A's5.ストロベリーパニック



高町なのは他、六課のアイドル達が唖然と立ちつくす中、青年は周囲を見回し全員がいることを確認し大声を上げる。

「おやつにラズベリータルト持ってきたけどおっさん轢いたから何個かおじゃんになった! 文句はおっさんに頼む! すまんな嬢ちゃんとスバル!」

「それよりもっと謝るべき箇所があるよね!?」

1人だけ早くこの日常とは逸脱した光景から我に返ったなのはが青年に向かって問い詰める。

「世界を逆に回転させてしまったこと?」

「君の首を180°回転させたい」

「日常を飛び越えちゃうからやめて」

なのはは青年の首をがっしりと掴んで180°回転させる。 その結果、青年の首に通っている神経が切れる音が聞こえてきたが気にしない。

「ほら! どうするのこの窓ガラス! 怒られるのわたしたちなんだけど!」

『わたしたちっていうか、わたしなんやけどな……。 これ局からお金おりるんかな……』

『おりなかったらあいつから請求すればいいんじゃね?』

『夫の不始末はやっぱ嫁のわたしがなんとかせなあかんしな〜……。 いや、でも今回のことを教訓に……』

なのは達よりも奥のほうからそんな会話が聞こえてくる。 ヴィータの言葉によりお小遣いが下げる可能性が生まれ恐怖する青年。 はやての会話により怒り顔から一転、無表情へとシフトチェンジするなのは。

「ところで俊くん。 その箱の中にはラズベリータルトが入ってるの?」

無表情もつかの間、いつもの可愛い女の子に戻ったなのはは俊が手に持っている箱を指さしながら聞く。 俊はそれに頷いて箱の中身を見えるように開けた。

「ほい、なかなかうまくできたよ。 ──って、なんだ全員無事だったのかタルトたちよ」

箱をあけて覗き込むなのはに釣られるように、他の面々も覗き込む。

ここらへんはやっぱり女の子というべきだろうか。 みんな甘いものにはめがない模様。 そして俊も爽やかな笑顔で手鏡を駆使してのパンツ覗きに余念がない。 女性たちが甘いものに釣られている間に、青年は自ら甘いものを作り出す。 世界レベルで有名なパティシエを師にもつ男がやる行動である。

「んっ?」

と、そこでスバルが俊の行動にいち早く気づき、口頭で注意しようとしたが──

スっ (なのは30秒)

サッ (スバル0.5秒)

「露骨すぎてむかつきますッ!」

口よりも先に手を出した。 鍛え上げた右ストレートから放つ拳は、まっすぐに俊の腹部へと命中。 俊は肺から空気を強制的に吐き出しながら吹っ飛んだ。

「俊くんっ!? 俊くんっ!?」

急いで駆け寄るなのは

「いいぞもっとやれ!」

「滅ぼせ!」

煽るヴィータとシグナム

一目散に駆け寄ったなのはは、床に転がっている俊を自分のほうに抱き寄せる。 そして拳を握りしめたまま若干涙目でぷるぷるしてるスバルにきつい口調でぶつける。

「スバル、差し入れをもってきてくれた人を殴っていいと思ってるの? わたしは教え子にそんな教育はさせてないよ」

「なのはさん、さっきひょっとこさん差し入れを餌になのはさんのパンツやフェイトさんのパンツを手鏡越しに見てましたよ?」

なのはは抱き寄せていた腕をぱっと離し、俊の顔面に膝を決め込む。

「なのはさんっ!? 差し入れした人の顔面に膝を決め込むのはいいんですかっ!? いまめちゃくちゃ慣れた手つきで自然に決め込みましたけど!?」

「ううっ……、わたしも胸が痛いけど、教え子のためには反面教師になることだって苦じゃないよ……」

「なのはさん顔がめっちゃ笑顔です、この上ないほど笑顔です!」

自分の上司に若干の恐怖を覚えるスバル。

「なのはタン、お胸が痛いの? お医者さんごっこ──」

スパンと乾いた音とともに、なのはの裏拳で一人の青年の命が散った。

            ☆

「なんかスバル元気ないな。 まるで女の子みたい」

「別にスバルは珍種でもなんでもないし、普通に女の子なんだけど」

桃色のバインドで両手両足を拘束された俊が、張本人であるなのはに疑問を投げかけた。 二人とも、窓ガラスを割ったことの謝罪を六課中にし終ってからのタルトぱくぱくタイムである。 二人肩を揃えて一緒に食べるのが一般的な男女であるが、ズレすぎたこの男女の場合は、女性のほうが男性を拘束し、自分の手で餌付けを行うという食べ方が主流である。 勿論、この食べさせ方により、なのはと俊は向かい合う形となっている。

フォークで俊の口元にタルトを運んだなのはが、そのフォークを可愛らしく先っぽのほうだけ口元に咥えながら考え込む。

「だけどまぁ……確かに今日のスバルはちょっと変なんだよね。 こう……元気がないっていうか」

「拙者のビンビン丸は今日も活きがいいでござるよ?」

「もうすぐ試験だっていうのに、どうしたのかなー? 悩み事があるなら、わたしに相談してくれてもいいと思わない?」

「拙者のビンビン丸は今日も活きがいいでござるよ?」

「ねぇ、無視した意味がわからないのかな?」

「サーセン」

ゴミを見るような瞳で俊を見下ろすなのは。 俊はそれに素直に謝った。 あまり遊ぶとビンビン丸が納刀されることを心得ているのだ。

「何かなのはがしでかしたんじゃね? トラウマ的な出来事を」

「う〜ん……それはないと思うけどなー。 訓練だってあれくらいしないと試験なんか受かりっこないし。 新体制になってから、ものすごく厳しくなったんだよ?」

「じゃあ女の子の日なんじゃね?」

「上司が女性なのに黙っておく問題かな? 俊くんみたいな上司ならともかく」

「そういえば、俺達にも男の子の日があることは知ってるか?」

「え? なにそれ?」

「たまたまが急に痛くなるんだよ」

「皮剥いたぶどうの痛さより、わたし達のほうが絶対に痛いと思う」

「やっぱムラムラすんの?」

「世界を壊したくなる」

「ムラムラは? ねぇムラムラは?」

「う、うるさいっ! フェ、フェイトちゃんがいるから大丈夫だもんっ! そういった面では問題ないもんっ!」

顔を真っ赤にしてばしばしと叩きはじめるなのは。 それに降参の意を示しながら俊はスバルを眺める。

『……あんぱん』

スバルは手元の資料を見つめながらそう呟く。

俊の右耳に、いまだ熟れたトマトのようななのはが顔を寄せて小声で話しかける。

「ね? なんかおかしいでしょ?」

「べつにいつも通りじゃね? あいつ基本的にメダパニかかってんじゃん。 いまは休憩としてサイレントモードになってるだけだろ。 へーきへーき」

俊の軽い口調に、なのはは俊の額にデコピンを打ち込む。 バインドによって逃げることもできない俊は甘んじてそれを受け止め、抗議の視線をなのはに向けるが、逆になのはが真剣な表情で自分のほうを見返していた。

一瞬の沈黙、負けたのは──当然として俊のほう。

ため息一つ空気に溶かし、いつものように口踊らせる。

「はぁ……流石にもう抱っこできないっていうのに。 ──ついにスバルンの処女を頂くときがきたようだな」

抱きつく姿勢に入っていたなのはが、そのままラリアットを決めるはめにいうまでもなかった。

           ☆

「ふぅ……」

自然と出るため息を止める力も沸いてこない。 いつもならデスクにじっと座っていることはなく、この自由時間になのはさんとの仲を深めるためにトイレの個室までくっついていくのが日課な私。 前に家族に『その……個室は止めたほうがいいんじゃないかな……?』 とは言われたが愛しているから止められない。

なのはさんと出会ったのは、忘れもしないミッドチルダ臨海空港大規模火災のときだった。 火災発生の際に建物内に取り残された私は、落ちてくる瓦礫を見つめながら助けを呼んだ。 来るはずもない、ヒーローを求めた。 後悔と欲求が渦巻き滴の結晶となって地面へ落ちる。

降りかかる火の粉、落ちてくる土くれ、そして──そんな全てを消し去ってくれた優しくあたたかい桃色の光。

その人は、優しく声をかけてくれた。 その人は、優しく私の手を取ってくれた。 その人は、優しく私を抱きしめてくれた。

赤色よりも柔らかく、灰色よりも純白なヒーローは、たった数秒で私を救い出してくれた。

私を抱いたまま空を駆けたその人は、涙で濡れた私の顔を拭き、地面に下ろした後ぎゅっと力強く抱きしめて頭を撫でてくれた。 決して大きくない体だったけど……あのときの私にはとても大きく感じられた。 きっとそれは、きっとそれが、その人の持っている器の大きさなのかもしれない。

私を救出してくれた後、その人はすぐに離れていった。

『ごめんね、ちょっと席を外すね? 大丈夫、すぐに戻ってくるからね? えっと……お名前は? うん、うん。 そっか、スバルちゃんだね。 大丈夫だよスバルちゃん。 すぐに戻ってくるから』

いまなら分かることだけど、あの混乱の最中私だけに割ける時間なんてものは存在していなかった。 致し方ないこと。 しょうがないこと。

だけど幼い自分はそんなことなど分からずに、ただただ周囲で独りぼっちの自分が寂しくて怖くて不安で、また知らない誰かの服をつまんでいた。

『あん?』

頭上より聞こえてきた声は、先程のように優しくなく一瞬にして怖くなった私は黙って俯いた。 何故だか手を離すことはできなかった。 きっと、この手を離したら本当に泣いてしまうとわかっていたから。

その人は私が怖くて俯いたことに気づいたのか、それ以降言葉を発することはなかった。 ただただ、じっと私の手を握りしめてくれた。 ただただ、頭を撫でてくれた。 あの人と同じようにあたたかくて、思わず顔が綻んだ。 きっとそれを見られていたのだろう、その人はくすりと笑っていた。 途端に恥ずかしくなった私だけど、何故か嫌な感じは一切しなかった。

それからしばらくしてギン姉と母さんが私を探しにきてその後ろにはなのはさんとフェイトさんがいて……私は後ろの人に抱っこされて……

『あんまり泣いていると、せっかくの可愛い顔が台無しだぜ』

私の方向からは表情は読み取れなかったけど、きっとその人は笑いながら話したんだと思う。 だって、あのときの私はちょっと照れていたから。

ふとした拍子につい考えてしまう。 もし、私に兄という存在がいたなら……あの人のように──

「俺なら子宮をだっこするかな」

「さりげない風を装って気持ち悪いこといいながら私のデスクにこないでください」

回転イスでくるくる回りながら私の元に変態がやってきた。 その後ろからなのはさんが湯気をたててるカップを二つ分持ちながらやってきた。

「ごめんね、ちょっと薬を切らしちゃって。 はい、あったかいミルクどうぞ」

「なのはさんの搾れたてミルク……!?」

「違う違う違うっ!? でないから、まだわたしなにもでないからっ!?」

「ダイソンの吸引力なら出る可能性が……!?」

「俊くん黙ってて! めんどくさくなるから黙ってて!?」

なのはさんは本当に可愛い。 私の子どもを産んでほしいくらい可愛い。 もうなんというか、本当に子どもを産ませたいくらい可愛い。

……なんというか、我ながらおかしくなったものだなぁ。 助けてもらったときは純粋な憧れだったのに、いまでは愛情にまで発展して……

「なのはさんを孕ませて……」

「俊くん助けてっ、教え子から聞こえてはいけないセリフが聞こえてくるんだけどっ!? 鳥肌が! 鳥肌が!」

大好きななのはさんがひょっとこさんに抱きついてマジ泣きする。 ひょっとこさんは胸が顔に当たって嬉しそうな表情……、というより鼻血で大変なことになっている。 これだから童貞は。

『フェイトさん、私もあっちのほうで勉強を……』

『この問題が解けたらね。 ペーパーで9割取っておかないと厳しいよ?』

『ぐぬぬ……』

『ココマチガッテルヨ?』

『あ、ほんとだ。 ガーくんよくわかったね?』

『キョウカショミタカラネ』

『えらいえらい』

『エヘヘー、ホメラレタ』

「はぁ……」

「ため息が多いな、スバルン。 頭痛? 生理痛? 情緒不安定? 悲しくないのに涙がでちゃう?」

「恋煩いではないですよ」

けど……頭を悩ましてることは確かだ。

なのはさんは警戒しているのか、ひょっとこさんの後ろに隠れながら私のほうをチラチラ見る。 なにこの可愛い生き物。 でもレイジングハートを振り回すのは怖いのでやめてください。

ほんとこの人は可愛くて、優しくて、カッコよくて、頼りになる上司だなぁ。

訓練だってAランクに昇進させるために一生懸命付き合ってくれて、欠点を埋め長所を伸ばしてくれて、頑張った分だけ褒めてくれる。

そんな私の大好きな憧れの人。

でも──だからこそ──

ガタっ、そう音がたつほどの勢いで席を立つと、驚くなのはさんとこっちを無表情のまま見ているひょっとこさんに一礼して、私はさっさとその場を逃げ出した。 あの二人の近くにいると、なんだか自然と涙が零れそうだから。

カップだけを持って廊下に出る。

「なのはさん達に戦闘機人だって、打ち明けるって決めたのに……。 いざ言おうと思うと……体が震えちゃうなぁ……」

だからこそ──打ち明けた後の反応が怖くていまだ一歩を踏み出せない私がいる。

なのはさんは……あのときみたいに私を優しく抱いてくれるのかな……?




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