33.死神と閻魔と現実



 美鈴から三途の川への道のりを地図として書いてもらいその地図を頼りに歩いていく。 こうしてみると、確かに普段の幻想郷よりも沢山の花が咲いておりその花が風に身を預けながらゆらゆらと嬉しそうにゆれたり、手の平サイズの妖精がその花に合わせてダンスを踊る姿がみてとれる。 鳥のヒナが巣から飛び出すようにたんぽぽの綿毛が一つ、また一つと風に身を委ねて旅立っていく。 いま飛んでいった綿毛が大地へと落ちまた新しい生命を増やしていくんだよな。 

「あ、妖精さんこんにちは。 あんまりはしゃいで転んじゃダメだよ?」

 目の前を30cmくらいはあるオレンジと赤、黄色と緑のふりふりのスカートをはき、袖の長い服をきた妖精さんが笑顔で手を振り返してくる。 なるほど、確かに妖精さんたちはとても嬉しそうだ。 紅魔館の妖精メイドがほとんどいなかったのも通り過ぎた妖精たちのように遊んだりはしゃいだり、騒いだりしているからかな? まぁ、それで咲夜の仕事が増えるのはどうかと思うけど。 いや、むしろ減るのかな? 昔霊夢に愚痴っていたような気もするし。

「妖精かぁ。 今頃チルノたちもあの子たちのように遊んでいるのかな?」

 童女のような可愛らしい笑みを浮かべ、頭をからっぽにして大ちゃんをひっぱりまわしている光景が目に浮かぶ。 大ちゃんは……汗を浮かべながら困った笑みをときたま浮かべながらも、チルノちゃんと精いっぱい遊んでいるかな。 チルノちゃんは元気だから大ちゃんの息が切れないことを祈ろう。

 そんなことを考えながら歩いていると、目の前にふよふよとしたものが現れた。 それは別に彼方になにもすることはなくただただ浮いているだけだったので特に気にすることなく歩き去る。

「あれはなんだろう? ──────ん? そこにもあるな。 あ、あっちにも」

 自分より右に10m先の方角にも同じものが浮いており、左も同じ。

「んー……。 なんだろう」

 いくら考えたところで自分の乏しい知識ではこれがなんなのか解る筈もなく、結局解らないまま彼方は先へと進むことにした。

    ☆

 紅魔館から歩くこと1時間30分。 (正確な時間は時計を持っていないのでわからないが、大体これくらいだと思う) ようやく美鈴が地図で示してくれた場所に着いたわけだが──────

「うわぁ……すげえ……」

 これがなんとも美しかったか。 意識していないのに勝手に口から音が漏れだすほどに、自分は目の前の光景に圧倒され、感動していた。 確かにこれは美鈴が見たがるはずだ。 いや、美鈴じゃなくてもこの光景はみせたいな。 

 目の前には赤く花をつけ全方位に下から上へ掬い上げるように咲いた花や、枝先にフリルのようなヒラヒラした扇状の花を6枚つけた花、ピンクの色をつけたシンプルな花丸を描いている一重な花などが咲いており、そのどれもが綺麗で美しく、知らず知らずの内に体が動き、丁度下に咲いていた赤い花をつけた全方位に下から上へ掬いあげる形で咲いている花を手に取ろうとしゃがみこんだ。

「あー、あんた。それは毒を持っているから人間は触らないほうがいいよ?」

「ひいいッ!? すいません、決して折るつもりなんてなくて、たんにこの花が綺麗だな〜なんて思っただけであり、その、悪さをしようなんて微塵も思ってないですし体が勝手に動いたというかなんというか────……え? 毒?」

「そう。いまあんたが触っているのは彼岸花っていう花でね。 地獄へ誘う魔性の花さ。 ほら、分かったなら手を離しな。 あんたはもう少しだけ生きる人間なんだから」

 そう声をかけながら彼方の元へ歩いてきたのは、大きな鎌を肩に担ぎ、真っ赤な髪を両サイドの高い位置で可愛らしく結び、ワンピースのような形の白と青の綺麗なコントラストの服。 そして腰のあたりに銭を結びつけたベルトのようなものを巻いている、どことなく江戸前にいそうな俗に言う姉御肌のような人物であった。 彼方はそんな女性の警告を素直に聞き触ろうとしていた手をそっと懐に戻し、女性のほうを向く。

「えっと……助けてくださりありがとうございました。 俺……じゃなくて僕は不知火彼方です。 えっと……」

 多少目を逸らし気味にしながら彼は女性の名前を尋ねようとするが、それよりも早く女性は自分の名前を名乗った。

「あたいかい? あたいは|小野塚小町《おのづかこまち》。 此処で彼岸に死者の魂を運ぶ仕事をしている死神さ」

 小野塚小町と名乗った女性は彼方のそばまでくると、よっこらしょ、となんとも似合わないセリフを吐きながらその場で座り自分の横の開いている所を手で軽く叩き座るように促す。 彼方はというと、そんな小町をみて極力小町の方を見ないように努めながら失礼しますと小さな声で言い、小町の横に座る。

「それにしても、どうしたんだい。 人間が此処に来るなんて。 死ににでも来たのかい?」

「いえ……えっと、知り合いにこの時期は此処が花を沢山咲かせて綺麗な名所だと教わったので、地図を書いてもらい見に来たんです」

 先程自分に地図まで書いてくれ、その上見送りまでしてくれた美鈴の顔を思い出しながら彼方は小町とは逆のほうを向いて喋る。

「あー、なるほどね。 確かにこの時期此処は綺麗かもね。 まぁ……それはそれとしてなんでさっきからあたいのほうを見ようとしないんだい?」

 頭を掻きながら、やや困ったような、どうしてか分からないような微妙な笑みで彼方に聞く。

「いえ……その……なんといいますか……。 ふ、服がはだけていて……」

 とっても言いずらそうに、めちゃくちゃいいずらそうに視線は違う方向に向いたまま、彼方は小町の服のある一部を指さす。 もう少し正確に示すのであれば肩よりも下にあるたわわに実った果実を指さす。 たわわに実った果実はその大きさゆえに圧倒的な存在感を醸し出しており、見る者を魅了し、けっして離さない。 ────が、

「ん? ああ、なんだ。 そういうことか。 いやー、悪いねぇ。 さっきまでサボ……休憩がてら寝ていたもんでね」

 彼には少しだけ早かったみたいであり、そんな彼の様子をみながら小町は顔を赤くするわけでもなく、友達に見られたぐらいの間隔できわどかった果実をしっかりと隠す。 果実が出ていたのにもかかわらずこんなにも甘美な響きというか、艶めかしいものが皆無なのは、ひとえに小野塚小町がもつ特殊な雰囲気だろうか。 

 おいおい……なんで俺は小町さんを正面から見れなかったんだよっ!? 

 一方、彼は彼で心の中で自らを叱責していた。

 鈴仙のときはパンツとか見ても平気だったじゃんっ! なんで小町さんだと顔が赤くなるんだ? 胸か? やっぱ胸なのか?

 玉兎が聞いていたら一瞬にして張り倒し、マウントポジションから毎秒3発ほど顔面に打ち込む動作が1時間ほど続きそうなことを心の中で叫びまくる彼方。 

 そんな他人からみたらどうでもいいことこの上ない葛藤をしている横で、小町がいきなり黙った彼方を心配してまたもや困った笑顔を浮かべていると、背後からドスの利いた声が彼女に向けられた。

「小町……あなたはまたサボっていたのですか? 人間と男性まで巻き込んでのサボりまでして、大層な御身分ですね……」

 その女性は身長は小柄だが、幻想郷の賢者である八雲紫や、月の頭脳である八意永琳、亡霊姫である西行寺幽々子と同じ、いや、それすらも遥かに凌ぐオーラを出していた。

「ひいぃっ!? 映姫さま!? ちょ、なんでこんな所にいるんですか!」

 いきなりの登場と身に纏う怒りのオーラで、先程までの姉御肌的なオーラはどこへ行ったのやら、すっかりとビクつきしどろもどろで言い訳をマシンガンのごとく話した。

 緑髪を丁度肩の高さで切り揃え、頭にはけったいな帽子をかぶり、白い長そでのシャツの上に真ん中にボタンをつけて着脱可能な服を着て、手には悔悟棒をもった、映姫と呼ばれた少女は

「そのような言い訳は聞く耳もちません」

 そう一喝して手に持っている悔悟棒で、小町の頭をはたいた。

「きゃんっ!」

 と、おおよそその外見からは似つかわしく可愛らしい悲鳴をあげてから、叩かれた所がこぶになっていないか確かめるように擦る小町。

「そう。 そもそもですねあなたという人物は普段から仕事をサボリすぎなのです。 いつもいつも昼寝ばかりしていて私が様子を見に来ればよだれを垂らしただらしない顔で寝ている始末。 そんな様子をみて、私があなたを起こせばあなたはさっきまで仕事をしていたなどと、誰もが嘘だとわかる嘘をつく。 いいですか? 船頭であるあなたが私の所まで運んでいただかなければ私の仕事にも支障をきたすのですよ? それともあなたがやってみますか、書類の山に囲まれて、ぺったんぺったんハンコを押してくれますか?」

 映姫と呼ばれた少女は、小町の言い訳を一蹴し実に長い長い説教を小町にしはじめた。 その小町はというと、そんな説教に涙目になってただただ聞いているだけ────ではなく、開始10秒で鼻ちょうちんを膨らませはじめた。

 これは退散したほうがいいかな?

 と、目の前で繰り広げられている光景を見ながらそう決意した彼方は、抜き足差し足忍び足で、来た道を戻ろうと方向転換した─────

「そこのあなた。 あなたにもお話があります」

 ところで、彼女に止められる。 

「あの……これから行く所があってですね……」

「先方には私がお話しておきます。 ですので、心置きなき座ってください」

 慈愛に満ちた笑顔で小町の隣に座るように促す映姫。 

 その笑顔に圧倒され、小声で失礼します。と呟き頭を擦る小町の隣に正座で座った。

「ごほんっ……。 ではいいですか、不知火彼方くん。 まずあなたは女癖が悪すぎます。 もう常軌を逸脱しているといっても過言ではありません。 第一に、あなたは身体的に小さい子と仲がよいみたいですか、とても犯罪チックだということを理解していますか? いまの世の中では小さい女の子に頭を撫でるなどの行為を行うと、捕まるということは外の世界にいたあなたなら知っているはずです。 それに小さい女の子だけでは飽き足らず、大人の女性にまで手をいるとうことですが、あなたはとても守備範囲が広いみたいですね。 あなたのその性欲はどうなっているのか、私はそれを考えると震えが止まりません。その次に───────」

 映姫の言葉はマシンガンなんかよりも、もっと強力で思わず彼方は泣きそうになった。 気分としては、小学生のときに担任の先生に放課後、一人で二者面談のような形で説教を受けている気分であった。 

 誤解だと声を大にして叫びたかった彼方であったが、説教中は声を挟む余裕なんてないほどに映姫がたんたんと喋ってくるので、黙っているしかなかった。

「─────と、まあこれぐらいでいいでしょうか」

 およそ1時間くらい経っただろうか。 既に足は痺れ、意識は若干ハッキリしなくなっていた。 多分、映姫の説教が長すぎて彼の頭はオーバーヒートしてしまったのだろう。 映姫としては彼が分かるようにできるだけ噛み砕いて教えたつもりなのだったのだが。 ちなみに小町は横で気持ちよさそうに寝ころんでいた。 

 ああ……長かった。

 彼方は小鹿のように震える足に力を入れながら立ちあがり、頭を下げようとしたが─────

「これからが本題です」

 その一言で彼は本格的に泣きだしそうになった。

 しかしながら映姫は彼のそのような顔をみても、何も感じない様子で彼にただ淡々と告げた。

「あなたは面白い目的をお持ちのようですね。 とある方に聞きましたよ。『自分の周りの人達だけでも笑顔にする』でしたね。 とても面白いですね、──────そのようなことできるはずもないのに」

 それは優しい閻魔が彼のために教えたことであった。

「まずあなたは分かっていない。 人間は生きている一生にどれだけの人と関係を持つと思っているのですか? それに加えて、あなたの場合は人間と妖精に妖怪。 これまでどれだけの者たちと関わってきたのでしょう? あなたの“周り”にどれだけの者がいると思っているのですか?」

 映姫は彼の瞳から目を逸らすことなく、冷たい眼差しで喋り続ける。

「あなたは神にでもなったつもりですか? 仏にでもなったつもりですか? あなたの掲げる目標がどれだけ難しく、いえ────不可能なことかあなた自身は考えたことがあるのですか?」

「そ、そんなこと分かっているよっ! だから俺は必至で頑張って!」

「必死? 面白いことをいいますね。 必死でなにかを頑張ればいいと思っているのですか。 だとしたら、そのような考えは早めに捨てることにしたほうがよろしいですね。 まず大前提がおかしいのです。 “周り”ということは360°全てを視野にいれることなのですよ。 それがあなたにはできていたのですか?」

 映姫の言葉に彼方は押し黙る。 

「何故あなたがここまでこれたのか。 それはあなたが“物語”の“主人公”でしたからでしょう。 良い所だけをみせて都合が悪いところは“無い”ことにしているのですから。 ですからここでハッキリさせましょうか」

 どさりと誰かが座り込む音が聞こえてきたが、それすらも無視してたんたんと告げる。 歯に衣着せぬ物言いで。

「此処の人達はとても長い年月を生きていきます。 ですが、人間のあなたは60年くらいで死ぬことになるでしょう。 あなたが死んだらあなたと関わった者たちの誰かは泣くかもしれませんね。 ここで問題です。 その時あなたはどうするのですか? 死んだからもう関係ないと言い切りますか? 後追い自殺でもさせるつもりですか? そのようなことをしたら、あなたはひとでなしに成り下がってしまいますよ。 流石のあなたも人で無しになりたくはないでしょう」 

 そこまで言い切り、映姫は大きく息を吸い込みへたり込む彼方に告げる。 

「結局のところ、あなたの掲げる目標はただの自己満足でしかないのですよ。 あなたは猪突猛進で前“だけ”を向いて走っているのです。 前“だけ”を向いている者に、どうして“周り”を笑顔にすることができるのでしょうか。 あなたが掲げるものは、理想ではなく、想像ではなく、幻想ではなく、─────妄想なのです」

 その言葉は針のように、彼方の体にずぶずぶと音をたててゆっくりと、確実に入ってくる。

 何も言い返せない。 何も反論することができない。 それは彼方も考えていたことだったから。 それは直視しようとせずに“無かった”ことにしようした現実だったから。 ゴミ箱に捨てたはずの現実が、自分で立ち上がり彼の前に立ちはだかっただけなのである。

「とても愉快な妄想ですよね。 私も応援したくなります────が、そのようなことできない事実ですので。 まったく……誰がこのような妄想を考えたのやら、ほんと────馬鹿馬鹿しいですね」

 その言葉を聞いた瞬間、彼方は我を忘れて映姫の胸ぐらを掴み叫んでいた。

「てめぇッ!! いまなんつったッ!!」

 映姫よりも背が高い彼方は、いま自分が掴みそのまま目線を並行にまで持っていった相手が閻魔であることも知らずに唾を飛ばしながら叫んでいた。

「おや? 聞こえませんでしたか? でしたら、もう一度いいましょう。 ──────莫迦莫迦しいと」

 左手で映姫の胸ぐらを掴んでいた彼方は、右手に握り拳を作り思いっきり振りかぶろうとする─────が

「やめときな。 そんなことしたら、|漢《おとこ》が廃るよ。 それに、いま映姫さまを殴ったら、あんたは敗北を認めることになるんじゃないのかい?」

 彼方の作った握り拳は映姫に届くことはなく、その途中で後ろから小町によって掴まれていた。 先程までの雰囲気はどこへやら、真剣に冷静に、彼方を諭すように声をかける。

 そんな彼方の目は怒りで満ちていたが、これ以上前に進めないとわかると意外にもすんなりとその拳を納めた。

「………………ありがとうございました」

 彼方は震える拳を握りしめ、映姫と小町に一礼し後にした。 

 いままで視ないようにしていた“こと”を

 右クリックしてゴミ箱にいれたはずの“もの”を

 水底に沈ませていた“それ”を

 四季映姫は掬い上げただけなのである。

 しかしながら彼方は、何も言い返さずに、何も言い返せずに

 現想の郷において、突きつけられた現実に彼はただただ黙ることしかできなかった。

▽     ▽    ▽    ▽

 彼方が去った後、四季映姫はふぅ……と一息つき隣にいる部下に声をかけた。

「小町……もしかして言い過ぎましたかね?」

「いや……思いっきり心折りにきたじゃないですか……」

 彼方の様子をみていまさらながら映姫は不思議そうに部下に聞くと、部下は冷や汗を垂らしながら、めちゃくちゃ困った顔で返した。 正直な話、彼に少しだけ同情したほどだ。 だがしかし、四季映姫は人間との価値観が違うのでこれにかんしては映姫を責めるのはお門違いも甚だしい。 

「ですが誰かが言わなければならないことだと思います。 でしたらその役目は、閻魔である私がするべきだと思うのです。 べつに彼に嫌われても構いません。 八雲紫のやり方では彼はどんどんと堕ちていくだけでしょう。 ゆっくりと、しかし確実に。 ならばここで、閻魔である私が走る彼を転ばせてあげないと大変なことになります。  彼の能力は使い方を間違えれば────いえ、進化していけば此処が危うくなりますし。“負”の想いが集まればの話ですが。  それに、これで折れるようなら所詮その程度のことだったというわけです」

「まぁ……そうなんですけどね」

 ぽりぽりと綺麗に結わえた髪をきにすることなく掻く小町。

「それでは私は仕事に戻ります。 くれぐれもサボることのないように」

 映姫はそんな小町を一瞥して、自分の仕事場へと戻っていった。

小町はというと、嘆息を漏らすと彼方が去っていった方向を少しの間見つめた後、自分の仕事に取り掛かっていった。

 ──────がんばりな

 そう想いながら。 一人去っていくのであった。




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