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18.冬から春へ



「ねぇ……まだおにいちゃんは寝てるの?」

「そうですね……。もう少しで起きると処置してくれた方が言ってましたけど……」

 夢か現かあやふやな中に聞きなれた人たちの声が聞こえてくる。

「う〜ん…………軽く叩いてみたら起きるかな?」

「そうですね。そろそろこの寝顔を見るのも飽きてきましたし、起こしましょうか。おーい、朝ですよ〜。起きてくださーい」

 ぺしぺしと軽く頭をはたかれる。

 なんだか……懐かしいな……

 幻想郷に来る前は、あの子がこうやって毎日毎日、起こしに来てくれたんだよな。……いまでも霊夢に叩き起こされることが多いけど……。

「ダメだよー。おにいちゃんは美鈴に鍛えてもらってるんだから、もう少し強くしないとダメだよ」

 この声は……フランちゃんかな? 

 はは、まったくフランちゃんたら、俺は頭は鍛えてないんだから「みててね?おにいちゃん、朝だよ〜」

「そんなことしたら、頭が潰れちゃうよおおおおおおおおお!?」

 頭を一気に覚醒させて横に転がりながらなんとか回避する。……あの……陥没してるように見えるのは気のせいだよね?

「あっ!おにいちゃん、おはよう!」

「うん、フランちゃんおはよう。それに文もおはよう」

「おはよう、彼方さん。ついでにいうと朝でもないですけどね」

 抱きつくフランちゃんを膝に乗せながら、フランちゃんと一緒にいた文に話しかける

「というか……夜?だよね。それに俺はレティさんを止めた後ぶっ倒れて……」

「そのまま放置してもよかったんですが、後が怖そうだったので人里に運んで、医者……まがいのことをしてる人に来てもらいました」

「医者まがい?俺改造とかされてないよね?大丈夫だよね?」

「その心配はないと思いますよ。傍には心配性な人達がついていましたし、腕はたしかですよ」

 文は誇張はするが嘘はつかない。その文がこう言ってるんだから大丈夫なんだろう。…………というか、お礼を言いに行かなきゃだめだよな。

「なぁ文。その俺を治療してくれた人っていまどこにいるのか分かる?」

「ええ、あっちでお酒を飲んでますよ」

 お酒?

 俺が疑問符を浮かべていると、膝で寝ころんで遊んでいたフランちゃんが俺の顔を強引に向けさせて

「あのね!あのね!きょうは宴会をやってるんだ!フランは楽しくなかったから、おにいちゃんをみてたの!文はなんとなく来たみたい」

「宴会ねぇ……」

「どうします行ってみますか?あなたを心配してる人も結構いますし」

 う〜ん…………。まだ身体は少し痛いけど、動く分には問題ないし、その宴会も少し気になるし、俺を治療してくれた方がそこにいるなら行かないわけにはいかないよな。それに皆心配してくれてるらしいし

「うん、そうだな。ちょっと俺も宴会にお邪魔させてもらおうかな。フランちゃんもそれでいいかな?」

「うん!!」

 さて……幻想郷の宴会というものを見てみますかね

▽      ▽      ▽      ▽

「あれ?あんたまだ生きてたんだ。へー」

「ねえ文。これで心配?それともこれが幻想郷流の心配?それなら外来人の俺には少しキツイんだけど」

「まあまあ。こうは言ってますが、人里に運んだときに酷く心配してましてね。『ちゃんと治るんでしょうね!?』とか大声で叫んでたんですよ?」

「アリス…………」

「ちょっと!?そんな出鱈目言わないでよ!!あんたも涙目でにじり寄って来ないでよ気持ち悪い!!」

 少しウルっときてアリスに近寄って行ったら、思いっきり拒否されました。

 というかなんでアリスがいるんだ?

 俺がそう思っていると、俺の思考を読んだのか

「幻想郷では外の世界の常識は通用しないのよ」

 と分かりやすい答えを返してくれました。そうなんだよな……。ここは俺がいた所と違って何もかもが違うんだよな。

「ところであんた、怪我のほうはもういいの?」

「う〜ん。まだ身体のあちこちが痛いけど、動く分には問題ないかな」

「そう。それなら大丈夫ね」

 大丈夫? こういう時って良かったねとかじゃないのか?

「あっちのほうに貴女に会いたい人が待ってるわよ」

 俺に会いたい人? 誰だろう?

「えーと……とりあえず行ってみるよ。アリスも心配してくれてありがとうな」

「うるさい!?さっさと行きなさいよ!!」

 お礼をいうとアリスが持っていたお箸を投げてきたので、フランちゃんを抱いたまま文と全力で逃げました。

▽     ▽     ▽      ▽

 アリスの元から逃げること数分。前方に見知った顔を発見した。

「ねぇ魔理沙。私も彼方の所に行ったほうがいいと思うの」

「おいおい。もう同じことを三時間も前から言ってるぜ、霊夢。フランと文があそこにはいるだろ。起きたら文が連れてくれるから大丈夫だって」

『でもでも……フランはいまだに力加減とか知らないし、もしかしたら、起こそうとしてつい頭をザクロのように潰したりとか……』

『…………だ、大丈夫だって』

「すごいですね霊夢さん。フランさんのことをよく分かってますよ」

「俺は今頃になって寒気がしてきたんだけど…………」

 横にいる文が感嘆の声を漏らすよこで密かに自分の身体を抱きしめる俺。

 話の中に出てきたフランちゃんはというと、何を勘違いしてるのか少し照れくさそうに頬を染めて、「えへへ……」と俺の服を掴んでくる。 フランちゃん、別に霊夢は褒めてる訳じゃないからね?

「霊夢さん達も心配してますし早いとこ顔を出しにいきましょうか」

「うん、そうだな」

 文と一緒に霊夢達の元まで歩く。 すると、霊夢達のほうからこんな会話が聞こえてきた。

『文から聞いたけど、外出したあげくに冬の妖怪と戦ったらしいし…………おまけにあちこちボロボロの状態で永琳|えいりん|が居なかったら今頃死んだかもしれないのよね……。』

 ああ……そういえば外出禁止令っぽいのが出てたような……。

『それもこれも、あいつが私の言うことを聞かないから……』

 あれ……?なんとなく雲行きが怪しくなってきたぞ?

「ん?どうしたんですか、彼方さん」

「いや……大丈夫気のせいだよな」

 ほら、結果的に俺は生きているし。塩だって買ってきたし。 あの優しい?霊夢さんが怒るなんて……

『やっぱ一度、調教……とまではいかないけど、そういったことをしないといけないわね』

『へー。面白そうじゃん。私にもさせてくれよ』

「あっ!?彼方さん!?」

「すまん文!!俺はあそこでまだ寝とくことにする!!」

 霊夢の言葉を聞いて、脱兎のごとく逃げ出す俺。

 いまなら外の世界での世界新も夢じゃないかもしれない

「きゃっ!?」

「うわっ!?す、すいません!」

 前を見ないで走っていたせいか、目の前に人がいることも気がつかず、思いっきり衝突してしまった。

「あの、怪我はありませんか!?」

「ええ、大丈夫ですよ。私も余所見をしていたのでお互い様になっちゃいますね」

 俺とぶつかった女の子はふんわりと微笑んだ。

 白髪のおかっぱに、なんとなく俺と同じ苦労人の臭いがする。女の子の隣では丸くてもふもふしたものがふよふよと浮いている。幻想郷にアクセサリーか何かだろうか?

 そして腰……というか背中には二本の刀が……刀?

「あっ!もしかしてあなたが咲夜さん達が言っていた彼方さんですか? はじめまして。私、白玉楼の主、西行寺幽々子様の元で庭師と剣の指南役をしております、魂魄妖夢と申します」

 白髪の少女、魂魄さんが綺麗なお辞儀で挨拶をしてくる。

 そのお辞儀をみて俺も慌てて立ち上がり

「博麗神社で雑用をしています、不知火彼方です。へー、ここは白玉楼っていうんですね。桜が綺麗ないい所ですね」

「その桜で少しアクシデントが起きたんですけどね…………」

 一気にトーンダウンする魂魄さん

「え、えっとすみません魂魄さん」

「なーんてね。気にしてませんよ。それに、彼方さんもその話し方キツイんじゃないですか?咲夜さんから聞いたのとちょっと違いますし。 あと、妖夢でいいですよ?」

 いや、だってこんなに丁寧な人にいきなりため口は失礼っぽいし。 まぁ……妖夢がそういうならいつも通りでいいかな。

「えっと、それじゃ妖夢。 さっきから気になっていたんだけど、そのふよふよしたのは一体なに?」

 妖夢の横に浮いているものに指をさす。妖夢はその指を差されたものを一回にみて、合点がいったのか満面の笑みで

「私です!」

 と俺を困惑の谷間に落としてきた。

「……え?もう一回お願いできるかな?」

「だから私なんですよ」

「えっと……」

 どう反応してあげればいいんだろう? 『面白い冗談ですね』とかを期待してるのかな?

「あ、すいません!?私……人間と幽霊のハーフなんですよ」

 俺の困惑顔をみてとったのか、妖夢が慌てて言葉を継ぎ足した。

「あ、なるほど。ハーフなんだ。それじゃあ、それも幽霊なんだね」

「はい!そうなりますね」

 なんともなしに見ていると、幽霊が俺の周りをくるくると回りはじめる

 なんか犬みたいで少し可愛いかも……

「彼方さんはどうしてここに?咲夜さん達はあっちで宴会を楽しんでますよ?」

「えっと…………ちょっと行きたくない理由がありまして…………」

「? 何を言ってるんですか。みなさん貴方のことを心配していたんですから顔を見せないとダメですよ」

 心配したあげくの到着点が調教ってどうなんだろう?

 行きたくない俺の腕をとって強引に霊夢達がいる場所に向かう妖夢

 なんとか話題を出して、妖夢の気を逸らさないと……

「そ、そういえば妖夢。 咲夜から話を聞いたって言ってたけど咲夜は俺の事を何て言ってたの?」

 俺の問いかけに妖夢は足を止め、少し唸ったあと

「えっと……『不屈の馬鹿』って言ってたかな?」

 笑顔で俺に言ってきました。 

「ねぇ幻想郷の人達は外来人をいじめないと気が済まないの? それとも咲夜は俺に恨みでもあるの?」

「ま、まぁ…………咲夜さんなりに褒めてるんだと思いますよ?」

 そう思うなら俺の方を向きながら話してくれよ。

 とにもかくにも妖夢の気を逸らすことに失敗した俺は、あえなく霊夢達の所に連れていかれました。

▽    ▽    ▽     ▽

「えっと……久しぶりだね。霊夢」

「…………」ジー

「そ、そういえば塩が家に無かったよ?ダメじゃないか備蓄しておかないと……」

「……………………」ジー

「あの……」

「言うことは?」

「え?」

「私に言うことは?」

 霊夢達の所に無理やり連れていかれてから、すぐさま魔理沙に捕まり、霊夢の正面に座らされた俺。 なんとか霊夢と会話を試みたが…………霊夢に言うことってなんだろう?

 周りを見れば、咲夜と妖夢が作ったらしい色とりどりの料理。 そして俺は飲めないけど鼻にツンッっとくるようなお酒。

 …………もしかして

「ごめん。タッパーは持って来てないんだ」

 なにしろ気絶して起きたらここに居たんだから。

 たしかに家計的に危ない俺達としては、こういった時にタッパーを持って来ておかずを詰めたりすることも重要だよな。行儀悪いけど。

 俺が一人で得心が言ったように、うんうんと首を縦に振っていると周りの皆が手を額に当て、『はぁ〜』とため息をついていた。 

 みんなどうしたんだろう?

 てか咲夜に至っては、なんか軽蔑に似た眼差しなんですけど…………。それとフランちゃん。君は此方側だよね?絶対みんながため息ついた理由分かってないでしょ?それと文はなんでカメラを構えているの?

「…………さいわ?」

「え……?」

 みんなに集中していたからか、隣で小さく呟いた霊夢の声を聞き逃してしまった。

「あ、ごめん霊夢。いまいち聞こえなかったからもう一度言ってもらえるかな?」

 顔の前で両手を合わせて霊夢に謝る。

「だから…………『ごめんなさい』はって聞いてるでしょう!?」

 言葉とともに勢いよく立ちあがった霊夢は俺の頬を思いっきりはたく

「いたぁッ!?なに、なに、霊夢さん!?俺がなんか─────」

「したにきまってるでしょ!!」

 大声で叫ぶ霊夢に、空気が止まる。

 その霊夢の顔には冷たい雫が垂れていた

「いつもいつも突っ走るだけ突っ走って、自分の身体も省みないで、ほんとこっちとしては迷惑なのよ!!もう彼方なんて嫌い!あっち行って!!」

「れ、霊夢…………?」

「あっち行ってってば!!」

「まぁまぁ、彼方。ここは私に任せてお前は他所に行ってきな。霊夢は私がなんとかするからさ」

 霊夢に向けた手を宙に漂わせていたら、ぽんと肩を叩かれる。そこには魔理沙が親指をサムズアップしていた。

 確かに…………いまの俺がなにを言っても逆効果だよな……。

「その……ごめんな魔理沙。嫌な役を押し付けちゃって……」

「気にすんなって。後で色々と貰うからさ」

 さあ行った行った。といわんばかりに俺の背を押す魔理沙に従って俺はその場を後にした。あと、霊夢の写真を撮っていた文のカメラもついでに壊しといた。

▽    ▽    ▽     ▽

 霊夢に叩かれ、怒られたあげく強制退場を喰らった俺は一人とぼとぼと歩いていた。

「はぁ〜……。霊夢のアレ痛かったな〜……」

 口から出るのはため息と先程受けた霊夢のビンタの感想。本当は霊夢のビンタとかそんなのはどうでもいいことなんだ。いや、アレは痛かったからどうでもよくはないんだけど……。

『いつもいつも突っ走るだけ突っ走って、自分の身体も省みないで、ほんとこっちとしては迷惑なのよ!!』

 俺としてはこちらのほうがきつかった。

 自分自身、そんなこと考えたこともなかったが…………

「はぁ〜……。俺って本当にダメダメだな……」

「くすくす……。若いっていいわね」

「お師匠さま……。自分の年齢がばれちゃいますよ?」

「なにか言ったかしら、鈴仙?」

「いえッ!?なにも!!」

「へ?」

 下を向きながら歩いていた顔を上げると、そこには俺に向かって手を振っている女性がいた。そして隣には人里で何度か見かけたことがある女の娘もいる。

「こんばんは、彼方くん。私は八意 永琳よ。その様子によると怪我の具合はいいみたいね。鈴仙、軽く触診で診てもらえる?」

「はい、お師匠さま。それじゃあ失礼しますね」

 言うやいなや俺の身体の隅々を触りまくる鈴仙と呼ばれた女の娘。

「ちょッ!?やめ、くすぐった!?」

 腋や、へんな所を触られるたびに笑い声が出そうになるのを必死で堪える。

 すると、鈴仙と呼ばれた女の娘は満足したのか、俺を触るのを止めて永琳さんの元へと戻っていった。

「もうほとんど治ってますよ。お師匠さまが治療をしたとはいえ……凄い回復力ですね」

「ふふ……。当然よ。ねぇ彼方くん?」

「は、はい?」

 突然話しを振られて、おもわず変な声を出してしまう。

「聞いた話によると、彼方くんは気を扱う妖怪の元で訓練をしてるみたいね。それの影響によるものだと思うけど、あなたも知らず知らずの内に気によって自分自身の身体の内側を強化しているのよ。あなたを指導してくれた妖怪に感謝することね。そうじゃなかったら、今頃あなたはまだ生死をさ迷っていたわよ。」

 ってことは、俺は美鈴から色々教わっていなければ……今頃はまだ生死の境をさ迷っていたとか、なんてことにもなるのかな?……後で美鈴にお礼言っておこう。

 それとは別に気になったんだけど……もしかして

「貴女が俺を治療してくれた方ですか?」

「ええ、そうよ」

「えっと、ありがとうございました」

 ぺこりと頭を下げる。

「べつにいいわよ。治療代も今回はいいわ。私としてもあなたみたいな若い男の子の身体を色々調べることができたことだし。能力持ちの外来人なんて、中々治療する機会がないのよね。…………それに、あなたは面白い身体をしていたし」

 一瞬だけ永琳さんの目が鷹のように鋭くなったのは気のせいだと思いたい。

「ねぇ鈴仙。あっちにあるおつまみを取ってきてくれるかしら?」

「はい。お師匠さま」

 鈴仙と呼ばれた女の娘が、とことこと霊夢達の所まで走る。

 人里でみかけた時から思っていたんだけど……

「ふふ。彼方くんの思っている通り、あの娘は妖怪よ。兎のね。」

「うえ゛っ!?…………なんで俺の考えていたことが分かったんですか……?」

「ふふふ。な・い・しょ。ところで私も彼方くんに聞きたいことがあったんだけどね」

「?なんですか?」

「あの娘、鈴仙は人里ではどうしているかしら?ちゃんと人里の人達とよくやっているかしら?」

 えっと…………俺が知っているかぎりではあの娘が人里の人と楽しそうにしてるところは見たことはないし…………そもそもあの娘が避けてるっぽいかな。

「え〜と……その…………」

「ふふ。いいわよ、その反応で十分よ。はぁ……まぁしょうがないと言えばしょうがないんだけどね」

「えっと…………なにかあったんですか?」

 俺は少し不躾な質問かも知れないと思いながらも聞かづにはいられなかった。

「あの娘はね、兎なの。臆病者で人の目ばかり気にして、そのくせ振り向かれたら怖くて逃げだしてしまう、そんな兎なのよ。だからね、見逃してしまうのよ。誰かの優しさや、温もりを。人里の人達は気のいい人達ばかりみたいだから、薬を売るという名目で鈴仙に人里に行かせているんだけど…………やっぱり難しいみたいね」

 頬に手を当て、はぁ……とため息をついた。

 永琳さんのその顔は本当に困った顔を浮かばさせていた。まるで、幼稚園に娘を行かせたはいいものの、その娘が幼稚園に馴染めずに一人で遊んでいることについてどうしようか困っているみたいだった。

「永琳さんはあの娘のことを大切に思っているんですね。」

 つい口から出た俺の言葉に永琳さんはきょとんとした顔をしてその後、口元に手を当ててくすくすと笑い始めた。

「そうね……。そうじゃなきゃ、『鈴仙』なんて変えないだろうし、『優曇華院』なんてつけないでしょうね」

 ああ……。この人にとってあの娘は家族にも等しいのかもしれないな。

 すると、そこに丁度鈴仙が皿に盛った大量の料理を手にして帰って来た。

 頃合いかな。

「それじゃ、俺はそろそろ行きますね。ほんとうに永琳さん、それに鈴仙、治療ありがとうございました」

 早くこの場を去らなければ

「あら、もう少しお話していってもいいのよ?」

 そうじゃないと

「いえいえ、俺がいても邪魔になりそうですしね。失礼しますよ」

 家族に会いたくなってしまう────

▽     ▽     ▽     ▽

「ほんとあの子には困ったものね」

 夜桜を眺めながら、八雲紫は傍らで一緒に酒を飲んでいる幽々子に話しかける

「あの子って…………紫がよく話しに出している子?名前は彼方くんだったかしら?」

 幽々子はこの白玉楼から動くことなど滅多にない。だからなのか、幻想郷のことはブン屋による誇張新聞か、友人である紫による話しくらいしか情報を得ることができないのだ。

「そうよ。あの子は自分から死にに行く自殺志願者みたいな行動を平気でするから、見てるこっちも困るのよね」

 今回のことだってそうだ。

「ふふ…………。けど、その子だって立派な男なんでしょ?小さな子供じゃないんだし、博麗の巫女がいるんだし大丈夫でしょ」

「何言ってるの。彼は子供どころか赤ちゃんよ。幻想郷という世界に放り込まれて、右も左も分からずに、霊夢という少女に拾われた、赤ちゃん。そして幻想郷はそんな赤ちゃんが耐えられるほど生易しい所じゃないわ。いまは優しい面ばかり見せているかもしれない幻想郷がいつその牙を彼方に突き立てるか。」

 幽々子は紫の話を一笑することができなかった。

 紫の話を聞くかぎり、その少年は優しすぎる。 そして、その優しさが幻想郷では命取りになることがあることも幽々子は知っている。

「知ってるでしょう?霊夢は先代の巫女が亡くなってから、ずっと一人だった。いつもどこかつまらなそうに日々を送っていた霊夢が彼方と出会ったその日から笑顔を見せるようになって。……少し最近はいき過ぎな感じはするけど。それでも毎日楽しそうにしてる」

 紫は手に持っていた杯を、ぐっっと握りしめる

「幽々子、私達は知ってるでしょ?大切な人を失う悲しみを。」

「紫……」

『お〜、ここら辺の桜はものすごく綺麗だな〜。おっ!あっちの方も行ってみよう』

 ふいに聞こえてきた、なんともこの空気をぶち壊すほどに気の抜けた声

 そして近づいて来る足音

「紫。そういったことは本人に言ってみれば───って紫?どこ行ったの!?」

「あれ?先客がいたんだ」

 いきなり消えた友を探して辺りを見回していた幽々子の元に、ひょこりと顔をみせた彼方。

「えっと……すいません」

「ふふ。いいのよ。お隣どうぞ」

 バツが悪そうな顔をして謝る彼方に幽々子はなんとか大人の笑みを浮かべて、彼方が座れるように、隣を手で軽く叩く。

「それじゃ、失礼して。それにしても、ここの桜は綺麗ですね。外の世界にもこんなに綺麗な桜みたことないや」

「そお?彼方くんが気にいってくれてよかったわ」

「えっ?なんで俺の名前を?」

「それは秘密」

 彼方の口元に自分の指をあてがい、ふんわりとした笑みを浮かべる幽々子に彼方は何も言えなくなる。

「えっと…………もしかして、貴女が西行寺幽々子さんですか?妖夢が言っていたここの主の」

「ええ、そうよ。よろしくね、彼方くん」

「あ、はい。こちらこそよろしくお願いします」

 差し出された手を思わず握りしめる彼方。

「ところで、彼方くんはここにきてどのくらい経つのかしら?」

「えっと……もうすぐで一年ですかね」

 思えばこんなに経ってしまったのかと彼方は思う。

 はじめは好奇心に負け、少しの間だけ滞在する予定だったのにもかかわらず、もうすぐで一年が経とうとしている。

 思い出すのは、自分を此処まで育ててくれた母親の顔。 学校で出来た友達。 お世話になった人々。 そして自分の帰りを待っているであろうあの子。

「帰りたいと思ってる?」

「あっ……」

 何故だかその問いに答えを口に出して答えることができなかった。

 永琳との遭遇で、自分は帰りたいと思っているはずなのに、どうしても口に出して言うことができなかった。

「自分でも……わからないです。あっちには大切なものが沢山あります。……けど、こっちでも大切なものが沢山出来てしまいました」

 ほんと、俺って優柔不断ですね。自嘲気味に笑う彼方。

「力のない俺がここにいても……そう思うときだってあります。元々、ここは俺のような奴がいるような場所じゃない。それは分かっているんですか、どうしても動けずにいるんですよ。まったく……蝶のように脆弱な存在だというのにもかかわらず」

「そんなことないわよ」

 彼方の言葉を遮る形で幽々子は喋る

「たしかに今の貴方は蝶の羽ばたき程度の力しかないかもしれない。けど、それはいつか大きな嵐へと姿を変える」

 幽々子が彼方をみる目は真剣そのものだった。決して冷やかしに言ったものではない。

「だといいわね」

 最後に下を可愛く出して、彼方をこけさせたが。

「ははっ…………。まぁ、そうですね。そう考えたほうが気持ちがいいかもしれませんね」

「でしょ?」

 彼方と幽々子、二人でくすくす笑う。

 ふとそんな二人の間に、微かな話声が聞こえてきた

『ねぇ、魔理沙。彼方怒ってるかしら?』

『大丈夫だってば。ほら、早くしないとレミリア辺りが彼方を紅魔館に誘うかもしれないぜ?いまのあいつは傷心してるからな。コロッと落ちるかも』

『そ、それはダメよ!?早くいかないと!』

 その言葉を最後にドタドタと此方側に足音が近づいて来る

「ふふ……。貴方も大変ね?」

 俺の顔をみて笑う幽々子さんに苦笑をしながらも、俺は思う。

 もう少し、もう少しだけここにいてみようと。




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