30.シアワセうさぎ
場を少しでも和やかにさせようといったパンツ発言が一瞬で俺の幻想郷での地位を脅かすものにまで至ったけど、それを必死に弁解してなんとか皆が分かってくれてから、5分くらいが経っただろうか。 俺は文に手を借りながら、足を引きずるようにして竹林の奥へと進んでいく。
「パン……彼方さん。 怪我のほうは大丈夫なんですか?」
「ちょっとまって。 いま、パンツって言いかけたよね? 文さん、本当に分かってくれたんだよね?」
手を借りている手前、強くいえないんだけど……どうも文は分かっていないような気がする。 いや、わかっていながら遊んでいるような……。どっちにしても、文のニヤニヤ顔を間近で見るのはいまはツライ。
「だが彼方。このままでは、まともに戦うことすらできんぞ? せめて消毒するとか、包帯を巻くとかして戦えるような状態にしないことには、同じ土俵にも立てん」
「いや、このままでいいんです。 俺は鈴仙との弾幕勝負が終わったなんて思ってないので。 いまはあれですよ。場所移動ってやつですよ」
それにいまだって俺は文に手を借りている状態だ。これ以上、誰かの手を借りるわけにはいかないし。
「それよりも、輝夜さん。 少し聞きたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」
「ん?どうしたの彼方。 そんなに改まって」
「えっと……鈴仙について聞きたいんですけど……」
前を歩いている輝夜さんは俺の呼びかけに振りむき、少し言いずらそうに聞いた俺の言葉に苦笑を浮かべた。
「鈴仙……ね。どっから話せばいいのやら。 そうねえ……鈴仙は元々月の兎だってことは知ってるかしら?」
「いえ……初耳です」
「あれ〜……永琳そんなことまで教えてないの。 まぁ、鈴仙は月の兎でね。 そこから逃げてきたのよ。ボロボロの格好で。いまの貴方のような状態で。 私にすがりつくようにして『助けてくださいっ!』って言いながらね。 とてもビックリしたわよ」
なんたって、夜の散歩に出かけているときにいきなり私の前に現れたんですもん。 ボロボロで泣きそうな顔で、助けてくださいっ!って。 すぐに分かったわ。鈴仙が月の兎だってことは。 それから私は鈴仙を永遠亭に連れて帰ったわ。 そこで事情も聞いたわ。まぁ、詳しい話は省くけど簡潔にいうと、月での戦争が怖くって逃げてきた。ってところかしらね。 それから、鈴仙は永遠亭で匿っているという形をとっているわ。 月との交信もできるみたいだからね。 月の情報も分かって万々歳ってかんじね。
「だから鈴仙だけが、因幡達とは違うんですね。 それにしても戦争ですか……。」
「そう。それが鈴仙にとって負い目になっていてね、閻魔にも言われたみたいよ。閻魔は歯に衣着せぬ言い方、まぁ良いか悪いかをストレートにはっきりと言うからね。 生真面目な鈴仙にはかなりこたえたはずよ。 ほんと……閻魔もやってくれるわよね。まぁ、あっちとしては善意でやった行動かもわからないし、そもそも閻魔と私達ではものの捉え方が違うから、どうこういうこと自体が間違っているのだけど」
まるで自分の子供が怒られたときのように、輝夜さんはため息をつく。
「はいはい!輝夜さん、質問してもいいですか!」
俺の隣にいる文がおもちゃ箱を目の前にした子供のように、キラキラとした目で手を上げる。 ……完全に野次馬根性丸出しの記者の目で。
「答えられる範囲ならね」
「はい、大丈夫です! えっと……鈴仙さんって妙に名前が長いですよね。もしかして、それも永遠亭に来たときに輝夜さんが付け足したんですか?」
「ああ、そのことね。 因幡は私がつけたわ。正確には“イナバ”だけどね。 優曇華院は永琳がつけた愛称よ。」
優曇華院……意味はまったく分からないけど、永琳さんも変な愛称つけるな。
すると俺達の会話を黙って聞いてた慧音さんが顎を撫でながら、思案顔になる。
「どうしたんですか、慧音さん?」
「ん……いや、その優曇華院の優曇華って確か面白い意味があったような気がしたんだけど……。いかん、ど忘れしてしまったのかな? 思い出せん……」
珍しいこともあることだ。 寺子屋の教師をしていて、博学な慧音さんが首をひねって、「う〜ん、う〜ん」と悩んでいる姿を拝む日がくるなんて。 そんな慧音さんを横目に輝夜さんは、くすりと笑って指を立てた。
「優曇華────滅多にない吉祥、という意味で使われているわ。 まぁ、平安関係でも由来はあるみたいだけどね。 でも、鈴仙はこれが気に入らないらしくてね、うっかり怒っちゃって。 スペルカードにも変な名前をつけはじめたし……。 ほんと……どうしようかしらねぇ」
そういってまたもや苦笑する輝夜さん。 いまの話しが本当なのだとしたら、永遠亭の人達は鈴仙に……ずっとその手を伸ばしていたののではないか。 遠回りするように、回りくどく、それでいて、一心に。 鈴仙だってそうなんだと思う。 俺にみせてくれたあの笑顔。 俺には鈴仙が魅せた幻覚だとは思わない。狂気の中に隠れていた、本音を垣間見たようなそんな気分だった。 本当は、手をとりたくて……だけど怖くって、不安で、前を見ていたその瞳の視線は、だんだんと下がっていったのかもしれない。 そうして……自分から殻にこもった。 いや、殻に籠ったんじゃなくて、この場合は自分自身に幻覚を魅せているといったほうがいいかもしれない。
手を伸ばしているのに、相手は顔を下げている。
だったら──────
「大丈夫ですよ、輝夜さん。 輝夜さんの想い、必ず伝わりますよ」
だったら─────俺が顔を上げさせる役目になればいい
▽ ▽ ▽ ▽
竹林の中を歩きながらも、私の脳内には先程の彼の言葉が反芻していた。
『逃げるのか? 臆病者だな』
彼に言われる前に一回だけ言われたことのあるセリフだった。 そのときの私は、正座をして俯きながらあの人の説教に耐えるしかなかった。 だって……戦争が怖くて逃げたのは本当だったから。 仲間を見捨てて、逃げてきた。 人を殺すのが怖くて逃げてきた。 殺されるのが怖くて逃げてきた。 だから私は耐えるしかなかった。 なんせ相手は閻魔さまで私は臆病者の罪人だから。
だったら────何故、彼のとき、あんなに反抗したかったの?
そんな名前で呼ぶなと、知らない人間風情が、と。
私は誰かに知ってほしかった?
臆病者な自分の姿を?
認めてもらいたかった?
なにを?
思考の堂々巡りは続く。 答えのでない、問題に頭を悩ませる。────いや、答えは出ている。 私は月を見捨てて逃げ出した臆病者で、彼にただイラついただけ。
「はぁ……これからどうしようかしら。 いっそのこと、このまま月に帰れたらどんなに嬉しいことなんだろう」
『おかえり』って言ってくれる仲間がいて、私のことを大切にしてくれる姫さま達がいて。
戻れないからこそ、募る想い
私はただただ月を見上げる。
「─────やっとみつけたぞ、鈴仙」
背後から聞いたことのある、声が聞こえてきた。 荒い息をはきながら、片手は竹に捕まり、もう片方の手で私を指さしながら。 自分とは似て非なる男が声を荒げた。
「てめぇ何勝手に逃げてんだよ! 勝負はまだついてないだろ!」
竹を捕まえていた手を離し、私に突き付けながらそうのたまった。
呆れたわ……。あんなにやられたというのに、負けてないと思っていただなんて。 傷は治せてもこういう類のものを治す治療というのは見つからないのよね。
「なにいってるのよ……。 貴方は負けたでしょ? 弾幕を浴びて、そのまま昏倒しちゃったのよ。誰がどうみても完全に貴方の負けよ」
「残念ながら、あの時、あの場所にいたのは俺とお前だけだろ? 鈴仙は、俺が負けたに1票で、俺はまだ負けてないに1票。 ほら、同列じゃないか?」
「……ふざけた理屈ね」
「それほどでも」
彼のニヤついた口が動いた瞬間、私は瞬時に飛び出し、先程のように彼の頭めがけて蹴りを放つ。
「同じ手は喰らわねえよッ!」
彼方は自分の上半身を極限にまで後ろにずらし、その勢いのまま足を振り上げ、爪先から鈴仙の肩めがけてくりだす。
「美鈴直伝の蹴りだ!喰らいやがれ!」
大きく蹴りを放ったために、両足が宙に浮く形となったがそれすらもかまわずに彼方は鈴仙の肩めがけて全力で振り抜く。 彼方と鈴仙の足が互いに肩と頭に直撃する。
「ぐッ……!」
「……がはッ!?」
美鈴に習っているだけあって、妖怪にもそれなりに通じる彼方の蹴りは鈴仙の顔を苦痛に歪めるくらいではあった。
一方の彼方はというと、耳からパンッという嫌な音が聞こえたかと思うと、あまりの衝撃にきりもみしながら飛んで行き、竹を2本ほど折ったところでようやく止まった。
「……ぐ……やっぱ強いわ……」
背中が痛い。 ハサミで背中をザクザクと刺されてるような痛みが断続的に襲ってくる。 それにさっきから右耳から音が聞こえない。 もしかすると、もしかしなくても鼓膜が破れたかもしれないな……。
「わかったでしょ? 貴方がいくら挑んでこようとも……私には勝てないの。これが妖怪と人間の差。これが貴方と私の差」
鈴仙が俺の元へ歩いて来る。 それは奇しくも先程俺が倒れたときと同じ状況だった。
「…………なぁ、鈴仙」
「遺言かしら?」
「いや、遺言じゃないさ。 ただ、鈴仙って可愛いパンツを履いてるんだなと思ってさ」
「なっ……!?」
予想外の言葉に顔を赤くした鈴仙。 俺はそのわずかな時間を見逃さず、ホルスターにいれていた装飾銃を、地面が削れることを厭わずに無理やり引き抜き、鈴仙に向けて至近距離から弾幕を浴びせる。そしてその隙に歯を食いしばりながら、立ち上がり横へと駆ける。
「はぁ……はぁ……。くっそ……痛いと思ったら、竹が刺さっていやがったか。 どうりで痛いはずだよ……」
背中から竹の破片を一気に引き抜く。 引き抜いた途端に、ブシャーというなんとも嫌な音が聞こえてきそうなほど、血が背中から流れたことがわかる。
しかし俺にはそんなことに構っている余裕はまったくもってなかった。
「ほんと、弾幕勝負の最中に、愉快になったのははじめてよ」
赤い瞳で、今にも殺しそうなオーラを出している鈴仙が目の前に立っていた。
鈴仙が指を銃の形にして、俺に突き付ける。 そして、弾幕を放つ。
その弾幕をかわそうとして、俺はよろけ、弾幕は俺を待つことなく俺の腹に飛び込んでくる。
─────こうなると、俺はなにもすることができない
ただただ、流れに身を任せ鈴仙の弾幕をくらうしかない
左手・右手・右足・左足・腹・頭・左肩・右肩
ひとしきり撃ち終えて、鈴仙は満足したのか、はたまた彼方が動かないと思ったのか。 弾幕を撃つのを止めた。
「これだけ撃っとけば……さすがに無理でしょうね。 私とも関わることを止めるかもしれないし。」
それでもいいけど。 それがいいけど。
彼の頭の上をまたいで、私は歩いた。いや、歩こうとした。
「────まてよ」
その声は私に驚きを与えるには充分すぎる声だった。
「まだ終わっちゃいねえ……」
「……あんた、タフすぎじゃない……」
その男は、頭から血を流しながら断言した
「俺を倒したかったら、再生できないくらいまで、壊すことだな」
☆
あ〜……血が足りねえ……。頭がくらくらするし、吐き気もぶり返してきた。 くそっ……さっきから血が目に入ってきて邪魔だ。それにしても、鈴仙って強いなぁ……。
「なぁ、鈴仙……。お前ってどこかで戦いとか習ってるの……?」
「…………ええ、習ってた。と、いったほうがいいかしらね」
ダメ元で聞いてみたのだが、鈴仙は俺を嬲ることに飽きたのか話にのってきてくれた。
「私って元は月の兎だったのよ。玉兎っていってね。 ……そこは此処よりも遥かに文明が高くてね。あなたが持っている装飾銃さえも私からしたらしょぼいものなのよ。」
月ってそんなに文明が高いのか……。もしかしたら外の世界よりも高かったりするのかな?
「その月でわたしはある人に習ってたの。正直いってその人は怖かったけど……それでも……それでも月にいた仲間たちと過ごした時間は……わたしにとって大切だった。」
「……だったら何故……?」
輝夜さんから道中聞いた聞いたけど……どうしても鈴仙の口から聞いておきたかった
「────戦争が怖くて逃げてきた。 ただ、それだけ。 それ以上でもなければそれ以下でもない。」
「……帰りたいと……思ったことはないのか?」
俺の言葉に鈴仙は自嘲気味に言葉を吐いた
「いまさら、どの面さげて帰れっていうの? 月での私は戦争が怖くて逃げ出した臆病者。 月に帰る居場所なんてないわよ。」
もしも……もしも俺が早苗ちゃんから『もう家には来ないでくださいね』って言われたら。 母さんから『敷居を跨がせない』と言われたら……。
「…………だったら、永遠亭はどうなんだ? お前の第二の居場所じゃないか。 永淋さんや輝夜さんだって優しいし。……その……てゐだって、悪戯すらけど悪い奴じゃないし。それに────」
「────そうでもないわよ」
「…………え?」
「だから、そうでもないっていってるの。 私はそこまで永遠亭の人たちのことを思ってないわ。」
やれやれ……とでもいいたげに鈴仙は肩をすくませる
「なんで永遠亭の人達が私を匿っているかくらい……私でも想像がつくわ。 私は月と交信することができるの。ようするに、月の情報を手に取ることができるってことね。 大方、師匠だってそれが目的で私を匿っているんだと思うの。 だってそうでしょ? 普通に考えて、私みたいな厄介者を置くとは考えられないもの」
自分は厄介者なんだと。 そうやって言い聞かせるように、鈴仙は小さく呟いた。
その小さく発したその言葉にどれほどの想いが込められているのか。
「本当はね、わかっているんだよ。私だって、自分がどれだけ厄介者なのかなんて。でも……月には帰れないし、此処で生きていくには永遠亭に住むしかない。 本当は分かっているの。 師匠たちが私のことをどう思っているかなんて」
なんなんだよ……それ。 これじゃまるで……鈴仙は此処に来てからずっと一人で生きてきたみたいじゃないか。
「だからね? 正直な話、あなたの話を聞いたとき私と同じなんだなと思った。 ……けど、それは私の思い違いだったわ」
睨むように、縋るようにその赤い瞳で俺を射抜く
「あなたは此処でも大切なものを既に手に入れていた。 あっさりと、息をするように、なんなく、嫉妬してしまうほどに」
『あなたみたいなタイプって嫌いなの』
あのときの言葉が蘇える
「気がつけばあなたの周りには沢山の人がいたわ。 お師匠さまも姫さまも、てゐも因幡たちも人里の人も……あなたはあっさりと手に入れた。」
「べ、べつに……そんなことは……!」
「そんなこと? あぁ……そうね。あなたからしてみれば、”そんなこと”なんでしょうね」
鈴仙は俺ほうへゆっくりと歩いてくる。 狂気に満ちた目で俺のことを睨みながら
はは……傑作だな。 本当に笑えてくるくらい傑作だ。 そして……ここまで屑な男も珍しいよ。
「聞いてくれてありがとうね、少しだけ楽になった気がするわ。」
ほんと──────真っ赤になるまで泣きはらした女の子の想いをようやくわかるなんて
▽ ▽ ▽ ▽
最初は何が起こったのかわからなかった。
いきなり頬に強い衝撃を受けたかと思うと、体は勢いよく後ろへと吹っ飛んでいた。
いったい何が起こったの?
飛ばされ、地につき、頬を押さえ、ようやく前を向いて理解した。 その原因をみた。
握り拳を思いっきり振りぬいていた。 どこにそんな力が残っていたんだろうか、なんて考える余裕もなくその男は大声で私を指差し叫んだ。
「いまから道徳の授業をはじめるッ!!」
そんなことをのたまいながら。
「あ、あんた大丈夫……? あんたが寺子屋で教師をしているのは知っているけどさ……」
「うっせえッ!! 黙ってろ!!」
な、なに訳のわからないことを……。言ってることが支離滅裂すぎて、さっぱりわかんない……
そう考えていた私にアイツはそれ以上に訳のわからないことをしゃべりだした
「知ってたか? お前って人里の人たちのアイドルなんだぜ?」
「………………は?」
「お前って人里で薬売りをしてるだろ?」
「してるけど……」
「お前が人里に来るたびに、皆少しだけ浮き足立つんだぜ? なんせ、可愛い子が薬を売りにくるんだ。当たり前の反応だろ」
お師匠さまに言われて、薬を売りはじめたのはいつのことかは覚えてないけど……私が人里へ来ると妙に人里が騒ぐのはわかっていた。 でもそれは、妖怪が薬を売りにきてるから珍しいのであって……
「それに────俺だってそうだよ」
「え……?」
頭から血を流しながらも、彼は私に向けてそう言って優しそうに微笑んだ。
「俺さ、霊夢から『いつもいつも無茶ばっかりして!』って怒られるんだけどさ……。それって、永淋さんや鈴仙がいるからこそできる無茶なんだよ。 どんなに怪我をして、永淋さんなら治してくれるだろうし、それに……鈴仙みたいな子に看護してもらえるならそれはそれでアリだしな」
「う、嘘言わないでよ……! そうやって私を─────」
「嘘なんて言ってないよ。 鈴仙に嘘なんて誰もついてないよ。」
彼はなにを言っているのだろう……。 私にはまったくもって理解できない
「鈴仙はちょっと誤解していただけなんだよ。 永淋さんの言葉を、輝夜さんの言葉を、てゐの言葉を、人里の皆の言葉を視線を」
彼は思う。 もしも────もしも目の前にいる女の子が少しだけ見る目線を変えたのなら、ちゃんと伝わっていたのかもしれない。
「鈴仙が輝夜さんに匿われたとき、多分だけど永淋さんは優しく、暖かく迎えてくれたんじゃないかな?」
母親が子供の帰りを玄関先で待っていたときのように────
「輝夜さんが鈴仙に”イナバ”ってつけたのは、他の兎と区別をなくすためといっていたよ。 けどさ、それって『月や地上なんて関係なく、あなたの周りにはこんなにも仲間がいるんだから』って……照れ屋な輝夜さんなりの言い方じゃなかったかな」
『あなたには”イナバ”をあげるわ。 これで、てゐ達とおんなじね』
それは嫌味でもなんでもなく、ただの喜びで。 あのときの姫さまの笑顔がそれを物語っていて
「てゐだって、本当は素直に遊びたかったんだと思う。 ただ、てゐの性格上それが……ちょっとだけ無理だったわけだけどさ」
『なにやってんのさ鈴仙。 早くしないと、日が沈んじゃうよ』
捻くれた彼女なりの精一杯の遊びの誘いで、日が暮れるから早く遊ぼうよって意味で
「それにさ、知ってたか? 優曇華って『滅多にない吉祥』って意味があるんだよ。 吉祥ってさ、めでたい兆しって意味なんだよ。 考えてもみろよ?普通そんな愛称なんてつけると思うか?」
『そうねぇ……あなたには優曇華院の愛称をあげるわ。 これから頑張ってね?』
お師匠さまは……私が邪魔でどうでもい愛称をつけたんじゃなくて─────
『レイセン? だめよ、だめ! 月にバレちゃうかもしれないじゃない! 今から鈴仙に変更よ!』
あの時、私の名前を当て字にしたのは、これからともに過ごしていくのだから新しい一歩を歩んでほしくて──────
「ほんと……永遠亭の人達も回りくどいやり方を選ぶよな。 けど……ほっとけなかったんだよ。 目を真っ赤に腫らして泣いている女の子をおさ」
それが限界だった────
「じゃぁ……どうすればいのよ……?」
もしも彼がいうように、ずっと手を伸ばしてたのならば私はずっとその手を振り払ってきたということになる。
「さぁな。 ああ……そういえば弾幕勝負の途中だったな? 続きやろうぜ」
「は?」
突然の話しの切り替わりに、疑問符を浮かべる。
そしてそれが命取りだった
私の目の前に散りばめられた弾幕。
私は考えるよりも早く瞬時にかわす体制に入った。 考えるよりも先に動くことができた私の身体に感謝しとこう
「あめえよッ!」
弾幕をかわした先には、彼が私の動きを読んでいたかのように先回りをしていて、私がかわしたのに合わせるような形で頭部に蹴りが放ってくる。
「くッ……!?」
彼はそんなことおかまいなしに弾幕と蹴りを交互に放ってくる。 すでに息も満足にすえないにもかかわらず、目だって血が入り込んでろくに開けることができないのに。 それでも彼は私に獰猛な蛇のように襲ってくる。
「はぁ……はぁ……。ようやく……当たりはじめたな。 といっても……そろそろ限界なんでここはお互いラストカードといこうじゃないか」
「……ええ、そうね。 そろそろ終わりにしましょうか?」
汗をぬぐいながら、私はポケットから一枚の札を取り出す。
散符────真実の月《インビジブルフルムーン》
「ひゅ〜……最後の最後でこんな大量の弾幕をだされてもな……」
「すべてが偽りなき弾幕。 その身に喰らうがいいわ」
「おいおい……まずはこっちのスペルカードもみてくれよ!」
曲符────|七曜鏡花《しちようきょうか》
彼方の周囲には5、いや、15の丸みを帯びた鏡が出現し、鈴仙を囲む。
そこに彼方は弾幕を撃ち込んだ。
弾幕は鏡に向かって突き進み、鏡に当たったかと思うと跳ね返り、また別の鏡へと突き進んでいった。
ピンボールのように跳ねまわる弾幕。 そうして鏡から鏡へと進んでいく弾幕は最終的には鈴仙を逃さぬように一種の結界へと変わっていった。
囲うように、決して逃がさぬように
しかし、彼方の追撃はそこまでで終了してしまった。
鈴仙と勝負を始めてから、どれくらいの量の血を流しただろうか。
どれくらいのダメージを体に負っていただろうか。
倒れまいと、どれほどの時間、集中していたのだろうか。
彼方は自分の体が、もう動かないことに気づいた。
目が霞み、頭がくらくらして、背中が痛み、手足が動かない。
そして目の前には自分の弾幕と鈴仙の弾幕。
「(これは……終わったな……)」
二つの弾幕を浴びて、足が踏ん張りきかずに後ろに大きく吹っ飛ばされる。
鈴仙はというと、大きく肩で息をして、吹き飛んだ彼方へと歩みよろうとした。
その瞬間、後ろから声がかけられた。
「お疲れ様、鈴仙。 流石ね」
▽ ▽ ▽ ▽
振り向いたその先には、姫さまが手を叩きながら立っていた。いつからいたのか、どこからいたのか。
「あの……」
言わなきゃいけないことは沢山ある。 確かめないといけないことは沢山ある。
それなのに、私の口は動かなかった。 いや、口は動いているのに音が聞こえてこなかった。
そんな私の反応をみて姫さまは私を優しく抱きしめた。 私より小さい体なのにもかかわらず、大きく包み込まれている気分になった。
「すごいわね、鈴仙。 彼、吸血鬼に勝ったことがあるらしいのよ。そんな彼に勝ったあなたは、吸血鬼より強いかもしれないわよ」
「へっ!?そ、それは流石に言いすぎじゃ─────」
「言いすぎじゃないわよ。 だってあなたは私の家族なのよ。それくらい、できて当然でしょ?」
ああ……この人はいつもそうだった。 私が助けを乞ったときも、この人はこうやって笑ってくれた。 私が永遠亭にきて不安だったときもこの人はこうやって笑ってくれた。 いつもいつも……笑顔を向けていてくれたんだ。
「それとも……鈴仙は家族だと思ってくれてなかったのかしら?」
「いえっ!そんなことは……」
「べつに私は家族とか思っちゃないけどね」
「こらこら、すぐにそうやって鈴仙を苛めようとして……本当に困ったものね」
そんなことをいいながら、竹林の奥のほうから私の知っている、毎日会っている人達の声が聞こえてきた。
「…………てゐ……お師匠さま……」
「あらあら……こんなに服を汚しちゃって……。大丈夫かしら?」
お師匠さまは私の顔をみて、服をみて苦笑しながらポケットから取り出したハンカチで私の顔をぬぐった。
「お師匠さま……わ゛だじは……」
もう止めようとも思わない涙が、どんどんあふれてくる。
ダムの決壊のように。 拭っても拭っても、後から後から流れてくる。
そんな私をお師匠さまは姫さまと同じように抱きしめてくれる。
「いいのよ。こちらこそごめんなさいね。 あなたには寂しい思いを沢山させて」
何も言わずに、ずっと私のことを見守っていてくれたお師匠さま。
私に薬のことを一から教えてくれたお師匠さま。
「彼方相手にここまでやられるなんて、もしかして鈴仙って弱いんじゃ」
「べ、べつに弱くないわよっ……!?」
私が昔のことを思い出す暇さえ与えないように、ずっと遊びに誘い続けていてくれた、てゐ。
少し捻くれ者だけど、一番話しやすい相手だった。
「ねえ、鈴仙」
姫さまが私に優しく語りかける
「あなたは昔、月で怖い思いをしたかもしれない。 忘れられないようなことがあったかもしれない。 それは忘れなくてもいい。あなたの思い出としてしまっておけばいいわ。でもね、あなたが永遠亭に来た瞬間から、私達は家族なのよ。永遠の絆で結ばれた家族なの。 あなたが泣きたいときは私達が傍にいてあげる。 なにか困ったときは私達を頼りなさい」
「は……い……」
へたりこむ私。顔はぐしゃぐしゃで声だって変になっている。けど、そんな私をみても皆は笑顔を向けてくれていた。
「ねぇ、姫さま? やっと鈴仙が帰ってきた気がするわ」
「あら、それは奇遇ね。私もいまそんなことを考えていたの」
「まぁ……私はべつに帰ってこなくてよかったけどさ。 …………私が探しにいけばいいんだし」
おもむろに立ち上がる三人。
そして私のほうに、姫さまが手を差し出してきた。そしてハモる三人の声
「「「おかえり、鈴仙」」」
そのとき、私ははじめて顔を上げることができたのかもしれない。
やっと自分にもみえた暖かくて、優しいその手を私は思いっきり掴んだ。
「ただいまっ」
▽ ▽ ▽ ▽
「お〜い、彼方さ〜ん。聞こえますか〜?」
「右耳は死んでるから、左耳で頼む」
「あ、生きてたんですね」
現在、俺がいるのは鈴仙たちから10mくらい離れているところだと思う。 ちなみに立つ気力さえない俺は竹に背中を預けた状態で文と話している
「にしても……すごい役者ぶりでしたね〜。 ついつい撮ることすら忘れていましたよ」
「台本もなれけば打ち合わせもないからな。 俺は今回は噛ませ犬って訳だよ」
「けど彼方さんがいきなり弾幕勝負をはじめたときは、驚きましたね。 私だってこういうことになるなんて思いもしませんでしたから」
「それは文がキャストに入っていなかったからだろ。 知ってたのは、永淋さんと輝夜さんとてゐだけだよ」
もしも────もしも今回の異変を映画で例えるとしたらこんな感じだろう。
赤い瞳の小さな兎は、とてもとても怖がりで近づく者全てを遠ざけようとしていました。 兎は世界の全てが敵だと思いこんでいたのですがそれは違っていて、世界はその兎を大切に大切に壊れないように、ずっと抱きしめていた。 そしてあるところに事件がありました。 その事件でようやく兎は世界が自分のことをずっと守っていたのだと気がつく。
ちょっと変だけど、大方こんな感じだろう。
そしてこの映画の監督が輝夜さんで、脚本が永淋さん。
主演が永遠亭の全員で、モブはその他大勢。
「それにしても……怒らないんですか? 今回、彼方さんはいいように利用されたんですよ?」
まぁ……確かに利用されたのは確かだし。 それでこんなになったのは正直、怒りたいけど……
「でもなぁ……あんな笑顔を見せられたらな」
「ほんと……嫌になるくらいお人よしですね」
俺と文が見つめる向こう側。 永遠亭の人達が笑顔で何か話していた。 この人達の笑顔をみるために、頑張ってきたと思えば怒りはどこかにいってしまうさ。
「さて……文。 だっこしてくれ。一歩も動けん」
「霊夢さんにでも頼みましょうか?」
「え゛っ!?」
そういえば、この映画のタイトルを考えていなかったな。
そうだなぁ─────シアワセうさぎ
なんてのはいいかもな。