A's4.高町なのははDKらしい
カレンダーを一つめくった今日、ついに10月に突入してしまった。 夏の残暑も消え去り、日中は涼しく、夜は少しだけ冷え込んできたのだが、それでもまだまだうちの娘は元気いっぱいに庭を駆け回っていた。
フリルつきスカートで棍棒を手に庭を一生懸命走るヴィヴィオ、その先にはアヒルのガーくんが後ろをちらちら確認し速度調整を行いながら走っている。
また二人でなにか新しい遊びでも考えたんだろうか。 俺にはサッパリわからん。 この頃のヴィヴィオはよく自分で遊びを創作する。
そうやって自分でどんどん遊びを創作していくことは良いことだし、嬉しい限りだ。
「読書の秋に食欲の秋、そして色欲の秋。 う〜ん……秋は色々とやることが多すぎて手が忙しいな」
とくに色欲。 なのはとフェイトにキャンプファイヤーの資源となってしまったので、また揃えないといけないのかと憂鬱になってしまう。
「いっそのこと……あらたなジャンルに手を出してみるとか。 ボテ……家から追い出されるのでやめとこう」
追い出されるだけじゃなく高町家緊急家族会議で始まってしまうかもしれないし。
いや、だがしかし、本当にそれでいいのだろうか?
この頃は需要もあるし、そういう本も増えてきている。 この大波に乗らなきゃ男が廃るのではないか?
「しかしボテはな〜、将来的なことも考えるとやっぱ厳しいかもしれないし。 そもそも男である俺は仕込む側なわけで、そういった本を持っていると女性側も敬遠するかも。 なのはだって幼馴染本だけは残してくれたし」
やはりスポンサーのニーズに合わない参考書を買うと捨てられる可能性がある。
まるでなのはがエロ本を欲しがっているみたいに聞こえるが別に問題ないので気にしない。
「ボテ腹はまたの機会にするか」
干していた洗濯物を取り込みながら呟くと、下からヴィヴィオが不思議そうにガン見していた。
「パパー、ボテバラってな〜に〜?」
「なのはママのことだよ」
「おー! なるほどー!」
「違うんだ、違うんだなのは!? 俺が悪いわけじゃない! べつに俺は悪くない。 咄嗟のことで頭が回らなかったんだ! お前はスリムだから! まだそんな年じゃないから!」
これ絶対に殺される。 聞かれたら一瞬にして幼馴染のアドバンテージとか一気に消滅する。 ついでに俺も消滅しちゃう。
「いいかヴィヴィオ? 絶対になのはママに言っちゃダメだからな? 絶対だぞ?」
「はーい! ヴィヴィオおくちチャックするー!」
口元に指を持っていき、左から右に移動させる。 よしよし、ヴィヴィオがいい子で助かった。 ついでにガーくんにも注意しておく。 物わかりのいいガーくんは首をぶんぶん縦に振る。 そもそも絶対的な支配者の前では、ガーくんも下手なこといえないし杞憂だったかもしれない。
干した洗濯物を取り込み、布団を抱え部屋に入る。
あー……庭の手入れもちょっとやっておこうかな。
布団を陽がほどよくあたる場所に置くと、もう一度庭に出る。 庭の端、俺がいつか庭に埋められ、ついでにネコモドキを沈めた位置にほど近い場所に花の花壇は存在する。
季節を移りゆくごとに花壇の色は変わり、彩られ、綺麗に輝く。
それはまるで、なのはやフェイトやはやて達のようで、自然に愛おしくなってくる。
燦然と輝く陽の光を浴びて、花は美しくなるように──
彼女達もまた──
そしてヴィヴィオもまた──
「テキシュウダー! モノドモデアエー デアエー!」
「んっ!?」
花に触れながら雑草を引き抜いていると、後ろのほうでガーくんが声を張り上げ、誰かと対峙していた。
「ちょっ!? ま、まちなさい! 服が汚れる!? だ、だから服が……服……が……。 上等よこのバカアヒル! 人間舐めると痛い目合うってこと分からせてあげるわ!」
なにしてんすかリンディさん。
あぁ……!? 俺が干した洗濯物が!? 窓ガラスが!?
なにしてんだあのババアに糞アヒル……! 俺の頑張りが……頑張りが……!
心の声など聞こえることがなく、ガーくんとリンディさんの戦いは熾烈を極めていく。 リンディさんが魔力弾をゼロ距離から放つとガーくんはそれを避けることなくその身に受け、自身は前足を軽く曲げ延髄に鎌を下ろす。 命を刈り取るその前足を、リンディさんは前屈みに移行し間一髪で避ける。 ちらりと見える胸の谷間、これは高ランクだ。 流石は歴戦の魔導師というところか。
前足を寸での所で避けたリンディさんは、その体重移動に逆らうことなくその場で空中一回転を決め、着地の軸足とは別の足でガーくんに踵落としを決めに行く。 ハイニーソを履いたそのおみ足は地を穿つ。 足と地の直線状にガーくんは存在していた。 空中にいるガーくんはその速さに対応することが出来ず、地に落とされると思った刹那──
「ヒカリヲ──コエル……!」
ガーくんは光を超えた。
☆
「コワッカヨー……、ヤキトリニナルトコロダッタヨー……」
真っ白な羽毛からどこか焦げ臭いにおいを発しながら、ガーくんが涙目で俺に擦り寄ってくる。 ガーくんちょっと離れて、なんかお前めっちゃ熱いんですけど。
「まさか……先に光を超えられるなんて……。 仕留めたと思ったのに……」
「リンディさん、自分も光を超えることが出来るかのような言い方は止めてください」
ガーくんをなだめながら、リンディさんに紅茶を出す。 今日のリンディさんは黒のシックな服に赤のフリルをワンポイント、下のスカートも黒で揃えてきている。 しかもニーハイ、そしてミニスカ。
年を考えてほしい。 めちゃくちゃドストライクというなんだけどさ! もうこの人やっぱすげえよ、何が凄いかって、熟女なのに20代が着るファッションを着こなしていることがすげえよ! この人絶対に肌年齢10代とかだよ!
「リンディさん肌年齢はどれほどですか?」
「20代だったかしら」
「すげえっ! 20代って十分すげえよ?」
この熟女まじですげえ。
「して今日は何用で? なのはもフェイトもいないですよ?」
「今日はヴィヴィオちゃんに会いに来たのよ」
「ああ、あっちじゃ相手にされないどころか邪魔者扱いなんですか……可哀想に……」
「ゲンキダセヨ、ナ?」
「なんで無職とアヒルにそんなに心配されなきゃいけないのかしら……!? エイミィとの仲も良好よ!」
「よくいるよなー、こういう勘違いする人」
「ネー」
「あなた、カルシウムはちゃんと摂ってるわよね?」
無言で土下座に移行する俺。 頭に足を置くリンディさん。
「ありがとうございます」
礼を述べた瞬間、頭が床に5cmほどめり込んだ。
「ところで、ヴィヴィオちゃんはどうして布団で寝ているのかしら?」
「ふがほふごふご」
「ふ〜ん……確かに5歳じゃ体が夜までもたないものね」
納得したリンディさんはより一層足に力を込め立ち上がると、布団ですやすや寝ているヴィヴィオに近づき、ほっぺをぷにぷにしはじめた。
「既に失われたそのもち肌……」
『聞こえてるわよ?』
失われそうな無職の命
魔力弾が飛んできたときに身を守れるようにガーくんを胸の位置に抱っこする。
しかしそんな俺に目もくれることなく、リンディさんはヴィヴィオはじっと見つめていた。 この人、もち肌欲しさにヴィヴィオの皮を剥ぎ取らないだろうか? リンディさん素手で戦艦の装甲剥ぎ取る猛者だからなー。
丁度そのときヴィヴィオが寝返りをうつ。
毎日俺と同じ時間帯に起きるヴィヴィオにとって、昼に移行する時間帯までがとてつもなく長い。 夜を待たずして体力を使い果たすことがしばしば。 そのためヴィヴィオは、昼を食べて数十分から一時間後ほどお昼寝を毎日しているのだ。
付き添いとしては俺とガーくんが毎日、仕事がない日はなのはやフェイトも一緒になってお昼寝する。 なのはの場合はそのままガチ寝に移行することもしばしば。
「ああ、思い出した。 リンディさん、ちょっとの間ヴィヴィオの面倒お願いできますか?」
「ええ、勿論よ。 なにか急ぎのようでもあるの?」
「なのは達におやつをもっていく約束してまして。 ラズベリーのタルトなんですけど、あまりが冷蔵庫にあるんで、よかったら食べてください」
「あら、甘いものには厳しいわよ?」
味覚破壊されてる人がいってもなぁ……。
「あ、それとフェイトによろしく言っておいて頂戴」
母親の顔でフェイトの名を出すリンディさん。 やはり母として娘が心配なんだろうな。
「言っておくけど、フェイトの心配は半年で終了したわよ」
「あれ? そうなんですか?」
「ええ。 最初はおどおどしてて、何かにつけて私に確認を取ったり、不安そうな顔をしていたけど、なのはちゃん達と海鳴で生活するようになってからは、私の心配は杞憂に終わっていったわ」
「これわいが褒められるパターンやで」
「むしろフェイトの教育上、あなたを真っ先に抹殺しておきたかったわ」
これわいが殺されるパターンだった
10年前から思っていたが、この人なんで俺にこんな厳しいんだ。 尋常じゃないほど目の敵にされてるんだけど。
リンディさんがため息を吐きながら、ヴィヴィオの頭を撫でている隙に俺は抜き足差し足忍び足で家を出て行くことにした。 この空間にいると、いつナイフが飛んでくるかわからないし。
ドライアイスを大量に敷き詰めた箱の中にラズベリータルトを並べ、そのまま玄関を出る。 バイクに跨って六課へ行こうとした直後、膝の上にガーくんがちょこんと座っていることに気づいた。
「……いつからそこにいたんだ……? というか、ヴィヴィオの隣にいなくていいのか?」
「リンディメッシュトイタラカグコワス。 カグコワシタラナノハニオコラレル……。 ナノハコワイ……。 ソレニスグカエッテコレル」
うーむ……すぐに帰ってこれるような距離ではないのだが、まあガーくんがそこまでいうならそうなんだろうな。
「んじゃ行くか」
ガーくんを膝に乗せ、俺は六課へ移動するのだった。
☆
爆音轟かせ六課へ向かった彼、ヴィヴィオちゃんがお昼寝中だというのにいい度胸じゃない。
「んっ……あう……」
もぞもぞと口を動かしながら眠るヴィヴィオちゃん、可愛くて食べてしまいたい。 彼さえいなければ……! 彼さえいなければ……!
悔やんでも悔やみきれない私の汚点だわ。
「はぁ……、それにしても、あの子はいつまで私を心配させるつもりなのかしら」
9歳の頃は可愛かったのに……。 いまでは憎たらしくなって。
「ほんと……いつまで経っても目が離せないわ……」
重いため息を空気に流し込み、私は彼が作ったラズベリータルトを食べることにした。
彼はお嫁さんでも目指してるのかしら……?
☆
「そういえばわたし達ってDKじゃないっ!?」
「あ? ドンキーコング?」
「ウィエッホッホッホッホwwwwwwッホッホッホッホッホホーホwwwwオホーホwwwオーホホホホホーwwwwwイェッホーwwwwwウッホホwwwwアオーwwwwwwwウッヒャホーオwwwwwwwウッホッホッホッホwwwウーホホホホホーwwwwww」
「みんなの書類がっ!? みんなの書類がっ!?」
突然立ち上がり、手を叩きながら意味の分からない言葉の羅列を発し始めたはやてちゃん、そしてそれによって被害を受けたわたしたちの書類。 それぞれのデスクの上にはジュースでべとべとになった悲惨な光景が広がっていた。
よかった、最終ラインは越えなかったみたい……!
やっぱりみんな女の子、口に手を置き上品に液体を零している。 ティアなんかトマトジュース飲んでいたから絵面が怖い、怖すぎる。
そしてその光景を作り出した本人は、その光景に満足気に頷いた後、椅子に座った。
「で、なのはちゃん。 百歩譲ってなのはちゃんがドンキーコングなのは認めるけど、わたし達まで一緒にされても困るんやけど」
「いや違う違うっ!? 間違えた、千歩ほど間違えたっ! ほんとはJD、女子大生だった!」
「きゃぴきゃぴな服に身を包んだゴリラ……」
「離れてっ! ゴリラから離れて!」
トラウマもんだから、きゃぴきゃぴな服着てるゴリラとか倒せる自信ないから。
「で、なんでいきなり女子大生なんか言い出したんだ? 頭でも打ったか?」
隣で一緒にデスクワークをしていたヴィータちゃんが、心配そうな顔をしながらこちらを覗いてくる。 やばい、なんかわたしが本格的にアレな人みたいなじゃん。
「いや、違うんだよ。 そういえば、わたしって年齢的には女子大生なのにもう働いてて、なんか女の子らしいことしてないなと一瞬思ったの」
『働いてる……?』
そこ、疑問をもっちゃいけません。 ちゃんと給料もらってるし、上から何も文句言われてないから大丈夫だよ、きっと。
この頃はやてちゃんが、中将の人達に何かお願いしてたけど不正はないはず。 ないはず……!
わたしの言い分にヴィータちゃんが顔を引き攣らせる。
「おいおい……十二分に女の子らしいことしてるだろ……」
「えー……そうかなー?」
う〜ん、自分はあんまりわからないなぁ。 わたしちゃんと女の子らしいことしてるのかなぁ?
仕事柄魔力弾を放ち続けていると、たまに女を捨てたのではないかと不安になっちゃうし、でもでもいまのこの生活が一番楽しいし充実してるのも確かなんだよねえ。
「巷の女の子はなにをしてるんだろうなぁ……」
『女と女のくんずほぐレズのプロレスごっととか』
『しょうがないなぁ、なのはさんは。 妊娠しても責任は取りますので……』
「動かないでティア。 残像残しながらこっちに向かってこないでっ!? その手に持ってる怪しげな物体を早く締まって!?」
ただ立っているだけなのに、何故かわたしの方向に瞬歩のような速さで距離を詰めてくるティア。 なにこの子、ほんとなにこの子。
抱きついてくるティアをアイアンクローで仕留めながら、受け取っていたノートに目を落とす。
今日はフェイトちゃんがティアを、わたしがスバルを、シグナムさんがエリオで、シャマルさんがキャロ。 子供組は基本的に真面目……というよりまともな人に頼むことが多い。 だってはやてちゃんだとコメントがカオスなことになるし。 ヴィータちゃんはいっつも書類に埋もれてるし。
ヴィータちゃんって書類といつも一緒にいるよね。 お友達なの? それとも運命共同体とか?
でもでも、ヴィータちゃんのおかげで六課が回っているのは事実なんだよね。 皆感謝しっぱなしだよ。
作業中のヴィータちゃんを無言で後ろから抱きしめる。 赤髪をなでなで、頭をよしよし、ヴィヴィオと遊ぶときのように接する。
「なのは、邪魔」
「ひどいっ!? わたしなりの感謝のしるしだったのにっ!?」
「しるしはいいけど、早くその書類終わらせてくれよ。 後が詰まる」
「あー、ちょっとまって。 スバルのノートでちょっと気になるところがあって。 スバルー、集合―!」
「はーい!」
元気よく手を上げこちらにダイブしてくるスバルに、すかさずティアシールドを展開する。
シールドを展開したまま、ノートを見せる。
「これ、なんで一回消して書き直してるの? それも、最初は丸々一ページ使ってた形跡があるのに、二回目は当たり障りのない訓練の感想と、自己の問題点だけ。 ほんとに、これが昨日書きたかったこと?」
わたしの質問にティアと遊び始めたスバルの顔から笑みが消える。
自分自身でもわかった。 スバルの笑みが消えた瞬間に、わたしの顔が険しくなったことを。
自覚しながら再び問う。
「ねぇスバル、わたしが何で自己管理型のノートを渡したかわかる?」
雰囲気を察し、ティアがシールドの役割を放棄した。 それによって、わたしとスバルを隔てる壁が消失し、わたしの瞳にスバルの顔が映し出される。
「……暴走したときのことなんて……書けるわけないじゃないですか……」
スバルは俯き気味でわたしにしか聞こえない声量が呟いた。
ぐっと握りしめた拳に何か重いものを感じ、スバルの呟きがどういった意味なのか聞こうとした瞬間──
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六課の窓ガラスが割れた。