47.羽ばたく翼
妖怪の山──そこは幻想郷においても組織という珍しいものを生活に加えている天狗たちのテリトリーである。 例には及ばず、その危険度は幻想郷でも指折り数えですぐにくるほどだ。 明確なテリトリーを示す天狗たちは、外敵からの侵入を防ぎ、ときには殺し、そうやって長年山を根城としてきた。
そんな妖怪の山の頂上に、大きな神社がつい先日やってきた。 大きく澄み切った湖と、神聖な空気を醸し出す聖域。 その名も守矢神社。 |来《きた》る者は軍神と土着神と現人神である。 妖怪の山に住む天狗たちは慌てふためいた。 それはそうだろう、なんせ自分たちのテリトリーにいきなり大きな神社が忽然と姿を現したのだから。 そしてなによりも、その外敵の強さが自分たちの想像以上のものだったのだから。 最初のうちは果敢にも天狗たちは挑んだ。 しかしそれもすぐに諦めることとなった。 相手が悪すぎたのだ。 軍神──八坂神奈子。 その御柱はあらゆる障壁をぶち抜き、その剣はあらゆる敵を薙ぎ払う。 まさに一騎当千、まさしく軍神。 そんな神を相手にどう戦えというのだろうか。 だから天狗たちは異変解決人である博麗霊夢を頼ることにした。 博麗霊夢ならば、あの神を倒してくれるだろう。 そう確信をもちながら。 だからこそ、この日、この時刻、天狗たちは驚いた。 自分たちでも敵わなかった相手に──男の人間が挑んでいたことに。
☆
守矢神社の中央で、人間と神が対峙する。
人間の名前は不知火彼方。 自分の道を貫くために、無謀にも一度敗れた相手に挑む男である。
神の名前は八坂神奈子。 自分の大切な娘を泣かした男を憎む女である。
あれから、両者はその場を動こうとしない。 両足に杭を打ち込まれたかのように、その場を動こうとしない。 しかし二人の顔は大胆不敵に笑っていた。 いまから起こるであろう祭りごとを全身全霊をかけて楽しむかのように、二人は嗤う。
渦中の二人がそうやって楽しんでいる中、外野はそうでもなかった。 博麗霊夢と東風谷早苗、洩矢諏訪子と射命丸文を除く面々はいまから行われる惨劇と暴虐と悲劇で固められた、血で血を洗う舞踊曲を見せられると思っているのだろう。 ある者は、彼方に同情し、ある者はひ弱そうな男に代役を任せた博麗霊夢を恨めしそうにみていた。 基本的に自身の身さえ守れるのならいい天狗たちだ。 そんな態度を取るのも無理はない。 しかし、ここで天狗たちは一つだけ重大なミスを犯した。 軽んじていたのだ。
八坂神奈子と対峙している男の想いを
八坂神奈子と対峙している男の決意を
八坂神奈子と対峙している男の炎を
天狗たちは見誤っていたのだ。
だからこそ──
『──ッ!?』
不知火彼方と八坂神奈子の初手を天狗たちは視認することができなかった。
勿論、天狗たちがきちんと見ていれば、不知火彼方の初手はわかっただろう。 しかしそれでも、この場において、真面目に見ていなかったとはいえ、彼方の攻撃が判らなかったという事実が示すことはただ一つ。 不知火彼方は昨日よりも成長したということだ。
「彼方! 昨日までとは動きのキレが全然違うじゃないか! どうしたんだい!」
「ちょっとだけ──自分に素直になっただけですよ!」
彼方の下から蹴り上げる右足と、神奈子の上から振り下ろす左足による踵落としが一瞬拮抗し、摩擦を生む。 上段から振り下ろした神奈子の踵落としは、そのまま彼方の右足ごと地面に叩きつけるように思いっきり体重をかける──が、彼方はその流れにあえて逆らわず身を任せた。 そのとき神奈子の体重の乗せた足を利用して跳ぶ。 弧月を描きながら一回転する彼方。 彼方はそのまま左足をムチのようにしならせて神奈子の側頭部を狙う。
風を切り、側頭部へ綺麗に弧を描きながら襲い掛かる左足──を、神奈子は後ろを確認もせずに受け止める。 その速さ、もはや反射の域である。
「ふっ、男ってのは単純なものだねぇ! 素直になっただけでこうも変わるものなのかい!」
「男が単純なんじゃありません。 ──俺が単純なだけなんです!」
両者間合いを一気にとり、彼方は自分の相棒ともいえる武器、装飾銃を放つ。 いまだ弾幕とは呼べる代物ではなく、呼ぼうものなら笑われるほどの少量の弾。 それがどうした、弾が少ないからなんだというのだ。 不知火彼方が込めた想いは、そんな物量の差など引き返すものである。 一つ一つに込められた想い、それは八坂神奈子も感じとったのだろう。 はじめは二つだけにしていた御柱を五つに増やした。 たかだが三つ増えた程度と思うことなかれ。 八坂神奈子にとってみれば、御柱を五つも出現させたものは幻想郷に降り立ってから初なのだ。
両者の弾幕がぶつかり相殺され、残った神奈子の御柱が襲い掛かる。 その数二つ。 鎌首もたげて彼方の咽喉元を噛み千切らんとする弾幕を、彼方は──
「─光想─『光波動』!!」
装飾銃を御柱に合わせ、自分がいま出せる最高の破壊力をもったスペルカードでブチ破る。 まさしく全力全開。 光の波動は御柱を壊し、空に綺麗な線を駆けた。
「いいねぇ……! おめでとう、私の御柱を壊したのはお前が初だよ!」
神奈子は嗤いながら彼方をほめる。 ほめながらも攻撃の手は緩めないし、休めない。 空へり降りし神の天罰、御柱の高速落下、もはや神奈子は彼方を人間として見ていなかった。
無数に無造作になんの規則性もなく降る御柱を彼方は薄皮一枚で全て避ける。 ときには御柱が頬を切ることもあるが、それに構うことなく全て見切る。
──グレイズ
それはかつて不知火彼方が何度も何度も挑戦し、そのたびに出来なかった動きである。 弾幕を見極め、必要最小限の動きで避けることによってロスを減らし次の行動に早く対処、もしくは移ることができる、いうなれば弾幕勝負において必要不可欠な行動である。 博麗霊夢や霧雨魔理沙、十六夜咲夜やレミリア・スカーレット、幻想郷の力を持つもの全員が行うことのできるこの行動に、ようやく不知火彼方はたどり着くことができたのだ。 勿論、グレイズができたからといって戦局が決まるわけではないし変わるわけではない、だがグレイズができたことによって大きく変わることもある。 ──例えばこれを見ている外野の気持ちとか。
天狗たちは自分の目を疑った。 目の前で神相手に喧嘩を売った男の姿に目を疑った。
これが昨日、自分たちのテリトリーに女の子と一緒に侵入してきた男なのだろうか?
これが昨日、八坂神奈子に打ちのめされた男の姿なのだろうか?
あまりにも違いすぎる
あまりにも大胆すぎる
その男の力は決して異常ではない、決して強いほうじゃない
しかし──その男の存在は極めて異質であった
敵うはずのないものに挑むその姿
それを見たとき──天狗たちの脳裏には一人の妖怪が浮かび上がった
病んだ瞳に、捻くれた性格、人を馬鹿にしたような言動に、人を貶した態度
妖怪最弱でありながら、唯一神に対抗できる力をもった妖怪
鬼を前にしても一歩も引くことをしなかった
神を前にしても一回も恐れることをしなかった
誰よりも負け続けたからこそ、誰よりも勝利を望んだ存在
そんな妖怪と、不知火彼方を重ねてしまった
勝利を望んだ妖怪の炎は──勝利を望む人間の炎とよく似ているのだった
☆
彼方は舌打ちする。 いまだ決定的攻撃を決めることができない自分に舌打ちする。 いまだ八坂神奈子を地に伏すことができない自分に舌打ちする。
人間と神の違いは、なにも地盤の強さだけではない、能力の強さだけではない。 それよりも決定的な違いは──体力にこそあるだろう。
否、精神に重きをおく神に体力という概念を取り出すこと自体不毛なのかもしれないが。
それでも、あえて明言しておきたい
神と人では、体力に絶対的な差があるのだと。
体力が尽きていけば、人の動きなどいくらでも鈍る。 どんな完璧な人間でも、純粋な体力勝負では神はおろか妖怪にすら勝つことができないだろう。
だからこそ、不知火彼方のグレイズが失敗することもまた必然であった。
「はぁ……はぁ……きっつ……」
もう何度のグレイズを行ってきただろうか、もう何度御柱を避け続けてきただろうか。
いまだ降りしきる弾幕をまえに不知火彼方は自嘲気味に笑う。
「……ははっ、こりゃつらいな……。 こんな人を相手に霊夢は勝てると啖呵を切ったわけか。 つくづく、霊夢の凄さには驚くな」
「ふっ、私を前に他の女の話題かい? そんなことだから、あんたは女の子にビンタされたり怒られたりするのさ」
「いやいや、まるで見てきたかのように言わないでくださいよ。 そんなヘマしてないですって」
「いいや。 外の世界でもしてたんだ、此処でもしてるだろうね」
真剣勝負だというのに二人の会話は、縁側でお茶を飲みながら霊夢とする歓談のようである。
「けどまあ、いい加減飽きてきたね。 彼方、確かにアンタは強くなったよ。 昨日とは見違えるほどの強さだ。 けどね、だからといって──あんたが私に勝てるとは限らないのさ」
「そんなこと、やってみなきゃわからない……! 俺は、初めて八坂神奈子の御柱を壊した人物くらいでは満足しませんよ。 ──初めて八坂神奈子に片膝をつかせた男くらいなら多少満足するかもしれませんが」
「はっ! いってくれるね! けど──遊びは終わりだよ」
その一言をきっかけに──八坂神奈子の目の色がかわった。
「──ッ!?」
そのなにかを感じ取った彼方は地を蹴り大きく後方に飛ぶ。 その突如、地面から蔦が天を貫かんばかりに現れる。 一瞬でもあの場から動くことを遅れていたら、彼方は体を串刺しにされていただろう。
「あぶ……ね……!」
それを間一髪かわし、自分の体からおびただしい量の冷や汗を確認しながらも、自分が生きていることを実感できて一安心する──のもつかの間、ドンと背中に何かが当たる。 しかし後ろを振り返るもそこにあるのは後方で彼方を見つめている霊夢や文のみ。 彼方の至近距離にはなにもない。 あるのは空間──もっというなれば空気だけであった。
だというのに、それ以上後ろに下がることができなかった。 まるでそこに空気の障壁でも存在しているかのような現象であった。
「──余所見はいけないよ、彼方」
「──へ?」
自分の至近距離からかけられた声に戸惑いながら前を振り向くと、そこには御柱を突きのモーションで思いっきり彼方へと繰り出そうとしている八坂神奈子の姿があった。
「楽しかったよ、彼方」
軍神じきじきに力を乗せた御柱の突き
その力──推し量れるものなら推し量ってみよ
☆
守矢神社より遥か東の上空から、不知火彼方と八坂神奈子の勝負を見届ける二つの姿があった。 一人は幻想郷の管理者である八雲紫。 そしてもう一人は新宮妲己、あらため龍神。 神の中の神、否、神様という観点でみれば名すら持たぬ龍神こそが神と呼べる唯一の存在なのかもしれない。 そんな幻想郷の最上位に位置する二人は、ともに守矢神社で行われている弾幕勝負をみながら会話していた。
「いやはや、なかなかの名前じゃなかったかい? 新宮妲己、もとい神宮龍己、枕返しだからひっくり返して龍神。 この名前、僕は色々と気に入っているんだけどな〜」
「だからといって、何故このような真似をなさったのですか?」
「おいおい、その問いには昨日答えじゃないか。 君は僕よりも若いんだろ? これじゃどっちがおばさんか分からないぜ」
「性別すらないあなたに言われたくないですけどね……!」
新宮のおばさん発言に紫はぷるぷると拳を震わせながら、それでもなんとか耐える。 紫もわかっているのだ、横にいる存在には敵わないと。 いまでこそ、かようなほど矮小の存在として表に出てきているものの、それでもなお自分と同等か、それ以上の力を横から常に感じるのだから。 八雲紫とて、生涯を終えることは嫌である。
「けどさ、彼方クンも頑張るよね。 まあ……いまの一撃で完璧にどこかの骨は折れたと思うけどさ」
「あら、そう仕向けたのはあなた様ではないのですか? 東風谷早苗をダシに不知火彼方を八坂神奈子と戦わせる。 それこそが、龍神様の考えたストーリーではないのですか?」
「まあ、そうなんだけどさ。 けどね、この道を選んだのは紛れもなく彼自身だよ。 あのまま、僕の言葉と東風谷早苗の想いに耳を傾けなくてもよかったのに、そうすれば月兎と幸せに暮らすこともできたかもしれないのに、傷が増えることもなかったのに、それでも、その道を選んだのは誰でもない、彼自身だ」
「……龍神様は、えらく彼に執着するようですね……」
「そうだね、僕の計画には彼が必要なんだ。 否、彼にしかできないことなんだ」
「彼にしかできないこと……ですか。 しかしながら、それはそれとして、彼も随分と頑張るようですね。 というか、動きから違います。 いったい、どのような手段を講じたのでしょうか? 龍神が地上の者に手を貸すのは規約違反のようなものですよ」
龍神の力は圧倒的であり、その力の一端でも授けてもらえるとするならば、その者は幻想郷を支配することすらできるだろう。 龍神とはそれほどまでに強力で、だからこそ、その横に並び立つものなどいない存在なのだ。
「いやいや、べつに僕は彼に力を貸したわけではないさ。 これも彼の実力だよ。 考えてもみてごらんよ、不知火彼方はあまりにも成長が遅いと思わなかったかい? 弾幕にしたって、格闘にしたって成長が遅すぎる。 いくら雑魚でも、彼よりは強くなってるよ。 なんせ、弾幕においては天才・博麗霊夢が一から叩き込み、格闘にしたって、あの紅美鈴が教えているんだ。 その他にも月でエリートだった月兎さんだって教えている。 だというのに、何故あそこまで弱かったのか。 それは一重に彼が一歩踏み出せなかったからだよ。 彼はずっと怖がっていたのさ。 だからこそ、今回のそれは、僕が彼に投げかけたことは、『一歩踏み出すこと』なのさ。 そうだねぇ、流石に現状では並み居る強者を倒すことはできなくても、並み居る強者の攻撃を前にしても意識を失うことはないんじゃないかな? それが例え、軍神と呼ばれた神様の攻撃でもさ」
続けて新宮は話す
「ところでスキマ妖怪さんや、君は彼方クンの能力について疑問に思ったことはないかな? って、君くらいのレベルだと流石に気付いてるよね。 そう、彼の、不知火彼方の能力はあまりにも抽象的で、具体性に欠けてる。 『想いを力に換える程度の能力』一見、分かりやすいように思えるが、なんのことかサッパリわからないよね。 いったい、誰のどんな想いを力に換えるのかが何もわかっていないのだから。 いうなれば、主語がないのさ。 彼はそんな状態でいままで戦ってきた。 けどさ、それはしょうがないことなんだよね。 だって、彼が現実の世界にいる間は、能力を全て使いこなすことなんてできないからさ。 しょうがなかったのさ、彼が自身の想いを力に換えて戦うことは。 だって──他者の想いすら力に換える、という行いは幻想なんだから」
新宮は嫌らしく嗤う。
「いままで彼方クンは能力の半分も引き出すことができなかったけど、それも昨日までのことさ。 彼は変わった、変わってしまった。 幻想の世界で生活する現実の男なんてもうこの世にいないのだよ。 スキマ妖怪さん、一つ賭けをやらないかい? 彼方クンが八坂神奈子に勝つか負けるかの賭けさ。 勿論、僕は──」
☆
「昨日と同じ状態だな、彼方」
守矢神社の中央で、八坂神奈子はそう声をかける。
神社の鳥居に座り込み、御柱で突かれた腹を押さえながら、不知火彼方は自分の名を呼ぶ神をみる。
しかしながら、ただ前方をみるだけで声は出さない。 否、声はでない。 ただただ、はぁ……はぁ……という声が聞こえてくるだけであった。
やはり無理だったのだろうか。 この男では力不足だったのだろうか。 そんな想いが辺りを支配する。 天狗たちの脳裏によぎる。
「そんなとこでサボってないで、さっさと行ってきなさいよ」
そんな中、ただ一人だけ、博麗霊夢だけは彼方に優しい言葉などかけずに、ムチを打つような言葉をかけた。
彼方がすぐ隣で座りこんでいるというのに一瞥もしない霊夢。 それどころか、戦いがはじまる前と同じ状態で腕を組んで鳥居に背を預けている。
「ほら、さっさと行きなさい。 力を出し惜しみしようなんて考えてないでしょうね。 あなたが倒れたら私が負ぶって博麗神社に連れ帰ってあげるから、この戦いに全てを賭けなさいよ。 精根尽き果てようと、大丈夫。 力を全て出して、そのまま寝てしまっても大丈夫。 あなたが起きたときには、おいしいお昼ご飯を私が作っていると思うから。 だからそんなところで座り込んでるんじゃないわよ、さっさと起きる」
「やれやれ……休憩もさせてくれないのかよ……」
「休憩ってものはね、本来全力を出し切った者が許される行為なの」
確かにそれもそうだ。
そう思いながら、彼方は立ち上がる。
「いまこの場で言うのもなんだけど。 ずっと……自分の能力について一つの考えがあったんだ。 けどさ、その俺の考えってのは、なんというか荒唐無稽で、人に聞かせたら『お前、頭おかしいんじゃねえの?』って思われるものなんだよね。 だからこそ、自分でもこの考え方は否定してたんだけど。 それって、現実での考え方だったんだ」
不知火彼方の言葉に、八坂神奈子だけでなく、博麗霊夢や東風谷早苗、射命丸文に洩矢諏訪子、その他の天狗たちも頭をひねる。
いきなり何言ってんだ?
そう全員が思う。
それでも、それを承知で、彼方は喋り続ける。
「想いを力に換える、ってさ、普通に考えて、現実的に考えて、自分の想いを力に換えるって思うじゃん? けど、そうじゃないんだよ。 それじゃ正しくないんだよ。 現実では正しいのかもしれないけど、幻想では正しくないんだよ。 それじゃ赤点をもらっちゃうよ。 俺の能力の本来の使い方って──こうだったんだ」
おもむろに、彼方はポケットに手をいれ2枚の紙を取り出す。
「それって……」
「そう、早苗ちゃんが俺のために想いをこめて書いてくれた手紙だよ。 俺を想って書いてくれた手紙だよ。 早苗ちゃんありがとう。 やっぱり、いつでも早苗ちゃんは俺の味方みたいだね」
彼方は早苗に向かって微笑みかける。
「その手紙が、どうしたというんだ?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。 これこそが、俺の能力の使い方なんですよ」
訝しげな視線と声の神奈子に、彼方は、
「俺を想って書いてくれた手紙だからこそ、その想いを力に換えることができるんです──」
そう毅然と言い放った。
ギュルギュルギュルギュルギュルギュルと歯車が回る。
その回転は徐々に増していき、やがて摩擦を生み火花が散る。
いつもの彼方なら、そこが限界であった。 それで終了であった。
そこが現実としての終わりであり
そこが幻想としての始まりである
依然は怖くて踏み出さなかった幻想に、不知火彼方は踏み出したのだ。
自分も幻想の存在だと、妖怪や神様といった幻想の存在だと、想ったのだ。
現実と幻想の垣根を越え、壁を破壊し、不知火彼方は思い浮かべる
幻想のために必要なものはなにか。 そう考える。
答えはすぐに出た。 自分と幻想の、自分と博麗霊夢たちとの違いはなにか。
空を飛ぶことであった。
機械を使わずとも空を縦横無尽に飛ぶことができる
それが現実と幻想の大きな違いである
彼方は考える。 どうやったら空を飛ぶことができるのか。
博麗霊夢のように、生身で空を飛ぶことができるとは思わない。
だったら簡単だ。 霧雨魔理沙のように、ものを媒体に空を飛べばいい。
では、なにを媒体にすればいい。
そう考え、自分の装飾銃を見る。
答えは簡単に出た。
思い浮かべるは、香霖堂でみたマスケット銃
「現実なものを幻想にする……結構いいかもな」
そういう彼方の後ろには、6つのマスケット銃が翼のように展開されていた。
着火の炎は不知火自身、たった一つの弾丸に想いを込め
「第2ラウンドといこうぜ、神奈子さん」
──魔弾は天を穿つ