27.ターニングポイント



「できた……!」

 長かった夜も終え、ついにヴィヴィオの服が完成した。 個人的にはなかなかの出来なので、いまからこれをヴィヴィオが着てくれると思うとなんだか頬の緩みが止まらない。

 さて、三人が起きてくるまで1時間ちょっとくらい。 朝食の用意をしてまっておこう。

 味噌汁を作っていると、二階からトントンと階段を踏む音が三人分聞こえてくる。

『おっはよー!』

「うーい、おはよー。 あれからよく眠れた?」

「ばっちり!」

「ばっちりばっちり!」

 なのはのVサインに合わせてヴィヴィオもVサインを作る。 なんだか二人とも一気に距離を詰めたな。 うらやましい。

「それじゃ、顔洗ってちょ。 もうすぐできるから」

『はーい!』

 三人娘の姦しい姫様たちは今日も元気なようである。

 そんな三人を見送って、俺は最後の仕上げにとりかかった。

 いつもの三人の光景にもう一人小さい姿が加わった。 いうまでもなくヴィヴィオである。 ヴィヴィオはその小さい体を一生懸命使って必死に味噌汁の中にいれたうどんを食べようとしている。 ヴィヴィオがうどんを掴むと、うどんはそれをあざ笑うかのようにプツリと音をたてて箸から離れる。

「あぅ……」

「頑張って、ヴィヴィオ。 優しくだよ、優しく」

「大丈夫、ヴィヴィオならできるから!」

 両側にいるフェイトとなのはが必死に声援を送る。 ヴィヴィオはそれに頷いて、優しくそっと両手で水をすくうように掴みあげ、その大きく開けた口でうどんをすすった。

「うまいか? ヴィヴィオ」

「うん!」

 それはよかった。

 両側にいる二人もパチパチと拍手を送る。 ヴィヴィオは照れ隠しのつもりなのか、フェイトやなのはの手をしきりに掴んでは離す。 といった謎の行動をしていたりする。 子どもって見とくと面白いよな。

 そうしてにぎやかな朝は過ぎていった。

 朝食を食べたあとは、仕事にいくなのはとフェイトを二人で見送ることにする。

 俺が作った弁当を手に二人は元気よく手を振ってくる。

「「いってきまーす!」」

「「いってらっしゃーい!」」

 俺とヴィヴィオもそれに負けじと手を振り返す。 世間一般的にこの立ち位置が逆のように感じるのだが、そんなこと俺には関係ないことだ。 というか、無職の俺が元気に外に出ると大抵おっさんと追いかけっこになるのでいただけない。 いまはヴィヴィオだっているわけだし。

「さて、ヴィヴィオ。 君にプレゼントがある!」

「ほぇ? な〜に?」

 寝間着として渡した予備のメイド服を現在は着ているヴィヴィオだが、流石にご近所さんから変な目でみられそうだし、ヴィヴィオにはまだコスプレとか教えるのは違うような気がする。 もう少ししてからのほうがいい……かな。 そこらへんはスカさんと相談でもしよう。

「まあまあ、それは見てからのお楽しみであ〜る。 ささ、家に戻るぞ」

 ヴィヴィオの背中を抱きながら、俺はいそいそと家に戻るのであった。



           ☆



「あ、おかあさん? うん、なのはだけど」

『あら、この時間に電話なんて珍しい……ことでもなかったわ。 お仕事はどうしたの?』

「ふっふっふ……もちろん、サボってる」

 このドヤ顔を並行世界の高町なのはが見たら頭を抱えるかもしれない。

『ダメよ〜。 お仕事はちゃんとしないと。 それで、きょうはどうしたの? そろそろ海鳴に帰ってくる頃だったかしら?』

「う〜ん、それは少し延期かな。 ちょっと色々とバタバタしてて」

『へ〜。 なにかあったの?』

「うん。 子どもを預かってね」

 そこまで言って、なのはは昨日三人で決めたことを思い出す。 その内容は──時期をみて両親に話す──ということであった。 そして今日は、預かって二日目。

 いくらなんでも早すぎる。

 そのことを思い出したなのはだが時既に遅し。

『へ〜、どんな子かしら? 教育的には大丈夫? 彼がへんなことしない?』

 既にマシンガンのように喋りだした母を止めれることはできなかった。

 ──30分後

 そこには茫然とした表情でトッポをかじっているなのはの姿があった。

 そこに沈んだ様子で、フェイトがなのはを訪ねてやってきたのだが──

「ああ、なのはもなんだ……」

「……うん。 どうしようか……」

 素直な二人には隠し事は難しいようである。



           ☆



 一方その頃、ひょっとこはというと──

「なあひょっとこ。 近所の通報で此処で夜中小さい子の叫び声が聞こえたらしいのだが……」

「塩でも喰らえ!」

「ちょっ!? お前、逮捕するぞ!」

 安定の下種であった。

 玄関の前で押し問答ともつかない、わけのわからないことを5分ほど繰り広げている。

 ヴィヴィオを一人にしていいのか? そう疑問を覚えるかもしれないが、様子を見に来たウーノがヴィヴィオのそばにいるのでそこは安心である。

「そんなことないってば。 だいたい、俺が家にはいるんだぜ?」

「だからこそ警戒してるんだ」

「あ〜、それはわかるかも。 ところでさ……仮に家に小さい子どもがいたらどうするの?」

「お前を逮捕するかな」

 ギラリと光るおっさんの瞳。 その瞳にひょっとこは冷や汗を流す。

 ……あかん。 ここでヴィヴィオが出てきたら──

「ねぇねぇ! ウーノがこのふくかわいいってよ!」

 玄関から勢いよく飛びつくヴィヴィオ。

「おっさん……言い訳をさせてくれ」

「とりあえず手錠かけてからな」

 手早く右手に手錠をかけ、近くの鉄柵にもう一方をかけたおっさんは指を鳴らしながらひょっとこの話を聞き始めた。

 ちなみにヴィヴィオは──

「ウーノ! あそぼー!」

 さっさとウーノのところに遊びにいくのだった。



           ☆



 俺の話を聞き終えたおっさんは、俺を怒るわけでもなく顎に手を当てて考えはじめた。 いつもはフルボッコにしてから考えるのに、この逆順序は珍しい。

「どしたの、おっさん」

「いや、お前らだけで大丈夫かなと思ってな」

「大丈夫大丈夫。 きっとうまくしてみせるさ。 なんたって、預かっている身なんだからね。 責任重大だし」

 頭をかきながら、肩をすくめてみせる。 細心の注意を払っているつもりだ。 なにも問題はないはず。

 だけどおっさんは、そんな俺の頭に思いっきりゲンコツを落とした。

「いっつっ!? なにすんだよ、おっさん!?」

 睨む俺に対して、おっさんはそれよりも怖い顔で睨み返してくる。

「ばかもん。 そんな“預かっている”なんて感覚捨てろ。 いいか? 此処の家にいる間はお前たちが親みたいなもんだ。 絶対にその子の目の前で、“預かっている”なんて口にだすなよ?」

「……うん。 ごめんなさい」

 おっさんは俺の返答に満足したのか、うんうんと首を縦に何回も振る。

「そういえば……今日は非番の日だったよな。 丁度暇だし、俺がお前に子育ての極意を教えてやろう」

「おっさんの子育てなんて特殊すぎてアテにならねえよ」

 おっさんからアッパーが飛んでくる。 こいつ……いつか泣かせてやる!

「けどさ……なんか小さい子どもっていいよな。 家が明るくなる」

 朝の光景をずっと見ていた俺としてはそう感じるよりほかなかった。 ヴィヴィオが笑うことで、二人も笑う。 その笑顔はとても自然で、たった一つの笑顔だけで家中が明るくなるような──そんな錯覚に陥った。

「ああ、子どもはいいぞ〜。 子どもに会うだけで疲れがぶっとぶ」

 おっさんはうんうんと大仰に頷く。 流石既婚者、話に重みがあるぜ。

「それにな、子どもがいると姿勢すらかわってくるんだよ。 よく言うだろ? 『子どもは親の背中をみて育つ』って。 あんな迷信信じるつもりないけどよ……どうしてもシャンとしてしまうんだよな、これが」

「……それほんとう?」

「ああ、本当だ」

「へ〜……。 あ、おっさんここタバコ禁止だから」

「まじか? すまんすまん」

 一服しようとするおっさんに声をかけると、片手で謝りながらすぐにポケットに戻す。

「お前、どうすんだ?」

「どうするって……?」

「ここがお前のターニングポイントかもしれないぞ」

 おっさんは全てをわかっているかのように、俺に誘導尋問してくる。

「そうだな……ちょっとヴィヴィオに恥ずかしげなく魅せれるような大人になってみようかな」

「まぁ、いうのは簡単だがな。 いっとくが、お前は一般人なんてもんじゃないからな? 世間的にいえば犯罪者だ」

 うっ……! このおっさん、ズバズバと言ってくるな。

「まぁ、否定しないよ。 というかできないね」

「うむ。 お前が否定したらぶっとばすところだったぞ。 確かにお前は犯罪者だよ、でもな犯罪者には良い犯罪者と悪い犯罪者がいる」

「犯罪者に良い悪いなんてあんの?」

「わからん。 なんとなく言ってみただけだ。 でも……俺はそう思ってる」

「ふ〜ん……それじゃ、良い大人と悪い大人の違いは?」

「さあな。 それがわかれば苦労しないぞ。 良い大人がなんなのかわかれば、他の奴はそのレールの上を走ればいいだけの話だからな。 “良い大人がなんなのか?”それは死ぬ寸前に答えがでるんじゃないのか?」

 確かに……そんなものなのかもしれない。

「それじゃ……ヴィヴィオに誇れるような大人になるには俺はなにすればいいと思う?」

「とりあえず変態的なところを治せ」

「それ……俺という個性が死ぬくない?」

 致命的だぞ、それ。

 それを聞いたおっさんはチッチッチと人差し指を左右に振り、頭を振った。 正直なところ、この人差し指を折りたいです。

「バカだな、お前。 頼み方ってもんがあるだろ。 俺の場合嫁さんに土下座すれば大抵のことはしてくれるぞ?」

「……たしかに、俺は頼み方ってものを心得てなかったかもしれない」

 神妙にしきりに頷くひょっとこ。

 正直、問題点はそこではないのだが、彼ら二人は気付かない。

 俺がどうやって頼み込もうと考えていると、横にいたおっさんが首をポキポキとならし、立ち上がった。 尻についた草を叩きおとし俺のほうを向いてしゃべる

「まぁ、それなりに頑張れよ。 ひょっとこらしくな」

 そう一言だけ言っておっさんは帰って行った。

 おっさん、手錠は?

 尿意がそこまできてるんだけど。




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