44.ホモと女装と深夜のテンション
最近、彼の様子がおかしい。 いや、おかしいという点だけを抜き出せば彼は元からおかしいのだが、もっと言えば彼の存在自体おかしい話なのだが──とにかく、最近の彼はおかしいのである。 料理・炊事・洗濯・家事どれか一つでも劣っているわけでもなく、むしろこの頃前よりもうまくなっている気がするけど……それでも直観的に幼馴染のカン的に長年隣に傍にいる身としては、最近の彼はおかしい気がする。 何故私がこうもおかしいと思うのか、それにはいくつか理由がある。
一つ目は、彼が部屋に篭り出したこと。
べつに引きこもりの心配をしているわけじゃなく、というか部屋から出なくてもべつに問題はないのだが、最近の彼は部屋に篭ってノートに何かを写したり、パソコンで何かを調べたり、電卓で執拗に何かを計算したりと、一人で作業していることが多い。
必然的に私たちと遊ぶ機会も減っているわけだ。 べつに遊ぶ機会は減ってもいいけど……それがいつまでも続いたり、一人で何かコソコソしてるのを見るとそれはそれで寂しい気がする。 そう──尻尾を振っていたペットがある日を境に突然よそよそしくなったみたいな感じだ。
な〜んか……私とフェイトちゃん以外の人に尻尾を振っている気がしなくもない。
二つ目は、ヴィヴィオがウェイトレスさんのマネをしだしたりすると慌てて止めにはいることだ。
普段のヴィヴィオはメイド服を着ていたり、不思議な国のア○ス風衣装を着ているので私もフェイトちゃんも可愛らしくヴィヴィオの動作をみているのだが、彼だけは違っていて『こ、こらヴィヴィオ!? 家ではダメだって!?』とヴィヴィオを止める始末。 ヴィヴィオもヴィヴィオでそれに何も文句も言わずに『えへへ〜。 かわいい?』となぜか止められたことに上機嫌。
まるで私とフェイトちゃんを差し置いて、二人で何かをしているみたいだ。 二人してなにかを隠している──彼が私に対して隠し事?
「そんなのダメーーーーー!!」
『うわっ!? いきなりどうしたんですかなのはさんっ!?』
ガラッ! と回転椅子が倒れる音と部下が私を呼ぶ声で我にかえる。
「あっ、えーっと……にゃんでもにゃいよ、にゃんでも」
「なのは、ネコ語になってるよ!? 大丈夫!?」
「う、うん。 大丈夫」
フェイトちゃんが私のほうに近づいてくる。 もしかしたらフェイトちゃんも私と同じような考えをもっているかもしれない……。
「フェイトちゃん、ちょっといい?」
「え? どうしたの?」
「う、うん……。 えーっと、さ。 ちょっと話したいことがあるから休憩室にいかない?」
「え? べつにいいけど……」
そうして私はフェイトちゃんを連れだって休憩室にいく。 途中後ろのほうで、
『なのはさんとフェイトさんの百合でレズでイケナイ展開に……!』
『ティア! カメラの準備はできてるよ!』
とのなんとも嘆かわしく、情けない自分の部下の声が聞こえてきたので
「あ、ヴィータちゃん。 ちょっと二人に訓練お願い」
「あー、いいぜ。 おいスバルとティア。 カメラなんてもってないで行くぞ」
『なのはさんのイケズーーー!』
いや、訓練も大事だからね?
☆
「それでなのは。 どうしたの?」
休憩室でフェイトちゃんとアイスココアを片手に対面に向かい合う。
「うん。 近頃、アレが変だと思わない?」
「アレ? ……あ、俊のこと? う〜ん、確かに変だとは思うかな」
「だ、だよね!? やっぱり変だよね!?」
「ちょっ、なのは顔が近いよ!? ま、まぁ……なんだか少しよそよそしい感じはするし、最近は部屋にこもってパソコンで何かしてるよね」
「そうなんだよ! 私達に隠れてなんかコソコソしてるじゃん!? それって──どう思う!?」
「え? べつにいいんじゃない?」
「──へ?」
フェイトちゃんの意外な言葉で拍子抜けする。
あ、あれ? フェイトちゃんなら『ダメだと思うかな』って言うと思ったんだけど……。
「……え? フェイトちゃんはそれでいいの……?」
「う〜ん……。 べつにいいってわけじゃないけど、俊が何か自分で頑張ってるみたいだし、私はなにも口出しはしないかな? ヴィヴィオも巻き込んでるみたいだけど、危ないことはしてないみたいだしね」
「うっ……確かにそれはそうだけど……。 でもでもでもでも! フェイトちゃんは心配じゃないのっ!? 懐いていたペットがふいによそよそしくなったんだよ!?」
「お、おちついてなのは!? 顔が近いって!? た、確かに心配ではあるけど、俊なら大丈夫だよ。 人外レベルの人たちが周囲には沢山いるし、俊だって一般人よりかよっぽど強いし」
「た、たしかに強いのに知ってるし、そこらへんは心配してないけど……。 ええと、そういうことじゃなくて……。 この頃遊ぶ機会とか減ったし……。 私達以外の女の人と会ったりとか……そういったこともあるわけで」
「え〜っと、なのは? もしかして寂しいとか?」
「へっ!? そ、そんなわけないじゃん! ただ私は、ペットがなにか間違いを起こしたら去勢させないといけないことと、相手方の心的外傷と今後の将来を心配してるの! だから……え〜っと、その……とにかく、これは一度問いただしたほうがいいと思うんだ!」
多少強引ではあったものの、私の結論をフェイトちゃんに聞いてもらう。 フェイトちゃんは顎に手を当てて1分ほど考えたあと、
「……たしかにそれはいいかもしれないね」
と、納得してくれた。 うん、やっぱり問いただしたほうがいいよね。 だって、去勢するかしないかの瀬戸際なんだから。
☆
夕食も終わり、お風呂に入り、あとは寝るまでだらだらしているだけの時間が過ぎていく中、彼はこそこそと玄関へと向かっていた。 私とフェイトちゃんは目で合図して、ヴィヴィオをつれて彼の後ろをついていく。 彼が玄関のドアへと手をかけた瞬間──
「どこにいくのかな〜? よかったらなのは達にも教えてほしいかも。 ねぇ、フェイトちゃん?」
「そうだね、なのは。 出かけるには些か遅い時間だよ、俊」
分かりやすく肩をビクりと震わせ、彼はぎこちなく首を動かしたあと、ぎこちない笑みでというよりも引き攣った笑みでいまにも泣きそうな笑みを浮かべていた。
「や、やあ二人とも。 奇遇だね、こんな所で会うなんて」
「いや玄関だから会おうと思えばいつでも会えるよ。 って、そういうことじゃなくていまから何処に行くのかな?」
「えーっと、コンビニに行ってきます」
「なにか買うものがあるの?」
「ベビーパウダー買ってくる」
「まって、この家の年齢でベビーパウダー使う人はいないんだけど」
「俺がフェイトのおっぱいをチューチューしながらベビーパウダーがついた手でなのはにア○ルを弄ってもらうんだ」
「絶対に行かせないよっ!? いまの会話で君の特殊な性癖とか全部無視してあげるけど、絶対に外へと出さないからね!?」
ガシッと彼の肩を掴む。 フェイトちゃんも同様に唇が青紫になりながらも懸命に私以上に必死に彼を止める。 彼を離すことで被害を被るのは間違いなくフェイトちゃんなので必死にもなるよね。 でもフェイトちゃん、爪が喰い込んで彼の肩出血してるんだけど。
「しゅ、俊ダメだよ!? 今日は私達と一緒にいよ!? ね!? なんなら部屋で一緒に寝てもいいから! というか仮に俊がベビーパウダー買ってきても絶対にしないからね!?」
「俺だって……! 俺だってア○ル弄ってもらうなら好きな人達に弄られたかったよおおおぉぉぉおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
彼は泣きながら、そう絶叫して、私達の制止を振り切って玄関の扉を開けて出て行った。
開け放たれた玄関の前でポカーンとする私達。
「……いっちゃったね……」
「うん……、そうだね……」
「とりあえず、玄関閉めようか……」
「うん……、そうだね……」
私達はそっと玄関を閉め、彼の存在を記憶の中から抹消した。
☆
なのは達の制止を振り切る形で逃走し、俺はいまキャサリンのバイト先『あなたの穴にインサート』の店内で掃除をしていた。 店名からして、綺麗でケバケバした女性が多い──と思うだろうが、実はその逆でゴテゴテとしたガチムチっぽい人達で女装してお酌をするというなんとも近づきたく絵面が展開されていたりする。
しかも全員、元管理局員。 いずれも現役時代に腕を鳴らした猛者たちなのだが、そんな男たちの前でもこの人物は別格であった。 鋼鉄にして鋼殻、『砕き鉄塊の拳(トロールハンマー)』と呼ばれた男。 名前はキャサリン。 本名──|岩尾管狗《いわおくだく》さん。 魔力量はあえてランクにするとしたらEランク、しかしながら魔導師ランクはAAAランク。 そんな人がいま──
「ダーリンってばほんとかわいいわ〜! ──食べちゃいたいくらい」
俺の尻を執拗以上に愛撫していた。 ズボン越しからとかじゃなく、パンツ越しに、愛撫──というよりもより正確に表すのなら──俺の尻をわしづかみしていた。
擬音で表現するのなら、ぐにぐに! という感じだ。
「あの……何度もいうように俺はキャサリンのダーリンでもないし、死んでもお断りだし、俺の尻をわしづかみにするな!」
「でも可愛いわな〜! 普段は変態行為を日常的に繰り返すあなたが、ふりふりのミニスカメイド服で髪を強引にツインテールにして男性用縞パンをはいて顔を赤くしているダーリンはすごく可愛いわよ♪」
「べつにふりふりのミニスカメイド服を着ることに抵抗はないし、男性用縞パンを履くことに対しても抵抗はまったくないし、ツインテールもたまに遊びでやってるから全然いいけども──それよりもなによりも、アンタら従業員の俺を見る目が怖いんだよ!?」
だから俺は来たくなかったのだ……! そもそも、この人は初対面からしてもおかしかった。 おっさんに紹介されてキャサリンに会ったとき、初対面にもかかわらず個室に連れ込まれたのは悪い思い出だ。
しかもこの人、強引ではなく紳士的に服を脱がそうとする。 引き千切るんじゃなくて、執事がお嬢様に服を召すときのように、もう色々と怖い。 けど──この人のカリスマ性だけは本物だ。 なんたって、此処の従業員全員──キャサリンの元部下なんだから。
そして俺のいまの現状は、先も述べたようにふりふりのメイド服(俺がよくなのはやフェイトに着させようとするタイプの奴。 メイド喫茶とかで多いかな)に、男性用縞パン。 ちなみに白と青色である。 そして髪はツインテールにしている。 ツインテールといっても、横からちょこんと出ているだけなのだが、これでも立派なツインテールだから問題はないはずだ。
「にしてもまぁ……よくもこんなに人がくるもんですな。 潰れてもなんらおかしくないのに」
「リピーターが多いのよぉ。 それに──男同士のほうがワイワイガヤガヤできるでしょ? 女と飲むとね、どうしても男ってのは恰好つけたくなる生き物なのよ。 それが男の本能的な行動欲求なの。 でも、そんなことしたらストレスたまるでしょ? そういったストレスを感じた人達は此処には集まってくるのよ」
「なんか麻薬みたいですね」
「この世は麻薬で満ちてるわ。 ダーリンの大好きなアニメやマンガ、ゲームだって麻薬といえば麻薬なのよ? 違いのは合法か違法かだけ」
「なるほどな〜。 だとしたら、恋も麻薬ってことか?」
「そうよぉ。 恋以上に中毒性が高いものないわね。 だって失っても、また戻ってくるのが恋愛なんだから。 人間である以上、切っても切れないわね」
パワプロでも恋の病になると練習できないしな。 恋って恐ろしいぜ。
『キャッサリーン! 俺の相手してよぉ〜!』
「はいはーい! いま行くわぁん! あ、ダーリンもいきましょ?」
「えッ!? 俺はいいよ!? 掃除してるから!」
「でも、せっかく可愛いんだからいきましょうよぉ〜!」
「だーかーらー!」
「6万に上げてもいいんだけど〜……。 ダーリン乗り気じゃないし──」
「なにぼさっとしてんだキャサリン! 客をまたせるな!」
「うふ、そういう素直なとこ大好きよ」
やめろ 離せ 近寄るな
☆
「ハローハロー、山ちゃん。 最近調子はどうなの? っと、その前に紹介しとくわぁ! 私のダーリンであるカナよ!」
「え? 何勝手に源氏名つけてんだよ、変態ガチムチ女装野郎」
「6万欲しくないのかしら?」
「はじめまして〜! カナです☆! カナは此処でのバイトは今日初めてなのでちょっぴり緊張していますぅ〜……。 みなさんよろしくお願いします!」
人は金が絡むと外道に堕ちるとよく聞くが、まさかナチュラルに外道で下種の俺がここまで堕ちるとは思わなかった。 でも──こんなときのために裏声というか、萌え声が出せるように練習しといてよかったぜ……!
「へ〜、カナちゃんか〜! キミかわいいねぇ……。 ちょっとこっち来てお酌してくれない?」
「あ、はい!」
愛想を振りまきつつ、手で呼ぶ客の隣に移動する。 その時にちらりと店内を見回すと、おっさんが従業員のみんなに慰められている光景が目に入った。 ……普段から色々大変だもんな……俺が半分を占めてそうだけど。
客の隣に座ると、酔っているのか俺の尻を撫でてきた。 そして俺の耳たぶを噛んできた。
「おいてめぇ、酔ってるからってなにしてもいいと思うなよ。 いますぐその手をひっこめねえと手切り落とすぞ」
『おっふぉん!』
「も、もぉ〜! やめてくらしゃいよぉ〜! エッチっ!」
「カナちゃんかわいいなぁ〜! お尻もぷにぷにだし、どう? お酒とか」
「あ、カナは未成年なのでお酒は飲めないんです〜!」
「え? まじで? カナちゃんは何歳かな?」
「永遠の17歳です☆」
張り倒したい。 客とか関係なく、いますぐこの場でこいつを張り倒したい。 テーブルに置いてあるペーパーナイフを使って刺殺したい。
「そ、そういえば山さんはどんな仕事をしてるんですかぁ? カナもっと山さんのこと知りたいなぁ〜」
ちょっと甘えた声でそう聞くと、山さんはデレデレしながら答えると思ったのだが、海も真っ青なほどの青さと海溝ほどの暗さで答えはじめた。
「しがない漫画家だよ。 以前は少年ジャ○プで連載してたんだけど……いまは人気もなく持ち込みマンガもことごとくボツ食らってるよ……」
……あれ? もしかしたら地雷踏んだかな……?
山さんは俺の肩を掴みながら、というか、ぎゅっと抱きしめながら叫び始めた。
「カナちゃん! 俺はダメなマンガ家なんだよっ! どうしようもないほどダメな人間なんだ!」
そういいながら、俺の胸を揉む山さん。 そういいながら、俺の尻を撫でまわす山さん。 そういいながら、俺の匂いをスーハースーハーと嗅ぐ山さん。
超絶に気持ち悪いです、本当にありがとうございました。
しかしながら、この人が本当にマンガ家で連載していたというのであれば、俺はこの人の連載マンガを読んだことがある。 というか、ファンである。 タッチが柔らかく女の子がエロイのだ。 健全なのにエロイのだ。
俺はもう一度、あの作品を読みたい。 あのタッチの女の子を再びみたい。
だから、山さんの肩を掴みそっと剥がし、満面の笑顔で一ファンとしてお願いした。
「カナは山さんの作品をずっと読んでました。 そして好きでした。 カナはもう一度、山さんの作品を読みたいです。 だから──お願い、カナのために、描いて?」
「カ、カナ……ちゃん……」
「はい?」
山さんが下を向いてわなわなと震える。 かと思うと、
「結婚しよおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 一生幸せにするからああああああああああ!」
「ちょっ!? 俺男だってば!?」
「一向に構わん! むしろそれがいい! カナちゃんのような可愛い美少女がいてたまるか!」
「いや構えよっ!?」
血走った目で俺を押し倒す山さん──しかし山さんはこの人を忘れていた。 オーナーである、キャサリンを。
「山さん、ちょ〜っと度が過ぎたわねぇ。 個室にいきましょうか?」
キャサリンは俺の名を呼ぶ山さんを個室へと連れて行った。
俺はというと、その間にテーブルを他の従業員に任せて店の端へと避難した。
☆
このバイトもやがて終わりを迎える。 店自体はまだまだ続くが、俺はこれからバイト終了までの30分間をのんびりと過ごすことにした。 ちなみにおっさんは酔いつぶれてる。 お前、あれだけ行きたくないと言っていたのに、一番楽しそうだったぞ。
何気なく窓の外をみる。 既に暗い常闇が辺りを支配しており、夜行性動物が本来の力を発揮するときがきたようだ。
チン
「飲むかい、カナちゃん」
「どうも。 それとカナちゃんはやめてくださいよ」
「それじゃシュンちゃん? ひょっとこちゃんは可愛くないし」
「……カナでいいです」
あぶねぇ……一瞬寒気がしたぞ!?
軽く身震いしたのち、持ってきてくれたグラスに手をつける。
「カルピスですか」
「いまのキミが白濁液を飲む姿を想像すると……勃起がとまらんぞ」
「そのチ○コへし折るぞ」
カルピスを飲む俺。 それを写メる男。 どうみても変態の図である。
「って、おい!? 写メるなよ!?」
「大丈夫大丈夫。 あとでちゃんと送るから」
「いや送られてもリアクションに困るんだけど!?」
これで抜くことができたらプロすぎるだろ。 いくらなんでも自分自身の女装姿では抜けないぞ。
「でも結構いい感じだぜ? ほら」
そういって俺にみせる。 ……なるほど、確かにこれはアリだな。
訂正、どうやら俺は自分の女装姿でも抜ける男であった。
「それにしてもすまんな、隊長が──いや、キャサリンがお前を巻き込んでよ。 本当は掃除だけのはずなのに」
「べつにいいよ、給料が上がるんだ。 それ相応のリスクがつきものだろ?」
かなりハイリスクではあったが。
そういうと、男は笑った。 ニッコリと穏やかに。 女装姿で。
「やっぱり、お前は面白い男だよ。 なぁ、キャサリンがなんでオカマバーを開いているか知ってるか?」
「さぁ? あまり知りたくもない話題だが、その雰囲気から察するに色々とあったり?」
「そう、色々とあったりしたんだよ。 キャサリンが辞めたのは丁度10年前さ」
☆
当時、というと俺たちからしてみれば10年前。 キャサリンは犯罪者がその名を聞いたら二重の意味で縮み上がるほどの魔導師であったらしい。 一つは魔導師ランクが高く、強いこと。 もう一つは男色系男子であること。 その二つは犯罪者たちにキャサリンの名を広めたことだという。 特に後者の理由は相当大きいことであった。
そしてこれが一番驚いたことなのだが、なんとキャサリンは海ではなく陸のほう、つまりミッドの平和を守っていたのだ。 陥れるためではなく、知識としては陸は海より劣っていると聞いたことがある。 それに優秀な魔導師は海に行くとも聞いた。 (ちなみになのは達は海である) そんな中でキャサリンだけは陸にずっといたそうだ。 しかしながら、理由を聞いてみたところ、その理由がなんともキャサリンらしくて面白かった。
『だってパンツが見えちゃうじゃない!』
いや、お前ふんどしだろ。
そう当時の人々は突っこんでいたに違いない。 俺なら間違いなくそう突っこむ。
こんな人がカリスマ性抜群とはにわかに信じられない話であるが、部下の皆さん、つまり現従業員たちは口を揃えてこう言った。
『あの人は性別が男か女か迷子になっていても、生き様だけは漢だよ』
そしてこんなエピソードを教えてくれた。
一昔前、ミッドで凶悪犯罪者がやってきた。 陸の者たちは市民を守るために必死になって戦うが、相手はランクでいうとSクラス。 とても陸で敵う相手でもなく、海のほうもランクがランクなだけに人材を出すことに抵抗があったらしい。
一人、一人、また一人と局員は倒れ、ミッドがパニックになるなかその男はいつものように、散歩でもするかのように、小さい子どもにアメをあげながら、その自慢の拳で敵を蹴散らしつつ犯罪者のボスの前にたった。
いつものふんどしスタイルで。 舐めまわすように見つめながら。
『おい、そこの変態。 なにしにきたんだ?』
ボスは問う。
『色男探しにきたの』
キャサリンはそう答えたらしい。
ボスはまだ15歳くらいの子どもで、管理局を悪と決めつけた中二病を発症させた子であった。
『魔力量もAAで魔導師ランクがSの俺に勝てるのかよ? お前ランクは?』
『魔導師としてのランクならAAAよ。 魔力的にはEくらいだったかしらね』
ボスは笑う。 嘲笑する。
小馬鹿にしたように話しかける。
『ランクが俺より下じゃないかよ、雑魚が!』
そういいながらキャサリンと戦い──結果、キャサリンの圧勝らしかった。
魔法もなにも使わずに、キャサリンは相手を鉄拳で征したのだった。
そしてキャサリンはいった。 魔導師を全否定するであろう発言を口にした。 しかしながら、キャサリンの言葉で救われる者もいたかもしれない。
キャサリンはこういったのである。
『魔力なんてただのお飾り。 それに頼って戦うような奴なんか、怖くもなんともないわよ。 魔力ありきでしか何もできない魔導師なんてクソくらえ』
☆
「それって……管理局に喧嘩売ってますよね……? 大丈夫なんですか?」
「まぁ、大丈夫だったらしいぞ」
「というか、キャサリンもう少し早くこれなかったの?」
「便秘らしくな、5時間くらいトイレにいたからさ。 完全に戦力から外してた」
締まらねえ話になったなぁ……。
「あの人は常に自分の行動で示してくれたんだよ。 誰よりも臆することなく、誰よりも早く一歩進んでくれたんだ。 だからこそ──俺たちはあの人が好きなんだ。 あの人と一緒にいたいんだよ」
「……ちょっとだけ、わかる気がするよ……」
俺自身も少なからず、そういったところがあるからな。
基本的に俺は外道で根性が腐ってて性格も最悪な男である。 だからこそ、魔力量がA以上あって、魔導師ランクもA以上あるやつが、
『ランクなんてものはただの飾りなんですよ。 頭の固い連中たちにはそれがわからないんです』
なんてことをほざいていると、それはもう俺の脳内ではただの嫌味にしか聞こえないわけである
『お前それ、ランクのことを気にしている女の子の目の前で言えんの?』
と、問いただしたくなるような男なのだが、
「なんか格好いいな……キャサリン」
「ああ、最高に恰好いいよ」
なんだかキャサリンの喋ったセリフだと、なんとなく恰好よく感じてしまう。 たぶん、本当に拳のみで戦うからこそだろう。 魔力なんてものに頼らずに。 魔導師としては三流で、人間として一流の男なのだろう。
奥のトビラがふいに開き、中から目下の話題であるキャサリンが出てきた。
「あらぁごめんなさいね、ダーリン! はい、お給料。 そ・れ・と──」
チュ
「これは気持ちよ、気持ち」
「どう考えても頬にキスマークがついてるんですけど、気持ち悪いくらい赤くて大きなキスマークが俺の頬についてるんですけど」
給料の袋をもらう瞬間に頬に当たった感触がおぞましくて今日は寝れないかもしれない。
俺は寝転がっているおっさんを肩に腕を通しながら抱き上げ、キャサリンにずっと疑問に思っていた質問をぶつけることに。
キャサリンのエピソードはわかった。 名台詞もわかった。 ただ──
「なんでキャサリンは管理局を辞めたんだ? いまならおっさんとの二枚看板なのに」
いまのミッドは大変治安がよく、治安が良すぎるところではゴキブリが出てきたくらいで近隣住民がパニックになるほどである。
だがしかし──犯罪なんて争いなんていつ起こるのかわからない。
だから、戦力はもっと多いほうがいいだろうに。
そういった意味も込めて発した質問だったが、キャサリンはまるで子どもをあやすように俺の頭に手を置いたあと、笑顔のままこういった。
「私には、局で働くよりも、みんなでわいわい騒げる場所で好きなときに好きなお酒を飲むほうがあってるのよ」
そう答えた。
そして続けざまにこういった。
「頼むわよ」
そんなセリフは本来ならば、時空管理局に勤めていて、なおかつエースオブエースやらなんやら言われているエリート集団の俺の友人たちに言うべきセリフであって、こんな無職にいうことではないのだが、その瞳があまりにも真剣だったもので、俺もついつい答えてしまった。
「当たり前ですよ。 俺は自宅を守る警備員ですよ?」
その答えをきいて、キャサリンはただただほほ笑むだけだった。
☆
泥酔状態のおっさんを家まで送ったと、猛ダッシュで帰宅したのだが、時刻は1:30。 良い子は寝ている時間である。 そして我が家基本的に俺を除いて良い子、というか良すぎる子たちなのでとっくに三人仲良く川の字で寝ているものだと思っていたのだが、意外や意外。 なんとまぁ、リビングの電気が点いていた。
シルエットからして、なのはであることはわかった。
玄関にいき、ポケットをまさぐり鍵がないことにきづく。 そういえば、あのときは意気消沈して出かけて行ったから鍵なんか持たなかったな。 ヴィヴィオとフェイトが寝ているのでインターホンを鳴らすわけにもいかず、どうしようかと悩んでいると、内側から鍵をあける音がして
「……随分と遅くまで、ベビーパウダーを買ってたんだね……」
「や、やぁ、ただいま。 ちょっと高級品のやつを買ってさ」
「ふ〜ん……それで? なにも持ってないけど」
「帰宅途中に食べちゃった」
「ベビーパウダーは食べ物じゃないからねっ!?」
「ちょっ 晩いんだから大きな声はダメだろ」
「あぅ……」
近隣住民の確認するなのは。 誰もなにも反応がないことを確認して、俺はなのはに入れてもらうことにした。
─玄関─
「ずっとまっててくれたの……?」
「べつにキミを待ってたわけじゃないよ。 書類仕事をしてたらこんな時間になってただけなの。 それでふいに外でキミの気配を感じたから玄関にきただけ」
「あれ? でも書類仕事は六課で終わらせたっていったよな?」
「ま、間違えたの! ゲームしてたらこんな時間になってたの!」
なにをそんなにムキになってるんだ。
「ま、まあいいや。 俺はもう寝るから、ゲームもほどほどにな」
なのはにそういって立ち去る──立ち去ろうとしたのだが、腕をギュっと掴まれ制止させられる。
「ホ、ホットミルクでも……飲んでいかない?」
う〜ん……正直いまの気分としては寝たいのだが。 めちゃくちゃ寝たいのだが。
それでも──俺を見つめるなのはが可愛すぎて、ついつい頷いてしまった。
☆
台所に置いてある電子レンジを使ってミルクを温める。
何故こんなことをしているのか? それは一重に彼の行いを問いただすためである。 だからこそ、彼とゆっくり喋ることのできる場所を作ったのだが──
「なーんか、取り方によっては、私がアレのことを気にしてるみたいな取り方だよねー……」
まったくと言っていいほど、全然彼のことは意識していないわけだけど。 そもそもありえないわけだけど。
「おまたせー。 って、もしかして寝てるの?」
リビングに戻ってみると、彼はソファーに座ったまま寝ていた。
「もう、せっかくのホットミルクが台無しだよ」
テーブルにホットミルクをおいたあと、彼の隣に移動する。 いや、ここは強引にホットミルクを飲ませるという手も……。
「……だよ……」
「え? 何かいった?」
彼の寝言に反応する私。 しかし彼はそれ以上寝言をいうことはない。
なので私はもう少しだけ、顔を近づけることにした。 べつにこれに他意はない。 ただなんとなく、近づいてみただけだ。 そしてなんとなく言ってみた。
「ねぇ……俊くん。 なのはは心配してるんだよ? コソコソするのは、あまりよろしくないけど、この際目を瞑ってあげる。 いつかはちゃんと打ち明けてくれるって信じてるから。 でも──俊くんはお人よしでなんだかんだ言いながら、人を助けようとする人だから、知らず知らずのうちに巻き込まれたりして、そのたびになのはがどれだけ心配してるか分かってるの? 絶対わかってないでしょ? ううん、わかるはずないものね。 だってキミはいつも私達を優先しようとするから。 私達が一番だから。 それはとっても嬉しいことだけど……でも、俊くんが思っていることはなのは達だって思ってるんだよ? ──ずっと隣で笑ってほしいの。 ずっと隣で笑顔でいてほしいの。 手を伸ばせば掴んでくれるんでしょ? しゃがんでいたら声をかけてくれるんでしょ? ねえ俊くん」
これは深夜のテンションが巻き起こした、一種の魔法。 だって普段の私はこんなこと考えてもいないんだから。
「最近は遊ぶ機会も減ってるし、一緒に過ごす時間も短いよね。 あんまりこんな状態が続くと、なのは泣いちゃうよ? いいの? 好きな人を泣かしちゃって?」
いまの自分はとても意地悪な女の子だと思う。 だって、彼の気持ちを手玉にとるようなことをしているのだから。
「そんなのダメだと思うんだ。 一度好きになったからには、ね? だから──離れないでよ……」
腕に力がこもり、その拍子に彼が目を覚ました。
「……ん……もしかして俺寝てた……?」
「う、うん。 ちょっとの間だけね」
「そっか……。 いや、いま夢でなのはが泣いてる夢みたからさ、駆け出して行ったら目を覚ました。 う〜ん、あの世界の俺には頑張ってもらいたいものだ」
「それ夢なんでしょ?」
「夢ってのは、必ずしも空想なんかじゃないと思うんだ。 どこか違う世界の光景を映画のように見ているもんだと思っているよ」
「あ、そう考えるとちょっとすてきかも」
「だろ?」
彼の笑いに合わせて私も笑う。
彼はテーブルに置いたホットミルクに気付き、
「飲んでいい?」
と、聞いてくる。
もちろんわたしは笑って答えた。
「どうぞ」
彼はそのままホットミルクを取り、ゆっくりと飲んでいく。
その温かさのせいなのか、少しばかり頬を緩める──ところで気が付いた。
彼の頬になにか赤いマークがついていることに。
「ねえ、このマークどうしたの? 出かける前はなかったと思うんだけど」
「へっ!? いや、これは……その……なんでもないよ、なんでも!」
「ふ〜ん、……なんか怪しいなー。 もうちょっとみせて」
彼の声を無視してもっとよく見る凝視する。 手でゴシゴシと拭ったのか、かなり消えかかっているけど──
「これってさ……キスマークだよね?」
私の中で、何かが切れる音がした。
☆
彼を庭に放り出した後、私はフェイトちゃんとヴィヴィオが寝ている私室に帰ってきた。 もう夜も遅い時間帯だ、はやく寝ないと……。
「あれ……なのは? もういいの?」
「あ、フェイトちゃん……起きてたんだ」
「うん、ビンタの音がここまで聞こえていたよ」
「それは俊くんが悪いよ。 頬にキスマークなんてつけて帰ってきたんだから」
「えっ!? それほんと!? ちょっと詳しく聞かせて!」