79.はやてスウィートデビル
『生きる意味がないからって、それが死ぬ口実になりはしない』
「本当に一人で大丈夫かしら? 私も翠屋をお休みしてはやてちゃんの看病手伝うわよ?」
「いえ大丈夫です。 桃子さんは翠屋で皆が笑顔になるようなケーキを作ってきてください」
五日目の朝。 つまりは八神はやてが風邪で寝込んだ次の日、俺は翠屋の手伝いを止めて一人ではやての看病に名乗りを上げた。 目の前には高町なのはの母親、桃子さんが心配そうにこちらを見つめているわけだが、そこまで俺は信用ないのだろうか?
「ねぇ、俊くん?」
「ん?」
桃子さんの隣にいたなのはが俺を呼ぶ。 三日目からずっと手伝いをしているなのは。 流石は翠屋の看板娘だ。
「その……はやてちゃんに手を出したら……ただじゃおかないからね?」
「あの……少しは俺のこと信用してくれませんか?」
どうやらなのはは桃子さんみたいに遠回りすることなく、ストレートに攻撃してくるようだ。
「流石の俺も病人相手に手をあげるほど腐ってないよ。 それに、そんな気分にもなりはしないさ」
今日の俺は性欲激減している。 なんせゼニガメが火傷を負ってるからね。 明日まで安静するように言われたからね。
「おいひょっとこ。 はやてが少しでもお前の看病に不満を漏らしたらボコボコにするからな」
「はっは、ロヴィータちゃん。 その本気の目はやめてくれないかな? いや、マジで怖いって」
「大丈夫ですよ。 一応、私も残ることにしましたから」
「あれ? シャマル先生も残るんですか?」
「ええ。 ひょっとこさんだけだと、何かと不安ですし。 ただ、はやてちゃんの相手は任せますよ? 私はあなたのサポートに徹しようと思います」
……? 俺のサポート? シャマル先生も一緒に看病すればいいのに。 確かに、俺一人で看病できなくなったのは残念ではあるが、だからといってシャマル先生を毛嫌いする理由もないし、はやてだって二人で看病してもらうほうがやっぱり嬉しいかもしれないし。
「まあまあ、それじゃ皆さんはお仕事頑張ってきてくださいね! ほら、いきましょう」
シャマル先生で俺の腕を取り、高町家の中へと入っていく。 俺は玄関の前で皆に見送られる形になりながら中へと入っていった。 俺が見送るはずなのに、どうしてこうなった。
☆
コンコンと自分の部屋をノックする。
『んっ……だれ……?』
「はやて、おれだよ。 入るぞ?」
はやての返事を聞かずに入室する。
「気分はどうだ?」
「最悪や。 うら若き乙女の起きたばかりの顔を見る男なんて最悪や」
「安心しろ。 お前はどんなときだって可愛いから」
部屋にはいると、俺のベットではやてがこちらをジト目で見ていた。 それに苦笑しながら机の椅子をベットの傍にもってきてそこに座る。
はやての顔をみると、まだ熱があるのか顔に赤みがさしていた。 右手ではやての額を触り大まかな熱を測る。
「うーん……37.8ってところかな〜。 昨日に比べれば下がったけど、まだまだ安静してないとダメな体温だな。 ほら、起きてないで寝ろ」
「……昨日沢山寝たからもういい……」
「なにガキみたいなこといってんだよ。 病人は寝るのが仕事だ」
起きようと体を起こすはやての頭をゆっくりと倒す。 抵抗がないところをみると、やはり大分弱っているようだ。
「う〜〜……。 ねぇ、翠屋はええの?」
「ああ。 なんとかなるだろ。 士郎さんと桃子さんいるし。 フェイトも桃子さんがほめるほどのケーキ作りの腕だし、ヴォルケンも一緒だし」
「ふ〜ん……。 それじゃ、いま二人っきり?」
「いや、下にシャマル先生がいるよ」
「そっか……」
はやては小さくそう呟いた。 あれですか? やっぱり僕だけだと不安なんですかね? ちょっとショックですよ。
「……めんな……」
「ん?」
「……ごめんな。 わたしが風邪ひいたから……翠屋の手伝いできんで……。 けど、もう大丈夫やから手伝いにいってええよ……? シャマルもおるし、あとは一人でできるから……」
布団を顔まで持っていったはやては俺のほうをみないままそう言った。 布団に顔が隠れているせいでちょっとくぐもって聞こえはしたが……まったくお前はなにをいってるんだか。
はやての頭を撫でながら答える。
「お前を独り占めできるチャンスをみすみす逃す俺じゃねえよ。 翠屋の手伝い? お前と二人でいるほうがよっぽど嬉しいし楽しいし、大事だわ」
そういうと、はやては布団を顔全部が隠れるほど上げ──たかと思うと、ゆっくりと目の位置まで下げる。 目はこちらを伺いながら──
「ほんと……?」
「ああ。 本心だよ」
「……ありがと」
「礼を言われる筋合いがわからんな」
「……そういうことにしといたげる」
目はこちらを伺いながら聞いてきたので、俺も本心で答える。
はやての頭に置いていた手をそっと離す。
「あっ……」
「ん? どうした?」
「う、ううん……。 なんでもない……」
はやては首を横に振る。
そんなはやての手を俺は握った。
「……この手はなんなん?」
「握りたくなった。 ほら、たまに誰かの手を握りたくなることないか?」
「まぁ……それはあるけど……。 だ、だからっていま握らんでも……」
「んじゃ離す。 悪い」
「あっ……! や、やっぱり離さんで……」
はやての手を離すと、逆に離した手をはやてが掴む。 そして強く強く握りしめた。
そういえば、はやてが9歳のときにもこんなことした記憶があるな。
「なぁ、なんか懐かしいな俊。 こうやって二人でこんな過ごすのんびりとした時間って」
「そうだな。 お前の足が治ってからはこんな時間を過ごすことはなかったからな。 いや、もっというならば闇の書事件後からはなかったもんな」
闇の書事件。 俺が体験した、なのは達が経験した、もっとも強大で凶悪な事件。
あらゆる人を巻き込み、あらゆる人が嘆き、誰かが泣いた──そんな事件。
そして──俺自身にとっても大事な事件。
高町なのは、フェイト・テスタロッサ、ユーノ・スクライア、クロノ・ハラオウン、リンディ・ハラオウン、シャマル、ヴィータ、シグナム、ザフィーラ、八神はやて、そして──リィンフォース。 全員が頑張って終わらせた物語。
長い時間を経て、ようやく終わらせた物語。
そして──
「何もできなかったなぁ……闇の書事件」
俺が何もできなかった物語。
管理局の上層部に喧嘩を売って、それで終わりだった。
「そんなことあらへんよ。 俊のおかげでリィンフォースは笑顔で旅立つことができたやんか。 助けたやんか」
「あれを助けたとはいわないよ。 俺はただ、リィンフォースに皆で取った集合写真を渡しただけさ」
あのときのことはいまでも覚えている。
どうしようもなくて、どうすることもできなくて、助けたいけどそれは敵わなくて、けどなにかしてあげたくて、なにかしたくて、俺は旅立つリインフォースに──皆で撮った集合写真をあげたんだ。
『きっと独りは寂しいから、きっと俺たちがそっちに逝くまで退屈だと思うから、きっと俺たちも成長してると思うから、見間違わないようにリインフォースにこれをあげとくよ!』
そういって俺は現像した集合写真をあげたんだ。
それをもらったリインフォースは笑顔でいった。
『私のために、泣いてくれてありがとう。 だけど笑ってくれ。 そうじゃないと私は心配で旅立つことができないじゃないか』
手にしたものは海鳴の平和
失くしたものはかけがえのない友
味わったものは無力感
あれほど自分を呪ったことはない。
「けど、リインフォースは笑ってたで? それにリンディさんから後で聞いたよ。 俊はとんでもないことをしてくれていたってね」
「あのババア……もとい魔法熟女め。 俺の黒歴史をべらべらと喋りおって」
「けど、内容は教えてくれんのよ。 概要は教えてくれるんやけど」
「いや、それでいいと思うよ。 知ったら知ったで後悔すると思うから」
最悪、俺がみんなに捕まっちゃうから。
それにしても──
「お前いつまで握ってんの?」
握られた手を軽く揺らしながら聞く。
「……ずっと握っちゃ……ダメ?」
瞳を潤ませながら聞くはやて。 それに俺は頬を掻きながら、
「ま、まぁ……べつにいいけど。 今日はなんでもいうこと聞くわけだし」
そう答えるのが精いっぱいだった。 いかん。 病人に手を出すなんていかんぞ。
「なぁ俊。 のど……かわいた」
「水でも飲むか? それともポカリにする?」
「俊の唾液」
「風邪が治ったらな」
「約束やで?」
「はいはい」
基本的に酔っ払いと病人の約束ほどあてにならないものはない。 ほとんど忘れてることが多いし。
先程よりも幾分か機嫌が良くなったはやてを見ながら思う。
そろそろ昼飯にしようかな。
☆
「なのは。 いつまでそわそわしてるんだよ」
「だってだって! 俊くんとはやてちゃんが同じ部屋に二人っきりだよ!? 絶対なにか起こっちゃうよ!?」
「あいつが手を出せるわけねえだろ、とにかく落ち着け」
「でもでも! はやてちゃんが俊くんを押し倒したりなんかしたら……」
「病人にそんなことできるとは思わないが……」
「ヴィータちゃんは甘いよ! このロリ!」
「ロリを馬鹿にするんじゃねえぞ!」
翠屋の一角でなのはとヴィータが口論を繰り広げる。 なのはは残してきた俊を心配しており、ヴィータはまったくの真逆。
「なんというか……どうしてアイツ程度にそこまで真剣なれるのかしら……」
「あはは……。 まぁ触れてみないとわからないかもね、俊のことは」
それをみていたアリサがなのはに呆れた視線を向けた後、自分の横にいるフェイトに少しばかり畏怖に似た視線を向けた。
アリサ・バニングス。 高町なのは、フェイト・T・ハラオウン、八神はやて、上矢俊の小さい頃からの友達──俗にいう幼馴染である。
「そもそもアイツに触れたくないわよ、私は。 変な病原菌貰いそうだし……」
「……Kウイルス。 ちょっと気持ち悪いかも」
「でしょ?」
それを近くで聞いていたティアが呟く。
「いや……既に何名かそのウイルスにかかってますけど……」
何とも言えない顔で、自分の上司たちのほうをみるティア。 しかしながら、ティア自身がTウイルスとなって上司に変態行動をしているせいか、まったくもって説得力もなにもない。
「ほんと、まったくもってその通りよ。 彼にかかわると碌なことにならないからやめておきなさい、フェイト」
「あ、お義母さん……」
「昨日の話を聞いても思いましたが、リンディさんはアイツに対してあまりいい印象を抱いてませんよね。 まぁそれが正常だと思いますが」
「けど、お義母さんはなんで俊のことをそんなに毛嫌いしているの? 俊はお義母さんとも仲良くしたいと思ってるよ?」
疑問符を浮かべながら聞くフェイト。 そのフェイトの問いにリンデイは苦虫を噛み潰したような顔をして答える。
「あなたたちは知らないのよ。 彼の怖さを。 彼が10年前、管理局の本部で何をしたかをね……。 彼絶対に次元犯罪者になったら手に負えないわよ」
そう呟くリンディ。
「そういえば……アイツがあのとき何をしてたのか、誰も知らないよな。 概要しか教えてもらってねえし」
先程までなのはと口喧嘩していたヴィータがそしらぬ顔で話しに加わる。 その横にはなのはもいた。
「私やスバルやエリオやキャロに至ってはまったく知りませんけど」
ティアが新人を代表してそう口にした。
全員がリンディに注目する。
その全員の視線を受けて──リンディは首を横に振った。
「ごめんなさいね。 こればかりは話せないの。 ただこれだけは言えるわ。 彼は──上矢俊という存在は、“大将”と呼ばれる人物たちならば全員が知ってるほどの有名人よ。 それほどのことをやらかしてくれたのよ」
『何をやったらそうなるんだ』
全員の声がはもる。 その声は若干呆れていた。
「まぁ、俊くんならありえない話じゃないよね。 奇行が半端ないし」
なのはの困り顔で口から出た言葉に全員が頷く。
「そう──そうなのよ。 彼は、『奇行の貴公子』なのよ!!」
リンディが一回転して綺麗にストップしながら、右手を大きく広げ左手を天に向け悲壮感漂う顔でそう叫んだ。 営業妨害甚だしい女性である。
『…………』
全員が押し黙る。 一分か二分かした後
「き、奇行の貴公子って……! ブフッ! り、リンディさん、は、恥ずかし……!」
「うわー……フェイトさんのお義母さんセンスが凄いですね……」
「て、テスタロッサは、くくっ、こ、この、せ、センスを……受け継いでは、い、いないのか……?」
「お、ぉおおおおおおおおおおおおおおおおお義母さんっ!? 何言ってるの!? は、恥ずかしいからやめてよっ!?」
ポーズをとったリンディをフェイトは必死に止めさせる。 顔は耳まで真っ赤であり目には涙をためている。 自分の母親がこんなことをしていたら娘としては恥ずかしいなんてレベルではないだろう。
とんだ黒歴史である。
「つーか……いま貴公子っていったよな……」
「リンディさんはあの人のことをどう思っているんでしょうかね……。 普通、貴公子なんて呼ばないと思いますが……」
「まぁ、ぶっちゃけ痛いよな」
「古臭いですね」
世代が違うから仕方ないとはいえ、流石のティアもこれには白けた目を向ける。
一方、当事者であるリンディは──
「フェイト……」
「なにっ!?」
「やりきった気がするわ……」
「もう帰ってくれるかなっ!!?」
とても気持ちいい、清々しい顔でフェイトに報告していた。
そんな一連の行動を見ながらシグナムが顎に手を置きながら昔を思い出すように喋る。
「奇行といえば……あれが印象に残っているな。 アイツが自分のふくらはぎに果物ナイフを刺したとき」
『……え゛っ』
シグナムの言葉になのは・フェイト・ティア・スバル・エリオ・キャロが固まる。
「あぁ、そういえばあったな。 あの時はマジでトチ狂ったのかと思ったけど……」
ヴィータはふと何かを思い出したかのように喋ると、他の守護騎士の面々が頷く。
「あ、あの……どうしてそんなことしたんですか……?」
ティアの疑問にヴィータは頭を掻きながら困りながら答える。
「まぁ、なんというか……はやては小さい頃に足が不自由で、歩くこともなにもできなかったんだよ。 それでも気丈に振る舞って、それに私達も安心してて……。 けど、はやてはアイツにだけ漏らしたんだよ」
『なんでわたしだけ……歩けないんやろうな。 ほんとはわたしも歩きたい……。 俊には、歩けない辛さ……わかる?』
「わかるわけないよな。 勿論、アイツにもわからないさ。 だからアイツははやての気持ちをわかるために、はやてと同じ土俵に上がるために、そばにあった果物ナイフを手に取って──自分のふくらはぎに思いっきり刺したんだ。 そしてアイツは汗をだらだらと掻きながら笑いながらこういったらしい」
『辛いというか、痛いな。 お前すげえよ、こんな痛みにずっと耐えてたなんて。 ほんと、よく頑張ったな』
「ほんとバカだよな。 普通やらないぜ? そんなバカなこと。 けど、それでもアイツはやるんだよ。 常識なんて投げ捨てる──アイツはそんな大馬鹿者なんだ」
「だから主はやては気に入ったのかもしれないな。 それに──アイツは主はやてのはじめての友達だからな」
「はじめての友達……ですか?」
ティアの言葉にシグナムは頷いた。
「特別な友達だ」
☆
昼飯はシャマル先生が運んでくれた。 はやてにはおじや、俺にはなし。 シャマル先生曰く『下に取りにきてください』 とのことだったが──
「なぁなぁ俊。 はやく食べさせてーな」
こんな状態で下に取りにいくもない。 どう考えても無理である。
「はやて、自分で食べれるんじゃないかな? ほら、熱も大分下がってるし……」
「無理や。 ほら、手が震えてるからもてへんもん。 それともか弱い乙女に無理矢理もてっちゅうんか?」
はやてはそういいながら、繋いだ手とは逆手を掲げる。 どうやら本当にふるふると震えていているようで、これでは器を持ったら零しそうだし、スプーンを持ったら落としそうだ。 ……けど、どうして繋いで手は震えてないんだ?
「たーべーさーせーてー」
「はいはい、分かったからしなだれるな」
はやてがパジャマ姿のまま俺にしなだれかかってくる。 大分体調も回復してきたようで安心した。
それは俺にとっても嬉しいことで、思わず顔がほころぶ。
今日のはやては若干甘えん坊ではあるが、風邪だししょうがない。 それに、正直なところ、こうやってはやてに密着されて嬉しい。
といっても、この状態じゃ食べることもできないのではやてをちゃんと座らせてシャマル先生から受け取ったおじやをお椀にうつす。
そしてはやての口の前にもっていく。
「ほら、熱いからきをつけろ。 あーん」
「あーん。 ん〜、おいしいなぁ」
「きっとシャマル先生の料理で金輪際こんな奇跡的な成功をみせた料理は現れないだろうな」
一人で納得する。 いや、たぶんそうだろう。 なんせあのシャマル先生だし。
「けど、どうせだったら俊に作ってほしかったかも……」
「作ろうとしたけど、お前が手を離してくれなかったんだろ」
「ふっふっふー。 俊はわたしの物や」
「はいはい。 どうぞどうぞ、好きに使ってくださいな」
どうせ病人だ。 何もできないだろ。
はやての口におじやをどんどんいれていく。 おじやを運ぶたびにはやてが小さな口を『あーん』と自分で言いながら開く姿はとても可愛らしく、正直こう……抱きつきたくなる。 それに何故か女の子座りで座っているはやては、エサをまつ雛鳥のように時折俺をみながらしかしほとんど目を瞑って、ただただ俺に身を任せるのみである。
適度に水を飲ませつつ、ゆっくりとしたペースで完食までもっていく。 口の周りについた汁を指で拭き取ると、はやてはくすぐったそうに肩を震わせながら目を開けた。
「もう終わりなん……?」
「ああ、えらいよはやて。 ちゃんと完食できたな。 これだけ食べれれば十分だ」
頭を撫でる。 すると、ちょっとだけ残念そうな顔で
「もうちょっと……食べれるのに」
そう言った。
「あんまり食べすぎるとよくないから、これくらいで丁度いいよ。 さて、薬を飲んで後はまたゆっくり寝るとしようか」
「う〜……寝たくない」
「だーめ。 寝なきゃ治らないだろ?」
「治らなくてええもん……。 そしたら、ずっと看病してくれるんやろ……?」
俺の手をとって下から見上げてくるはやて。 まぁ、確かにその通りではあるのだが──
「俺は看病するよりも、お前と一緒に二人で元気に過ごしたいな」
確かに看病するのもいいが、それよりも何よりも俺はお前と──八神はやてと元気に過ごしたい。 苦しんでいる顔より、笑顔のほうがいいに決まってる。
「…………。 そう……なんか。 ま、まぁ……あんたがそこまで頼むなら治してあげてもええかな……」
お前は頼みこまないと治さないのか。 ある意味すげえな。
違う意味で体調管理抜群じゃねえか。
「はやて、シャマル先生がくれた薬を飲む時間だぞ」
「う〜ん……、あーん」
「ったく……、はいはい」
カプセル錠の薬をはやての口に入れ、そばに置いていた水を口に入れていく。 零さないようにゆっくりとコップを傾けていく。 それでもやはり、自分のペースじゃなく苦しかったのか、はやてはとんとんと俺の手を叩き、それに伴い俺が口からコップを遠ざけると軽く咳き込んだ。
「す、すまんはやて!? だ、大丈夫か!?」
「はぁ……はぁ……。 俊って意外とアレなんやな……。 のどが結構苦しかったで?」
「ご、ごめん……」
「ほんと、一線越えさせればイくとこまでいけるんやけどな……。 アホ」
はやてが俺の胸を軽くたたいてくる。 やはり風邪だからだろうか、その攻撃には力がなかった。
そうしていると、心なしかはやての頭が船を漕ぎだした。 どうやら薬の副作用が効いてきたようだ。
「はやて、眠いか?」
「う〜ん……そんなことあらへんよー。 ぜんぜん……むくないで〜」
かなり眠そうだった。 ちゃんと日本語喋れてないし。
「ほらもう寝ろ。 ちゃんと寝なきゃ治らないんだし」
はやての両肩をもってゆっくりとベットに押し倒す。
「やー、襲われてるー」
「はいはい。 ったく、元気だなー」
子どものように笑うはやてを見て、苦笑する。 これが昨日ぶっ倒れた奴と同一人物なのか?
寝る姿勢に入ったはやては俺の手を探るように動かす。 その手に握りしめる俺。
すると、はやてがふふっと笑って俺のほうに視線を向けて言う。
「俊は、はじめて会ったときのこと覚えとる?」
「ああ、覚えてるよ。 衝撃的でも劇的でもない、普通の出会いで、そして俺たちは普通に友達になったんだよな」
「わたしにとっては衝撃的だったで? いきなりあんなこと言われるんやもん」
「ははっ、だって面倒だったんだもん」
はやてと会ったのは、闇の書事件よりもずっと前──事件、なんてものとは縁遠いところで友達になったのだった。
☆
──10年前
「学生の内で一番めんどくさい宿題ってのは夏休みにある自由研究だ。 あれほど面倒なものはない。 “自由”と銘打っているのに“強制的”に何かを提出しなければならないんだからな。 しかもだよ? 幼馴染の一日の行動を研究して提出したら職員室に呼び出すとかありえねえだろ? ああ、幼馴染ってのはめちゃくちゃ可愛くてマジ嫁に欲しいくらいの女の子のことなんだけどさ。 ちなみに魔法少女ね。 そして、その自由研究の次に面倒なものがこの読書感想文。 そもそもなに? 感想文って。 “感想”ってのは読了して思ったことをそのまま口に出すものだろ? わざわざ何文字書けとか指定してさ、その文字に達成しなかったらやり直しって意味不明だろ。 思ったことを素直に出すのが感想であって、思ってもないことを文字に表すのはどう考えても捏造だろ。 そう思わないかい? 文学少女よ」
「えっと……そう……なるんかな? というか、幼馴染が魔法少女って……頭おかしいんとちゃう?」
「まぁ幼馴染が魔法少女ってのはどうでもいいんだよ。 いまの問題は読書感想文だよ。 最優先事項は読書感想文なんだよ」
「はぁ……」
担任に読書感想文の再提出を喰らったおれは、なのはとの帰宅を泣く泣く諦めて図書館にきていた。 なんか図書館にきたら書けるかもという訳のわからない理由できてはみたものの、天は俺を見捨てなかったのか、文学少女と俺とを引き合わせてくれた。
なのはやフェイトと同じほどの美少女。 そして手には大きな本。 間違いなくこの子は俺の読書感想文を代わりに書いてくれるはずだ。
「ところでキミは本好きなの?」
「まぁ好きかな。 というか……本を読むくらいしか楽しみがないっていうことなんやけど……」
文学少女は自分の足をチラリとみて、俺に笑いかけてくる。
骨折でもしてるのかな?
「うーん、そっか。 でも本は確かにいいよな。 本ってさ、自分が主人公のような気分になれるし、現実ではありえないことだって出来るし」
なのは辺りは現実ではありえないことを平然とやってのせちゃうけど。
「ところで文学少女、名前はなんていうの?」
「八神はやてやけど……、あの……本当になんなん? 新手の変質者……?」
「こんなカッコイイ変質者がいるか。 それじゃはやて。 友達として頼みがある。 ──俺の読書感想文、明日まで書いといて」
「……は?」
「いやー、もつべきものは友達だな! んじゃ、よろしく!」
携帯も震えだしたことだし、俺ははやてに自分の読書感想文を押し付けて図書館を退館した。
──次の日
「はやて。 これはどういうことなんだい?」
「いや……どういうこともなにも、自分の宿題は自分でせなあかんやろ」
信愛なる友達である、八神はやてと出会った次の日、俺は学校帰りにはやてに会うため図書館にきたのだがそこで待っていたのは冷酷で残酷な現実であった。
ようは──八神はやてが俺の読書感想文を書いてくれなかったのである。
「い、いやいやいや俺たち友達だろ?」
「損得の感情がないと成立しない友達関係なんて御免こうむるで」
なにこの子、めっちゃカッコイイんだけど。
仕方なくはやてに差し出された読書感想文を受け取る。 しょうがない──言葉巧みになのはを騙し書かせるとしよう。
そうと決まれば善は急げである。 俺ははやてに別れの言葉をいって図書館を後にする──しようとしたところで呼び止められた。
「これ、わたしが読んだなかでは結構面白いで。 まぁ……アンタが気に入るかはわからんけど」
ぶっきらぼうに差し出されたのは、小さい女の子が5人の小人と幸せに暮らす物語。 なんとも可愛らしい絵であり、いかにも童話っぽかったが、俺はついつい受け取ってしまった。
「んじゃ読んでみるか。 友達のオススメ本だしな」
「絶対はまるで。 友達のオススメ本やから」
その日、俺ははやての隣で図書館が閉館するまで本を読んだ。
☆
「それからだったよな。 俺が毎日図書館にくるようになって、二人で並んで本を読む。 そんな光景が日常の一部となったのは」
「ほんと、ビックリしたで。 いきなり読書感想文書いてくれ! とかバカとしかいいようがないし。 あれ最終的にはどうなったん?」
「ああ、あの本の感想書かなかった。 そのかわり、一人の少年が図書館で文学少女と一緒に本を読む作品の感想書いて提出した」
「……あんた……それ創作っていうんじゃ……」
「大事なのは何を読んだかじゃない。 どう感じたかだ」
それに先生からは百点満点をもらったので万々歳である。
「そういえば、それから少しくらいしてはじめてアンタは家に遊びにきたよね。 広い家にわたし一人だったのに、その日を境に一人分多く声が聞こえるようになって。 それがたまらなく嬉しくて、アンタはそのことをわかっていたのか、ほとんど平日はギリギリまで家にいてくれて。 帰ったら帰ったら電話してくれて。 休日の日は泊まりにきてくれて……ほんと、楽しかったなぁ。 ──なのはちゃんが襲撃してくるまでは」
「あぁ……。 あの時のなのはは怖かったな。 いつものようにはやてとスーパー行こうとして玄関開けたらなのはが立ってて……」
『みーつけた』
「「あれは怖かったなぁ……」」
はやてと俺の声がはもる。
あまりあの──高町なのは襲撃事件のことは思い出したくないのでやめておこう。
はやても俺と同じ感想を抱いたのか、俺と視線が合うとゆっくりと首を横に振った。
そしてはやては大きな欠伸をする。 そろそろ寝させたほうがよさそうだな。
「ほら、もういい加減寝ろ。 ずっとそばにいるから」
「……うん、そうやね。 おやすみ……俊」
ああ、おやすみ。
俺がそういうと、はやてはゆっくりと瞼を閉じた。
そして数分と経たずに寝息が聞こえてくる。 なんとも可愛らしい寝息だ。
俺はそんな可愛らしい寝息をたてるはやての髪をすきながら、一人呟いた。
「恥ずかしいから面と向かってはいわないけどさ、俺があの本の感想文を書かなかった理由は、せっかくはやてが薦めてくれた本を、他の奴に見せたくなかったからなんだよな。 それに、俺もはやての家に行くの毎日毎日楽しみにしてたんだ。 ちょっと臭いけど……お前の騎士になったような気がしてさ」
寝てるお前の前だから言えることなんだけどさ。
そう一人で苦笑いして、俺も椅子に深くこしかける。 ちょっとの間だけ、俺も眠るとしよう──
☆
彼が寝たのを確認して目を開ける。 すぐ目の前には彼の寝顔であって、手を精一杯伸ばせば届きそうな距離である。
「……俊って意外と束縛するタイプなんかな……。 けど、とっても嬉しい……」
自分の顔が熱いのがよくわかる。 文字通り、顔から火が出そうな勢いだ。
俊と出会ったその日から、わたしの日常はゆっくりと、しかし劇的に変化していった。
俊と買い物して、俊とご飯作って、俊に体を洗ってもらって、俊とのんびりして、俊と一緒に寝て──そんな、行動するとき誰かの名前が枕に入る程度の変化ではあったが、その変化がわたしはたまらなく嬉しかった。
そしてなのはちゃんと会って、すずかちゃんと会って、アリサちゃんと会って、フェイトちゃんと会って、シグナム・ヴィータ・シャマル・ザフィーラ・リィンフォースといった家族が出来て──わたしは変わっていった。
闇の書が起動してから、私は少しずつ変わっていった。 変わらざるおえなかった。
けど──俊だけは変わらないで、変わる日常と動く戦況の中いつも通り、わたしに会いにきてくれて──それが嬉しかった。
本来敵同士なのに、それをうまく丸め込んで集合写真撮らせたりして──
「確かに力はないけど、俊は自分の出来ることを精一杯やってくれたな……」
話し合いの場を設置したりもした。 決裂したけど。
そして決裂した後も、シグナム達に何か小言を言われるかもしれないのに変わらず毎日会いにきてくれた。
わたしが入院したときだって──
「なぁ俊……。 わたしが生きる目的がないって言ったとき、なんて言ったか覚えとるかな?」
わたしはずっと覚えとるよ……。 あのとき俊が言ってくれたこと──
☆
──10年前
「やっほー、はやて。 足の調子はどうかな?」
「昨日もそれ聞いたやんか。 いつもとかわらんよ」
「そっか。 いつもと変わらないか。 色々買ってきたけど、なにか食べる?」
そういって目の前にいる男、上矢俊は八神はやてに見えるように手に持った袋を掲げて見せる。
はやてはその袋の中身をしげしげと見た後、クッキーの袋を取り出して封を開ける。
上矢俊と八神はやて。
闇の書が起動する前も、起動した後も、変わることない二人である。
八神はやてが家にいようが、八神はやてが病院にいようが、二人はいつものように会って、いつものように取り留めのない話をするのである。
それが──二人の日常であった。
「そういえば、いかにもロリっぽいお前の家族いるじゃん? ほら、ゴスロリの奴」
「ああ、ヴィータのこと?」
「そうそう。 そいつがさ、俺に向かって何か言いかけてたんだけどさー。 トイレしたくて話ぶっちぎったのよね。 あとで話聞いといてくれる?」
「まぁ……それはええねんけど……いつもいつもタイミング悪いなぁ」
「これ絶対、将来的においしいチャンスを逃したりするんじゃないかなと思ってきたんだよね、最近」
はやてのベットに腰掛けながら、自分用に買ってきた飲み物をあける俊。
そんな俊にはやては声をかける。
「他の皆は……どうしてるんやろうな? なのはちゃんとか、フェイトちゃんとか」
「さぁ? あいつらコスプレ趣味があるからなー。 どっちにしろ男の俺はなのはとフェイトの女の子の輪の中にははいれないさ。 というわけで、こっちの輪に入れてください」
軽く頭をさげる俊。 そんな俊にはやてはくすくすと笑う。
「まったく……しょうがないなぁ……。 ええよ、はいっても」
はやてはそういって俊に自分の食べかけのクッキーを押し込む。 それを咀嚼し、呑み込んで、笑顔をみせる俊。
俊の笑顔をみて笑うはやて。 しかしその笑顔もすぐに消えた。
「なぁ……俊?」
「ん?」
「俊は……人に迷惑かけてまで生きたいと思う?」
「……どういうこと?」
はやての言葉に俊は首を傾げる。
「考えてしまうんよ……。 足も不自由で、一人じゃなにもできなくて、皆に迷惑かけて、両親も亡くなって……それでも私は生きている。 確かに、ヴィータやシグナムやシャマルやザフィーラ、それになのはちゃんやフェイトちゃんにすずかちゃんにアリサちゃん。 わたしにも沢山友達ができたし、いまの生活はとても楽しい。 けど──それでもたまにほんのちょっとだけ考えてしまうんや。 生きていてもいいのかな──そう考えてしまうんや。 もしかしたら、わたしのせいで誰かが損をするかもしれんやん。 誰かが被害を受けるかもしれんやん」
俯くはやて。 そんなはやてを見て、俊は答える。
「生きてくれないかな? 俺のために」
「……へ?」
俊の言葉に下げていた顔を上げるはやて。
「俺、もっとはやてとやりたいこと沢山あるよ。 外で遊びたいし、本も読みたい。 互いに家に遊びに行きたいし、二人で台所に並んで立って料理も作りたい。 それだけじゃない。 両親にだって紹介したい。 この子が俺の自慢の友達なんだ! そう紹介したい」
そう言って──
「お前は『生きていいのかな』なんて言うけどさ、それによって誰かに迷惑かかるかもしれないけどさ、お前のその不便な足のせいで損をするかもしれないけどさ──」
俊ははやての肩を掴み、正面から笑顔で言い切る。
「友達って──損得の感情で成立するもんじゃないだろ?」
それはいつか、八神はやてが上矢俊にいった言葉だった。 俊に届けた言葉だった。
それを今度は──上矢俊が八神はやてに送る。
そうして俊ははやてを唐突に抱きしめる。
「一生の迷惑を俺にかけてくれ」
「……ほんま……ほんまにええの……?」
「可愛い女の子にかけられる迷惑は──男にとっちゃご褒美だからな」
そう笑いながらはやてをみる俊。 そしてはやても俊を笑いながらみる。
その日──八神はやてと上矢俊はずっと手を握っていたのだった。
☆
俊は忘れたかもしれへんけど──わたしは忘れたこと一度もないで。
お金もないだろうに、桃子さんや士郎さんにお願いして前払いで借りたりしながら毎日毎日お見舞いの品買ってきてくれたり。
あんまり私のことばっかり構うから、なのはちゃんと喧嘩したりもしたんやろ?
ぜーんぶ、聞いたんやで?
手を伸ばし俊の顔を撫でる。
「どうして……そこまでしてくれるんやろうな……」
力もないのに、魔法もないのに、それでもアンタは頑張って。
「女の子はな? 自分のために頑張ってくれる人に弱いんよ……?」
アンタはそれをわかってる?
痛いのは嫌いだといいながら真っ先に飛び込んで
何もできないといいながら他の皆では思いつかないことをしたり
他の女の子にもちょっかい出したり
「あんた……時代が時代なら打ち首やで……? ちゃんとわかってるんかいな」
わたしの人生狂わしたくせに、平気な顔して日々を過ごして
ずりずりと重い体を引きずりながら俊の体に触れ、足に力を込め立ち上がり、俊の膝の上に座る。
「なぁ……責任とってくれるんやろうな……? わたしはなのはちゃんやフェイトちゃんみたいに甘くないで?」
俊の顔を固定して、ゆっくりと口元にキスをする。 小鳥がついばむようなキスをする。
「アンタがなのはちゃんやフェイトちゃんのことを好きでも……そんなもん私には関係あらへん……。 だって──アンタには一生の迷惑をかけてええんやろ? それってつまり──」
──そういうことやろ?
はやてはもう一度キスをする。
今度は俊の口腔内に強引に舌を滑らせる。
「んっ……ちゅっ、あんっ、……ずちゅっ、……んっ……ぷはぁっ」
はやてが離れると、俊とはやての間に一筋の銀色の糸がつーっとのびていく。
それを見ながら、はやては笑う。 はやては嗤う。
まるで自分の物にしたかのように、俊の口元をみて笑う。
「約束したもんな? 風邪が治ったら唾液を飲ませてくれるって。 これも俊が約束してくれたことや」
そういいながら、はやてはもう一度舌をいれる。
無音の室内に、ぴちゃ……ぴちゃ……という音が響く。
「はぁ……はぁ……。 んちゅっ、んっ、」
はやては俊の口腔内を凌辱していく。 マーキングしていく。
舌をいれ、俊の舌を絡め取り、自分の唾液で汚していき、自分は俊の唾液を吸い尽くす
やがて満足したのか、俊から離れ──今度は覆いかぶさるように抱きついた。
「俊……? ちゃんと約束まもってな? ご両親の紹介、期待しとるで?」
はやてはそういって、今度こそ目を閉じる。
なのは達が翠屋の仕事を終えて、様子を見に来るまでの間。
俊ははやてを膝に乗せたまま、疲れからかぐっすりと寝ていたのであった。