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外伝F〜夢の終わり/夢の続き〜



 遠い遠い、昔の話である

 その妖怪は、最初こそ人間を襲い、喰いこそしなかったものの驚かせ、恐怖を植え付けることを生きがいとし人生を謳歌していたのだがある時、一人で沐浴を楽しんでいるときにふと思った。

 自分はどれぐらい強いのだろうか?

 気がつくと、妖怪の思考は一日中それで埋まってしまっていた

 僕はどれくらい強いのかな?

 流石に妖精には勝てるよね

 自分より図体が小さい妖怪になら勝てるかな?

 流石に自分の背丈の何倍もある妖怪には敵わないよね。

 寝ても覚めても、そればっかり。

 いつしか妖怪は人間を襲うことを止め、自分がどれほど強いのか試したくなっていた。

 しかし、その妖怪のいる場所は東の国の中でも最西端の地であった。

 周囲には15人ばかりからなる小さな集落が一つと、イノシシやシカ、鳥やきつねやたぬきといった食糧となる動物のみで、妖怪はおろか妖精すら存在していなかった。

 困った……、これでは試すこともできないじゃないか

 現状に落胆し、どうするべきか迷った妖怪は思い切って住みなれたこの地を出ていくことに決めた。

 山に入れば山菜や木の実、秋の果物などが手に入り川に行けば魚が手に入る。 とても辺境な土地であるがゆえに別の妖怪が来ることがないこの地は、妖怪にとってとても心地の良いものであったが、妖怪はそれを自ら捨てることを選んだ。

 そして妖怪は旅立った。 自分と同じ“妖怪”を探して旅立った

         ☆

 最初は図体が自分の2倍ほどあり、腕が丸太のような太さをほこっている一つ目の妖怪だった。 その大きな手より繰り出されるビンタは、頬ではなく顔全体を|叩《はた》きつけ、丸太から繰り出されるラリアットは首を強引にもごうとする勢いであった。

 妖怪は文字通り手も足も出すことができず、ただただサンドバック状態の自分に意識が飛ばないように命令をし続けることしかできなかった。

 次は自分と同じくらいの背丈、同じくらいの腕の太さの妖怪が相手だった。 この前戦った妖怪は自分よりも大きかったので勝てなかったのだ。 そう自分に言い聞かせながら妖怪は戦った。 右手に握り拳を作り力を込めて振るうが、相手はその力を利用して妖怪の右手を軽く弾き、よろけたところに躊躇いなくみぞに膝を入れる。 

 げほ……っ!?

 口から胃液がこみ上げてきて、慌てて口を押さえるがその努力も空しく、塞いだ手から濁った黄色の液体が指のスキマから流れて落ちていった。

 妖怪は、その後もえづくことしかできず……いつしか相手も消えていた。

 妖怪は気付いてしまった。

 自分がどれだけ弱いかということに

 妖怪は気付いてしまった。

 弱肉強食なこの世界で生きていくことができないことに

 妖怪は気付いてしまった

 自分が鬼火という、最弱の妖怪の一種だということに

 妖怪は気付いてしまった

 ─────最弱の自分が“勝つ”ことなどできないことに

 それからというもの、妖怪は弱い自分を護るために精一杯の努力をした

 まず一人称を変えた

 住んでいた地の童たちが己のことを“僕”と呼んでいたから自然、自分もそうなったのだが、初めに戦った相手の一人称にすることにした。 そうしたら、ほんの少しだけ強そうに思えてきた。 

 だから“僕”は“俺”にした

 次に、正直者は弱い者の証だと思えてきたので、括弧をつけて他人と距離を置くことにした。 決して、自分の心の中には入り込ませぬように括弧をつけて結界を作った。

『こうして俺は括弧をつけることにした』

 最後に、他人を嘲るように精いっぱいの努力をした。 上手くできているのか分からないけど、それでも他人を嘲笑し、馬鹿にした。

 これで強くなったんだ

 そう|俺《ぼく》は思った。 否、思いたかった

 だけど現実とは厳しいもので、勘違いをする|俺《ぼく》に優しく、厳しく教えてくる

 君はこんなにも弱いのだ、と

 事実、|俺《ぼく》がそれからも勝つことはなかった

 視界に入った妖怪全てに喧嘩を売り、ことごとく敗退。

 時には、腕を砕かれ、足を切断され、目玉を抉られ、肺を潰されたりもした。

 125373962364134673573236485275回

 |俺《ぼく》は挑み、全て負けた。

 ギリギリだとか、惜しいだとか、そんなものは存在せず、決まって地べたと熱い抱擁を交わしながら遥か高い目線にいる相手を睨みつけながら、切れた唇から流れだす血を舌でなめとりながら、ずるずると足を引きずり腕で地面を掴みながら、体の奥底から溢れだしてくる涙に気付かないフリをして、相手が見えなくなるまで睨みつける。

 戦った妖怪たちは|俺《ぼく》の弱さをみると、拍子抜けしたようにどこかへ去っていく

 その行動が、また悔しさを何倍にも倍増させる。

 戦っては負けて、挑んでは負けて

 いつしか妖怪の中には、勝利がどんなものなのかすらイメージすることができなくなっていた

 春がきて 夏が過ぎ 秋を迎え 冬がくる

 一体、何年の時を過ごしてきただろうか

 目の下にはうっすらとクマができており、射に構えたような目。 この世の全てを敵だと思い込んでいるようなそんな目をしており、髪は黒髪に赤髪がところどころ混じり合うメッシュ。

 小さな集落の人間たちを脅かして、恐怖を植え付けていた頃の妖怪はどこにもいなくなっていた。

 そのかわり、いるのは敗北と嘘でできた妖怪だけ。

 そんな時だった。 妖怪が龍の神に逢ったのは

 手足は折れ、砕かれ、粉砕され。 腹を裂かれて臓物を引き出され、目の焦点は合っていなく、だんだんと意識がなくなってきた時に声が聞こえてきた。

『主は何故そこまでする』

 頭に直接響くような声だった。

『何故そこまで求める』

 求める……? 

『左様。 なぜそこまでして、汝は勝利を求めるのか』

 ああ……そういえば僕は勝利を求めていたんだっけ……

 長き敗北の果てに忘れていたものをふと思い出す

『さあ……なんでだろうね』

『……あまりに突き付けられた現実が厳しすぎて何故勝利を求めていたのかも忘れたのか』

『そうかもしれない……。 多分、はじめは興味本位だったんだと思う』

 自分がどれだけ強いのか試したくて

『だけど、外の出て気付いた。 僕のような存在がそういったものを意識したことのほうが間違いなんだと』

『ではなぜ、いまなおそんな姿になってまで、勝負することを諦めないのか』

 諦めれば楽になる。 諦めて、勝負することを止めて自分が元居た所に戻れば、引き込めば、こんな姿にならずに、無様な姿にならずにすむのに。

 何故そうしない?

 神の中でも最上位に位置する龍神には分からないことだった

 もっというなら、負けるという行為すら分からないのだが。

 そんな龍神に妖怪は答える

『もし……もしもだよ? 自分が持っていないものを他人が持っていたり、目の前に転がっているのなら……自分だって取りたくなってこないかい?』

 それが自分にとっては勝利だったのかもしれない

『あいにく、我は望むもの全てを持っているのでな。 そういった感情は持ち合わせることはない』

『ははっ……。 なんて嫌な奴なんだろうね、アンタは。 わざわざ死ぬ寸前の僕の前に現れて勝手に話しかけてきて、僕の心を抉るような真似して……いったい何が目的なんだい?』

『なんてことはない。 ただの興味本位だ』

 妖怪が負けることしかイメージできないというならば、龍神は勝つことしかイメージできないのだろう。 だからこそ、負けることしかできない妖怪が珍しかったのかもしれない

『そうかい。 ……なあ、アンタ。 “勝つ”っていったいなんなんだ?』

 妖怪は口から血を垂らしながら、問いかける

 龍神は答えない

『もうさ、僕にとって理由なんていらないんだよ。 ただただ、勝ってみたいんだ。 僕も皆のように、勝ちを味わってみたいんだ。 鬼に天狗に一つ目に赤坊主に足まがりに悪鬼に板鬼に牛打ち坊に歌い|骸骨《がいこつ》に大蜘蛛に|毛倡妓《けじょうろう》に 皆に勝ってみたいんだ。 中でも僕は鬼に勝ちたいね。 だって、あいつら僕みたいな奴に見向きもしないんだよ。 力が強いからなんだってんだ。 種族が強いからなんだってんだ。 仲間がいるからなんだってんだ』

 ぽたりぽたりと知らないうちに涙が零れ落ちていく

 血の赤と透明な涙が混じり合い、真っ赤な赤から薄い赤へと色が変わる

『僕は弱い存在だけど。 最弱の妖怪だけど。 それだからこそ、堂々と跋扈しているあいつらに勝ちたいんだ。 あいつらの鼻を角を折ってやりたいんだ。 ただただ、勝ちたいんだ』

『その願い、叶えてしんぜよう』

 落ちる涙を拭うことができず、おぼろげな視界の中で妖怪の真正面に位置する龍神はそう答えた

『もちろん、タダではない。 それ相応のものを背負うことにはなるだろう。 たとえば───道連れ自殺 とか』

『ほんとうに───』

 本当に僕が勝つことができるの?

『最後は己次第になるがな』

 小さな声で聞く妖怪に龍神はそう返した

 ほんの少しの静寂の後、妖怪はこう答えた

『それでも構わない。 僕の望みは一度でいいから勝つことだけだから』

 手を伸ばそうとしたが、手が折れ砕かれ粉砕されていることを思い出して、顔だけを龍神の方向に向ける

 龍神はというと、妖怪に顔だけ近づけてそっと舌で妖怪を舐めた

 こうして────妖怪と神は関係をもった

 そして不知火という妖怪の始まりでもあった

       ☆

 ふと遠い昔のことを思い出した。 何故、こんな時になって思い出したのかは分からないがけど。

 龍神が言った言葉が僕の体の中を駆け巡る

 ────最後は己次第になるがな

 今更になってこの言葉の意味が分かった。 まったく……龍神も乙なことをするもんだ。

 目の前にいる想い神を僕は見る。 想い神は子供のような瞳で僕のことをクエスチョンマークを浮かべながらみていた。

 ほんと……君も運が悪いよね。 君にはもっと叶えたい想いがあったはずなのに

「まぁ……どうにかするさ!」

 左手に炎で作ったナイフを顕現させ、勢いよく想い神に投げつける

 当然、ナイフは想い神に当たることもなくその40cmほど手前でぐしゃりと深海の水圧で押し潰された空き缶のように潰れた

 それに反応していままで首を傾げて様子を見るだけに止めていた想い神は、不知火に向か4mほどの大きな岩を投げつける。 

 その岩に潰され、赤い絨毯が完成するのかと思われたが

「君は閻魔様の所の死神かい? 中々面白そうな能力を持っているみたいだね」

「…………アンタ、絶対助けが入ってくると分かってやったんですか」

 小野塚小町の能力によって想い神から10mほど離れた所に移動されていた。

「まあね。 別になくてもどうにかできたけど」

「そういう時は素直にお礼を言ったほうがいいですよ。 それがあなたにできる善行です」

 小町の横に閻魔である四季映姫がやってくる。 その拍子に不知火に善行を勧める。

「これはこれは、閻魔様。 久しぶりですね」

「ええ、久しぶりです。 私は戦火には入ることができませんので頑張ってくださいね」

「知ってますよ。 生き物にはそれぞれ役目がある。 その役目も一刻一刻過ぎるごとに変わっていくけど。 そして今の閻魔様の役目は見守り、見定めること。 それくらい僕にもわかりますよ」

「そしてあなたの役目は憑くことですか」

「そういうこと。 そしてそれが僕の最後の役目だよ」

 こんな話しをしている間にも想い神の攻撃は止まらず、人間・妖怪・問わず襲いかかっている

 不知火はその光景をみて、

「死神さん、ちょいと力を貸してくれないか? その能力を使って出来る限り想い神に攻撃を加えて欲しい。 あの結界を壊さないことには憑くこともできないからさ」

 そう提案してきた。

 小町は一瞬ためらったものの、仕方ない……といった感じに頷いた

「あたいは戦闘向きじゃないんで、あんまり期待はしないでくださいよ」

 そう一言置いて、その場から姿を消した。

 遠くのほうでは、鎌の刃と結界がぶつかりあい高い音が響く

「さて、僕も行くか」

 潰されたばかりのナイフを再び顕現させ、想い神目がけて走ろうとした矢先

「そう言えば、言い忘れていたことがあります。 あなた、括弧つけないほうが恰好いいですよ」

 映姫は不知火を見ないまま、そう言った。

「……そうかい。 今度の言葉は大切に貰っていくよ」

 それだけ言って、駆けだす不知火

 互いに別れを告げないまま、二人は別れていった

        ☆

 二つに結わえている赤い髪が上下に激しく動いているのを一瞬目で確認して、自分もナイフで足の腱を切ろうと仕掛ける

 が、キンッ!と金属音のような音がしてまたしても弾かれる

「ちょっとッ!? この結界本当に壊れるんですかッ!?」

 正面で想い神に必死に斬撃を繰り返しながら、不知火に叫ぶ小町

「壊れるよ。 ただ、あんたと僕とじゃまだ足りないってことさ」

 冷静に分析しながらそう答える。 その間も攻撃の手は緩めない

 その時、不知火の後ろから声がかかってきた

「あら、面白そうなことしてるわね。 私も混ぜて頂戴」

 その声とともに、不知火の頭より右に数cmの所から傘が突き出て想い神へ向かう

 傘はあっさりと折れたが、声の主は折れた傘を素早く捨てて右足を軸にした回し蹴りを放つ

「私もよろしいかしら?」

 回し蹴りで穿った女性の場所にピンポイントに矢を放ちながら、銀色の髪を三つ編みにして赤と青が中心線で別れている服をきた八意永琳は頬笑みを浮かべたまま、不知火に問うた

 そんな二人を見ながら、不知火は口角を釣り上げた

「やあ、八意。 姫さんはどうしたんだい?」

「力ない者達を守っている、とでもいえばいいかしら」

「あの姫さんがねぇ……」

 どうも会ったときはそんなことするようには見えなかったけどね。

「まあいいや。 戦力は多いほうがいいしね」

 その言葉を最後に不知火はまたもや駆けだして行き、永琳はそれを援護するように矢を放つ

 疾駆する不知火に並走するような形で5本もの矢は想い神目がけて飛んでいく。 それに合わせるような形で不知火のほうもナイフを投げた。

 ナイフと矢が勢いよく折られる────が、不知火はそれを気にすることなく近づいていき、その心臓にナイフを突きたてようとジャンプする。

 想い神は不知火の姿を捕え、足で地面を思いっきり踏みつける。 すると、踏みつけた所から6mほどの大きな土の塊が出てきた。 それを念動力を使って不知火のほうに投げ飛ばす。 その隙を利用して後ろから袈裟切りで左の肩を狙ってきた小町を、空気玉で吹き飛ばす。 吹き飛ばされた小町は、5mほど飛ばされ地面に右肩を盛大にぶつけた。

「まったく……とんだおこちゃまだね……!」

 自分に近づいてくる土の塊をどうにかして壊そうとするが、非力な自分には壊すことができずにそう台詞を吐く

「さっきから邪魔よ、どきなさい」

「────ん?」

 疑問符を浮かべたのもつかの間、誰かに首根っこを持たれ下へと強引に叩きつけられる。

 頭から叩きつけられた不知火は、その速さと強さで落とされ若干頭が切れたのか額から血を流していた。 

 上をみると、自分を叩きつけた張本人が土の塊に右ストレートを繰り出し、こなごなのばらばらに粉砕している光景が目に入った。

 腰まで届く長い緑髪に、膝下15cmくらいはある赤のチェックスカートに、白の長そでブラウス そしてその上には同じく赤のジャケットを羽織った女性、風見幽香は重力に逆らうことなく降りてくる。

 幽香が口を開いて何か言おうとした瞬間───二人が立っている場所に細かい石の流星群が降り注いでくる

 
 不知火はバク転しながらその場を離脱し、幽香はふわりと後方に飛んだ。

「まったく、死神と八意を相手にしながらこっちにも仕掛けてこれるなんて、つくづく化物だな!」

 叫び、突進する不知火

 想い神は興奮したように咆哮し、不知火に岩を投げる。 今度は先程の土の塊の2倍はある大きさなのだが────

「これも砕けるかい、お花畑の妖怪さん」

「誰にもの言ってるのかしら。 ────当然よ、私にできないものなどあるはずないじゃない」

 不知火の前に忽然と幽香は現れ、復元した傘で岩の中心を貫く。 すると岩はピシピシと音をたてながらひび割れ、最後には真っ二つに割れた。 そこをすかさず、不知火は飛びだし想い神の頭めがけて左足で渾身の蹴りを放つ────が、ミシミシと嫌な音をたてたのは不知火の足のほうだった。

 苦悶の顔をみせる不知火、そこに想い神がすかさず空気を圧縮した刃で腹を貫こうとするが、横から矢が飛んできたのでそれを迎撃。 その隙に死神に担がれたまま不知火は脱出することに。

「ちょっ! 大丈夫ですか?」

「助けてくれてありがとう。 問題ないよ、これくらい僕は慣れている。 それに完璧に折れたわけじゃないからね。 動ければいいさ」

 まるで問題ないかのように答える不知火に、先程見事な連携プレーをみせた風見幽香が近づいてくる

「地に膝なんてついちゃって。 無様な姿が良く映えるわね、あなた」

「これはこれは、頭がお花畑な妖怪じゃないか。 さっきはありがとう、信じてたよ。 君が壊してくれるって」

 右手を差し出す不知火、幽香はその手を取ることなく逆にパシッとはじいた

「あなたを殺すのは私よ。 それ以外の者に殺されちゃ堪らないから、弱小のあなたを助けてあげただけ。 勘違いしないでくれるかしら」

「まだ覚えていたのか。 君も意外と根に持つタイプだな」

「当然よ、まぐれだとしても偶然だとしても私に一撃いれたのはあなたが初めて。 そしてこれほど殺したいと思ったのもあなたが初めてなんだから。 いわば初恋よね」

「君の初恋と世間一般の初恋を一緒にしないでくれるかな」

 僕が鬼と殺し合いを演じ、蓬莱山に会ってから10年ほど経った頃、僕はこの女性、風見幽香に出会った。 ひまわり畑で|幽香《ゆうが》に微笑むその姿は周りに咲くひまわりなんかよりもよっぽど美しかったのを覚えている。

 僕はそんな風見に近づいて、殺しにかかったんだっけな。

 あんな笑顔を浮かべることができる彼女が羨ましくて

 当然の結果として、僕は風見に殺されかけた

 比喩ではなく本当に。

 動くことさえ厳しかった僕だけど、歯を食いしばりながらなんとか立ちあがり、よろめきながら風見に合わせるような形でカウンターを喰らわせた

 その後僕は動くことさえできず、下から彼女の顔を見上げることしかできなかった。 そんな僕を彼女は見下ろしながら、カウンターが当たった頬を撫でていた。

 そして彼女はあろうことか、この僕を殺さなかった。 

 彼女は僕のことを殺さずに、殺してくれと懇願するほどの苦痛を味わせようと企んでいたらしい。 (これは鴉天狗から聞いたことだから信憑性は皆無だけど)

 うまれてはじめて僕以上に嫌な奴を見つけた瞬間だったよ。

「あら、妖怪の私に世間一般の常識なんて無意味に等しいわ」

「確かにそりゃそうだ」

 凝り固まった肩を二回ほど鳴らして、僕は起き上がる。 さっきから想い神が攻撃してこないのが気になる。 

「あなたはそこでじっとしてなさい。 弱いあなたの出る幕じゃないわ。 スキマ妖怪や従者、天魔に亡霊の姫も本格的に参加しだしたみたいだし。 そこで指をくわえながら事の経緯でも見ておけばいいのよ」

 幽香は起き上がった僕の額を人差し指で弾きながらそう言った。 そう言われて想い神のほうに視線を移すと、確かに見慣れた姿や、馴染みがさほどない姿が視界の中に入ってくる。 スキマ妖怪の八雲は自分の能力をフルに使い、様々の所から物を持って来て想い神にぶつけたり、時には人間が使う鉄砲で射撃する。 従者である藍はその強大な霊力を使い、想い神に真っ向から対抗していた。 天魔はその自慢の速さで想い神を|撹乱《かくらん》させ、他の者のアシストを、八雲の友人は自分の能力であろう、黒い蝶を結界へと突撃させたり、その蝶で人間達に向かう攻撃をシャットダウンしたりしている。

 先程まで、僕の登場に呆然としていた人たちだろうか。

「そうはいかないよ。 僕はアレを止めるために此処まで来たんだから。 それに君達じゃ想い神は止めれないよ。 想い神は初めに触れた想いを叶えるまでは絶対に消えないし、止まらない。 妖怪を皆殺しにするまで止まらないんだよ」

「ふんっ。 私達妖怪が、人間の想いだけで動くような神に勝てないとでも?」

「ああ、勝てないよ。 なんたって、人間の想いはとてもとても重く、強固なものだから」

 負の想いであるならなおさら、それは強固で重いものになる。

 人間に限ったことじゃないけれど、正の想いってのは意外と重いものじゃないんだよね。 だってその人自身が+のことを味わっているから。 嬉しいことや、楽しいことを味わっているから。 負の想いはその反対で、悲しいことや憎いことで出来ている。 当然、その人自身は−のことを味わっているわけだ。

 君だって思わないかい? 自分に不幸なことが起こったときに、他人も同じように不幸になっちゃえってさ。

「龍神ならともかく、僕たちが勝つことはできないよ。 その龍神だって今回はノータッチだ。 僕のお願いでね。 彼がどこかで見てることは確かだけど」

 いらぬお節介をするほどの激甘だからね

 幽香は呆れたように言った

「わからないわ、人間が考えてることなんて。 考えたくもないけど」

「そうかい? 僕は分かるよ。 僕も同じような気持ちを抱いたことが多々あるからね」

「それでもあなたは、愚かな人間のように頼ったりにしてないでしょ?」

 愚かな人間……か

「同じ穴の|狢《むじな》さ。 僕と想った人間は」

 僕は龍神に頼り、人間は想い神に頼った。 ただそれだけのこと

 だとしたら、僕は愚かな妖怪ってとこかな

「さあ、話しは終わりにしようか。 僕達以外は皆戦ってるわけだし」

 いつの間にか、傍にいたはずの死神まで消えている

 ナイフを顕現させ構え、想い神を見据える僕に風見はため息をついた

「精々邪魔にならないようにしなさい」

「邪魔なときは僕ごと破壊すればいいさ」

 君なら僕に当てることなく攻撃できそうだし

        ☆

 焼け野原のようになった場所で、一人の神と何人もの妖怪・人間の連合が戦いあう

 金属と金属がぶつかり合ったような甲高い音がしたかと思うと、重低音の音も響いている

 この場所も元は木が沢山あり、妖精が遊びまわり、妖怪が我が物顔で跋扈し、人間が風景を楽しんだりしていたのだろう。 いまやその面影など残っていないが。

 そのかわり、現在のこの場所には怒号と悲鳴が辺りを包みこんでいた

「天魔は右から攻めて! 花の妖怪は左から! 月人と人間は後方から支援を! 幽々子は後方の人間たちを守って!!」

 その中央で八雲紫が指示を飛ばす

 額には一筋の汗、その汗がキラリと反射して光る

 その汗が爽やかな汗であればよいのだが、残念ながら紫から流れ出る汗は冷や汗であった。

 紫の指示に従う形で(一部の者は舌打ちしながら)自身のできる最大の攻撃を加えるが

「この程度の攻撃は喰らいませんってことかしらね……!!」

 想い神は両手を左右に広げ、一回転するだけで人間と妖怪の今世紀最大であろう攻撃を全て弾き返した。 それだけに留まらず、左手をかぎ爪状にして下から上へと空を切った。

 ゴアッ!!

 想い神が空を切った場所から灼熱の炎が駆けた

 炎は遥か彼方の地平線までその牙を伸ばし、地面もろともパックリと空間を割った

「ねえ藍……。 さっきまであんな攻撃出来たかしら……?」

「私の記憶が確かならば、想い神は空気を圧縮したり念動力を使った攻撃しかできない。 そう記憶しております」

 若干、顔を引き攣らせながら藍は答える

 そう、そうなのだ。

 先程まで紫達が相手していた想い神はその二つしかできなかった

「それが短時間で、空間を裂くことが可能なの……?」

 想い神のその能力と化物じみた成長の速さに紫は驚く。

「それが想い神なんだよ。 僕達が呼吸するのと同じように想い神は想いを喰らって力を増しているんだよ。」

 紫の後ろから不知火が声をかける

「凄いと思わないかい? 想い神って最初は僕と同じ弱小な存在なんだよ? それがだんだんと強者になっていくんだ。 誰も手がつけられないほどの強い存在にね。 これって凄いことだよね」

「……凄いこと?」

「うん。 よく言われるじゃない? 勝者が強者とは限らないって」

 まあ……確かにそれはそうだ。

 不知火の言葉に紫は頷く

 勝負はその時の体調・精神的なメンタル・相性・運が絡まってくる

 なので、強者が弱者に負けることもありえる話である。

「けどさ、弱者が強者になることもないんだよね。 弱者が強者に勝負で勝ったとしても弱者は弱者のままだし、強者は強者のままなんだ。 頭がお花畑な人はさ、『努力は才能を凌駕する』とか言っちゃうじゃん。 あの言葉ってさ、僕からしてみれば一番腹立たしい言葉なんだよね。 だって────そういうことを言える奴は既に才能を持っているから。 そいつらは既に強者の部類だから。 そう言えるのはどうしようもない、絶望するしかないほどの強者との“格の違い”を見ていない連中が言えることなんだよ」

 自分が勝てると思い込み、その自信を叩き折られた不知火が自分自身で歩んできた道だから。 だからこそ、不知火はこんなにも穏やかに話すことができるんだろうか。

 どこか達観したように語る不知火に、紫はそんな疑問を抱く

「って、ちょっと話がそれちゃったね。 まあ何が言いたいかというと、想い神に僕達の常識は一切通用しないよ。ってことさ。 “超絶チートで成長する奴”なんて存在がそもそも僕達の常識には一切ないからね」

 肩をすくめながら不知火は言った。

 その時、二人の間にぞわりと鳥肌が立つ

 二人は脳が指令を出すよりも早くその場から離れる。

 二人がその場から離れた瞬間、さっきまでいた場所が紅蓮の炎に包まれる。 バチバチッ! バチバチッ! と咆哮を上げながら炎は燃えあがり、紫と不知火を断つ。 従者の藍は咄嗟に紫の前方に水遁の術で水の壁を作ったのだが────

「くそッ! 不知火まで間に合わん!」

 不知火のほうには既に、二つの大きな岩と炎が逆巻く風の刃が迫っていた。

 大きく飛びのいた不知火は空中におり身動きすることができず、その他の面々も自分のことで手いっぱいだったのでいまさら不知火の元まで駆けより、なおかつ大きな岩二つと炎を纏った風の刃から守ることなどできそうになかった。

「不知火ィッ!!」

 誰かが彼の名を呼ぶ声がした

       ☆

 まるでスローモーションのように目の前に迫ってきている物体が遅く感じる。 岩はゆっくりと回転しながら自分に向かってきており、炎の刃は不規則にゆらゆらと揺らめきながら心の臓に一直線に飛んできている。 

 だが、それは不知火とて同じであった。

 不知火は自分で左手を握ろうとして、その動きがえらくゆっくりであることから意識だけどこか別の場所にあるのだろうと推測した。

 そんなゆっくりと、音すら無い世界の中で、二つの人影が天狗のような速さで近づいてくるのが見て分かった。

 一人はその長身と長い金髪。 額に堂々とした一本角を生やしており、もう一方は小柄で腰には瓢箪をぶらさげ、右手に鎖で繋がれた手の平くらいの赤色でできた三角推を、左手に黄色の球体を、そして髪を縛っている布のところに水色の立方体をぶらさげていた。 

 二人は合図するわけでもなく、同時に飛んだ。

 長身のほうが岩に向かって飛び、その勢いを殺すことなく右ストレートを叩き込む。 岩は一瞬にして粉末とかすが、女性はそれに見向きもせずにもう一方の岩に左足のかかとを下段から上段へと思いっきり蹴りあげた。

 そして小柄な少女のほうは左手を強く握り、余波で頬が切れるのではないかと思うほどの横殴りで炎を纏った風を吹き飛ばした。

 その光景をみて、不知火は思った。

 あぁ……俺はこんな奴らを相手取ろうとしていたのか。と

 突然、聴覚が蘇ったかのように音を拾い始め、体も思うように動いていた。 どうやら無音でゆっくりとした世界は自分の役目を終えたのか、帰っていったらしい。

 そんな不知火の耳に懐かしい声がはいってくる

 大胆不敵にして大体無敵、天上天下で唯我独尊

 自分が憎くてやまない存在、自分が憧れてやまない存在

「やあ、遅くなってわるかったねえ、少し見ない間に随分と雰囲気が変わったじゃないか」

「勇儀とガチバトルしたときと少し似てるよ。 私はそっちのほうが好きだけどね」

 ああ……相変わらずストレートな物言いだな

「やあ、久しぶり。 鬼のお二人さん。 待ってたよ」

 これで役者の全てが揃った

 想い神といえども、いまの状態ならなんとか結界を壊すことは可能だ。

 結界さえ壊すことができたなら、憑くことは非常に容易い

「早速で悪いんだけど、ちょっくら壊してほしいものがあるんだ」

「あの小童の結界だろ? 大丈夫、壊してみせるさ」

「ま、あたしらに任せてアンタはそこで見ていればいいさ」

 そう言って二人は駆けだした。

「そう言う訳にはいかないんだけどな……」

 首をまわし、腰を捻り、緊張で固まった筋肉をほぐす

さあ行こう

 これ以上、僕が舞台に上がっておくのは頂けない

 さっさと憑いて、舞台裏にでも引っ込まなければ

 半透明になってきた体で、不知火は戦場へと身を投じた

         ☆

 ガキンッ!と拳と結界がぶつかり合う音がする。 鍔迫り合いみたいになりギギッ……ギギッ……と、こすれるような音がして拳と結界は離れた。 拳を握った側である勇儀がその場から引いたのだ。

「かったいね〜。 単純な力勝負ならかなりの自信があったんだけど……」

「これだから怪力馬鹿は困るわね」

「それはあなたにも言えることよ?」

 飛びのき、自身の拳と想い神を交互にみながらガシガシと頭を掻く勇儀に、近くにいた幽香が呆れたような、皮肉めいた顔で勇儀のことを怪力馬鹿と称したのだが、弓矢で遠距離攻撃をしている永琳に、にこやかに自分も怪力馬鹿だと告げられる

「……後で覚えておきなさい」

 永琳を睨みつけながら幽香は想い神に向かって突進する

 それをみて、想い神は自身の周りに5mほどの火柱をたてる────が、

「ちょっと境界を弄らせてもらうわよ?」

 スキマから出てきた八雲紫の指パッチン一つで想い神を守っていた火柱が消える

「────ッ!?」

「なかなかやるじゃない。 その穴に隠れてるだけかと思ったけど」

 勢いを殺すことなく幽香は、傘で目玉を抉ろうと突き刺す────が、それは毎回結果が同じようにすぐに潰れた。

「それだけじゃ終わらないよ!」

 霧となり姿を消していた萃香が現れ、壊れた傘の取っ手の部分を思いっきり蹴る。 傘は耐え切れずに粉々になるが先端の尖った部分だけはからくも残っており、その部分が真っ直ぐに想い神の目玉を穿ちにいく

 結界に当たり、弾丸のようにくるくると回りながら徐々に徐々に突き進んでいく傘の先端部分。
 

 誰もが思った

 これでようやく結界が壊れたと

 だが現実は厳しく────その考えを嘲笑うかのように先端部分を破壊してしまった

 パラパラと崩れ去り、そっと想い神がそれに手をかざせば砂のように消えてしまった

「おかしいわね……。私の目が確かなら破壊されたものが砂のように消えていったけど……?」

「節穴だね。 ……と、言いたいところだけど。 どうやら、節穴ではないみたいだよ」

 萃香が顎で永琳のほうへ促す。 

 永琳は弓矢を限界まで引き、常人では視認することさえできない速さで撃つ────のだが、想い神はその矢に向かってゆっくりと手を伸ばした。

 たった、それだけで

 たった、それだけのことで

 矢は溶けるように消えていった

「時間をかけすぎたようね……」

 スキマから紫が苦々しく、呟いた。

 また一つ、想い神は想いを喰らい強くなったのだ

「これ……かなりヤバくないですか?」

「ヤバいなんてもんじゃないわよ。 絶望的って言うのよ」

 冷や汗を垂らす小町に、紫はそう指摘する。

 いつもは優雅に頬笑みながら、口元を隠すように扇子を当てるのだが……現在はその余裕もなく固い表情をしている。

「絶望的ねえ……」

 顎に手を当て、想い神の動向をみていた永琳は手の平サイズの石を拾い、それを隣にいる勇儀に渡す

「ちょっと投げてくださらない?」

「これを?」

「ええ」

 不思議がる勇儀に、永琳は頷く。

 想い神のほうは、自分の能力を確認するように岩や石ころを消している。

 こちらに興味をもっていないいまだからこそ、対策を考えないとまずいのだが……

「どうなってもしらないよっ!!」

 全員が全員、いい考えが浮かばずに黙ったままなので、それを確認した勇儀は思いっきり、力の限り投げた。

「ええ! これで私の考えが正しければいいけどね!!」

 勇儀が石を投げた瞬間に、永琳は矢を放った

 弾丸のような速さで想い神に飛んでいく石と矢。 下を向いたままだった想い神は、1m付近でようやくその存在に気付き手の平を石のほうに向ける。 石は音もなくサラサラと消えていった────が、

 パンッ!!

 その石の背後から迫っていた矢は消えることなく、結界に当たって音をたてながら砕けていった。 

「…………どういうこと?」

「石は消えたけど、矢は残った?」

 皆が永琳のほうを向く。 その視線を一身に集めた永琳が、ウインクして話しだした。

「簡単なことよ。 あの子が能力を扱いきれてないのよ、まだね。 あの子は自分に迫ってくるものを確認して、認識してようやく消すことができるのよ。 石を投げてもらったわよね? そして矢を放ち、後ろに控えるような形にした。 ではここで問題です。 石を消したあの子は矢のときはどうしたでしょう?」

「消すことはしなかった……」

 呟く小町に永琳は首を振る

「正確には消すことができなかった。 あの子が見たのは迫ってくる石だけで、後ろに控えている矢は視認できなかったから。 そして、石を消した後に視認することはできたが、咄嗟のことで確認することができなかったのよ。 何が迫ってきたのか」

 もしも、想い神が視認せずとも確認せずとも、オートで自分に迫ってくるものを消すことができたならば勝ちはなかっただろう。

 永琳は一度、皆を見渡して力強くいった

「まだ────望みはあるわ」

 だが、まだ勝てる。 勝つことができる。 

 永琳は力強く頷いた

         ☆

 永琳の考えた作戦はいたってシンプルだった

 一点集中、結界破壊

 全員がバラバラの個所に攻撃するのではなく、一カ所に全員のありったけの力を込めて攻撃していく。 一つ一つの攻撃は結界で防げるかもしれないが、そのダメージの蓄積によって強固な結界を壊そうという考えである。

 これにはリスクがついてくる。 

 誰か一人でも箇所が外れたり、外したりしてしまうとそれだけでこの作戦が失敗すること。 月の頭脳の八意永琳の計算を信じるのであれば、一人でも外れただけで結界は壊せなくなるのだ。

 スキマ妖怪である八雲紫と死神であり距離を操れる小野塚小町は能力を駆使して皆のサポートを、そして後の者は攻撃を。

「……大丈夫。 大丈夫よ」

 永琳はそう自分に言い聞かせ、ゆっくりと深呼吸をする。 トップバッターは発案者である自分。 目にみえないプレッシャーが重く圧し掛かってくる。 その全てを振り払い、永琳は弓を引く。

 狙うは想い神の頭部

 その想い神は立ち止まり、周囲の者を見回している。

 誰が動くかわからないので、あちら側も手を出しあぐねている状態だ。

「さあ────いくわよ!!」

 叫び、永琳は矢を放った

 風を裂き、流星のごとくスピードで想い神を貫く矢に、想い神は手をかざして消す

 だが、それでいい。 その行動をもって───

 ────この作戦は開始される

「黒死蝶! その鱗粉で、この者に死の導きを!」

 幽々子が全身から黒死蝶を顕現させ、想い神の頭部に突撃させる

 その一部分だけ真っ黒になり、昼間にもかかわらず夜の帳がおりる

 驚いた想い神だったが、黒死蝶を視認しその存在をこの世から消そうと手の平をかざす────ところで、フッと目の前から黒死蝶が勝手に消え、

「クスッ……。 あなたの泣き顔を思い浮かべると、知らず知らずのうちに笑みが零れちゃうわ。 ……さあ、私に最高の快楽を味あわせてちょうだい!!」

 恍惚とした表情で、凶悪な表情で、風見幽香がありったけの妖力を傘の先端に込めて突く

 それと入れ替わるようにして八雲紫の従者である藍が狐火を練りに練って、レーザー光線のように細くして追加攻撃を加える

 その二人の攻撃に苦悶の顔を浮かべる想い神

「まだ終わらないさッ!! 鬼の本気の一撃、冥土の土産にもらってきな!!」

 スキマによって想い神の視界から消えた藍と幽香にかわり、霧から姿を現した萃香は右腕をグルンと一回転させ、その回転の勢いのままアッパーをかます

 ピシッ……! ピシッ……!

 蜘蛛の巣のようなヒビが一点にだけはいる

 それはとてもとても小さな箇所で、それこそ拳一個分の幅であったのだが────

「勇儀!! 頼んだよ!!」

「任しときなッ!」

 怪力乱神の彼女の前では、その幅はとてもとても大きなものであった。 どんなに幅が広くとも、当たらなければ意味はない。 しかしながら鬼である彼女は、どんな小さな幅であろうとも当てることができる。

 勇儀の拳を受けた結界はピシピシ……、という擬音からバキバキ……! という擬音へと変わり─────

 パリーーーン!!

 と粉々に砕け散った

「やったわ!」

 その光景を固唾を飲んでみていた紫は小さく両手を握りガッツポーズをする。 あの強固な結界を壊したのだ。 これに喜ばないはずがない

 だが、喜んだのもつかの間────ここにきて問題が起きた

 強固な結界は壊した

 じゃあ次はなにすればいいの?

 想い神に一撃を喰らわせればいい

 それは誰がするの?

 幽香・藍・幽々子・勇儀・小町・萃香・私・全員が離れた位置におり、もう少しで再生してしまう結界には手が届かない。 仮に届いたとしても、妖力を全て使いきってしまったので想い神を倒すほどの一撃を出せるかどうかも怪しい。

「そんな……!? もう少しなのに……! もう少しでいけるのに……!」

 悔しくて悲しくてどうすればいいのか分からなくて涙が出てきた。

 涙などみせてもかわらないのに

 こんなことしてる暇があるならスキマを開けばいいのに

 考えてはいるが、八雲紫にはその後に待ちうけている絶望のビジョンのほうが浮かんでいき、ただただ立ちつくすしかなかった。

 そのとき、一陣の突風が紫の帽子を飛ばしながら駆け抜けた

 妖怪最速の名をもつ天狗の長

「天魔ッ!?」

 そして────

「おつかれさん。八雲」

 妖怪最弱の名をもつ鬼火

 不知火がその背に乗り、想い神を真っ直ぐに見据えていた

         ☆

「わるいね、大将。 体が消えかけ過ぎて足が思うように動かせなくってさ」

「はは。 それにしても……いいのかい? このままお別れして」

「ああ、いいさ。 それにこっちのほうが僕らしいだろ?」

 170cmの不知火よりも大きな黒い翼をはためかせ滑空していく背に乗ったまま、不知火はそう言う。 天魔は少し困った様子で反応に窮していた

 想い神との距離は3mまで迫っていた。 既に結界のほうは再生をはじめておりかろうじて手が一本入るくらいであろう。

 天魔はそこから一気に高度を上げる

「ありがとう、天魔。 この恩は覚えていたら誰かが払うよ」

 そう言いながら、天魔の背から飛び降りる不知火

 右手でナイフを顕現させ、重力を味方につけた状態で一気に振り下ろす

「幕引きといこうじゃないか!!」

 穴に向かってナイフを差し込み、一気に横に薙ぐ

 小気味良い音をたて壊れるナイフ

 不知火はそんなナイフには目もくれず、腕が使い物になっても構わないかのごとく強引に結界の内部、想い神の肩へとねじ込み、触れる。

 ビクリッ!? と想い神の肩がわずかに揺れる

「なあ、想い神。 どんな気分なんだい? 想いを受け入れるってのはさ」

 不知火は一人でに喋る

「悲しみ・嬉しさ・怒り・泣きたい・殺したい・笑いたい・守りたい・助けてあげたい・救ってあげたい・悲嘆・悲哀・慈しみ・恨み・妬み・嫉妬・憎悪・殺意・愛でたい・愛らしい・犯したい・遊びたい・仲良くなりたい・恐怖・嫌悪・恥・孤独・罪悪・苦しみ・切ない・不満・快感・快楽・果てたい・犯されたい 人間はその一生で色んなことを想い、思う。 そんな全ての想いを受け止め、受け入れるのは凄いことだと思うよ。 少なくとも、僕にはできないことだからね。 君は例えるなら、まだ何も描かれていない真っ白いキャンパスなんだよ。 想いを受けて、ようやく“絵”になっていく。 もちろん、その絵が醜悪なものになるのか、綺麗なものになるのかはその想い次第。 だとしたら、いまの世界では君の描く絵は醜悪なものにしかならない。 薄汚れた、穢れた、下卑想いが蔓延っているこの世界ではね。」

 想い神はなにもするわけでもなく、不知火をじっと見ているだけ

「それに困るんだ、流石に妖怪がいなくなると。 殺す対象がいなくなってしまうし、僕の生きがいがなくなってしまう。 だから、これからやることは迷惑極まりないほどの僕の自己満足だ」

 半透明を通り越して、8割ほど透けている不知火は小さな声量で、しかし明確に言った。 湖に石を落したときのように、その声は波紋としてゆっくりと辺りにまで響いた

「───神憑き───」

 眩い光が世界を染める

 誰もが圧倒的な明るさに目を閉じるしかないなかで、八雲紫だけはしっかりと彼のことをみていた。

 その光に紛れるようにして、元からなにもなかったかのように消えていく姿は、まさしく不知火そのものだった。

 不知火は紫の視線に気づき、振り向き笑顔でいった

「アンタの思想、嫌いじゃないぜ。 精々、頑張ってくれよ」

 いつもの口調で、笑みを浮かべながら不知火はそのまま想い神と一緒に消えていった

 やがて、光はおさまり静寂だけが辺りを支配する。

 ぽつり…… ぽつり……

 紫の頬になにか冷たいものが当たるのを肌で感じる

 それはやがて大きな粒となり、ザーザーと音を響かせた。 さながら心を洗い流すかのように。 労うかのように。

 誰も何も言わず、誰も動こうとしない

 たったひとりの妖怪と引き換えに、この物語は結末をむかえることになった

       ☆

 それから一週間、雨が止むことはなかった。

 まるで、誰かが号泣しているかのように止め処なく降り続いたのだった




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