16.従者として



 白玉楼の門の前、いままさに二人の少女が弾幕勝負を開始しようとしている。

 一人は周囲にナイフを展開し、もう一方は二振りの刀で身構える

 無言の対峙が続く中、先手を切ったのは紅魔館のメイド長、十六夜咲夜だった

 周囲に展開していたナイフの一部を投げた瞬間に時を止め、即座に後ろに回り込み後方からも同じように投げる。

 仕留めた───

 そう思い時を戻す。次に見る光景は、相手の胸と背中にナイフが突き刺す光景であったが───

「やはり……一筋縄ではいきそうにないわね」

 咲夜がみた光景は、二本の刀を器用に使い前方後方のナイフを全て弾き切った、白玉楼の庭師、魂魄妖夢の姿であった。

「こちらもいきなりのことで驚きました……。中々面白い能力を持っているみたいですね……」

 妖夢は二本の刀のうち短刀をしまい、両の手で長刀を強く握りしめる

「この刀は『楼観剣』幽霊十匹分にも相当する殺傷能力があります。…………下手に当たると怪我では済みませんよ?」

 楼観剣を目の位置にまで水平に持っていくと、最後忠告をするように咲夜に聞いて来る妖夢。 咲夜はそんな妖夢をみやりながら、やれやれ……とでも言いたげに頭を振り、言い放った。

「だったら、当たらなければいい話じゃない」

 それが合図となったのだろうか、二人とも足に力を入れ前へと走り出す。

 半人半妖である妖夢に対して、咲夜は人間。いくら弾幕勝負が人間と妖怪の公平さを出すためといっても元からあった性能が上がるわけではないので、どうしてもこういう時にその差が出てしまう。

 ナイフを散りばめながら、進む咲夜に妖夢は最小限の動きだけで自分に当たりそうなものだけを避ける

 六道剣『一念無量劫』(いちねんむりょうごう)

 斜めに切ったかと思った瞬間には、下から上に掬い上げるように切られるその様は剣で六芒星を描いているようであった。

 目の前に詰め寄ってでのスペルカード。いかに咲夜が普通の人間よりも凄かろうがこれは対処できないだろう……。

「あっけない終わりでしたね……。」

 そう言って刀を腰に納めようとした時だった。

「いきなりのスペルカードなんて困るわね。あぁもう。端っこが切れてるじゃない!」

「───!?」

 背後からの声に驚き振り返ると、メイド服の端っこだけが切れた状態の咲夜が指でくるくるとナイフを回しながらこちらをみていた。

「私の能力を完全に把握できていなかったのだが、惜しかったわね。さて───」

 ───今度は私のナイフで舞ってもらおうかしら?

「なッ!?」

 ここで妖夢はようやく気付いた。自分の周りに仕掛けられていた沢山のナイフに。

メイド秘技『殺人ドール』

 咲夜が手を下に下ろした瞬間、ナイフはそれぞれが意思を持っているかのように妖夢に襲いかかる。

 上に下に左に右に、ときには斜めからも容赦ない攻撃が襲ってくる。

 その光景は人形を持った赤ちゃんが振りまわしているようであった

 やがてナイフの奔流は徐々に収まり

「驚いたわ……。まさか、まだ立っているなんてね……」

 そこには二振りの刀を手にした妖夢が立っていた。

 肩には弾き残したのか、ナイフが一本刺さっている。

「私は幽々子様のためにも負けられないのです……!」

 肩に刺さっていたナイフを強引に抜き取ると、妖夢は楼観剣を腰の位置に止めそのまま腰を少しばかり落とす。さながら居合いのような格好をとる

 その様子をみた咲夜は警戒して、自分の周りにナイフを展開する。

「あなたはとても強い方です。けど、そろそろ時間が迫ってきているので幽々子様のほうに加勢に行かなければなりません」

 そう言った妖夢の声は心なしか震えていた。

「あら?いまから私が倒されるみたいな言い方ね。少しだけむかつくわよ?」

 咲夜は妖夢の震えた声を聞かなかったことにして、まるでもうすぐ自分が倒れることを予想している妖夢にいった。

 そんな咲夜の言葉に妖夢は頷きで肯定の意を示す。

「いくらあなたが凄かろうと…………この技は見えません」

 妖夢は一度深呼吸と同時に瞼を閉じ……

「いきますッ!!」

 獄界剣『二百由旬の一閃』(にひゃくゆじゅんのいっせん)

 居合い一閃

 一瞬、時が止まり辺りは静寂に包まれた。

 そんな中、妖夢は刀を鞘に戻す。チンッ!と刀を戻したのが合図だったかのように、風が吹き荒れその風の余波は遠くにいた魔理沙の帽子をも飛ばすほどであった。

 妖夢は歩きだす。幽々子と霊夢が戦っているであろう場所を目指して。すでに勝敗をついたのだから…………。

「主の敵の末路を確認もせずに行くなんて……同じ従者として考えられないわ」

 故に信じられなかった。その声が聞こえることが。

「確かに……いい一撃だったわよ? あなたの心に迷いさえ無ければ……の話だけどね」

 故に信じられなかった。その存在が無傷でいることが。

「確かに……私は外へと吹き飛ばしたはずなのに……!?」

 故に信じられなかった。その存在が自分の目の前に立っていることが。

「紅魔館のメイド長を舐めてもらっては困るわよ?」

 妖夢の目の前には、腕組みした咲夜が立っていた

▽     ▽     ▽     ▽

「(勢いで言ったみたものの……正直しんどいわね……)」

 咲夜は能力こそ、『時間を操る程度の能力』という強大な能力を持っているが、それ以外は普通の人間と変わらない。故に長期戦となると自らが苦しくなってくるのだ。

 そしてもう一つ気がかりだったのが、先程の妖夢の攻撃

 刀を振り切る瞬間、妖夢は少しだけスピードを減速させたのだ。それが咲夜が無傷でこの場に立っている理由である。

「(まぁ、あれこれ考えるよりも聞いたほうが早いわね)貴女……何をそんなに迷っているのかしら?」

「ま、迷ってなどいません!私は確かに、あの一撃で───」

「嘘よ。私に攻撃を放つ瞬間、少しだけ減速したわよ」

 咲夜の言葉に「うッ」と小さな声を出す

「それに……先程から妙に攻撃が軽いわ。貴女……本気で私を倒す気があるのかしら?」

「あ、当たり前です!私はあなたを倒そうと───」

「それも嘘ね」

「ど、どうしてそんなことが分かるんですか!?確証なんか───」

「あなたの顔を見れば分かるわ。それに……いまの貴女は何かを恐れているわ」

 咲夜の言葉に先程まで荒げていた妖夢の声がピタリと止まった

「……あなたに……何が分かるんですか……?」

 妖夢の刀を握り締めていた手が徐々に開かれる

「知ってますか……?このまま春度を集めて、あの西行妖が満開になってしまったら幽々子様は消えてしまうんですよ…………」

 震える妖夢から聞こえてきた話は、咲夜にとっても予想外なことだった。

▽    ▽     ▽      ▽

 私の祖父がここを離れる前に忠告したことがある

『決して西行妖を満開にさせるでないぞ』

 そう言った時の祖父の顔はいまでも覚えている。 とても厳しい顔つきだった。

『なんでですか?』

 私は祖父の言葉の意味が分からずにそう聞き返した

 そんな私に祖父は、『いづれわかる』そう言い残して、この白玉楼を去って行った。

 最初は少しだけ気にしていたが、それも時が過ぎていくにつれて段々と気にならなくなってきた。

 幽々子様との毎日が楽しすぎたのだ。 確かに大食いの幽々子様の食事の用意とかは大変ではあるが、それも大変なだけであって苦通だと思ったことなど一度もなかった。

 いつも明るく、笑顔の絶えない。悩みとは無縁の幽々子様だからだろうか。私は変な確信を持ってしまったのである。『幽々子様なら、わざわざ西行妖を満開になんかしないだろう』と。

 元に一度それとなく聞いたときには、『う〜ん……。別に咲かせようとは思わないわ〜。 それより、お団子食べたいわ〜』と言っていた。

 だからこそ、だからこそあの時の幽々子様の言葉は信じられなかった。

 はじめは冗談だと思っていた。幽々子様は、私に対してよく冗談を言うほうだから今回もそうだろうと思った。

 しかし幽々子様の目が物語っていた。冗談でもなんでもないと。

 それから私の春度を集める作業が始まった。

 そもそも何故祖父はあんな忠告をしたんだろうか?

 そう思った私は、幽々子様が出かけている間に幽々子様のお部屋にお邪魔しました。

 そして…………そこで見た書物は私にとっても思いがけないものでした。

▽    ▽    ▽     ▽

「幽々子様は気付いていないのだと思います……。あの書物に書かれていた存在が自分自身なんだと……」

 実際初めの頃は私も気づかなかった。

 私が気付くことができたのも本当に偶然。 祖父から小さい時に聞いた話しを思い出せたのが行幸だった。

「それで……?貴女は止めなかったのかしら?」

 妖夢の頭に冷たい声がかかる

「止めれるわけ…………ないじゃないですか……。あの人の笑顔を見たら……止めれるわけないじゃないですか……。 私は従者なんですよ?」

 ポタリポタリと雫が落ちる。

 妖夢だって分かっている。自分がやっていることがどれだけ愚かなことなのかということを。 このままいけば、引き返すことができないところまでいくことぐらい容易に想像がついてしまう。 しかし、それでも妖夢は後一歩が踏み出せないでいた。

「主が消えると分かっていながら、止めない貴女を私は従者だなんて認めないわよ」

 そんな妖夢に咲夜は冷たい言葉を放った。

「おいおい!咲夜!それはいくらなんでも言い過ぎじゃないか?」

 弾幕勝負が止んだのを見計らって二人の傍に来ていた魔理沙があまりの咲夜の言い方についつい口を出してしまう。

「べつに言い過ぎでもなんでもないわよ。だったら、魔理沙は霊夢自身が何かをすることで、霊夢の存在が消えようとした時に何もしないで指をくわえて見ているつもりかしら?」

「え?いや、そう言われたら…………あたしも止めると思うけどよ…………。だって、こいつは従者なんだぜ?友達と主従が少し違うものがあるんじゃないのか?」

 魔理沙がいうように、友達と主従では少し違ってくるかもしれない。 だがそれは、表面上だけのものであって、中身までもが変わるわけではない。

「一緒よ。主従がある分、私達のほうが主には消えてほしくないと思うはず。 もしも……もしもお嬢様が今回のようなことをされて、それによってお嬢様の存在が消えてしまうのだとしたら、私は殴ってでもお嬢様を止めるわ。」

 それが十六夜咲夜の誓い。

 この身、この心を主に捧げたその時から全ては主のもの。

 だからこそ、一緒にいたい。

 だからこそ、そんな馬鹿げた理由で消えてほしくない。

「従者とは時に主を全てのことから護る盾となり、主を止める縄となる。例えそれが、嫌われることに繋がるとしてもね」

 そこまで言って、咲夜は座り込む。 そろそろ体力の限界が近づいてきたようだ。

「やっぱり私は……未熟者なんですね」

 ずるずると座り込みながら妖夢は一人呟く

 結局、主を止めることもできないまま、浮ついた心で侵入者達を迎え撃つことになり、そのうちの一人には素通りされて、挙句の果てにはこうやって怒られて……誰が悪いという訳ではない。ただ単に自分自身が未熟だったのだ。 このメイドのような心を持っていたのならばもしかしたら……

「私はそうは思わないわよ」

 思考の渦に飲まれようとした瞬間に咲夜の声が耳に入った。

「こんなにも主のことを想い、いまだって主のために泣いている従者のどこが未熟者だっていうの。あなたの主を想う気持ちは一人前よ」

 そう言って咲夜は妖夢を優しく抱きしめる。

「頑張ったわね、お疲れ様」

 母親が子供をあやすように抱きしめられた妖夢は、小さな声で咲夜に囁く

 その言葉を聞いて咲夜は、自信に満ちた笑みで

「ええ。まだ間に合うわよ。いってらっしゃい」

 そういって、ゆっくりと背中を押した

 妖夢はそれに後押しされたのか、勝負にみせた以上の速さで霊夢と幽々子が戦っているであろう所まで駆けて行った。

「あ〜あ。結局のところ勝負はどうなったんだよ」

 二人の勝負を遠くから見守っていた魔理沙だけがぶつぶつと文句を言う

 そんな魔理沙に咲夜は、まぁまぁと落ち着かせた後

「文句を言わないの。 べつにいいじゃない。勝負がつこうがつかまいが。私としては、さっさとこの冬が終わってくれたらそれでOKよ。」

 そうすれば紅魔館に帰ったときにお嬢様が最高の笑顔で迎えてくれるから。

「それに……もうすぐ決着つくでしょう。霊夢も今回の異変は本気みたいだしね」

「あ〜…………そういえば炬燵代のことで機嫌が悪かったよな。そのせいで彼方の弾幕訓練が凄まじいことになったしな」

 魔理沙はしみじみとあの時の光景を蘇らせる

 霊夢の大量の弾幕を必死に逃げ回る彼方。

 しかし数秒とたたずに被弾して、そのたびにブッ飛ばされる。 流石にあの時だけは、可哀想になって参加するのを止めたんだっけ……。

「まぁもう一つ理由があるみたいだけどね。 そんなことよりも魔理沙はこの後どうするのかしら?」

「もちろん霊夢の所にいくぜ!」

 ズビシッと親指をサムズアップして咲夜に答える魔理沙

「そう。それじゃ行きましょうか。いまから歩いていったら丁度終わりのときに着くんじゃないかしら」

「あ〜……それよりも咲夜?」

 てくてくと歩きだす咲夜に魔理沙は先程から気になっていたことを聞いてみた

「そのメイド服、新品同然みたいなんだけど、いつ着替えたんだ?」

 魔理沙の指さしたメイド服はたったいまおろしたてたような感じだった。 いや実際のところいま、おろしたのかもしれない。 それを可能とする能力を彼女は持っているのだから。

 指摘を受けた咲夜はというと、一瞬キョトンとした顔になったが、軽く笑って口元に人差し指を持っていくと

「紅魔館のメイド長たる者、この程度のことができなくてどうするの?」

 それだけいって門をくぐった。

 そんな咲夜をみながら、魔理沙はやれやれと首を振るのであった。




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