20.類は友を呼ぶ



「さて……そろそろ行くか」

 永琳さんに貰ったハンカチを手に持ち、膝の上にいたうさぎを下に下ろし、部屋を出る。あんまり長居するのもなんだし、既に涙も止まっている。

「それじゃな、うさぎさん」

 目線を下げると、いまだに俺のことをみているうさぎがいたので、頭を一撫でして部屋を出る。それにしても、紫さんに続き永琳さんにまで涙を見られるとは……なんか恥ずかしい。

 俺は診察部屋を出て、玄関の所まで歩いていく。その間、誰とも合わなかったが……いや、因幡達に会ったか。

「おにいさん、もう帰るのかい?」

「ん?ああ、てゐか。う〜ん、そろそろ帰らないと霊夢に怒られるからな〜……」

「あいかわらず尻に敷かれてるね〜」

 兎の耳を生やし、人参のブレスレットをかけている女の子が彼方に話しかける。その手には大きなスコップを持っているみたいだ。

「てゐだって、毎日毎日、鈴仙にちょっかいかけて飽きないな」

「それが私の毎日の楽しみだからね」

 この因幡てゐという少女。なんと永琳達がここに住む前からここにいた者で、ここら一体の兎のリーダーだという。 なんでもあの永琳を相手に、迷いの竹林の主であることを主張し、取引を持ちかけるほどの精神の強さを持っている。

「おにいさんはここから一人で帰るのかい?もしそうなら、鈴仙を呼んでこようか?」

「いいよ、方向さえ教えてくれれば。第一、一番最初に此処に来た時、てゐに頼んだら、上半身がはだけてる状態の鈴仙が出てきて、色々と大変なことになったじゃないか」

 はじめて、てゐに会ったときに『帰るから鈴仙はどこか教えてくれないかな?』と彼方が聞いたらてゐは嬉しそうに、着替え中の鈴仙を連れだした。そのおかげで、彼方は鈴仙からビンタを喰らい、霊夢からは無言で顔面を殴られ、咲夜からは冷たい視線を浴びせられ、フランは何を勘違いしたのか、脱ぎだし、それを聞きつけた文が号外と称して幻想郷中にばらまいた過去があるのだ。

「あれー?そうだっけー?てゐ忘れちゃったなー」

 てゐは持ち前の、なんでもうやむやにしてしまう笑顔をみせる。その様子に彼方は、はぁ……とため息をつく。

「それで、方向を教えてくれる?」

「ん。あっち」

 彼方はてゐの指差した方向に向かって、歩きだそうとした瞬間に足を止めて、てゐに先程のハンカチを渡す。

「それ永琳さんに返しといてくれる?」

「いいけど…………彼方って中々守備範囲広いんだね。どう?お師匠さまの臭いはちゃんと感じたかい?」

「小さい女の子がそんなこと言うもんじゃないよ」

 ニヤニヤした笑みを浮かべて、彼方をみるてゐに軽く拳を落とした彼方は、そう言い残しててゐが指示した方向に歩いて行った。

「あんたより、果てしないほどの時間を生きてるんだけど……」

「ふふ、いまだに外の世界の常識のほうが勝っているってことじゃないかしら」

 誰ともなく呟いたてゐの言葉に、返事を返す者がいた。

「あ、お師匠さま。これ、彼方が返してくれって」

 永琳の姿をみて、今しがた彼方から受け取ったハンカチを永琳に返す。

 永琳はありがとう。と言って受け取る。

「それにしても……彼方って此処に来てもうすぐ一年になるんでしょ?普通それぐらいになると、幻想郷のほうに馴染むと思うんだけど……」

「それほど、彼にとって外の世界に大切なものがあるってことじゃないかしら?」

「ふ〜ん。彼方も大変なんだな〜」

 永琳の言葉を聞いて、腕を後ろに組んで彼方が歩き去った方向を見つめる

「ところでてゐ。あなたが差示した方向は人里とは逆方向だけど……」

「いや〜、『あっち。は逆方向だから、こっちだよ』って言おうとしたら彼方が話しを最後まで聞かずに行くからさ。てゐは悪くないよ」

 口では困った困ったと言いながら、とても楽しそうにしているてゐに永琳はため息をついた

▽    ▽    ▽    ▽

 てゐが指示した方向を歩くこと一時間

「どこだよ…………」

 彼方は迷子になっていた。

「あれー?てゐはこっちって言ってたのに……。まさか、てゐに騙されたかな?」

 頭を掻きながらてゐの笑顔を思い出す。うん。確かに何かを企んでいた笑顔だったような気がする

「まぁ……そんなことより、いまはこの竹林を抜け出すことからはじめないと」

「ん?そこにいるのは……彼方じゃないか?どうしたんだ?」

 俺が頑張って竹林を出ようと決意したその時、後ろから聞いたことのある声が聞こえてきた。

「あれ?妹紅さんじゃないですか?」

 振り向いた先には、俺が何度かお世話になった人が立っていた。

 彼女は藤原妹紅さん。人里の守護者である慧音さんの友人だ。 はじめて会ったのは、俺が人里で臨時の教師をしたとき。 慧音さんとの打ち合わせのさいに、声をかけてきてくれたのだ。最初はぶっきら棒な人なのかなと思っていたけど、意外と優しい人で寺子屋の子供たちがよく話しをしてくれる。中には『もこたん』なんて呼ぶ子もいる。俺も一度だけ呼んだことあるけどブッ飛ばされてからは、妹紅さんと呼んでいる。

「こんな所で何をしているんだ?」

「えっと…………てゐに人里までの道を聞いてその通りに来たんですけど…………なんか迷子になってしまって……」

 力なく笑う彼方に妹紅は呆れ100%の声を上げる

「はぁ……。因幡の兎の言うことを信じるなんて、やはり彼方はアレだな。」

「アレってなんですか。アレって」

「とにかく、ここに居てはいずれ餓死してしまうぞ。私が人里まで連れていってやるからついてこい」

▽    ▽     ▽     ▽

「傷はもういいのか?」

「ええ、おかげさまでレティさんとの傷は完治しました」

 まぁ、また新たに負傷したわけですけど

「なるほどね。冬の妖怪との傷“は”完治したわけだ。それで?また何か起こして負傷したんだろ?先程から、そこの部分を押さえながら歩いているが」

 妹紅さんに指摘されて、自分を見ていると本当に右手でそこを押さえていた。

「いや……霊夢の所に小鬼が来まして、それもかなりの酒飲みの。んで、酔っ払って俺に抱きついてきて、骨が折れました」

「抱きつかれて骨が折れるなんて流石彼方だな。全く、羨ましくはないけど」

 いや、俺も別に骨を折られてまで抱きつかれても…………

「いやまぁ、萃香だって悪気があったわけじゃないですし、これでも美鈴に鍛えてもらってるし……。まぁ、萃香の抱きつきを受けたのが俺でよかったかな。他の人達なら大変なことになってたらしいですし。」

 へらへらと笑う彼方に、意外にも妹紅は冷めた目を向ける

「お前みたいな奴から死んでいくのが此処、幻想郷だよ。正直言って、慧音も私もあんたがいつ死ぬのか心配だよ」

妹紅は振り向き、彼方を正面から見つめる
 

「人ってのは脆い生き物なんだよ。それこそ、少し強い妖怪が腕を軽く振っただけで肉は抉れ、骨は砕かれる。確かに彼方の周りには、博麗の巫女や紅魔館のメイド長、普通の魔法使いといった面々がいる。けどね、それはあいつ等が、“こちら側”だからなんだよ。」

 そこで一度、妹紅は口を閉じ、彼方の様子を伺うが、彼方は黙って妹紅の話の続きを待っていた。その様子をみて、妹紅は再度口を開ける

「その“こちら側”に彼方は入らない。分かっているだろう?何故、弾幕勝負にもかかわらず自分がこんなに負傷するのか。確かに、他の奴らからしてみたらお遊びかもしれない。けど、彼方からしてみたら、毎回毎回が命がけじゃないのか?いつ何時死ぬかもわからない状態だ。普通の者なら耐えることができないだろう」

 なら、何故この者はいまだ耐えることができているのか?

「いまはまだお前の中にある『信念』が支えてくれているのかもしれない。…………だけどな、幻想郷はお前が思っているほど甘くない。いまからでも間に合う、私はお前が外の世界に帰ることを推奨するよ。」

 妹紅は言いたいことを言い終えたのか、彼方に背を向け、先程と同じように歩きだした。

 その背中を彼方は、ボーっとみることしかできなかった

▽    ▽     ▽     ▽

「それじゃ、私はここで失礼するよ」

 人里の入口で彼方に別れを告げる妹紅。なんでも、古い友人を殺しにいくらしい。

「あ……はい。ありがとうございました」

 妹紅に礼を言って、頭を下げる彼方。

 そんな彼方の様子を一度みてから、妹紅は何かを言いかけたが微妙に開けた口を閉じて、足早に歩き去った。

「はぁ……」

 妹紅の姿が見えなくなったところで、知らず知らずの内にため息が漏れてくる

本当に…………一度帰ったほうがいいのではないか?

 そういう疑問が頭の中をぐるぐると駆けまわる

 そんな時だった。

 一瞬にして自分の全身に鳥肌を駆け廻らせることになったのは。

「あらぁ〜。こんな所でかなたんを見つけるなんてぇ〜。わたしってばついてるわ」

「ふむ……。しかし、いつも一緒にいる巫女さんがいないぞ。それに、吸血鬼のお譲さんも」

「げっ……。安城さんに、橘さん……。」

「いやんっ。橘なんてよしてよ。クリスって呼んでいいのよ〜」

 そう言いながら、近寄ってくる橘、別名クリスに彼方は容赦なく肘を入れる

「いいかげん、橘さんが作る変な店に俺を入れようとするの止めてくれませんか?」

 彼方にしては、珍しくうっとうしそうな目で話しかける。

 この橘という男、彼方と同じ外の世界からの外来人でここに来る前は、オカマクラブを経営していたということもあってか、彼方が人里に来るたびに勧誘を行い、霊夢やフラン、時には彼方本人によって迎撃されるのだが…………不死身なのか翌日にはケロッとした顔をしている。なんとも不思議な男である。ちなみに、源氏名がクリスだったのか、人里でもクリスの愛称で呼ばせてるようだ。

「安城さんからも言ってくださいよ」

 クリスの隣に居たもう一人の男、安城と呼ばれた男は

「ふむ……。小さい子女の子からのお願いなら、聞いたのだが。相手が彼方くんならな……」

 ものすごく嫌そうな顔をしていた。

 シルクハットに黒いステッキ。そしてこちらが、見てて熱くなりそうな黒のコートを纏っている安城という男。クリスと関わっているだけあって、こちらもかなりなアレである。 具体的にいうなら、小さい女の子が大好きなのだ。ただし、性的欲求は無いらしいので、人里の子供達も安心して近づき、便利屋さんとして使われている。ちなみにこちらも外来人。

 そんな人里でもかなりの変わり者の男達と、なんでいままで彼方は付き合っているのかというと、遠慮をしなくていいからである。

 確かに霊夢やフランなんかといるのも楽しいが、そこは異性が絡んできてどうしても遠慮をしてしまいがちになる。その点から言うと、この二人はそんなこと気にすることなく接することができる、クラスメートみたいなものなのだ。

「ほんと…………安城さんは相変わらずですね。フランちゃんにぼこぼこにされたのに、ピンピンしてますし……」

 フランと彼方が人里で買い物をした時、丁度通りかかった安城とばったり会った彼方は、フランを紹介したのだが、安城のあまりに醸し出すオーラが気持ち悪かったのか、フランは安城を人里でボコボコにした過去があるのだが…………

「ああ、あの子か。気持ちよかったと伝えておいてくれないか」

 当の本人は、とても気持ち良かったらしい

「嫌ですよ。俺を見る皆の目がますます変わるじゃないですか」

「大丈夫よ。オカマになればそんなこと関係なくなるわ」

「あんたは黙ってろ」

 ことあるごとにしなだれかかってくる橘の顔を、右手で自分から離す彼方

「うふふ。やっとかなたんらしくなったじゃない?」

「え……?」

 先程までの声とは少し違うトーンで話す橘に、彼方は一瞬訳がわからず唖然とする

「顔よ、顔。さっきまでのあなた、いまにも押しつぶされて動けなくなりそう。って感じだったわよ?」

「うむ。君はいつでも明るくいかないとな。そうしないと、人里の皆も心配してしまうだろう。もちろん、私達もね」

 橘の言葉に同意を示すように、安城が彼方の肩を叩く。

「二人とも……。ただの変人じゃなかったんだな」

「失礼しちゃうわね、まったく」

「まったくだ。それに私は変人ではないというのに」

 いや、二人とも十分変人だよ。そう口が裂けてもいえない彼方だった。

「けど、ありがとう二人とも。ほんの少しだけ楽になったよ」

 彼方がそう笑うと、二人は優しい笑みを浮かべて彼方の頭を撫でる。

「君は一人でなんでも解決しようとするからな。 君の周りには、君より長い年月を生きている者が沢山いるだろう。一度、そう言った人たちに相談でもしてみたらどうかね?」

 そう安城に言われて、彼方の頭には一人の人物がすぐに浮かび上がった。

 たしかに…………あの人なら今のこの状況を打開する何かを考えてくれるかもしれないな。

「うん。そうしてみるよ。ありがとうございます、安城さん」

 そうだ。あの人なら…………多分、この幻想郷でもかなりの年長者のあの人なら、何か道が見えてくるかもしれない

 そう思った彼方は、その人物と初めて会った場所まで走って行った




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