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49.バトンタッチ



 ──顔色をうかがう

 これは世の中を渡り歩く上で必要な技術であると同時に、その場の空気を読むためにもっとも適した行為である。 表情を読むことによって相手がどんなことを思っているのか、どんな考えをもっているのかが瞬時にわかるからだ。 それによって怒っているときは下手にでたり、泣いているときは慰めたりすることができる。

 表情を読むことによって相手がどんな状況になっているのかも容易に容易くわかってしまうのだ。

 文面や声色を騙すことはできても、表情を騙すことができる存在などいないのだ。

 無表情という言葉も存在するが、それは表情を隠しているだけであり表情を騙すことにはなっていない。

 表情とはとても大切で重要なものである。

 だからこそ、人は会うとはじめに表情に目がいってしまうのだ。

 苦悶の表情を浮かべていれば「あぁ……この人は厳しいことになっているんだな」と想像でき、楽しい表情を浮かべていれば「あぁ……この人は何か良いことがあったんだな……」と想像できる。

 表情と状況は一心同体なのだ。 辛い状況になれば表情は辛くなり、楽しい状況になれば表情は笑う。

 人はそれをみて、だいたいの判断を下す。

 しかし──体は傷つきながらも、とても愉快に面白く笑っている存在がいたとしたならば──それは傍から見てどういった風に思われるだろうか。

 天狗たちは想う

 『気でも狂ったのか』と。 『なんでいるんだ』と。

 博麗霊夢と東風谷早苗と洩矢諏訪子は想う

 『いったい誰なんだ』と。 『なんであの人は嗤っているんだ』と。

 射命丸文は想う

 『変わっていないな』と。

 『また括弧つけてるんだな』と。

 文の目の前には1000年前に消えた鬼火の妖怪が楽しそうに愉快そうに快楽殺人者のようにひたすらに神を殺そうとしていた。

 その姿は1000年前と何一つ変わらず、当時の記憶と一寸とて違うことはなかった。

「なんであなたは……こんなときに……出てくるんでしょうか……。 なんであなたは……1000年前と同じような行動をとっているのでしょうか……」

 文の中には既に“驚愕”という二文字は消え失せていた。

 あるのは“怒り”だけである。

 あんな別れ方をしておいて、ひょっこり出てきて神と遊ぶ、そんな自分勝手で我儘な──自分よりも弱く、誰よりも弱く、それでいて誰よりも貪欲な──鬼火妖怪に向けられるただ一つの感情。 たった一つだけ、向けていい感情。

 知らず知らずのうちに、文の頬は緩んでいく。

 まるで探していたものを見つけたかのように、難問を解くことができた子どものように文は年相応──見た目相応に笑った。

「……おかえりなさい、括弧つけ野郎さん」

         ☆

 神奈子の周囲にナイフに模した鬼火の刃が襲い掛かる。 360度に四方八方に展開された鬼火のナイフは男の手が上から下におろされると同時に神奈子へと容赦なく襲い掛かる。 切れ味鋭く燕のような速さで神奈子の体を蹂躙していくナイフ。

 そしてそれとほぼ同時に男は神奈子に向かって駆けだした。 自身の右手にナイフを作製し、それを逆手に持ちながら神奈子の懐へ素早く入り込み容赦なく咽喉をかき切る──が、それで男の攻撃が終わることはなかった。 咽喉を切り裂いた男はそのまま逆手にもナイフを作製し、神奈子の腹に軽く刺す。 そしてその刺したナイフに向かって渾身の回し蹴りを叩きこむ。 ナイフはハンマーで叩かれたような圧力がかかり、それによって神奈子の体の内部へと深く深く、侵入していく。

 外野からみれば、この勝負はこれで決着がついたと思うだろう。

 しかし──当の本人たちはそんなことなど微塵も思っていなかった。 それどころか、攻めていたはずの男のほうが難しい顔をしていた。

「『……つくづく神という生き物は厄介なことこの上ない。 人間にとって神という生き物は敬うべく存在かもしれないが、崇めるべき存在かもしれないが、俺にとってみればこれほどまで害悪な存在などこの世にいないだろう。 唯一、友と思っていた存在も、面倒な厄介事を持ち込んでくれるしな』」

 そう言いながらも、男の表情はとても楽しそうではあったのだが。

 そんな男の見つける先、八坂神奈子は先ほどの攻撃など意に介さないかのように、むしろそんな攻撃があったことすら忘れているかのように平然とした体で立っていた。

「どこの誰かは知らないが……、そんな弱さで私に向かってくる妖怪がいるとはな。 しかし速度だけならば彼方と同等くらいだろうか」

「『おいおい、そんな曲がった同情されても困る。 避けたあんたは堂々と俺を貶してもいいんだぜ? そっちのほうが俺も気兼ねなくその美しい咽喉元から鮮血を躍らせることができる』」

 男は肩をすくめながらそういった。

「ほぅ……、随分変わった考えをもった妖怪だな。 それではお望み通りに言ってやろう。 ──先程、私の懐に入ったようだが何かしたのか?」

「『あまりにも綺麗な咽喉だったので、少し傷をつけたくなっただけさ』」

 それは対峙した二人にしかわからない距離であった。

 男が神奈子に接近し、咽喉をかき切る瞬間に神奈子は半歩だけ後ろに下がっていたのだ。 だからこそ男は追撃することとなった。 周囲に展開した鬼火のナイフなど、まるで眼中にないかのように神奈子には接近してくる男のナイフしか興味なかったのだ。 神奈子にはわかっていた。 四方八方から襲い掛かってくる攻撃など痛くも痒くもないことを。

 ──神奈子には追撃してきた男の次なる行動も手に取るようにわかっていた。

 脳に近い位置、もっというならば顔に近い位置を狙われればどんな存在であろうと防御は自ずと顔を中心にするものだ。 そうなってくると腹部や脚部はがら空きになる。 “足元がお留守になる”とはそういうことなのだ。

 くわえて、男の体勢から脚部に攻撃することはまずありえないと神奈子は予想をつけた。 何故なら力が乗らないからだ。 力が乗らない攻撃ほど惨めで悲惨で憐れな攻撃などありはしないだろう。 なんせ相手にダメージを与えることができずに反撃させる機会をみすみす作らせるのだから。

 だからこそ、神奈子は腹部に神気を集中させ、腹部に入り込む前に弾いたのだ。

 男は──不知火は主観的にみて侵入させたはずのナイフをチラリと見やり冷静にいまの状況を分析する。

「『ダメージは通らない、反応速度はあちらが上、攻撃はあちらが広範囲かつ高威力。 そして俺は一撃受けたら終わりで、低威力』」

 人はそんな状況を絶望といい、勝ち目がない戦いだという。

 しかし──

「『──いつも通りだな』」

 しかし不知火にしてみれば、そんな状況こそが当たり前なのだ。

 不知火にとって勝ち目がある戦いなど存在せず、絶望とは友達で、無駄死にこそが唯一の死に方。

 それが不知火──最弱の妖怪なのだ。

「『悪いな、この状況は125373962364134673573236485275回ほど体験したので流石に慣れてしまった』」

 ──飽きてしまった

 不知火はナイフを逆手に神奈子に突っこむ。

「『あんた──手を伸ばしても掴めない存在を見たことあるか?』」

「はっ! なにをいうかと思えば、手を伸ばしても掴めない存在……? そんなもの、あるわけないさ!」

 不知火の疑問に神奈子は大声で答える。 そして神奈子へと向かって愚直に真っ直ぐに走り込む不知火の腹に大きな御柱を突きたてた。 ──突きたてたつもりだった。

 それは初見の者には、ありえない光景であった。

 神奈子の御柱は確かに不知火の体を貫くこととなった。 普通ならば、その後の展開としては不知火の口から血が零れ、腹からは大量の血が溢れかえることとなるはずだ。 げんに、この場の一名を除いて誰もがそう思っていたのだから。 八坂神奈子がみる光景はただ一つしかなかった。 無様に不知火が地を這いつくばる様だけである。 しかし──たったいまこの場に展開されている光景は──射命丸文を除いて、誰もが予想していなかった光景であった。

「『我は不知火 その体、虚像ゆえに実像で──錯覚ゆえに真実である』」

 貫かれた腹はゆらゆらと陽炎が立ち上り、そこだけおよそ人体の構造を無視する姿に成り果てていた。

 そして不知火は言う。

 この炎に魅了された者に──告げる

「『幻に魅せられ──現を抱きながら──塵となり消えるがいい』」

 手を伸ばせば伸ばすほど、その鬼火は離れていき

 手を引っ込めれば引っ込めるほど、その鬼火は近づいていく。

 その鬼火──世界最弱の天邪鬼である。

         ☆

 誰かに頬を叩かれている感触が、ぷかぷかと夢心地のように揺れていた自分の意識を現実へと強引に引っ張っていく。

 目を開けると、いつか見た光景が広がっていた。

 上を見上げれば、漆黒の中にダイヤモンドを粉々に砕いてそれを振りかけたかのような綺麗な星空が映しだされており、丁度その中央に大きな大きなブルーハワイ色の月があの時と同じように俺を見下していた。 いや、月は見下してなんかいないか。 ただ、いまの俺がそんな気持ちになっているだけだな。

 後ろを振り向けば、これまた同じような光景が視界いっぱいに広がっている。

 10階建てや5階建てのビル、大きな事務所から小さな事務所まで、そんな懐かしいとさえ思えるほどの建物が広がっていた。

「そして、キミがまたいるんだね」

 目線を下に向けると7歳くらいの子どもが人里の子どもたちが着るじんべえのような衣服に身を包みあの時と同じように俺のことをみていた。

「ということはあの人も……」

 此処に来たときに、この子とは別の人物に俺は会っていた。 丁度、あそこの岩に背を向けて立っていた。 だからこそ、今回もまたいるんだろうと思っていたのだが──あの人はどんなに視線を向けても存在すらしていなかった。 声がかかってくることはなく、どうやら此処には正真正銘、俺とこの子しかいないわけである。

「まぁ……そんなこと関係ないか。 俺……神奈子さんに負けちゃったし……」

 自分でも情けないとわかっていつつも膝を抱えてその場にうずくまる。 あんなに啖呵を切ったのに、ボロボロのボコボコにやられてしまった。 あんなに霊夢がお膳立てしてくれたのに、その霊夢の前で崩れ落ちた。

「なんだよ……! 俺の能力じゃ、結局のところ勝てなかったってことかよ……!」

 真の能力がわかって、これで勝てると思わせて、希望を持たせて、そして残酷に笑いながら落とされた。

「なにが主役だ……! 何が想いを力に換えるだ! そんなもの、神様の前じゃ無意味じゃないか! 真の能力が判る前に手加減されて、能力が判ってからはその圧倒的な強さの前で何にもできなくて! あっちは無傷で、こっちは致命傷で! いったい、どの面さげて皆に会えばいいんだよ!」

 思わず叫んでいた。 力の限り叫んでいた。

 あの状況で、流れを掴むことができなかった自分がとても悔しく、とても惨めで、とても歯痒かった。 いつもいつもそうだ。 俺はどうしようもなく弱くって、それでも前に進みたくって、いざ自分の道を見つけて歩み出そうとしたところで蹴躓いて……。

「ははっ、笑えよ……。 キミも俺のことを笑いたいんだろ……? だからずっと此処にいるんだろ……?」

 彼方の真正面に座っていた男の子は、その言葉を聞いてぶんぶんと首を横に振った。

「いいよ……、俺に気を遣わなくて……、一人にしておいてくれ……」

 いつまでも彼方の顔を凝視し続ける男の子に耐えきれなくなった彼方は、自分のほうからそっぽを向く。 体ごと反対方向を向いた。

 そうする彼方に、男の子はとことこと回り込んでまた真正面に立ち彼方の顔を凝視する。

 反対方向をむく彼方

 それに回り込んで顔を凝視する男の子

 そんなやり取りが何度か続いたのち、彼方は溜息を吐いた。

「なんなんだよ、さっきから。 ほっといてくれよ」

 男の子にそう告げる。 そう言われても男の子のほうは動かずに、ただただじっと彼方の顔をみるばかりであった。 ──かと思いきや、ふいとそっぽを向いて何もない空間に手を伸ばした。

 いったい何をしてるんだ?

 そう彼方が思った瞬間──目の前が、世界が色を変えた。

 それは昔の自分の姿だった。 いや、昔住んでいた光景であった。

 彼方の前には石段にしゃがみ込みながら泣いている男の子がホログラムのように映し出されていた。

「これは……あの時の俺……?」

 ふと疑問を口にするが、その問いに答えが返ってくることはなかった。 先程までいたはずの男の子が消えていたのだ。

 ホログラムのような世界の中、自分一人だけが存在していた。

 試しに自分に触ってみるが、触れることなく突き抜けていった。

 そこでやっと理解した。 これはあの男の子が見せてくれている夢なんだと。

「懐かしいなぁ……。 これが、全ての始まりなんだよな……」

 思わず顔がほころぶ。

 泣きじゃくる自分の後ろに立ちながら、触れられないとわかっていても頭を撫でてしまう。 しゃがみ込み、ゆっくりとゆっくりと抱きしめてしまう。 ここが全てのはじまりなんだと自覚する。

 泣きじゃくる自分を抱きしめていると、ふと自分と太陽との間を誰かが遮る気配が感じた。 どこか懐かしく、どこか温かみのある、母性溢れる──そんな気配を感じで顔を上げる。

「あのときのあれは──貴女なんですね」

 彼方が見つける先には、御柱を背負いながら、少し困ったように男の子の頭を慰めるように撫でる──神様の姿がそこにはあった。

 そこで世界は壊れ、景色は壊れ、人が壊れ、ホログラムが消滅する。

 彼方の目の前にはにっこりと笑う男の子が一人、彼方のほうをみているだけであった。

 そんな男の子に、彼方もほほ笑む。

「ありがとう。 俺、やっぱりあの人に勝たなきゃダメなんだ。 あの人に勝たないと、── 一歩が進めないんだ。 いまやっとわかったよ。 あの人はずっと、小さいときからずっと──」

 上辺だけを取っていた。 外面だけを読み取っていた。

 あの人は早苗ちゃんことだけが全てで、あの人にとってみれば俺は早苗ちゃんにヒドイことをした男で、ボロボロにされても当たり前の存在だと思っていた。

 だからこそ、あの時怒ったのだと思った。

「知らない土地に知り合いが行ったら──誰だって心配しちゃうよな」

 考えてみれば当たり前だ。 あの人が怒るのは当然だ。

 俺が幻想郷にこなければ──

 俺があの時森に入らなければ──

「けど、それでも俺は進まなきゃダメなんだ」

 見せるんだ、あの人に。

 証明するんだ、あの人に。

「もうあの時とは違うって、照明するんだ」

 彼方は男の子の頭に手を置く。

「ありがとう、三度目の正直にしてくるよ。 何があろうと──神奈子さんに勝ってくる」

 男の子は笑っていた。 彼方の顔をみて笑っていた。

 きゃっきゃきゃっきゃと嬉しそうに彼方の周りをぐるぐると回っていた。

 そんな姿をみて彼方も笑った。 そして抱きしめた。

 彼方自身も何故抱きしめたのかは理解できなかったが、頭で考えるより先に行動に移していた。

 抱きしめたのは一瞬で、二人はすぐに離れた。

 離れたと同時に、彼方は体が引っ張られる感覚を感じたので、それに身を委ねることにした。

            ☆

 鬼火と軍神が華麗に舞う。

 軍神──八坂神奈子が御柱を槍状にかえ鬼火──不知火に投げるものの、御柱は不知火の体に傷つけることなく通過していくばかりである。

 不知火はすかさず地を這うように移動し、神奈子の腕を切断しようとする腕を振るう──が、ナイフは神奈子に傷をつけることなく弾かれた。

 それをみて不知火は一旦離れる。

「『ふむ……厄介なものだ。 咽喉を裂く前にこちらの限界がきてしまう』」

「あんた、面白い体してるね。 どうあっても攻撃が通らない妖怪なんてはじめてみたよ」

「『そりゃどうも。 こっちも攻撃が通らなくて困ってるんだ。 そろそろ死んでくれないだろうか? 俺としては、こいつの事情なんてものには興味ないんでね。 いまここであいつが出てくる前に死んでもらえると嬉しいかぎりだ』」

 不知火はナイフを構えるのを止めて提案する。 その提案に神奈子は首すら振らずに黙ったままである。 それをみて、不知火は心底面倒そうな顔をした。

「『まったく……、ほんと面倒な役目を押し付けられたものだ。 自分の失態を払拭するためだけにこんなことをする無能な神様も存在するし、探りをいれてくるスキマ妖怪はいるし、初心を忘れぽっと出の能力に頼ろうとする人間もいるし。 ……いつの世も無能で無価値な無力すぎる無意味な存在が蔓延っているものだな』」

 不知火はナイフを捨てる。 足元でカランと音をたてるナイフは瞬時に炎に変わり跡形もなく消滅する。

「『どうやら時間のようだ。 心残りがあるとするならば、アンタや鬼を殺せなかったことくらいだが──これも俺らしいというべきか』」

 不知火は駆ける。 もてるすべての速度で神奈子へ真正面に突っこむ、神奈子はそれを御柱で迎撃せんとし太い柱で腹を突く。

 不知火はそれを避けもせずに真正面から喰らい、それと引き換える形で神奈子の咽喉にナイフを投げる。

「『俺の役目はこれで終了だ。 ここからは──思い出話にでも花を咲かせることだな』」

 そう言い残し、神奈子の御柱をモロに受けた不知火は後方へと吹っ飛び井戸へ突っ込むこととなった。

 訪れる静寂。

 誰もが息をのむ、そんな空間でその男だけが抜けるような声で咳を込んだ。

 博麗霊夢と東風谷早苗はほっと一撫でした。 射命丸文は何かを真剣にノートに書き示していた。 洩矢諏訪子は口笛を吹き、八坂神奈子は前を見据えた。

 全員がそのものに集中する中、その男だけは笑顔で神奈子に手を振りながら言葉を発した。

「神奈子さん、リベンジお願いできますか? 今度こそ、膝をつかせてやりますので」

 不知火彼方、いまだ意志は変わることはない。




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