29.狂気に隠された本音



 ときは少し前に遡る───

 空で咲夜たちが交戦しているとき、地上でもまた一つの戦いがはじまろうとしていた。

 異変の調査に向かった霊夢より、留守番を任された外来人である不知火彼方は見事にそれを無視して迷いの竹林へとやってきた。

 夜の竹林は見る者に恐怖と混乱をプレゼントし、希望と勇気を奪い去っていく。 もちろん、空を飛べるものたちであるならばそこまで怖くはないだろう。 しかし、空を飛ぶ術をもたない者達としては怖いことこのうえない。 不知火彼方もそんな者の一人であった。 はじめは笑いながら進むことができた。 しかし、時間が経つにつれその笑いは乾いた笑みへとシフトチェンジし、『大丈夫、なんとかなる』という思いは『不安』に変わってしまった。 こんなことなら、やっぱり慧音さんについてきてもらったほうがよかったかな? と考えはじめていた頃、彼方を探し、見つけたものがいた。 

 弾幕というプレゼントを持参して

▽     ▽     ▽     ▽

 突然の背後からの弾幕を受け、負傷しながらも自分もハンドガンを構える。

「おいおい……いきなりの攻撃は卑怯じゃないか? 鈴仙さんよぉ」

 いまだに痛む背中をそっとさすりながら、自分の目の前で指を銃の形に構えている鈴仙に向かって話しかける

「あら、ごめんなさいね? 嫌いな人から気色悪いナンパをされたので、ついつい勝手に手が動いちゃったわ」

 笑いもせず、怒りもせず、鈴仙はただひたすらに無表情で彼方をみていた。

「それは災難だったな。」

「ええ……本当に────災難よね」

 言い終わると同時に鈴仙の指から弾幕が放たれる

「うおっとッ!? てかあの形どっかでみたことがある────」

 鈴仙の弾幕を右に避けることで間一髪かわした彼方は、いましがた通過した弾幕をみながら呟く

「(あれは……銃弾────じゃなくて座薬っぽいけど……)」

 鈴仙の弾幕って座薬みたいだね! なんて言うことはできないだろうな。 ただでさえ、嫌われてるのに、そんなこと言ったら治療するときに毒でも塗り込まれそうで。
自分のそんな姿が安易に想像できるのもどうかと思うけど

「考えごとかしら? よかったら私にも聞かせてくれるかしら」

「え……?」

 弾幕の軌跡を追っていた眼を前方に向けてみれば、目の前には足を振り上げる鈴仙がみえる。

「いまは弾幕勝負の真っ最中よ!」

 脳天を割る勢いで落とされる踵

「がッ……!?」

 それに彼方は反応することさえもできず、地面に濃厚なキスを交わす。 

 鈴仙の攻撃はそこで終わらない。 地に伏した彼方に鈴仙は容赦なく弾幕を浴びせた。

▽    ▽     ▽    ▽

「分かっていたこととはいえ……ここまで一方的な展開になるとは……」

 彼方の後ろをこっそりついてきていた人里の守護者である慧音は、目の前で行われた勝負をみてそう漏らした。 

「いや……そもそも勝負にもなっていない」

 鈴仙の弾幕を眼で追っている間に距離を詰められ、かかと落としを脳天に喰らい地面に濃厚なキスをした状態から動かない彼方。 ハンドガンを装飾銃に変えるする暇もない。 いっさいのタイムラグもなく流れるようで鮮やかな攻撃。 これが“差”なのだ。 こちら側とあちら側との明確な差。

「あら?ちゃんとやってるみたいね。……って、彼なにしてるのかしら。」

竹林の奥より響く若い声。 鈴仙達からの距離では聞こえることはないけれども、慧音からはその声が聞き取れた。 いや、むしろその者は慧音に声をかけていた。 綺麗な着物のような服を纏い、流れるような黒髪、可愛らしい声。 妹紅の天敵にして最大のライバル、蓬莱山輝夜が慧音にせまっていた。 鈴仙のほうに意識を向けながら、地面に倒れ伏している彼方を見ながら。

「いいところにきた、輝夜。鈴仙に一言いってくれないか?あれはいくらなんでも、彼方が可哀想だ」

 彼方達のほうを指さしながら隣にきた輝夜にいう。既に勝敗は決まっていた。 誰がみても彼方の負けだと。

「いったいなんのことかしら?」

「なッ……!? 大方、この戦いを仕向けたのは貴様だろう!」

「ええ、確かに私は彼に鈴仙を頼んだわ。ただ……決めたのは彼」

 そういって彼方の方を指さす。

「ほんと、男の子って強いわね」

▽    ▽    ▽    ▽

 身じろぎひとつしない彼方に冷たい視線を浴びせ鈴仙は、黙って後ろを振り向き去ろうとする。 
自分の渾身の一撃を防御もなしに喰らったんだ。これが弾幕勝負なのかと問われれば違う気もするけど、いいだろう。そもそも、私と彼とじゃ話にならない。もう立ち上がってこないだろう。もう私に声をかけることはないだろう。 だがそれでいい。それがいい。私はそうやって今まで生きてきた。戦争から逃げた時から、私はそうやっていきてきた。

 鈴仙が歩く。一歩一歩、ゆっくりと。
 

「……まてよ……。まだ、終わっちゃいねえよ……」

 声量は小さく、か細い声で、しかし透き通るように、染み込むように鈴仙の耳に頭に入り込んできた。

「はぁ……はぁ……。いまのは聞いたよ、美鈴もビックリなかかと落としだ。危うく脳天カチ割れるところだったぜ……」

 よろよろの状態で、ふらふらになりながら、痛む頭をさすりながら鈴仙に声をかける。

「どこ……いくんだよ、鈴仙。俺はまだまだ戦えるぜ?」

「ふん……。あんたみたいな死にぞこないの相手をしている時間はないわ」

 彼方なぞまるで眼中にないかのように、鈴仙は振り向くことなく歩き去ろうとする。

「逃げるのか?臆病者だな」

 その一言が歩き去ろうとした鈴仙の足を止めた。 鈴仙は振り向く。その眼に狂気を宿しながら、憎悪を宿しながら、無知な人間を睨みつける。

「いま……なんていった?」

「あ゛?聞こえなかったのか、────臆病者」

 人にはトラウマというものが存在している。嫌な記憶、思い出したくない記憶、そういった記憶が生きていく中で存在する者もいる。 トラウマが全員にあるわけではない。世の中にはトラウマなぞ抱えずに日々を毎日を楽しく、おかしく面白く生きている人たちだって存在している。 

「────なにも知らない人間風情がッ!!」

 ただ、鈴仙がその前者であったというだけの話である。 無知とはとても恐ろしいもので、知らず知らずの内に他人の心を抉り、犯し、掻きまわしている、いわば悪意なき悪である。

「私をそんな名前で呼ぶなッ!!」

『仲間を見捨ててまで、あなたは生きていたかったんですか?』

 鈴仙の脳裏に浮かぶのは、遠い昔の自分の姿。 軍服に身を包み、銃を片手に戦場を駆け、自分が褒められることを夢に見、そのためだけにがむしゃらに頑張ったあの頃。

「ちッ……。やっぱ強いわ!避けるだけで精いっぱいだ……!!」

 鈴仙の弾幕を紙一重のギリギリでかわしながら、彼方は自分の負けじと弾幕を撃つ。 その弾幕は鈴仙へと当たり、その身をふっ飛ばす────はずだった。

「…………え?」

 吹っ飛ばすことはできなくても、少しよろけてくれることは予想できた。

 避けられ、そのまま自分に攻撃がくることは予想できた。

 しかし、鈴仙だと思って撃ったものが全く違う、木の枝だったとは予想できなかった────

 人間に限らず、自分にとって予想外なことが目の前で起こったら脳がそれを処理するまでのタイムラグがある。 彼方にとってそれはほんの少しだけのタイムラグであった。 しかし、鈴仙にとってみれば、そんな少しのタイムラグでさえ彼方へと接近し、その無防備な懐に弾幕をぶち込むことなど造作もなかった。 それどころか、その勢いのまま顔に爪先キックをお見舞いほどの時間があった。

「が……は……!」

 無様に惨めに竹林の中を転がる彼方。 それでも落とさないようにしっかりと握りしめていた装飾銃をもう一度、掴み直して前を向く。

 ─────そんな彼方の眼に映っていたのは数えるのも嫌になってくるほどの弾幕だった。

「おいおい……こんなに大量の弾幕はちょっと無理っぽいんだけど……」

 冷や汗をかきながら、ついついそんな言葉が漏れるほど、彼方の目の前は弾幕で埋め尽くされていた。

「ようこそ、狂気と凶器が入り混じる私の世界へ────」

 狂符────幻視調律<ビジョナリチューニング>

 鈴仙の声とともに大量の弾幕が彼方へと降り注ぐ。

「チッ───!」

 なんとか右へとかわした彼方。 もつれそうになる足に力を込め、なんとかふんばりその場で回転。 自らも弾幕を放ち、鈴仙の弾幕を相殺する。

 装飾銃より撃ち出された微々たる弾幕は、その勢いで鈴仙の弾幕に当たり相殺する。

 それを眼で確認した彼方は、その場から急いで離れようと足を上げた。

 その瞬間────彼方の足に弾幕が飛来した。 それを受け、よろける彼方に猛追するように彼方の腹に肩に腕に足に鈴仙の弾幕を受ける。

「どう……して……?」

 全身に弾幕を受けながら、彼方は疑問で頭がいっぱいだった。

 ─────俺は鈴仙の弾幕を凌いだはずでは?

 ─────この目で確認したはずだ。鈴仙の弾幕を俺の弾幕で相殺したことを

 ─────なんで……?

 うずくまる彼方に鈴仙は近寄り、そのまま強引に立ち上がらせる。

「不思議かしら、あなたの弾幕で相殺したはずの私の弾幕が相殺されずに貴方に襲いかかったことが。 不思議かしら、私と思っていたものがただの木の枝だったことが」

「はぁ……はぁ……」

 鈴仙の言葉に彼方は喋ることができず、必死に酸素を取り込もうと口を大きく開けるのみ。 そんな彼方の反応を無視して鈴仙は続ける。

「これが私の能力。あなたに幻覚をみせ、気の枝を私だと勘違いさせ、弾幕があると勘違いさせたの」

 そして鈴仙は彼方の瞳をみながら、ゆっくりと口を動かした。

 ─────ようこそ、狂気の世界へ

▽    ▽    ▽    ▽

「あ〜……ちょっとこれはマズイわね……。完璧に鈴仙は倒しにきてるわよ」

「なにを呑気にしているのだっ!早く止めないと彼方が死んでしまうぞ!」

「いやいや……流石に鈴仙も殺しはしないわよ……たぶん」

 彼方と鈴仙の勝負を遠くから見守る二人の間でも、焦りと不安が出てきた。 それもそうだろう。弾幕勝負とは本来、“遊び”感覚で幻想郷の者達が使う手段である。 それが、今回のような幻想郷の事件でも使用されるだけであり、本来は“遊び”。

「たぶんじゃ心配なんだよ、たぶんじゃ! 鈴仙のあの表情を見てみろッ! あれは明らかに殺す眼だろうッ!」

「いや……でも弾幕勝負は殺すことがないようにできたものだし……」

「当たり所が悪ければ人間は死ぬことだってあるんだッ! 彼方は霊夢や魔理沙のようにできていないんだぞ。 このままでは死んでしまうッ!」

 頭をぽりぽり掻く輝夜に怒鳴り、単身で二人の間に割ってはいるべく駆けだそうとした瞬間、慧音の腕を誰かが掴んだ。 その反動で、くんッと戻されこけそうになる慧音。

「まあまあ……もう少しだけ様子をみましょうよ」

 慧音の腕をとり、引っ張った犯人、漆黒の翼をはばたかせ片手にカメラを持ちながら笑顔で慧音を止める、射命丸文であった。

「きさまは───」

「いや〜、この異変は他の異変より事が大きいようですからね。私も独自に動いていたのですが。なにぶん、空は霊夢さんと魔理沙さんが勝負していますし、もう少しいった先にはおっかなくて近づきたくないほどのオーラを出した二人が、なにやら本気で勝負していましてね。 そんな時に貴女達を発見した次第ですよ。 あそこでボロボロになっているのは彼方さんですよね? ちょっと写真撮っておこ」

 ニコニコ顔で極上の笑みを浮かべながら隠し撮りを開始する文。

「それにしても、どうして彼方さんボロボロにされてるんですか? これが霊夢さんなら分かるんですが」

 シャッターを押す手を止めて後ろで、いきなりの文の行動に目を丸くしている二人に話しかける。

「もしかしてパンツでもみたんですか?それとも溢れ出る青少年の熱いパトスを押さえることができずにこんな所で押し倒したけど、相手が相手だけに逆に返り討ちにあったんですか?」

「いや……まぁ……ちょっとしたスイッチを踏んだというか、なんというか」

 どう説明しようか迷う輝夜。 そんな輝夜にすり寄る文

「も〜、輝夜さんってば、少しだけでいいので教えてくださいよ。大丈夫、誰にも言いませんから」

「いや〜……まぁ……うん。 ちょっと彼に鈴仙を頼んだんだけど……」

 やっぱり難しかったかな〜……。と愚痴る輝夜。その横でやっぱり自分が行く。と走ろうとしている慧音をまたもや止め、輝夜に笑顔を向ける。

「ああ、そういうことですか。 それでしたら、彼方さんは大丈夫ですよ。 あの人のしつこさと頑固なところと、貫くところは極一部では有名ですから」

▽     ▽     ▽     ▽

 ひゅーひゅーという音をさせながら、彼方はじっと鈴仙を見る。 その狂気で染められた瞳を。

「(こうしてみると……綺麗な瞳だな……)」

 満足に息を吸い込むことができずに、頭がぽ〜っとした状態でそんなことを考える。

 くっそ……。身体が思うように動かないや……。

 腕に力を込めるも、手が震えるばかりで、ろくに力を込めることもできない。かろうじて、指に装飾銃が引っ掛かっている今の状態が奇跡である。

 あ〜……これはちょっとヤバイかも……。いまの状態で弾幕撃たれたら……

 そんなことを思いながら、これからされるであろうことを予想していた彼方であったが、いつまで経っても鈴仙から何もこないので小首を傾げる。 すると微かながら、鈴仙の腕を通して彼方の胸ぐらが揺れていることに気がついた。 ぷる……ぷる……ぷる……ぷる……と。

「(?……いったいどうしたんだ……?)どうした……鈴仙。手が震えてるぜ?」

 その声に肩をビクッと反応させる。 と、思いきや直後に勢いよく放り出され、俺はなすすべもなく地面へと尻を強打した。

「へへ……どうしたんだよ? もしかして、怖いのか?」

「……うるさいわね。その減らず口に風穴開けてもいいのよ?」

「それはごめんこうむるよ……。おっと……」

 やばい……足に力が入らない……。 おかしいなぁ……これでも美鈴の特訓を受けているはずなんだけど……。ちょっとへこむかも、こんなに簡単にやられちゃうと……。

 立っていられなくなってきた俺は、背中を竹にあずけるような形で座り込む。 なんとかして、足が回復するまで粘らなくては……。

「なぁ、鈴仙」

 俺の呼びかけに鈴仙は答えずに黙って俺のほうを向いている。指を拳銃の形にしながら。 まる
で、いつでもお前を倒すことができるんだぞ。と示すかのように。 それでもまだ、鈴仙が俺の方を向いているということは話しを聞いてくれるということ……だと思いたい。

「少しだけ、話しをしないか?」

「話すことがないわ」

「そうつれないこというなよ……。俺とお前の仲じゃないか」

「誤解されるようなこといわないでくれる? それに、言ったでしょ? 私は貴方みたいなタイプが大嫌いなの」

 一歩、鈴仙が俺に近づいて来る。 どうしたことやら……とりつくしまもないし、なんか、段々と吐き気もしてきた……。おかしいなぁ……。

「そういわずにさ。そ、そうだ、俺が此処に来る前のこととか話しちゃったりして……」

「ねぇ─────楽しい?」

「…………へ?」

 いきなりの鈴仙の質問に訳が分からず、変な声を出してしまった。

「ど、どうしたんだ?いきなり────」

「ねぇ────貴方は此処での生活が楽しい?」

 はぁっ?いきなり何を言ってるんだ……。

「それは……確かに、外の世界の人達に会えないのは寂しいけど……。此処での生活も充分楽しいよ。霊夢がいて、フランちゃんがいて、咲夜や美鈴にレミリアちゃんに慧音さんや人里の皆に紫さん。 みんな良い人たちばっかで、楽しいよ。」

 ついつい、帰ることを忘れちゃうくらいに。

「けど、それは鈴仙だって同じだろ?」

 俺は同意を求めるように鈴仙に渾身のスマイルを浮かべた。

「どうだろうね────」

 しかしそのスマイルは鈴仙の言葉であっさりと剥がれおちた。

 ─────その時の鈴仙の笑みは泣いているみたいだった

 顔で笑って心で泣く。という言葉が咄嗟に浮かぶほど、鈴仙の表情は似合っていた。

 そして小さく呟いた

「あなたなら────、一緒だと思ったんだけどね」

 それが出会ってから今まで、はじめてみた鈴仙の笑顔だった。

 とてもとても────不細工な笑顔だった

▽      ▽     ▽      ▽

「お〜い、彼方さ〜ん。生きてますか〜?」

「ん……あれ、文……」

 目を開けると、俺は上から覗き込んでいる文と目があった。

 文は俺の頭のほうにしゃがみこんでいて、その……なんというか……パンツが丸見えである。

「あ、いまパンツみましたね? お金払ってください」

「とんでもねえ商売だなっ!? だったら、そんな短いスカート履くなよっ!?」

 文のとんでも請求に俺は立ち上がり抗議をする

「ッ!?」

「こら、彼方。無理しちゃダメだぞ。傷はまったく癒えてないんだから」

「あれ……慧音さん。確か別れたはずじゃ……」

「いやっ!?まぁー、そのー、弾幕勝負の音が聞こえてきてな? べつに黙ってみていたというわけでは……」

「は、はぁ……」

 珍しいな。あの冷静沈着な慧音さんが慌ててるなんて。よっぽどのことがあったんだろうか?

 ふと俺の手に装飾銃が無いことに気付く。

「あ、あれっ!? 俺の装飾銃は────」

「はい、あっちに転がってたわよ」

 俺が慌ててると、わざわざ拾ってきてくれたのであろう、輝夜さんが俺の装飾銃を渡してきた。

「ど、どうもありがとうございます」

 俺は受け取り、その感触をしっかりと確かめる。 うん、やっぱり落ち着くな。

「こちらこそ、悪いわね。鈴仙のこと」

 輝夜さんが困ったような、どこか申し訳ないような顔で謝ってくる。

「私の勝手なわがままで彼方には、こんな痛い思いをさせちゃって。後で因幡に薬を届けるからここで待っていてもらえるかしら?」

 そうだ────。俺はあの後、鈴仙の弾幕を至近距離から受けてそのまま昏倒したんだった。 だったら────鈴仙はいまどこに!?

「鈴仙さんなら奥に行きましたよ」

 まるで、俺の心を読んだかのように文が俺に向かっていってくる。

「そっか。サンキュ」

 俺は文に一言だけそういって、奥のほうへと移動しようとする。 いや、正確には移動しようとした。

「まて、彼方。 これ以上は私が行かせない」

 背後から声をかけられたと思いきや、力いっぱい後ろへと引っ張られ、勢い余って投げられる形で俺は尻もちをついた。

「いって……」

 尻をさすりながら俺は目の前の人を睨む。

「なにするんですか、慧音さん」

「お前を行かせないようにだ」

「そこをどいてくださいよ」

「だったら、立つことだな。 もっとも、立てればの話だが」

 慧音さんが俺を睨みつける。 正確には俺の足をだが。 まいったな……。慧音さんにはバレてたのか

「どうした?早く立ってみるんだ。簡単なことだろ?」

 ほんと、慧音さんの洞察力には敵わないや。そして、意地悪だなぁ。俺の足のことを気付いてそんなこというんだから でも────

「いやはや……ほんと、簡単ですよね。一人で立つなんて」

 ────でも俺だって男なんだ。 多少、骨が軋む音がしようとここで立たなきゃいけないんだ。

「おっと……」

「あややや。大丈夫ですか?」

「ああ、これくらいいつものことさ」

「まぁ……そう言われればそうでしたね。 それで、今回もですか?」

「まあな」

 呆れたように両手を肩まであげて、やれやれ……と頭を振る。

「でましたね、貴方の持病が」

「おい、その言い方はないだろ」

「まぁ、いまのは冗談として……本当にどうしたんですか?」

 どうしたって言われてもなぁ……。

「そうだなぁ……パンツ……かな」

「「「は?」」」

「俺が鈴仙に昏倒される前に、チラってパンツが見えたんだけど……鈴仙のパンツの柄がさ、真ん中に兎がプリントされてあって、その周りに色んな人達がいてさ。 その兎、とっても嬉しそうにしてたんだよ。─────ってのは冗談なんですけど」

 本当は鈴仙が見せた、あの表情が────

「うわ〜、パンツのために鈴仙さんを追っかけるんですか。最低ですね、変態ですね、キモイですね。これは号外レベルですね」

「貴様には、寺子屋の敷居をまたぐことは許さん」

「あ、彼方。もう大丈夫よ。ゆっくりそこで寝てていいから。むしろ、寝ててくれるかしら?」

 冗談が洒落にならないレベルに一瞬に達してしまった。

「いや、あの、冗談ですから? お〜い、皆待ってくださいよ。俺一人で歩くのかなりしんどいんですけど……。あ、文ちゃ〜ん? 慧音さ〜ん? か、輝夜さ〜ん? え、ちょっとまじで皆無視なのっ!? いや、ほんとうに違うからっ!?」




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