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12.墓前に捧げる一つの酒



 カタカタカタ

「……」

 カシャカシャカシャッ!

「…………」

 カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャッ!

「ティア、フィルムなくなっちゃったよ?」

「え? もうなくなったの? ちょっとまって、替えのフィルムあげるから」

「それより二人とも仕事してよッ!? なんで上司の私が仕事してる横で平然と写真撮ってるわけっ!?」

「なのはさん! その表情いいですよ、もう一枚!」

「なのはさん、こっちにもお願いします!」

「フンガーッ!!」

 なのはが両手を上げて猫のように威嚇のポーズをとる。 今日も六課は平和である。

 それを一番遠い席からオレンジジュースを飲みながらみているのは六課の部隊長である八神はやて。

 高校時代に、ひょっとこと色々やらかした伝説がある女性だ。 はやては横でペロペロキャンディーを頬張っている自分の家族であるロリっ娘ヴィータに話しかける。

「そういえば、スバルはなのはちゃんに助けられたからあんなに慕ってるのはわかるけど、ティアナはなんであんなに懐いとるかしっとる?」

「いや、全然。 大方なのは萌えとかの狂信者じゃない? ほら管理局にもいるし」

「ああ、そういやおったな、あの変な団体。 絶対に接触することなくなのはちゃんの危険になる存在であろう者たちを排除する、ある意味管理局の負の遺産やな。 けど、おかしいでアイツが排除されてないやんか」

「アイツはそんなものを超越する存在だからな」

「流石はミッドが嘆くエースだけある」

 思い浮かぶのはなのはのパンツやフェイトのブラに命をかける男の姿。

「それにしても気になるな〜……」

 はやてはオレンジジュースを飲み終わりながら一人顎に手をおいた。

「いやああああああああッ!? ちょっと、それ私のリップ!?」

「か、間接キスに……!」

「私が左でスバルが右だからね」

「まあ、楽しそうでなによりやな」

 はやては眼前で繰り広げられる光景を見ながら彼に送りつけようと写メをとった。



           ☆



翌日

 ティアナ・ランスターは一人なのはを待っていた。 今日の服は黒の服に黒のタイトスカートというおよそ六課では似つかわしくない服装である。

 若干緊張気味に自分の上司を待つティアナのもとにコツコツと一つの足音を響かせながらとある人物がやってきた。

「あ、ティア。 きょうは早いねって……その服装は?」

「あ、なのはさんおはようございます。 その……今日はどうしても外さない用事があって」

 そこまで言うとなのはは何かを思い出したような顔をして、納得したように頷く。

「そっか……月日が経つのは早いね。 うん、わかったよ。 あとで私も行くからお兄さんにはよろしくね?」

 その優しいほほ笑みがティアナの胸に浸透して、ゆっくりと広がる。 そんな感覚を胸に抱いたままティアナは一礼して六課を後にした。

 タクシーで目的地に着くまでの間、ティアナは昔を思い出す。 自分が変わった日のことを、なのはに出会った日のことを、そして──兄の親友と名乗った男が現れた日のことを



           ☆



 兄が死んだ

 それは小さな幼き日に起きた突然の出来事だった。

 息を切らせながら自分に報告を告げた人の胸倉を掴んだのは覚えている。

 そして変わることのない情報を前に崩れ去ったことも覚えている。

 そこからはまるでタイムワープしたかのように一瞬に何もかもが過ぎていった。

「おにいちゃん……」

 ティアナは知らず知らずのうちに兄の名前を呼んだ。 しかし墓の中にはいっている兄は可愛い妹の声に反応することはない。 どんなに呼んでも叫んでも自分が狂ったところで、兄ティーダ・ランスターが殉職したという事実はかわることはないのだ。

 空は兄の死を悲しむかのように嘆くかのように泣いていた。 自分の頬から伝わる雫が雨なのか涙なのか、もう判別できないほどだ。 ティアナが悲しみに打ちひしがれているとき、後ろから声が聞こえてきた。

「情けない」

 その一言で関を切ったかのようにさまざまな人たちが兄に言われもない罵倒をしだした。 なかには諌めようとした者もいたが、しかしながらその全てが無駄に終わる。

 腹が盛大に出たいかにもな男性がその全ての言葉をかき消すのだ。 ティアナは幼いながらも悟った。 この人がこの中で一番偉い人なんだろうと。 誰もが彼に逆らえない。 場を収めようとした男性もいまは黙って唇をキュッと結んで耐えているだけであった。

 世の中は不条理だ

 ティアナはそう思った。

 そんなとき、やけに間延びした声が辺りを支配した。

「あ、すいませ〜ん。 ちょっと通してください。 あ、ダメッ! そんなとこ揉んだらアヒンッ! おっさん、いい趣味してるじゃねえか……。 なかなか受け入れられない道だけど頑張れよ」

「揉んどらんわ!? いまの一瞬で私の地位を落としたことがわかっているのかね!?」

 恰幅のいい男性がなにか抗議するが少年はどこ吹く風で笑っていた。 端正な顔立ちの少年である。

「よお、ティーダ。 期末試験受けてる間になに死んでんだよ、ダッセーな。 一緒に酒飲める年齢になるまで待ってくれるんじゃなかったのかよ」

 それはそこにいるもの全員を驚かせる言葉だった。

 少年は右手で持っていたウイスキーを開け墓に上からかける。 ドボドボと音をたてながら落ちる酒は処理する者が誰もおらず地面へとゆっくり浸透していく。

 やがて半分ほど減ったところで少年は注ぐのをやめ、かわりに自分が|呷《あお》り──

「おえッ! 俺酒飲めないんだった……、おじさんその服かして……」

「ま、まちたまえっ!? もう少し我慢するんだ、すぐにエチケット袋をもってくるから!」

「もう無理……」

 オロロロロロロロロロロロロロロロロッ!

 恰幅のいい男性の服の中にむかって盛大に吐いた。

 それからは阿鼻叫喚の図であった。 男性は急いで帰るし、それに付き従う形で参列者は帰って行った。 何人か貰いゲロした人もいた。

「さて……スッキリした。 士郎さん、もっと度数が少ないのくださいよ……」

「あの……」

「ああ、こないほうがいいよ。 俺ゲロったから、臭いきついと思うし。 それよりそこのおっさんは帰らなくていいの?」

 少年が問いかけた先には、先程一人だけ場を鎮めようと頑張っていた男性がさっきと同じ位置にかわらず立っていた。

「此処に市民がいる限り、俺はこの場を動くつもりはない。 それより水をやるから口をゆすげ」

「おっさん気が利くじゃん」

「おっさんじゃねえよ、まだ若いに決まってんだろ」

 やがてこの二人がミッドの名物追いかけっこの主役を演じる二人になるのだが、それはまたの機会のお話にでもしよう。

「それじゃ未成年の飲酒も見逃してくれ」

 その言葉に男性は答えない。 答えることができない。 少年もそれをわかっているのか笑いながら楽しんでいるようだ。

「あの……!」

「ん? お、すまんすまん。 つい話し込んじゃった」

 少年はティアナの頭に手を乗せる。 そして子どもをあやすようによしよしとする。

「俺はティーダにお世話になった身でさ。 ビックリしたぜ……いきなり亡くなるなんて」

「殉職だ。 違法魔導師との交戦でさ」

「そっか……」

「ちなみにどんなお世話になったんだ?」

「パンツ盗んだときにちょっと」

「お前これ終わったあと、交番までこい」

「そんなぁっ!?」

 それは墓前で繰り広げられるコント劇、観客はティーダ一人だけ。

 やがて少年は墓の前にどっかりと座りこむ

「なあ、嬢ちゃん。 お兄ちゃんは好きか?」

「……はい」

「そっか」

 隣に座ったティアナは小さく答えた。

 やがてぐすぐすと小さな嗚咽が辺りを支配する

「悔しいか? 大好きなお兄ちゃんがあんなに言われて」

「悔しいです……! ものすごく! お兄ちゃんは、優しくて強くて! 私の憧れの人で……」

「俺もだよ。 あそこでおどけてなかったらあいつらぶちのめすところだった。 でもさ、そんなことティーダは望んでいないんだよな。 それで、嬢ちゃんはこれからどうすんだ? 言っとくが、俺が引き取るなんてエロゲ的な展開にはならないからな。 そんなことしたら、俺が幼馴染に殺される」

「……私は一人で生きていきます」

「金は?」

「なんとかします」

「一人はさびしいよ?」

「大丈夫です」

「今日のパンツの色は?」

「おまわりさん、この人です」

「おう」

「冗談ですからっ!? 手錠取り出さないでくださいよっ!?」

 少年は慌てたように男性を静止させる。

「私……」

「ん?」

「私、大きくなったら管理局に入って……お兄ちゃんをバカにした人達を見返したいです……! 執務官になって……見返したいです!」

 ボロボロ泣きながら、ティアナはふたりの前で喋った。

「魔力とかまったくダメだけど、それでも見返してやりたいです!」

「いい心意気じゃねえか。 だったら俺が天才に勝つ方法を教えてやるよ」

「……え?」

「天才ってのは99%の努力と1%の才能で成り立っている。 それに引き替え凡人ってのは100%の努力で成り立っているものだよな」

「……そうですね」

「だったら、120%の努力をすればいいだけなんだよ。 10%の才能をもつ奴には200%の努力をすればいい。 50%の才能をもつ奴には1000%の努力をすればいい。 100%の才能をもつ奴には10000%の努力をすればいいのだけの話なんだよ。 理論上はこんな簡単なことなんだ。 単純明快、ゆえに難しいんだけどな。 そもそも上限が100%なんて誰が決めたんだよ。 そんなもん100%までしかできなかった奴が決めたことだ。 俺はそんなもの認めねえよ、そんなクソみてえなくだらないものに自分の尺度を合わせる気はさらさらねえよ」

 それはおどけることが得意な少年が見せた珍しい姿であった。

「まあ、それを嬢ちゃんができるかどうかは別問題だがな」

 いつものように肩をすくめて、ちょっと挑発する。

「できます!」

 その挑発にティアナは大声で宣言した。 少年がニヤリと笑う。 そんなとき、遠くのほうで少女の声が聞こえてきた。

「あ、見つけたよ俊くん。 もうなのはのケーキだけタバスコ味にしたでしょっ! ……って、これは」

「よお、なのは。 前に話しただろ? ティーダさんのこと」

 たったそれだけでなのははすべてを悟ったように深く頷いた。

「そっか……大変だったね」

「へっ……」

 なのはは少年の傍らにいたティアナをそっと抱きしめる。 それはまるで優しい母親に抱かれたときのように暖かかった。

 なのはは抱きしめたまま、そっと自分のもっていた傘をティアナに渡す。

「風邪引いちゃうから、ね?」

 微笑んだ後、男性の元へと向かったなのはは敬礼しながら喋る

「時空管理局本局武装隊 航空戦技教導隊第5班 一等空尉の高町なのはです。 故人の死因及びお名前を教えてください」

「ハッ! 時空管理局 首都航空隊 一等空尉 ティーダ・ランスターであります。 死因は違法魔導師との交戦による殉職であります。 なお、犯人は捕まった模様です」

「そうですか……ありがとうございます」

 なのはは頭を下げてお礼をいうと、墓へと向き直る。

 そして声高らかに宣言した

「勇気ある管理局員! ティーダ・ランスターに敬礼!」

「……え?」

「あなたの勇気ある行動を忘れません! あなたのおかげで沢山の市民が笑顔で日々を暮らせます! ほんとうに、ありがとうございました!」

 少年が少女が男性が、自分の兄の墓に向かって真剣な表情で敬礼する。

 まだ会って間もない人間が、会ったことすらなかった人が、自分の大好きな尊敬する兄に対して敬礼する。

 憐みでもなく、憐憫でもなく、同情でもなく、嘲笑でもない。

 そのことが嬉しくて、それがなによりも嬉しくて、ティアナ・ランスターは先ほどとは違う涙を流していた。

 あれから10分後、二人が帰る時間がやってきた。

「それじゃ、ティアナちゃん。 ティアナちゃんがくるの楽しみにしてるからね?」

「あの……」

「ん?」

「ティアって呼んでくれませんか……?」

 モジモジと恥ずかしそうに眼をしながらもまっすぐとなのはに言っていくる

「うん! それじゃバイバイ、ティア」

 なのははひと撫でして立ち上がった。 傍らには少年が、ニヤニヤみながらティアナをみていた。

「お前って、天然ジゴロにもほどがあるよな。 まあ、それはさておき嬢ちゃん──ガッカリさせんなよ?」

 ニヤリと笑いながら少年は少女とともに、一つの傘を使って帰って行った。

 これがティアナ・ランスターの記憶

 全てが変わった日の出来事である



           ☆



「お客さん、到着しましたよ?」

「あ、すいません」

 過去を振り返っている間にどうやら目的地にはきたようだ。 ティアナはタクシーを降りながら思う。

 初恋の人は? そう聞かれたら高町なのはと自信満々に答えるだろう。

 一番の親友は? そう聞かれたら恥ずかしながらもスバル・ナカジマと答えるだろう。

 一番会いたい人は? そう聞かれたら兄のティーダ・ランスターと瞳を潤ませながら答えるだろう。

 では……一番気になっている人は? そう聞かれたらティアナは、思案顔になりながらあの日に会った少年と答えるだろう。

 あれから一度も会ってないのだ。 しかしながら毎年毎年、ウイスキーと花が墓前に置かれているところからみると毎年来てくれることはわかる。

 コツコツコツ

 墓への道を歩き、もうすぐ兄の墓が見えてくるあたりから男性の声が聞こえてきた。

 何事か? そう思いながらティアナは少し足を速めたどり着いた先には──

「悪霊退散ッ! 悪霊退散ッ!」

 ひょっとこのお面を被った男性が兄の墓に向かって塩を投げつけていた

「なにやってるんですかーーーーーっ!?」

「おうわっ!?」

 男性は驚き大きくのけぞる。 ティアナは駆け寄り胸倉を掴みながら問いただす

「人の兄のお墓でなにしてくれてるんですかっ! 訴えますよ!」

「ち、違うんだよっ! スカさんから貰ったスカウターで悪霊がみえたから俺が退治しようと思って──」

「その前に私があなたを退治しますよっ!!」

 スカウターを取り上げながらティアナは睨みつける。

「ビックリした〜〜……嬢ちゃんと鉢合わせするなんて」

「え?」

 小さくつぶやいた声をティアナは聞き逃さなかった。

「あ、俺そろそろ行かないと。 スカさんとマ○オカートする約束なんだよね」

「……へ?」

 男性は慌てたように早口でそうまくしたてると、スルリとティアナから抜け出し来た道を戻る──寸前でふと何かを思い出したように振り返る。

「嬢ちゃん、どうだ? あのときと比べると?」

 心配するような挑発するような声に先ほどまで振り返っていた過去の少年と重なった。

 いまでも少年は心配しているのだ。 きっと、これからも心配するのかもしれない。

 だからこそ──いまの自分がどんな状態にいるのか、どんな気持ちを持っているのか、この心配性な少年に伝えよう

「はい! とっても幸せです!」

 兄は失ってしまったけど、かけがえのない友と、大好きな人と一緒にいる。

 そんな私はいま幸せだと実感できる。

「そっか。 まあ体のほうはいまだガッカリボディだがな」

「なっ!?」

 少年から青年へと姿を変えたあの人は、そう笑いながら颯爽と私の前から姿を消した。

「なんか……かわってないなぁ」

「あれ? ティア、まだしてなかったの?」

「あ、なのはさん!」

 青年が消えたところから、大好きななのはさんが顔を出す

「えへへ……はやてちゃんが体動かしたいから、代わってほしいって頼まれてさ」

「はやてさんも凄い人ですよね」

「ティア、世の中にははやてちゃんよりヒドイ人がいるんだよ?」

「あっ……そうなんですか」

 というかこの人、さらりと幼馴染をヒドイ扱いしなかった?

「それより、ティーダさんがティアの報告を聞きたそうにまってるよ」

「あっ、そうでした!」

 そうしてお墓の前でなのはさんと二人手を合わせる。

 お兄ちゃん、お元気ですか?

 私は元気でやっています。 かけがえのない親友と、大好きな人。 厳しくも私を支えてくれる人達に囲まれて執務官になるべく勉強中です。 いまはまだ、経験も技術も足りませんがいつか立派な執務官になりたいと思います。 だから、だから安心してください。

 あなたの妹は、10000%の努力で頑張っています

 カランッ!

 そのときティアナの耳には確かに聞こえた。

 ウイスキーをいれたグラスに浮いている氷が溶けた音

 青年が墓前に捧げた一つの酒の音、そこから嬉しそうにはしゃぐ声が。




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