外伝@〜追憶〜
幻想郷中に綺麗な花が咲き乱れる。 自然そのものである妖精達はそのことに無邪気にはしゃぎ、喜んでいた。
それは幻想郷ならばどこでもいっしょであり、女性が立っているこの場所にも花が咲き乱れていた。 流れるような金髪に、妖艶なオーラを醸し出しているその女性は、手に一輪の花をもち、その場所に立っていた。
小さな小さな墓の前に────
それを墓というのには抵抗を感じるところであるが。 まるでペットが死んだときに建てる墓のようにその墓はポツンとそこにあった。 一部の者達を除いて、その墓が誰の墓なのか知ることはない。なぜなら忘れてしまったから。そもそもその者が本当に此処に“いた”のかすらわからない。 答えることはできるだろう、“いた”と。 しかし断定することはできないだろう、“いた”と。
「あなたとはじめて会ってから1000年、いやそれよりも長くなるかしら。 こっちはあなたが言ったとおりになったわ」
女性は墓の前に花を置き、愛おしそうに撫でる。 何回も何回も。
「あなたも毎年毎年飽きないですね」
そんなとき、女性の後ろから声がかかる。 黒い羽をはばたかせ、花を踏まないようにして、幻想郷のブン屋である射命丸文が八雲紫に声をかける。
「そういう貴女も毎年毎年飽きないものね。手に持っているのは花かしら?」
「これは自分の家に飾るようですよ」
文は紫の隣にきて、しゃがみ、もう片方にもっていた花を墓の前に置く。そして合掌。
「早いものですね、もう1000年ですか。」
「ええ、もう1000年よ。でも、されど1000年」
そう言う紫の顔は少し寂そうだなと文は思った。
しばし二人の間に無音の世界が広がる。
「ねぇ……」
紫は墓を一心に見つめたまま、横にいる文に話しかける。 それは自分の考えていることを確認するように。 確定するように。
「彼……どう思う?」
「彼……ですか」
他の者が聞いていたら、彼が誰なのかわからないだろう。 しかしこの場にいるのは、文と紫だけ。 無邪気にはしゃぎまわる妖精すら此処には誰も立ち寄ろうとしない。 ある種の神聖な場所。いや、忘れ去られた場所……といったほうがいいかもしれない。
「ええ、彼よ。 私は彼と“彼”はなにかしら繋がりがあると思うわ」
「ははっ……。冗談はよしてくださいよ。……あんな卑怯者な人と彼とが繋がりがあるだなんて……?あんなに一生懸命に頑張っている彼とあの人が繋がっている訳ないじゃないですか」
文は立ち上がり、肩をすくめる。なにを言っているんだと。 あんなに愚直なまでに一生懸命に頑張っている人間が、卑怯者な妖怪と関係があるなんて考えられない。 考えたくない。信じたくない。
「でも……彼と初めて会ったとき、かすかにあの人を感じたのは確かよ。 彼の奥深くにあの人はいるわ。だから─────」
「だから彼方くんに取り入ったんですか? 頼れる妖怪のフリをして。良き相談相手として。偉大な人として」
「…………」
「いい加減にしてくださいッ!あの人はいないんですよっ!? 私だって初めは彼方くんとあの人は何か関係があるのかと思いました。でも……彼方くんとあの人とは……違いすぎるんです。生まれも、育ちも、生き方も、価値観も、全て違うんです。…………いつまで過去を引きずるつもりですか? あの人はもういないんですよ。 貴女の目の前で消えたんです。いつものように、ニヒルな笑みを浮かべて、嫌みを言いながら、結局一度も勝てないまま、散歩にでも行くかのように……私達の前から消えたんですよ……」
最初こそ語気を強めていた文だったが、しだいにその語気は弱くなり最後らへんは、小さな小さな声で、拳を握りしめながら、文は紫に告げた。
はじまりは1000年前。
妖怪の楽園を作ろうと奮闘する少女と、嘘つきな妖怪が出会ったことからはじまった。
▽ ▽ ▽ ▽
昔々、小さな島国の東の端に、妖怪の楽園を作ろうと奮闘している少女がいた。
少女の名前は八雲紫。一人しかいないスキマの妖怪である。
「あ〜……藍、あと……どれくらいの妖怪がいるかしら?」
少女は傍らに控えている自分の従者に、気だるそうに尋ねる。朝からずっと活動を続け、そろそろ体の限界が近づいていた。
「そうですね……もう少しでいいと思います」
本当はかなりの数がいるのだが、自分の主人の疲弊ぶりをみていると正直な数は到底いえなかった。
「そう……。ちょっとそこら辺をうろついてくるから……後よろしくね?」
足取りがおぼつかなくなりだした紫は目の前に開いたスキマに向かって、ダイブする形で中へと入って行った。 そんな様子を藍は困った顔をしながら手を振ることしかできなかった。
☆
スキマで移動した紫は古くからの友人の元へ訪れた。 その友人は元は人間で、とても悲しい過去を持っているのだが、それを知っているのは自分と友人の従者だけである。
「大丈夫、紫? 少し疲れているんじゃないかしら? 休んでいく?」
開口一番、友人である西行幽々子は紫の額に手をおき、ついでその手を顔へと移しそのまま顔全体を触ったかと思うと、そんなことをいった。
「いや、大丈夫よ。元々、妖怪の楽園を作るのは私の夢だからね。 そのためにいま頑張っているのだと思うとそうでもないわよ。 それに……月に仕掛けた戦争で、思った以上に妖怪が死んでしまったからね。」
「ふふっ……。ボロボロな姿で戻ってくるんだもん。驚いたわ」
いきなりスキマが開いたかと思うと、親友がボロボロな状態で倒れてきたのだ。焦るなというほうが無理である。 そんな苦々しい過去を思い出した紫は、顔を引き攣らせる。
「う゛っ……。ちょっと想定外だったのよ。よく分からない物でこっちの勢力がどんどん減っていくんだもの、あんな体験はじめてよ」
ぶるぶるっと身震いした紫は、もらったお茶を飲み干し、茶菓子として出てきた和菓子を受け取り、スキマを開いた。
「もう行くの?」
「ええ、これからが頑張りどころだからね。」
背を向けてスキマへと入っていく親友を、幽々子は手を振りながら見送った
☆
幽々子とお喋りをして少しだけ気分がまぎれた紫は、こんどこそ本当にぶらぶらとさ迷っていた。スキマの中で。 スキマで移動しつつ、なにか面白そうなものはないかと探す紫の目に一人の男の姿が映った。
黒髪にところどころ混じっている赤い髪。 どことなく病んでいる印象を受ける目。 そしてどことなくかんじる変な違和感。
そんな奇天烈な髪と、瞳。 そして違和感に興味を抱いた紫は、少しだけ観察しよう男の近くに移動した。
もちろん、スキマの中なので男からは分かるはずもなく、男はゆっくりと山を登っていた。
そんなときだった。男から声をかけられたのは。
「『なにか用があるのかい?お嬢さん。 まぁ、俺のほうは君に用があるんだがな』」
はじめは幻聴だと思った。最近、頑張りすぎてたし、疲れているのだろうと。 しかし、その考えはあっさりと砕けた。
「『そこにいる金髪のお嬢さん、君のことだよ。 そんな所に隠れてないで、その麗しい姿をみせてくれないかい?』」
キザったらしいセリフを吐きながら、男は迷うことなく手を出した。─────紫のいるスキマのほうに
それを見て、紫はスキマから出る。
「『これはこれは……なんとも美しい妖怪がいたもんだな。』」
男は紫の姿をみると、体全体を舐めまわすようにみやる。 そんな男を前にして、紫は驚いた。
本当にこの男は生きているんだろうか? この男は存在しているんだろうか?
それが紫の第一印象だった。
スキマから出て、はじめて思ったのがこの男の存在の希薄さだった。 集中していないと、この男のことなど絶対に見つけられないかもしれない。 不思議な妖怪だと思い、同時に興味が出てきた。
「はじめまして、スキマ妖怪の八雲紫よ。 あなたは?」
精いっぱいの慈愛と、沢山の威厳を込めて紫は男と会話する
「『俺かい? 俺にあんたみたいな“名”は無いんだけどな……。どうしても呼びたいのであれば、こう呼んでもらおうか』」
男は一拍あけて、透きとおるような声でいった。
「『不知火』」
────最弱の鬼火妖怪さ