28.月の頭脳



 神社を出てからどれくらいの時間が経っただろうか。異変のせいで活発化した妖精を倒し、永遠亭へと進路をとってどれくらいの時間が経っただろうか。 

「ねえ紫。さっきから気になっているんだけど……」

「ええ、私もよ。なんで夜が止まっているのか。けど、早急にこの異変を解決しなければいけない事態が増えたことだけは確かね」

「あー……やっぱり。それにしても、さっきから出会うのは活発化した妖精ばかり。そろそろ飽きてくるわね」

「そうはいってもねえ……」

 いかにもうんざりした口調の霊夢が、これまたうんざりした目で紫をみる。 紫はなんとも苦笑い気味な顔である。

「あたしも丁度、飽きてきたところだったんだ」

 霊夢と紫の所に星の形をした弾幕が突如降り注ぐ。

 緑・赤・青・黄・白

 綺麗な色をした星型の弾幕は霊夢と紫目がけて、さながら流星のごとく降り注いだのだが─────

「は〜い、ここはおまかせ」

 紫のスキマによってことごとく吸い取られていった。

「流石に一発で仕留めるのは無理があったぜ」

「いや、そもそもあんた反則になるんじゃないかしら、いまのは」

 西洋の魔女が被るような黒いトンガリ帽子を指ではじき思案顔の魔理沙に、少し遅れてやってきたアリスがツッコミを入れる。

「ちょっと魔理沙。いまのはどういうことなのよ」

 そんな二人に紫のスキマによって守られた霊夢のイラついた言葉が飛ぶ。ただでさえ、異変の元凶のところまでたどり着いていなく、すこしばかりイラついているところにやってきた一発だ。 霊夢のイラつき度も上がっていく。

「いや、丁度霊夢が通りがかってきてたから少しばかり話しを……と思ってさ」

「残念だけど、いまはあんたとお喋りしてるほど、余裕があるわけじゃないの。お喋りならこの異変が解決した後に付き合ってあげるから取りあえずそこをどきなさい」

 シッシッと手で虫を追い払うような仕草をみせる霊夢。 

「手早く済ませるからさ? 頼むよ、霊夢」

「……ったく、しょうがないわね。一分だけよ」

 付き合わないと引かないだろう……そう判断した霊夢はほんの少しばかり魔理沙のお喋りに付き合うことにした。

「お、サンキュー。あたしが話すのはただ一つ。止めたのはお前か?」

「はぁ?止めたってこの夜のこと?」

「もちろん」

 夜が止まったのは霊夢も気づいていた。しかしそれをいきなり現れて、犯人はお前だろ。そう言われるのは釈然としないものがある。 というか……頭にくる。

 ゆえに霊夢が言い返す。

「なわけないでしょ。それより、あんたこそどうなのよ? あんたが魔法で止めたんじゃないの?」

「おいおい、流石の私でもそこまでは無理だぜ」

 片手をヒラヒラと振って、できないことをアピールする魔理沙。 ちなみに、アリスと紫は仲良く蚊帳の外。

「そ。それじゃ、あんたの話は終わったでしょ? 私達はもう行くわ。 いきましょ、紫」

 魔理沙が知りたかったのは、霊夢が夜を止めたのか? それについて霊夢は自分ではないと答えた。 そこで魔理沙の話は終了である。 そう思った霊夢は、横で黙って事のなりゆきみていたを紫に声をかけ、魔理沙の横を通り向ける。

──────と。通り抜けようとした、瞬間、ふいに霊夢が全力で横にのける

 霊夢が数秒前までいた場所には弾幕。

「どういうことかしら、魔理沙」

 頬をひくつかせながら、声を震わせながら、なんとか魔理沙に説明を求める霊夢。

 そんな霊夢に魔理沙はあっけらかんと答える。

「なーに、丁度ここで会ったんだし、弾幕勝負でもと思ってさ。お互い退屈してたんだしさ?」

「へー……、いいわよ。こっちも退屈してたのよね」

「ちょ、ちょっと霊夢!?異変は……」

「大丈夫、すぐに片をつけるから」

 魔理沙の挑発に乗った霊夢の肩を掴む紫に霊夢は爽やかな笑顔で返す。 頬を引きつかせながら。

 そして始まる弾幕勝負。

 巫女と魔法使いが夜空に星や針を散りばめる様子を眺めながら、紫は頭を抱えた。

▽     ▽     ▽     ▽

 霊夢と魔理沙の弾幕勝負が始まった一方、こちらでもまた弾幕勝負が始まろうとしていた。

「ほら、咲夜。こっちには何かあったでしょ?」

「はぁ……まぁありましたね。異変の元凶が」

 咲夜の眼前には弓を持った永琳が優しい笑みを浮かべていた。

「あらあら……大変だったでしょうね、此処まで来るのわ」

「そうでもなかったわよ。私からすれば簡単すぎるくらいかしら」

 余裕たっぷりのレミリアに永琳は笑みを返すのに。

 気持ち悪い。それが咲夜の第一印象だった。

 自分の主人を前にしても決してその張りつかせた笑みを剥がすことはなく、ここからでも感じる強大な力を隠そうともせずにしていることを。

 自分の髪と同じ色をしたこの女性を、十六夜咲夜はなんとなく気持ち悪く思った。

「ところで……一つ聞いてもよろしいかしら?」

「ええ、どうぞ。折角ここまで来たんですもの。なんなりと聞いてください」

「そ。それじゃぁ────貴女が張本人かしら?」

 スッ─とレミリアの目が細まる。 そんなレミリアを前にしても永琳の態度は変わらない。

「あらあら、異変にしたのはそっちじゃないかしら? まったく、困ったものだわ」

 あらあら、うふふ───。まるで淑女のように笑う永琳

「あら、そうなの。まぁ……べつにいいわ」

「他に聞きたいことはないかしら?」

 永琳の言葉にレミリアは童女のような頬笑みを浮かべ

「ええ、もうないわ。とりあえず、気にいらないから───咲夜、やりなさい」

「────仰せのままに」

 悪魔のような指令をだした

 レミリアが口にした瞬間、先程までレミリアの傍にいた咲夜が永琳の背後から現れ、その首を貰いうけようとナイフを一閃。 なんともあっけなく、それでいて楽しくないものだ。そう咲夜は思った。

「……なっ……!?」

 しかしその考えは甘かった。 

 咲夜が振り向いた先には、無傷の永琳がいて────もっていた弓を構え、自分という的に向かって矢を放とうとしていた。

「おしいわね────ほんとうに」

 ふいに永琳の声のトーンが下がる。 そして放たれる矢。

 夜を裂き、唸りを上げて咲夜に向かってくる。

「くっ……!」

 その矢を左に全力で飛び退く形でやり過ごし、新しいナイフを手に持つ。

 ドスッ────

 ふいに肩に何かが刺さり、その手にもっているナイフを落とす。

 咲夜は舌打ちをして、前方ではなく後方へとナイフを投げ、自分はその場から急いで距離を離す。 咲夜が距離を離した瞬間、まっていましたといわんばかりに降り注ぐ、矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢・矢

 神符『天人の系譜』

「あらあら……なかなか避けるのが上手いお嬢さんね」

 咲夜の後方、咲夜が放ったナイフを片手で掴みながら永琳は咲夜をそう評価する。

「それはどうもありがとう……。けど、流石に貴女も飽きてきたんじゃないかしら?私が避けるばかりだと」

「ええ、ほんの少し。残念ね。まぁ、貴女のご主人様に期待するわ」

 場からはナイフと矢がいつの間にか消えていて、咲夜と永琳。そしてそれをほんの少し遠くで腕組しながら見守っているレミリア。

 それにしても────

 永琳は改めて咲夜をみる。あのポケットに放り込まれいる懐中時計や銀髪の髪といい……本当に似ている。 本当に私達に似ている。 まさか、この子も月の民? いや、まさか。そんなことはあり得ない。あっていいはずがない。

「あら、どうしたのかしら?手が止まっていますよ?」

 目の前の少女は両手にナイフを構え、余裕の表情をみせる。 さっきまであんなに苦悶に顔を歪めていたというのに……

「ごめんなさいね。こんなに従者が頑張っているのに、とうのご主人様はあんな所で腕組しているのが、可笑しくて。」

「あら?別になにも可笑しくないわよ」

 咲夜がふいに笑顔になる。 その笑顔は背後に煌々と照らされる月による効果なのかわからないが、とても儚げで、それでも夜に美しく咲かす花のようだった。

 その笑顔をみて、レミリアが口を動かす。 それは本当に小さな小さな声量で、レミリアの口元に耳をもっていかなくては聞こえないほどの声だった。

 一人の従者を除いては───

「了解です、お嬢様」

 咲夜の手からナイフが消える

「あなた────その眼ッ!?」

 永琳は驚く。

 いきなり咲夜の手から消えたナイフではなく─────

 いきなり眼前に現れた咲夜ではなく─────

 自分をみる咲夜の眼に驚いた

 赤く────

 ────紅く

 透き通るような、赤い紅

 人間の血よりも、妖怪の血よりも、綺麗で鮮やかな、そんな眼で永琳を凝視していた。

「さっきの話の続きで悪いけど……お嬢様はなにも可笑しくないわ。」

 だって──────私が貴方に勝つのだから

 幻葬『夜霧の幻影殺人鬼』

 夜霧に混じり、幻を魅せ、影の中へと入り込む殺人鬼のように────

 動くさえ、ままならないほど、目を開けることさえできないほど、正常を保てないほどのナイフが永琳を襲う。

 それはあたかも磔のように────

  ─────その身へと群がる

 そんな状況下でも、永琳は笑い、初めて嗤う。

 隠していた牙をさらけ出すように、はじめてその張りつかせた笑顔を脱ぎ捨てた。

 幻影には見向きもせずに、敵に狙いを定める。的に狙いを定め、穿つ────

 天呪『アポロ13』

 それはさながら侵略者のように────

 届かない天へと向けて呪いを放つかのように、その一筋はナイフの軍勢を蹂躙し、貪り、喰い散らかし、咲夜へと向かう。

「ちッ───!?」

 それをみて、たまらず時間を停止させて避けようとする咲夜に永琳が間をおかずして矢を放つ。

「面白い能力を持っているみたいだけど、それってかなり集中が必要なんじゃないかしら」

「ええ、ご名答。それにしても、あの馬鹿から聞いていた情報だと優しいお医者さんじゃなかったかしら? それともそれが貴方の本性なのかしら?」

「さあ、どうでしょね。 私を倒すことができたら教えてあげるわよ」

 天へと向かって矢を放つ────

 それと同時に咲夜は時間を止め、永琳の背後へと回り込む。 そこで、世界が動きだす。

 咲夜の眼前には永琳が弓を引いてまっていた。 まるで、咲夜がそこにいるとわかっていたように。はじめから知っていたみたいに。

「なッ……!?」

 その驚きが勝敗を決した。

 天に向かって放った矢は、その頂きに届くことなく落ちていき、咲夜の肩を刺した。

 完敗だった

 その頭脳の前には時間すら敵わなかったのだ

 呆然とする咲夜をみて、永琳は構えを解いた。

「ねぇメイドさん。あなたは何者なのかしら? その髪、その眼、その時計。 彼も気になるけど貴女も気になるわ。貴女は何者なのかしら?」

 咲夜は答えない。 言いたくないのか、言えないのか。

 そんなとき、咲夜と永琳以外の声が入る。

「その子は十六夜咲夜。夜の支配者にして、絶対的な強者。紅魔館の主、レミリア・スカーレットの忠実にして、最高の従者よ。 悪いけど、その触れようとしている手をどけてくださるかしら?」

 その声に、竹林がざわめき、鳥が慌てて逃げるようにこの場を去り、妖精が怯え、妖怪が本能的に死を感じた。

「咲夜、お疲れ様。ゆっくり休んでいいわよ。」

 瞳孔が縦に割れ、その瞳は紅く

「ああ、けど終わったら後には紅茶が飲みたいからそこだけは用意してくれるかしら」

 その爪は、肉を裂き、抉り

 その牙は、皮膚を破き、血を吸い、ときには滴らせる。

「ここから先は私ということでいいかしら?」

「ええ。時間潰しのはずだったけど……とても有意義な時間が過ごせそうだわ」

 かつて幻想郷を相手どった吸血鬼が、今宵は月の民を相手どる。




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