外伝D〜おもいかみ〜



 それは偶然と偶然が重なり必然的に生まれた

 小さな島国の遥か西に一つの集落があった。 その集落は大人が10人、子供が8人ととても小さい集落でありながら生活自体はすぐ近くに山と川があったので自給自足の生活を送りながら過ごしていた。 一見、貧しそうにみえるが、それはそれはとても豊かであり、誰もが笑いながら生活をしていた。

 しかし────それは一匹の妖怪の手によって終わりを告げた

 その妖怪は大層腹が減っていたらしく、何も喰わずな日が何週間も続いていた。 そんな時にだった。 その集落を見つけたのは。 楽しそうにはしゃぎまわる子供達。 そんな子供達を農作業しながら優しく見守っている大人達。 

 そんな光景をみながら妖怪は近づいていった。

 ああ……食糧がこんな所に転がっている。

 森の中から現れた妖怪に、驚き、慄き、逃げまどう者や、腰を抜かしてその場にへたりこむ者、多種多様な動きをみせる。

 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 助けて 怖い 怖い 怖い 怖い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 痛い 怖い 怖い 怖い 助けて 助けて 助けて

 誰が叫んだのやら、そんな声が聞こえてくるが、その声もその次の瞬間には聞こえなくなる。 

 がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。がぶり。むしゃむしゃ。ぐちょり。にちゅにちゅ。ぶちぶち。くちゃくちゃ。

 一人を捕まえては、腕を引きちぎり足を切断し、叫び声をあげる喉にがぶりと食らいつき、そのまま食らいついた喉をぶちぶちと引き千切る。 噛んだ部分からはジェットのように血が噴射するがそれすらも気にせず、それすらも御馳走のようにちゅるちゅると音をたてながらゆっくりと味わうように飲む。 そしてそれが終わると、顔と足首をもって一気にエビぞりの形にして背骨を折る。 その拍子に人間の体からは骨と内臓が一部飛び出すがおかまいなく折り続ける。 やがて、人間は真っ二つに折れ、苦痛と苦悶と懇願と恐怖の顔と上半身、微動だにしない下半身だけが存在する。

 妖怪はというと、そのような顔で死んでいった人間の顔を掴み、目の高さに持っていき目ん玉をくりぬき、丸のみして、口をこじ開けその舌にむしゃぶりつく。 ぶちぶちぶち……と生理的に嫌悪がする音が辺りを支配する。 それが終わると妖怪は、次に下半身に狙いを定める。 足首を持ち、爪先から食らいつく。 がつがつがつ。むしゃむしゃむしゃ。 やがて面倒臭くなったのか、両足をもち、チーズのように裂いていく。 ぶちぶちぶち。強引に裂いた後は、腸を引っ張り出し、踊り食いのごとく食す。

 そこはまさに地獄だった

 白目をむいている者。誰かを探していた者。ずっと離れることがないように、手を握りながら絶命した者。

 その全てが等しく平等に、妖怪の胃袋の中へと入っていった

 周囲は血の臭いと、糞尿の臭いで満たさせていた。

 その時間、わずか一時間

 そんな短い時間の中で18人の人間が死に、代わりに一匹の妖怪が生きながらえることができた。 

 腹が膨れた妖怪は、キョロキョロと辺りを見渡した後に素早い動きでまた森の中へ消えて行く。

 周囲に広がるは残りかすとなった人間。

 あぁ……憎い

 涙を流しながら死んでいった人間は死ぬ間際にそう想った

 あぁ……殺したい

 愛する者が目の前で殺される様を見ながら人間はそう想った

 なんで人間だけがこんな目にあわなければならないのだ

 力自慢だった人間は、いざ妖怪が現れると何もできずに死んでいった最中、そう想った

 なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんで?

 その者たちは想う

 静かに暮らしていたいだけなのに

 平和に過ごしていたいだけなのに

 妖怪たちが邪魔をする

 じゃあ、どうすればいい?

 どうすれば静かに過ごすことができる?

 その答えは至極簡単なことであった

 ────妖怪を殺せばいい

 憎悪と憎しみと憤怒に塗れた想いは、どんどん溢れだし、やがて一人の神を創りだした

 その神は7歳くらいの子供の身長で目にかかる程度の黒髪であった

 その神はたったいま殺され、食糧とされ、カスに成り下がった人間の想いを受け取る

 純粋なまでに、なにも不快感を示すことなく、疑問を抱くこともせずに────受け取る

 想いを受け取った神は、その想いを形にするために足を動かす。 妖怪を殺すために足を動かす。

 あちらこちらから集まってくる想いを食料にして、力をつけ、初めに受け取った想いを完遂させようと動く。

 その足取りは遅く、ぎこちないものだったがゆっくりと確実にある方向へと向かっていた。

 八雲紫が楽園を作ろうとしている方向に向けて、愚直なまでにゆっくり進んでいた

 そして想い神が生まれたこの日は、奇しくも八雲紫が妖怪拡張計画を実行した日でもあった

     ☆

 朝、藍が作ってくれた朝食を食べようと席につくと、彼が見当たらないことに気がついた。 先程まで一緒にいたはずなのに何処へ消えたのだろうか?

「藍、不知火はどこへ?」

「え? いやこちらに……っていませんね。 先程まで紫さまと壮絶な睨みあいと罵りに合いをしていたはずなのですが」

 従者である藍が席を立ち、不知火にあてがった部屋へと向かう。 それにしても罵り合いとはこれいかに。 私は身勝手な行動は控えるように言い聞かせていただけなのに、その途中で不知火がうだうだ子供のように呟くからスキマから木材などを出して頭をはたいたのだが、彼が悪いのだからしょうがない。 まぁ……妖怪の賢者たる私があんなみっともないことをしたのには反省が必要かもしれないけれど。 それでも彼が悪いのにはかわりない。 いい加減、言いつけを守ってほしい。

「う〜ん……彼の部屋の中も探してきたのですが見つかりませんねぇ」

「そ。 まぁ、お腹が減ったら自分から来るでしょう。 冷める前に頂きましょう」

 彼は斜に構えてはいるが意外に子供っぽい一面があるし

 そう思いながら紫が温かい白米を上品に口に運ぼうとすると────

「『ずっと目の前にいるんだが』」

 呆れたような声を出し、不知火がしれっとほかほかのご飯を口に運んでいる姿が映しだされた

「……いつのまに?」

「『ずっと前から。 具体的に言うならばあんたが俺を見失ってから』」

 白ご飯を飲み込み、不知火は魚の骨を丁寧に取りながらそう答える

 ……見失った?

 その言葉に疑問を覚えた。 見失うということは、彼はずっと私たちが話しをしている間もじっとそこにいたということ。 しかしながら私は彼の気配すら感じなかった。 この私がである。 自分でいうのは嫌みっぽい気がするがこれでも私は妖怪の中で強いほうである。 だからこそ、九尾である藍を従者にすることができたし、鬼や天魔とも対等な関係で話すことができる。 

 そんな私が彼のことを見失った……? 

 ううん、それはきっと何かの間違いだろう。 まったく……彼も少しは冗談を言ってくれるほどには私たちのことを信頼、もしくは信用してくれてるのかしらね。

「冗談を言うくらいなって私も嬉しいわ」

「『……そうかい。 それはよかった』」

「それに、もし見失ったら、スキマを駆使してでも見つけて首根っこ掴んであげるわ」

 くすくすと手で口元を隠しながら少しだけ挑発的な声を不知火に放つ紫に

「『ま、頑張ってくれ』」

 僅かばかりの笑いを伴いながら不知火はそう紫に告げた

「あまり紫様を挑発しないほうがいいぞ、不知火。 後で痛い目みても私は知らないのでな」

「『そうかい。 それは困ったね』」

 食べ終わった食器を台所に運びながら不知火は、肩をすくめながらそう答える

 そしてそのまま、手を洗い外へと続く戸に手をかけたところで紫に声をかけられた

「何処へ行くのかしら?」

「『そこら辺をぶらぶら』」

「ふ〜ん……。 あれ以来、鬼の所へは行ってないみたいだけど?」

 あれ以来とは、もちろん不知火が使者として妖怪の山に向かい天狗の長である天魔に手紙を届ける途中で鬼の四天王と殺し合いを演じたことである。

 その話は当然紫の耳にも入り、紫はその日の内に不知火を呼び出して問い詰めようとしたのだが、当の本人はどこか悔しそうな雰囲気を漂わせていたので声をかけられなかったのだが。

「『……あそこはやりづらい。 ぎゃーぎゃー喚く、嘘が下手な天狗がいるからな。 鬼があの山から出たときにでもまた殺しにいくよ』」

 不知火は一拍おいてからそう言うと、今度こそ外にでた。

 そんな不知火の後ろ姿を紫はニヤニヤとした表情でみているのであった。

 さてさて、自分も妖怪拡張計画をしたことで起こる出来事に備えて有力者を集めて話しあいでもしましょうか。

         ☆

 射命丸文は、黒い翼をめいっぱい羽ばたかせ、とある人物を探していた。

 あっちをきょろきょろ

 こっちをきょろきょろ

 目に太陽の光が当たらないように手をかざしながら自慢の視力を駆使して探すこと20分。 ようやく目的の人物をみつける。 そしてその人物に向かって急降下

「あやや、おはようですね、不知火さん」

「『その猫なで声をやめろ、気持ち悪い』」

「せっかく、友達のいないあなたのためにコミュニケーションを取ってあげているというのに……つくづく嫌な人なんですね」

「『その嫌な奴に声をかけるお前は、つくづく変人なんだな』」

 ため息すらつきそうなこの男に、射命丸は必至に拳を抑えながら、なおも笑顔で話を続ける

「と、ところで今日は何をしてるのかしら?」

「『散歩だよ。 そんなことも見て分からないのか』」

 肩をすくめながら射命丸に憐れみの目を向ける不知火に射命丸はついにキレた

「あーもう! なんですかさっきから! 私がコミュニケーションをとってあげようというのにその言い様。 流石の私も怒りますよ!」

「『頼んでないし、いりもしない。 ほら、もういいだろ』」

 ハエを追い払うときの仕草で射命丸を追い払おうとする不知火に射命丸がぼそっと呟いた

「……話し方も直しているし、面白くないですね」

 その呟きはもちろん不知火にも届いたのだが、それを聞かなかったことにして歩きだした。

「あ、ちょっと待って。 私も行きますから」

 もくもくと歩きだした不知火の背中に追いすがる形で射命丸も歩きだした

       ☆

 蓬莱山輝夜は退屈していた。

 月より迎えにきた使者達を月の頭脳と呼ばれた八意永琳が殺してから、そのまま月の追跡を逃れるために、竹がどんどん生えてきて入った者の方向感覚を狂わせ、出られなくし、やがては発狂するこの竹林に住んでから約800年くらいが過ぎただろうか。 永遠の命を手にしてからというもの、一年一年が短く感じて既に感覚が狂いはじめてきた。

「はぁ……退屈。 なにか面白いことはないかしら」

 付き人である永琳は自室に引きこもってなにか作業をしている。 基本的に私の退屈凌ぎをしてくれるのだが、一日中というわけにはいかず、ふとした拍子に今のようにぽっかりと空いた時間が出来てしまうのだ。 なにか書物でもあるといいのだが、いかんせん持っている書物は大体が読み終わってしまった。

 輝夜が何度目かのため息をついた時、その者の声が聞こえてきた

「『気の向くままに、風の向くままに歩いてみれば、よもやこの竹林の中にこのような立派な建物があるとはな。 雀のお宿ならぬ兎のお宿ってところか』」

 頭に兎を乗せ、肩に兎を乗せながら気取っている男がそこには立っていた。

 ……ださ

 それが不知火をみた輝夜の第一印象だった。

 しかしながらそれもそうだろう。 頭と肩に兎を乗せながら────ついでに兎がズボンに食いついている状態の男が気取った感じで目の前に現れたとして、誰がそのような状況でときめくのだろうか。 輝夜が思ったことは至極真っ当な感想であった。

「『ん? どうやら先客がいたようだ。 はじめましてお嬢ちゃん。 君はここの主かなにかかい?』」

「まぁ、主ではあるけど」

 といっても永遠亭を支えているのは永琳であるのだが。 

「それより、勝手に人の敷地に足を踏み入れてその敷地の主に自己紹介の一つもしないのかしら?」

「『ふむ、確かにそうだな。 これは失礼。 俺のことは不知火とでも呼んでくれ』」

「そ。 私は蓬莱山輝夜。 一応、ここの主よ。 ところで、いつまで兎を乗せているのかしら?」

 いい加減見ていて暑苦しくて、うざったい

「『こいつらか? この竹林に入って30秒で五月蠅い|鴉《しゃめいまる》と別れてから、いきなり集まりだしてね。 正直、こちらも参っていたところだよ。 大方、俺にシンパシーでも感じたんだろうかね。 まったく……兎に同情されるなんてはじめてだよ』」

 頭に乗っかる兎を強引に剥がしながら、肩に乗っかる兎をデコピンで退散させながら肩をすくめてみせた不知火は縁側で座っている輝夜に問う

「『此処にいるのはお嬢ちゃん一人かい?』」

「もう一人いるわ。 それとその“お嬢ちゃん”は止めてくれない? 気持ち悪い」

「『それは悪かったね。 蓬莱山。 ふむ……しかしながらこの竹林にこんな建物があるとはな……。 さて、帰るか』」

「はぁ? あんた何しにきたの?」

 建物をみながらしみじみと呟いた彼は、いましがた来た道を戻ろうとしたところで輝夜が1オクターブくらい高い声で不知火に聞いた。

「『べつに。 来たくてきたわけじゃないからな。 それに木漏れ日を浴び、可憐にして優雅に座っている女の子のそばに俺がいたんじゃ絵にならないだろ?』」

「うわぁ……」

 そのセリフをきいた瞬間の輝夜の顔は、とてもとても苦々しい顔をし、不知火を痛々しい目でみていた。

 その愛くるしい笑顔と美貌、手ですくと一度も引っ掛かることのない黒髪に陶磁器のような肌をもつ蓬莱山輝夜は、一昔前に沢山の男共から求婚を迫られた経験がある。 そのときの男共の求婚の言葉も輝夜としては身震いするものも少なくなかったが、目の前にいるこの男ほどの破壊力はないだろう。

「(色々と可哀想ね)  そう言わずに座りなさいよ。 ちょうど退屈してたところなのよね」

「『残念ながら、俺は女性を怒らせることにかけては天才らしくてね。 いい気分にはならないぜ?』」

「それでもいいわよ、退屈よりかはずっといいし」

 そう言って、自分の横を手でぽんぽんと叩き座るように促す

 しかし不知火は輝夜が叩いた所よりもずっと遠い所に位置どった

「……あんた舐めてるの?」

「『そんな犯罪まがいのことはしないさ』」

「いや、そうじゃなくて。 距離が離れすぎてるわよ」

「『こういうのは心の距離が大事なのさ』」

 噛み合っているようで噛み合っていない会話が続く

 やがてその問答に飽きたのか輝夜はため息をつき、庭で兎が追いかけっこをしている様子を、ぼーっとみつめる。 先程自己申告したように、この男、話しを振るわけでもなくただただそこにいるだけなのである。 自分が引き止めた手前あまり言いたくないのだが、別にいなくていいのでは? という気持ちがふつふつとわいてきた

「ふぅ……。 ちょっと休憩しましょう。 あら? 姫様、このような男、どこから引っかけてきたのですか?」

「本人いわく偶然来ただけみたいよ。 それにこんな男よりもずっといい男はいくらでもいると思うわ」

 がらりと奥の襖が開く音がしたと思い後ろを振り向けば、従者である八意永琳が彼のほうをみながらそんなことを聞いてきた。 

「そうですか、それは失礼しました。 ところでお名前は?」

 柔らかい笑みを浮かべて聞く永琳に、不知火はぶっきらぼうに答える

「『不知火』」

「それは種族名でしょう」

 そう言われて黙る不知火

「ふむ……。 まあ誰でもいいですが。 それよりもその話し方きつくはないのかしら?」

「『べつに、もう慣れた』」

 そう言う不知火を、永琳は見つめながら輝夜の横に腰を下ろす。 丁度、輝夜・永琳・  不知火のような形で座る。 それから三人は何も喋ろうともせずにただただ風に身を預けるばかりだった

       ☆

 30分くらい経ったころだろうか。 こっくりこっくりと船を漕ぎだした輝夜の肩を抱き自分の膝に乗せ、頭を優しく愛でるように、撫ではじめる永琳。 その光景は主人と従者の関係というより、母親と子供の関係のようである。 輝夜はもぞもぞと体の位置を調整し、本格的に寝始める。

「『大変だな、あんたも。 お守なんかしてさ』」

「そうでもないわよ。 私はお守ができて嬉しいくらいよ」

「『……理解に苦しむことを言うのだな。 お守なぞしてなんになるって言うんだい? 一つ枷が足につくだけじゃないか』」

 そう言った彼は本当に訳のわからないという顔をしていた。 

「そうね、確かに枷がつくことになるかもしれないわね。 だけどそれがいいのよ。 大切な人の重みを、自分の生きる目的を、その枷があるかぎり見失うことはないのだから。 私の一生は姫様に捧げると決めたわ。 例え月の民がどれだけ攻めてこようと、私はこの手を離すことはしないでしょう。 そう考えると、とても素敵に思わないかしら?」

 慈しむように輝夜の頭を撫でながら問う永琳に

「『やっぱり理解に苦しむな。 俺には到底理解できる気がしないよ』」

 そう言って席をたった。 どうやら帰るみたいだ。

「『折角の二人きりの時間を邪魔して悪かったな』」

 集まる兎を器用に掻きわけながら、竹林に向かう彼はそう後ろ向きに声をかけてきた。

「べつに気にしないわよ。 それと見つかるといいわね、あなたの枷」

 一度立ち止まったかのように見えた彼だが、そのまま軽く手を上げながら竹林の中へと消えていく。

 彼はどうして、あんなに寂しそうな目をしているのだろうか? 

 不知火が去っていった後にそんなことを考える。

 月の頭脳と呼ばれた私なのに、一人の妖怪の考えていることさえ分からないなんて……とんだお笑い草ではあるけども、嘘を嘘で塗り固めただけあってこの短時間では分からなかったのも確かである。

 もう一度、彼が此処に来ることがあればお茶でも出して色々と聞いてみたいのだけど

「もう来ることはないでしょうね」

 そう漏らし、輝夜の頭を撫でることに専念しる永琳であった。

 永琳の読みは当たり、それから不知火は迷いの竹林に寄りつくことはせずに月日が流れた。

 その間にも八雲紫と藍はあちこちを動きまわったり、鬼が妖怪の山を去ることになったり、輝夜が殺し合いを繰り広げることになったのだが─────そんなこの場所にも大きな転機が訪れることになった。

 その日は龍神が姿を現した日でもあり、一人の神が消えた日でもあり

 そして──── 一人の妖怪が嘘を剥がした日でもあった




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