10.小さな芽



 『頑張りなさい───』

 幻想郷に静かに佇む館、紅魔館。その色合いは赤で統一されており見る人によっては禍々しくかったり、逆に美しく見えたりするだろう。

 そんな紅魔館の門の前に一人の少年と、長身の女性が組み手をやっていた。

「彼方さんっ!もっと腰を低くして、重心を傾けて!」

「ちょっと!?まってよ!?美鈴っ!?」
 

 少年こと、彼方の顔を鋭く美鈴と呼ばれた女性の足が襲う

 必死に仰け反りながらかわす彼方。と、思ったのもつかの間、逆側からもう一方の足が襲ってくる。

「ぼさっとしないでください!!」

 彼方に檄を飛ばしながらも攻撃の手を全く緩めようとはしない。

 右に左に。その長身から繰り出される足技は一種の芸のようでもある。

 彼方はというと、その攻撃を必死に避けながら攻撃……とほんとうはいきたいところなのだが避けるのに必死で全く攻撃ができないでいた。

「くっそ!……さっきから避けるばっかりじゃないかよ!?」

 思わず愚痴を零す彼方。しかし、これも避けることだけしかできずに反撃に転じることができない、自分のせいであるからより一層愚痴を零したくもなるものだ。

 だが、美鈴はその隙を見逃すはずがなかった。

 愚痴を零した瞬間───

「口よりも手を動かしてくださーい!!」

 美鈴の放った蹴りが見事彼方の顎を的確に撃ち抜き、彼方は目を回して後ろに倒れるのであった。

「か、彼方さーん!?だ、大丈夫ですか!?」

 慌てて介抱に入る美鈴、そして介抱されている少年をため息まじりに見ていた少女がいた。

 季節は秋がやがて終わり、冬を迎えようとしているころだった。

▽     ▽     ▽     ▽

「いまだに空も飛べず、かといって格闘が強くなったかというとそうでもなく……あんた、やる気あんの?」

 紅魔館の一室にて、紅白の巫女服を身に纏った少女が、隣で項垂れてる彼方にキツイ言葉を投げかける

「俺だって一生懸命やってるさ……。でもな……大体普通の人間が空を飛ぼうだなんてことのほうがおかしいの!俺は外の世界では凡人で、身体能力が異常に高かったり、とんでも能力を持ってたりはしてなかったんだよ!」

 ウガーとでも後ろに付きそうな勢いで吠える彼方。

 あまりにも可哀想な彼方を見かねたのか、少女の横で一緒に見ていた紅魔館の主、レミリア・スカーレットが

「でも、初めに比べたらよくなったじゃない。美鈴の攻撃も三分くらいなら避けれるようになったんでしょ?すごい進歩じゃない」

 初期の頃と比較して彼方を褒める。初めの頃は5秒に一回のペースで美鈴の攻撃を受けてダウンしていた頃に比べればすさまじい進歩である。

 しかし───

「でも、それだって美鈴がかなり手加減してくれてるからでしょ?」

「う゛っ!?」

 霊夢の言葉通り、美鈴が手加減している状態での三分である。

 その事実に彼方は思わず、胸を押さえて机にへばりつく

 そんな彼方の様子に、流石の霊夢も言い過ぎたと思ったのか

「で、でも!それでもすごいことよ!?紅魔館の門番の攻撃を少しの間避けれるなんて、そうそうできることじゃないわよ!?」

 手をパタパタと左右に振って、なんとか彼方を勇気づけようとする。今頃になって自分が彼方の胸をどれだけ抉ったのかを理解したのだろう。

 ガタッ!!

「キャッ!?」

 おもむろに席を立った彼方に驚いてついつい後ろに下がってしまった霊夢

 そんな霊夢など眼中にないのか、ふらふらとしたおぼつかない足取りで部屋を出ていく。

「……ちょっと、いまの彼方やばくない……?」

「目が虚ろでしたね〜」

 様子をみていたレミリアとその従者、十六夜咲夜が後ろでこそこそと話しているのを後ろに聞きながら、霊夢は少し言い過ぎた。なと反省するのであった。

▽     ▽     ▽     ▽

 紅魔館を出た彼方は、その足で川に来ていた。

 なし崩し的に子分にされた、あの川の場所である。

 あれからチルノとは何度か会って遊んでいる。チルノの友達である大ちゃんとも一緒に遊んだものだ。

 チルノ達との楽しい日々を思い出しながらも、口から出るのはため息ばかりである。

「うふふ。人間がこんな所にいると妖怪に食べられちゃうわよ?夜に活発的になるだけで、昼の間は襲わないってわけじゃないんだからね」

「うわあぁっ!?」

 いきなり背後から聞こえてきた声にみっともなく声を上げる

 慌てて振り向くと、そこには────

「まったく……。こんな綺麗で可愛いお姉さんが話しかけてあげたのに、そんな悲鳴はないんじゃないかしら?」

 なんともおぞましい目をした、すき間みたいな空間から顔だけ出している女性が彼方のほうを見やりながら頬を膨らませていた。

▽    ▽     ▽    ▽

「はじめまして、不知火彼方くん。私は八雲紫(やくも ゆかり)。妖怪の賢者よ」

 そういってすき間から這い出てきた女性は、手を差し伸べて握手を要求する

「あ、これはどうも。八雲さん」

「ゆ・か・りって呼んでくれてもいいのよ♪」

 自分の豊満な胸を彼方のほうに押し当てながら、可愛く指を左右に揺らす妖怪の賢者こと、八雲紫

「いえっ!?その、呼び捨ては気が引けるので、さん付けで!?」

 紫の胸の柔らかい感触をひそかに堪能いながら、流石に呼び捨てはまずいと思い、さん付けを提案する

 どうやら紫もそれでいいらしく、意外とすんなり了承が貰えた。

「ところで……なんで紫さんが俺の名前を知ってるんですか?俺と紫さんは初対面のはずですよね?」

 どくんっ──

 初対面

 ほんとうに?

 俺はこの人を知ってるんじゃないか?

 胸の奥に湧き上がる小さな疑問と、奇妙な感覚が彼方を襲う

「ええ。貴方と会うのはこれが初めてよ。でも、噂くらいは知ってるのよ。外来人で能力持ち。これは妖怪の長として確かめておこうかな〜、と思って。って、ちゃんと聞いてるの?彼方くん」

「え……?あ、は、はい!もちろんですよ!」

 下からのアングルで至近距離から見られたので、おもわず顔が赤くなり少しだけドキドキしてしまう。

 そしてそれと同時に、先程までの奇妙な感覚は消えていた

 一体なんだったのだろうか?

「ほんとかしら……?まぁ……それはいいとして、さっきため息なんか付いていたけど、何か悩み事かしら?」

「え……えぇ。その〜……ちょっと……」

 なんとも歯切れの悪い彼方の返答

「なにかしら?お姉さんに話してスッキリしてみない?」

 そんな彼方をみて紫はそう提案する

「う〜ん……。なら、ちょっと恥ずかしいんですけど、聞いてくれますか?」

▽    ▽    ▽    ▽

「なるほどね〜。才能のカケラもなくて、みんなが教えてくれてるのに期待に答えれなくて落ち込んでいると……。それは困ったわね〜」

「……結構軽いですね」

 彼方の悩みを聞き終えた紫は、彼方の横に座りながら軽い感じで感想をいう

「あ、ごめんなさいね?私ってそういう経験がないからわからないの」

 てへっ♪っと舌を出しながら答える紫

「まぁ……そりゃそうでしょうね。紫さんは妖怪の賢者ですし。俺みたいに凡人じゃないし、綺麗だし、可愛いし……。それに比べたら俺なんて……」

 そう言いながらもどんどん彼方は胡坐の体勢から体育座りになり頭を丸め、しくしくと泣きはじめた。

「俺なんて、霊夢に飛び方教わってるのにいまだに浮くことすらできないし、美鈴さんに至ってはいまだに避けるばっかりだし、攻撃の方法を教わってるのに……」

 対人戦に置いては外の世界はもちろん、ここ幻想郷においても美鈴に勝てるものは少ないだろう。霊夢に至ってもそうだ。空の飛び方だけではない。弾幕だって霊夢に教えてもらっているのだ。スペルカードの作成にも係わってくれている。

 そんな状況の中、いまいち成果の出ない自分に彼方は情けなくなってしまったのだ。

「能力にしたって一定の強さがあるわけではないし……俺なんかが幻想郷で過ごすこと自体がダメなんじゃないかな〜ってこの頃思ってしまうんです。それに、怖いんです。こんなにしてくれているのに肝心の俺がダメダメで……。いまは皆付き合ってくれているけど、いずれは飽きられてしまうんじゃないかって」

 気がついた時には本音をぶちまけていた。

 ついさっき会ったばかりの人に、自分の身近な人達にも話せなかった悩みをスラスラと話すことができていた。

「そもそも、俺は幻想郷に永住しようとは思ってないし。外の世界には母さんや学校の友人、それにあの子だって俺の帰りを待っていると思うんだ。だったら……このままいっそ、ここから消えてしまったほうがいいような気がしてきて……」

 言葉を紡げば紡ぐほど、頬から何かが伝わり落ちていく。

 喋れば喋るほど声が震えてくる。

 嫌になる

 何が?

 いつまでたっても進歩しない自分自身が

 悔しい

 何が?

 幻想郷から逃げようとしている自分に勝てないのが

 ふわっ───

「大丈夫よ。貴方はしっかり成長しているわ。ずっと見ていた私が保証してあげる」

 後ろから優しく抱きしめ、泣いている小さな子供をあやすように頭を撫でる

「ゆ……か……り……さん?」

「大丈夫よ。あの子達はそんことしないわ。あの子は……霊夢は絶対あなたを見捨てたりはしないわ。妖怪の───いえ、幻想郷の管理者である八雲紫が断言してあげる」

 気付いたら俺は大声で泣きながら紫さんに抱きついていた。

 紫さんは俺が泣きやむまでずっと抱きしめて、手を握ってくれていた。

 紫さんの胸に抱きついた時に思ったのは、何故かどこか懐かしいような感覚がしたことだった。

▽      ▽      ▽      ▽

「その……みっともない姿を見せて申し訳ないです」

 いまさらになって恥ずかしくなってきた俺は、目の前にいる紫さんの顔を直視できないままで話しかける

「うふふ、いいのよ。泣きたくなったらお姉さんにいつでも抱きつきにきなさいね?」

 それは勘弁願いたいです。

 目の前で笑顔を浮かべている女性にそうはいえない彼方

 しかし、本音をぶちまけたことにより胸の中にあったもやもやが少しだけ無くなった気がした。

 時刻は既に夕方である

「それでは、俺は帰りますね。今日はありがとうございました」

 もう一度頭を下げる

 そんな俺に紫さんは顔を上げさせ

「ねぇ、彼方くん?彼方くんは同じ植物でも成長が早いのと、遅いのはどっちがいいと思う?」

 いきなり変なことを聞いてきた

 いや、紫さんのことだ。多分、何か意味があるんだろう……。

「え〜と、それはやっぱり成長が早いほうがいいですね」

 何事も早いことがいいに決まってる

 そう答える俺に紫さんは一つ微笑んで

「なら、成長は早いけどひょろひょろ伸びた植物と、成長は遅いけど時間をかけて茎が太く育った植物ならどっちがいいかしら?」

「それは、茎が太いほうが───」

 あれ?

 そこまで言って俺は紫さんのほうに顔を向ける

 するとそこには、

「そういうことよ。それじゃ、頑張ってね?」

 手を振りながらすき間に帰ろうとする紫さんがいた。

 もちろん顔は笑顔だ

 そして音もなく消えていく幻想郷の管理者

「かなわないな……」

 思わず俺は笑顔で頬を掻いた

▽    ▽    ▽    ▽

「彼方!?どこ行ってたの!心配したのよ!?」

「ごめん霊夢」

 博麗神社に帰った俺は、そこで鳥居の前で待っていた霊夢にお叱りを受けていた。

 俺はかなりの幸せものなのだと思う

 帰りが遅くなればこうやって霊夢が鳥居の前で待っていてくれて、あまつさえ俺を叱ってくれる。

 霊夢のお叱りの最中にはどうやら俺を探していてくれたらしい魔理沙が笑って俺に拳骨をくれた。

 紅魔館のみんなからも電話があった。

 あぁ……。なんて俺は幸せものなんだろう。

「だいたいあんたは──」

「なぁ霊夢」

 いまだに俺を説教している霊夢の意識を強引に俺に向ける

「なによ?まだ終わってないわよ」

 怖い顔で睨んでくる霊夢。さっきまでの心配そうな顔とは大違いだ

「ありがとう」

「───へ?」

 それだけ言って俺は席を立つ。

 今日は泣きつかれたから早く眠りたいのだ

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!?彼方!」

 後ろで霊夢が何か騒いでいるけど無視して寝ちゃおう

 今日はなんだか気持よく眠れそうな気がした

▽    ▽    ▽     ▽

 薄暗い寝室に二人の女性がいた。

 一方は寝間着姿で、もう一方は割烹着姿で

 しかしその顔は二人とも真剣だった

「どうでしたか?紫様。あの方との接触は?」

 尋ねられた八雲紫はため息で答える

「無理だったわ。でも、居ることがわかっただけでもよかったわ」

 それに───

「彼方くんのほうも気にいっちゃった」

 そういって眠る紫に従者は頭を抱えるのであった。

 本来ならば冬眠にはいっているこの妖怪がただ一人の人間のためだけに起きていた。

 それが何を意味するのかは、まだ誰にも分からない




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