35.対面



 気がつくと俺は奇妙な場所に立っていた。

 上を見上げれば、漆黒の中にダイヤモンドを粉々に砕いてそれを振りかけたかのような綺麗な星空が映しだされており、丁度その中央に大きな大きなブルーハワイ色の月が見下しているように堂々と、俺というちっぽけな存在を照らしていた。

 地面はグレー色で、足を軽く動かすと砂埃がたった。 かとおもえば、ごつごつとした固い土で、こっちの足が痛くなりそうな場所もある。

「いったい……なんなんだ、此処は。 というより、俺はあの時刺されたはずじゃ……」

 自分のあまり当てにならない記憶を掘り起こす。 

「えっと、順を追って整理しよう。 まず博麗神社から紅魔館へ行ったんだよな。 そこで美鈴に会ったんだ」

 美鈴には体調のことを聞かれたんだ。 そして、無事に門を開けてもらって玄関から紅魔館の中へと入っていった。 今回の目的はスペルカード作りに協力してくれたパチュリーにお礼の言葉をいうために訪問したんだよな。 

「次に咲夜に会ったんだ」

 何故か分からないけど、咲夜は俺の存在に気がつかなかった。 ……単に無視されていただけかもしれないけど、あのときの反応からして本当に俺のことに気がつかなかったんだと思う。 なんで気がつかなかったのかはいまいちよくわからないが。

「そして咲夜に地下への行き方を聞いて、パチュリーに会いに行ったんだよな」

 大きな扉を前にして引き返したくなった俺の目の前に小悪魔が現れて、あれよあれよとしているうちにパチュリーに会うことになったんだよな。 そしてそこからパチュリーに色々と話を聞いたり、怒られたりした。 ああ、そういえばパチュリーが変なことを言っていた気がするな。 ……ちょっと忘れちゃったけど。 

「それで、早々と紅魔館を後にすることになった俺は門番である美鈴と立ち話をすることになった。 そのときに教えてもらったんだよな。 幻想郷の期間限定で見ることのできる綺麗なスポットがあることを」

 門番の仕事がある美鈴は行くことが出来ないから、一緒には行くことができなかったけど。 美鈴は丁寧に地図まで描いてくれて、俺はその地図に従って歩いていき、前評判のとおりの綺麗な光景に圧倒される中で一人の女性に会った。

「なんというか……あんな人が姉ちゃんだったら楽しそうだよな」

 出会った女性、小野塚小町さんは江戸っ子気質な人だった。 いかにも頼れる姉さんといった感じだ。 ちょっとだけ、ズボラというか面倒臭がりな気はするけど。

「そう、確か小町さんと色々なお話してたその時に、会ったんだ……」

 彼女と同じ緑髪で、約束を妄想だと一蹴し、莫迦莫迦しいとまで言い放った人。 あの小町さんがビクつくほどの人なんだからかなり偉くて強いんだろう。 その場にいた俺にもちょっとだけそれがわかった。 確か……映姫さまって言ってたかな? 小町さんは。 その映姫さんに馬鹿にされた俺は怒って胸ぐらを掴みあげて殴ろうとしたところを小町さんに止められたんだ。

「そして俺は二人の所を後にして……あの人に会ったんだ」

 互いに名前すら交換しなかったけど。 

 俺はその人と少しばかり会話して……それから、へそより左の位置を日傘で貫かれたんだ。

「うん……。 俺の記憶に間違いはない」

 貫かれた俺は、そのまま意識が暗くなり、目を覚ましたときには此処にいた。

 ……やっぱり此処はいったい何処なんだ?

 首を捻った俺は、とりあえず辺りを見回してみた。

「あれ……? 目の前は岩しかないのに、後ろはビルが建ち並んでいるぞ? どういうことなんだ?」

 くるりと90°回転すると、俺が外の世界に居た頃に毎日とみてきたビルが建っていた。 10階建や5階建、事務所のようなものまである。 そしてそこから90°回ると、先程から見ていた風景。 ごつごつとした岩がそこらじゅうに転々と存在しているだけの空間が広がっている。

 なんとも不思議な空間だ。

 そう思いながら俺は一度、心を落ちつかせるために上を向いた。

 ああ、この星空は綺麗だな。 これが“本当”に星空なのかはわからないが。

 クイクイ

「ん?」

 上を見上げていると、誰かにズボンを引っ張られるような感覚を覚えて下を向く。

「あれ、どうしたの? 君も迷子になったの?」

 そこには7歳くらいの子供が自分のズボンを引っ張っていた。 人里の子供たちのように、じんべえみたいな服を着ている。 

 子供の目線に合わせるようにしゃがみこむ。 子供は大きい体の大人と話すときはその対格差から、びくついて上手く話すことができない子もいる、と慧音さんに聞いたことがあったので迷わず実行する。 

 自分と同じくらいの長さの黒髪。 藁草履を履き、藍色のじんべえを着こんだその子供は何も喋ることもなく、ただただじっと俺を見ているだけであった。

「え〜っと……どうしたのかな〜? ほら、おにいさんは怖くないよ〜」

 ルーミアやフランちゃんにやるように、俺はだっこしようと思って、子供を抱こうとしたその時────

「『やめときな、いまのお前じゃ抱きかかえるほどの力を持っちゃいないぜ。 そのまま潰れるのがオチだ』」

 そう声が聞こえてきた。

 いきなり聞こえてきたその声にビックリして、子供に伸ばしていた手を引っ込め、声のした方向、前方へと目をやった。

「『月の女神がほほ笑む今宵、人が潰されるとこなんて可憐な女神さまには見せられないだろ? それにしても、此処にくるのはちょっと早かったな。 まったく……やってくれるよ、あの妖怪は。 勿論、あのお花畑にこんな事態になると考える頭はないだろうけど』」

 その者は、ひと際大きな岩に立ち、背を向けながら一人でに呟いていた。

 黒髪に赤髪が混じっているメッシュ。 背は170cmくらいで、ポケットに手を入れながら満天の星空を見ていた。

 振り返りながら、その者は喋る。

「『やってくれる、と言えばアイツもそうだよ。 まさかあの時に、潜った穴がよもや未来の世界に繋がってるなんて誰が思うだろうか。 まったく……つくづく厄介で世話焼き者だな。 殺す相手が増えたよ』」

 目の下にうっすらと浮かんだ隈と、そのひねくれたような雰囲気でどうにも病んでいる印象を受ける青年は、やれやれと肩をすくめる。

「あの……あなたはいったい?」

 恐る恐る問う彼方。 ちなみに、子供のほうは青年の足元へとトコトコと移動していた。

「『人生をマイナスポイントからはじめた者。 負け組。 弱者。 捻くれ者。 一度も勝てなかった者。 ああ、括弧つけ野郎とも呼ばれたっけ。 まあ、好きなように呼んでくれ』」

「いや……それはちょっと」

 流石の自分もそんな呼び方で相手を呼びたくはない

「『まあ、普通そうか。 鴉やお花畑あたりなら喜んで言うだろうけどな。 何年も何百年も』」

 顎に手を置きながらそう言う男性の顔は、ほんの少しだけ何かを懐かしむような顔をしていた。

 俺はその青年に近づこうと、足を踏み出したのだが

「あれ……?」

 何かにぶち当たりこれより前には進むことができなかった。

「え? なんだこれ?」

 一歩引き、ペタペタと目の前の空間を触る。 何か透明な壁がそびえ立っているようで、これより前には進めそうにない。

「『そこから先はいけないぜ。 現実のお前には縁のない世界だからな』」

「縁のない世界……?」

「『ああ、縁のない世界だよ。 こちら側は幻想の世界。 妖怪や神様が住むところだ。 此処がいくらお前の“心象世界”でも、人間で純度100%の現実で生きてきたお前には立ち入ることができないさ。 その証拠にほら、明確に的確にハッキリと区別されているだろう。 “現実”と“幻想”が』」

 そう言って、後ろを指さす。 指された後ろには建ち並ぶビル。

「『そしてお前は“現実”側にいる。 まあ、叶うことならばそのまま現実側にずっといてほしいんだけどな』」

 青年はため息をつきながら、彼方のほうを見る。

「『まあ、それはそれとして。 お前、いつまであんな世界にいるんだ?』」

 その声はとても冷たく、尖っていた。

「あんな世界って……。 幻想郷のことですか?」

「『ああ、そういえばそんな名前になったんだな。 そうそう、その幻想郷に────いつまで信じていない幻想の世界にいるつもりだ』」

「は……? 信じてないってどういうことですか」 

 それはあまりにも愉快で痛快な一言だった。

「『お前は心の奥底では信じていないんだよ。 神を妖怪を妖精を。 だからこそ、吸血鬼を目の前にしても、“可愛い女の子”という認識しかしていない。 鬼を前にしても“酒が好きな変わった女の子”としか認識していない。 妖怪の賢者を名乗る女が出てきても“頼れるお姉さん”という認識しかしていない。 冬を司る妖怪を前にしても“冬だけ活発になる女性”という認識しかしていない。 天狗を前にしても“最速の記者”という認識しかしていない。 全てにおいて抜けているんだよ、“人間を捕食する側の”という前置きが。 この世界の人間が親切に教えてくれたことをいまだに疑っているんだよ。 いや、それどころかお前は“生身で空を飛ぶ”という行為そのものを信じてしない。 だからこそ、お前はいまだに空を飛ぶことができない 怖い怖いと言いながら、その実そこまで恐怖していない。 お前の意識していない部分が否定しているんだよ』」

「ちょ、ちょっと!? いきなり何を言ってるんですか? いったいぜんたい何の話をしているのかサッパリわからないんですけど?」

 その彼方の台詞に

「『教えてあげているのさ。 自分の殻に籠ってイヤイヤと首を振る少年に』」

 青年は冷たい目で言った

「ははっ……、何を言ってるんですか? ちょ、ちょっと頭おかしいですよ?」

 青年の言動に若干の恐怖を覚え一歩後ずさる

「『ああ、俺は頭がおかしいさ。 でないと、花の妖怪に喧嘩なんか売らないし、鬼と殺し合いなんてしない。 けど、それはお前も同じだよ』」

 青年は容赦なく──

「『“周りのみんなを笑顔にする”そんな誇大妄想を実現させようとしているなんて頭がおかしい奴にしかできないことさ。 お前は聖人君子にでもなるのか? 宗教開いて教えでも説くのか? だったら、止めたほうが身のためだ。 “只の人間”にできるわけがない。 それに、そんな表面だけで取り繕った“主人公”なんて気持ち悪いだけだ』」

 ──彼方に

「『まあ、だからといってなんでもかんでも殺そうとする奴は主人公でもなんでないけどな。 すくなくとも子供が憧れるような正義の味方ではないだろ』」

 現実を──

「『理想をもつのは自由。 幻想を抱くのも自由。 妄想を広がらせるのも自由。 ───だが、それを現実が壊しにくるのも自由だ。 そのとき、お前はそれを受け入れることができるか?』」

 ──叩きつける

 何時の間にか彼方に近づいていた青年は、黙ったまま立っている彼方の肩を軽く押した

「『ま、こんなこと負け組の俺が言うことじゃないし、らしくもないんだけどな。 同じ負け組の先輩として今回限りのアドバイスだ。 いまはまだ大空を飛ぶことができないヒヨコだが、いつの日か鷹になり、やがて龍に上り詰めるかもしれない。 そのときまで、どんな壁があろうとも撃ち貫け。 何があろうと、どんなことが起きようと。 例え愛した人が死ぬことになろうとも、信じていた者から裏切られることがあろうとも、自分自身が化物になろうとも、その弾丸で撃ち貫け』」

 自分の後ろからどこか聞き覚えのある声が聞こえてくるのを彼方は感じ取った。 しかし、目は青年の方を離そうとはしない。

 この青年の言ってる言葉をここで聞いておかなきゃいけない! そういう観念にとらわれているだけかもしれないけど。 不思議と先程までの恐怖は消えていた。

 地震が起きたときのように視界がぶれる。 焦点が合わなくなり、次第に青年の声も聞こえなくなってきた。

 俺はそのとき、何故か手を突き出して誰かの手を掴もうとしていた。

 勿論というか、当たり前というか、手が誰かを捕まえることはなく虚空に向かってしょんぼりと伸ばすだけになった。

 じきにこの空間とも終わりを告げるのだろう。

 ああ、次に目を開けたら今度こそ閻魔様と会えるのかな?

 そんなことを思っているとあの青年の声が聞こえてきた

「『次に会うときは、殺し合おうじゃないか』」

 まったく、なんとも物騒で身勝手な約束なんだ。

         ☆

 誰かの声が聞こえてくる。 なにか叫んでいるような声が聞こえる。

「彼方!? 私がわかる!?」

「……鈴……仙……?」

 うっすらと開けた視界には、今までみたこともないほど心配そうな表情の鈴仙が、俺の顔をまじまじと見ながら何度も何度も頬を叩き確認している光景が目に入った。

 外の世界でいうところの、女子高生が着るブレザーという服を着こなし、パンツが見えるか見えないかギリギリのラインを狙っているとしか思えないほどのきわどい領域を攻めてくるミニスカートを履く。 頭には少し垂れた可愛らしいうさ耳、いつも不機嫌そうな顔。 そんな不機嫌そうな顔も、このときばかりは安堵の表情を浮かべていた。

「あれ……? 此処は……?」

 右の肘に力をいれ、起き上がろうとしたところで目の前の扉がガラリと開き、そこから見知った人物が顔をのぞかせた。

「あら、ようやく起きたの。 それじゃ、鈴仙はあの娘たちを呼んできてくれるかしら? 軽い診察を済ませておくから」

「は、はい!」

 勢いよく飛び出す鈴仙。 そんな鈴仙の様子を確認したあと、八意永琳さんは俺のほうに向きなおった。

「気分はどうかしら、彼方。 水でもいかが?」

「あ、すいません、頂きます」

 キンキンに冷やされたお水を永琳さんから貰い、一気飲みする。 先程までぼーっとしていた頭がその冷たさに驚き覚醒していくのを感じた。 改めて辺りを見回すと、わりかしお世話になっている永遠亭の診察室であることがわかった。 消毒液独特の臭いと、白を基調としたカーテンやシーツがあることからもここが診察室であることは間違いない。 だが、ここで問題が出てくる。

「俺、確か傘で刺されたはずなんですけど……」

 そう、俺はあの時、あの場所で、ひまわりのように美しい女性に日傘でへその左位置を刺されたのだ。 いまでもあの感触は覚えている。 弾幕勝負とは比にならないほどの痛さと恐怖。 

 俺は傷を確認しようと手で刺された部分をおそるおそる覗くが、そこには針で縫った後もなく手術をしたあともなく、刺されたことなど全て“なかった”かのような傷一つついていない自分の肌だけが存在していた。

「……どういうことだよ……」

 なんで───傷が残っていないんだ

 思わず、永琳さんのほうを見る。

「それにかんしては私があなたに問いたいくらいよ。 確かにあなたが永遠亭に運ばれたときは瀕死の状態で荒い呼吸を速いテンポで刻んでいたんですから。 正直、助かる確率は低かったわ。 なのに、あなたの体はいきなり自己修復機能でも備わっていたかのように、一人でに自己再生をはじめたのよ。 メスをもった私の前でね。 ああ、それと傘は刺されたままにしてあったわ。 もしも引き抜かれていたら確実に助からなかったでしょうから……その点だけは本当に運がよかったわね。 花の妖怪と出会ったことは運が悪かったみたいだけど」

 そういって指を指した方向に目を向けると、俺の血だと思われる赤い液体が傘の先端部分から半分にかけてびっしりとこびりつき、いまなお滴り落ちている傘が目に入った。

「うわぁっ……」

 くらりと貧血が突然起きたかのようによろける。 

「大丈夫かしら。 ごめんなさいね、起きて早々きついものを見せてしまって。 でもね、あなたを担当した医者としてこういうことは確認しなきゃいけないの。 そしてなんであなたの体が一人でに回復していったのかも……ね。 ねえ彼方、心当たりはないかしら?」

 心当たり……というならば先程みた夢のようなあの出来事しかないと思う。 けど、それが関係あるのかな? それにあんな出来事を話したところで信じてもらえるのか?

『お前は心の奥底では信じていないんだよ』

 あの言葉がスポンジに水を垂らしたかのように体に染み込んでくる。 俺は、気付かないうちに信じていないんだろうか? だとしたら、いま目の前にいる永琳さんすらも信じていないんだろうか?

「えっと……あの……」

 考えだしたら、どうにも言いだすことができなり曖昧な返事になってしまった。

 そんな俺をみて永琳さんは、そっと頭を撫でてきた。

「やっぱりいまは止めておきましょうか。 貴方だって考える時間が欲しいでしょうし。 ただ、困ったことがあったらいつでも相談に乗ってあげるわよ」

「……すいません」

 自分が惨めに思えて、項垂れる。

「お師匠さまー、連れてきましたよー」

 ガラリと扉が開いて、鈴仙が顔をのぞかせる。 鈴仙は後ろに小さな女の子たちを連れていた。

「あら、それじゃ診察も終わったし、後は鈴仙に任せるわね。 それじゃ彼方お大事に」

 鈴仙と入れ替わるようにして出ていく永琳さん。 それを鈴仙は見送ったあと、俺のほうに近づく。

「お師匠さまと何の話しをしてたのよ?」

「いや、べつになにも……」

「……そう。 まあ、大事なことならいつか話すでしょう。 それより、あなたの命の恩人たちを連れてきたわよ」

 ちょいちょい、と扉ほうに向かっておいでおいでする鈴仙。 

 開かれていた戸から現れたのは、チルノや大妖精といった類と同じ三人の妖精であった。 赤いスカートに金髪は可愛くツインテールに纏められており、スカートの色に合わせて赤のリボンをちょこんと乗せ、全体的に明るめに仕上げている、といった感想を受ける。 二人目の子は、全身を白一色で着飾り、その白とは対照的な色の黒でその存在感を出すように演出していた。 髪は赤色の子よりも明るい金髪ながら白い帽子を被っているためその全てをみることはできなかった。 どことなく雰囲気がちょっとませている感じがするけど気のせいだろう。 そして最後の子は、赤色の子とは対照的に青色のスカートと白い服できめていた。 頭のてっぺんに少し大き目な紺のリボンをし、少女らしさを何倍にも倍増させていた。  

「アンタ、感謝しなさいよ。 私がたまたま通りかかったのと、その子たちがアンタの傍に丁度いてすぐさま人を呼んだから一命を取り留めたってことを自覚しとかないと、また同じへまをやらかすことになるからね」

 そしてその後ろから上海と蓬莱を肩に乗せ、小さな女の子を胸の前で抱いているアリスがいた。

「あ、アリス……」

「まあ、べつにあんたが死のうがどうなろうと私は困らないけどね。 とにかく、私よりもその子たちに感謝することよ? それじゃ、私はこの子のことで少し話があるから失礼するわ」

 鈴仙に軽く一礼して部屋を出ていくアリス。 あの小さな女の子はなんだったのか……? ちょっとだけ喉が痛くなったのも不思議である。 

 しかしながらこれは困った……。 俺は目の前にいるこの子たちのことを何もしらない、情報がない。 一目みてわかることはこの子たちが妖精であることくらいである。 

 だが、アリスの言うとおりこの子たちが俺のことを助けてくれたというのならやるべきことは一つだけ。

「助けてくれて、ありがとうございました……!」

 額が診察ベットにつくくらい土下座する。 あの女性に貫かれたとき自分は死を覚悟したし、そのまま出血多量なんかで死んでいたと思う。 一人では零れ落ちる水を全部手の中に残すことはできなかった。 そんな俺の命の水を彼女達三人は精いっぱい手を伸ばし、その手に残してくれた。 もしかしたら、あの世界で出会った人がなにか不思議なことをしたのかもしれない、見えざる誰かが手を貸してくれたのかもしれない。 だとしても、俺はいま現在此処にいるこの子たちに感謝したい。 目に見える形で救ってくれたこの子たちに感謝したい。

 彼女たちが何か言うのを無視して俺はそのまま一分間、感謝の言葉を述べた。 いや、述べさせてもらった。

 彼岸の場であの人と出会って、夢で青年に出会って、そしてひまわり畑で出会って、俺は自分がどれほど甘えた考えを持っていたのか気付いた。

 いまの俺はまだヒヨコだと、あの人はいった。 それならばせめてヒヨコなりに自分にできることをしよう。

「まだ何をどうすればいいのかわからないけど、なにが真実で何が嘘かわかないけど」

 自分の想いを撃ち貫くために

「まずは相談してみよう。 俺よりも遥か長い時間を生きてきた人達に、俺と近い時間を生きてきた人達に」

 握った拳に力を入れながら、俺はそう誓った。

 頭を上げると、そこにはちょっと心配そうな三人の妖精の顔。

「なあ、ちょっと相談したいことがあるんだけど……」

 まずは目の前にるこの子たちに相談してみよう。 自然とともに生きる妖精たちだ。 きっと何か得るものがあるに違いない。




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