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37.古道具屋の店主



 今日も今日とて幻想郷の空には青い海が浮かんでいる。 たまに白いわたがしがその海の上を優雅に泳いでいるのを視界に納めながら博麗神社の縁側で彼方は呟いた。

「今日は仕事もないしゆっくりとできるな〜。 霊夢も用事でどこか行ったみたいだし。 ……整理したい俺としては都合がいいけど」

 昨日、橘さんたちに言われてわかったこと。 まず自分の理想と現実との折り合いをつけること。 

「じゃあ……俺の理想とはなんなのか?」

 “周りの人達を笑顔にする” これが俺の求める理想だ。 だがここで問題がでてくる。 

「現実的に考えるならば、この理想はいつまでたっても届かないってことになる。 だって、この理想はお節介でしかないのだから」

 なんとも難しい話である。 理想を叶えようとすれば傲慢で独善てきな独裁者となり、現実をみつめ行動すれば理想───早苗ちゃんとの約束は叶わない。

「……やっぱ難しいや」

 大きく伸びをして、後ろに倒れ込む。

「ようっ彼方! 一人でなにしてるんだ?」

「ん? 魔理沙じゃないか。 俺は留守番みたいなもんだけど。 そういう魔理沙は何しにきたんだ? 霊夢なら用事で出かけているけど」

 大きなとんがり帽子に、軽いウェーブのかかった金髪、手には神社でも使う竹箒をもっており、服は白と黒で統一されたエプロンみたいな服。 普通の魔法使いこと霧雨魔理沙が上から見下ろしながら話しかけてきた。 いったい……いつの間に侵入したんだが。 流石、あの紅魔館の図書館に忍びこむだけはある。 

「ありゃま。 入れ違いだったか。 ま、いっか! 彼方、お茶くれお茶」

「……まあいいけど。 あんま美味くないぞ? それでいいなら喜んでいれるけどさ」

 隣に座りながらお茶を要求してくる魔理沙に確認をとる。 魔理沙はうんうん!と首を大きく振る。 その頷きをみてお茶を沸かしにいく。 そういえば戸棚にお茶うけの饅頭があった気がする。 ……魔理沙に出すのなら霊夢も許してくれるよね?

「……一応俺の分を魔理沙にあげて霊夢の分は取っておこう」

 こんなしょうもないことで霊夢を怒らせても意味ないし。

 戸棚からお目当ての饅頭を見つける頃には、シュンシュンと高い口笛を吹きながらヤカンが沸騰したことを知らしてくれる。

 饅頭を探す前に事前に用意していた急須に葉をいれ、お湯をいれる。 2・3回急須をまわしゆっくりと湯呑の中へと落とす。 コポコポと音をたてて落ちていくお茶。

 おぼんに急須と湯呑、そして饅頭を3個皿へと移し魔理沙のまつ縁側へと戻る。

「ほい、おまたせ。 饅頭はこしあんだけどいいよな?」

「おっけーおっけー。 んっ……まあまあかな。 霊夢のほうが断然うまい」

「……流石霊夢だな。 伊達に一日中お茶をいれてないぜ」

「彼方もうまくなればいいじゃないか。 霊夢だって喜ぶぜ?」

 霊夢の喜ぶ顔ね〜。 ……まあ、確かにみてみたいけど

「でも、俺が努力したって霊夢よりお茶がうまくなるとは思わないけどな」

 霊夢は割と……いや、結構暇なほうであり、そんな日は一日中縁側でお茶を飲んだり、ぼ〜っとしたり、神社の裏にいる亀くんに餌をやったり遊んだりと賽銭のほうはどうなのか? とこっちが問いたくなるほどの暇っぷりをみせている。 (まあ、紫さん曰く「霊夢が暇なのはいいことよ。」とのことなので、それはそれでいいのだが。) そしてそんな日のお供となっているお茶も、霊夢が自分で作っているのである。 霊夢が暇なときというのは一年を通してかなり多めなので、それに比例してお茶をいれる頻度も増える。 長ったらしく言ったが、つまるところ何回も何十回も何百回も何千回もお茶をいれている霊夢の腕はプロ級であり、俺が敵うことはないのである。

「確かに彼方がどれだけいれようが、霊夢のお茶より彼方のお茶がうまくなるとは思わないけどさ、努力ってやった分だけ自信へと繋がるんだぜ?」

 そういった魔理沙の目は、確信に満ちていた。 まるで自分自身がそれを体現しているかのように、体験しているかのように。

「……魔理沙も心当たりが?」

 だから俺はついつい聞いてしまった。

「まあ、それは秘密。 女の子ってのは、秘密が多いほど輝く生き物なのさ」

「あんまり秘密過ぎるのは、逆に怖いけどな」

 顔を見合わせ合図するわけでもなく、二人同時に笑いだす。

 ひとしきり笑った後、二個目の饅頭をとりながら魔理沙が聞いてくる

「そういえば、昨日寺子屋に行ったときに慧音から聞いたんだけど、なにか悩みごとあるのか? 慧音が心配してたぞ?」

「あー……ちょっとね。 悩み事というか、課題とでもいいますか……」

 おかしいなぁ……。 昨日の授業だってうまくやれたはずだし、慧音さんはそんな素振り見せてすらいないんだけど。 やっぱり顔にでも出たのかな……?

「ふーん、それで、解決できたのか?」

「うーん。 解決はできてないけど、一つの課題のほうはアドバイスを頂いて自分で考えている途中かな。 もう一方はちょっとわからない……」

 あの人は言った。 俺は妖怪や妖精や神様を信じていないと。 そんなことはない。……はず。 だってフランちゃんやレミリアちゃんは吸血鬼で紫さんも妖怪で、幽々子さんは亡霊だ。 うん、みんな俺と違った存在だと認識している。 けど……言われてみると俺はそこまで恐怖していたか? 鬼と会ったとき、全身の毛という毛が逆立った。 反射的に恐怖を感じた。 それは圧倒的なものを目の前にしての恐怖だったのは間違いない。 それじゃぁ……いまの俺は萃香に恐怖してるのか。 否、あののんべえ姿をみると、あの可愛らしい外見をみるとどうにも恐怖感は沸いてこない。

 自問自答していきづまる。 支離滅裂で意味不明な答えになってしまう。

「なるほどね〜。 彼方、ちょっと」

 項垂れた格好でいる俺の手を強引に掴み、外へと引っ張る魔理沙。 引っ張る逆の手には愛用の箒が持たれている。

「おっ、おい魔理沙! なにすんだよっ!?」

「い〜から、い〜から。 ちょっと乗ってみろよ」

 強引に箒へと跨がせる魔理沙。 魔理沙の力は、よろけて軸がぶれぶれな俺の体をいとも容易く箒へと誘導する。 

 俺が跨ったのを確認し、自分も箒へと跨りとんっと軽く地面を蹴った。

 たったそれだけのことで──

「おわっ!?」

「あ、こら! 箒の上で暴れるな! 落ちても知らないぞ!」

 たったそれだけのことで、箒は空中へと浮かび俺と魔理沙の体もまた空へと浮いた。

「お、おい魔理沙!? ちょっとどこ行くんだよ!?」

 俺を乗せた魔理沙の箒はどこかへ行くらしく、空を鳥のように走る。 右へ左へ後ろへ前へ。 まるで遊んでいるようにちぐはぐに移動する箒。 そのたびに反応する俺。 そんな俺をみて笑う魔理沙。 傍から見たらとても楽しそうにみえるだろう。 俺としては酔いそうできついのだが……。

「よっと……。 さー着いたぜ。 ほら、降りた降りた」

「やっとついたのか…ってここはどこだ?」

 30分ほど、微妙につらい空中散歩を楽しんだあと、魔理沙はとある場所へと降り立った。

 古めかしい一軒家の家である。 家の周りには小さい頃、母さんと出かけたときにみた置きものや、親父と指差して笑った置きものが鎮座していた。 ……その一つ一つに見覚えがあった。 とても懐かしい気分になり、同時にいまのいままで忘れていたことに気がついた。 まるで記憶喪失でもするかのように、すっかりとぽっかりと忘れている。 幻想入りした外の世界の道具というのはこうやって忘れ去られるのか。 誰からも気づかれることなく、その存在を消失させる。 自分自身がそうやって忘れていたから、きっと外の世界の人達もそうなんだろう。

「わたしの知り合いの店だよ。 流れ着いてくる外の世界のものを商品として売ったりしてるんだぜ。 それ以外にもわたしのミニ八卦炉をメンテしてくれたり霊夢の巫女服を売ったり製作したりしてるのもここの店主さ。 もっとも、霊夢はめっきりここを使う回数が減ったけどな、誰かさんが来たから。 って、聞けよ」

「外の世界の商品を扱っている……」

 無意識に俺の足は速くなる。 外の世界……ということはパソコンや携帯、ゲームや漫画もあるのかな? 鎮座している置きものを丁寧にどけて、人一人分が横に入れるスペースを入口に確保すると、ドアノブをまわし思いきって開けた。

「やあ、いらっしゃい。 おや、はじめてみる客だね」

 その人は椅子に座りながら読んでいた本から視線を外し、ちらりと俺をみた。 そして俺がはじめてみる客だと知ると読みかけの本にしおりを挟んでそっと横におき、にこやかな笑みとともに話しかけてきた。

「こんにちは、君ははじめてみる客だね。 僕は店主の森近霖之助。 君の名前は?」

「えっと……」

「不知火彼方だよ。 ほら、霊夢が引き取った外来人の」

 若干遅れて店の中へとはいった魔理沙が俺を指さしながら軽く説明する。

「ああ、君が彼方くんか。 話は色々と聞いているよ。 他の外来人の二人にね。 なるほどなるほど……、それでその彼方くんが今日はどうしたんだい? といっても、ここにくる理由なんて商品を買いたいってくらいしか思い浮かばないけどさ」

「というかわたしが勝手に連れてきた。 そんなわけで、こーりん後よろしく! わたしはアリスのとこ行ってくるぜ!」

 店の中を見渡し、めぼしいものをいくつか取りながらそのまま店を出ていく魔理沙。 普通に窃盗です。

「……えっと、豪快かつ大胆な窃盗ですね」

「僕も度肝を抜かれたよ……。 まあいいや、魔理沙のアレはいまにはじまったことじゃないしね。 それよりも折角来たんだ、店内を軽く見てみないかい?」

「あ、そうさせてもらいます」

 言われるがままに端から順にみていく。 コップにビー玉、携帯にパソコン、ゲーム機にサッカーゲーム、琥珀色のブレスレットに紅白の簪、少年バトル漫画に純愛少女漫画、ツマミ式テレビに黒電話、電子レンジに冷蔵庫、マットにベット、ティーカップにワイングラス、小さなものから大きなものまで多種多様なジャンルが一見無造作に、よくみると丁寧に店内には所狭しと置かれていた。 なるほど、べつに外の世界のものだけを扱うわけじゃないのか。 幻想郷でも普通に売っている商品だって扱っているんだな。

「ん? あれは……」

 店内の奥のそのまた奥、そこに立てかけられているものに彼方は目を奪われた。

「彼方くん、熱いお茶でよかったかな。 っと、どうしたんだい? ああ、あのマスケット銃をみているのか。 あれは危険物だから非売品として人の手に渡らないように大切に保管しておいてくれって頼まれてさ、安城さんとクリスさんに」

 銀色でコーティングされ、蛇のようにうねうねしている波が両側に刻み込まれているそのマスケットは、奥の照明を受けて鈍いながらも確かな輝きを放っていた。 英国のほうで歩兵の銃として使用されていたマスケット。 1.5mほどの長さがあり、銃剣もつけることができるので、接近戦もすることができる。 しかしながらマスケットはいかんせん命中率が悪いのである。 1000発撃って1発あたれば御の字。 そのため集団で囲むように近づいて発砲する。

「あー……なるほど。 安城さんと、た……クリスさんは俺よりも外の世界のことについて学がありますしね。 もしかしてお二人はよく此処で買い物を?」

「うん、結構な頻度で来るかな。 僕としても外の世界の話を沢山聞くことができるし、二人ともお酒が強くてさ。 よく三人で飲みにいったりもしてるよ」

「えっと……クリスさんになにかされませんでしたか?」

「ん? そうだねぇ……とくになにかされたとかはないかな。 ああ、クリスさんはボディタッチが多いかな。 といっても外の世界ではこれが普通らしいしね」

 それは本当に普通なんだろうか? 確かに外国の方はスキンシップとしてボディタッチをするらしいが……どうも橘さんは違う気がしてならない。

「そうそう、彼方くん。 あの二人は君の服もよく買いにきてるよ。 居候先が博麗神社だから、財政的に困難だろうと思ったのかね」

「あっ、……そういえば」

 仕事の帰り、たまに二人に会うときがある。 そんなとき、大抵持っている袋を俺に押し付けるけど、あれは俺のために自腹で買ってくれた服だったのか……。 いつも霊夢宛てだったので中身を見ることなく渡していたが。 自分達も決して豊ではないはずなのに……!

「お、俺! お二人にお礼言わないと!」

 テーブルを隔てて向かい合うように座っていたが、勢いよく立ち上がりドアに向かってそのまま踵を返そうとすると

「まあまあ、彼方くん。 これは僕達だけの秘密だったんだからさ。 このことが二人に知れたら僕が怒られるじゃないか」

 森近霖之助さんは踵を返した瞬間に、俺の手を掴み制止させる。

「それに折角お茶をいれたんだ。 飲んで行きなよ、僕も霊夢ほどじゃないけどよく淹れるから、自信はそこそこあるほうだよ」

 眼鏡を軽く押し上げてにっこりとほほ笑む。 色白の肌に、白い髪。 青の長ズボンに陰陽師に出てくるような魔法陣がかかれた服。 その風貌と合わせて隣に住んでいるちょっと個性的な大学生を思わせる。 

「えっと……それじゃ、森近さん頂きます」

「召し上がれ。 それと僕のことは名前で呼んでくれて構わないよ」

 霖之助さんはそう言うと、一旦奥へと下がりお茶菓子をもって戻ってきた。 人里の和菓子屋さんで売っているどらやきだ。 それを俺が取りやすいように中央より少し俺側に置く。 ……なんというか、そつがなく恰好いい。 その姿をみながら、お茶を飲み、どらやきを一個貰う俺。 ハムスターにでもなった気分である。

 お茶も半分ほど飲み、どらやきを消化したころふいに霖之助さんが話しかけてきた。

「ここの暮らしにはなれたかい、彼方くん。 此処は外の世界と勝手が違うらしいから苦労してるんじゃない?」

「暮らしにはなれたつもりです。 ……けど、この頃ちょっと思うところがありまして……」

「ふむ……。 それは僕が聞いても大丈夫な内容かい?」

 こくんと首を縦に振り、ゆっくりと喋る。

「とある人に言われました。 俺は妖怪を神を妖精を、心の奥底で信じていないって。 俺としては、ずっと信じているつもりでした。 スカーレット姉妹は吸血鬼で、チルノたちは妖精で、文は天狗で幽々子さんは亡霊で、アリスは魔法遣いで、萃香は鬼。 ちゃんとわかってるんです。 霊夢や魔理沙や咲夜みたいに人間じゃないことはわかってます。 けど、あの人は言ったんです。 “怖い怖いと言いながら、その実そこまで恐怖していない” “人間を捕食する側という前置きが抜けている” そう言ったんです。 そしてこうも言いました、“空を飛べないのは生身で空を飛ぶという行為を信じていないから”と。 俺はずっと“此処はそういう世界だからしょうがない”そう言い聞かせてきました。 外の世界とは違うけど、こんな世界があることも知ったんだと、そう思いました。 妖怪も神も妖精も、この世界にはいるんだ。 そう思って生活してきました。 けど、いまは……」

「わからない……ということかな?」

「……はい」

 チックタックチックタック……と、大きな古時計の音が店の中を支配する。 言い終わった俺はどこか胸の中がスッキリした気持ちになった。 外来人の二人に話したときと同じだ。

 ほどなくして、霖之助さんは俺を見つめたまま喋り出した。

「僕にはこの問題を解決することはできないかな、これは君自身の問題だと思うし。 しかしながら、彼方くんは恥をしのんで僕に話しをしてくれた事実はかわらない。 ここで君だけ話をして僕がなんの話もしないというのは不公平になるからね、現実で生きてきた君に面白い話を聞かせてあげよう」

「面白い……話?」

「そう、面白い話だよ。 いまは昔、この世は妖怪が堂々と跋扈していた世界だったんだよ。 いまでこそ、幻想郷という狭い世界で生活しているけどね。 そして妖精も妖怪と同じく生活していたんだよ。 その頃の人間はというと米を作ったり、野菜を作ったり、鹿を狩りにいったり、山の恵みを頂戴しにいったりしてた。 けどね、人間は妖怪を恐れていたんだ。 その頃は、幻想郷のように驚かせるくらいに留めていなくてさ、妖怪は当たり前のように人間を食べていた。 霊力が高い人や術者以外の人間は基本的に妖怪に敵うことがなかったから、人間は妖怪に抗うことができなかったんだよ」

「だったらいまの幻想郷はとてもいいところですね。 妖怪も人里の人間は襲わないし」

「うん、確かにそうだね。 妖怪は肉体的というよりも精神的な存在だから、人間は必要なので襲わないということだけどね。 人間が妖怪という存在を“いる”と思ってないと妖怪は生きていけないんだよ。 外の世界は科学の発達とともに、妖怪という自分たちとは違う存在、異なる存在を認めないスタンスになりつつあるから此処が妖怪の唯一の世界なのさ。 けどね、不思議はつねに横にある。 幻想郷はその不思議が外の世界よりすこし濃いだけで、外の世界と対して変わりないよ。 人里の人達が生きているのがその証拠さ。 不思議が目に見える形で存在している世界でも、人間は生活することができている」

 確かに、外の世界ではTV特集でそういった超常現象について組まれることがある。 そういったときは大抵早苗ちゃんが怒ってチャンネルをかえるのであまり見ていないが……霖之助さんの話が本当ならばいま現在俺達が座っている椅子には、元々妖怪が座っていたことになる。

「彼方くん、君はもしかしたらこんなことを思っていないかい? “僕はこの世界にいるんだから、妖怪が存在している──という事実を信じよう。認めよう。 それができないなら、せめて努力しよう” もしも、こう考えているのであればそれはとても失礼に値するから、止めたほうがいい考え方だよ」

「え……?」

 店の気温が一気に下がったような気がし、目の前で笑いながら話していた人の顔から目が離せなくなる。 

「いいかい? 妖怪は“当たり前”のようにそこに存在しているんだ。 外の世界にだって、いまなお存在している妖怪だって沢山いる。 外の世界にずっといた君には理解できないかもしれないけど。 道に小石を落ちていたとして、君はそれをいちいち気に留めるかい? うん、そうだよね。 僕も気にとめないよ。 それと同じことなのさ、妖怪や妖精の存在というのは。 存在して当たり前、なんだよ。 妖怪を特別視しようとしている君は既に妖怪たちに失礼なことをしようとしているのさ」

 妖精たちは言っていた。 『自然体ですかねー』と。 俺はずっと、“自分とは違うから”。 そうやってある種の線引きをしていたのかも知れない。 そうじゃないのかもしれない。 妖怪だからとか、妖精だからとか、そういった垣根を取り除くことが大事なのかもしれない。 “人間を捕食する側”の妖怪だけど、そんな人達と面白おかしく生活している。 それを分かった上で恐怖しないのならそれはそれでいい。 俺はそう思う。 いままでだって、こうしてきたんだ。 変にいまさら恐怖する……なんて器用なことできやしない。 この答えだって、俺がまだ妖怪らしい一面を見ていないからこそ、言えることではあるけれど。

「無理に信じ込もうと思わなくてもいいんだよ、そうやって信じ込もうとするほうが危険なんだから。 それよりも、もっと気楽に構えていればいいよ。 君にはまだまだ解決しなきゃいけない問題が山ほどあるだろう? まずはそれを一つ一つ解決していくこと。 この問題は“慣れ”だからさ。 君が幻想だと思っているものを現実にかえればいいだけの話なんだから」

 霖之助さんはそういった。 確かに俺には問題が山積みで横たわっている。 空を飛ぶこと、理想と現実の折り合い、いまだに張れていない弾幕、全てわかったわけじゃない能力
ざっと思い浮かんだだけでもこれほどあるのだ。 だったら、この世界で生活しながらこれを一つ一つ片づけているうちに、この問題はいつの間にか解決しているかもしれない。

 そんな馬鹿みたいな希望的観測

「ありがとうございます! ちょっとだけ楽になれました」

 何が解決したわけじゃない。 何も解決していない

「うん、また来なよ。 僕はいつでも待っているよ」

 これはただの問題の先送りであって、わからない問題を後に回しただけである

 妖怪の本当の姿を目にしたとき、そのときこそが彼にとって本当に妖怪をみたときなのである。

       ☆

 店を出た矢先、一人の少女が声をかけてきた。

「どうだった? 男同士での話しってのは?」

「おかげですごくためになったよ、ありがとな魔理沙」

 前方で木に背を預けたまま、知恵の輪をカチカチと外そうと努力している魔理沙にそう声をかけた。

「そーかい、それはよかった。 それじゃ、乗りな。 神社まで送ってやるよ」

 知恵の輪をポケットにいれて箒に跨りながら、後ろ手で箒を指さす魔理沙に甘える形で俺も跨る。

 行きと同じように箒は空へと羽ばたく。 

「なあ、魔理沙。 俺も魔理沙や霊夢のように空を自由に飛ぶことができるかな?」

 なんとなく、聞いてみる。

「ああ、飛べるさ。 彼方が諦めなければ、いずれ飛べると思うぜ。 だって、彼方は既に浮くことはできてるんだから、後は意識の問題さ」

 意識……ねえ。

「そっか……。 それじゃあさ、もしも──もしも俺が空を飛べるようになったら、そのときは二人で空のドライブにでも行かないか?」

 今日みたいに、この広い空を駆けまわってみたい。 誰かにおんぶされることなく、誰かに肩を貸してもらうのではなく、自分の力で。

 そう言うと、魔理沙からくっくっ!と引き笑いが聞こえてきた。

 限界に達したのか、声をあげて大笑いする魔理沙。

 なにがそんなに面白いんだ……! 飛べるって言ったのは魔理沙だろう!?

「いやーすまんすまん。 つい面白くて。 まあ、楽しみにしてるよ。 そしたら弾幕勝負だってしような」

「あ、それはちょっと……」

 視界には既に博麗神社がみえていた。 神社の中には霊夢がもう帰ってきていると思う。 霊夢には弾幕だって教えてもらっているし、空を飛ぶことまで教えてもらっているのに、この体たらく。 まずは弾幕を張れるようになろう。 単発とかじゃなくて、もっと沢山出せるように頑張ろう。 ゆっくりと神社へと降りていく感触を楽しみながら、離れていく空を見上げながら、俺は小さく頷いた。




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