25.かぐや姫



 春が終わりを迎え、地獄のような夏が顔を出す

 此処、幻想郷でもそれはかわらず日に日に暑くなり、そろそろ外の世界での文明利器であるクーラーが欲しくなってくる時期である。しかし悲しいかな、幻想郷は俺のいた所とは文明の発達速度が遅く(というか、意図的に止めていて)クーラーというものが全くといっていいほど見当たらない。当たり前というか、なんというか、紅魔館には普通にあったのだが。そこは年中貧乏である博麗神社。参拝客もこないことからわかるように、此処にはクーラーなんて贅沢な物を購入する金なんてどこにもない。明日をどうやって生きようか。なんて話しが出るくらいだ。 幸いなことに俺が人里で働くようになってからは、ほんの少しだけ余裕が出来たらしいが、貧乏なことにはかわりないだろう。 それと、これは純粋に驚いたことだが、意外にも人里の人達は霊夢のことを気にかけているらしい。それに魔理沙も。 あの年齢での一人暮らしってのはやはり幻想郷でも珍しいらしいし、霊夢や魔理沙は妖怪退治を生業としているから、意外と心配なのだと。

 そんなに心配しているなら参拝に行けばいいじゃないかって? 

 それは流石に無茶ってもんだろ。人里と博麗神社はそれなりの距離があるし、なにより道中は妖怪だって沢山いる。妖怪は夜に活発だというだけであって、べつに昼は閉じこもっているだけではないのだから。

 それにしても暑い

 こう暑いと集中力が切れてしまいそうだ。

 そう─────だからここで俺の集中力が切れてしまい、鏡の製作が上手くできなくても問題ないはずなんだ。 なんたって、かれこれ一時間も外で鏡の製作をしているのだから。先生曰く、『集中力を持続するのが難しい所でやるから、集中力というものはつくのよ』らしいのだが─────

 パリンッ

「あ」

「はい、もう20分追加ね」

 集中力うんぬんの前に生命力のほうが持続しそうにない

▽     ▽     ▽     ▽

「鏡を5枚出して、ゆっくりと時計回りに回してみましょうか」

 博麗神社の縁側で、紅茶を啜りながら楽々と言ってみせるパチュリー。そしてさも当たり前のようにクッキーを食べる

「というか……なんでパチュリーが神社に来てるんだ?紅魔館から出ないんじゃなかったの……」

「あんたがサボるからでしょ。早く言われたことをする。じゃないと吐血するわよ」

 脅迫で吐血すると言われたのははじめてです。……そういえば、確かにパチュリーに成り行きで教わることになった翌日は行くことができなかったけど……それだけでサボり認定か。そもそも行く時は電話すると言ったじゃないか。なんてことを言ったら、どうせパチュリーのことだから……

「教わることになった翌日からサボるなんて普通ありえないでしょ。」

 でしょうね。というか、もしかして俺は口に出していたのか?

「あなたの考えてることなんて丸分かりよ」

「そうやってすぐ、私達をいやらしい目で見る。ほんと下衆だわ」

「おいそこのメイド。ちょっとこい」

「嫌よ。そうやって私まで毒牙にかけようとするんでしょ。」

 見下した目で自分の身体を抱くようにして俺から一歩ずつ下がっていく紅魔館のメイド長こと十六夜咲夜。これが人里の男連中には人気なのだから本当に幻想郷はわからない。いや、まぁ……確かに可愛いし、料理もできるし弾幕も強いし一見完璧に見えるから、遠目からみたらいいのかもしれない。実際俺も初めはそう思ったし。ただ……口が異常に悪いんだよな。

「じろじろ見ないでよ、メイド萌えの変態」

「はいはい」

 ナイフを構える咲夜に俺は手をひらひらと振ることで答える

 さて……鏡を5枚だったな

 一度目を閉じて、大きく深呼吸をする。

 肺の中に溜まった不純を取り出し、新鮮な空気を肺に溜めこむ

 想像するは長方形よりは、少しだけ丸みをおびた鏡

 自分の顔が綺麗に映るくらいの────宮殿にありそうな鏡をイメージ

 そして少しづづ想いを高めていく

 ─────鏡を作りたいと

 その想いに自分の中の何かが答えるように、自分の身体の奥深くから力が沸いて来る

 そして─────その力を鏡という想像物に換える

 1枚───2枚───3枚───4枚───5枚───

 自分の想いによって形を得た鏡をゆっくりと時計回りに動かす────ところで鏡が割れる

「う〜ん……やっぱり動かそうとすると駄目だ。」

「はぁ……今日はもう終了ね。あんまりしても集中力が切れるだけだろうし。あなたもこれに集中力の全てを注いだみたいだし。今日はもう終わりね。で、明日は何時にするの?」

「もう明日のことですか……」

「人間は私達と違って生きる生が短いのよ。もたもたしてたらあなたが死ぬわ。それともなに、フラン辺りに噛まれて血族になるってなら別だけど。……いがいとそれもいいんじゃないかしら?吸血鬼になったら、いくらあなたでも性能は上がるわよ。はじめは慣れないだろうけど、どうせいままでと変わらない生活を送りそうだし」

「彼方を血族に……ね。なかなか面白そうじゃない」

 先程まで俺とパチュリーの鏡製作を黙って腕組しながらみていたレミリアちゃんが俺を舐めまわすように見ながら呟く

 それに触発されたのか、お気に入りのぬいぐるみを抱いてパチュリーから借りた絵本を読んでいたフランちゃんが顔を上げる

「おにいちゃんフランと同じになりたいの?フランならいつでもいいよ?」

 純粋な眼差しで俺のほうを見てくるフランちゃん。

「いやいや、ごめんねフランちゃん。俺は俺が滅びるまでは『人間』でありたいから、流石に吸血鬼になるのは無理かな。それに俺は外来人────いつかは外に帰らないといけないからね。外には友達や母親、それに大切な人も置いてきたんだから。」

「ふ〜ん、そっか。でも、おにいちゃんは遊びに来るんでしょ?」

「えっ?遊びに?」

 う〜ん……それは無理だと思うけどな。紫さんは幻想郷が外の世界に流布されると幻想郷が保てなくなるから駄目って言ってたし。元に俺はそれで早苗ちゃんに手紙を送るときに苦労した。というか、早苗ちゃんからしたらまったく訳が分からない手紙だっただろうし……。

 俺がフランちゃんになんと言おうか迷っているとパタパタと霊夢が縁側までやってきた

「彼方、そろそろ行く時間じゃない?」

「え?もうそんな時間なの?」

「うん」

 それはまずったな……。汗だって流してないのに。……冷水でもぶっかけようかな

「おにいちゃんどこか行くの?」

 二人の会話を聞いて、小首を傾げながら問いかけるフラン

「ああ、永遠亭に御呼ばれされてさ。永琳さんにはいつもお世話になってるし、鈴仙にも結構お世話になってるからお礼を言うには丁度いい機会かなと思ってね。」

「ふ〜ん。フランもおにいちゃんとご飯食べたいよ」

 結構な機会で食べてると思うんだけど、あれは全部俺の気のせいなのか?

「うん、そうだね。今度は紅魔館の人達皆と食べようね」

 わしゃわしゃと少しだけ乱暴に撫でる。フランはそれが気にいったらしく、少しの間目を閉じ頬を緩めて俺に委ねる。もしも俺に妹がいたら……もしかしてこんな感じだったのかな? 多分、俺よりも早苗ちゃんに懐くだろうけど。

 三分くらい撫でてからゆっくりと手を戻す。すると、フランは小さく「あっ」と声を出し彼方の手を自分の手で握ろうとするがすんでの所で戻す

「あ、彼方。私も永遠亭に行くから」

 何時の間に外へ出たのだろうか。霊夢が俺の横に来ながらそんなことを言ってくる

「べつに俺はいいんだけど。永琳さん達は大丈夫なのか?」

「いいのよ。幻想郷ではさして珍しくもないことだから」

 珍しくないのかよ。…………言われてみればフランちゃんやチルノ、それに最近ではルーミアもだけど、全部アポ無しだったな。チルノなんて食事を狙ってくることもあるし、ルーミアなんて食事が目的だったりもするし。そのたびに断ることができなくて、霊夢が箸を折る音を聞きながら仕方がなく、食べさせてあげてるんだよな……。

「まぁ……確かにあまり問題でもないかな。」

 うんうんと頷く

「あ、それなら紅魔館のみなさんも一緒にどうですか?」

 それならフランちゃんとだって食べれるし。なかなかの名案ではないか。そう思った俺だったが

「いや、遠慮しとくわ。」

 レミリアちゃんにあっさりと断られた。

 その言葉を聞いて心なしかフランちゃんか涙目でレミリアちゃんの方をみている

「まぁ、幻想郷にも色々とあるのよ。幻想郷の重鎮達は我が強い人達が多いし」

 まったく……。アホらしいわよね。霊夢はそう言いながら首を横に振る

「う〜ん……。霊夢がそういうなら止めとくよ。部外者の俺が言ってもなんだし、紅魔館の主のレミリアちゃんが断ってるんだしね。」

「ええ、せっかくの食事なのに申し訳ないわね。代わりというのも少し変だけど、今度は紅魔館からも正式な招待状でも出すわ」

「はは、それは嬉しいな。楽しみにしとくよ。フランちゃんもそれでいいかな?」

「……うん」

 目の下を手で擦りながら頷くフラン。そんなフランを見ながら彼方は少しだけ申し訳ない気持ちになったが、こればっかりはしょうがない。

「ほら、行くわよ彼方。あんたに合わせて私も歩くんだから早く出るわよ。それじゃ、後はよろしく」

 俺の手を強引に握って神社の石段を降りて行く霊夢。その時に後ろを振り向き、(多分咲夜だと思うけど)神社のことをお願いする

 神社の巫女さんが離れていいのか? という気がしないでもないけど大丈夫だろう。悲しいかな参拝客も来そうにないし。

「ところで霊夢さん。そろそろ握っている手を離してくれませんか? 思いの外強い力で握られてるものだから、少しだけ痛いんですけど……」

 もしかして緊張でもしてるのか?

「うっさい馬鹿。黙って歩きなさい。…………なによ……ほんの少しだけお化粧したのに……彼方のバカ……」

「?」

 後半は霊夢の口がもごもごとしか動いてなくて何を言っているのかわからなかったけど、取りあえずまたしても霊夢に怒られたことだけはわかった

▽     ▽     ▽     ▽

「やあ鈴仙。待ったかな?」

「べつに。私も丁度終わったところよ」

「そっか。それはよかったよ。お疲れ様鈴仙」

 毎度おなじみの俺の案内人である鈴仙は、今日も俺とは目を合わさずに俺が来たことを確認すると永遠亭へと歩を進めた

「それにしてもありがとうな、今日は誘ってくれて。」

「べつに。お師匠さまと姫さまが決めたことですもん。私は逆らえないし。例え、私がその人を嫌っていたとしてもね」

 あいかわらず鈴仙は俺のほうを見ないまま、可愛らしい外見からは想像もできないような毒舌を吐いてくる。なんというか……咲夜を彷彿とさせる

 それにしても……嫌いか……。心にくるな。鈴仙の服装と相まってかなりくる。これが咲夜辺りならそこまでないんだけどな。

「あらら、嫌われてるみたいね。まぁ……それが普通の反応かもしれないけどね。」

 横にいる霊夢が先を歩く鈴仙に聞こえない声で話しかけてくる

「う゛っ……!普通……ですか」

「まぁね。あんたの掲げる信念は立派だけど此処では甘いなんてもんじゃないわ」

 ま、なにかあったら私を頼りなさい。

 霊夢はそう切り上げて自分からこの話を終わらせた。

「もうすぐ着くわよ」

 先を行く鈴仙が俺達に向かって少しだけ声を大にして話しかける

 鈴仙がそう言ってから5分後、確かに俺の視界に見慣れた屋敷が見える

 そこでは兎耳を生やした女の子達がそれぞれ遊びまわり、中には本を読んだり、竹で何かを製作したりと好き勝手にしており、それに混じって白ウサギがぴょこぴょこと駆けまわり、兎耳の女の子の膝の上に乗ってくつろいだりと、こちらもなんとものんびりした風景が続く。

 永遠亭────此処を一言で表すなら、

 兎の楽園────

 幻想郷が妖怪達の楽園ならば、永遠亭はさながら兎限定の楽園であろう。

 すくなくとも彼方はそう思う

「あら彼方、いらっしゃい。疲れたでしょ?診察室に行きましょうか?」

「毎回思うんですけど、なんで永琳さんは何故毎回毎回俺を診察室に連れて行きたがるんですか。」

 永遠亭に来る理由の9割は怪我をしたから来るので当たり前なことではあるが、目の前にいる女性、八意永琳からはそれが以外の何かを感じる

「あら、あなたはすぐに怪我をすんだから私としては当然の反応よ。貴方には興味がつきなくてね。解ぼ───なんでもないわ」

「いま解剖って言いませんでした?ねぇ、完全にいいましたよね。一気に此処が怖い所に変わってしまったんですけど」

 診察と思っていたものが解剖の準備とかだったら、マジで笑えないんだが。

「ふふふ。私がそんなことするわけないじゃないの。いやね、彼方ったら」

「そ、そうですよね。」

 あははは。と笑う。頬に一筋の汗を垂らしながら

「そ、そうだ。あの、今日は食事に招いて頂いてありがとうございます。」

 頭を下げる俺に永琳さんは、俺の頬を優しく持って顔を上げさせてから至近距離で大人の笑みを浮かべる

「こちらこそ、来てくれてありがとうね。私も嬉しいわ。いま話題の貴方と一緒に食事ができて」

 その話題にロリコン・自殺志願者・鬼畜・たらし・などの単語が入っていないことを願う。というか、あれはまったくの誤解だ。根も葉もない噂だ。誤解もはなはだしい。まったく……文に会ったらこの誤解が解かれるような記事を書いてもらおう

「けどごめんなさいね。まだご飯ができてないのよ。少しだけゆっくりしておいてくれないかしら。時間が来たら呼ぶから」

 困ったように笑う永琳さん。

「いや……それはいいんですけど。俺も手伝いますよ。流石にタダ飯を食らうってわけには……」

 なんというか……タダ飯を食らうのに躊躇いがある。

 そう考える俺に対して永琳さんは

「いいのよ、彼方は。丁度、お手伝いさんも見つかったわけだし」

 そう言って永遠亭を指さした。釣られて俺もそちらに振り向く。そこには────

『な ん で !私が手伝わないといけないのよ! 今日は私も彼方と同じ客よ!』

『まぁまぁ、ここでおいしい料理を出せば彼方もコロっと落ちるかもしれないよ?私が思うに彼方は家庭的な女の子ってのが好みなタイプだからね』

『えっ……。そ、そう……かな?』

『もちろん』

『しょ、しょうがないわね……。べつにアイツがどんな女の子がタイプとかは心底どうでもいいけど、確かに貴女達に任せると人参しか出てこなそうだし、特別に私が手伝ってあげるわ。本当にアイツとかどうでもいいけど』

 話し声こそ聞こえなかったが、あんなに駄々をこねている霊夢をすっかりその気にさせるてゐはすごいと思う

「にしても霊夢が料理か」

「あら、嬉しいの?」

「いや……毎日食べてますし。まぁ、おいしいから嬉しいんですけどね。どっちかというと、今日は永琳さんや鈴仙の料理のほうが興味があるかな……なんて思ったり」

 少し冗談交じりに言った俺だったが────

「霊夢の前でそんなこといったら死ぬからね。くれぐれも気をつけるように」

 永琳さんの目は死ぬほど本気の目をしていた。

▽    ▽    ▽     ▽

 そんなこんなで夕食の時間が訪れた

 その間俺がなにをしていたのかというと、白ウサギ枕にして胸に別の白ウサギを抱いたまま眠っていた。てゐにいたずらされても気づかないほどに眠っていた。例えるなら泥のように。という感じだ。多分、疲れていたのだろう。永琳さんが言っていたことは本当みたいだった。

 さてさて、それはともかく夕食である。

「へぇ……鍋ですか」

 テーブルには所せましと鍋に入れる食材が鈴仙と霊夢の手によって並べられている。どれどれ……なにがあるのかな?

 にんじん・にんじん・にんじん・にんじん・豆腐・にんじん・にんじん・にんじん・春菊・にんじん・にんじん・シイタケ・にんじん・にんじん・にんじん・にんじん・白菜・にんじん・にんじん・にんじん・にんじん・にんじん・にんじん

 …………予想はしていた。だって此処に居る子達の大半はウサギなんだから。

「……………………母さん、好き嫌いをなくしてくれてありがとうございます」

 もしも俺がにんじん嫌いだったら、豆腐と春菊とシイタケと白菜しか食べれなかったよ

「いやいや、これはそっちの因幡達の分だからね? 私達が食べるのかこっちよ」

 呟く俺に霊夢は、手を左右に振ってからべつの鍋を出す。

 そこには外の世界とまったく変わらない鍋の具材でとても食欲をそそる鍋があった

「へ〜、うまそうじゃん」

「彼方が来るから色々奮発したしね。今日の鍋は少し特別よ。 さ、いただきましょうか」

 そういって俺の隣に座る永琳さん。…………………………なぜ隣?

「あの……永琳さん?」

「あら、どうしたの?なにか困ったことでも起こった?」

 ええ、おきています。現在進行形で。

 てっきり永琳さんは上座のほうに座るのかと思っていただけに、俺の隣には霊夢が来るもんだろう。と思っていたので永琳さんが隣に座ったのにはかなり驚いた。

「えっと……永琳さんが隣に来るとは思わなかったもんで……」

「あら、それは私が彼方の隣に来てはいけないってことなのかしら?」

「い、いや……べつにそういうわけでは……むしろ少し嬉しかったり……」

 顔を近づけてくる永琳さんの顔を見れない俺は顔を横へとずらした。

 ──────────そしてみてしまった

 ──────巫女服姿のあの子が針を持っている姿を

 いまにも俺に向かって投げそうな霊夢。その目は完全に殺る気の目になっている。

「そ、そうだ。永琳さんが隣だと俺が緊張してしまうので、できれば霊夢が隣にいてくれたほうが気楽にご飯が食べれるかな〜……なんて思ったり」

 上ずった声で震えた声で永琳に話す彼方に、永琳は「そう」と一言だけいってその場を開けた。そして自分の定位置であろう場所に改めて座った。

 いったい……いまのはなんだったんだろう? 十中八九俺で遊んでたのは間違いないけど

「そんなにあんたがわたしの隣で食べたいなんてね……。ふ〜ん……」

 先程までの表情はどこへやら。言葉とは裏腹に笑顔の霊夢。しかしその手には依然として針を持ったままである。

「それじゃ、食べましょうか。早くしないと野菜が溶けちゃうわ」

 永琳さんの声とともに皆が手を合わせる

「あれ……?永琳さん。永琳さんの隣の席、空いてますけど……」

 ふと永琳の席をみると隣に丁度一人分の空白があることに気付いた彼方が指さしながら永琳に話しかける。永琳はそんな彼方に少しだけ困った笑みを浮かべ

「ああ、いいのよ。この人は人里の子供達と遊んで疲れて寝てるのよ。」

 やれやれ……とでもいうように永琳は苦笑いを浮かべる。

「へ〜、子供達と遊んでるんですか。それならもしかしたら俺も会ってる人かもしれませんね。一応、非常勤に近いですか、寺子屋の教師をしていますので」

「ふふ、そうかもね」

 そして今度こそ、手を合わせ食べ始める

 数分後───

「もう夏だっていうのに、なんで鍋なのよ。すんごいいまさらだけど。用意した私がいうのもなんだけど」

 暑くて熱い

 確かにうまいのだが、湯気と大人数のせいでみるみる額には汗が浮かんでくる

「いや、でも大人数ならやっぱり鍋じゃないかな。……まぁ、バーベキューとかもあったけど。下手したらこの竹林が燃えるかもしれないし。」

 悪戯ウサギの手によって。

 しかし霊夢が愚痴るのも分かる気がする。元に俺だって汗で服が張り付いて少しだけ気持ち悪い。けど……それに以上に大人数で食べるのは面白いかな。

「あ、てゐ。そこのポン酢とってくれ」

「あい」

「サンキュー。…………なんでソーメンのつゆがあるんだい?」

「てへ♪てゐちゃん間違えちゃった」

 この悪戯ウサギ……いつか絶対に泣かせてやる

「あっつ〜い。彼方〜、煽いで〜」

 あつさにダウンしたのか、霊夢がどこから持ってきたのかわからない団扇を俺に渡してくる

「それはいいけど……、そのただでさえ際どい巫女服でパタパタと煽ぐのは止めたほうがいいよ。」

 色々と見えるし。俺も色々と危ないし。

 俺の視線に気づいた霊夢は、文もビックリな機敏な動きで自分を守るように肩を抱くと

「…………みた?」

 上目づかいでこちらを睨んできた。

「いや……ぎりぎりセーフじゃないかな」

 霊夢の目を直視することができずに目をそらしながら答える

「…………みたい?」

「…………」

 ここで見たいって言えばみせてくれるのだろうか。多分、霊夢のことだから俺が、イエスと答えた瞬間に針が飛んできそうだし……。 ああ、そういえば早苗ちゃんも俺をからかってよくこんなことしてたな。その時はいつも背筋が寒くなってたんだよな。

 そっと霊夢をみやれば少しだけオドオドしながらこちらをみている。何かを期待しているかのように────

「え〜と……」

 そのときの俺は後で思い返せば、結構テンパっていたのだろう。じゃないとあんな失敗は起こさなかったはずだ。重ねていうが、俺はテンパっていた。そして疲れだとか、寝起きとかもあったのかもしれない。だから────

「俺は霊夢の巫女服の丈が短くなって、パンチラとかが拝めることができるほうが嬉しいかな」

 ────お願いだから皆で俺をそんなで見ないでください

「……そう、なんだ。パンチラねぇ」

「いや、違うんだ!!頼む!弁明をさせてくれ!」

「彼方は俗にいうミニスカートとかが好きなのかもね。外の世界では男性はミニスカートが好きってのはかなりいるみたいだし。まぁ、彼方だって健全な男の子だもんね」

「…………」

「違うんですよ永琳さん!いや、まぁ否定はしませんけど違うんです!鈴仙も無言で俺と距離をとるの止めてくれませんか!?」

 それから30分にわたり、俺の弁明は続いた。

 絶対に誰も信じてないだろうけど

▽    ▽    ▽    ▽

「楽しい楽しい食事会のはずが、苦しい苦しい言い訳会になってしまった」

 食事が終わり、もうすぐ帰る時間になってきた。 あの後は散々な食事会だった。まず鈴仙の視線。あれは咲夜を超えたかもしれないね。そして永琳さんの視線。これで永遠亭にやって来ることになるかもしれない外来人は強制的にミニスカ好きというレッテルが張られることになるだろう。そしててゐに至っては、明日あたり文に今日のことを詳細に話すだろう。そして文のことだ。明日の夕刊辺りには俺の項目に新しい項目が増えているはずだ。そしてなにより、霊夢だ。急に巫女服を縛ったりして生足をみせつけてくるもんだから、こっちの心臓はいつもよりかなり速い速度を出していただろう。 あぁ、早苗ちゃんも俺と遊ぶときは、どんなに寒くてもミニスカートだったな。いや、これは流石に関係ないか。

 俺がなんともなしに月を見上げながら自分のまぬけぶりに嫌悪していると、後ろから忍び笑いが聞こえてきた

「くすくすくす。あら、気付いちゃった?ごめんなさいね」

「えっと……あなたは?」

「私?私は輝夜。この家の主人みたいな者よ」

 よろしくね。そういって俺に手を差し出してくる輝夜さん。

 黒髪を長く伸ばし、ピンクに近い色の服を着ていることから、日本人形を体現したのなら、輝夜さんのようになるだろうな。なんてことを考えてしまうほど、輝夜さんは美しかった。

 いつまでも差し出している手をとらないのはまずいだろうと思い、俺はその手をとったのだが。いきなり思いもしない力で俺は引っ張られた

「“久しぶりね。待ってたわよ”」

「へ?え?俺と輝夜さんが会うのは初めてだと思うんですけど……」

 いきなり顔を近づけて、俺にそう言ってきた輝夜さん。しかしその目は俺をみているようで見ていない。そんな感じだった。

「あらそう?私はあなたと会うのは初めてじゃないわよ。寺子屋であなたのこと見たもの」

 それは会ったというのかな……?

「隣いいかしら」

 俺の言葉をまたずに俺の隣に座る輝夜さん。 何故、聞いたし

「そういえば輝夜さんは寺子屋の子達と遊ぶんでしたね。」

「ええ、やっぱり無垢な子供っていいわね。心が洗われる」

 そういってにこやかに笑う。見た目が中学生くらいなもんだから違和感があるけど、多分俺より年上なんだろう。

 あの酒飲み鬼と対面したときのような────いや、下手したらそれよりも足が竦んでいるのだから。

「そういえば、あなたの噂もちゃんと聞いてるわよ。正義のヒーローさん」

「ははは……。止めてくださいよ、俺は正義のヒーローなんかにはなれませんよ」

 正義のヒーローなんて俺には一番遠いところにあるだろうに。

「あら、でも人里を救ったのは事実でしょ?」

 輝夜さんが首を傾げながら聞いて来る。……多分、レティさんのことをいってるのかな

「俺はレティさんを止めただけで人里を救ってなんかいません。人里を救うというのなら、俺はあの時、レティさんを殺すということになりますよ。」

 しかし真実は違う。レティさんは生きている。いまは家でのんびりしているのだろうけど、冬になったら俺の所へ来ると思う。

「ふ〜ん……。悲しいわね。子供達が泣くわよ。あの子達、あなたのことを本当に尊敬していたんだけどね」

 憧れ・尊敬─────それは俺にとって一番縁遠いものだと思っていたんだが。

「しかし変ね。子供達が憧れる者なんだから、てっきり強いと思っていたんだけど、見たところあなたは人里で農作業でもしてるほうが似合ってるのに。────なんでかしら?」

 ────なんでかしら?

 ────あなたは何故、いまだに弾幕勝負なんてするのかしら?

 俺には輝夜さんがそう聞いているように聞こえた。いや、実際そう言ったのかもしれない。ただ単に俺の耳がそう聞こえなかっただけかもしれない。

 だから俺は輝夜さんに飾らず、気取らず、自分の想いをいった

「交わした約束を守るため。自分の信念を貫くため。俺はいまだに此処にいるんだと思います。」

 約束は信念へと昇華され、自分の中に一本の決して折れない想いへと変わっていった

 そんな俺を見て、輝夜さんは笑った。バカにしたような笑いではなく、おかしそうに笑った

「変わってるわね、あなた。けど、あなたのような男は嫌いじゃないわ。ペットにしたいくらいよ」

 なんだろう……。褒められてるのに素直に喜べない。

「ペットですか……」

「ええ、毎日遊んであげるわ。色々と教えてあげるわよ」

 ほんと幻想郷の女の子達はわからない。中学生にたじたじの高校生ってどうなんだろう。

「えっと……遠慮しておきます。色々と後に戻れなそうな雰囲気がありそうなので」

 だから舌舐めずりなんてしないでください。

 ひとしきり俺をからかって満足したのか、輝夜さんは大きく欠伸を開けて月を見た。俺もそれに合わせて月を見ようと思ったが、遠くのほうから俺を呼ぶ霊夢の声でそれは中断された。

「霊夢が呼んでいるので、今日は帰ります。本日は招いてくれてありがとうございました」

「ええ、こちらこそありがとね。……ああ、それと、鈴仙のこと頼んだわよ」

「へ?」

 そのまま帰ろうとした俺の足が思わず止まる。

 何故ここで鈴仙が?

 輝夜さんは俺のことなど気にせず、一方的に喋る

「あの子と近すぎる私達じゃ、あの子の顔を上げるのは難しいのよ。その分、あなたなら問題なさそうだし」

 あの子は、大切な家族なんだから────

 それだけ言って黙る輝夜さんに俺はその真意を聞こうと試みるも、業を煮やした霊夢がこっちに来たことで聞くことができずに終わってしまった。

 そして引っ張られる俺を見ながら手を振る輝夜さん。

 まるでドナドナみたいである

▽    ▽    ▽    ▽

 帰りは霊夢におんぶされて博麗神社への家路を急いだ

 ふと先程見ることができなかった月を見上げる

「なぁ……霊夢」

「なによ」

 おんぶより抱っこがいいと駄々をこねたのを俺が却下したから、少しだけ機嫌が悪いようだ。 

「月ってあんなかんじだっけ?」

 俺の瞳に映る月はあんな感じだったかな?

 自分の見ていた月がどういったものだったかもわからないまま、俺は博麗神社へと帰って行った。




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