29. ギャラドスでもわかるリリカル昔話



 前回までのあらすじ

 19歳無職が幼馴染たちとミッドで暮らしてるときに、友人から一人の女の子を預かることに。 その女の子のために真面目に良い大人になろうと努力する無職。 しかしそんなことできるはずもなく、良い大人は幼馴染たちに任せて、自分は一人だけ好き勝手にするのであった。



           ☆



「ねぇねぇ、むーじゅんってな〜に〜?」

「ほぇ? むーじゅん?」

 リビングで彼から借りたマンガを読んでいると、彼の部屋で遊んでいたヴィヴィオが2階から降りてきて私の足に飛びつきながら質問してきた。 聞き返す間に膝に登って正面向きで座るヴィヴィオ。

「ねぇ、フェイトちゃん。 むーじゅん、って誰?」

「え〜っと……ムー大陸の兵士の名前……とか?」

 そんな一個人はさすがの私でも特定できないんだけど。

「ねぇねぇ、なのはママ、フェイトママ、むーじゅんってどういうこと?」

『え〜〜っと……』

 頭だけ私とフェイトちゃんの方向に向きながら首をかしげて聞いてくるヴィヴィオ。 私も首をかしげたい気分です。 いや、本当にむーじゅんさんって誰なの?

「むーじゅん、じゃなくて矛盾な。 ほら、高校のとき勉強しただろ?」

「あ、なんだ。 矛盾のことね。 一個人のことを聞かれてるのかと思ってビックリしちゃったよ」

 2階から降りてきた彼がゲーム機をもちながら台所へ向かう。 冷蔵庫からリンゴジュースを取り出しコップに4つ分注ぐと私たちに渡しながら椅子に座る。 ……ところで、いまのどうやったの?

「ヴィヴィオと弁護士が主人公のゲームしてたんだけどさ。 なんか色々と気に入ったみたいで──」

「むーじゅん! なのはママはむーじゅんしてます!」

「と、まあさっきからこんな感じなんだよな。 指さすヴィヴィオカワユス。 パソコンの中にヴィヴィオフォルダ作っといてよかったぜ」

 彼の戯言はいいとして……う〜ん、ヴィヴィオも色々と影響を受ける年ごろだしねー。 私としてはあまり彼の近くにいてほしくないんだけど……。

「ところで、ヴィヴィオ。 わたしのどこが矛盾してるのかな〜?」

「なのはママはむーじゅんしてるの!」

「ふふんっ。 いい、ヴィヴィオ。 そういうのはね、証拠品がないと意味ないんだよ〜?」

「……しょーこーひん?」

 ヴィヴィオが首を60°傾けて、頭に?マークを浮かべる。

 ちょっとだけからかっちゃおうかな。

「そうだよ〜。 証拠品がないとヴィヴィオが言ってることはなにも意味ないの」

「でも、おにいさんがなのはママはむーじゅんしてるって」

 ……カレが?

「フェイト裁判長! この証拠品をみてください!」

「えっ!? ここで私にふるの!?」

 ヴィヴィオと目を合わせている隙に、彼はフェイトちゃんに何かを差し出していた。 ……ちょっとまって、あれって──

「これは、高町なのはの部屋から押収したブラです」

「……で?」

「気付かないんですか? フェイト裁判長。 それ、明らかに矛盾してるんですよ。 ──高町なのはのサイズと。 いいですか? 本来高町なのはのサイズはそれよりももう少しダウンしてます。 それなのに、彼女は見栄を張って一段階アップしたブラを引出の中にいれていた。 それも、奥深くにですよ? これが意味すること、それはなのはさん俺の下半身と上半身が分離するからあつい抱擁は勘弁してくださいいいいいいいい!?」

「対象ヲ……殲滅スル……」

「ヴィヴィオ〜、こっちおいで〜」

 上半身と下半身の中心に拳を叩き込み、そこからねじ切るように抱きつくなのは。 それに悲鳴をあげながらタップするひょっとこ。 そんな現場にいるにもかかわらず、二人で仲良くリンゴジュースを飲んでるフェイトとヴィヴィオ。

 今日も彼らは平和に過ごしているようだ。



           ☆



「それで……矛盾の説明だったな。 そもそも、二人とも矛盾の由来って覚えてる?」

「高校のとき、誰かさんのせいで授業がロクにできなかった記憶しかないんだけど」

「右に同じ」

「高校のとき楽しかったよな。 教科担当の先生巻き込んでウノしたり、ポーカー大会やったりして」

「ポーカーじゃアリサちゃん化け物並みの強さを誇ってたよね。 君が負けたくらいだし」

「……いまだったら勝てるぞ」

 珍しく彼の頬を膨れる。 まったく……負けず嫌いで子どもなんだから。 まぁ、勝率としては彼よりアリサちゃんが圧勝だったから気持ちはわからなくもないけど。

「けど、ヴィヴィオに矛盾の由来を教えるのは難しいんじゃないかな? 5歳だよ?」

 フェイトちゃんが手をあげながら話す。 うん、確かに難しいよね。 なのはだってチンプンカンプンだったんだから。

 彼はフェイトちゃんの疑問にどこからか持ってきた伊達メガネをかけ、軽く笑ったあとに人差し指を立て

「ここで俺の登場ですよ。 ギャラドスでもわかるリリカル昔話でヴィヴィオに説明しようと思う」

 あれ……? ちょ〜〜っと、不思議な単語がでてきたんだけど。

 頬がヒクッと動くのがわかる──が、ここは我慢することに。 そんなわたしの心境など知らずに彼はヴィヴィオに絵本を読み聞かせる要領で話しはじめたのだった。



           ☆



 むかしむかし、大きな大きな大陸に大陸全土を支配しているといっても過言ではない国がありました。 その国の名は、パン・ツヌイダと呼ばれる国で男女比 4:6 きれいな水においしい空気、あふれる木々に穏やかな気候。 とてもとても過ごしやすい国であったのです。 王様の名前は、ひょっとこ王。 とってもカッコイイ王様でモテモテで毎晩毎晩給仕の者とアバンチュールな一夜を過ごすナイスガイでありました。

 王の右腕と呼ばれる女が王に唐突にいいました。

「なぁ、王様。 わたし……胸をおっきくしたいんやけど……」

「諦めろ」

 女は仕事をする王様の背後にまわり、バックドロップをきめます。

「すいません。 調子こいてました。 まじすんません。 ちょっと王様の役割になったくらいで調子こいてました」

 土下座でペコペコと謝るひょっとこ王。 なんとも弱い王様である。

「わたしもきにしてるんやで。 やっぱ女の子は胸が大事やし。 生命力といってもいいくらいや」

「んじゃお前もうすぐ死ぬな。 セミとどっちが早いかぐばッ!?」

「今度いったら歯折るで」

 王様の側頭部に回し蹴りをきめる女性は、痙攣する王様を尻目に兵に命令しました。

「ほなら、その商人とやらを呼んでもええで。 王様の了承はとれたみたいやし」

「いや……主はやて……じゃなくて、はやーて様。 それって了承とったというのですか?」

「ちゃんととってるで。 なぁ、王様?」

「……もう、好きにしてください」

 いじけてポケットから携帯ゲーム機を取り出すひょっとこ王。

「よーし、それじゃ了承もとれたし……その商人を王間に通すんや!」

 ノリノリなはやーてに溜息をつきながら、兵士は商人を通すのであった。

「あーはいはい、商人ね、商人。 ぶっちゃけどうでもよくなってきたから早めに済ませようぜ」

 玉座に座りながらも、めちゃくちゃやる気がなくなった王様はどうでもよさそうに、兵士に銘じて商人を自分の前に登場させることにした。

 右側にロリっ子の兵士を、左側にポニーテールの兵士が付き従うなか、二人の商人が王様の前に片膝をつきながら話し始めた。

「お会いできて光栄至極にございます。 わたしの名前は、ギャラドスなのはと……ギャラドスなのは──あれ? ちょっとぉ! ギャラドスって言おうとするとギャラドスに変換にされるんだけど! どうなってるの! これ!」

「お、おちついてなのは! 王様の前だよ!? えっと、失礼しました。 私の名前は、フェイソンと申します。 ……フェイソンと……フェイソ……もうフェイソンでいいです」

 栗色の髪をツインテールした女性、ギャラドスは一人で空中にむかって抗議をしはじめ、金髪のツインテールの女性、フェイソンはすでに悟りをひらいたように事務的な目をしていた。

 そんな二人を目の前にして、はやーてが一歩前にでて軽やかな笑顔を浮かべる。

「まぁまぁ、こっちの王様はすっかりやる気なくしたみたいやし──」

「商人、スリーサイズと愛用のパジャマ、シャンプーと石鹸のメーカーにパンツの色とシミの数、周期はどれくらいで訪れるのかを原稿用紙10枚で書いてくること」

「お前だまっとれや」

「ほむッ!?」

 王様の顔面にためらいなく膝蹴りをするはやーて。 鼻血で床が汚れるが、おつきの者も慣れているのかほんわかおっとりした女性、シャ・マールがモップをもって床に落ちた血を拭きはじめる。 それを横目にはやーては話す。

「ほんで、きょうはどんな要件できたん? 商人なんやろ?」

 はやーての声にフェイソンは答える。 すでに二人ともちゃんと姿勢を正しているところをみると、根は真面目なのかもしれない。

「今日は私たちの国に伝わる最強のバストupブラを是非王様にお見せしたく馳せ参じた次第です」

 恭しく頭を下げるフェイソン。

「いや、そんなことどうでもいいから君のパンツが現在シミを作っているのかについて小一時間ほどはなそうじゃ──」

「だまっとれ言ったやろ!」

 ゴキッと肩を脱臼させるはやーて。 王様はあまりの痛さに床を転がり、シャ・マールが置いたバケツをひっくり返す。 シャ・マールはにこにこ笑顔でひょっとこ王の顔面をモップで綺麗に磨いていく。

「ふむぅ……個人的にそのバストupブラはきになるな。 どんなものなんや?」

「はい、既に私達は二人とも身に着けております」

『おい、それって……もしかしたら合法的にあの二人のアレをみれるんじゃないか?』

 どよどよ……ざわざわ……と王間が揺れる。

「おちつくんやッ! アホども! わたしかてブラは着けとるで! わたしかて美少女やないか!」

『………………』

「なんで黙るッ!?」

「ひっこめー! 無乳ー! 偽乳ー!」

「ぶちのめす! お前だけはぶちのめす!」

 シャ・マールによってきれいに磨かれたひょっとこ王は、男兵士たちの集まりの中へ紛れ込みながらはやーてに向けて禁句を叫ぶ。

 追いかけるはやーてに、逃げるひょっとこ王。

 突如現れた魔法の糸に足を絡め捕られ転ぶひょっとこ王に、はやーては馬乗りになって顔面を中心に殴っていく。 その表情はもはや機械的で思わず男衆が3歩さがるほどであった。

 やがて満足したのか、はやーては顔についた血を拭きながらフェイソンに改めて話す。

「それじゃ、いま二人とも最強のバストupブラはつけとるということか。 ……う〜ん、確かにわたしより胸が大きいし、これは買いかもしれへんや」

「まった!!」

 思案顔のはやーての後ろにいたひょっとこ王が部屋全体に震えるほどの声で叫んだ。 ひょっとこ王は鼻血を垂らしながら、立ち上がりフェイソンをまっすぐみつめる。

「ちょっとまってほしい。 ──フェイソン」

「は、はい。 ……なんですか?」

「一ついいかね。 その最強のバストupブラは、どれくらい最強なんだ?」

 射るような視線でフェイソンを見るひょっとこ王。 その視線にたじろきながらもフェイソンは答える。

「えーっと……私の見た目どおり、大陸で一番大きくなります」

「……それは誰にでも効果があるのか?」

「はい、間違いなく」

 フェイソンの答えを聞いてひょっとこ王は肩をすくめる。

「ふぅ……。 それは嘘だな。 だって──大陸一の大きさになるのなら、横の女性も君ぐらいの大きさになってなきゃおかしいじゃないか!」

「……ッ!? そ、それは……! たまたまこの女性の胸がブラをつけてもかわらないだけで……!」

「ねぇ、フェイトちゃん。 もちろん冗談だよね? ほんとうはそんなこと思ってないよね? どうしていつもこういうときはなのはに攻撃が集中砲火で飛んでくるの?」

「異議あり!! フェイソン、それはおかしいよ。 君は先ほどこう証言したじゃないか。 『間違いなく、大陸一の巨乳になれます』と!」

 フェイソンに向かって指さすひょっとこ王。

「……ぐッ!」

「さぁ、君はこれをどう説明するんだい? 無乳であるはやーてに夢をもたせて罪は重いぞ?」

『ひょっとこ王が恰好よくみえるぞ……、流石王様だな……!』

『でも、はやーて様が釘バットもって素振りはじめたぞ……』

『……さらばひょっとこ王』

 男衆がざわめく中、フェイソンは一言つぶやいた。

 “私の負けですね……”と。

 こうして世の中に一つの言葉がうまれた。



           ☆



「と、まぁこんなもんかな。 ──って、どうしたの? 二人とも。 すんごい微妙な顔してるけど」

「いや……そりゃ微妙な顔にもなるよ。 なに、この茶番」

「いやいや、これはあくまで昔のお話しだから俺たちとは一切関係ないよ。 いや、本当だってば」

 必死で首を横に振るひょっとこ。

 それでも二人の顔はキツく、いつの間にか膝に座っていたヴィヴィオはとても楽しそうにニコニコと笑いながら指さすのであった。

「おにいさんにいぎありー!」




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