22.暗がり少女とチルノファミリー



 一難去ってまた一難とはよくいったもので、自分がまだ幻想郷に残ることを決めた俺にショットガンのような早さで新たな悩みの種が浮上してきた。

「ほらほら、彼方。このお酒なんかおいしいわよ?」

「この“鳥殺し”とか結構キツイんですけどね?飲むと一気にハマってしまうんですよ。ささ、彼方さんも一杯いかがですか?」

「これね、咲夜が作ったワインなの!もちろん、おにいちゃん飲んでくれるよね?」

「…………べつに私が注いだお酒を飲んでなんて頼まないけど。……あんたが飲みたいっていうんならしょうがないけど、飲ませてあげるわ」

 ニコニコ顔で俺の手になみなみ注がれたお酒のコップを乗せようとする紫さんに、“鳥殺し”なるものをビンごと近づける文。紅魔館のメイド長、十六夜咲夜が能力で一瞬にして作りだしたワインを誇らしそうに掲げ、元気いっぱいの笑顔で俺の膝に乗って来るフランちゃん。そして、そっぽを向きつつもコップだけは俺のほうに向けている家主の博麗霊夢。

「えっと〜…………」

 場所は博麗神社。いまは宴会の真っ最中だ。俺が来てからは、霊夢の遠慮していたようだが、冬の異変を解決したときに俺も宴会に強制的に参加させられたので、なし崩し的にそのまま宴会なんかを頻繁にするようになった、が

「ぶっちゃけ、ありえない」

 何がありえないかというと、いま目の前に展開されているお酒の展示会もそうだが、宴会の頻度である。具体的にいうと、3日に1回の割合で開かれるのだ。そしてそのたびに俺が幻想郷で会った人達が一同にかいして、雑談なり弾幕ごっこなりをしている。どこかの上流貴族達でもあるまいし、この人達は飽きないのだろうか? 俺はもうかなりうんざりしているんだが…………。

「まったく…………。こんなに一辺にやられても彼方が困るでしょうに。ほら、貴方達はそこらで勝手に飲んでおきなさい。 はい、彼方。これ外の世界の飲み物よ」

 そういって俺に酎ハイを渡してくる紫さん。ほんと、スキマって便利だよな。お金を払ってるかはわからないけど。

「あやや。でも彼方さんも一緒に飲むなら私みたいな子がいいですよね。賢者と飲んでも、プレッシャーでお酒もおいしくなくなりますし。ほら、酔った勢いで短いスカートの中身が見えてしまうかもしれませんよ?」

 明らかに紫さんを挑発しながら、俺に“鳥殺し”を注いだコップを持たせようとする文。確かに文のスカートって短いし、空も飛ぶのに気にならないのかな?

「いや、別に紫さんと飲むのは構わないし、プレッシャーよりむしろ少し安心しないでもないんだけどさ。それと、文も女の子なんだからもう少し、気をつけたほうが」

 あんまり派手に動くとスカートの中が見えちゃうし……。

「ダメー!!おにいちゃんとはフランが飲むの!ね?おにいちゃん?」

 尻尾をぱたぱた、羽をぱたぱたさせて、フランちゃん用の少し小さいコップに注いだワインを差し出してくるフランちゃん。この頃は紅魔館にある図書館が気に入っているらしく、よく本を持って来ては俺に読ませる。早苗ちゃんへの手紙にも書いたけど、本当に年の離れた妹ができたみたいな感覚だ。

「う、う゛うんッ!!彼方、私の横で飲みなさい。家主の命令よ」

 少しドスの利いた声で俺を手招きする霊夢。こちらは、この頃機嫌があまりよろしくない。多分、俺という人数が増えてから食費なり生活費がかかるようになってストレスが溜まってるのかな?だとしたら、臨時講師のバイトを増やさないといけないかも。

「あら、命令なんて博麗の巫女ともあろう人が横暴ね。そんなことしてると、彼方嫌になって私の所に逃げちゃうわよ?」

「お黙り年増。あんただってもう年なんだから、いい加減宴会に出るの止めたらどうなの?おばあちゃんにはキツイでしょう」

 ビキビキ…………

 二人の額から血管がいまにも飛び出そうなほど浮かびあがっている。

「あやや。これは大変なことになりましたよ、彼方さん。あ、これどうぞ」

「あ、ありがとう。……といっても、俺があの場に飛び出していっても無駄死にするだけじゃないかな」

 いつのまにか俺の横に座っていた文から差し出された液体を飲んだ俺は、目の前に広がっている光景をみながらそう答えた。

「いや……別に俺じゃなくても大丈夫なんだよな。誰か止めてくれる人を…………」

 そう思い辺りを見渡す

 アリス…………『自分で撒いた種でしょ。なんとかしなさいよ』

 そんなぁ…………

 魔理沙…………『面白そうだ。ちょっと私も混ぜてもらおうかな』

 これはダメだ。被害が広がるだけのような気がする

 慧音さん…………『ちょっと人里に戻ってくる。まぁ、頑張ってくれ』

 えッ!?ちょっと慧音さん!冗談ですよね!?え、ほんとに帰っちゃうの!?おーい!?

 くそ!!頼みの綱の慧音さんが居なくなった…………!

 だが慌てることはない。宴会に集まっている人はみんな知り合いなんだ。きっと助けてくれるはず……!!

 まずは鈴仙……!

『……………………』

 ガン無視っぽいけど気にしない!!

 永琳さん…………『治療ならやってあげるわよ?』

 つぎい!!

 レミリアちゃん…………『ワインもいいけど、レモンティーが飲みたくなってきたわ』

 つぎぃ!!

 咲夜…………『チッ』

 まさかの舌打ちッ!?

 目は口ほどにものをいうというが、これは燦々たる結果である。というか、俺の交友関係とはなんだったのかと疑問が出てきた。

「あやや。どうしたんですか?彼方さん。顔が少し青いですが……」

 流石に俺の顔が青くなってきたのを心配したのか、文が俺の顔を覗き込む。

 ここには永琳さんがいる。負傷してもあの人なら治してくれるだろう。しかし、しかしだ。流石に死んだ人を生き返らすことはできないだろう。

 その考えた俺は一つの結論を導き出した。

「よし、撤退だ」

「えッ!?ちょっと彼方さん!?」

 言うが早いが俺はそう口にした瞬間、トップスピードで博麗神社を後にした。後ろで文が何か言っていたが気にしない。

 そしてこれは逃げたんじゃない。

 戦略的撤退なんだ。

▽     ▽    ▽     ▽

「ふう。なんとか撤退に成功したな。さて…………博麗神社には帰れないから…………。人里にでも遊びに行くかな」

 博麗神社では今頃、霊夢と紫さんが弾幕ごっこに興じているのだろう。俺なんかじゃ入り込む隙がないほどの濃厚な弾幕ごっこを。ほんとうは俺も見て勉強しないといけないのだけど…………あの場所にあのままいたら俺は死んでたような気がするし。

 ここから人里までは歩いて30分ほどだ。ゆっくりのんびり歩いていこう。

 そう思って歩を進めようとした途端に、自分の服の裾を誰かが握っている感触がしたので、ゆっくりと目を下に落とした。

「ねぇねぇ。あなたは食べていい人間?」

 そこには金髪姿で頭に赤いリボンをつけている、可愛らしい女の子がなんとも哲学的な質問をしてきました。

「え〜と…………できれば食べないでくれるかな?」

 食べるの意味がよく分からないが、こんなちっちゃい子が言うんだ。性的に食べるほうじゃないだろう。 それにしても、この子は面白い冗談を言うな

「えー、でもあなた外来人でしょ?外来人は食べてもいいって言われてるよ? それにお腹も空いたし……」

「君、もしかして妖怪?あ〜、確かに人里の人を食べると霊夢や慧音さんが黙っていないものね」

 妖怪にとって人間というのは切っても切れない存在だからね。

 ……って、ちょっと待てよ?

 この子が妖怪? まぁ、驚きはしない。この子と同じくらいの風貌のフランちゃんも吸血鬼なんだから。ただ……

「うん。でもよかった。外来人が通りかかって。いただきま〜す」

 この子が本気で俺を食べにきてるのはかなりまずいことだ。

「ちょ、ちょっとストップ!?」

 口を大きく開けて、俺の腕に噛みつこうとする女の子を制止する。

 そのまま噛みつこうとした女の子は、俺の突然の大声に「ひゃぁ!?」と可愛らしい声を上げた

「なに〜……。ルーミアお腹空いてるのに〜……」

「ここはお互い自己紹介を───はやいよッ!?俺が聞くまで待っててよ!?」

「あう……ごめんなさい……」

 シュンとした様子で謝るルーミアちゃん。心なしか目元に涙が溜まっているようにも見えなくない。 いかんいかん。こんなちっちゃな女の子を泣かしたとあっては、俺の幻想郷での地位が大変なことになる。いまでも一部では自殺志願者や、不屈の馬鹿といったまったくもって俺には当てはまらないような変な二つ名もあるほどだし。

「いや!?ご、ごめんね!?おにいちゃんも少し動揺してるんだ。ほら、怒ってないから!全く持って怒ってないから!?」

「……ほんと?」

「うん!!ほんとにほんとだよ!!」

 そう言いながら、ルーミアの頭を撫でる彼方。彼方の手が頭に乗せられた瞬間、ルーミアはびくッっと肩を震わせたけど、一瞬にしてその表情は笑顔に変わっていった

「えへへ。おにいさんの手ってなんか優しい感じがするね」

「そ、そうかな…………。う〜ん、自分ではそうは思わないけどな」

「優しいよ。だって心がぽかぽかするもん。 えへへ。それじゃ、いただきま〜す」

「まって、おかしい。いま時空が歪んだ。明らかに歪んだ」

 いまだに食べることを諦めていないルーミアに俺は、昨日人里で買って来ていたべっこう飴をポケットから取り出して渡す

「お腹が空いてるんなら飴なんていかがかな? 空腹がまぎれるよ。それからでもいいんじゃないかな?俺を食べるのは」

 ポケットより差し出した飴に興味心身なルーミアちゃん。 それも当たり前だろうか。妖怪が人里に来るなんて基本的に襲うという認識なのだから。そう考えるとフランちゃんって凄い子な気がしてきた。 まぁ、何が言いたいかというと、ルーミアちゃんのような妖怪には珍しいから

「わはー。もらっていいの!?」

「もちろん」

 このように食いついてきてくれるというわけだ。

「どう?おいしい?ルーミアちゃん」

「うん!!」

 さて……この間にどうやって彼女から逃げるかを考えよう。 俺だってもう17歳になるんだし、女の子一人、軽くまいてやるさ

▽    ▽    ▽    ▽

「それでそれで!?おにいさんは勝てたの!?」

「う〜ん…………。勝った、というか勝たせてもらった感じかな。俺はそのまま気絶したから実質的には俺の負けだけどね」

 なんで俺は腰を落ち着けて、ルーミアちゃんにレティさんとの弾幕勝負の話をしているんだろうか…………? おかしい。本当なら今頃、颯爽とルーミアちゃんをまいて安城さんや橘さんと騒いでいるのに…………。

「おにいさんのお話は面白いね!」

「ほんと?それは良かったよ。それじゃ、おにいさんはそろそろ行くね」

 ルーミアちゃんの頭を一撫でして、手を振りながらその場を去ろうとする

「あ、まっておにいさん!」

 去る俺を止めるように、俺に抱きつくルーミアちゃん

「大丈夫だよ、ルーミアちゃん。幻想郷にいるかぎり────」

「まだおにいさんを食べてないよ?」

 俺の毎日はデッド・オア・アライブになりそうだ

「え、え〜と……まだ諦めてなかったの?」

 そう聞く俺に、こくんと頷くルーミアちゃん。やばい、どうしよう…………?

 このままでは食べられてしまう。そう焦っている俺の耳に、遠くから声が聞こえてきた

「しらぬーい!おーい!」

 みるとそこにはチルノが羽をパタパタさせて俺に手を振りながらこっちに向かってきた。その横には大ちゃんも一緒だ。

「おお!チルノちゃんじゃないか!どうしたのこんな所で?」

 俺の目の前にまでやってきたチルノちゃんは俺の質問に、えっへんとでも言いたげに胸を張り

「子分が襲われそうになっていたからね!サイキョーであり、親分のアタイが助けにきてあげたのよ!」

「違うよチルノちゃん。『博麗神社で宴会をやってるから』って言って来たけど道に迷って泣き出しそうな時に彼方さんを見つけて、チルノちゃんが飛び出してきたんだよ」

「ち、違うもん!!アタイ泣いたりしないもん!!不知火も笑うな!アタイは親分なんだぞ!」

 さっきまでの態度は一変して、大ちゃんの口を押さえようとしながらも俺を叩くという動きを見せるチルノちゃん

 このままではまずいと思ったのか、チルノちゃんはおもむろに俺の横にいたルーミアちゃんに視線をうつした

「そんなことより!不知火、この子は誰よ!!」

「あぅ…………」

 大きな声を上げながら指を差したチルノ。そのチルノの大声でルーミアは肩を震わせ、彼方の服を先程よりも強く握る

「おいおい、親分。ルーミアちゃんが怖がっているじゃないか」

「そうだよチルノちゃん。もう少し優しく接してあげないと。ごめんね?ルーミアちゃん。私は大妖精の大ちゃんって言うの。よろしくね?」

「うん……。わたしルーミア」

 大ちゃんはチルノを軽く叱った後に、彼方の後ろに隠れるようにしているルーミアの所まで降りてきて、自分の名前を言った後に手を差し出す。そんな大ちゃんをみてルーミアもその手を握った。

「う〜!!アタイだけ仲間はずれにするの禁止―!!」

 そんな二人の様子が気に食わなかったのか、チルノは強引に二人の間へと入りその勢いのままルーミアに手を出した

「アタイはチルノ。サイキョーの妖精よ!!ルーミアは不知火子分なんでしょ?だからアタイのことは親分って呼ぶようにっ!!」

「いやいや、まったくもって違うからね?チルノちゃん。ルーミアは俺の子分じゃないし……」

「親分?」

「ルーミアちゃんもチルノちゃんの言うことなんて聞かなくても大丈夫だからさ……」

 まずい。サイキョーにアレなチルノちゃんはルーミアちゃんのことを完全に俺の子分だと誤解している。ルーミアちゃんもルーミアちゃんでそのことについて何も疑問を抱かないし…………というか、子分とか親分といったものが分からない可能性もあるのか。

「そう!不知火はアタイの子分!だから不知火の子分はアタイの子分と同じよ!わかったわね、ルーミア!」

「う〜ん。よくわからない」

 それはそうだろうな。俺も分からないんだから。

「あの〜、彼方さん?」

「ん?どうしたの、大ちゃん」

 チルノちゃんとルーミアちゃんの噛み合ってるようで噛み合ってない会話をなんともなしに聞いていたら、横から大ちゃんが申し訳なさそうな顔をして話しかけてきた

「すいません。チルノちゃんが迷惑かけちゃって。多分、チルノちゃん嬉しくて少しはしゃいじゃってるんだと思います」

「はしゃぐ……?」

 俺にはいつものチルノちゃんにしか見えないんだけど……

「はい、とってもはしゃいでますよ。こうみえて、チルノちゃんって結構寂しがりで、彼方さんが遊びに来てくれないときなんて、その日一日、なんだか暗い感じで終わってしまうんですよ」

 あのチルノが?いっつも俺に無邪気な笑顔を提供してくれるあのチルノが?

「妖精には、“死”というものが存在しません。まぁ、それに似たようなものはありますが、ゲームでいうリセットみたいなものなんですよ。それに妖精って弱いじゃないですか、だからチルノちゃんってどうしても少し肩肘を張っちゃうんですよね。けど……彼方さんと出会ってからのチルノちゃんは、少し変わりました。なんていうか…………“家族”を得た感じで」

 家族…………か。 確かに妖精にとっちゃ家族なんて無縁な代物であり、手に入れることが難しいものなのかもしれないな。 そんな家族に俺が組み込まれるなんて……嬉しいかぎりだ。

「そうだな……。けど、どっちかというと、“家族”よりは“ファミリー”のほうがしっくりくる感じがするな。チルノ団ファミリーみたいなさ」

「あは。それはいいですね。隊長がチルノちゃんで彼方さんが切り込みで、ルーミアちゃんがマスコットですか?」

「そして、大ちゃんが救護係ってか?」

 俺は大ちゃんと顔を見合わせて笑った。なるほど、こんな関係も悪くないな

▽    ▽    ▽    ▽

「あー!もう!らちがあかないわ!こうなったらアタイが親分だってことをその身をもって分からせてあげるんだから!」

 親分と子分の違いがわからず、かつどうして自分がチルノの子分になるのかがいまいちわからないルーミアに痺れを切らしたチルノはそう叫び、ルーミアの手を強引に握った

「不知火!いまから探険よ!新しい子分にアタイが親分だってことを分からせてあげるんだから!」

 そう息まくチルノだったが、彼方は

「すまん親分。いまから人里に行かなきゃならないんで俺はパスで」

 手をブンブンと横に振って、あっさり親分の誘いを断った

「なにいってるのよ!?親分の命令は絶対なの!不知火はアタイと一緒に遊ぶの!」

「こらこら、ダメだよ。チルノちゃん。彼方さんも忙しいんだから、わがまま言ったらダメだよ」

「う〜〜!!」

 優しく諭す大ちゃんであったが、チルノはそんなことには気にせず、涙目で彼方のほうを見上げる

 これに困ったのは彼方だ。人里に用事があるなんて言ったが、そんなのは真っ赤な嘘である。

「(けど……俺が行ってもな〜)」

 小さい女の子が三人いる中で男が一人。それも17歳だ。 なんとなくここは女の子三人でのほうが道中も盛り上がりそうな気がする

「(まぁ……そんなわけで)三人ともけがをしないで、なかよくな〜」

「あ、こら不知火!!」

 チルノが後ろで何か言っていたが気にせず逃げた。

 俺ってなんか逃げてばっかりだな…………

▽    ▽    ▽    ▽

 三人と別れた俺は、無事に人里へと到着し、いまは一軒の店の前で店主と相談をしていた

「そこをなんとかしてくださいよ、旦那〜」

「う〜ん……。彼方くんにそこまで言われるとこちらも下げるわけにはいかないなー」

「お!マジですか!?流石旦那、話しが分かりますね!」

 俺がいまいる場所は飴だけを営んでいる飴屋だ。ここの店主は数年前に外から幻想郷に迷いこんだらしく、外の世界は飴を作っていたということもあってか、飴屋を開き、いまでは子供はもちろん、大人にも大人気の飴屋である。

「しかしこれを全部旦那が一人で作ってるんですから、凄いですよね」

 所狭しと並べられてある飴、飴、飴

「此処の人達は、飴に必要な材料なんかを惜しげもなくくれるからね。こちらとしても、その期待に答えようとしたらこんなになってしまったんだよ」

 苦笑する旦那。 そこに子供達が近寄って来る

「おじちゃーん!あめくださーい」

「あいよ、どれがいいんだい?」

 その子を皮きりに後から後から子供達がやってくる。 というか、寺子屋の生徒たちじゃないか

「あ!彼方だ!」

「よう、みんな元気そうだな」

 俺に気付いて近寄って来た一人の生徒の頭を撫でる。うんうん、やっぱ子供ってのはこれくらい元気があったほうがいいよな

「あ、ほんとだー」

「彼方が一人で来てるー」

「もしかしてフられたのかな〜?」

「だとしたらどうするんだろう?ヒモのくせに」

「全員集合」

 ヒモじゃねえよ。ちゃんと寺子屋で働いてるよ。というか、お前たちの先生だろうが。あと、フられたも何もそもそも彼女すらいないよ、悲しくなってくるけどさ

 とりあえず、生徒を一列に並ばせ一人ずつデコピンでもしようかなと思った所で、後ろから声がかかった

「宴会から無事に逃げだせたのかと思ったら、こんな所でなにをやっているんだお前は…………」

 少し呆れまじりの声に振り向くと、そこには教科書を抱えた慧音さんが立っていた

「あ、慧音さん。もしかして明日の仕込みかなんかですか?」

「まぁ、そういうところだ」

 それで宴会を抜け出したのか。てっきり俺は慧音さんにまで嫌われてるのかと思っていたよ。 しかし流石慧音さんだ。ちゃんと明日の準備をするなんて偉いな。俺の授業は、教科書一回読んで大体の内容を掴んで終わりだからな。 まぁ……それ以上時間をかけると乱入者が来るってのもあるけど。 ほら……夜は吸血鬼にとって出歩くには最適だろ?

「それより、此処に来るまでの間に妖怪に襲われたりはしなかったか?」

 妖怪ねぇ……。ルーミアちゃんにはぶっちゃけ襲われたのか襲われてないのか、微妙な感じだったから……

「いえ、襲われていませんけど」

 何も間違っちゃいない答えだな。 

 俺の言葉を聞くと、慧音さんは胸を撫で下ろしような感じで安堵のため息をついた

「そうか、それはよかった」

「あの……どうしたんですか?」

 怪訝に思い、俺が質問すると

「いやなに、最近此処に来た妖怪が、無闇やたらに暴れまわっていると聞いてな。、まぁ、たいがいの外からきた奴は暴れてそのまま此処にいる連中たちの強さをみて大人しくなるか、誰かの琴線に触れて倒されるか、霊夢に退治されるかなんだよ。 近々、私のほうから霊夢に依頼を頼もうと思っているんだけどね。 そうだ、彼方からも霊夢に言っといてくれないか?」

 そういえば、前に紫さんが外の世界にも妖怪は少なからず存在しているとは話していたな

「ええ、わかりました。霊夢に伝えておきますね。霊夢ならちゃちゃっと退治すると思いますし」

「ああ、よろしく頼むな。此処に来たての妖怪は自分より弱い存在。つまり人間や妖精といった者達を狙うことが多いからな。人里の守護者としては放っておけないのだよ」

 …………え?

 いま…………なんて?

「あの……いまの話はほんですか?」

「ん、あぁ。とくに妖精なんて狙われやすいかもしれんな。ごく稀に幻想郷でも指折りの実力者達に喧嘩を吹っ掛ける者もいるが、例外なく倒される、もしくは殺されるよ。まぁ、ほんとうに極稀にだけどな。って彼方、どうしたんだ?」

 慧音さんが親切に何かを説明してくれていたが、俺の頭の中はあることで埋め尽くされていた。

『妖精とかは狙われやすいな』

「ッ!チルノ達が危ない!!」

 急いで人里の出口まで駆けだす俺。

 こういうときの俺の勘はよく当たるんだよな…………!

▽    ▽    ▽    ▽

「ここはアタイがなんとかするから、ルーミアと大ちゃんは逃げて」

 そういうチルノは姿はところどころに裂傷ができており、肩で息をするほどだった

「だ、ダメだよ!?チルノちゃん!私も残るよ!!」

「こないで大ちゃん!!……親分の命令よ」

 いまにも前に出そうになった大ちゃんをチルノはその一言で止める

「おいおい…………。お前らは全員俺の獲物なんだから逃げたところで変わらないさ」

 チルノの目の前にたっていて、大きな蜥蜴の妖怪がチルノたちをみて嘲笑う

「ふん……!あんたこそ大丈夫なのかしら。サイキョーの妖精であるアタイに喧嘩を売ったこと後悔させてあげるんだから…………!」

 大口を叩いてみたものの、いまのチルノは負傷しており、相手は蜥蜴の妖怪である。傍からみても勝てる可能性は皆無である。

「早く逃げて!二人とも!」

 しかしチルノは逃げない。何故なら自分は親分だから。子分を見捨てて逃げることなんてできるはずがない

「親分が子分を守るんだったら……子分だって親分を守るよ」

 チルノの傍にゆっくりと誰かが歩み寄ってくる。

「…………ルーミア?」

「よくわからないけど。ルーミアきょうは楽しかったよ。おにいさんを食べれなかったのは少し残念だけど、チルノと大ちゃんはルーミアの知らない所に連れていったりしてくれて、とっても楽しかった。だからルーミア、もっとチルノ達と遊びたい」

 彼方がいなくなってから、三人は色々な場所を巡った。紅魔館という場所の門番ともお話をしたし、三人で大きな蛙に勝負を挑みにもいった

 過ごした時間は短いけれでも、それでも三人は互いのことを友達だと思えるほどまでにはなっていた。

 そんなときだ。この蜥蜴の妖怪に襲われたのは。

 チルノは二人をかばい、負傷して氷を思うように撃てなくなり、ルーミアはなんとか反撃をしようとするが、結果は残念な結果に終わり、大妖精にいたっては攻撃の手段をもっていない。 

 必然的に彼女らに残っている選択肢といえば、逃げるか、喰われるかのどちらかだ。

 それも逃げるにしても全員が逃げ切れるかというと、その答えはNoである。

 誰かが囮になり、他の二人を逃がすという方法でしか、この蜥蜴の妖怪からは逃げられないのである。

「はぁ……。もういいか?こっちとしてはさっさと殺したいんだよ……」

 彼女達の姿に、蜥蜴の妖怪はうんざりとした目をし、その大きな口を開け、チルノを飲み込もうとする。

 もうダメだ────

 そう思いチルノが目を瞑ろうした瞬間、その者は勢いよく茂みから姿を現し、蜥蜴の口に向けて何かを引いた

「俺のファミリーに、その薄汚ねえ牙を向けてんじゃねえよ」

▽    ▽    ▽    ▽

 必死になって三人を探し当てたときには、丁度チルノが蜥蜴の妖怪に喰われる一歩手前の状態だった。 その光景をみた瞬間に俺は、自分でも驚くくらいの速さでその場につき、大口を開けていた蜥蜴に装飾銃の弾丸という名の弾幕をぶち込んでやった

「な……なんなんだよ……お前!?」

「あ゛?チルノ団ファミリーの1の子分、不知火彼方だよ、バカヤロー」

 いまだ動けないでいる蜥蜴にそう吐いて、俺は後ろにいるであろう三人の方を向く

「ごめんな、三人とも。俺が着いていたら、こんな怖い思いしなくてもよかったのに…………。俺のせいで…………」

 後悔の念が心を絞める

 あの時、変な考えなんてなくして自分も着いていったのならば、チルノも怪我をすることもなかったんだろう。

「ごめんな……本当にごめんな」

 そう謝る俺に、チルノは顔を真っ赤にして言った

「こら不知火!!いまからアタイが本気を出すとこだったのに!なんてことしてくれたのよ!」

「……へ?」

「なに言ってるのチルノ。チルノ泣きそうだったじゃん」

「ち、違うわよ!?サイキョーのアタイが泣くなんてありえないわ!」

「けどほら、チルノちゃん。涙が」

 俺を無視して騒ぐ三人。

 あれ……?結構、本気で心を痛めたんだけど……

「彼方さん。助けてくれてありがとうございました」

 チルノちゃんとルーミアちゃんの二人の口論のようで口論になっていない口論を横眼に大ちゃんが話しかけてきた。

「いや……助けるもなにも、元々は俺のせいだし……」

 そういう俺に大ちゃんは首を振った

「そんことないですよ。この幻想郷で、私達妖精の身を心配してそんなに汗だくになりながら、助けにきてくれる人なんてそうそういるもんじゃありません。というか、他にいませんよ」

 ───だから、私達を助けてくれてありがとうございます。

 そう頭を下げる大ちゃんをみて、俺の中の何かが溶けていった

「当たり前だろ?ファミリーは助け合っていかないとな?」

 そういう俺に大ちゃんは、調子がいいですね?っと言った後、くすくすと笑った。

▽    ▽    ▽     ▽

「まてよ…………!」

 チルノの傷を確認して、きょうは博麗神社に泊まろうということになった俺達。いざ、帰ろうという時になった途端、先程まで何も喋らなかった蜥蜴がいきなり話しかけてきた

「俺がたかが人間に負けるわけないだろ……?少し待ってろよ、いますぐ起き上がってその頭、喰い散らしてやるからさ…………!!」

 そう言いながら起き上ろうとする蜥蜴。

 そんな蜥蜴を冷ややかに彼方は見つめていた

 ────妖怪ってこんな奴ばっかなのか?

 いや、そうじゃない。 現に俺は知っているだろう。 

 ────人間は妖怪にとっては食糧でしかない?

 いや、そうじゃない。 そんなわけない。 だって、俺は沢山の妖怪と友達になることができたんだ。

 ────でもさ……チルノやルーミアや大ちゃんを泣かせたコイツは殺してもいいんじゃない?

 ああ……それは……そうかもしれないな

「だったら、その人間に殺されるお前は、なんなんだろうな?」

 口を三日月のごとく割らした彼方は、ゆっくりと銃口を蜥蜴の額につける

 チルノ達はというと、先程とはうってかわった彼方の様子に驚くことしかできず、口を開くことができなかった

 このままでは自分が死ぬ

 蜥蜴はそれを肌で感じたのか、顔が少し青ざめ始めた

 そんな様子をみた彼方はますます表情を歪ませ、その銃口を────

「ダメよ、彼方。 私のお酒を飲まないで宴会から抜け出すのは」

 突然出てきたスキマによって飲みこまれていった。

「あ……れ……?俺は一体……」

「少し疲れが出たのでしょうね。なんせ、その子達を探すために森を駆けずり回ったのですから」

 いきなり出てきた紫によって、先程の表情が消えた彼方に、紫はそう説明した。

「ほら、ここは私にまかせて。幻想郷の管理者のほうがこの場は適任でしょうし。その子達も今日は疲れてると思うわよ」

 紫が示したほうには、チルノ達が彼方を心配そうにみていた。

 そんな三人に彼方は、大丈夫。と答え紫が開いてくれたスキマを通り抜けた。

 その後を、三人も追っていく

 やがてスキマは四人を飲み込むと、その口を閉じるように消えていった。

「藍、その子には身の程を教えといてあげないさい。 同じ妖怪のよしみとしてね。」

「わかりました」

 かくして蜥蜴妖怪の末路は決まった。

    ☆

 生かさず殺さずで蜥蜴妖怪に幻想郷での生活の仕方を教えた藍は、先ほどの彼方の行動、そして言動に疑問をかんじ紫に問いかけようとする

「紫様…………。あの…………」

「さ、帰るわよ。まだ宴会は終わっていないんだから、飲み直さないと」

 しかしながら紫は藍が質問をしようとしたタイミングで、自分も切り出し藍が続いて喋る言葉など聞かずにそうそうにスキマを開いて、その場を後にした。

「負の想い……か」

 そう一言だけつぶやきながら。




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