5部分:05.能力
ここで行かなきゃ、俺が俺でなくなってしまう
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頭を冷やしてもう一度考えなさい。
霊夢はそう言い捨ててこの場を去っていった。
「おもちゃ……ねぇ」
おもちゃ
その言葉が妙にしっくりとくる。 それは多分、当てはまっているからだろうか。
正直にいうと霊夢の言葉を聞いて少し怖くなった。
あの夜の恐怖が蘇ってくる。
恐怖が全身を蝕んでいくあの感覚。 あれをもう一度味わうことに……。
「はぁ……情けねえな」
友達と言っておきながら、その友達に恐怖している自分を見て自嘲気味に笑う。
「このまま考えてもブルーになるだけだわ。 今日は寝よう」
結局俺は問題を先送りにして就寝することにした。
☆
それから数日、博麗神社でいつも通りの生活を送っていた。
竹箒で庭をはわき、人里までお使いに行き、終わったら夕食の手伝い。
あれから霊夢は何も言ってくることはなく、普段通りのだらけた霊夢に戻っていた。
ただ、俺の心には靄が残っていた。 あれからフランちゃんはどうしているだろう?
そんな時だった。 レミリアちゃんの使いで咲夜さんが来たのは……。
「まったく……何時だと思ってるわけ? あんたのご主人様は……」
俺の隣を歩く霊夢が目をこすりながら咲夜に不満をぶつける。
「流石のわたしも予想外よ。 こんな時間に二人を連れてこいなんて命令」
顔にこそ出してないが、その声には困惑の表情がうかがえる
「あんたもなんか言ったらどうなの!?」
霊夢は咲夜から彼方へと矛先を変えて隣を睨みつける。
「ん?いや、別にそれはいいんだけど……。 夜なのに妖怪が襲ってこないなと思ってさ」
辺りを見回しながら、不思議とでもいいたげな顔な彼方。
その彼方に咲夜が答える。
「それは、霊夢がいるからではないでしょうか? 博麗の巫女の強さを幻想郷の妖怪は知っていますからね」
おもわず霊夢を見る彼方。
対する霊夢はどうでもよさそうに前を歩く。
いつもはだらしないけど、その強さは本物だと前に魔理沙に教えられたことを思いだす。
「(普段の姿からは想像できないけどな?……)」
しかし魔理沙の言ってることは本当なのだろう。
彼方自身が一度だけ見ている。
大きな妖怪を一撃で仕留めた霊夢の姿を。
もしかした自分はとんでもない女の子に拾われたかも知れない。
そんなことを考えている間に目的地が見えてきた。
「あっ!彼方さん。 こんばんは!」
「こんばんは美鈴」
夜でも変わらない笑顔で彼方と霊夢を出迎える門番こと美鈴
「ちょっと待っててくださいね!」
急いで門を開ける美鈴。
それにお礼をしながら三人で入る
長い長い廊下を通り、この前来た部屋の前にたどり着く。
「お嬢様、咲夜です。 お二人をお連れしました」
コンコンと控えめにノックをした後、名乗る咲夜にレミリアは一言、入れと促した。
失礼します。 と行儀よくお辞儀をして瞬きをした瞬間にはレミリアの後方に控えている咲夜。
その後に入る二人だが、どうやら一人先客がいるみたいだった。
「よっ!お二人さん」
黒いとんがり帽子に愛用の箒を横に立て懸けている魔理沙。 そしてその横にはパジャマを思わせる服を着ている女の子がいた。 彼女はレミリアの友人でパチュリー・ノーレッジ紅魔館の大図書館に普段は居るらしい。 ちなみに生まれながらにして魔法使いである。
「魔理沙も来てたのか。 パチュリーもこんばんは」
「えぇ」
短い言葉で挨拶を交わすパチュリー。 その視線の先には一冊の本があり、その本のページをひたすら捲る作業をしている。
「今度は、さん付けしなかったはね」
「えぇ、まぁ……」
会ったその時に、さん付けで呼びその呼び方止めてと返されれば自然と呼び捨てにもなるだろう。 彼方としては、呼び捨てのほうが楽なので願ったり叶ったりだが。
「それで? こんな時間に集めてなんの用? つまらないことだったらただじゃおかないわよ」
彼方の隣に腰に降ろした霊夢が配られた紅茶を一口飲みレミリアに話しかける。
霊夢の言葉を受けてレミリアが口を開きかけたその時────
ドゴンッ!!
下からの轟音と衝撃が皆を襲った。
「うわっ!?」
ふいの衝撃で椅子から飛ばされる彼方。
クッションになるようなものは下になく、そのまま頭から落ちる。
「大丈夫ですか? 彼方様」
瞬間に後ろから咲夜に抱き抱えられていた。
「あ、ありがとうございます」
礼をいいながら立ちあがる彼方。
一体何があったんだ……? そう思い、みなの待つテーブルへと足を向ける。 するとそこには先程までは見当たらなかった水晶玉が置かれており、その水晶玉の向こうで自分の友達が高笑いしている姿が映し出されていた。
え……?
彼方は理解できなかった。 そこに映っている少女の姿が。
理解したくなかった
口は三日月のように割れ、これ以上ないほど見開かれた眼をしている少女が。
──フランドール・スカーレットということを。
「咲夜! 美鈴と共にフランのところにっ!」
「かしこまりました! お嬢様!」
レミリアの叫ぶような命令に咲夜も気合いを入れて答える。
「まさか……夜の鬼ごっこをするはずが、こんなことになるなんてね」
親指の爪を噛みながら悔しそうに呻くレミリア。
水晶玉には既に、咲夜と美鈴がフランと交戦している様子が映し出されていた。
空を舞い、鮮やかな弾幕が飛び交う
その様子はとても彼方のような無力が人間にはたどり着けない世界だった。
なのに、だというのに──彼方の足は自然に廊下へとつながる扉へと向いていた
「まちなさい」
彼方の後ろで霊夢が声をかける
「どこに行くつもりなの?」
「フランちゃんのとこだよ」
彼方の顔は扉だけを見つめていて、霊夢からはうかがいしることはできない。
「どうしてなのか、教えてくれるかしら?」
霊夢の問いに黙る彼方。
そんな彼方にさらにレミリアが追い打ちをかける。
「もしかして、咲夜達を助けに行こうとでも考えているのかしら? それなら、心配いらないわよ? この子達を誰だと思っているの? このレミリア・スカーレットの自慢の従者たちよ?」
先程までの焦りは微塵もなかった。 それだけ、自分の従者を信用しているということだろう。
「それに……彼方が行っても、死ぬ以外の運命なんてないわよ」
言い換えるなら、行ったら死ぬということ。
「分かるでしょう? 貴方がいってところで変わりはしないし、それどころか咲夜たちの邪魔にしかならないのよ?」
霊夢はなおも厳しい口調で話しかける。
「……そんなことわかっているさ」
言われなくてもわかっている。
あの場に自分が行けば一分も生きることができないことを。
そんなこと、誰よりも自分が分かっている。
なのに、なんでこんな時に限って─────あの子との約束が頭の中を駆け巡るのだろう
『周りの人達だけでも、笑顔にしてみたら?』
後ろでは水晶玉からフランちゃんの声が聞こえてくる
俺がいつまでも動かないことに業を煮やしたのか霊夢が肩を掴んでくる。
「その気持ちだけで十分よ。彼方。死にに行くようなことは止めてここで待っていましょ?」
先程のキツイ口調とは違い、優しい口調で俺を席まで誘導しようとする霊夢
あぁ……それもそうだな。大体、俺なんかが出しゃばることもほうがおかしかったんだ……。
自分にそう決断を下して足を動かす
『だから……約束だよ』
その一瞬、脳裏に彼女の顔がチラついた。
「ッ!?」
そして正面に映し出されているフランちゃんの顔
狂気に満ちたその顔が、彼方には一人ぼっちで泣いている少女に見えた。
その瞬間、彼方の心は決まった
「霊夢……。 ごめん、俺、約束したんだ。あの子と……そしてフランちゃんと。 ほら」
そう言って水晶玉を指さす彼方。
水晶玉の向こうでは、フランが咲夜と美鈴に向かって遊ぼうと喋りかけていた。
「あんた……!?」
それはあの時交わした会話。 だが、彼方にはそれで十分だった。
「御呼ばれされちゃぁ、行かないわけにはいかないだろ?」
───カチリッ───
その時、なにかがはまったような音が彼方には確かに聞こえた。
☆
「はぁ……はぁ……」
長い長い廊下を抜け、少年は森を走る。
普通ならとっくに足が疲れて走れないような距離を、少年はいまなお同じスピードで走り続けている。
結局、あの後魔理沙が霊夢を止めるような形で彼方はその隙に逃げ出すように部屋を出てきた。
彼方は走っている最中に胸に手を当てる──
──それは例えるなら歯車で
先程まで、かみ合わなかった二つがようやく上手く噛みあい、回りはじめた。
その回転は、フランの笑顔が見たいそう想えば想うほど回転数が増していくような気がした。
いまなら、手に取るようにわかる。
これが───自分の能力なんだと。
もしかしたら能力は自分の目の前に既にあって、自分がただ怖くて手が出せなかっただけなのかもしれない。
そう思えるくらい、自分の身体に馴染むような気がした。
そう思っていると、次第に爆発音が近くなっていた。
腰につけていたホルスターから壊れたハンドガンを引き抜く。
「(親父……力、貸してくれるか?)」
彼方の願いを了承するかのように、ハンドガンは姿を変える。
銃身が下部分に縦方向に三角形状に大きく伸び、さながら装飾銃のようである。
前方を見ると、咲夜と美鈴、そしてフランの姿が目に入った。
ここからでは、上手く聞き取れないがフランが一方的にまくし立ててるようにも見える。
手には燃え盛るような剣
顔には狂気
前までの彼方だったら、恐怖で足が竦んでいたかもしれない
距離はついに声が聞き取れるところまで来ていた
「ねぇ?咲夜。お兄さんはどこ?」
フランは咲夜に彼方の居場所を尋ねた。
「さぁ?わたしには分かりません」
咲夜は肩を竦めてみせる。
あぁ、なんだ。 フランちゃんも俺と遊びたかったんだな。
二人の会話を聞いてきた彼方は、思わず笑みが零れた。
そうだよな……。 だって俺達、友達だもんな。
「こっちだよ、フランちゃん」
全員がこちらを驚くような顔でみる。
そして、次第にその顔は変化していく。
二人は何故? というふうに。
そしてもう一人は、やっと来た。 というふうに。
「あはっ。 遅いよ。 お兄さん」
「いや? ごめんごめん。 トイレしてたんだよ」
軽い冗談をいいながら、その歩を進める彼方。
フランもその顔に狂気を張りつかせたまま、地面に降り立つ
「さて……それじゃ、遊ぼうか?」
笑う彼方に、嗤うフラン
生死をかけた夜の遊びがいまスタートした