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46.我、此処に在り



 永遠亭──幻想郷の危険地帯でありながら、幻想郷一の凄腕の医者がいる場所。 周りは一歩踏み込めば二度と帰ってこれない可能性が大である竹林に囲まれており、たどり着くことすら困難な場所である。

 そんな永遠亭の救護室とも呼べる場所で、白衣を着た八意永琳は目の前に立っている二人の少女に先ほど診断と手術を施した男の状態について答えた。

「生きているのが不思議なくらいよ。 内臓なんてほとんどヤバイ状況。 足なんて杖をもってないと歩けない状態。 上半身なんて無傷な所なんて一つもなかったわ。 そうねぇ……隣にいた鈴仙の顔が歪むくらいと教えれば酷さがわかるかしら? あと、あのお腹にあいた大きな穴。 ついこの前傘をお腹に刺してきたかと思えば、今度はなに刺してきたの? 彼の頭、一回診察したほうがいいかもしれないわよ?」

 そう言って、二人にカルテをよこす永琳。 それを二人は──博麗霊夢と霧雨魔理沙は受け取り内容を読む。

「これって……」

「書いてある通りよ。 ──不知火彼方は弾幕勝負はおろか一人での生活すら困難である。 いまはなんとか薬を使って体のほうを騙してる状況よ。 その薬もいつまでもつかわからないわね。 まったく……誰が彼をあそこまでしたのか。 決して死ぬほどの傷は与えず、されど死にほどの痛みは与える。 まるで憎しみをもって攻撃していたかのようだわ」

「そりゃな。 あちらさんは、彼方のことを随分嫌っていたようだし」

「あら、嫌っていたの?」

「ああ、そうだけど」

 魔理沙の言葉に永琳は

「なるほどね。 そう受け取ってくれたのなら、相手側も頑張ったかいがあったというものね」

 と、一人納得した。

「永琳、彼方は治るのよね?」

 魔理沙の隣でカルテを読んでいた霊夢が永琳に不安そうに聞く。

「完全に……とはいかないでしょうね。 ある程度治せることはできるけど、それも限界があるわ。 彼の体が耐えきれるかどうかが問題よね。 よくて6割の回復ってとこかしら。 それに──体を治したところで精神のほうはなんともならないわ」

「……え?」

「まあこれは見た方が早いと思うけど……あの子、精神的に参ってるわね。 いまは鈴仙が付きっきりで話し相手になってるけど……ダメみたい。 返事は『うん』とか『そうだね』 くらいで、自分からは何一つ話そうとしない。 お手上げだわ、彼がここまで精神的にヤられる相手とはね。 実際のところ、どうなのかしら? 私は相手を見ていないから判断しようがないのだけど」

「まぁ……なかなかに手強い相手だとは思うよ? 仮にも神様らしいしさ。 なぁ霊夢?」

「ええ、そうね。 すぐに片付けてあげるわよ」

 魔理沙の言葉に霊夢は強気の発言をして、カルテを永琳に返す。 そして部屋を出て行こうとする。

「ねえ永琳。 彼方はいまどこにいるのかしら?」

「それなら──」

 彼方の居場所を聞くと、永琳に軽く礼を言い部屋を出て行った。

「さって……私はどうしようかねー」

「あら? 霊夢と一緒に異変を解決しに行く予定じゃないの?」

「いや……今回は霊夢に任せるさ。 流石にあの状態の霊夢から勝負権を奪うなんてマネできないよ……」

 あははは……、と頬を掻きながら答える魔理沙に

「そうかしら? 霊夢の出番を取る人物に心当たりあるわよ」

「え!? あの霊夢からか!? ちょっと教えてくれよ!」

「ふふふ、秘密」

 永琳は怪しく楽しそうに笑いながら、魔理沙の詰問を躱すのであった。

            ☆

 永遠亭の縁側でブレザー姿のウサミミ女の子、鈴仙・優曇華院・イナバは隣にいる男の子に声をかけていた。

「ね、ねぇ? なにか遊ばない? ほ、ほらお手玉とかしようよ!」

「……うん」

「あッ お手玉するの!? それじゃ私持ってくるね!」

 隣にいた男の子に、「ちょっとまってて!」そういってお手玉を取りに行くためにこの場を後にする。

「……」

 男の名前は不知火彼方。 外の世界で生まれ、外の世界で日々を過ごし、偶然、幻想郷という地に訪れた男である。 能力こそ持っているものの、その能力を使いこなすことができず、毎日毎日生傷の絶えない生活を送っていた。 幻想郷に来てからは、『楽園の素敵な巫女』こと博麗霊夢の保護により博麗神社で生活していた。

 幼馴染との約束を頑なに守ろうとした男であり、それによって大事な幼馴染すら笑顔にできなかった男である。

 そしてその男はいまや、生気すら感じられない目で、思考すらすることなく、ただぼんやりと眼前の竹林をみていた。

 足は杖がないと歩けないほどの重症で、内臓はそのほとんどが危険な状態。 八意永琳の薬がなければ、今頃はベットの中にいるであろうほどだ。 服を着ている現在はわからないが、その上半身も見るに堪えないほどの傷が多々ある。 そして顔には大きな痣が此処にいるんだぞ! と主張しているように存在している。

 痛々しいものであった。

「…………」

 そんな彼方の後ろから、博麗霊夢が声をかける。

「隣、いいかしら?」

「……うん」

「それじゃ、失礼するわね」

 ストンと彼方の隣に腰をおろす霊夢。 隣にいる彼方はそんな霊夢を一瞥もしない。

「ねぇ彼方。 ……どうしたの? 元気ないわよ?」

 優しく彼方の顔を覗き込みながら聞く霊夢に、

「……そうだね……元気なんてあるわけないさ……」

 彼方は小さく呟いた。

「……ねぇ霊夢……? 霊夢は……あの人と戦うんだよね……?」

「ええそうよ。 既に異変として認知したのだから、明日にでも行くわ。 大丈夫、彼方を苛めた相手はキッチリ倒してあげるから安心していいのよ? それよりも、あなたは自分の体のことを気にしなさい。 永琳から聞いたわ。 一人では生活できないほどの重症じゃないの」

「……うん……弾幕もできないみたいだね……。 ごめんね霊夢……せっかく教えてくれたのに……俺もう弾幕ごっこできないみたいなんだよ……」

「彼方……」

「フランちゃんと遊ぶ約束もどうしようか……ああ、パチュリーにも申し訳ないことしたな……。 美鈴との訓練だってこれからできないなぁ……」

 喋る彼方の顔は、無表情で悲しそうではなかった。 それが逆に不気味であり、霊夢はついつい聞いてしまう。

「悔しく……ないの? こんなにされて、あんなにされて、否定されて──悔しくないの?」

「悔しい……? なにを悔しがることがあるんだ……?」

「──ッ! 彼方、アンタおかしいよ! いつもの彼方なら分かり合うまで話そうとするじゃない。 弾幕勝負だってするじゃない! 無茶で無謀だろうと、後先考えずに行動するじゃない! そんな体になったからって諦めるの!? みんなを笑顔にするんじゃなかったの!」

 博麗霊夢の言っていることは、客観的にみればめちゃくちゃの言い分である。 体が壊れた相手に、頑張って動け! と言っているのだから。 しかしそれでも、そんな無茶を──不知火彼方はずっと続けてきたのだ。

 しかしそんな男の面影も──

「……無茶……いうなよ……。 幼馴染一人笑顔にできない俺が……長年傍にいてくれた一人、笑顔にできない俺が……みんなを幸せにする……? そんなことできるわけないよ……無理だよ……」

 そんな男の面影もいまは見る影すらなかった。

 そこにいたのは、愚直なまでに一心に前を歩いていた男の残骸であった。

 霊夢は言葉を失う。 彼方をここまでにした八坂神奈子にではなく、ここまで落ちぶれた不知火彼方に言葉を失う。

「そう……。 それなら……しょうがないわね。 彼方……あのね? ──もう博麗神社の敷居、踏まなくていいわよ」

「私はね、ずっとまっすぐに行動する貴方を応援したかったわ。 無茶だと笑われても無謀だとわかっていても、それを実現させようと頑張っていたあなたを素敵だと思っていたわ。 あなたはいつも猪突猛進で、私を困らせて心配させて、そのたびにその笑顔で誤魔化して──その笑顔に誤魔化されるのも、悪い気はしなかった。 私からみたら、そういった想いを持ち続けていたあなたは──素敵だったのよ。 だから私はあなたを一番間近で応援したかった。 魅力的だったのよ。 けど、いまのあなたからは──何も感じないわ。 想いもなく、応援しようというやる気にさえならない。 私を困らせることも、心配させることもなくなった。 率直にいうと、いまのあなたからは──魅力を何も感じないわ」

 ずっと、ずっと、博麗霊夢は後ろから、不知火彼方を見続けていた。 よろめく彼方の背中をわたわたと心配しながら、後ろから背中を支えようとしてずっと見ていた。 東風谷早苗が外の世界の不知火彼方を知っているのなら、博麗霊夢は幻想郷での不知火彼方を知っている。 一番知っている。 そんな博麗霊夢が不知火彼方を突き放した、それが意味することは簡単なことである。

 不知火彼方という存在が、どうしようもなく意味をなさなくなったのだ。

 道に転がる石のように、水面に浮かぶ葉のように、いてもいなくてもいい存在に変わってしまったのだ。

 魅力がなくなる──ということはどうでもいい存在に成り下がってしまうこと。

 不知火彼方は、そんな存在に成り下がってしまったのだ。

 そんな屈辱的なことを言われても不知火彼方は、

「そっか……それじゃ……家を探さないとなぁ……」

 と、何も感じなかった。

「それじゃ……私はもういくね? ありがと、彼方。 あなたとの生活は楽しかったよ。 さようなら、彼方。 もう会うことはないだろうけど、元気でね」

 それだけ口にして、霊夢は立ち上がる。そのまま彼方のほうを振り向くことなく縁側から姿を消す──直前で、鈴仙とばったり会った。

「彼方をよろしくね、鈴仙。 一人じゃ生活できないみたいだから、此処でリハビリでもさせて頂戴」

「へ? え? あの……いったいなんの話──」

「それじゃ頼んだわよ」

 鈴仙の肩を叩いて、手を振る霊夢。

 鈴仙はそれを茫然と見送った後、彼方のほうに目を向けた。

「いいの……?」

「……しょうがないよ」

 鈴仙に短く返した彼方。

 それから、彼方は鈴仙とずっと一緒にいた。 夕飯は特別なものを作ってもらい、体をタオルで拭いてもらい、一緒に寝てもらった。 その間、一人ではロクにトイレにすらいけないのが情けないのか、彼方はずっと浮かない顔をしていた。

                ☆

 深夜、部屋で東風谷早苗は一人で机の上で手紙を書いていた。 階下では、八坂神奈子と守矢諏訪子が話し合っていることであろう。 つい先ほどまで、自分もその会話に参加していたのだからわかる。

 既に手紙の枚数は2枚目に突入していた。 それほど多くの文字を書いているわけではないのだが、なんとなく気分的に1枚に全てを収めたくなかったというのは心情だろう。

「……みんなを笑顔にする……か」

 東風谷早苗の脳裏に浮かぶのは、幼なき日に初めて出会ったときに交わした約束。 鳥居の下で、階段に座って泣いていた一人の男の子。 その男が泣き止むように交わした約束を、その男の子はずっと此処で守ってきたのだ。

 脳裏に浮かぶのは、八坂神奈子によって戦意喪失にまで追い込められていた幼馴染の姿。 なんとも痛々しく、見ているだけで涙がこぼれた。 それでも東風谷早苗は止めることができなかった。 守矢諏訪子に腕を掴まれていたから。

「いや……違う。 あのとき、もし諏訪子さまが腕を掴んでいなくても──」

「『私はきっと止めることができなかっただろう』 だろ? 彼方クンの幼馴染である東風谷早苗さん」

「あ、あなたはっ!?」

「やあ、二度目の再会だね。 いやはや、僕としても君と会いたくはなかったさ。 ほら、僕と君が会うと色々と厄介なことが起きるんだよね。 まあ、それはそうと君も大変だねぇ、東風谷早苗さん。 ──ずっとみていたよ。 君と彼方クンが再会してからね」

「ずっと……ですか……?」

「ああ、ずっとみていたさ。 君と彼方クンのイライラするほどのラブコメっぷりも、彼方クンが八坂神奈子だっけ? ああ、あってるね。 彼方クンが八坂神奈子にボコボコにされる様子もずっとみていたよ。 いやぁ、それにしても君も大変だね。 片や大好きな幼馴染、片や大切な家族。 そりゃ下手に動けるわけないよね。 八坂神奈子にしたって、自分のために動いてくれたのだし、不知火彼方にしたって君と交わした約束を果たそうと此処で頑張っていたみたいだしね。 そうだねぇ、彼方クンLOVEの僕としては八坂神奈子は少しやりすぎだと思うね。 いくら死なないように加減したからといって、ありゃダメだよ。 あんなもん喰らったら壊れちまうさ。 色々と本人が知らない間に意外とかなり強化されている彼方クンだからこそ死なずに済んだものさ」

 東風谷早苗の後ろに突然現れた一人の女の子。 新宮妲己。 新宮は早苗が振り向くのを確認すると、饒舌にベラベラと自分が見てきたものと、それに対しての個人的な想いを早苗に向かってしゃべりだした。 まさにその口の速さはマシンガントークである。

「それにさ、困るんだよね。 いま彼に死んでもらうと、後釜がいなくなっちゃうわけよ。 それはほんと困る。 いまさら主役交代とかありえねえよ。 ──っと、話が逸れちゃってたね。 そもそも僕が何故君に会いにきたかというとだね、コレを届けにきたのさ」

 ポイと新宮はとあるものを早苗に向かって放り投げた。 放物線を描くように投げられた物体は綺麗に早苗が広げている両手に落ちた。

「これは……?」

「中身をみてみなよ。 気持ち悪い文章が並んでるからさ」

 顎で開くように促す新宮に疑問を覚えながらも、早苗は物体──日記のページをめくる。

 ○月△日 天気(晴れ)

 今日は寺子屋で子どもたちに勉強を教えました。 学校では教わる立場だったけど、そんな俺もこちらでは教える側として立ってます。 慣れない教壇にも随分と慣れてきました。 みんな素直で可愛い子どもたちばかりです。 数学の時間なんか、『指の数が足りないから先生の指かして〜!』 と言ってくる子どももいます。 漢字のテストのときは、カンニングしようとする奴が毎回いて困ったりもしています。 慧音さんだとそんなこと起こらないから……やっぱり俺の能力が足りないのかな? と、反省しています。 人に教えるということは難しいことですね。 外の世界では学校の勉強をよく早苗ちゃんに教えてもらいましたね。 こうやって教える側になって初めてわかったのですが、早苗ちゃんってやっぱり凄いな〜、と感じました。 ──っと、どうやら霊夢が呼んでるみたいなので今日はここらへんで終わろうと思います。 いつか、早苗ちゃんや母さんに霊夢や皆のことを紹介できたらいいな。 そして、霊夢たちにも早苗ちゃんを紹介できたらいいな。

                           不知火彼方

「これって……」

「面白いだろ? 届くはずのない手紙を、届くはずのない想いを、彼はずっと書き綴っていたんだよ。 言の葉に乗せるのもいいけど、それよりも彼は文字に乗せて残すことを選んだみたいだね。 いつか君と会えることを願って、いつか君と会えることを想って」

 何回も何回も何回も何回も

 東風谷早苗はページをめくる

 1ページ 2ページ 3ページ 4ページ 5ページ 6ページ 7ページ 8ページ 9ページ 10ページ 11ページ 12ページ 13ページ 14ページ 15ページ 16ページ 17ページ 18ページ 19ページ 20ページ

 めくり続ける

 そこに書いてあるのは、ただの日記であった。

 なにも変哲のない日記であった。 一人の男が書いた日記であった。

 だけれでも、それでも、けれども、そこには、確かに想いが綴られていた。 想いが込められていた。

 不知火彼方という少年の想いが、東風谷早苗という少女に対して、溢れんばかり込められていた。

「変わってるよね。 こんなこと書いても意味ないのに。 こんなこと書いてて届かなければ無効なのに。 けど、僕はそういうの嫌いじゃないぜ。 君は──どうなんだい?」

 問う新宮の先には──

「はい! 素敵だと思いますよ。 一つ一つに想いが込められています。 読むと心が温かくなります。 やっぱり、彼方ちゃんは素敵な人です」

 新宮の先には、泣きながら、それでも笑顔の早苗がいた。 日記を抱きしめながら、ノートを大切そうに持ちながら笑顔を浮かべている早苗がいた。

「そうだね、彼は素敵な人だ。 ところで、その素敵な人がいま人間として壊れかけているのを君は知っているかい?」

「…………え?」

 早苗の顔が曇る。 新宮はそれを確認し、

「ふむ……。 やっぱり知らなかったみたいだね。 ま、どうでもいいことなんだけど、いや、どうでもよくないことなんだけど。 とりあえず、幼馴染である君には説明するべきかなと思ってさ。 あの腋巫女さんにも追い出されたみたいだしね。 といっても、それによって密かにチャンス到来! と喜んでいる月兎さんもいるわけだけどね。 いやはや、女の子って怖いね。 まあ、僕がそれを君に渡したのも遺留品といった意味があるかな。 やはりそれは君が持っているべきだと個人的に思うからね」

 それだけ言って、窓を開ける。

「よっと。 それじゃこれから僕はいかないといけないところがあるからお暇するよ。 まあ、なんだ。 君はショックを受けるかもしれないから今度一切、彼と会わないほうがいいかもね。 ──それじゃおやすみなさい、明日の弾幕戦楽しみにしているよ」

 足をかけ、早苗の部屋から飛び去る瞬間──

「ま、まってください!」

 そう後ろから声をかけられた。

「……なんだい?」

「あ、あの……あなたは彼方ちゃんの所に行くんですよね? でしたらこの手紙を彼に渡してください。 それと伝えてください。 『いつまでも、あなたのことは忘れません』 っと」

「……はぁ、まさかこの僕が配達員をすることになるとはね。 だけどまあ、引き受けてやるよ、いまの僕はいうなれば司会進行役。 君と彼の華僑になるのも大賛成さ。 頼まれてあげるよ、その役目」

 頭をボリボリ掻きながら、新宮は早苗の手紙を受け取った。

                ☆

 朝、チュンチュンと雀の会話が聞こえてくる。

「んっ……もう朝なんだ」

 パジャマに身を包んだ鈴仙は、目をこすりながら襖から差し込んでくる朝の光を受け覚醒する。 昨夜は彼方のお守り役として彼方を自分の部屋に連れ込んだ鈴仙。 別段なにもするわけではなかったが、予想外の近さに夜遅くまで起きていたことは決して秘密である。

「昨日は空気が重かったわね……。 けどまあ……ちょっとだけ得したかも」

 頬の緩みを隠すことなく、鈴仙はその当人である人物を呼ぶ。

「彼方、朝だよ。 早く起きないと──え?」

 横で寝ていたであろう男、不知火彼方だと思っていた物体を揺り動かしていた鈴仙は掛布団から少しだけのぞく枕に目を奪われた。 というか唖然としていた。

「え? ちょっ え? なんでいなくなってるの? まさか一人でトイレに行ったとか? いや、でもそれは流石に無理があるし。 だとしたら……どこにいったの?」

 手当たり次第彼方の行きそうな所を並べては自分で否定する鈴仙。

 30分後──

「いや、でもあの場所は怪我をしてる彼方には──」

「あら鈴仙。 起きていたの? 朝食に一向に現れないから、彼の付き添いで出て行ったのかと思っていたのに」

「……へ? お師匠さま?」

「あ、お師匠さまー。 彼方を送ってきましたよ。 にしても大丈夫なんですかねぇ。 ふらふらもいいところでしたよ。 というか、こっちが手をかさないと満足に歩くことすらできない状態でしたよ? やっぱり永遠亭で預かってたほうがいいんじゃなかったですか?」

「いいのよ、これで。 ふふっ お疲れ様。 あとでおいしい人参料理を作ってあげるわね」

「やりー!」

 鈴仙の目の前で行われていく誰かを竹林の外へ案内したという情報

 竹林の案内人であるてゐが誰かを外まで送るのは問題ではない。 しかしながらこの状況に至っては、その送り出したことが鈴仙にとっては問題になってくるのだ。

「ねぇ、てゐ?」

「あ、鈴仙。 なんだ起きてたんだ。 もう朝食ないよ?」

「ねぇ、誰を竹林の外に送り出したの?」

「え? 彼方だけど」

「なんでそんなことするの!? あいつは重症も重症なんでしょ!?」

「いや、でもあいつが外出したいって言ったし。 お師匠さまのOKだしたしさ。 ねぇ、お師匠さま」

「ええそうよ。 まだ生気がないけど、とりあえず軽く話せるようになっただけでも進歩よね。 あとはこれからどうやって彼の心を治していくのか、が争点になってくるわね」

「で、でもでも危ないですよ!?」

「まあ、そのときはそのときということで。 大丈夫、なんとかなるわよ」

「というか、鈴仙やけに熱くなってるね。 ま さ か 」

「──ッ!? ん、んなわけないでしょ!? あんな奴、さっさと死ねば……いいのに……」

 尻すぼみになっていく彼女の言葉に、永琳とてゐはやれやれと首を振り、

「ああ、うどんげ。 可愛い……」

 そう永琳は抱きしめるのであった。

                ☆

 竹林を抜けた先の大きな切り株に、不知火彼方は座っていた。 杖を立てかけたまま、俯きながらじっと地面を見つめていた。 朝方、ふと目が覚めた彼方は永琳に外出したいと申し出たところ、それを永琳は快く快諾してゐに竹林の外まで案内させたのだ。 そしててゐに手を借りながら竹林の外まで出た彼方は疲れからなのか、歩くことすらもきつくなりこうして切り株の上に座っているのだ。

 不知火彼方の脳裏に浮かぶのは、八坂神奈子との勝負ではなく東風谷早苗の泣きそうな笑顔だった。 いまにも涙が零れそうで、実際に涙を零しながら、八坂神奈子を止めながらそれでも自分に声をかけてくれた幼馴染の姿だった。

「弱い奴は切り株に座るのがテンプレにでもなっているのかな? いいのかい、そんな体で外出なんてしちゃってさ」

 彼方の背中に若い女の子の声があたる。

「おはよう、彼方クン。 今頃博麗霊夢は守矢神社にいると思うけど……キミはいかなくていいのかい?」

「やぁ……新宮……。 俺はいいよ……俺なんかいっても意味ないし……第一こんな体じゃいけないし……」

「体のせいにするなよ──臆病者」

 自嘲気味に自分の体を叩きながら行けないことを示す彼方に、新宮はそう切り捨てた。

「キミは体が万全であったとしてもいかないつもりだろう。 それを体のせいにして、悲劇の主人公気取ってんじゃねえよ。 彼方クン、いまのキミはみていて痛々しいよ。 もう存在自体が痛々しい。 なんでこんなキミのために、東風谷早苗は遅くまで手紙を書いたのか理解に苦しむよ」

 新宮は彼方の頭に向かって手紙を放り投げる。 ポスっと頭の上に乗っかる手紙の感触に気付いた彼方はひどくゆっくりとした動作でその手紙を受け取り、その書いた人物に驚く。

「早苗……ちゃん……?」

「ああそうだよ。 キミのためにわざわざ書いたんだとさ。 まったく……泣けてくるねぇ」

 涙を拭う振りをして、笑いながら彼方を促す。

「読んでみなよ、東風谷早苗が一生懸命かいた、キミに送る最後の手紙さ」

 可愛らしく止められた手紙をあけ、そこから2枚の紙をだし読んでいく。

 不知火彼方さんへ

ずっと会いたかったあなたに会えて嬉しく思います。 外の世界でいきなり行方不明になり、そこから警察の方々と一緒にずっとずっと探してきましたが、一向に見つかる気配すらなく、心の中ではほんのちょっとだけ諦めた時期もあります。 そんなときです。 あなたから手紙をもらったのは。 ずっとずっと待っていました。 けれども、あなたの手紙は不明瞭な所が多すぎて私をもっと困惑させ心配させることとなりました。 それでも、あなたが無事だというたった一つの、揺るぎない事実が確認できてよかったです。 そして無事を確認できた私には一つだけやりたいことができました。

 あなたに会いたい

 それが私のやりたいことでした。 あなたとお話ししたかったです。 あなたと遊びたかったです。 あなたと同じような想いは私もずっと持っていました。 だからこそ、幻想郷の人里であなたに会えたときは嬉しかったです。 笑顔になりました、涙も出てきそうでした。 道中、色々なことを聞きましたね。 霊夢さんのことや、フランちゃんのこと、紅魔館と呼ばれる方々のお話しも聞きました。 けど私には、それよりも気になることがありました。 それはあなたが私との幼き日に交わした約束をいまも実現しようとしていることです。

 正直なところ、とても嬉しかったです。 あの約束を覚えていてくれて、あの約束を叶えようと頑張っていてくれて、とっても嬉しかったです。

 けれども──それがあなたを苦しめたというのなら話は別になってきます。

 私と交わした約束によって、あなたが雁字搦めで捕われているというのなら

 私と交わした約束によって、自分よりも他人を優先するというのなら

 私と交わした約束によって、あなたが傷つき怪我をするというのなら

 ──私との約束はなかったことにしましょう

 ずっと約束を守ってきたあなたには酷なことかもしれません。 これを読んでいるあなたから見たら、私はヒドイ女かもしれません。 それでもいいです。 甘んじて受け入れましょう。 甘んじて受け止めましょう。

 私はずっとあなたの笑顔が見たいのです。

 私との約束によって、あなたの笑顔が見れなくなるというのなら、あんな約束消してしまったほうが楽です。

 これからは、私との約束に縛られることなく生きてください。

 私もずっと、風となりあなたの傍に居続けますから

                            東風谷早苗

「彼方クン。 キミは間違っている。 道というものは、自分の手で創っていくものなんだよ。 設計は自らの手で行うものなんだよ。 舵取りは自分でしなきゃダメなんだよ。 目標は自分で決めなきゃいけないんだよ。 いいかい、確かに人間は一人では何もできない。 だからこそ、誰かの手を借りるものだ。 けどね、それはあくまで借りるだけであって譲ることではないんだよ。 あくまでサポートでしかないんだよ。 それをキミは長年、東風谷早苗に任せてきた。 それじゃダメなんだ、それじゃ意味がないんだ、それじゃキミはただの人形でしかないんだよ。 その道を歩くのは他ならぬキミ自身だ。 そのキミの道を、誰かに創ってもらっちゃダメなんだよ。 自分で創った道だからこそ、その道に価値が出てくるんだよ。 その道が例え、畦道でも獣道でも茨の道でも修羅の道でも構わない。 自分の手で創る道に意味があるんだよ」

「自分の手で……道を創る……」

「ああそうさ。 キミ自身の手で道を創るんだ」

「けどさ……もしも……その道の中に八坂神奈子に勝ちたいって願いがはいってたら……どうするんだよ」

「いいじゃないか、素敵な願いじゃないか。 キミの行く道の途中に、八坂神奈子がいるのなら倒せばいいじゃないか。 “勝ちたい”という想いはなによりも大切なことであり、切っては切れない想いだよ。 いいかい? どんな最弱の妖怪でも どんな最弱な人間でも どんな最弱な妖精でも 落ちこぼれでも クズでも ゴミでも みんな心の奥底では、“勝ちたい”と願っているんだよ。 キミも願っているんだろ? キミも想っているんだろう? だったら、それを否定するようなマネはやめてくれ。 ──大切な自分の想いを否定するようなマネだけはやめてくれ」

 彼方はグシャリと手紙を握りつぶす。 手は震え、いまにも皮膚が裂きそうなほど力強く拳を握りしめる。

「劣等感を抱えていた……羨ましかった……。 空を自由に飛べる皆が、弾幕を綺麗に鮮やかに放つことができる皆が、うらやましかった……。 地上でいつまでも這いずる俺にとってはうらやましかった……」

 彼方はぽつりぽつりと呟きだした。 自分の想いを呟きだした。

「けれども、それでも俺は早苗ちゃんの約束があるおかげで生活することができた。 そんな皆の中に混じって生活することができた。 フランちゃんとの弾幕だって、レティさんとの弾幕だって、鈴仙との弾幕だって、俺はその約束があったから頑張ってこれたんだ……」

「けれどもさ、実際に早苗ちゃんにあって神奈子さんに会って、俺は間違っていたことに気が付いた。 結局、早苗ちゃんを喜ばせるつもりが、泣かせることになってしまったんだよ……」

「そうだね、キミは泣かせてしまったね」

「うん……。 神奈子さんと勝負して、何もかもボロボロの中、俺の中に一つの想いだけがあったんだ……。 願っちゃいけないのに、想っちゃいけないのに……」

「……その想いをよければ聞かせてくれるかい?」

 問う新宮に彼方は答える。

「“八坂神奈子に勝ちたい”って想ってしまったんだ。 ははっ、おかしいだろ? 俺が勝てるわけないのに、そんなこと想っちゃいけないのに。 第一、力量差がありすぎる。 それでも……勝ちたいって想ったんだ……。 なぁ、新宮? 俺がそんなこと願うのはおかしなことなのかな? 俺は想っちゃいけないのかな?」

「そんなことはないさ。 “勝ちたい”という願いは生物が許された権利だ。 平等に等しく存在する。 むしろキミの願いは正しいと思うよ」

「そっか……そうなのかな……。 それじゃあさ、言っていいかな? この想い、声に出していいかな?」

「ああ、言っちゃいな。 いまこの場にいるのは|創作《ぼくたち》だけだ。 どんなことを言っても大丈夫さ」

 彼方はよろめきながらも、杖を手に新宮のほうに向き、真剣な表情で真剣な口調でこう答えた。

「──八坂神奈子に勝ちたい──。 空を飛べなくても、弾幕を張れなくても、ボロボロの状態でも、人間でも、外の世界の人物でも、 空を飛べて、弾幕を張れる、幻想の世界の神様に勝ちたい そして、早苗ちゃんに伝えたい」

 彼方の答えに、新宮はニヤリと笑った。

「彼方クン、人生の先輩である僕がキミに一つだけいいことを教えてあげよう。 世界は“主人公”と“主人公意外の脇役キャラ”で形作られている。 主人公とは野球で例えるなら、ポジションだよ。 ピッチャーは、どんな場所に守備を変更してもピッチャーだという事実は変わらないだろ? だから主人公は一人しかいないんだよ。 けどね、“主役”は違うんだ。 主役は誰にでもなれるものなんだ。 最弱だろうが最強だろうが凡才だろうが天才だろうが、誰にでも“主役”になる権利はもっているんだよ。 野球で例えるなら打席だよ。 ポジションがライトの奴でも、ベンチの奴でも、打とうと思えば回ってくる。 それが“主役”というものなのさ。 いいかい、彼方クン。 キミは主人公にはなれないけど、主役にはなれるんだ。 9回裏の2アウト 一打サヨナラの場面でキミに打順は回ってきた」

 そうして新宮は彼方を抱きしめた。

「キミに力を貸すことはできないけど、|逆転《かえす》ことはできる。 これでボロボロの状態で負けて『ハンデがあったから』なんて言い訳は通用しないぜ?」

 彼方を抱きしめた新宮がそっと体を離すと──彼方の体はすっかり元通りに戻っていた。 八坂神奈子と戦う前の状態に戻っていた。 それどころか、守矢神社に落としていた装飾銃までも手の中に戻っていたのだ。

「きっちり決めてこいよ彼方クン」

「ああ──当然だ。 もう迷わないよ」

 杖を捨て、妖怪の山に──守矢神社までの道を歩みはじめる彼方。 その足取りはしっかりとしていて、もう鈴仙の傍にいなければトイレにもいけない男の姿などどこにもなかった。 そこには、神に挑む男の姿しかなかった。

 やがて彼方の姿は見えなくなる。 残されたのは新宮妲己ただ一人。

 その新宮は後ろを振り向き、虚空に向かって声をかけた。

「でてきなよ、僕と彼の会話を盗み聞きするなんて姑息な手を使うね。 スキマの妖怪さん」

「いえ、そのようなお姿になられてまで彼に近づくあなたほどではございませんよ」

 新宮が声をかけた空間が裂け、ぎょろつく目玉の空間から出でたるは幻想郷の管理者である八雲紫であった。 新宮は肩をすくめながら、

「おいおい……僕はただの妖怪さんだよ? 何故そこまで言われないといけないのかな?」

 と、紫に対して実にフレンドリーに話しかける。

 しかし八雲紫は真剣な表情を崩さぬまま、言った。

「あなたさまが妖怪? ふっ、それは御冗談が過ぎますわよ。 原点にして頂点の存在。 敵う者などいない存在。 それがあなた様です──龍神様」

 新宮妲己はうすら笑う。 凍えるような笑みで紫を見つめる。 まるでクイズ番組で正解した子どもをみつめるようなそんな優しい笑みで見つめる。

「あまりキャラは壊したくないんだけどね……。 ──我に何用か? 八雲紫よ」

 空気がかわった瞬間であった

                ☆

 守矢神社では博麗霊夢と八坂神奈子が弾幕勝負を──していなかった。

 正確には、八坂神奈子のほうは準備万端でいますぐに始めることができる状態に対して、博麗霊夢は神社の鳥居に背中を預けて腕を組んでいる状態であった。 はっきりいうと、第三者から見れば博麗霊夢に戦意は無さそうにも見えた。

 そのことは八坂神奈子にも伝わっているようで、だからこそ神奈子はイライラしていたのだ。

「おい、なにをしている。 私を倒すのでなかったのか?」

 イライラが頂点に達したのか、神奈子が霊夢に問う。

「そうね……あなた程度、いくらでも倒すことができるわ。 だから、いますぐに倒さなくてもいいの。 泣かせるまで負かしてあげるわよ。 ただまあ……あと3分くらい待ってましょうか」

「は?」

 それきり博麗霊夢は喋ろうとしない。 ただただ背を預け、腕を組んで、誰かを待っているようであった。 そう──博麗霊夢は待っているのだ。 待ち人が来るのをずっと待っているのだ。 理想が壊れ、人間としても壊れた人物をまっていたのだ。 来る保障なんてどこにもない。 むしろ来ない可能性のほうが高いにも関わらず、ずっと待ち続けているのだ。

 ──不知火彼方をまっているのだ

 東風谷早苗が外の世界の不知火彼方を一番知っているのだとすれば、博麗霊夢は幻想郷の不知火彼方を一番知っている存在である。

 その博麗霊夢が不知火彼方は来ると予想した。

 楽園の素敵な巫女に期待された。

 やがて遠くのほうで、天狗たちが誰かを止める声と射命丸文が誰かを応援する声が聞こえてきた。

 その声は徐々に大きくなり、その足音は徐々に大きくなり、そのシルエットは徐々に大きくなった。

 守矢神社の鳥居の前に一人の男が姿を現した。

 手には装飾銃を、背には炎を、胸には想いを

 不知火彼方の登場であった。

 博麗霊夢はその男の登場に、口角を吊り上げる。

「遅かったわね。 あと数秒で開始するところだったわよ」

「ははっ、それはごめんな。 けど──もう大丈夫だよ。 俺も、自分の道見つけたから」

「そう。 それじゃ──」

 ふいに片手を上げる霊夢。 それに応えるようにして彼方も片手を上げる。

「全力でやりなさい。 後悔なんてしないようにね」

「ああ、行ってくる」

 手と手が重なり乾いた音が辺りを支配する。 俗にいうハイタッチ。 選手交代のお知らせだ。

「待たせたな、神奈子さん。 そして早苗ちゃん。 俺、早苗ちゃんにも伝えなきゃいけないことがあるんだ」

 早苗のほうに振り向く彼方。

「はい……まってますね」

 早苗は涙をためながら何度も何度も頷く。

 そして彼方は敵に目を向ける。 自分が越えなければならない相手。 想いを全力でぶつける相手。 もう迷わない、迷うことなどありはしない。

 ──自分の手で創った道だから

「不知火家が長男、不知火彼方。 ──想い 貫かせていただきます」

 八坂神奈子がニヤリと笑う。 成長した子どもを楽しみながら見ている風に笑う。

 そして始まる弾幕勝負

 人間が神に挑む下剋上

 羽ばたきかたを忘れた鳥が、大空に舞う瞬間であった──




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