86.曲芸1



 帰省から──高町家からミッドの家に帰ってきた俺は、一日置いておっさんの所へ足を運んだ。 家にはなのはとフェイト、そしてヴィヴィオとガーくんがいるので下手な会話をしようものなら一瞬で勘付かれるからである。 とくになのは。 あいつに知られたらなんとも大変なことになる。

 現在は交番の奥でおっさんと顔を向かい合わせて──二人とも舌うちをしていた。

「おっさん、お前もうちょっと権限強くならないのか?」

「ならねえよ。 レジアス中将は地上のトップだぞ? 早々会えねえ」

「といっても、俺は一般市民だから会うことは厳しいしなー……」

 おっさんの権限を過大評価していた。 この雑魚め。

「ま、しょうがない。 予定よりかなり早いが、あいつに協力してもらおう」

「あいつ?」

「はぁ……。 しょうがないおつむが可哀相なおっさんのためにも分かりやすく教えてやる。 ──局内で一つだけ、異質な部隊があるだろ?」

 そう言うと、おっさんは得心がいったように掌をぽんと叩いた。

「もともと、俺とおっさんだけで出来るとは思ってないさ。 これでも、出来ることと出来ないことの区別はついてるつもりだしな。 だが俺やおっさんと違って、はやては……色々と厳しいかもしれない。 もしバレたら出世の道は絶たれるだろう。 だから無理強いはしないつもりだ。 明日直接会って話してみる」

「まぁそれがいいな。 ところでだ、ひょっとこ。 お前は具体的に何をしようとしているんだ?」

 俺が立ち上がり帰ろうとすると、おっさんがそう聞いてきた。 そういえば、具体的な案はまだ話してなかったなぁ。

「それは全員が揃ってから話すよ。 準備で時間はかけられないし、早くても明後日には必要な人物を集めるつもりだ。 それが出来てから、今回のことを話すよ」

 おっさんにそう言い残して交番を去る。

 まずははやてに電話だな。

            ☆

 翌日

「フェイトさん、ここの問題なんですけどヒントを教えてくれませんか?」

「うんいいよ。 えーっと……、ここはまずこれを考えてからこっちを解いていくの。 そうすると、ほら? できたでしょ?」

「なるほど! ありがとうございますフェイトさん!」

「ふふっ、試験頑張ってね! そのために私も出来る限りのことはするから」

 珍しくティアが真面目に何かを解いているとおもたら、フェイトちゃんに問題をみせていた。 ティアも熱心に何かをできたんやなぁ。 いや、なのはちゃんのことなら一生懸命なんやけど……。

「はやて、これ地上本部のレジアス中将から。 なんでも視察に来るとの旨だけど……どうする?」

「アイドル部隊視察してなんになるっていうんや……。 まぁええけどな」

「でもよー、レジアス中将ってかなり悪い噂を聞いてるぜ? 六課のリーダーははやてなんだし……何か言われるかもしれない」

「大丈夫やってヴィータ。 そもそも管理局内は六課のことを戦闘力としていれてへんし、いくらなんでもいわれへんやろ」

「だといいけどなぁ……。 まぁ、わかった。 返事出しとくよ」

「ありがとな、ヴィータ。 と、ところで……俊はみいへんかった?」

「あ? いや、見てないけど。 なにか用事でもあるのか?」

「ちょっとゲームのことにかんして、俊がどうしてもわたしに聞きたいらしくて」

 ちらりと時計を見る。 既に昼食は済んでおり、他の面々は細々とした書類仕事の最中や。 ティアだけがなにやら違うことやっとるみたいやけど……フェイトちゃんが監修・監督しとるから大丈夫やろ。 それよりも昨日の俊の電話、どういう意味なんやろ?

 昨日、深夜自室でゲームをしてると携帯のバイブが鳴りだした。 ディスプレイに表示されていた名前は俊。 こんな時間にどんな用なんか、それを知りたくて電話を耳に当てると俊は一言、

『大事な要件があるんだ。 明日会って話したい。 時間を作ってくれないかな?』

 そう言って、わたしの返事を聞くとそのまま切ってしもうた。 もうちょっと話したかったんやけど、まぁそこはおいといて──

「俊もついに食べられる覚悟ができたんかな?」

 だとしたら、一日中犯して──

 そこまで考えて、携帯が振動していることに気が付いた。 どうやら休憩室でまっとるみたいや。

 あ、録音機もってこ。

            ☆

 わたしが休憩室にくると俊は簡易個室部屋で私のことをまっていた。 周囲に誰もいないことを目で確認し、手招きして呼び寄せる。 それにつられて個室にはいる。

「俊ってやっぱ大胆やな……。 でもな、ここだと声を上げることができへんで? それに動くと聞こえて──」

 そこまでいって、口を閉ざす。 わたしの目の先、俊はいつにもまして真剣な目をしていた。 闇の書事件でみた、あの目をしていた。

 あの目をよく知っている。 わたしたち隊長陣はよく知っている。

 あれは──俊が一つのことをやり遂げると決めたときの目。

 そんな目をした俊が、わたしの両肩に手を置く。

「はやて。 これからいうことは、お前にとって──お前の今後の人生において、かなり不利なことになる話だ。 だから無理強いはしないし、強制もしない。 色よい返事をもらえるまで付き纏ったりもしない。 ただ──これでもし、お前が俺にとっての嬉しい答えを出してくれて、そのせいでお前の局員として人生が閉ざされたら──俺が全ての責任を取る」

 ……録音しておいて正解やった。

 素直にそう思った。

「それでだ、はやて──」

「ええよ」

「祭りの日にな──え?」

「だからええよ。 協力してあげるっていってんねん。 責任取ってくれるんやろ?」

「あ、あぁ……責任取るけどさ」

「んじゃ、それでええよ」

 わたしの言葉を聞いて、俊はぽかんとした顔をしている。 あぁ……こういう唖然とした顔も捨てがたいわなぁ。

「いやでも、……まぁいいか。 まずは必要な人物集めが先だ。 はやて、ありがとう。 お前のこれからの人生、俺が責任を持つよ」

 俊はそういって、いそいそと個室を出て携帯電話で誰かと話しながら帰って行った。 ほんとうに……わたしと会話するためだけにわざわざ六課にきたんやな。

「あんな真剣な顔みるの、いつぶりやろうな」

 ついバインドで縛りそこなったけど、あんな顔されたら犯すに犯せへんやんか。

 まぁええか。 これから俊には責任を取ってもらうんやし。

            ☆

 聖王教会にあるカリムの自室には二人の男性と一人の女性が座っていた。 そして女性の傍らには、メイドのように控えている女性が立っていた。

 男の一人は上矢俊、そしてもう一人の男はクロノ・ハラオウン。 クロノの横で座っている女性は、此処聖王教会のトップに君臨するカリム・グラシア。 傍らに控えているのはシャッハ・ヌエラである。

 俊は三人と向かい合う形で座りながら口を開く。

「まず先にお礼をいわせてくれ。 クロノ、カリムさん、忙しい中時間を作ってくれてありがとうございます」

 丁寧にお辞儀をする俊をみて、三人を石にでもなったかのように固まった。 しかし、クロノだけはいち早く俊のその行動に合点がいったようで、いつもの表情に戻り大人しく俊の言葉をまった。

「普段なら世間話でもしたいのだが、何分急を要する事態なんでな。 あまり話すことはできそうもない。 だから手短に話す。 よく聞いてくれ」

 そして自分がスカリエッティから祭りの日に聞いたことを分かる範囲で省きながら話していく。 最高評議会のこと、レジアス・ゲイズのこと、そしてスカリエッティが自首することを。

 それに黙って耳を傾ける三人。

「タイムリミットは9月19日までだ。 いまは一分一秒でも時間が惜しい。 単刀直入に言おう。 クロノ、カリムさん。 俺には二人の地位と人脈が必要だ。 手伝ってくれないか?」

 その言葉を受けて、クロノは溜息を吐く。 俊のほうをみて、指で手を出すように合図する。

 不思議がりながらも手を前に出す俊。 そこにクロノは勢いよく自分の手を叩きつけた。

 痛がる俊をよそに、クロノはきっぱりと言い切る。

「はやてよりも先に僕を頼れ。 俊、僕はお前の仕出かすことにいつも頭を抱えてきた。 既に僕の中では俊=諸悪の根源といってもいいくらいだ。 だけど──それと同じくらい評価もしている。 とくに、その覚悟を決めたときの顔は応援したくなるほどだ。 本局のことにかんしては任せてもらおう。 僕と騎士カリムでどうにかする。 俊は好きなように指示をだせばいい」

「……悪いな、クロノ」

「そのかわり、失敗したら僕がお前の首を飛ばす。 おそらく、俊がやろうとする行動はそれくらいのリスクが伴うぞ」

 真剣な表情で、真剣な顔つきで、俊に確認を取るクロノ。 そしてまた、俊も真剣な表情で口にする。

「悪いが死に場所は決めてるんでね。 それに──勝てる勝負しかしない性質なんだ」

 その言葉に、クロノは満足そうに頷いた。

           ☆

「あー、きっつ。 バイクのガソリンも給油しないといけないし、やることがありすぎてまいっちゃうぜ」

「ははっ、あの俊からそんな言葉を聞けるとは思ってみなかったよ。 はい、麦茶」

「おーサンキュ」

 場所は無限書庫のとある一角。 そこで俊とユーノは立ち話に興じる。 傍から見たらただの雑談をしているようにしか見えないのだが、間近でその内容を聞いたら驚くものであろう。 何故なら、管理局の最重要ともいえる場所と存在を話しているのだから。

 俊が聞いたことを洗いざらい話すと、ユーノは顎に手を置いて喋り出した。

「なるほど。 つまり僕の力が必要だということだね?」

「理解が早くて助かるよ。 俺が欲しいものは此処にしかなくてさ。 どうしてもお前にも手伝ってほしいんだ」

 両手を合わせて軽く拝む俊。 先程のクロノやカリムよりもかなり軽い印象を覚えるがそれもそのはず、俊は目の前にいるユーノから放たれる返事を知っているからである。 だからこれも一応の形式上だ。

「いいよ。 他ならぬ俊の頼みだしね。 なんせ、僕と俊はともに抱き合って同じ布団で寝た仲だもん」

「9歳の頃の話だろ」

「ところで俊。 このネコミミをつけてみないかな?」

「つけねえよ。 なんでお前は両方いけるケモナーになってしまったんだ」

「仕込んだのは俊のくせに……」

「気持ち悪い声をだすな!?」

 他の奴らに誤解されるだろ! そういって迫るユーノに蹴りをいれ俊は無限書庫を後にする──直前、後ろからユーノに声をかけられた。

「俊、後ろは任せて。 だから前は頼んだよ」

「ん。 まぁ任せろ。 お前こそちんたら探してたら老若男女男女平等顔面パンチ喰らわせるからな」

「だったら俊がヘマしたらなのはに俊が浮気してるって言いつけるさ。 9歳の頃から才能があったなのはなら俊は一生部屋から出られなくなると思うな。 アレは傍からみたら軟禁みたいなものだったし。 9歳の時点で軟禁とは恐れ多いよ」

「なのはと一緒にいることができるなら監禁されたいくらいだぜ。 ただし、この件が終わった後だけどな。 んじゃ、明日電話するから」

 ひらひらと手を振りながら後ろを振り向くことなく俊は無限書庫を今度こそ去って行った。

               ☆

 俊が無限書庫や聖王教会、そして六課を回った翌日。 ミッドのとある交番の奥には普通ならばありえない人物たちが座っていた。 六課のリーダーである八神はやて、無限書庫の司書長であるユーノ・スクライア、提督の地位をもつクロノ・ハラオウン、そして時空管理局とも深いつながりとパイプをもっている聖王教会のリーダー、カリム・グラシアである。 その四人と男をみながら俊は喋る。

「まずはじめに、これから俺がやることについて話そうと思う。 勿論、皆は話を聞いて納得いかなければこの場を去ってくれて構わない。 では前置きはこれくらいして話そうか」

 一度区切り、俊は真剣な雰囲気で凛と言葉を放った。

「やるべきことはシンプルで簡単だ。 たった二つしかない。 陸と海の関係修復及び最高評議会を中心とした継承式。 これが俺のシナリオだ」

 5人とも、俊の言葉に口を挟まない。

「いいか、よく考えてみろ。 時空管理局を設立した偉大な先人たちは内部でいがみ合ったり、邪魔をしたりすることを望んでいると思うか? 同じ目標を目指す者同士、どうしてそんなつまらないことをする必要があるんだ。 効率が悪いにもほどがある。 そして次に最高評議会だ。 その肉体が朽ちてなお、現世に留まり続ける先人たちについてだ。 俺はこの者たちを楽にしてあげたい。 心配なんだよ、最高評議会は、愚直なまでに世界のことが心配なんだ。 そんな人達が内部でいがみ合ったりする奴らに世界を任せると思うか? 断言する。 絶対にありえない。 しかしながら、ではどうすればいいのか? 簡単だ。 管理局内にいる全員を同じベクトルにもっていけばいいだけの話だ。 違法合法問わず、局内にいる者全てをだ。 最高評議会を縛り付けているのは俺たちだ。 期待に応えることができてないのは俺たちだ。 たった一度でいい。 管理局を纏め上げ、最高評議会からタスキを奪う。 突き付けるんだ、証明するんだ。 俺たちは大丈夫だと、後は任せてくれと。 いままで管理局のために、平和のために頑張ってきた偉大で敬愛する先人の後を俺たちが継ぐんだよ。 途方もない時間を過ごしてきたことだろう、幾千の案を浮かべそれを実行してきたことだろう。 もしかしたら狂っているかもしれない。 いや、きっと狂っている。 狂わない存在なんていないのだから。 もう潮時なんだよ、もう限界なんだよ。 脳に未来を歩ける足はついてない。 未来を歩くのは俺たちだ!」

 力強く拳を机に叩きつける。

 誰も何も言わず、沈黙だけが空間を支配した。 俊はそれを肯定と受け取り、告げる。

「この世にできないことは存在しない。 攻略するぞ、管理局」

 全員が頷いた瞬間だった。




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