんてまさにそれだよね。 けど──それでも、それすらも、わたしは受け入れて──幸せだったと評価を下すかな」

 ……こいつも、フェイトと同じか。

「そういう俊くんはどうなの? 幸せじゃなかった?」

「勿論、幸せだったよ。 いまも幸せだ。 お前がいて、フェイトがいて、はやてがいて、ヴォルケンがいて、新人達がいて、スカさんウーノ、おっさん、クロノにユーノ、そしてヴィヴィオ、皆がいて俺はこの10年間幸せだったよ」

「もう、ほんとにどうしたの? トイレ行く? 連れて行くよ?」

「なぁお前からみて、俺は強くなれたかな?」

「……へ?」

 俺の言葉になのはが疑問符を浮かべる。 それにそうだろう、なんせいきなりの展開なんだから。 けど──いま確認しなければ、もう二人っきりのチャンスなんてないと思うから。

「なのはは新人達に言ったよな? 『理想を説くには力がいる』ってさ。 あのセリフ、10年前に丁度、闇の書事件のときに言われたよ」

「それって……」

「ああ、俺とリンディさんだけの秘密さ。 今思えば、俺があそこに辿り着けたのも“上矢”の名前があったからなんだろうけどな。 その時に俺はとある人達と会った」

「とある人達? 確か俊くんは管理局に行ったから……局員さんかな?」

「ああ、局員さ。 流石のお前らでも恐縮するような──そんな人だったよ。 その人に言われたんだ。 『9歳の子どもの夢物語に付き合ってる暇はない。 力なき理想など、ただの戯言にすぎない。 我を通したくば力をつけろ』 ってさ。 そしてその人は、俺に一つのエンブレムを放り投げた。 ぐしゃぐしゃに折れ曲がったエンブレムだ。 そしてその人は言ったんだ。 『力をつけたら返しにこい』 って。 そのエンブレムは、いまも俺の部屋に置いてある。 ……あの人もあの喋り方は無理してたんだと思うけどな」

「……?」

 なのはが小首を傾げる。 くそッ、可愛いなぁ。

 まあ、確かにいまいち要領の得ない話ではあるよな。 けど、それでいい。 いまはそれでいい。 ただ俺は──絶対に信頼できる高町なのはの評価が欲しいのだ。 この物語を終わらせるために──

「要領を得ない話でごめんな。 訳のわからない話でごめんな。 ただ一つ、俺はなのはに聞きたいことがあるんだ。 今度こそ俺は──笑顔で物語を終わらせることができるかな?」

 両手両足を拘束されてもなお、俺はなのはの目を真剣に見ながら答えを待つ。

 なのはは俺のことを不思議に見ながらも、意を汲んでくれたのかやがて真剣な瞳で大きく頷いてくれた。

「うん。 俊くんならできるよ。 だって俊くんは“法則壊し道化師”でしょ? できるに決まってるよ」

 笑いながらそう言ってくれるなのは。

 よかった──これで決心がついたよ。

 それじゃ、待っているあの子に伝えるか。

「あッ、なのは!? 俺もう漏れるから、いますぐペットボトルに出すから部屋出てってくれないかな!?」

「なんでそうやって雰囲気壊すのかな!? どんなシリアスブレイカーだ!?」

 なのはは顔を赤くしながら、『もー、バカ!』と言いながら部屋から出ていく。 ちゃっかり俺のノートパソコンを持っていくのがなのはらしいよね。

             ☆

 まったく……俊ってば、なのはを追い出すのにあんな手を使わなくても……。

 それにしても、気が重い。

 だって、俊の答えはもう決まったみたいだし。 いや、元から決まっていたのかな?
 
 だからこそ──俊はこれまで動かなかったみたいだしね。

「俊、はいるよ?」

 コンコンと扉をノックするが、俊の声は聞こえてこない。

 ……? 演出でもするつもりなのかな?

 少しの間まってはみるものの、俊からはやはり返事が返ってこなかった。

「俊、はいるからね」

 ガチャリ

「くそッ! 俺のチンコじゃペットボトルにはいらねえよ、というかバインドで両手足縛られてるからポイントが定まらねえ!!」

 パタン

 …………最悪の演出を見た気がする。

 両手足を縛られたままペットボトルで頑張ろうとしてる姿をみると、百年の恋も冷めてしまいそう。

『あっ、そういえばフェイトが待ってるんだった。 気配はするから、ちょっと恰好よく待っておこうかな』

 ごめんね……、ごめんね俊……!! もう無理だよ……! 

 一つ咳払いして、俊の部屋に入る。

 これから私は執務官としての仕事を始めます

          ☆

「遠路遥々ご足労痛み入ります、フェイト執務官。 一市民の上矢俊と申します。 どうぞお見知りおきください」

「執務官のフェイト・T・ハラオウンです。 上矢俊さん初めまして。 ──っていうやり取りをどこかの並行世界ではやってるのかな?」

「きっとな。 それでフェイト、要件はなんだ? もう少し早くきてくれたら、なのはと3Pできたんだけどな」

「ふざけないの。 俊もわかってるでしょ? ──ジェイル・スカリエッティのこと。 いま下でヴィヴィオと遊んでる人のことだよ」

 フェイトの言葉に頭を掻く。 まいったね、流石フェイトちゃんだ。

「あー……、もしかしてさ、フェイトが気付いてるってことは、他の面々も気付いてたり……?」

 恐る恐る聞く俺に、フェイトはとっても悲しそうな顔をして──

「非常に言いにくいんだけど──六課は通常運営みたい……」

 思わず顔を覆った。

 ようするにフェイト以外は気付いてないってことですね。 流石六課だ。 次元が違うぜ。

「まあ、だからといって何が変わるってわけでもないんだけどな」

「まあね。 そしてこの件はおじさんが担当してるんだって。 なんでかわからないけど」

「おっさんが? フェイトじゃなくって? おいおい、てっきりフェイトがこの件を担当してるんだと思ってたけど」

「勿論、私もできるんだけどね。 決定はおじさんが決めるみたい。 ちょっと距離を縮めすぎたのが原因なんだろうね……。 次元犯罪者と執務官の関係のままでいれば……ってね。 情は公平を捻じ曲げるっていうしさ。 そしておじさんは『あのバカに決めさせる』らしいよ。 ようは俊次第ってことだね」

 ……成程な。 確かに、周辺で“一般”市民は俺だけだしな。 リンディさんはこの場合、除外になるか。

「といっても、俊の中ではもう決まってるんでしょ?」

「ああ、残念ながらね。 それよりフェイト、お前はいいのか? ずっと探し求めていた相手だろ、スカさんは」

「確かに、私はずっと探してたよ。 もしかしたら、母さんのことも聞けるかもしれないし、あの人が関わってると思うからね」

 フェイトは俺の隣に座りながら、そう漏らす。

「けど、いまのあの人を逮捕するのは……なんだか勿体無い気がする。 このままあの人が何もしないでいるのなら……そう思ってはいるけど。 現実問題として、そうはいかないんだよね」

「ああ、確かにおっさんも言ってたな。 スカさんから仕掛けなければ〜、みたいなこと言ってた。 ウーノさん、戦闘機人なんだろ?」

「うん……。 よく知ってるね」

「とある人達に聞いた。 流石は無限の欲望、天才だ。 けど──それ以上に変人だ」

「それ俊が言っても意味ないよ」

「ごめんなさい」

 確かにスカさん以上に俺が変人だった。

「俊はどうしたいの? 市民である俊が一言通報すれば、そこでスカさんを捕まえることができるよ。 おじさんは『5秒あれば片が付く』みたいだし」

「おっさん怖すぎ関わりたくない」

 フェイトがクスクスと笑う。

 釣られて俺もくすくすと笑う。

「なぁフェイト。 ごめんけど、もう決めてるんだ。 いまはまだ攻略法がわからないけど──ハッピーエンドにしてみせるよ、この物語。 スカさんだって、六課だって、管理局だって、登場人物全員が笑顔で終われる物語だ。 だからごめん──見逃してくれ」

 手を合わせて、フェイトに頭を下げる。

「うん、いいよ。 けど無理はしないでね? 無理をしてると判断した場合、ベットに拘束して一日中面倒みるから」

「すいません、それ性関係もアリですか?」

「……やる?」

「……え、……いや……えーっと」

「意気地なし……」

 フェイトはつま先で俺のミゾを蹴り込むと、サッと立ち上がり舌を出す。

「それじゃここで私と俊が会ったことは皆には秘密ね」

「あぁ、二人だけの秘密だ」

 そうしてフェイトは扉に手をかける。

「ねぇ俊。 俊の言ってることは夢物語じゃないよね? ──信じていいよね?」

 振り返り、俺にそう言ってくるフェイト。

 ……そうだよな。 フェイトだってずっと探してきたんだもんな。 スカさんバカだけど。 スカさんアホみたいなことしかやってないけど。 それでも──プレシアとつながりがあるのがスカさんなんだよな。

 俺はフェイトに向かって言い切る。

「夢は叶えるものじゃない。 夢は信じるものじゃない。 夢は見つめるものじゃない。 夢は視るものじゃない。 夢は掴むものじゃない。 夢は──醒めるものだ。 そして後に残ってるのは──ただの現実、物語だけさ」

 だから任せてくれ、フェイト。

 絶対に、スカさんに思う存分プレシアのことを聞ける未来を作るから

「俺が困ったら助けてくれ」

「ふふっ、言われなくてもそのつもりだよ」

 そういって今度こそフェイトは扉を閉める。

 プレシアのときは失敗した。 リィンフォースのときは半々だった。 だから今度こそ──成功させる。

「ま、その前に残りの休暇を楽しむとするか」

 はやく帰ってこないかな、なのは。

 膀胱が大変なことになりそうなんだけど。




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