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89.曲芸4



 管理局本部のとある一室にて、クロノ・ハラオウンとカリム・グラシアは直立不動で立っていた。 目の前には年配の男性や初老の男性、半世紀を過ごした女性などが手元の資料をじっとみている姿があった。

 ばさり、と初老の男性が資料をデスクの上に置きクロノを見る。

「ふむ……、面白い試みではあるが、これはちと無謀ではないかな? クロノ・ハラオウン提督」

 クロノの名前を呼んだのは、武装隊栄誉元帥であるラルゴ・キールであった。 左隣には本局統幕議長であるミゼット・クローベル、右隣には法務顧問相談役であるレオーネ・フィルスが座っている。 その三人を囲うように半円卓に上層部の大将クラスが陣取っている。 そしてそれぞれの手元には──

「『海VS陸 非殺傷設定の本気のケンカをやるっきゃない!』 というのは……上としては容認するわけには。 はやてちゃんの可愛いイラスト付きでもの〜」

「そこをなんとかお願いできないでしょうか。 勿論、海のほうは私が選抜します。 主催者は思いっきり高ランクをぶつけろとのことでしたので」

「それは、機動六課の人選も入るのだろうか? だとしたら暴動が──」

「いえ、六課は司会進行や案内役に回ってもらう予定です。 私も六課の人選を提案しましたが、どうにも六課の人選を使うとなると都合が悪いようで」

 クロノは臆することなくラルゴに伝える。 ラルゴはクロノの言葉を聞いて思案するように顎に手を置いた。

「クロノ提督、その主催者は──誰かな?」

 年配にもかかわらず、鋭い眼光をクロノに向けるラルゴ。 クロノの隣にいるカリムは、ぴょんとその眼光に押されるように可愛らしく跳ねる。 対するクロノは落ち着き払ったように主催者の名前を読み上げた。

「主催者はそこにも書かれてある通り、機動六課の部隊長である八神はやてです」

 全員が手渡された資料にはデカデカと主催者の名前が書かれていた。

 主催者 八神はやて

 と。

 ラルゴ・キールはやがてため息を吐き、クロノにこう言った。

「陸と海の問題は、私たちも問題提議に上げているところだよ。 やってみなさい、ただし──それでレジアス中将がどういった反応を示し、こちらにどういった罵声を浴びせてくるかはわからないがね」
「そこは問題ないと私どもは考えております。 優秀な交渉人が存在しますので」

 クロノとカリムは一礼して室内を去った。

 それをみてラルゴは全員に向けて声を放つ。

「ではこちらは失敗したときの対応について検討していこう。 若者が最善の出来事を考え行動を起こしてくれたのだ。 こちらは最悪のことを考えた上で責任を背負いこむのが上に立つ者としての役目だろう」

 ラルゴの言葉に全員が頷き、それぞれ意見を述べ始める。

 それを横目に、ミゼットがラルゴに話しかけた。

「気になるかい? これを考えた人物のことが。 といっても、主催者ははやてちゃんみたいだけどね」

「私たちも大好きなアイドル部隊なら心配はせんよ。 それにこちらはこちらでやることがある。 まったく……私たちの前には壁が多すぎる。 ままならないものよの、私たちは世界どころか管理局員すら纏め、守ることすらかなわない……」

「せめて、死ぬ前に一度でいいから見てみたいものだね。 平和に向かって進む管理局の姿というものを」

「人の心は機械じゃない。 そんなことできるのは──きっと世界最悪として歴史に刻まれるような犯罪者くらいだろう」

「おや? 局員から出るとは思わないのかい?」

「枷が沢山あるのだよ」

 ラルゴはどこか諦めたような、そんな声を出した。

            ☆

 ガヤガヤ……ガヤガヤ……

「とまあ、海と陸のガチンコ勝負をさせるのがうちの大将の作戦なんやけど」

「……いくら非殺傷だからって、そんなことしたら溝が一層深まるんじゃないか?」

「そうよはやてちゃん。 私もゲンヤさんもスバルがこの“イベント”に出ないから少し安心したけ ど……、この“イベント”が根本的な解決になるのかどうか」

 ミッドの日本料理専門店で、八神はやては自分の大将の作戦を地上部隊であるナカジマ夫妻に伝える。 ナカジマ夫妻は資料にざっと目を通して幾何か不安げで胡乱げな視線をはやてに向ける。 はやては二人の疑問に首を傾ける。

「そうやろか? ため込んだストレスを相手にぶつけるいい機会やと思うんやけど……。 陸だって少なからず海のことを──って思ってるやろ?」

「まぁ、戦力取られてるし、確かに不満も沢山ある……な」

「大将はこの機会に一気に爆発させようという魂胆なんや。 既にゼストさんに頼んで陸の局員達には話を通しとるらしいで? 勿論、レジアス中将にはみつからへんように隠れながらみたいやけど」

「ここまで規格外のことをしようと思う人物だったとは……。 しかし、もしこれが失敗するとなるととんでもないことになるが、大丈夫なのか?」

 はやては注文していたウーロン茶を一口含み、ゆっくりと嚥下した後答える。

「あいつが失敗する姿は想像できへんな〜。 あいつも不正を働く局員相手には心折りにいくような行動をとるいうてたけど、レジアス中将と最高評議会には敬意を払ういうてたしなぁ」

「敬意……?」

「そそ。 ミッドで生活できとるのも地上本部が頑張ってくれとるから。 管理局があるのも最高評議会が設立してくれたからやろ? だからあいつは敬意……というよりも、お礼を言いたいんやと思う」

「そのためだけに、こんな真似を?」

「それがわたし達の大将や。 時代の先駆者はいつも型破りで常軌を逸したバカと相場がきまっとるで」

 注文してきたから揚げと酢豚が三人が座っているテーブルに置かれる。 はやては小皿にから揚げと酢豚をよそい箸でどんどん食べていく。

 ナカジマ夫妻はそんなはやてと、資料を見比べながら何か考え込んでいるようだ。

「まぁ、ゼストさんが頑張ってくれたみたいやから、陸のほうは準備オッケーや。 海のほうもあの二人やから大丈夫やろうし……。 後は明日、六課の皆が頑張ってくれるのに期待するだけやな」

「ちょっとまってくれ。 レジアス中将はどうなるんだ? あの人は地上本部のトップだぞ? 無視して事を進めることもできないし──」

「レジアス中将はあいつの仕事や。 心配やから、わたしもついてはいくけど。 あいつの今回の一連の行動における役割は交渉人。 そしてわたし達はその交渉を円滑に進ませることが役目なんや」

 ウーロン茶を呷りながら、はやてはそう言い切った。

 上矢俊にできることは、本当に少ない。

 そもそも、局の人間ではない俊は局員とまともに話せる機会もない上に相手が上層部の人間ともなると、その可能性は0に等しい。 だからこその、クロノ・ハラオウンやカリム・グラシア、そして八神はやてなのだ。

「ゲームには役割が存在するんよ。 まぁ、あいつはちょっとこの世の中を立体的ゲームとして捉えすぎている感があるけど。 で、今回お願いしたいことはゼストさんと一緒に陸の指揮をやってくれへんかな?」

 ゲンヤにお願いするはやて。 ゲンヤは黙ったまま、数分考え込む。

 やがて、こくりと頷いた。

「しょうがない。 俺たちも彼には賭けてるんだ。 カッコイイとこ見せようじゃないか」

 ゲンヤの言葉を受けて、八神はやてはニッコリと笑った。

              ☆

 高町なのは&フェイト・T・ハラオウンの家は俄かに慌ただしい様子であった。

「フェイトちゃんっ! 明日の原稿書いた!?」

「私救護係りだから書かないで大丈夫だよ」

「ガッデム!」

 ばたばたとなのはとフェイトがリビングを走り回るのを横目に、俊は胡坐を掻きながら布と布とを合わせ、可愛らしいヒラヒラをつけたりと、ゆったりとした動作で衣装を作っていた。 そんな俊の隣には、胡坐を掻いた足に両手を置きながらワクワクドキドキと瞳を輝かせて衣装をみるヴィヴィオとガーくんの姿があった。

「俊くん! 明日の原稿書いてくれない!?」

「それくらい自分で書けよ。 それに、明日は陸と海の非殺傷なんだけどデスマッチなイベントなんだろ? 死人は出ないけど負傷者は沢山でるから六課も大変だぞー。 どう考えても、“イベント”とは名ばかりの代物だからな」

「そんなことわかってるよ! わたしは反対したのにはやてちゃんがここぞとばかりに部隊長命令出すんだもん!」

「きっと、はやてもはやてで陸と海の関係のことを思ってるんだろうよ」

チクチクチク……

 なのはのほうを見ずに、衣装のほうを見ながら俊はなのはに答えた。 後ろにいたなのはが面白くなさそうに顔をムっとさせる。

「んー! 人と話すときは目をみるの!」

 ゴキっ

「はぅっ!?」

 首の辺りから本来なら聞こえてはならない音が聞こえてきたが、なのはは気にしない。 そしてヴィヴィオも気にしない。 ガーくんは声をかけようかと思ったが止めることにした。

 俊の顔を強引に自分に向けさせたなのはは、文句を言おうと思ったのだが──俊が先ほどまで作っている衣装をみて興味がそちらに移る。

「あれ? これってアニメ化が発表されたやつの衣装じゃん。 あそこまで喋るステッキは要らないと読んでて思ったけどさ」

「ヴィヴィオが着たいから作ってとせがむんだ。 俺もヴィヴィオには似合うと思うから全力で作ってるけど」

「ふーん。 ……わたしは似合うかな?」

「…………………………………………勿論!」

「なにそのとんでもない間は!?」

 ガクガクと前後に俊の頭を揺らすなのは。

「お、落ち着くんだ、なのは! お前はバリアジャケット姿が似合いすぎててそれ以外のものが霞んでしまうんだ!」

 パッと俊を解放するなのは。 そわそわしつつ、ちょっと照れたように笑いながら指を絡ませる。

「えへへ、ありがと。 わたしも俊くんにはそのミクちゃんのTシャツが一番似合うと思ってるよ」

「できればスーツが似合うとか言って欲しかったかも」

 グイグイとヴィヴィオがなのはと喋っている俊を引っ張る。 どうやら、早く作ってほしいようだ。 俊が時計を見ると、ヴィヴィオはもう少しで寝る時間である。 確かにこれは早く作らなくては。

 俊は衣装つくりを再開する。 そこに雑務を終わらせたフェイトが合流する。

 自然と全員とも俊の手元を見る形となっていた。

「けど、5歳にしてコスプレに目覚めつつある娘かー。 フェイトちゃん、どう思う?」

「うーん……、本人が着たいなら別にいいと思うんだけど。 パパ的にはどう?」

「俺はヴィヴィオの味方になるかな。 ヴィヴィオの年齢だといろいろと試せる衣装もあるんだよな。 園児服とか、ロリ巫女とか、──冗談だから二人ともデバイスをしまうんだ」

 首筋に冷たいものが二つ当てられ、俊は即座に投降の意を示す。

 ため息を吐く二人。 俊は頬を掻きながら苦笑混じりに答える。

「まぁ、真面目な話、俺はいいと思うぜ? ヴィヴィオには母親が魔導師だからとか関係なく、やりたいことを存分にやってもらいたい。 ヴィヴィオが自分自身で魔導師を選ぶならそれでもいいし、コスプレイヤーになりたいのならそれでもいい。 ヴィヴィオには、後悔しない生き方をしてほしい」

 俺やなのはやフェイト、皆にそれは無理だけどさ。

 自嘲気味に、幸せそうに笑う。

 後悔するような出来事なら沢山あった。 それでも俊は幸せだと感じている。

 それにつられる形で、なのはとフェイトも笑った。

「そうだね、それが一番だよ」

「私もなのはもはやても俊も、自分自身で決断して今この場に立ってるんだもんね」

 なのはがヴィヴィオをだっこする。 だっこされたヴィヴィオはなのはとフェイトを交互に見たあと、にへらと照れたように笑って見せた。 そんなヴィヴィオをなのはとフェイトが愛しそうに撫でる。

 ヴィヴィオは、くいくいとなのはの服を引っ張りながら話す。

「なのはママー、ヴィヴィオね? なのはママのおみせでウェイトレスさんしたい!」

「ほんと!? うれしー!」

 たまらずヴィヴィオを抱く手に力が籠められ、ヴィヴィオは「フェイトママ助けて!?」 とフェイトに懇願する。

 フェイトにヴィヴィオを奪われたなのはは、いまだチクチクと、絵にするととても地味な行動を行っている俊の背中に体を密着させながら、

「ねぇねぇ俊くん? えっとさ、六課の試運転が終わったらさ……一年間くらい二人で翠屋経営してみない? ヴィヴィオのためにも……さ?」

 そう勇気を振り絞りながら言った。

 手元が狂い左の手のひらに思いっきり針を刺しながら、

「いいなそれ! 俺となのはとフェイトとヴィヴィオかー。 きっと翠屋の経営上がるぜ? それに、きっと八神家や嬢ちゃんとスバルは来るだろうし……、面白そうだな!」

「…………わたしは二人で経営したのに………、バカ」

 嬉しそうな声を上げる俊とは対照的に、なのははトーンを落としながらぽかぽかと背中を叩く。

 と、ここでヴィヴィオの就寝タイムを知らせる音が鳴る。

「ありゃ? もうそんな時間か。 ごめんなー、ヴィヴィオ。 起きたら完成してると思うから、今日は寝てくれ」

「うー! ……パパだからいいよ! なのはママー、フェイトママー、一緒にねよー!」

 フェイトにだっこされながらヴィヴィオが嬉しそうに二人の名を呼ぶ。 二人は、お互いを交互に見つめあった後、ふっと笑って頷いた。

 ちなみに二人ともパジャマ姿であるので、いつでも寝ることはできる状態だ。

 ヴィヴィオと手を繋いで、2階に上がる寸前、フェイトが振り返りながら俊に問う。

「そういえば、明日俊がどうしても外せない用事ってなに? こういうイベント大好きな俊には珍しいことだけど」

 聞かれた俊は、しばし逡巡した後

「幸せの一歩を踏み出しに行くよ」

 そうおどけてみせた。

 クスリとフェイトは笑い、からかいながら2階へと上がっていった。

 一人残された俊は、衣装を作りながらメールする。 数分してバイブが鳴り、返事が返ってくる。 それも複数の。

 俊は画面を開きしばし見つめた後、パカンと閉じて作業を開始する。

「明日……スーツで行こうと思ったが、ミクのTシャツでレジアス中将に会いに行くか……」

 一人呟き、ヴィヴィオのために衣装を完成させるのであった。




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